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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
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追跡者の足音

高層マンションが立ち並ぶ街の一角、そこに住んでいるのは、家族だったり、単身赴任中のサラリーマンだったりと、用途も様々だ。


近年では短期間の居住を目的とした居住契約をする不動産屋も多くあり、住人の入れ替わりも激しい。


そして、今日も新たなる住人がマンションへとやって来ていた。


住人は、また引っ越してきた人がいるくらいにしか思っていなかったため、注意深く観察する事もしせず、新しい住人が子供だという認識は、彼等にはなかった。


「――ええ、いま着いたわ」

『契約は、こちらの方で済ませているので、貴女は気にせず目的を果たして下さい』

「そのつもりよ」


新居のリビングには、既に家具などが備え付けられており、少女はソファーに腰を下ろすと携帯電話のスピーカー機能をオンにして、テーブルに置く。


『目標の少年は、この街にある私立学校に通っています。既に手続きは完了しているので新学期から貴女も同級生として通う事ができます。新しい学校の資料は、テーブルに置いているので、目をとおしておいて下さい』

「用意がいい事で、…新学期って20日からなの?」


テーブル上に用意してあった資料を読んだ少女は、ある1枚の連絡用紙をみて、ふと疑問を浮かべた。


『ええ、なにやら学校の校庭に埋まっていた不発弾が見つかったとかで、始業式が先延ばしになっているそうです』

「あっぶないわねぇ、仮にも私立の学校なんだから、そういう事は気を付けて欲しいわ」


これから通う事になる学校にそんな物騒な物があったと聞かされて、少女は僅かな不安を覚え始めていた。


『しかし、学校が開かれている時に爆発でもしてくれれば、少年を始末する手間も省けたでしょうに』

「冗談はやめて!他人を巻き込んでまで、私は復讐を果たそうなんて思わない!」


通話相手の非常識な言葉に、少女は憤慨して声を荒げる。


『…そうですね、私とした事が失言でした』


男も少女に言われて、直ぐに掌を返すように失言を認める。

ただこの男、失言と言っただけで、本心はどうだか判ったものではない。


「とにかく、私は私のやりたいようにやるから」

『それは承知しています。なにせ件の少年には、化物揃いの保護者がいるので、我々の様な大人が手出しをしようものなら、瞬く間に壊滅させられてしまいます。しかし――』

「私の様な子供が相手なら、それは無いと?」

『えぇ、どうやら連中は、子供同士の戦いに師匠は手を出さない、と公言をしている様でして。…なんとも古臭い武道家の掟みたいな物ですかねぇ?』


バカにしたようにクツクツと笑っている。

正直なところ、少女はこの男の事が好きではない。

ただ、自分の目的のために援助をしてくれている一点においては、感謝はしている。

ただ、お互いに利用し合う関係上、そういった気遣いは無用であり、男の方は、それが判っているので、少女に対し感謝の念など少しもない。


「関係無いわ、誰であろうと邪魔をするなら排除するだけよ。そのために切札まで用意したんだから」


そう言って、少女はテーブルの上に置いたスーツケースに目を落とした。

そのスーツケースは、魔術的なセーフティーが幾重にも施されており、それだけで中にある物の重要度が窺える。


『期待していますよ、何せ貴女の才能は、お母さま以上ですからねぇ。麒麟児の名に相応しい働きをして下さい。そのための支援は惜しみませんので』

「判っているわ。ママを殺したヤツ等の息子、悪魔の子ディアボロスを必ずこの手で殺して見せる!」


そう言った少女の眼光は、子供らしさの欠片も無く、憎しみの炎が渦巻いていた。


『頼みましたよォ、城ケ崎じょうがさき朱里じゅりさん。あの少年は、我々の仇でもあるんですから』


判っていると、電話先の男に告げ、朱里は通話を切ろうとした。


『あぁ、言い忘れていましたが、標的に関する資料は、貴女の部屋の机の引き出しに入れてありますので、あしからず――』


そう言って、先に通話を切ったのは男の方だった。


朱里は、『ツー、ツー』という不通の電子音を聞いて、軽い舌打ちをすると、電源ボタンを押してソファーに電話機を投げつける。


そして彼女の部屋にある机の引き出しを開けて、1つの封筒を取り出した。


御丁寧に魔術封印が施されており、専門家でも解読に難航しそうな複雑な造りをしている。

しかし、彼女はものの数秒で正解を導き出し、解除して見せた。

そのような事が出来る辺りが、彼女【城ケ崎朱里】が麒麟児と言われる由縁なのかもしれない。


そして、朱里が封筒の中身を取り出して、出てきた写真を見た瞬間、驚きのあまり、目が見開かれた。


「…そう、貴方だったのね、…ママを殺した奴の息子、…ディアボロス……」


その写真に映っていたのは、中性的な顔の作りで、右眼を眼帯で覆った男の子――


「八神熾輝イィ――」


憎しみの呪詛を込めて、彼女は写真を射殺さん勢いで睨み付けた。



◇   ◇   ◇



深緑が広がる樹海、周りを険しい山に囲まれた大自然、風が吹く度に木々の擦れる音が耳に心地いい。

近くには川があり、そこで魚を釣って、その場で焼いて食べれば、きっとおいしいだろう。

まさにキャンプの醍醐味である。


ただ、今回彼女、…結城咲耶は遊びに来たわけではない。

植物研究者である父の手伝いをするために、キャンプに参加をしている。


手伝いと言っても、彼女に植物の知識は無いので、採取する事は難しく、精々が食事の準備やテントの設営、身の回りの雑用程度が関の山である。


昔、小学生に上がりたての頃、1度だけ父親の仕事に連れて行って貰った事があるが、その時は何も出来ず、あまつさえ遭難するという失態を犯して以降は、一緒に連れてきて貰う事が無くなっていた。


しかし今回、彼女も、もうじき最高学年に進級する歳を迎え、手伝いをすることはあっても邪魔になる事はないという、父親の判断から同伴を許されたのである。


奇しくも、今回訪れたキャンプ場は前回、彼女が遭難した時と同じ山だ。

だからこそ、彼女にとっては意味のある事であり、一度失敗した場所でリベンジを果たし、自分も立派に父の役に立てるところを見せつけなければならないと心に誓ったのである。


だからこそ、テントの設営もキッチリこなしたし、食事の準備は普段から家で作っているため、慣れたもので、「わぁ、咲耶ちゃん上手!小学生なのに料理も出来るのねぇ!」と、父の部下の人から誉められて誇らしかった。


父が植物採取のために森へ入っている間も食器を片付け、夕ご飯の仕込みを完了させる。

まさに完璧な仕事ぶりに自画自賛していた。


「よし、あとはパパ達が帰って来るのを待つだけ……アリア、何処へ行くの?」

「ん?魚釣り、咲耶も一緒にどう?」


麦わら帽子を被り、釣り竿とバケツ、そして何やらウニョウニョと動く物体が入った箱を持ったアリアが咲耶を誘う。


「ヒィッ!みみみみ、ミミズ!」


魚の餌となるミミズを見た瞬間、咲耶はイヤイヤと体をよじり、後ろにさがる。


「あはは、咲耶はこういうのダメだったもんね」

「ももも、持たないでよぉ!」


箱からミミズを取り出してウニョウニョと息の良いところを見せるアリアだったが、咲耶は顔を引き攣らせて、更に後ろへさがる。


「ゴメン、ゴメン、夕飯にもう一品添えようと思ったんだけどさ。…でも流石に咲耶を独りにするのも――」

「だ、大丈夫だよ!わたし、もうすぐ6年生になるんだから、お留守番くらいちゃんと出来るんだから!」

「…そう?じゃあ頑張る咲耶のためにも沢山釣って来ようかな」

「うん、お願いね」

「くれぐれも1人で森に入っちゃダメよ?咲耶、一度ここで遭難しているんだから」

「わ、判ってるよ!それに前と違って今は魔法もあるから、迷う事はあっても、自分で何とか出来るし!」

「それもそうか、じゃあ私は、そこの川で魚釣ってくるから」

「はーい、行ってらっしゃい」


そう言って、アリアを見送った咲耶だったが、実は今回、彼女には父の手伝いの他にも、ある目的があった。


―(あの子にもう一度逢えるかなぁ)


昔、彼女が遭難した際に助けてくれた少年がいた。

暗がりのせいで顔は判らなかったが、身長から考えるに自分と同い年くらいの男の子。

咲耶の初恋の相手……


「約束を破る事になるけど、バレなければ大丈夫だよね?」


と、自分に言い訳をして、その足を森へ向ける。

もしも、彼女が魔術を知らないまま育っていたならば、父の言い付けを破る事は決してしなかっただろう。


しかし、彼女は知ってしまった。自身に宿る魔術の才を…そして、なまじ力を持ってしまっているが故に油断をしてしまうのは、誰にだって言える事ではあるが、その油断が時として命取りになる事をこの時の彼女は、気付いていなかった。


◇   ◇   ◇



「………どうしよう、来た道が判らない」


やはりと言うべきか、案の定、咲耶は遭難していた。


「だ、大丈夫!こんな時は探知魔法を―――」


周りに人の気配が無い事を確認して、術式を展開する。

発動した魔術により、ソナーの要領で遠くの様子を知覚する。

これにより、キャンプ場に居るアリアの位置を知覚すれば帰りの方角が判ると言う寸法だ。


ただ、ココはただの森ではない。

昔から迷いの森と呼ばれている、付近の住民ですら足を踏み入れない遭難の名所として名高い森だ。


正規ルートから外れれば5分で遭難すると恐れられている。


「………なんで!?全然反応がないよ!」


咲耶は失念していた。

探知魔法は、ソナーの要領で目標を知覚する術式、つまり測定距離にも限界はあるし、何よりもここは森の中、うっそうと生い茂る木々によって照射した魔力は、障害物に邪魔をされ、直ぐに術者へと跳ね返ってくる。


だから、いくらソナーを撃ったところで、大した効果は望めない。


「だ、だったら高い所から見渡せば―――」


次なる策は、跳躍によって付近を目視で観察する方法だ。

これならば、上手くいけばキャンプ場を発見できるかもしれない。


「み、みえない」


どうやら、キャンプ場を発見する事は出来なかったらしい。

万策尽きたと膝を折り、うな垂れる。


もしも、彼女が魔導書を持って来ていたならば、状況は変わったかもしれない。

魔導書の中には飛翔の術式が収められているため、空を飛んでしまえば簡単に森を抜けだすことも出来たハズだ。


しかし、今回彼女は魔導書を所持していない。

人目がある中、しかも父親が近くにいる場所で、あんな目立つ物を持ち歩く訳にもいかなかったため、自室にある机の引き出しに封印を施して置いてきてしまっているのだ。


「どうしよう、このままじゃ、またパパに迷惑を……」


折角信用されて連れてきて貰ったにも関わらず、父の言い付けを破り、森に入ってしまった。

何かあっても今の自分は昔と違うと思い込み、魔術で何とかなると、疑いもしなかった。

その結果がコレである。自分の力を過信し、魔術が助けてくれると信じていた。

だが、如何に大きな力を持っていても、使い方を誤れば、それは宝の持ち腐れである。


「パパ、アリア、何処どこぉ……」


呼んでも現れる事はない。

イケない事をしてしまった罪悪感と1人っきりの寂しさからくる不安が彼女を圧し潰そうとする。


「ぅ、…どうしよう、…ぅ、…わたし……」


まだ日も高いというのに、森の木々が日を遮り、暗闇を濃くしていく。

先ほどまでは、そんな事を感じていなかったのに、今になって、光りが届きづらい森の中に恐怖を感じ始めていた。


心に余裕がなくなり、彼女の目からは涙が溢れだす。


「怖いよぉ、…パパ、アリア…誰か助けてぇ」


ポロポロと涙を流しながら、とにかく彼女は歩いた。

歩いて歩いて、なんとかキャンプ場まで戻ろうと足を動かす。

だが、この行為は、遭難した者が一番やってはいけない事だと、彼女は知らなかった。


体力を無駄に削り、歩き回る行為は死に直結する。


昔と同じ事を繰り返している……その考えが脳裏に過った瞬間、もしかしたら、またあの人が助けてくれるかもしれない。


あの頼もしくて、優しい背中の少年が……


そのときだった、茂みの中からガサガサという音が聞こえてきたのは。


「ぁ、――」


あの時もこんな風に茂みの中から音が聞こえ、現れた野性の熊に襲われた。


その時の恐怖を今でも覚えている。


しかも、今のシーズンは冬、通常は冬ごもりをしているハズの熊だが、たまに獲物を取るため巣穴から出てくると何かの本で読んだことがある。

そして、メスは子育てをしているため、普段よりも気性が荒くなるとも……


「ぃ、いやぁ――」


昔の記憶がトラウマの様になって甦る。

遭難からくる疲労と精神的苦痛によって、魔法式を構築する事はおろか、魔力すらも発現する事ができない。


そんな彼女の精神状態など、お構いなしに茂みの奥の気配は、段々と自分の方へと近づいてくる。


そして…


「いやっ――!」

「咲耶、どうしてここに?」

「……ぇ――?」


恐怖のあまり、ギュッと目を閉じた少女の前に現れたのは、彼女の同級生である八神熾輝だった。


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