表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
184/295

救出作戦

結城咲耶…彼女の魔術師としての能力は極めて高い。


その才能、…こと魔力において、総量・強度・威力・適正の全てが規格外と言うにふさわしい。


しかし、だからこそ、彼女の力には厳重なセーフティーロックが掛けられている。


これは、第三者による封印措置ではなく、彼女が自らに架した心の錠前セーフティーだ。


故に彼女は、全力で魔術を行使できない。

これが仮に妖魔などの悪鬼羅刹ならば、その限りではないが、こと対人戦において、彼女が有する力は、強力すぎるのだ。


もしも、彼女が今回のような強盗犯に魔術を行使していたならば、彼等を簡単に肉塊に変える事だって容易いだろう。…ただし、人質諸共と付け加えておこう。


咲耶が魔術を扱い始めて1年と少しが経った今なお、細かいコントロールは不得手と言わざるを得ない。


彼女の場合、そこらの魔術師が有する魔力とくらべ、馬力が高すぎる故に力を押さえる事が難しいのだ。


だからこそ今回、朱里が犯人と戦っていた時でさえ助けに入る事が出来なかった。

そんな自分を咲耶は不甲斐ないと思い、誰よりも悔しい思いを堪えていた。


しかし、ある者は、それこそが彼女の強さなのだと確信していた。


その強さがあったからこそ、土壇場で一番必要なときに彼女は魔術を行使し、そのコントロールをも可能にした。


◇   ◇   ◇



『――熾輝さま、合図です!』


全てがセピアに色付いた世界で、熾輝とアリアは今か今かと、その時を待っていた。


そして、その時が訪れた。


「アリアッ――!」

『ぶち抜けええぇええっ!』


異相世界、…かつて熾輝達が幾度となく戦場として駆け抜けた空間を待機場所と定め、起死回生の一手を投じた。


空を穿つアリアの魔術、ディメンションが発動したと同時、熾輝は弾かれた様に飛び出した。


ディメンションは、世界の表と裏の出入口ゲートを作り出す魔術だ。


熾輝達は、あらかじめディメンションにより、異相世界へと移動、…その後、異相空間内で銀行店内までやってきた。


ただ、異相空間内からは現実世界の情報が完全に絶たれてしまう。しかし、唯一の抜け道は、霊体である双刃の存在だ。


彼女との繋がりパスと通している熾輝は、現実世界に居る双刃と念話での交信が可能になる。


あとは、双刃からもたらされる情報を頼りにタイミングを見計らい、突入するだけ……と、簡単に言っているようだが、こと此処に至るまで、実は色々と手を回していたのだ。


まず、銀行店内に実在から離れた双刃を送り込み、逐一状況を把握――

そして、双刃が咲耶とコンタクトをとり、犯人の隙を作る――


言ってしまえば、それだけの事、…ただ、その道筋を作るまでに咲耶が自ら人質として名乗り出るとは思いもよらなかったため、流石の熾輝もこのときばかりは肝が冷えた。


だが、それもここまでだ。


咲耶の活躍により、反撃の狼煙は既に上がった―――



◇   ◇   ◇



ゲートを潜り抜けたその先に、数名の子供たち、そして咲耶、燕、可憐、朱里の姿を認めた。


彼女らも同様に店内へ突入してきた少年を視界に治めた。

しかし、その姿は、3人を除いて知る事は出来ない。

なぜなら、突入してきた熾輝は、フルフェイスのヘルメットを被り、全身をライダースーツに身を包んでいるからだ。


熾輝は、彼女らの無事を確認してホッと胸を撫で下ろしたい気持ちを抑えつける。

なぜならば、安心するよりも先に、最優先で無力化しなければならない連中がいる。


―(店内に居るのは3人、内2人は固まっている)


既に犯人の気配を記憶している熾輝は、着地したと同時、手にしていたアリアを咲耶へと投げる。


そして勢いを殺し、一気に犯人グループの男達へと迫る。


突入時、咲耶が放った衝撃波によって1人は吹き飛び、残りの2人は、突然の事に混乱している。


人間は、予測できない事態が発生したとき、一瞬だけ動きを止める。


だからこそ、彼等は手にしている拳銃の照準を熾輝に向けるという簡単な判断も出来ていない。


そして、その一瞬があれば、熾輝にとっては十分だ。


目にも留まらぬ速さで犯人に肉薄した熾輝は、無防備となった顎へむけて拳を叩きこむ。


―(1人――)


拳から伝わる手応えから犯人の無力化を確信して、隣にいるもう1人へ向かって地を蹴った。


一瞬、犯人と視線が交差したが、まるで反応出来ていない。


おそらく、男が熾輝を認識した次の瞬間には、完全に意識を失っていた事だろう――


―(これで2人――)


犯人の男諸共地面に打ち付けていた姿勢から立ち上がる。

すると、最後の1人と視線が交わった。


熾輝は、5メートルも無いであろう距離を潰すように一足飛びに大地を蹴った。


「なんだ、お前ッ―――」


声に出す暇すら惜しいと悟り、男は横っ飛びに回避行動に移る。しかし……


「ゲホッ――!!?」


激しい痛みが腹部を襲う――

蹴りの威力で、身体が嘘みたいに吹き飛ぶ――

デスクを散らかして床を滑走する――


―(蹴られた!痛てぇッ!マジかよ、速すぎるだろ!苦しいッ!どうするッ!恐ええぇええ!!なんて威力だ!)


この痛みが男に教えたもの、…それは、かつて経験した恐怖――

得体の知れない少年に手も足も出ずに叩きのめされたときの畏れ――

内臓を破壊され、骨を砕かれ、目玉を潰されたときの痛み――


暗闇の中、息を吹き返したときに感じた溢れ出る生命力に野望を見出した――

後に接触してきた組織の者から代替えの部品からだを与えられ、五体満足に生活できるようになった――


力を手に入れてからは裏の仕事を幾つもこなしたが、やっている事は、これまでと差ほど代わり映えはしなかった――


そして今回、ようやくデカい仕事が出来ると喜んでいた矢先――


「ふざけんなッ!何でまたお前が邪魔をするうううぅうううッ!」


男の目の前に現れた少年が且つての熾輝だと言う事は判っていない。

しかし、身体を駆け巡る痛みが、恐怖が目の前の少年を熾輝だと錯覚させている。


あれから何度も夢に見た…自分をあんな目に遭わせたガキを同じ目に遭わせる事を――

朱里と思わぬ再会を果たしたとき、もしかしたらあのガキも居るかもしれないと予感した――


これで、あの時のリベンジが出来るかもしれないと――


結果、男の願いは叶えられた。

ただ、それが彼の願望通りの未来ではなく、どうしようもないくらいに圧倒的な力でねじ伏せられる形となって――


「上等だああぁぁああ!来いやああぁああ!」


痛みと恐怖を振り払うように、男は立ち上がった。

手にした力を使って、肉体の強化を行う。

まさに、男にとって、かつてない程の力が発揮された。まさに火事場のクソ力――

しかし、次に彼の眼に飛び込んできたのは、少年の足―――


顔面に膝をめり込ませ、そのまま地面に倒れ込むと、男はそれ以上、ピクリとも動かなくなった。


―(…残りの連中は――)


ロビーの制圧を完了した熾輝は、ゆっくりと立ち上がり、この場に居ない残り2人の犯人の気配を探る………


―(居ない――?)


と、ここで不可解な状況に直面する。

今回の強盗犯は、5人のハズ…なのに残りの2人の気配が完全に消えている。


「残りは何処へ行った!」


自身の気配察知にも引っ掛からないとなると、既にこの場を後にした可能性が高い。

焦った熾輝は、思わず声を上げる。

しかし、被っているヘルメットの効果で変声しているため、第三者には熾輝の声とは気が付かれていない。


「奥に!子供たちを連れて奥へ行ったよ!」


応えたのは燕だった。

彼女が指さす方を一瞥した熾輝は、コクリと頷き返し、その場を駆け出した―――


熾輝が辿り着いたのは、銀行の貸金庫、重く閉ざされているハズの重厚な扉は開け放たれ、中から人の気配がする。


熾輝は、ゆっくりとのぞき込むように中を窺う…


―(銀行員か?息は…あるな)


床に倒れ込んでいたのはスーツ姿の中年男性だ。

身なりからして銀行員である事は、間違いない。

おそらく貸金庫のロックを外させてから、気絶させられたのであろう。


「…犯人たちは、何処へいった?」


熾輝は周りを見渡すも、それらしい痕跡を発見する事が出来ない。そこへ…


『熾輝さま、こちらです――』


双刃からの念話で、熾輝は一旦、金庫の外へ出て、奥にある部屋へと向かった。

部屋の前には支店長室という札が掛かっており、室内には、実体化した双刃が床の方へ視線を向けていた。


「双刃、…これは――」


視線の先には、一見してなにも無い床板がある。

しかし、感じ取れる魔力の気配から何らかの術が掛けられている事は、直ぐに判った。


「罠…では、ないな。術式から察するに幻術系統の魔術だ」


熾輝は術式に触れて、その波動を読み取ると……拳に集めた力で術式を破壊した。


そこには、床板が引き剥がされて、その下からは、今は既に使われていないであろう床扉が現れた。


「おそらく、此処から脱出したのでしょう」

「こんなところに避難用の通用口……だけど――」


通用口があるのなら、犯人が逃走しそうな場所を警察が抑えていないハズがないと熾輝は思っていた。

しかし、彼等が裏の世界の住人ならば、それを欺くのも容易い。


だが、実際は警察も、そして銀行員ですら、この通用口の存在を知る者は居なかった。


銀行の造りは、とても古く、度重なる改装と年月で、通用口を知っている者が居なくなってしまったのだ。


そうなると当然、銀行の見取り図にもこの通用口は、記されていない事になる。


「……水の音とこの臭い……下水か?」


通用口の先から漂う臭いから、おそらく下水道が通っていると予想する。


「熾輝さま、連中の履歴そくせきは、間違いなく此処を通っています」

「判った。追い駆けるしかないな」


暗くて先の様子は、良く判らないが熾輝は犯人達の追跡を決断する。そして・・・


「双刃、ロビーに居る咲耶たちの様子が気になる。一旦、実在から離れてコンタクトを取ってくれないか?」

「判りました。事の終息を知った警察が中に入って来ると面倒になりましょう。彼女・・の到着までは、場を持たせます」


熾輝の考えを汲み取り、確認の意味も込めて、双刃が指示を待つ。


「お願いするよ。……じゃあ、行ってくる」

「はい、御武運を!」


真直ぐ下に続く通用口、…熾輝は足場を利用することなく飛び降りた。



◇   ◇   ◇



熾輝が下水道に降り立った直後、複数の足跡を発見した。


足跡は、下水が流れる方へ向かって真っすぐ残っている。


―(下水の先……川か!)


おそらくは、川に出た犯人たちは、そこから姿を眩ますつもりなのだろう。

そう予感した熾輝は、足跡を辿って全力で走り始めた。


このまま、犯人を逃がせば人質になった子供たちを救出する事も難しくなってしまう。

それだけは、絶対に避けねばならない。そして……


―(居た!……アイツらぁッ――)


熾輝の探知圏内に犯人達の気配がようやく引っ掛かった。

まだ、距離はあるが人質を連れている彼等の足はどうしても遅くなる。

このまま行けば、追いつけるだろうと思った熾輝だったが、彼の探知に覚えのある気配が紛れている事に気が付いた。


その事に湧き上がる怒りを感じつつも、トラップの類に注意を払い、下水道を駆け抜けていく。そして……


―(とらえた!)


下水道の出口、その先で固まる一団を発見する熾輝は、足に力を込めて走る速度を上げた。


しかし、先にいる犯人達の様子に、焦りを覚える。

何故なら、犯人達は逃走用に用意していたであろうトラックの荷台に子供たちを押し込めていたのだ。


「このままではマズイ!」そう思い、ホルスターに収納していた愛銃シルバーに手を掛けた。

だが、動きは犯人達の方が早かった。彼等は子供たちをトラックの荷台に押し込めると素早く車両に乗車して、発進を開始したのだ。


熾輝の居る位置から拳銃を発砲してもトラックを止める事は出来ない。

いくらオーラコーティングを施した銃弾でも距離が遠すぎるのだ。


「クッソ!間に合わない!」


視線の先にある出口前に停車されていたトラックは、既に発進して、目視では確認できなくなってしまった。


当然、自動車に人が追いつけるハズもなく、ようやっとの思いで下水道から出た熾輝は、遠ざかるトラックを目視で見つめる事しか………


「行かせるかよッ!!」


追いつけないと考えるよりも先に足が前に出ていた。

まるで、破裂したかのように地面が爆ぜ、常人では考えられない程の推進力で熾輝は河川敷を駆け抜ける。


前方を走るトラックは、河川敷を降りて、一旦街中に入るとグングンとスピードを上げていく。


熾輝との距離がみるみるうちに広がり、やがてそれが絶望的なものへと変わっていく。


「クソッ!クソッ!クソッーーー!」


息が上がり、肉体が悲鳴を上げる――

どんなに走っても追いつけやしない――


そして、視界の先で走るトラックが米粒程の大きさになったところで……


ドンッという衝撃が熾輝を真横へふっ飛ばした。


ゴロゴロと地面を転がる熾輝は、そこでようやく足を止めてしまう。


「お、おい!きみッ!大丈夫か!」


四つん這いの状態で膝を着く熾輝に周りの人々が声を掛ける。


「おいッ!誰か救急車だ!子供が車に轢かれたぞ!」


今も遠ざかっていくトラックを睨み付ける。

そんな熾輝の周りでは、通行人が騒ぎ出している。

どうやら、熾輝は道路に飛び出して車に跳ねられたようだ。


―(煩い!今は、そんな事はどうでもいい!)


周りの雑音が心をイラつかせる。

幸い、怪我らしい怪我は、負っていなかった。

日頃の修行の賜物と言えるだろうが……しかし、熾輝の足はそこで止まってしまった。

それと同時に絶対に追いつけないと、心が折れそうになった。そのとき……


『――漢が己の限界を意識したとき、敗北が待ち受ける』


熾輝の頭に直接語り掛けてくる漢の声が響き渡った。


ハッとした熾輝は、立ち上がり、…近づいてくる気配の方へと視線を向ける。


「そのまま乗れ!」


腹の底に響く、重低音を響かせて、一台のバイクが一直線に走り抜けてくる。


そのバイクに跨るのは、黒いコートを身に纏い、愛用の中折れ帽子を被った漢――


『羅漢ッ!』


己が式神の満を持しての登場に諦めかけていた熾輝の心に一筋の光明が差す。


急接近してくるバイクには、補助席が設置された…いわゆるサイドカー使用となっている。

羅漢はスピードを緩めず、それどころかアクセルを思いっきり回して加速し出した。


熾輝は、すぐさま立ち上がり、走り抜けるバイクめがけて飛び乗った。


周りからは、車に跳ねられた子供が、バイクに突っ込んでいったように見えたのだろう。

通行人たちの「キャー」という悲鳴が、走り抜けるバイクの後ろから聞こえてくる。


「前方ッ、大型トラック、追ってくれ!」


背中を押し付ける衝撃を感じながら熾輝は的確に羅漢へ指示を送る。


「確認した。しっかり掴まっていろ」


既にアクセルを限界まで回しているバイクは、街中の法定速度をぶっちぎりに無視して走り抜ける。


しかし、……


「信号ッ――!」


数百メートル先にある信号機が赤色灯火を示している。

そこには当然、左右からの車が行き来している。

このまま突っ込めば衝突、…あるいは狼狽した車両同士がぶつかる大惨事になる事は、考えるまでもない。


―(どうするっ)


犯人を追いかけるためとはいえ、被害を出しては元も子もない。

しかし、ここでスピードを緩めたら逃げられる。

犯人達は、既に熾輝の探知範囲ギリギリのところに居る。

これ以上、離されたら追跡できなくなる。


様々な思いが迷いとなって駆け巡る中、熾輝の目の前で信じられない事がおきた―――


「…車の動きが―――」


なんと、熾輝達の進行方向…その全ての信号機が青色を示した。

それだけではない。…先行する他の車両達が何かに誘導されるように右左折を開始したのだ。


まるで、熾輝達に道を開けているかの様に―――


「このまま突破するッ――!」


羅漢は、ハンドルを力強く握り直すと空になった道路を走り抜けた―――




街中を通行したトラックは、街境にある大橋へと進入を開始していた。

トラックとの距離は、既に無いに等しい。


「――止まれと言っても、きっと止まらないだろうな」


ならばと、熾輝はホルスターから抜き出した拳銃【シルバー】を構えた。


狙いは、トラックのタイヤ…撃ち抜けばタイヤがバーストして走行できなくなる。


既にトラックとの距離を潰しているため、簡単に当てる事は出来る。

熾輝は、銃口をトラックの右後輪に向け、迷うことなく発砲した――――しかし…


「…防弾タイヤかよ」


あろうことか、熾輝が撃った弾丸は、タイヤに着弾するも簡単に弾かれてしまい、思わず犯人達の周到性に不快感を吐き捨てる。


「ただの防弾ではない。あらかじめオーラによるコーティングが施されている」

「なんて連中だ。こっちが能力者だという事を想定して動いているのか」


仮に熾輝が銃弾にオーラを注ぎ込んで撃っても、防弾タイヤを潰す事は来ないだろう。

幾ら威力を上げても、防弾タイヤという物はパンクをしない様に作られている。


―(どうする、通常弾じゃあタイヤを潰せない。かと言って付加の魔弾レッドタグじゃあ――)


熾輝が所持する弾丸は、あと3発――

通常弾が1発とレッドタグが2発――


残りの残弾を確認しながらどうやってトラックを停止させるか考えるーー


「もう一度、狙え。奴らの動きを封じない事には、どうしようもない。それにこのままでは橋を抜けて街中に入ってしまう」


思考する熾輝に、バイクを走らせる羅漢がどうにかしてトラックを止める様に声を掛ける。


「だけど、レッドタグじゃあ威力が強すぎてトラックごと吹っ飛んじゃうよ!」

「使用するのは通常弾だ」

「え――?」


羅漢の意図する事が判らず、熾輝は疑問符を浮かべる。


「シャフトを狙え」

「なッ!?無茶だ、あんなところにどうやって!」


確かに通常弾でトラックのシャフトを打ち抜けたのなら、機動力を奪い、停止させる事は可能だろう。


しかし、そのシャフトと言うのが問題で、トラックのリアバンパーの隙間から僅かに覗ける程度、…しかもリアバンパーは鉄で出来ているため打ち抜くことも出来ない。


加えてバイクに乗りながら、…お互いに動いている状態で正確に撃ち抜くのは至難の技である。


だからこそ、熾輝は羅漢の作戦が無理であると口にする。

だが、当の羅漢は、そうは思っていないようだ。


「お前になら出来る」


たった一言、信じているという彼の言葉が熾輝に自信を与えた。


「―――まったく、……外しても文句を言わないでよねッ!」


シルバーから放たれるレーザーポインターが標的を照らす。

しかし、これはあくまでも道筋を照らす、おおまかな目印に過ぎない。


バイク、トラックの速度、互いの車両が走る未来の軌跡、風の影響、それら全てを計算し、確実に撃ち抜く一瞬を狙い撃つ。


そして放たれる一発の弾丸が、あらゆる条件下を計算しつくし、吸い込まれるようにトラックのシャフトを撃ち抜いた。


トラックは、突然機動力を失った事により、バランスを崩す。


荷台が横に振られ、あわや横転する直前で立て直し、やがて道路を塞ぐようにしてトラックは停止した。


「さぁ、…ここからが本番だ――」


やっとの思いでトラックを停止させ、あとは残る犯人を無力化するだけ……のハズと思っていた熾輝の思考を遮る様にして、トラックのドアを蹴り破り、2つの影が飛び出して来た。


「能力者―――」


犯人達の気配から、彼等が魔術師ではなく、能力者である事の察しは付いていた。しかし…


「連中、様子がおかしい」


トラックから飛び出して来た2人の気配が突然変わった事に、熾輝は困惑する。


先ほどまで、取るに足らない程度の力しか感じ取れなかった。…にも関わらず、今は荒々しい程のオーラを身に纏っている。


しかも、普通とは思えない程に膨れ上がった筋肉、そして薄緑色に変色した肌が、彼等の異常性を物語っている。


「気を付けろ、奴らは魔法薬によるドーピングを行っている」

「ドーピング?」

「昔、KGBカーゲーベーが対能力者用に作った【ヒュドラ】と酷似している」


魔法薬とは通常の科学的製法で作ることの出来ない薬物を魔術を用いることによって精製した薬の総称である。


「そんな物まで持ち出して、奴らは、ただの銀行強盗じゃあないのか――」

「来るぞッ――!」


爆発的に向上した身体能力に物を言わせ、犯人の1人が熾輝に迫る。


―(速いッ!)


10メートル以上の間合いを一息で潰す程の身体能力、――男は振り上げた拳を力任せにたたきつけてきた。


身体から放出されるオーラの総量、加えて強化された肉体、…それはまるで、熾輝が己のリミッターを外す時に用いる技、【獅子奮迅ライオンハート】と【游雲驚竜ドラグーン】を同時使用した時と似ている。


振り下ろされる拳に込められた力、…その危険性を直感し、防ぐことも受けることもせず、瞬時に退いて躱す。


途端、男の拳がコンクリートに激突した―――


「なんて威力だ…」


拳は、大橋の地面を大きく穿ち、男の肘近くまでめり込んでいた。


能力に目覚めているとはいえ、明らかに修行が足りていない下位の者が、魔法薬を使っただけで、ここまでの力を発揮するものなのかと、驚きを隠せない。


しかし、敵は大きな隙を晒した。

右腕が地面に埋まった状態で、体勢を立て直しきれていないこの状況……


「はぁッ!」


バックステップで攻撃を躱した熾輝は、着地と同時に一気に敵へと踏み込むと、そこから敵の顔面へ向けて蹴りを放つ。


「urrrッ――!」

「なッ――!?」


完全に捉えたと思えた攻撃を犯人は、ギリギリの距離で姿勢を低くして躱した。

動きこそ出鱈目極まりないものだったが、それがかえってドーピングによって得た身体能力の異常さを浮き彫りにさせた。


そして、攻撃を躱された事によって、今度は熾輝が敵に対し大きな隙を晒してしまう結果となった。


犯人は、右腕を地面に埋めた状態のまま、残る左腕を大きく振るい、熾輝目がけてアッパーカットが放たれる。


「チッ――!」


攻撃のモーションが大きい事が幸いしたのか、熾輝は上がったままの蹴り足を、返す動作で犯人の拳を踏みつける。


先の攻撃の威力を考慮すれば、このまま打ち合わせるのは危険と判断し、威力が乗り切る前に足裏で受け止めると、犯人の拳を踏み台にして高く舞い上がり、そのまま距離を取った。


「油断するな!ヒュドラの副作用で、反射速度も常人を遥に凌駕している」


もう1人の犯人と対峙している羅漢が応戦しながら熾輝に注意を飛ばす。


「確かに油断ならない」


羅漢の言葉に気を引き締め直した熾輝は、内に宿るオーラを練り上げ、構えを取る。


先ほど、熾輝に攻撃を仕掛けて、コンクリートに大穴を開けた男は、地面から腕を引き抜き、血走った眼を向けて来た。


―(意識が感じられない…薬で飛んでいるのか?)


男を観察してみると、目の瞳孔が開き、口の端から僅かな泡を吹いている。

気配から感じられるのは、強い敵意と暴走状態と言える程の荒々しいオーラの放出だけだ。


しかし、男の力は、熾輝が制限リミッターを外した時と同等の力を有していると感じ取れる。


ならば通常状態の熾輝が犯人と渡り合うには、同じ状態にまで身体能力を上げる必要がある。つまりは、【獅子奮迅ライオンハート】と【游雲驚竜ドラグーン】の同時使用……


―(――と、今までの僕だったら考えていただろう。……だけど、今は違うッ――!)


構えを取ったまま、熾輝は己の肉体を巡るオーラを放出し、出力を上げる。


2人のオーラを見比べるまでもなく、犯人のオーラは熾輝を圧倒的に上回っている。

そんな相手を前に、切札を使いもせずに渡り合えるのだろうか――。


荒々しいオーラを放出する男に対し、洗練され練り上げられたオーラを放出する熾輝の頭は、静かな程冷静で、逆に心は煮えたぎるマグマの如く熱くなっていた。


その境地に至った熾輝は、男の動き、その細部に至るまで完全に見切っている。


敵が圧倒的なパワーで来ると言うのなら、熾輝は力と技の集合体、【武術】をもって迎え撃つ。


「ッ――!!?」


熾輝の放つ異様な威圧を本能で感じ取ったのか、男は迂闊に攻めてくることをしてこない。


「どうした?来ないのか?」


「なら、こっちから行くぞ」とは口に出さず、先に攻めたのは、熾輝の方だった。


クスリの副作用で、意識が飛んでいるにも関わらず、熾輝から感じる威圧に僅かな恐れを抱いた。


その隙を見逃さず、熾輝は犯人の驚異的な破壊力を見せつけられたにも関わらず、臆することなく敵の制空圏へと侵入する。


寸分の遅れも無く、自身の攻撃の間合いに到達した瞬間、固く握られた拳が犯人めがけて撃ちだされる。


しかし、ドーピングにより反応速度が異常に上がっている犯人は、熾輝が攻撃を放ってくるよりも先に攻撃を仕掛けていた。


子供と大人では、比べるまでもなく腕のリーチが違う。

いくら自身の間合いまで踏み込んだとはいえ、先に攻撃を仕掛けた犯人の方が圧倒的に有利……のハズだった。


「ッ――!!?」


しかし、結果は全くの逆――、男の攻撃は熾輝の顔面、その横を虚しく通り過ぎる。


中国拳法の化勁かけいによって、男の攻撃は熾輝にコントロールされていた。

男がイメージしていた撃点から大きく外され、空振りを余儀なくされる。


そしてやってくる衝撃、…まるで腹に丸穴を開けられたような錯覚すら覚える一撃が男に刻み込まれる。


思わず腹を抱え、悶絶を余儀なくされる犯人、――

クスリの副作用によって、痛みを麻痺させているにも関わらず、全身を駆け巡る苦痛の衝動が飛んでいた彼の意識を一瞬で現実に引き戻す。


クスリの性能を上回る程の苦痛…いかに薬物による麻酔効果と言えど、人体が有する痛覚には許容範囲という物がある。

全身麻酔ならいざ知らず、身体機能を維持するために必要な感覚を残した薬物ならば必ず痛みを耐えるための限度があり、それが人体急所の破壊ならば言うまでもない。


そうして、彼の意識がハッキリする直前、ブチブチと腹の真ん中にある胃の袋が、確かに破ける音が聞こえていた。


痛みの麻痺が失われた男にとって、この痛みは地獄の苦しみともいえる。……だが、その苦しみも一瞬のことで、彼にとっての幸福は、次に頭を襲った衝撃によって意識を完全に奪われた事だろう。


「……終わったな」


振り抜いた掌底を解き、自然体へと戻る熾輝が犯人の片割と戦っていた羅漢の方へ視線を向ければ……


ボトリと上空から何かが落ちてくる情景が視界に入って来た。


見れば、犯人の1人が顔面に大きな拳の痕を付けられて、地べた転がっている。


おそらく、羅漢の拳をまともに喰らって上空に打ち上げられたのだろう。


ピクピクと痙攣している様子から一応、命はある様だ。


「羅漢、僕は子供たちを確保する」

「了解した。犯人の拘束はこちらでやっておこう」


阿吽の呼吸とも呼べる二人のやり取りは、たった一言で終了した。


熾輝は、停止しているトラックへと向かい、罠の有無を確認すると荷台の錠前を外し、扉を開けた。


「いやッ!来ないで!」


中には5人の子供……熾輝の通う学校の生徒で、低学年の子たちが怯えながら隅っこに固まっていた。


その内の1人、熾輝にとっても顔見知りな少女、…春野小春が泣きながら怯えた声で熾輝の接近を拒む。


「お願いッ、やめて!」


熾輝を犯人の1人と誤解しているであろう。

恐怖によって混乱状態になった彼女は、他の子と身を寄せ合い、必死に喘いでいる。


その様子に、熾輝は無理に近づけば余計に怖がらせるだけだと悟り、僅かに思案した結果、着用していたヘルメットの留め具を外すと、その素顔を晒した。


「小春ちゃん、もう大丈夫だ。助けに来たよ」

「―――え?……お兄ちゃん?」

「あぁ、僕だよ。怖かったね、直ぐに助けるから―――」


優しい声色を出して小春達を安心させつつ、彼女らに近づいていた熾輝は、ある物を見て、その動きを止めた。


「お兄ちゃん、……ダメ、こっちに来ちゃ……」


ソレに気が付いたと同時、小春は熾輝が近づくことを止めようとした。


何故、小春がそのような事を言ったかについては、彼女等が来ていたチョッキに理由がある。


―(爆弾、…だと?)


5人の子供たち全員が来ていたチョッキ、そこには映画で見るような爆弾が取り付けられていた。

しかも、最悪な事にチョッキの中央部分に取り付けられている機械には、赤いデジタル式のタイマーが刻々と数を減らしていた。


―(既に起動しているのかッ―――)


『羅漢!子供たちに爆弾が取り付けられている!制御機器を持っていないか調べてくれ!』


思考と併用して、念話によって外で犯人を確保していた羅漢に指示を飛ばす。


『…確認した。しかし、爆弾を起動するための機能のみだ。停止機能が組み込まれていない』


羅漢からの報告を受け、愕然とする。


『…判った。僕は、このまま爆弾の解除を試みる』

『出来るのか?』

『出来なくてもやる』

『……そうか』


バイク弾の解体など出来るのかと言う羅漢の心配を他所に、熾輝は覚悟の篭めて返事を返す。

2人のやり取りは、そこで終了した。そして……


熾輝は、小春たちの前にドッカリと座り込むと、彼女たちに取り付けられている爆弾の制御版をのぞき込んだ。


赤く光るタイマーは、残り3分強といったところ、加えて5つ全部を解除するには、達人的技量があっても、間に合うか疑わしい。


熾輝は、制御機に繋がっている絶縁コードを観察し、ゆっくりと機械のカバーを外す。


―(……そうきたか―――)


制御盤を見た熾輝は、その仕組みを一目で理解した。

過去、師の1人、蓮白影の元で様々な武器や兵器の勉強をした時に見た物と同じ代物――


物理的解体の一切を受け付けず、解除するためには、解除コードを専用機器で送信するタイプ―――別名、【解体屋殺しの悪魔】


現在の状況を整理すると、爆弾は物理的手段を一切受け付けない…そして、解除用の機器は、この場にない。


まさに、絶体絶命――どうする事もできない。しかし……


「しかし、…だからこそ、そこに突破口がある」


思わず口走った言葉に、諦めという二文字は無く、逆に幸運を確信していた。


熾輝は、ポケットから携帯端末を取り出すと、1つのアプリケーションを起動する。そして…


「α、全て把握できているな?」

『……ナンデスカ?イキナリ呼ビ出シテ、何ヲ言ッテマスデスカ?』


先日、世界を騒がせた電子頭脳【世界樹ワールドツリー】、その複製であるα(仮)を呼び出した。


そして、全てを把握できている事が当然かのように熾輝は話を振り、αはとぼけた声で応える。


「冗談は要らない。ここへたどり着くまでに手を回してくれたのは、お前なんだろ?」


熾輝には、確信があった。

犯人を追跡する途中、数えきれない程の交差点を通過したが、その全てがことごとく青色を指示し、加えて進行方向を走る車が不自然なほどに脇道へと入って行った。

まるで、熾輝達の追跡を支援するかのように……


「それに、この大橋に着いてから1台も車が通過してこない。どうやったのか、今は聞かない。…だけど頼む、お前の力が必要なんだ」

『………』


犯人追跡にαが手を貸した事は間違いない。

αは警察の交通管理システムとナビゲーションシステムに使用されている衛生をハッキングし、信号機の操作とカーナビに誤情報を送信……それだけには留まらず、携帯会社をハッキングして緊急避難警報を発信したり、偽の110番通報をして各道路の通行止め等をと…とにかく様々な手段を用いて障害を排除したのだ。


『………』

「α、頼む―――」

『条件ガ、アリマス……』

「…何だい?」


熾輝の要請に押し黙っていたαは、ようやく応えてくれたと思ったら、なにやら交換条件を持ちかけて来た。


現状、熾輝には断る事が出来ない。その事を理解して言ってくるのだから、とんだ食わせ者だ。


しかし、熾輝はαが持ちかけてくるであろう条件に心当たりがあった。それは……


『ワタシヲ、マスターノ式神ニ、シテクダサイ』


先日、αが望んでいたこと―――

式神にしてくれと、……そして、名前をくれと―――


当初、熾輝は、迷惑な輩が増えたと思っていた。しかし、αは子供たちを助けるために力を貸し、手を尽くしてくれた。

それがどんな手段であれ、熾輝の大切な者を守るために一役かってくれた事は、間違いがない。なら熾輝は……


「むしろ、こっちからお願いするよ。α、…いや、今日から君の名はミネルヴァだ」


その時、αと言う仮の名からミネルヴァと言う新たな真名を授かったこの瞬間から、熾輝とミネルヴァの間に確かな繋がりパスが通された。


そのパスは本来、霊的知性体が主との間に繋ぐ契約きずな――

それが、霊的知性体でもない、ただの電子プログラムに過ぎない存在との間に通された――


その現象に熾輝は、驚きを覚える。しかし次の瞬間、ミネルヴァから命の息吹とも呼べる波動を感じ取る事によって、熾輝の理解を超え、確かな感覚だけで納得をする事になる。


『ミネルヴァ……良い名前コードです。気に入りました』


機械的な喋り方から人間味あふれる。…それこそ意思感情が籠っているかのような言葉遣いに変わったミネルヴァが新たに熾輝の式神として誕生した。


「ミネルヴァ、最初の仕事だ。子供たちに取り付けられている爆弾を解除してくれ」

『了解しましたマスター。――――携帯端末と爆弾をデザリング―――成功。続いて解除コードの解析―――成功。―――爆弾のシステムを無効化しましたマスター』


ミネルヴァが解除を開始して、僅か10秒の出来事だった。


チョッキに取り付けられた赤く光ったデジタル時計が緑色でCLEARと表示された。


熾輝は、それを確認すると「よくやった」とミネルヴァに労いの言葉を送った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ