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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
172/295

ある子役の変化と…

黒塗りのワンボックスカーの中で、少女…乃木坂可憐は仕切りに時計を気にしていた。


「そんなに気にせずとも、待ち合わせの時間までには十分間に合いますよ」

「え――?」


後部座席の隣に座る女性、キャロル・マルティーヌはクスクスと笑いながらそんな事を言ってきた。


「そんなにソワソワしていましたか――?」


可憐の問にキャロルは「ええ」と短く、そして可笑しそうに答える。

キャロルは、運転席でハンドルを握る漢、…羅漢へバックミラー越しに視線を向けると――


「90分早く邸宅に到着する予定、…母君から振袖を用意しておくと先程連絡を受けた」

「お母さまが――?」

「はい、奥様も旦那様も午後から仕事があり、一緒に初詣に行けない事を謝っていました」


可憐の両親はお互いに仕事が忙しく、滅多に一緒には居られない。

それは幼少の頃からの事で、彼女にとっては慣れっこだ。……ただ、たまの正月くらいは、一緒に居たいと思うのは彼女の年齢から考えれば当たり前のこと。


今回は、友達の親同伴で初詣に行く約束をしていたので、自分だけ親が一緒では無い事に気持ちが憂鬱になってしまう。


しかし、両親の苦労も判っており、そんな中、自分を気に掛けて振袖を用意してくれている彼等に対し、わがままを言う訳にもいかず、「そうですか…」と聞き分けの良い子供を演じなければならない。


ただ、そんな可憐の表情に僅かな影が落ちた事を2人のボディーガードは機敏に察していた。


「……4日には夫婦共々、仕事が一段落すると言っていた。エンジェルから誘ってみてはどうだ?」

「え――?」

「それはいい考えです!お嬢様、明後日には大旦那様もまた帰ってくると言っていましたし、4人揃って初詣に行きましょう!もちろん、私もご一緒しますから!」


2人からの提案に対し、可憐は即答しかねていた。

なにせ、年末年始を忙しく過ごしていた両親を出来るだけ休ませてあげたい。

そんな気持ちから今まで自分から誘う事をしてこなかった。それに……


「ですが、お二人共、お休みはどうするのですか?」


申し訳なさそうに可憐が問いかけた。

年末から今日まで可憐は子役としての仕事をこなしてきた。…それは勿論、彼女のボディーガードである彼等も休みなく働いていたという事になる訳だ。


「私は偶然その日、初詣に行く予定だった。しかし、1人で行くにも少々寂しくもある。エンジェルが行くと言うのであれば、誘ってもらいたいのだが……」

「わ、わたしも!ちょうど!たまたま!行く予定でした!あああぁ、1人で行くのは寂しいですね~、日本に来てから初めてのニューイヤー、誰か誘ってくれないかなああぁ……」


わざとらしくも優しい人達……そんな二人の言葉に、可憐は小さく笑い出す。


「ふふふ、お二人ともありがとうございます。……キャロルさん、お父さまとお母さまに電話を繋いでもらっても良いですか?」

「もちろんです」


ボディーガード達に謝辞を述べて、少女はたまのわがままを両親に話す事に決めた。


「あ、もしもし可憐です。あのね、―――」


このあと、友人たちとの初詣を終えた少女は、後日、両親達や優しい守護者ボディーガードと共に神社へと赴いた―――



◇   ◇   ◇



「困った事になった」


開口一番、熾輝の口から出た言葉はそれだった。


「明けましておめでとう……それで、どうしたのさ?」

「あ、あぁ、明けましておめでとう遥斗」


1月2日、熾輝は新年の挨拶とお見舞いを兼ねて空閑遥斗の病室へと訪れていた。

しかし、彼は何かに焦っているのか、表情がだいぶ苦々しい物になっていた。


「熾輝さま、それではツバメ殿に失礼かと存じます」

「う、うん。そうだね、ゴメン……」

「ん――?」


病室内で実体化した双刃(幼女バージョン)が熾輝に苦言をていする。

2人のやり取りに疑問符を浮かべる遥斗だったが、唯一、燕の名前が挙がったことから、彼女に関する事というのは理解できた。


「それで、細川さんがどうしたのさ?」

「………実は――」

「逢い引きでございます」


歯切れ悪そうに答える熾輝に代わり、双刃が答える。


「へぇ、そりゃあ、………おめでとう?」

「違うっ、そういうのじゃあ―――」

「何々!?恋バナ!?お姉さん相談に乗っちゃうよ!」


一応、友人の幸せを祝福?する遥斗、…それに対し否定しようとした熾輝の言葉を遮って、姿を隠していたもう一人の人物…刹那が実体化した。


「こう見えてもお姉さん、恋愛に関しちゃあ結構詳しいのよ?」

「刹那、…だからそういうのじゃあ―――」

「お前が詳しいのは、二次元の話だろうが」


目をキラキラさせながら、自分の恋愛経験値の高さを主張する刹那、それに真っ向から否定を呈する様に現れたもう一人…剛鬼が実体化する。


「なによ!愛は世界を超えるのよ!バーチャルも…そして、リアルもね!」


ドヤ顔で良い事を言っているようだが……


「世界じゃなくて、お前は次元を超えているんだよ!ゲームとリアルを一緒にするな!」


「なによ!なによ!」と兄妹喧嘩を始める剛鬼と刹那、…まさか、彼等がここまで食付いてくるとは予想もしていなかった熾輝は、相談する相手を間違えたかという考えが過った瞬間……


「者共、ひかえろォ――」

「「―――ッ!!?」」


底冷えする声が室内を支配した。

決して大きい声ではなく、どちらかといえば過度に音量を絞っていたと言ってもいいであろう。

しかし、一瞬にしてバカ騒ぎをしていた2人に命の危機を覚えさせる…そんな錯覚をさせる圧力が彼女の言葉にはあった。


見れば、先ほどまで幼女の姿をしていた双刃は力を開放させ、大人バージョンへと変貌しており、気のせいか本物の殺気を込めている様にも思えた。


「……よろしい、では熾輝さま、お話の続きを」

「う、うん――」


静かになった事を確認した双刃は、恭しく首を垂れて、熾輝に続きを促す。

それを見た刹那と剛鬼は…「うおいっ!それだけのために変身したの!?」…と心の中で絶叫したが、そんな力の無駄遣いをした双刃を前に、反抗出来る者は、今この場所には存在しなかった―――



遡ること1日まえ、熾輝は咲耶、可憐、燕とそれぞれの親達と初詣を終えて、元日から営業している飲食店で食事をしていたときのこと……


『そういえば、宿題もう終わった?』


と誰が言い始めたのかは、今の熾輝にとって定かではないが、とにかくそう言う話の流れになった。


『あらかた片付いたけど、理科の宿題が1つ残ってる』

『わたしもぉ、アレって難しいと言うより、キツイよね』


熾輝達が課された理科の宿題とは、街の科学に触れて、その感想文をレポート用紙に治めるという内容のものだった。


街の科学に触れ…とあるが、街には科学的な物が溢れている。ならば、それについて書けば終わると思うのだが、そう簡単ではないのが私立校の由縁であり、宿題の補足説明にはこうある―――【尚、1月4日から開催される世界科学技術博覧会に参加して、その展示物の中から各々すきな物を選ぶ事とする。】――と書かれているのだ。


『学校は8日からで、最終日の7日を含めると3日間の猶予だったけど……』

『始業式、20日からに伸びちゃったからねぇ……』


そう、年末に繰り広げた死闘の末、熾輝達が通う学校に大きな被害がでたため、その修復に時間が掛かっているのだ。

そのため、当初1月8日からの始業式が20日からになってしまった。


『それでさ、みんなで一緒に博覧会へ行かない?』

『いいですね、私は4日以外でしたら、…お仕事も暫く休みなので、いつでも都合がつきます』

『私は、10日からお父さんの仕事に付いて行く約束しているから、その前なら大丈夫だよ』


それぞれが今後の予定を主張して日程を調節するなか……


『熾輝くんは?』

『僕は、……ごめん、4日だけしか予定が空かない』

『4日だけなの?』

『うん』


4人で行こうという話の中で、1人だけ日程が合わない事に気まずさが込み上げる。


『何処か旅行へ行かれるのですか?』

『実は冬休み一杯、法師……親戚の家へ行くんだ』


熾輝は師の1人、佐良志奈円空の事を法師と呼んでおり、この場でも法師と言いかけたが、隣の席では大人たちも居るため、妙な誤解を受けない様に敢えて親戚と言った。


ただ、そうなってくると、4人一緒にとはいかなくなる。しかし、その結果―――



「―――という訳なんだ」

「なるほどねぇ、つまりボッチを避けるために結城さんと乃木坂さんペア、熾輝くんと細川さんペアが出来上がった訳か」


熾輝は肯定を示すように、首を振った。


「それで?それの一体、何が困った事なのさ?」

「そうよ、ただ宿題をやりに一緒に出掛けるだけでしょ?」


遥斗と刹那の言う通り、話だけ聞いたら一緒に宿題をやるだけの事にしか聞こえない。


「問題は、他にもある。目的の博覧会は午後から行くという事になったけど、午前中に一緒に買い物へ行く流れになってしまった」

「…あぁ、なるほど」

「そりゃあ、デートと言ってもいいわね」


そう、実はその日、熾輝は葵から携帯電話を購入しても良いと言われ、午前中に買い物を終えてから博覧会へ出かけるつもりでいた。


しかし、その事を知った燕が一緒に行く流れとなったのだ。


「だから、デートじゃないって」

「それはさぁ、熾輝が言っているだけで、巫女みこっちゃんからしたら完全なるデートよ」


呆れ混じりの溜息を吐いた刹那、燕を巫女っちゃんと称した刹那に対する突っ込みはこの際どうでもいいとして、熾輝も刹那が言ったとおり、燕がそのように考えているであろうと思った……というより、実は可憐や葵、双刃からの助言、…もとい、釘を刺されて相談を持ち掛けたのだ。


「そうかもしれない…けど、どうすりゃいいのさ」

「どうすりゃって……はぁ」


熾輝の言葉に、続いて2度目の溜息が漏れる。もちろん呆れが大量に籠った溜息だ。


「あぁ、ははは、…僕はそう言った相談には、乗れないかな」

「おい、見捨てるのか?」

「いや、そもそも僕、そういう経験ないし……」

「………」

「………」


乾いた笑いを吐きながら、遥斗は遠い目を向けている。

熾輝も遥斗も所詮は子供という事だ。人生において、明らかに経験値が不足している者同士、しかも男女の仲について彼等がまともな答えを導き出せるハズもない。


「はあぁ、……熾輝さま、一つよろしいでしょうか?」

「なぁに?」


双刃は、深い深い、それはもう深い溜息を吐いて、「いいですか?」と前置きをして、熾輝に意見を述べる。


「彼等を前にして言うのも失礼かと存じますが、先の戦いで燕殿がいなければ、咲耶殿を助ける事は愚か、熾輝さまがあの場に駆け付ける事も出来なかったハズです」

「…そうだね」

「あの戦いだけでなく、彼女は熾輝さま達が間違えない様に道を示す事が多くあったと双刃は常々思っていました」


確かにと熾輝は思った。

彼女は、大切な事は何なのか、一番大切なものを絶対に手放そうとはしなかった。

誤った選択をしたときは、間違っていると言ってくれた。

自分を好きだと言ってくれた。

大切な者を守るために必死に頑張っている姿を見てきた。

そして、それは熾輝に他者を思いやる心、…愛情を教えてくれた。


「だから熾輝さま、……真心を込めて燕殿に接してあげて下さい。双刃に言えるのは、それくらいです」


双刃に言われ、熾輝は気付かされた――

自分にとって燕がどういう存在なのか――

そんな彼女に対し、困った態度を取っていた先程までの自分を恥じるばかりだ――


「…わかった。自分なりに頑張ってみるよ」

「それがよろしいかと――」


熾輝の答えに双刃は満足そうに微笑む。

そして、燕と真直ぐ向き合う決意をした。


「それはそうと、明日のスケジュールは、どの様に考えているのですか?」

「え――?」

「え?、ではありません。男子が女子をエスコートするのであれば、しっかりとした予定を立てなければなりません」

「えっと・・・」


力強く詰め寄ってくる双刃に、熾輝は気圧されそうになった。


「しかたないわねぇ、私が持っている雑誌を貸してあげるわ。あの辺の美味しいお店とかも載っているから参考にしなさい」

「あ、ありがとう」

「服は決まってるのか?普段通りはといかないぜ?」

「え?服?」


と、デートに必要な知識を総動員する式神たちに熾輝は完全に呑まれたのだった。


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