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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
180/295

新た役者

その日、とある洋館に集められた者達がいた。


建物は、お世辞にも綺麗な造りとは言えず、悪趣味と言っていい程に不気味さが滲み出ていた。


この洋館の主は、一代で富を築き、己の自己顕示欲を満たすかの如く、金に物を言わせ、あらゆる美術品を収集していた。


そして今宵、もう1人の客人が招きを受けて、この洋館に足を踏み入れたのだった―――。


「お荷物をお預かりします」

「結構よ、仕事で使う物だから手元に置いておきます」

「…左様ですか」


年老いた執事からの申し出を断り、彼女は客室へと案内される。


「お?なんだ、まだ来るのか」

「こちらの方で最後でございます」


客室には既に3人の男性が到着しており、それぞれが好きなようにくつろいでいた。


「へぇ、…って、なんだガキかよ。おいおい勘弁してくれよ、依頼人は何を考えているんだ?」

「………」

「お前、歳は幾つだ?」

「…13です」

「んだよ、中坊じゃねぇか」


客室にいた男は、彼女を見るなり馬鹿にしたような視線を送っている。

軽薄そうで、ダボッとしただらしがない服装、腕にはジャラジャラとアクセサリーを巻き付けており、いかにもチャラ男といった風貌である。


「この方も旦那様が用意した試験をクリアしました。ならば資格は十分かと…」

「はッ!試験ってあれだろ、心霊写真を撮るヤツ」

「左様です」

「あんなのはなぁ、俺達の業界じゃあ5歳のガキだって出来て当然、出来ない奴は無能の烙印を押されるんだ」

「…左様ですか」


男は、自分が有能である事を示したい様だ。

しかし、自己アピールをする相手を間違えている。

目の前の執事は、あくまでも館の主に雇われているに過ぎない。

ならば、依頼人に言ってやればいい…彼女は、呆れを含んだ溜息を浅く吐いた。


「――お主、いい加減にせよ。我々は争いに来たのでは無かろう」

「あん?」

「その通りじゃ、ワシ等は館の主から悪霊を祓ってほしいと言われて来たんじゃ」

「んだ、テメエ等」


場を荒立てようとする男を見かね、他の2人が仲裁に入る。

1人は、浪人の様な格好をした男――

もう1人は、デップリと太った僧侶の様な男――

しかし、男は喧嘩腰になりガンを付ける始末だ。


「お前等程度の無能が、誰に口を聞いているか判っているのか?」

「若造、いい加減にせよ!」

「そうじゃ、黙って聞いてりゃあ、一体何様だ!」


男の態度に業を煮やしたのか、今にも掴みかからん勢いに、「まってました!」と言わんばかりに口元を歪めて答える。


「俺はなぁ、五月女家のもんだよ」

「なんと!あの五月女の!?」

「貴様の様な若造が!?」


五月女、その名を聞いて2人は驚きを隠せない。

この国において、五月女の名は、それ程に畏怖されている。


「お前等とは、持って生まれた才能ものが違うんだよ」

「し、しかし、五月女家と言えど、あのような態度は如何いかがなものか――」

「おっと、気お付けろよオッサン、今後、俺に舐めた口を叩くと敵対行為とみなし、除霊中にうっかり手元が狂っちまうかもしれないぜ?」

「ム、ムゥ~……」


その脅し文句に気圧されたのか、それっきり、2人は口を噤んだ。

客室に妙な重たい空気が流れ始めたとき、扉をノックする音が聞こえ、執事が扉を開け放った。


そこに現れたのは、これまた年老いたハウスメイド、…と館の主らしき男だった。


「よく来てくれた。私は、この館の主で成金なるかね富男とみおと言う」


成金は、お金持ち特有…と言うのは語弊があるが、肥満体形をしていた。

しかし、その顔は青白くなり血色がわるい。加えて、不眠症特有の目の下のクマが色濃く浮き出ていた。


「実は、1年前から私は何かに憑りつかれる」

「ほう、何か思い当たる事があるのですかな?」

「あぁ、それは――」


館の主の説明は、こうだ――


1年前、寝ている時に金縛りにあい、毎晩の様に悪夢にうなされる。

そのせいで眠る事が出来なくなり、仕事にも支障をきたすようになった。

そんなある日、館の主が夜中、トイレに行こうとしたところ、部屋中に黒い靄が立ち込めて、不気味な顔の様な物に襲われた……


「――あの日から、体調を崩し身体に力が入らないし、気力も湧かないんだ…」

「なるほど、それは大変な目に遭いましたな」

それがしたちが来たからには、もう心配はござらん」


2人の男は依頼人を労わる様に声を掛け、不安を取り除こうとする。


「おおぉッ、では!」

「うむ、我らに任せなさい」

「まずは、原因の悪霊が何処に潜んでいるかを特定しなければ――」

「たああぁくっ、これだから無能共はよおおぉおっ!」


これから仕事に入ろうとした2人を他所に、男はまたもや馬鹿にした様に野次を飛ばした。

男に対し「なに!?」と怒りをあらわにする2人だったが、男はお構いなしに魔法式を展開させた。


「探すも何も、此処に居るだろうが!」

「「ッ!!?」」


術式に魔力が循環すると同時、魔力光が部屋を照らす。

瞬間、部屋に飾られていた1枚の絵画から黒い靄が立ち込めた。


「おおっ!アレの絵画に悪霊が憑りついていたのか!」


絵画から発せられる黒い靄は、男の敵意と魔力に反応して、現れた。

しかし、攻撃を仕掛けて来る気配はなく、どちらかと言うと部屋の出入り口を目指している感じだ。


「へっ、逃がすかよ!」


男は、部屋全体に魔法式を張り巡らせ、黒靄の脱出を妨害する。


「おい、依頼主のおっさん、ここから先はプロの仕事だ。ガキが首を突っ込んでいい場所じゃあね。目障りだからガキを追い出せ」


黒靄を室内に閉じ込めたところで、男に余裕が出来たのか、集められた内の1人、彼女の退室を要求する。


「そ、そうか。よし、キミ、金なら後でくれてやる。だから、さっさと出て行きなさい」

「別に構わないわ。…けど、今後の参考に五月女の仕事を見学させてもらいたいのだけど?」


人を呼びつけておいて、自分勝手に帰れと言ってきた依頼主は、彼女の方へ視線を向ける。

普通なら怒るところだが、しかし彼女はあっさりと了承する素振りをみせる。


しかし、なんだかんだで、此処に居座るための口実を提案する。


「…まぁ、いい。ならその目に焼き付けておけ!俺こそが、いずれ五月女に名を連ねる亀岡拓次かめおかたくじ様だ!」


名乗りと同時、拓次が起動した魔法式から炎の玉が出現する。

瞬間、黒靄から顔の様な輪郭が現れ、ニヤリと不気味に笑った様に見えた。

そんな、黒靄の様子など毛ほども気が付いていないのか、構わず拓次が炎の玉を投げつけた。


「消えやがれッ―――!!?」


瞬間、閃光と爆炎が室内を埋め尽くした。




ガスに引火した様な爆発が屋敷を半壊させ、辺り一面に黒煙が立ち込める。


「………まったく、呆れて物も言えないわ」


屋敷の大半が崩れたにも関わらず、彼女に傷一つどころか、汚れすら付いていない。


「アナタ達、大丈夫?」


後ろを振り向けば、なにやら宝石のような石から発せられる光りに依頼人他4名が守られていた。


「うぅ、いったい何がッ――!!?」


依頼人は、閃光によって眩んでいた目が徐々に回復したが、辺りを見て驚愕した。

なにせ、自分の屋敷が半壊しているのだから。


「まったく、五月女も落ちたものね。悪霊と妖魔の区別も付かないなんて」


言って、床に転がっている拓次を蹴り上げる。


「お、おい、何も死人をそんな風に扱わなくても」

「大丈夫よ、腐っても五月女の分家、ギリギリで自分を守る結界を張っていたから死んでいないわ」

「そ、そうなのか?」


不安を覗かせながら訪ねる成金…しかし、目の前に転がっている拓次を見る限り、とても無事とは思えない程に黒焦げだ。


「さてと、…じゃあ、私は帰るわ」

「え!?ちょ、ちょっと待ってくれ!悪霊はどうするんだ!?」

「え――?」


屋敷の惨状を後に帰宅をほのめかした女を依頼人が呼び止める。

しかし、そんな依頼人の言葉に彼女は心底不思議そうな表情を浮かべる。


「だって、私は依頼を切られたのよ。もう、ここに居る必要は無いでしょ?」

「そ、それは、…いや、しかし」


成金からすれば、拓次が全てを解決してくれると思っていた。

しかし、彼の期待は見事に裏切られ、拓次の敗北…だけならまだよかった。

あろうことか、屋敷を半壊させられ、しかも妖魔は未だ健在ときた。


残った霊媒師2人は、成金の目から見ても拓次や目の前の彼女と比べ、明らかに実力不足――この状況に付いて行けずに未だ放心状態だ。


そうこうしている間に、件の妖魔は再び蠢き始め、成金に敵意を向けている。


「ヒィッ!!た、頼む!助けてくれ!金なら幾らでも払う!」

「…へぇ、幾ら払うの?」

「え?え~っと……2倍!いや5倍だ!依頼料の5倍支払う!」

「話にならない」


悪戯めいた…というより、悪魔的な表情を浮かべ、彼女は荷物をまとめ始める。


「なら10倍だ!それなら文句ないだろう!」

「へぇ、アナタの命って、それっぽっちなの?悪いけど、他を当たりなさい」

「30倍だ!頼む!助けてくれ!」

「毎度あり♪」


自分の命が掛かっているせいか、成金は死に物狂いで懇願する。

依頼料の桁が振り切ったところで、彼女はようやく、依頼を受けた。


それからの仕事は、実に早かった。

あらかじめ手に持っていた石を妖魔目がけて投げつけると、強烈な光が部屋一面を埋め尽くした。


妖魔は、光の中に呑み込まれると、霧の身体のあちこちを切り刻まれ、ジュウジュウと肉を焼く様な音と共に消滅した。


「…あっけない」

「お、終わったのか――?」


素人目にも判るくらいハッキリと妖魔は完全消滅した。

その光景に安堵の息を漏らす成金は、ヘタリと座り込む。


「じゃあ、私はこれで帰るわね。…料金は、明日までに振り込むように!」

「は、はいッ!」


ズイッと成金に詰め寄った女は、言葉にこそ出さなかったが、「もしも反故にしたら、どうなるか判っているでしょ?」といった意味を込めて彼の瞳をのぞき込む。

成金は、腐っても大企業の社長…こういった得体の知れないプレッシャーを放つ人物には、逆らわない方が良いと、直感で理解していた。


だからこそ、文句も言わず、彼女の要求を飲んだのだ。


「あ、あの!」

「ん?なにかしら?」


彼女の仕事、その一部始終を目撃していた霊媒師が声を掛けた。


其方そなたは、もしや結晶の魔術師では?」

「何ッ!?噂に聞く、五十嵐の――」


五十嵐、その名を口にした瞬間、彼女から放たれる威圧プレッシャーが霊媒師2人の口を強制的に閉じさせた。


「…その名は、とうの昔に捨てました」


自身が放つ威圧が2人を畏縮させている事に気が付くと、すぐさま力を押さえ、一拍置いたのち、彼女は自身の姓名を答える。


「今は、煌坂きらさか紫苑しおんと名乗っています。いずれまた何処かで……」


そう名乗った彼女からは、先ほどまでの威圧が完全に消え失せ、大人びた笑顔を浮かべながら一礼すると、屋敷を立ち去っていった。




◇   ◇   ◇



紫苑によって除霊された屋敷での一件から2日後、とある屋敷内――


「ヒィッ!お、お許し下さい!グェッ、オエェッ!お、お願いしますゥ、お許し下さブホッ!」


亀岡拓次は、殴られながら必至に懇願する…明らかに自分より歳下であるハズの男にだ。


「この面汚しがァ、おめおめと帰ってきやがって」

「お許ヒ下さい!お許ヒ下ざい!もう、二度とこのような失態は致しません!」

「次なんかねぇよ」


平伏した状態で、尚も懇願を続ける拓次の顔面は、何度も殴られた事により腫れ上がっており、原型が大きく歪められていた。


そんな拓次をまるで虫けらを見るような目で見下ろす男は、右手に力を込めて振り上げる。そして……


「そこまでだッ!!!」


拳が振り降ろされる間際、横合いから伸びた手が彼の攻撃を止めた。


「和馬さん、……親父」

凌駕りょうが、これ以上、拓次を責めるでない」

「凌駕様、どうか拳をお納め下さい」


2人の仲裁によって、凌駕は舌打ちをしながら拳を降ろした。

その様子に、凌駕の父親…五月女勇吾は、浅い溜息を吐きながら、息子の行いを憂いていた。


「拓次よ」

「は、はいッ!」


勇吾は、柔らかい口調で拓次に声を掛ける。

だが彼の立場…五月女家の当主である者の風格が威厳となり、拓次を畏縮させる。


「此度の一件、既に報告は受けている。依頼人からは、半壊させられた屋敷と美術品の弁償を請求されている」

「~~ッ、申し訳ありませんッ、返済は必ずします――」

「弁償金は、既にワシが支払った」

「……へ?」


拓次からしたら、思いもよらなかったのだろう。

なにせ、今回の依頼は五月女家に対して行われていたが、一族の代表として仕事をこなす以上は、その際に発生したトラブルや弁済については、個人が全ての責任を負うのが業界の常識だ。


にも関わらず、今回の一件に関する弁償金…おそらくは莫大な物となっているハズの金額を当主が肩代わりしたと言っているのだ。


「今回の件を反省し、今後、より一層精進せよ」

「は、はいッ!必ずや当主様の期待に沿えるよう、この亀岡拓次、誠心誠意頑張ります!」

「ならば、もう下がって良い。治療班に身体を診てもらえ」


拓次は震えながら、深々と平伏したのち、退室していった。


残された室内には、当主である五月女勇吾と付き人の倉科和馬、そして勇吾の息子、五月女凌駕の3人だけだ。


「…親父は甘すぎる」

「そう言うな、拓次も今回の件は、相当堪えたハズだ。今後は、心を改めてくれるだろう」


実のところ、勇吾も拓次の日頃の行いには、目に余るものがあった。

しかし、何かを切っ掛けに彼が更生すると信じていたからこそ、今回は目を瞑る事にしたのだ。


「それで、和馬よ。今回の一件に、五十嵐が絡んでいたとは本当か?」


五十嵐、…古来より五月女とは犬猿の仲にある一族の名だ。

その名を聞いて、凌駕の眉がピクリと動く。


「はっ、確かに五十嵐の縁者が現場に居合わせましたが、その者は、既にの一族とは、たもとを分かれています」

「なに?それは、もしや…」

「はい。旧姓、五十嵐紫苑…現在は姓を改め、煌坂きらさか紫苑しおんと名乗っているようです」


その名に聞き覚えがあったのか、勇吾も、そして凌駕も表情を強張らせている。


恵那えなくんの…熾輝の母親の妹君に当たる五十嵐恵流えるの一人娘が帰ってきたのか」

「はい。先日、ロンドンから帰国したばかりの様です」


どうやら紫苑について、彼等は何かを知っているらしい。

ただ、それについて、詳しく語りたくは無いのか、各々の口は自然と重くなっている。


「そうか、……凌駕、お前は何か聞いていないのか?」

「あ?なんで、俺に聞く?」

「学園では、同級生だったではないか」

「いつの話だよ。大体、アイツとは小学校ガキの頃に一緒だっただけで、大して仲良くなんかねぇよ」


つっけんどんな態度をする凌駕に対して、勇吾は「そうだったか?」と自身の記憶の齟齬に疑問を抱く。


「それに、アイツがどうしていようと、俺には関係ねぇ」

「待て、何処へ行く?」

「修練上!」


これ以上、話す事はないと言葉にはしていないものの、刺々しい態度のまま、凌駕は部屋を後にした。


「まったく、凌駕のヤツは、どうしてああも取っつきにくいのか」

「凌駕様も今年で14になります。色々と思う所もあるのでしょう」

「そうか?ワシにはアイツが子供のころから反抗期に思えてならない」


息子の父親に対する態度が冷たすぎると、嘆く勇吾も人の親…いかに五月女家の当主という立場でも、そればかりはどうにもならないらしい。


「香奈は、随分と凌駕さまに懐いていますし、良くしてもらっている様ですよ?」

「おお、そうか。…香奈は元気にしているか?」

「はい。あの性格だから、学園で上手くやっているのか不安だったのですが、良き友人に恵まれているようです」


いつのまにか自分の子供の話を始める2人。

親が揃えば、どうしても子供の話になるのは、裏の世界も表の世界も同じらしい。







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