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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
修行編
18/295

第十七話

熾輝が風間達から逃げおおせたころ、清十郎達は、コテージで状況を確認していた。


「やれやれ、人の庭を土足で踏み荒らすとは、いい度胸じゃ。」


円空は、呆れて物も言えないといった風に溜息をついた。


「そんな事より法師、熾輝君は無事なんですか!?」


流行る気持ちを抑えきれず、葵は熾輝の無事を早く教えろと、せかし始める。


「慌てるんじゃないよ、あの子は、頭はキレる方だから、今頃、私たちと合流するためにこちらへ向かっているか、あるいは身を潜めているはずさね。」


年の功と言うべきか、その辺り昇雲は、落ち着き払っていた。


「ふむ、どうやら、こちらに向かっているみたいじゃの。敵さんに風術師が居たため、身を隠そうにも、直ぐに見つかると判断したんじゃろ。」


一人だけ熾輝の状況を把握できている円空は、現在の熾輝の行動について説明をする。


「しかし、円空殿、敵の戦力は、どの程度なのですか?敵もこちらに向かっているとなると、遭遇戦は免れない筈です。」


冷静に状況を確認する白影に対し、円空は森全体を視渡して答える。


「ざっと、200人といったところか。」

「・・・少々物足りないと存じますが、単純計算一人40人ですね。」


200人と聞いて、白影は、ここに居る一人一人が担当する人数を計算した。


「いやいや白影よ、そんな、まどろっこしい事せんでも、早い者勝ちで良くね?」

「では、誰が一番多く仕留められるか勝負と行きますが。」

「儂に勝負を挑むとは、見上げた心がけじゃ。あ、ビリの奴は罰ゲームな?」


勝手に賭け事を開始した二人に対して、昇雲と清十郎は、また始まったと既に慣れているのか、何も言わないが、一人だけ怒りのボルテージをMAXにさせている女性がいた。


「お二人とも、後で話があります。」


気づいた時には、既に遅く、調子に乗りすぎた二人は、肩を震わせ部屋の片隅で小さくなって講義を始めた。


「何と!老い先短い老いぼれの、ちょっとしたお茶目くらい見過ごさんかい!」

「そうですぞ!高齢者虐待反対ですぞ!」


この二人、なんだかんだで一番馬が合うらしく、一緒に暮らすようになってから、毎晩酒盛りで夜遅くまで騒いでいて、よく葵に説教をくらっているのだ。


「冗談はさておき、実際、一人ずつのノルマを決めるよりは、手あたり次第に殲滅していった方が効率もいいと私も思うんだがね。」

「だけど師範、いちいち相手をする必要は無いと思いますよ?熾輝君を連れてこの場を離れれば、無用な戦いは避けれますし、また身を隠せば、数年の間は見つからないはずです。」


戦いを避けようとする葵の意見に対し、他の4人から賛成の声は上がって来ない。


「葵、別に俺達だって、戦いが避けられるのなら、それに越したことは無いと思っているんだ。」

「じゃあ何で逃げないのよ?」


納得できない葵は、清十郎に説明を求める。


「抑止力だ。」

「・・・なるほどね。」

「ああ、今回、敵は200もの魔術師を用意してきた。もしも、ここで俺達が逃げた場合、他の組織も俺達が戦力差に臆して逃げたと判断するだろう。そうなった場合、次から次へと他の組織が熾輝を攫いに来るだろう。だが、200人を5人で殲滅したとなれば、俺達を脅威と感じて、下手に手を出せなくなる。今までは、五柱というブランドに警戒していたため、奴らも手を出してこなかっに過ぎない。」


清十郎の説明に納得した葵は、敵の殲滅という方針に納得した。


「話もまとまったところで、そろそろ行くとするかね。」

「私は、熾輝君が心配なので、あの子の保護を優先に動きます。法師、熾輝君の居場所を教えてください。」


承知した円空は、懐から一枚の護符を取り出すと、それを空中に投げた。


すると、投げた護符が燕の姿になり、部屋の中を旋回し始めた。


「熾輝の居場所は、南の方角、ここから5キロ程進んだ場所におる。あとは、この式神が案内する。」

「わかりました。」


式神は、葵の肩に、ちょこんと下りると、まるで本物の燕の様な動きで、羽にクチバシを擦り付け始めた。


「葵殿は、南ですか。ならば私は北へ向かいましょう。」

「私は、東に向かわせてもらうよ。」

「俺は、西へ。法師はどうしますか?」

「敵は、四方向から攻めて来ておるが、カバーしきれない範囲もあるじゃろうて、撃ち漏らしがここへたどり着いたら、ど突きまわしてやるわい。」


そして、それぞれの進行先を決めた5人は、コテージを後に出撃したのだった。


――――――――――――――――――――――

清十郎たちが行動を開始したころ、熾輝は身を隠しながら師匠達が居るはずのコテージへと向かっていた。


「(森の至る所から魔力を感じる。一体、どうなっているんだ?)」


状況を飲み込めていない熾輝は、師匠達からの言いつけどおり、ひたすら逃げの一手に徹していたが、それもとうとう叶わなくなってきていた。


「(後ろから5人、右に5人、そして左から5人か、間違いなく僕の方に向かって来ている。前進しても、先行している敵に追いつく形になっちゃうな。)」


確実に近づいて来ている敵を察知した熾輝は、逃げきれないと判断し、対応を考える。


「(どちらにしろ、向かってくる15人を相手にするのは、無謀だ。進んで前の5人を相手にしている内に追いつかれたら20人を相手にすることになる。それなら・・・)」


状況を冷静に分析した熾輝は、作戦を立て、行動を起こす事にした。


足に力を込め、一気に駆出す。


向かった先は、前方の先行している一団の方角だった。


みるみる内に距離を詰めていく熾輝は、3方向から迫ってきていた団体の移動速度が上がったことを確認し、一定の距離を保ったまま、先行組に接近する。


先行組は、こちらに気が付いていないのか、依然として前進したままだった。


「(前の一団は、僕の存在に気が付いていない。と言う事は、残り3方向から来るグループのそれぞれに探知系の魔術を使う者がいる。前の一団が、僕に気が付いていないのなら、連中に、連絡を取り合う手段が無いってことだ。)」


熾輝の予想は、当たっていた。

魔術に、携帯電話などの通話という術式は存在せず、それに近い物としては、風術のように、遠くに声を届けたり、遠くの音を拾うというものがあるが、効果範囲は極端に短く、障害物が多ければ多いほど、範囲は制限される。


そして、この樹海には磁気を帯びた鉱物が多く存在するため、無線による連絡は出来ないのだ。


そもそも、彼等【暁の夜明け】は魔術崇拝の結社であるため、科学的な産物の使用に制限があるのだ。


そのため、彼らの武装は、ナイフなどの武器に限られ、銃等の弾薬類は、一切所持していない。また、防具などの身を守るための装備すら付けていないのだ。



熾輝が、走り出した僅かな時間で、先行組を視界に捉えた。


全速で接近したため、流石に物音などを消す事は出来ず、こちらが視界に捉えたと同時に、相手にも気付かれた。


熾輝に気が付いたと同時に、2人が魔術の詠唱に入り、残り3人が詠唱途中の仲間の盾になるような立ち位置を取った。


「(連携を取ってきた!さっきの様には、いかないか!)」


走りながら拳大の石を拾い上げ、思いっきり投げつける。

当たれば大怪我を負うであろうその投擲の威力は、とてもじゃないが9歳の子供が出せるレベルの物ではない。


しかし、投げつけた石は、盾役の真ん中の男に当たる寸前で、視えない壁にぶつかった様に空中で一瞬静止した途端に地面へ落下していった。


「(防がれた。)」


だが、熾輝の足が止まることは無い。

そのまま、男達へ迫り、拳を打ち込む。


「ぐっ!」


放たれた拳は、男に届くことなく、寸前のところで、止められた。

見えない壁では無く、風の防壁によって、それ以上拳を突き出す事が出来ないのだ。

一撃で終わらせること無く、連続で攻撃を仕掛けるが、結果は変わらず、目の前にある風の防壁によって、熾輝の攻撃が男に届くことは無かった。


「離れろ!」


3人の後ろに居た男から声が掛けられた瞬間、タイミングを合わせて、盾の男たちは、それぞれ左右に別れた。


その場に残されたのは、熾輝一人。


真正面からは二人の男が同時に魔術を発動させる。


「(ここ!)」


発動と同時に、魔法の軌道線から身体を紙一重で外す。


身体すれすれを魔力の砲弾が駆け抜けたた直後、二人の術者へ向かって瞬時に近づき、丁度二人の間に入ったところで、左右同時に拳を叩きこむ。


拳は術者のみぞおちに深々とめり込むと、激痛のあまり、二人の男は、地面へと倒れ込んだ。


「「なっ!?」」

「貴様!」


先程まで盾役に徹していた3人が、迫る。


だが、人数の多い相手とまともにやりうのは、分が悪いと判断した熾輝は、跳躍して、距離をとり、そこへ追撃者達がこの場に追いついてきた。


「おい、大丈夫か!?」

「ガキ一人に何を手こずっているんだ!」


これで、この場には、20名もの魔術師がそろったことになる。

内2人は、先程の鳩尾に受けた攻撃により、うずくまったままだが、次期に立ち上がるだろう。


「あなた達、何故僕を狙うんですか?」


囲まれないよう、距離を取りながら、後ろへ下がる熾輝は、情報を得るため、相手に話しかける。


「自分の胸に聞いてみろ、この悪魔の子が!」


返ってきた答えに対し全く心当たりがない。

だが、追ってきた連中の何人かは、顔を酷く歪ませ、今にも飛び掛かってきそうな雰囲気をかもちだしている。


「(悪魔の子・・・またそれか。)」


ジリジリと詰め寄ってくる男たちに対し、尚も距離を取って、後退を続ける中、仲間の一人が、今にも飛び出しそうな男たちを落ち着かせるために声を掛けている。


「落ち着きなさい。総帥からは殺さず連れて帰るよう命令されているでしょう。」

「何を甘い事を言っているんだ!」

「そうだ!俺達は、恨みを晴らせるっていうから、アンタたちに協力しているんだぞ!」

「それは、分かっていますが、恨みを晴らすのは、目的が成就してからという約束も忘れないで下さい。」


彼らは標的を前に、仲間同士で言い争いを始めた。

しかし、熾輝は、その隙を見逃さず、全速力で逃走を図った。


「しまった!逃がすな!」

「ちっ!待ちやがれ!ぶっ殺してやる!」

「(よし、もう少し。)」


逃げ出した熾輝を追って走り始めた彼らは、自然と固まって追いかける形となり、ある場所に追ってきた全員が踏み込んだところで、熾輝は地面に手を付き、魔力を流し込んだ。


「チャンスだ!動きが止っ!」


動きが止まったと言い終わる前に、男たちの足元が、崩れ始めた。


「落とし穴だとー!?」


そう、これは、円空お手製の落とし穴。

直系10メートル、深さ7メートルの超巨大落とし穴である。


「・・・流石、法師の落とし穴は、スケールが大きい。」


熾輝は、穴を覗き込んで、中を確認する。


連中は、崩れた土砂と一緒に落ちたようで、身体の半分近くまで埋まっており、ピクリとも動かない。


「気絶しちゃったか。」


無理もない。

この落とし穴の深さは、一般家屋くらいの高さに相当し、心の準備が無いまま落とされたのでは、落下の衝撃で、気絶位普通にするだろう。


実際、落ちた人間の殆どが、身体のどこかしらに骨折を負っているのだ。


「(上手くいって良かった。)」


正直、成功するかは、賭けであったが、それでも勝率が低いものとは、思っていなかった熾輝は、落とし穴の外で、今も蹲る2人の男に近づいて行った。


よく見てみると、二人とも白目を向いて、口から泡を噴き出していた。


「息は、・・・あるな。」


呼吸を確認した熾輝は、二人の襟袖を掴み、そのままズルズルと引きずって移動したところで、先程の落とし穴の中に、二人を投げ入れた。


深さ7メートルの落とし穴に気絶したまま投げ入れられた二人からは、底穴に衝突した際、「ボキッ!」という変な音がしたが、少年は、それを聞かなかった事にした。


「(この人達、熟練度にバラつきがあるな。魔法の発動に時間を掛け過ぎの者も居れば、連携を取って対応してくる人も居るし、さっきの風間っていう人みたいな熟練者もいる。それに・・・)」



恨みを晴らす!



先程、男の一人が言っていた言葉が引っかかった。


「師匠達は、何を隠しているんだ?」


悪魔の子、以前葵から魔界に足を踏み入れた者を嫌い、そう呼ぶ者達が居ると聞いたことがあった。

しかし、恨みを晴らすと言っていた男の言動と師の説明とでは、全くかみ合っておらず、熾輝は、疑念を抱きつつもその場を後にした。



――――――――――


熾輝が、追跡者の一団と接触していたころ、遠くから状況を覗き見ていた男が居た。


「・・・妙だな。」


男は、熾輝の行動の一部始終を観察しており、ある違和感に気が付いていた。


「あのガキの動き、まるで、周りに敵が居るのが分かっているようだ。」


男が見ていたのは、視界に入っていないハズの追手から逃げるように走り出した熾輝の姿であった。


「だが、どういうわけだ?敵の位置を把握しているのなら、囲まれるなんてミスは起こさないもんだが。」


そうこうしている内に、敵と対峙した熾輝が、攻撃を仕掛ける。


しかし、防壁を張った相手に対し、攻撃が全く通らないものの、なおも攻撃を繰り出している。


「単なる偶然か?それとも何か策があるのか・・・」


詠唱を終えた男たちが、攻撃を放つが、それを躱して2人の術者に反撃をして仕留めたが、後続の追手が到着してしまった。


「おいおい、追いつかれちまいやがった。・・・こりゃ詰んだな。」


男の言う通り、熾輝を囲もうと男たちがゆっくりと迫っていく。

しかし、一瞬の隙を突いたのか、全力で逃走を開始した。


「お、まだ逃げる気か?」


そう思った瞬間、立ち止まった少年が、地面に魔力を流し込み、男たちが固まったのを見計らっていたように、地面が崩れ、そのまま決着となった。


「ははは、面白れえなあいつ。罠にハメるために、あの場所まで誘導したって訳か。」


高みの見物を続ける男は、熾輝の行動をみて、いくつかの推測をたてた。


「(間違いなく、あのガキは探知系の能力をもってやがるな。だが、ガキと追手の位置関係を考えるに、探知できるのは、そう遠くない所までか。さっきの奴らとその外周に居た連中の位置からして、探知範囲は200メートル未満ってところか。それに魔術を発動させた気配が無い事から、固有能力の一種だろう。)」


男の予想は、おおよそ当たっていたが、熾輝に固有能力は、無い。


熾輝が敵を探知している能力は、仙術の一つであり、仙術は、魔術やオーラとは異なる力を使用しているため、男は熾輝の固有能力と辺りをつけた。


だが、その能力及び効果範囲を割り出したのは、間違いなく男のけいがんが優れている証拠でもあった。


「五柱が相手って聞いて、楽しみにしてたが、その前にあのガキで遊ぶとするか。いずれにせよ、あのガキを捕獲しちまえば、五柱が現れるのは確実だろうし。」


男は、思わずほくそ笑む。


サングラス越しの眼の奥をギラつかせ、逃げ回る少年をどう料理するかを考えるだけで堪らないといった感じだ。


「まずは、下ごしらえから始めるかね。」


男は、ポケットから何枚もの護符を取り出し、空に向かって投げ捨てた。


すると、護符は次々に人型を造りだし、地に着いた時には30体程の人型が出来上がっていた。


人型の容姿は、金髪と細身の体系で、サングラスをしており、それぞれが同じ顔をしていた。


まるで、男の分身を造り上げたかのように。


「さぁて、狩りの始まりだ。十二神将就任の前に五柱を倒したとくれば、はくが付くってもんよ。」


男は、式神に命令を下すと、一人の少年に向かって歩き始めた。


――――――――――――――――


森への進行が始まり、5人の達人たちが各々、動き出してから間もなく、それぞれが侵入者達と対峙し始めていた。


「くそっ!なんだこの婆は!?」

「冗談じゃ無い!魔術師でもないのに、何で俺達の方がやられているんだ!?」

「落ち着け!所詮は相手は生身だ!防壁さえ張ればこちらに攻撃は通らない!」


魔術師たちの声が響き渡る中、颯爽と戦場を駆け抜ける一人の老婆がいた。


「駄目です!防壁がまるで紙屑のように破られます!」

「た、助けてくれー!」


押し寄せる侵入者をまるでゴミ屑のように、千切っては投げ千切っては投げ。

繰り返している内にみるみると数を減らし、40人以上居た侵入者たちは、気が付けば数を半数近くまで減らしていた。


「なんだい、団体さんが揃いも揃って、婆一人も止められないのかい?」


腰に両手を回し、気絶した男の頭の上に立ちながら、期待外れと言わんばかりに溜息を吐く。


「ば、ババア!調子に乗るなよ!」


集団の中で、リーダー格と思しき男が、両手を前に突き出し、魔術を発動させた。


「喰らえ!」


男の前に集まった岩や石などと言った鉱物が一箇所に集まり、バスケットボール大の大きさまで集まった瞬間、それは、一気に発射された。


通常、この質量を人間が持ち上げて投げつけても、飛距離は伸びないし、威力も乗せられないまま落下するものであるが、魔術によって運動エネルギーが操作され、標的目がけて一直線に打ち込まれた。


そして、着弾と同時に、集められていた岩や石と言った鉱物は、四方に弾け飛んだため、砂埃を巻き上げて、一時的に視界を悪くした。


「馬鹿め、老いぼれが調子に乗るから死ぬ羽目になるのだ。おいっ!隊列を立て直して進行を続けるぞ!」


男は、自分の魔術に余程の自信があるのか、相手の生死を確認することなく、部下に命令を下す。


しかし、次の瞬間、男は自分の目を疑った。


「やれやれ、折角当たってやったのに、この程度の威力かい?」


確実に死んだと思っていた標的は、倒れることなく、先程と同じ場所である、男の仲間の頭の上に立ち続けており、尚且つ、その皺だらけの皮膚に傷一つすら付けられていはいなかったのだ。


「そ、そんな、私の最大火力だぞ?」


男は、現実を受け入れることが出来ず、震える声を絞り出していた。


「驚いたね!あの程度が最大火力だっていうのかい?」

「な、なに!?」


相手の言葉によって、先程まで現実逃避を行っていた男の頭に血が上る。


「あの程度の威力に、わざわざ魔法を使う必要があるのかね?」


そう言うと、今まで踏みつけにしていた男の頭から下り、足元に転がっていた拳大の石を握り込んだ。


「投石って言うのは、こうやるんだ・・・よっ!」


老人は、野球でもするかのように、大きく振りかぶり、握り込んだ石を男目がけて思いっきり投げ付けた。


投げられた石は、とんでもない速度を叩き出し、この場に居る追撃者の中で、それを目で捉えられている者はおらず、先程魔法を放った男目がけ、飛来した。


石は、男の右耳をカスリ、そのまま男の顔面スレスレを通過すると、後方にあった大岩に激突した。


その瞬間、砕け散った鉱物の破片が、四方に飛び散り、近くに居た何人かに深く身体に突き刺さった。


「「「ぎゃあああ!」」」


そして、耳を掠った男は、右耳を抑えながら痛みに必死に耐え、後ろを振り向いた時、愕然とした。


「・・・在り得ない。」


男が目にしたのは、先程、老婆が投げた石など比較にならない程巨大な岩が被弾場所から砕け、まるで粉砕機で粉々にされたかの様に無残な姿になっていた。


「魔術じゃない。これは、まさかオーラか!?」

「ご名答。私が投げた石には、オーラを込めていたのさ。」


現状を把握するだけの思考力は、残っていたのか、男は初めて出会う【能力者】を目の前にして、ただ茫然としていた。


「お前は一体、何者なんだ?」

「私かい?」


老人は、何でもないように、そう、まるでどうでもいい事だろと思いつつも、武人の礼を尽くす。


「突然襲ってくるような輩に名乗る必要は、無いと思っていたが、まぁいい。聞かれたからには名乗るのが武人の流儀だからね。」


老人は名乗る。

己の名をここに居る全ての者に刻み込むように。


「心源流27代目昇雲だ。」


その場に居た全員が名前を聞いた瞬間、騒然となる。


「き、貴様があの昇雲師範だと!」


男たちが騒然となるのも無理はない。

目の前にいる老人こそ、かつて世界にその名を轟かせた旧帝国軍最後の切り札と称される人物。

まさに生きる伝説なのだ。


「さて、こちらが名乗りを上げた以上、そちらも名乗ってもらおうか?」


昇雲は、威圧を込めた鋭い眼光を男に向けた。対して男の方は、その威圧に完全に圧されてしまったのか、額からは、脂汗を流し、足元を震わせていた。


自分は、とんでもない相手を敵に回してしまったと悟った時、突然現れた来訪者によって、戦場の空気が一変する。


「貴殿があの昇雲師範でしたか。」


現れた男は、40歳程の中年の男性で、白髪交じりの頭に中肉中背といった、これといって特徴のない外見をしているが、男の登場によって、周りに居た者達から不安の色が消え去っていた。


「お前さんは?」

「お初にお目にかかります。私は魔術結社【暁の夜明け】元帥を務めてる辻新之助と申します。」


男は、戦場であるのにも関わらず、目の前の敵に対し、深々とこうべを垂れる。


「暁の夜明け?日本最大規模の魔術崇拝の秘密結社じゃないか。何でまたそんなところが、こんなところへやってくる?」


昇雲は、既にわかっている回答をまるで答え合わせをするかのように質問を投げかける。


「はい。神代の魔法のカギとなる少年の保護に参りました。」


辻は、笑顔とは裏腹に黒い思惑をその仮面の下に隠して、自らの目的を告げた。


「保護?はっ!笑わせてくれる。実験動物にするための捕獲の間違いだろ!?」


昇雲は、今までにない威圧を込めて向かい合う相手を睨みつける。しかし、辻は、まったく意に介さない様子で、その威圧を受け流すが、周りにいる他の仲間は、強烈な威圧によって、意識を手放している者さえ出てきていた。


「いやー、参りましたね。確かに魔術の探求に犠牲は付きものですが、我々はそのような非人道的な表現は使いません。」

「ほう?では何て言うんだい。この婆にも分かるように教えておくれよ。」

「殉教です。彼は、魔術という大いなる力の発展のため、先に逝くだけなのですよ。これ程の栄誉が他にあるでしょうか。」


己の言葉に酔いしれているのか、辻は両手を広げ、空を仰ぎ見るような体制で、言ってのけた。


しかし、要するに、

彼が言う保護対象とは、八神熾輝という少年のことであり、

その少年を殺すとハッキリ言ったのだ。


「・・・そうかい。良くわかったよ。」


瞬間、その場の気温が一気にマイナスにまで下がったとさえ誤認してしまう程の冷気を感じた男たちは、呼吸することさえ忘れ、目の前の老人から一瞬たりとも目を離すことが出来なかった。


しかし、辻だけは、そんな昇雲の怒りを感じ取っていないのか、それとも圧されずに張り合っているのかは、定かではないが、歪み切った笑みを昇雲へ向け続けていた。


「私たちの可愛い愛弟子にちょっかいを出したこと、後悔しながら逝きな!」


昇雲の身体から膨大なオーラが吹き上がり、再びその場は戦場と化した。


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