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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
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予兆

見渡す限りの樹海、周りを険しい山々に囲まれたそこは、昔から迷わせの森と言われ、地元の者も滅多に近づかない日本有数の遭難スポットだ。


そんな場所に小学生の女の子が1人で足を踏み入れて、無事で済むハズがなく、案の定、遭難してしまった。


「――まったく、山を舐めているから遭難するんだ」

「ご、ごめんなさい」


呆れ混じりの溜息を吐きながら、熾輝は咲耶の手を引いて森を歩く。


握られた手を意識しているせいか、彼女の顔は薄く朱色に染まっている。

顔が熱くなっている事には彼女自身、気が付いているが、前を歩く熾輝は気が付いていない。

咲耶は何故こんなにもドキドキとするのか、自分でも判らないまま心の中で「気が付かないで」と祈る様な思いでいた。


「これに懲りたら、もう二度とこんな事はしないように」

「は、はい」


咲耶の変化に気が付いていないまま、怒り口調を交えて彼女を叱る。

しかし、こんな所で1人きりで心細い思いや、怖い思いもしたハズの彼女の事が可哀想だという想いもあり、これ以上責める事はしなかった。


「キャンプは、川の近くだって言っていたよね?」

「う、うん。アリアが残っているから魔力探知で探そうとしたんだけど……」

「うまくいかなかった?」


肯定を示すように、咲耶は黙ったまま首を縦に振る。


「遮蔽物が多いところで、ソナーを撃っても意味は無いよ。やるなら術式に頼らないで感覚で魔力を探らないと――」


サバイバルにおける力の使い方を教示しようとした熾輝だったが、その矢先、進行方向に開けた場所を発見した事から、一旦言葉を切り、目を凝らした。


視線の先にある場所には、テントが複数設営されていたことから、おそらく咲耶たちがキャンプをしている場所であると当たりを付ける。


念のため咲耶に聞いてみたところ、間違いないと確認が取れたので、このままキャンプ場へ彼女を送り届けたのだが、居なくなった咲耶を心配して、アリアがオロオロとしている真っ最中だった。


森を抜けてようやくキャンプ場へと到着した咲耶を見た瞬間、アリアから安堵の息が漏れる。

ちなみに、帰ってきた咲耶が熾輝を連れて来た事に驚いたのは、言うまでもない。


「――もうッ、本ッッ当に心配したんだから!」

「ご、ごめんなさい」


アリアは、心底心配していたのだろう。

無事に帰ってきた咲耶を叱りながら抱きしめた。


釣りを終えて、川から帰ってきたアリアは、キャンプ場に居るハズの咲耶が何処にもいない事に、直ぐ気が付いた。

しかし、魔術が使えるから心配は無いと、最初は高を括っていたのだが、中々帰ってこない事から心配になり森の中に入って探しに行こうとした矢先だったらしい。


「入れ違いにならなくてよかった」

「本当に助かったわ、…でも、まさかこんな所で熾輝に会えるなんて思ってもみなかったわよ」


それは、こっちの台詞だと言いたいのは山々だったが、熾輝も森の中で泣いていた咲耶を発見した時は、目を疑った。


元々この土地は、昔から円空が住み着いており、熾輝も幼少の頃からここで修行を重ねていた。


森には結界が張られており、侵入してきた者を惑わす効果の結界が施されている。

だた、この結界は一定以上は入れない様にプログラムされているため、森の奥深くで遭難する様な事にはならない。


事実、咲耶が遭難していた場所は、キャンプ場から1キロも離れていなかった。

徒歩で換算しても、せいぜいが30分くらいの距離だった。


「ここには、法師の家があるからね。冬休みを利用して、帰省していたところなんだよ」

「法師って、…円空さんだっけ?」

「うん、魔導書の報告も兼ねて…というより、僕的には問い詰めるつもりだったんだけど、のらりくらりと躱されているよ」

「アイツ、昔と全然変わらないわね。重要な事は何にも教えてくれない!」


今回、熾輝が帰省した目的は、未だ謎が多いローリーの書に関わる事柄について、円空を問いただすと言うのが主な目的だった。


例えば、何故ローリーが遠い未来に生まれる咲耶に魔導書を残したのだとか――

ローリーが戦った魔人の正体は、何だったのか等…数えればキリがない。


しかし、意地の悪い円空が素直に教えてくれるハズがなく、自分で考えろとバッサリと話を切り捨てられる有様だ。


しかたなく、…というより他にすることも無かったので、久しぶりに円空直々に修行を付けてもらっている真っ最中だ。


「まぁ、今更言っても仕方がないし、法師がそう言う以上は、いずれ判ることなのかも」

「…熾輝、アンタは佐良志奈を信用しすぎよ」

「そうかな?」


「普通だよ」と言いたげに、曇りなきまなこで応える熾輝、…しかし、アリアにとっては、そうでないらしく、今も小声でブツブツと何か円空への恨み言を漏らしている。


しかしだ、円空は熾輝にとって親同然の存在、少し前だったら円空の悪口を言われたらムッとしていただろう。ただ、アリアの円空嫌いは今に始まった事ではないし、もはや聞き慣れてしまっているので、熾輝も聞き流すくらいの度量を今は獲得している。


「ところで、咲耶達はいつまでここに居るの?」

「えっと、予定では明後日までだよ。天気が崩れたら早めに帰るかもってお父さんが言ってた」


咲耶の父親は仕事柄、採取を目的としたキャンプは何度も経験しているため、天候を見極めて早々に撤退する機転の良さは持っているらしい。


こう言っては何だが、この森は少しの雨量でも崖が崩れやすく、簡単に命を落とす危険地帯だ。だから、咲耶の言葉に「そっか」と安堵を込めて答える。


「僕は予定通り、冬休み一杯はここに居るから、次に会うのは学校だね」

「えぇ、なによぉ、明日も会いにくれば良いじゃない。ねぇ、咲耶?」

「え?う、うん。そうだね」


せっかく同じところに居るのなら一緒に遊べばいいと言うアリアの申し出だったが、生憎あいにくと熾輝にはやらねばならない事が多い。


先日の博覧会における世界樹ワールドツリー暴走事件の事は咲耶達には話していない。

余計な事で彼女たちに心配を掛ける必要もないという配慮からだ。

ただあの日、燕に誓った…熾輝は彼女たちを守れるくらい強くなると決めているのだ。ならば、今は短い時間の中で、出来る限り修行に専念しなければならない。


「悪いね、法師と会える機会も少ないから、今は出来るだけ修行をつけてもらいたいんだ」

「……そっか、ならしょうがないわね」


家族同然の人と会える機会が少ない…その言葉にアリアも何かを感じ取ったのか、それ以上、無理強いはしてこなかった。


「まぁ、また咲耶が遭難したら話は別だけどね」

「も、もう迷わないもん!」


冗談半分、本気半分で言った熾輝の言葉に、咲耶は慌てて否定を示す。

それを別れの挨拶代わりにして、帰路に着こうとした熾輝を咲耶が呼び止める。


「と、ところで熾輝くん!」

「なあに?」

「…熾輝くんは遭難した人を毎回、助けているのかな?」

「そうだけど?」

「昔から?」

「――?――まぁ、そうだね、僕がここに来たのは4歳からだから、その時からかな?」


熾輝だけに留まらず、昔から円空の元で修行をしてきた昇雲やその前の弟子たちも遭難者が現れれば人里に返すという行為を繰り返してきた。

それは、彼にとっての日常に等しい行為であり、どうという事でもないし、いちいち記憶に留めておく程度の事でもない。


例え、熊に襲われていた少女を助けた事があったかもしれないが、熾輝にとっては特別でも何でもなかったのだ。


だから、「それがどうしたの?」といった表情をした熾輝の顔を見た途端、咲耶は無性に悲しいような怒りたいような、…自分でも判らない感情が込み上げてきた。


「そっか、……うん、……ありがとう」

「―?―あ、うん…じゃあ、また学校で」


何を意図した質問だったのか熾輝には理解出来なかった。

しかし、咲耶が昔、この森で、とある少年に助けられたという話はアリアも知っていたので、今の2人の会話から直ぐに状況を理解したアリアは、咲耶の様子を見て苦い顔を浮かべていた。


ちなみに、熾輝も以前、同じ話を咲耶から聞いていたが、何処の森の話かまでは聞いていない。…というよりも、思い至っても良いハズの事なのに、今に至っても思い出す気配すらない。


結局、この後、熾輝は森の中へと1人消えていった。

その後ろ姿を見送る少女の瞳は何処か寂しそうで、怒りたいような複雑な思いしかなかった。


「――さっ、もうじきパパさん達も帰ってくるから、夕飯の準備をしちゃいましょう!」

「うん、……そうだね!」


咲耶の心情を思いやり、詮索することも無く、ただ元気を出して欲しいという気持ちで咲耶の肩をポンッと叩いて、声を掛ける。


咲耶もまた、自分の気持ちの正体がハッキリとしないままモヤモヤしているのは、性に合わないのか、気持ちを切り替えて、父たちが帰って来ても大丈夫な様にアリアと共に夕食の準備を進める事にした。


そのあと、彼女がキャンプに来ていた期間は、遭難するような事もなく、平穏無事に父親の仕事も終わり、山を降りる事となった。


次に全員が揃うのは、冬休み明けの新学期となる。



◇   ◇   ◇



――1月20日――


本日は、熾輝達が通う学校の始業式、前日に円空の修行を終えて街に戻ってきた熾輝は、夕べのうちに学校の準備を整えており、朝食を取りながらテレビのニュースに聞き耳を立てていた。


食事中にテレビを付けるのは行儀が悪いと言う家庭もあると聞くが、その辺、熾輝はあまり気にしては居ない様である。


同居人である葵が、今日は夜勤明けのため、熾輝が学校から帰るころには家に帰ってくる予定となっている。


だから、朝ごはんは必然的に1人……


「熾輝さま、パンのおかわりは要りますか?」

「うん、もらおうかな」


という事もなく、式神の双刃が恭しく世話を焼いてくれているので、寂しくもない。


「おい、羅漢、貴様も式神なら主の身の周りの世話をしたらどうだ?」

「それは、私の役目ではない」


あぁあん?とヤンキーの様にガンを飛ばす双刃を気にすることも無く羅漢は食事を続ける。


ローリーの書事件以降、新たに羅漢という同居人が増えた東雲家は、朝から賑やかだ。


「そもそも、式神に食事は必要ないだろう!なにを呑気にコーヒーなど飲んでいる!」

「経口摂取によって霊的エネルギーを取り入れる事だって出来るのだ。それに……」

「それに――?」

「私は食べる事が好きなのだ」


厳つい身体と渋い顔立ち、そんな羅漢から思いもよらない言葉を聞いて、思わず笑いが込み上げる。


「ははは、そっか、羅漢は食べる事が好きなんだ」

「うむ、この身体になっても、味覚を失わなかったのは、行幸といえる」

「き、貴様、イケシャアシャアと―――」

「じゃあさ、双刃も一緒に食べようよ」

「え――?」


美味しそうにご飯を食べる羅漢を見て、ならば双刃もと熾輝が提案をする。


「双刃にも味覚があるんでしょ?それに、食事をとれば、ある程度エネルギーも補給できるのなら、無駄にはならない訳だし」

「し、しかし、主と同じ席に着くなど、式神として――」

「僕は、みんなと一緒に食べたいな」

「ッ――!?」


「だめ?」と歳相応の無垢な表情を向ける熾輝の眼に当てられたのか、双刃は胸を押さえて何かに悶えている。


「しょ、しょしょしょ、しょうがありませんね、…それが主命とあらば」

「うん、そうしよ」


そんなこんなで、今日から式神2人も一緒に食事をとる事になり、この後も登校時間がくるまで、賑やかな食事が続いた。



◇   ◇   ◇



「――へぇ、そんな事があったんだ」

「うん、今までは食事は必要ないって、言われていたけど、やっぱり美味しい物は食べたいよね」

「そうですね、美味しい物をお腹いっぱい食べると幸せな気持ちになります」


朝のホームルーム前の時間、熾輝はクラスメイトである咲耶、可憐と一緒に今朝の出来事を話していた。


「空閑くんの所では、どうしているんだろう?」

「案外、熾輝くんと同じで一緒に食事をしているのではないでしょうか」

「あぁ、遥斗は2人を兄と姉だって言っていたからそうかもね」


今はいないクラスメイト、空閑遥斗は昨年末から街の病院に入院中で、治療とリハビリに暫く時間が掛かると言われている。


因みに学校への届け出は、大怪我を負ったという事になっているらしい。


「早く元気になって、一緒に授業を受けたいね?」

「…そうだね」


彼等の間では、遥斗が起こしてきた数々の事件について、一応の決着はついている。

そして、彼を許し、友として受け入れる心の準備も既に整っている。

だから、あとは遥斗が熾輝達が居る場所へと帰ってくるだけなのだ。


「また、放課後にみんなでお見舞いに行きましょう」

「うん、―――」


と、見舞いの話をしている最中に、始業を告げる金の音が鳴り響き、各々は自分の席に着き、教室へとやって来た教師に挨拶を済ませると、ホームルームが始まった。


「えー、今日はみなさんに新しいお友達を紹介します」


教師から告げられる転校生の存在にクラス中が僅かにどよめく


『転校生だって、どんな子だろう?』

『熾輝くん以来ですね、楽しみです』

『こんな時期に珍しいね』


ヒソヒソと話をする3人だったが、熾輝が転校してきた時の事を考えれば、『人のこと言えないでしょ』と言うのが2人の共通見解だった。


そして、教師が教室の外に居る転校生に入る様に促す。…すると、ゆっくりとした動作で、しかし堂々とした立ち居振る舞いで教室に入る1人の少女を目にして、熾輝は驚いた。


「はじめまして、城ケ崎朱里です」


実に約8カ月振りの再会、そして、神災事件の中心人物である自分の元にやって来た、魔術師の少女――


熾輝は新たな事件の予兆を感じずには、いられなかった。


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