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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
這い寄る過去編
170/295

変化する日常

クリスマスシーズンも終了し、世間では新年を迎える準備が進められている。

3日後には大晦日を迎えようとしている今日、東京湾のある一角で2人の男が人目を避ける様に何かを待っていた。


「結界に問題は無いな?」

「はい、滞りなく」


数十メートル範囲に展開された結界の調子を窺う男に対し、部下と思しき男が人払いが完了した事を告げる。


「しかし、本当に取引相手は来るのですか?」

「来るさ、何せ相手が欲しい物を此方こちらが所有している。そして、我々が欲しい物をあちらが所有している」


男は手にしていた黒いスーツケースを軽く持ち上げると、中身の存在を示す。

一見して何処にでもあるスーツケースだが、その実、魔術的なセキュリティーが幾重にも掛けられており、その厳重さから余程高価な物か、それとも危険な物かというか事が窺える。

男は時計を確認して、そろそろ約束の時間が近づいている事を確認すると、周囲を見渡した。すると…


「待たせたわね」


建物の一角、月明かりによって造られた影から、靴底を鳴らして近づいてくる人物を男達は認めた。


「子供――?」


姿を現した相手を目にした部下は、思わず目を丸くして呟いた。

無理もない、こんな夜中に人目をはばかって何かの取引をしようっていう相手が、年端もいかない子供、…しかも女の子と判れば、驚きも覚えるだろう。

だが、そう言った事情など考えようとはせず、男の態度に件の人物は、目を細めて自分を軽視した男を睨み付けた。


「なあに?文句でもあるの?」


部下の態度に気分を害した少女は、明らかに敵意が籠め威圧を放ち、魔力を発現させる。


「いや、待ってくれ!コイツには君の情報を伝えていない。そういう契約ギアスを寄こしたのは其方そちらだろう?」

「……そうね、悪かったわ」


慌てて弁明する男に対し、割とあっさり矛を収める少女は、素直に謝罪をしてバツが悪そうな表情を浮かべる。

見た目10歳程の容姿どおり、精神の未熟さが窺える態度だったが、自分の非を認める一面も持ち合わせているようだ。


「いや、コチラこそすまなかった。部下には私から後で言い聞かせる」

「別にいいわよ、私も悪かったし……」


社会人ならば取引先に非礼があれば、上司が指導するという当たり前であり、常套句じょうとうくだったのだが、少女は「え?いや、別にそこまでしなくても…」と逆に悪い事をした気になっている。


「そ、それよりも約束の物は用意できているの!」

「ああ、もちろん……そちらは?」


余計なお喋りを続けたくないのは、お互い様なのか、両者が用意していた品物を提示し確認を始めた。


「―――確かに本物ね」

「―――こちらも確認した」


お互いに品物が本物であることを確認すると、スーツケースを閉めて鍵を掛ける。


「しかしお嬢さん、そんな物騒な物をどうするつもりだい?」


物々交換を終えて、このままお互いに何も言わず立ち去るかと思いきや、男は少女に対して疑問を投げかける。

それに対し、僅かの間、考える素振りを見せた少女は…


「…研究資料よ」


と、言っているが、男は直ぐに嘘だと見抜いた。

しかし、交渉相手の少女が先程見せた魔力の一旦、…とてもじゃないが、自分たちでは、とても太刀打ちできないと理解した男は、これ以上の詮索は命取りになると判断する。


「ふむ、…まぁ、君ほどの人物ならば、それも納得か」

「アンタたちこそ、術式の解析に私みたいな子供に依頼するなんて、余程やましい事でもするつもり?」

「いやいや、私たちこそ研究のために依頼したのであって、この国、…しかもこの分野において君の右に出る者はいないだろう?」

「…まぁ、そうね」


男の言い分を全て信じた訳ではない。しかし彼女もこれ以上、彼等と関わるつもりもないので、スーツケースを持ち上げると、クルリと身をひるがえした。


「それじゃあね。その研究とやらに行き詰ったら、声を掛けてもいいわよ。…おじさん」

「ああ、その時は宜しく頼むよ」


言って、少女は足早にその場を後にした。


「……で、結局あのガキは何者なんですか?」


傍らで呟く部下に対し、男は呆れながら溜息を吐いた。


「お前は、もっと世間に目を向けろ」

「有名人ですか?」

「……まぁいい、仕事が終わった今なら契約ギアスの効力も無いしな」


部下の態度から本当に何も知らないのかと、怒りを通り越して心底呆れてしまう。


「いいか、あの子は―――」


男達は、ある組織から雇われた運び屋、彼等は表向き依頼主等に関する情報に自身からは立ち入らない……という建前を公言しているが、それだけではこの世界を生き残る事はできない。

だから徹底的に調べる。しかし、今回に限っては、調べるまでもなく、依頼主の交渉相手は、最近になって名が売れ始めた魔術師社会の麒麟児だ。

流石にその名前くらいは知っていたのか、男から話を聞いた部下は、目を丸くさせて驚きを顕にする事になった―――。




◇   ◇   ◇



ゴウンゴウンと自身の周りを機械的な物体が回転する音が聞こえる。

少年は馴れているのか、動く台座の上で大人しく機会が停止するのを待っている。

そして、機会が停止すると同時、終了を告げる電子音が聞こえ、スピーカーから慣れ親しんだ声が響く。


『――お疲れ様、これで検査は終了よ』


声を聴いた少年は、台座から降りるとガラス向こうにいる白衣を着た女性にペコリと頭を下げると、部屋を後にした―――


「ん~――」

「…先生、どうですか?」


激しい戦いの後、熾輝はこうして身体に異常が無いか、葵の元で健康診断を受けている。

そして今回も、いつも通り検査結果を聞いて終了…かと思いきや手元にあるデータを前に葵は難しい表情を浮かべていた。


「ねぇ熾輝くん、最近身体が重いとか変わった事はなぁい?」

「変わった事ですか?」


こういった検査の後、決まって気になるところは無いかと聞かれるが、今回は妙な具体性を感じる熾輝であった。


「いえ、特には…強いて言えば調子が良すぎるくらいです」

「……そっかぁ」


悩まし気な声を出しながら、葵は「やっぱり、そうよね」と独り言を呟き、ややあって。


「コホン、…えっとね、今回の健康診断の結果は全く異状なし。それどころか理想的な健康体そのものです」

「――?」


ワザとらしい咳払いの後、結果を報告する葵だったが、先ほどまであんなに悩ましそうにしておいて、いくら良い結果を告げられたところで、それを疑ってしまうのは仕方のない事である。

ただ、熾輝のそういった疑念を見抜いていたのか、彼女は言葉を続ける。


「ただ、気になる部分が幾つかありました」

「悪い事ですか?」


前もって異常は無く健康体だと前置きがあったにも関わらず、熾輝は若干の不安を覗かせながら真剣に耳を傾けた。


「違う違う、…まずはコレを見てもらった方が早いかな?」


そう言って葵が差し出したのは、今回の検査結果が記載された用紙だった。

そこには、難しい用語やら数字やらがビッシリと記載されており、正直、それを見せられたところで、熾輝にはチンプンカンプンであった。


「熾輝くんでも判るのは、ここね」

「…体重?」

「そう、あと身長」


葵が指さしたのは、3ヶ月前と今回の比較データである。

そのデータをパッと見した熾輝は、「おや?」と疑問符を浮かべた。


3ヶ月前の熾輝の体重50Kgに対し今回は、56Kg――じつに5Kg以上の増量

そして、身長150cmに対し、153cm――3センチの伸び。

一見するとこの3ヶ月でよくぞここまで成長したという感想を抱くかもしれない。人によっては、熾輝くらいの年齢から一気に身体に変化が起きる…いわゆる成長期に入っていても不思議ではない。……がしかし、葵の目から見たこれは、異常な伸び幅と言える。


「特段、腹囲や胸囲、体脂肪率に大きな変化が無いのに対して、ここまでの急激な変化……」

「変、なんですか?」


熾輝が見た感じ、体重に関しては随分増えたと抱くが、身長に関しては少しだけ伸びが良いくらいにしか思えない。

実際のところ、熾輝位の年齢ならば1ヶ月に1センチ伸びる子もいる。……が、葵が見ているのは何も身長や体重の変化だけではない。


「えっとね、熾輝くんの場合、身体の大きさに反して体重がある……ううん、これじゃあ判りにくいか」


葵が何を言わんとしているのかが判らず、先ほどから疑問符が浮かびっぱなしの熾輝の前に、彼女は上腕筋の模型を2つ置いた。


「いい?これが同級生……仮に遥翔くんの筋肉が5Kgだとします」

「…はい」


そこで何故、遥斗を引き合いにだした?とは言わず、おそらく彼女が知る熾輝の男友達が彼しか思い浮かばなかったのだろうと納得する事にした。


「そしてこれが熾輝くんの筋肉、…これが10Kgです」

「倍ですか?」

「そう、同じ筋肉量に対して、倍の重さ……それが今の熾輝くんの身体に起きている事です」


そこまで聞いて、やっと熾輝は納得する事ができた。

最初に葵が何故、身体が重くないかと聞いてきたのかが…要は筋肉量に対して、重さ…つまりは質量の計算が合わないと言いたいのだ。


「熾輝くんの場合、小さいころから、ちょっとした肉体改造をして来たけど、……先生これはちょっと予想外かな?」


確かに、熾輝は幼少時代から過酷な修行を重ねてきた。

本来はオーバーワークとされ、近代医学では肉体の筋肉量は減少するハズ…とされてきた理を思いっきり捻じ曲げて継続され続けた超オーバーワーク…

しかし、その極限状態における修行で培った肉体には、ほんの少しずつだが結晶と呼ばれるべき筋肉が、僅かに熾輝の肉体を形成し始めていた。

それは、年月を重ねるごとに増え続けていき、当初の計画どおり超上質な筋肉を造り上げる事に成功していた。


だが、ここへきて…正確にはこの街に来ての急激な変化だ。

その理由を説明するとなれば……


「転生の炎による限界値突破リミットブレイク…ですか?」


熾輝の結論に葵が頷き肯定示す。


「熾輝くん本来の能力は、限界値突破リミットブレイク…単純な身体強化ではなく、半永久的な能力値上昇ね」


熾輝の能力、それは全能力値ステータスを1.2倍上昇させるというものだ。

一時的にではなく、それが通常時のステータスとして反映される。

例えば、熾輝の握力が元々50Kgだった場合、その1.2倍…つまり60Kgとなる。

単なる身体強化であれば、一時的に身体機能が上昇、肉体への負担も発生する。しかし、リミットブレイクによる能力値上昇は、肉体への負担が一切なく、それが通常状態となるのだ。


「この街に来てから4回、リミットブレイクが発動しているわね」


確認の意味を込めて葵が尋ね、それを熾輝は肯定する。


「それはつまり、熾輝くんは4回も死にかけているという事よ」

「それは、…でも転生の炎があれば、死に至る事はないと思います」

「やっぱり――」


今まで、死にそうな目に遭ってきたが、そのたびに熾輝は転生の炎に救われてきた。

だから、今後も大丈夫…というのは、葵を心配させまいと思っての言葉だったのだが、彼女はそれを聞いて、残念そうに僅かな溜息を吐いた。


「あのね、いくら能力が凄くても、詳しい事は何にも判っていないのよ?今判っている事と言えば、零時になれば能力が発動する…けど、それは死にかけた時だけ。一体どの程度の怪我を境に発動するのかも判っていないわ」

「…確かにそうですけど、これから調べて――」

「それは絶対にダメ!」


判明しないなら自力で調べればいい。…なるほど確かにその通りなのだが、しかし葵はそれを許さないと、声を張り上げた。


「いい熾輝くん?この能力、いったいどうやって調べるつもりなの?」

「………あっ、―――」

「気が付いた?」

「はい。…すみませんでした」


熾輝の能力についての調査方法、それは自傷行為により調べる…その方法しか存在しない。

それを医師である葵が許すハズもなく、調査方法を思案した熾輝もまた、自身の過ちに気が付いた。


「今まで私たちが能力について彼方に話をしなかったのは、つまりそういうことよ」


熾輝は、自分の命を軽んじる傾向にあった。…それは勿論、感情が欠落していた頃の話で、今の熾輝はそこまで愚かではない。

だから、葵もここへ来てようやく、能力についての説明及び調査の禁止について話をするに踏み切ったのだった。


「だからこれは、先生のお願い。……あんまり心配を掛けないでね?」

「判りました、先生」


不安そうな表情をする葵に対し、熾輝は真直ぐと…決して目を逸らさずに返事をした。


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