親戚
熾輝が住んでいるマンションの屋上、もはやこの場所は熾輝の修練上となっている。
本来、マンションの入居者が屋上へ立ち入る事は禁止されている。
にも関わらず、彼がこの場所を使えているのは、マンションのオーナーが師である昇雲だからである。
そして今日も、熾輝は早朝から修行を行っている。
日課のランニングや筋力トレーニングなどは、既に終わらせており、今は肉体的にも精神的にも疲労困憊と言ってもいい。
そんな彼がいつもの様にマンション屋上まで駆け上がり、扉を開けたの目の前には、複数の人型を模した巻木が目に飛び込んできた。
そして、次の瞬間、まるで意思を持っているかのように、熾輝へと襲い掛かてきた。
体を捌き、初撃を掻い潜ると休む暇もなく別の人形が襲い掛かってくる。
熾輝は捌いた身体の動きを殺さず、勢いを利用して人形の胴体に肘を叩きこみ、続く強襲にも素早く反応する。
時には受け、時には捌き、確実に人形へ決定打を叩きこむ。
中途半端な攻撃を加えても、人形は破壊出来ず、再び襲い掛かってくる。
ならば、一撃一撃に必殺の威力を込めて、確実に破壊するしかない。
しかし、この状況、疲労困憊に加え、人形の動きにキレがある上にかなりの攻撃力を秘めているので、喰らえば骨の2・3本は、確実に折れる。
集中力を僅かでも切らせれば、大怪我間違いなし。
呼吸が乱れ、苦しいと思う事も許されず、肉体の悲鳴すら耳を貸してはならない。
そんな状態が長く続くハズもなく、残り1体を前に熾輝の膝がガクリと折れる。
その隙を見逃さず、人形が猛襲を掛けた瞬間、熾輝の瞳がギラリと光りを帯びた………
「――お見事です」
息を切らせて地べたに横たわる熾輝に双刃が歩み寄る。
今は、「とてもじゃないが動けない」と言いたいのか、首だけを彼女へ向けて視線で訴えている。
『ニャルヘソ~、コレガ生命力ッテヤツDeathカ!』
物言わぬ屍の様になっている熾輝へ向けて、なにやらテンションの高い電子音が聞こえてくる。
『シカシ、不思議Deathネ!本来ノ物理法則カラ考エレバ、只ノ木ノ人形ガ勝手ニ動イタリ、マスターノ様ナ子供ノ力デ、丸太ヲ粉々ニスル何テ、不可能Death』
修行中、双刃に預けていた携帯電話に居たαがペラペラと喋り続けている。
因みに、携帯電話は双刃の懐に収まっており、修行風景を一部始終、カメラで撮影していた訳ではない。
それをαに聞いてみたところ、「え?宇宙の上から普通に見ていましたよ?」と返ってきた。
どうやら、宇宙には廃棄されたまま放置されている衛生が幾つも存在しているらしく、そこから地上の様子を見ているとのことだ。
「式神として契約して以降、私のパワーが上がり、能力の精度が増しました。これからは、ドンドン熾輝さまの修行のお手伝いができます」
嬉しそうに答える双刃、…どうやら人形を動かしていたのは、彼女の能力の1つだったようだ。
彼女は、いままで式神として熾輝とは契約を行っておらず、先日の事件を切っ掛けに、めでたく熾輝の式神となった。
それからは、こうして熾輝の修行の手伝いをしてくれている。
正直、今までは組手を頼んでも手加減をされるし、今回の様に人形の自動操作なんていう芸当は出来なかったので、修行にならなかった。
『シキガミ…古クカラ日本ニ有ル独自ノ文化、……ナラバ、ワターシモ、マスターノ式神二ナリマース!』
「………あ゛あ゛?」
αの突然の申し出に対し、先に反応したのは、双刃の方だった。
今にも携帯電話を破壊する勢いのまま、画面上のαにメンチを切っている。
「冗談を言わないで下さい。私が熾輝さまの式神になる為にどれ程の苦労をしたことか!何で、いきなり現れた貴様が熾輝さまの式神に簡単になれると思っている?」
双刃からしたら、新参者の…しかも、こんなふざけたキャラのヤツが式神になる事が許せないのだろう。
『シカーシ、ワターシヲ式神ニシテオケバ、何カト便利デスヨ?』
「何を世迷言を、所詮データに過ぎない貴様に出来る事などたかが知れている」
双刃からしたら、携帯から喋ってくるだけのαに何が出来るのかと思っている。
熾輝を守れるのは、現実世界に干渉する事が出来る式神…実体を持つ自分たちしか居ないと考えている。
『頭ガ固イDeathネェ、ソンナ価値観デ大丈夫Deathカ?』
「何だと!貴様、言わせておけば――」
『マスター、私ガ必要ニナッタラ、イツデモ呼ンデクダサイ!ソノ時ハ、式神トシテ名前ヲ貰エル事ヲ期待シマース!』
「まて、貴様!まだ話は終わってないぞ!」
『―――――』
結局、熾輝は1度も言葉を挟むことは無かった。
双刃とαだけでやり取りを行った末、αが勝手に通話を切ってしまう状況だ。
双刃からしたら、それも面白くなかったのだろう、青筋を浮かべて顔面をヒクヒクさせながら怒りを顕にしていた。
◇ ◇ ◇
朝の修行を終えた熾輝は、部屋に戻ると一先ずシャワーを浴びた。
浴室から出ると、キッチンの方からパンを焼く香りと卵特有の焼ける音が耳に届いてきた。
本日は、休日のため、午前中はゆっくりと過ごす予定だ。
日頃、忙しくしている葵も、今日は休みのため家にいるため、久しぶりに師弟揃っての朝食となる。
ただ、羅漢は本日、仕事のために朝から家を空けている。
なんでも、可憐の父方の祖父が海外から帰国するという事で、出迎えに行くと聞いていた。
本来、彼の業務は可憐の護衛任務なのだが、祖父のボディーガードの手配が間に合わず、彼に要請が来たのだ。
一応、今日は可憐も仕事がOFFのため、咲耶たちと出掛けると言っており、遊びにボディーガードは付けないのが彼女の流儀である。
「あら、子供会の集まり?」
「はい、なんでも街の子供たちが集まって、社会科見学をしたり、遊んだり…色々するみたいです」
「懐かしいわねぇ、私も子供の頃にあったなぁ、そういうの」
朝食を取りながら、熾輝は咲耶達が本日参加している子供会なる催しに参加している事を話す。
「そう言えば、例の転校生とは仲良く出来ているの?」
「えぇ、まぁ…今日も咲耶たちと子供会の集まりに行っているみたいです」
例のとは、先日転校してきた城ケ崎朱里の事である。
葵には、彼女が魔術師である事は伝えている。しかし、師からはこれといって、何か支持を受けている訳ではない。
しかし、状況から見ても朱里の転校に違和感を持っている熾輝としては、ある程度の距離を保ちつつ、経過を見ているのが現状だ。
だが、このまま見ているだけと言うのも後々、トラブルがあった時に動きずらくなる気がしてならなかったので、思い切って葵に尋ねる事にした。
「あの、先生…」
「なぁに?」
「朱里は、…例の転校生は、どうやら学園出身みたいなんです」
熾輝が言う学園とは、日本の魔術師や能力者が通う国立の学校の事であり、名のある名家の子供は、皆が当然の様にここへ通っている。
もちろん、咲耶のようなポッと出の魔術師達も国の勧誘によって通っている。
「どうしてそう思うの?」
「転校生の言動から僕が推察しただけです。あと、彼女はイギリスに留学していたとも言っていたので…」
「あぁ、あそこは魔術協会の総本山があるからねぇ……なるほど、確かに学園の制度には協会への留学があるわね」
葵の言葉から、熾輝は「やっぱり」と心の中でつぶやいた。
イギリスには魔術教会の総本山がある――
学園のコネを使えば留学も可能――
何よりも、彼女は魔術師、…それもかなりの実力をもっている――
この情報だけでも、朱里が学園出身者である事の確信が熾輝にはあった。
ただ、判らない事がある。…そもそも、留学までさせていた人材を学園側がおいそれと手放したりするだろうかという疑問だ。
「仮に、…仮になんですけど、学園側が留学までさせた生徒を他の、それこそ一般の学校に転校を許すなんて事があるんですか?」
「ないこともないわ、でも……」
熾輝の考えに応える葵の口元が僅かに重くなり、ややあって、その口が開かれた。
「学園が学び舎である以上、色々な問題が発生するのは、何処も一緒なの」
「問題ですか?」
「簡単に言っちゃえば、イジメね」
その答えに熾輝は、ある種の不快感を覚えた。
「学園は、実力主義…弱いものは強い者に虐げられる。私が通っていたときも似たようなイジメで学園を去る者は多かったわ」
「…でも、それだと朱里には当てはまらないです」
葵の話を聞き、腹立たしさを覚える一方で、熾輝は違和感を覚えた。
「朱里が魔術を使っている所を一度だけ見た事があります。だけど、彼女の魔法式の展開から発動スピード、魔法力、…どれをとっても凄かった」
8カ月前のハイジャック事件の折、熾輝は目の前で朱里が魔術を行使している所を目撃していた。
当時の彼女は、自分を天才と自称し、その才覚は天才と呼ぶにふさわしい物であったと熾輝は記憶している。
「たぶんだけど、その凄い才能が逆に周りから疎まれていたのかもね」
「そんな事って……」
仮にも実力主義を唄う学園で、力を持つ者が疎まれるなんて事があるのかと、熾輝は思っていた。
しかし、力が強すぎる者は、周りから畏怖と嫉妬の対象として見られる事も熾輝は知っている。
「そんな顔をしないで、今のは仮の話であって、彼女がイジメられていたかなんて、判らないんだから」
知らず知らずの内に影を落としていた熾輝の顔をみて、葵がフォローを入れる。
ただ、熾輝が以前、朱里と出逢ったとき、人間関係に悩んでいた事を思い出していた。
「なんだったら、知り合いに調べてもらおうか?」
朱里の事が気になっている様子を察し、葵が申し出てくれているが、熾輝としては他人のプライベートに深入りするのも悪い気がして、断ることにした。
「いえ、そこまでする様な事では、ないので」
「そう?」
しかし依然、朱里の目的が判然としない状態が続いているのも事実だ。
彼女が転校してきて既に1ヶ月が経過している。
もしも、刺客として自分の元に現れたのなら、何のアクションも起こさないのは奇妙としか言いようがない。
仲間内にも、可憐にだけは自分と朱里の関係は話している。
彼女は仕事柄、演じる事に長けているので、咲耶や燕の様に顔に出す事はないだろうと言う判断からだ。
もしも彼女が本当に自分を狙っているのだとして、いつでも対処できるようにしていればいいと、熾輝は自身の中でとりあえずの答えを導き出す。
「すみません、食事中に重い話をしてしまって」
「気にしないで、友達の事を心配するのは、悪い事じゃないわ」
「…はい」
葵も、実際に熾輝が気にしている内容については、理解している。
ただ、彼女自身、熾輝と同い年の子供が復讐するためにやってきたなんて事は信じたくなかったのだろう。
だから、敢えてその事には触れずにいたのだ。
◇ ◇ ◇
朝食を済ませた熾輝は、リビングでゆったりと寛いでいた。…とは言っても、何もしていない訳ではない。
彼の目の前に置かれた拳銃、ある人から貰った愛銃、シルバーの手入れをしながら付加の魔弾へほんの少しずつ自然エネルギーを込めている。
魔導書事件では、大いに熾輝の役に立った魔道具たち…しかし、タグの残弾は2つと、かなり少なくなっている。
弾丸の根元にある赤いラインは、通常弾との区別を付けるための印であり、着弾時に爆発を引き起こす効果がある。
魔弾の種類はレッドタグ、ブルータグ、ブラックタグの3種類…レッドは先にも述べた通り爆発、ブルーは電撃、そしてブラックは呪いを内包している。
弾丸一発、一発に込められた力を発動させるために丸1年間、毎日ほんの少しずつのエネルギーを込める必要があり、熾輝の切札として使われている。
この魔弾も愛銃と共に譲り受けたもので、作成者以外に製法を知る者がいないため、熾輝に追加の弾丸を作る事は出来ない。
―(残り2発…使いどころを考えなきゃいけないなぁ)
心許ない切札を見つめるも、雑念を振り払うように手の中の弾丸に意識を集中する。
「――よし、これで終わり」
ようやく力を注入し終えた熾輝は、テーブルの上に置かれた愛銃シルバーと魔弾を片付け始めた。そのとき……
ピンポーン、と呼び鈴が耳に入る。
たまたま、インターホンの近くに居た葵が、ボタンを押して来客の対応をする。
「はい、どちら様でしょう――――あら、久しぶりね。どうぞ、入って来て」
久しぶりと言っていた事から、どうやら来客は、顔見知りのようだ。
熾輝の知り合いは本日、子供会の集まりに出かけているため、葵の知人だろうと思った彼は、「席を外しましょうか」と声を掛けようとした。
「熾輝くん、お客さんを出迎えてくれる?」
「構いません。けど、どなたですか?」
「それは、来てからの、お・た・の・し・み♪」
来客を出迎える様に促した葵の様子から察するに、熾輝にも面識がある者と推測した矢先、部屋の呼び鈴が鳴らされた。
「今、開けます――」
扉を開けた熾輝は、目の前に居た女性を視た瞬間、表情が固まった。
「久しぶりね熾輝、紫苑お姉ちゃんが来てあげたわよ♡」
「………お、お久しぶりです」
たっぶりの間を置いた熾輝は、諦めたかのように、精一杯の言葉を捻り出していた。




