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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
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第一六六話 vs魔人

「GGAAAAA――ッ!!」


魔人が奇声を上げるたび空間が震える。まるで黒板を爪で引っ搔いたときのように鳥肌がたつようだ。雄叫びを揚げながら振るわれる攻撃は虚しく空を撫で次いで放たれるカウンターが魔人を大きく後退させる。


「やはりダメージは通らないか」

「奴の存在をコチラ側に引っ張り出さない限り、ことわりは意味をなさない」

「だが写身うつしみを顕現させている以上は、力を消費しているハズ…」

「ならば八神熾輝が戻るまでは我等が時を稼ぐ他はない」

「そうだな、…どのみち結界もそう長くは持つまい。今は熾輝さまを信じるのみ」


遥斗が張った敷地全体を覆う結界は今もまだ機能している。しかし永久に結界を張り続ける事はどう考えても不可能なのだ。もしも結界が失われれば、魔人が街に解き放たれてしまう。それだけは絶対に阻止しなければならないため、魔人討伐は必ず成し遂げなければならない。


「GAAAAAGGGAAA――ッ!」


魔人が再び双刃と羅漢に襲い掛かろうとした。…その刹那、世界の理を改変する魔の力が光りとなって空間を駆け巡った。


「GAAGAGA――ッ!?」


魔人を中心に広がる陣がやがて校庭を覆いつくすほどの大きさになると循環していた魔力光が煌めき臨界を告げる。


「姿をあばけ!探知魔法、真実の眼――ッ!」


魔法名と共に発動した術式が魔人の存在を曝け出し、異次元から現実世界へと引っ張り出した。


「皆さま!」

「待たせてゴメン!」


ゲートから次々と出てくる少年少女たち。目の前の脅威に立ち向かうため、それぞれが覚悟の灯を瞳に宿している。


1人は新たに生まれ変わった魔導書、そして絆を深め合った相棒を携えて魔力を漲らせる。

1人は純白の翼を広げて奇跡の力を歌にする。

1人は力をその身に降ろすために生まれ育った街の守護神に呼びかける。


そして少年は…


「時間は掛けられない!一気に叩く!」


全力全開、ほとばしるオーラを出し惜しみせずに踏み込む足に力を込めた。


「行くぞ、みんな!」

「「「はいっ!」」」


言って4人の少年少女が一斉に動いた。

一直線に魔人へと駆け抜ける少年はミストルテインを抜き放ち急接近する。


「お供します!」


熾輝に続く形で双刃がサポートに回る。

いくら奇襲を掛けるにしても相手はレベル4の強敵、熾輝程度では最初から相手にもならない。それほどまでに力の差に開きがあるのだ。


「GAAAAAAAA――ッ!!!!」


敵の接近を認めた魔人が凄まじい咆哮を上げる。

真直ぐ突っ込んでくる熾輝目がけて魔人もまた大地を蹴った。


「お任せを!」


魔人の動きに反応して双刃が熾輝を追い越して接敵する。瞬間、魔人の攻撃を回避しつつ追い抜きざまに彼女の愛刀紅桜が魔人の胴体を切り裂いた。しかし…


「ッ――!?」

「GYAGYAAA――!」


離れ離れになった胴体からまるで魔術を行使した際に観測される魔力光の臨界のような光が瞬いた次の瞬間、魔人の胴体が一瞬で復元したのだ。


「しまっ、熾輝さま!」


先ほどまでの戦いの中、魔人が魔術を使う気配すらなかった。…にも係わらずこの時まで使用しなかったのは温存のためではなく、単に存在する次元が異なっていたためであり、現実世界に引き込まれた事によりコチラ側の理に触れ魔術の使用が可能になったのだ。


しかも再生というローリーの秘術――


そして双刃をやり過ごした魔人のかいなが熾輝へと向けられる。

その攻撃スピードは目で追うにはあまりにも早く、まさに刹那的な攻撃であり認識することすら熾輝には難しい。…ハズだった


「螺旋気流脚ッ――!!」

「Gッッッ――!!!?」


突如として魔人の顎が突き上がる。その瞬間を双刃は目を大きく見開き確かに視た。

迫る魔人の腕をミストルテインでさばき、そのまま回転行動に移った熾輝が魔人の顎目がけて放つ全力の蹴り上げ。


だが彼女が知る八神熾輝という少年にそんな芸当が出来るとは到底思えなかった。

相手は仮にもレベル4、如何に修行を続けてきたとはいえ熾輝が相手にしているのは、世界最高峰の達人がやっと相手にするレベルの怪物だ。


そんな相手から一本を取ったことが不思議でならない双刃の耳に、この世の物とは思えぬ甘美な歌声が届いた。


「―――、――――、――――、―――」

「この歌声は、……可憐殿――?」


一瞬、闘っている事を忘れさせるような歌が響き渡る。

音源を辿った先には、純白の翼を広げ校舎の屋上で歌う可憐の姿があった。


彼女が歌うは、使徒の能力によって奇跡を内包した聖歌

その歌の効力とは、不可能を可能へと至らしめる希望のともしび

必ずしも出来ない事を出来る様にする…という訳ではなく、対象者が積み重ねてきた努力に応じて成功率を底上げする御業なのだ。


故に幼き日から血反吐を吐くまで修行を続けてきた熾輝にとって、これ程相性がいい支援効果のある能力はないと言える。


だからこそ敵の一挙手一投足が目に見えて判る。嘘のように身体が理想的な動きを再現するのだ。


「つばめええぇええっ!」


突き上げられた魔人の身体が宙に浮いた瞬間、合図を送る。


「まかせて!真白様ッ、お願い力を貸して!」


古来より街の安寧あんねいを守り続けてきた巫女の身体に土地の守護を司る神が降臨する。


『人の世に厄を招く者よ、この地を守護する神の名において彼の者を討滅します』


神気に身を包んだ少女が柏手かしわでを打った瞬間、虚空から発生した神々しい光のやいばが魔人の身体を次々に穿つ。


「G,,G,G,GYAGAAAAッ―――!」


苦痛に染まった呻き声が上がり、神刃こうじんが魔人の力を削ぎ落していく。


「ヤツの力が弱まった。チャンスだッ―――」

「GGGGGGGGGGGAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――!!!!」


隙を晒したと思った矢先、思わず耳を庇いたくなる激咆が空間を揺るがした。

目眩を起こす程の音波振動によって、熾輝達の動きが止まる。

その一瞬の隙に魔人の身体が再び修復され、新たなる魔法式が空中に展開された。

術式自体は高度なものではなく、俗に簡易式と呼ばれるシンプルな術式だ。しかし、それ故に術式展開スピードは他と比べて群を抜き、強力な魔力を有する者にとっては、魔力を込めるだけで一撃必殺の威力を孕む。


魔人が向けた砲口の行方は、奇跡を呼び寄せる少女……乃木坂可憐が居る屋上だ。


既に魔力が装填された術式のトリガーに指が掛かっている状態になっている。

各々の位置から魔人を止める事が出来る間合いには誰も居ない。

駆ける熾輝達を他所に魔人は余裕をもって照準を定めると、その撃鉄を無情に落とした。


放たれた魔力砲が可憐へと迫る…その刹那、割り込んだ影が大威力の砲撃を粉砕した。


「GAGAッ!?」

「エンジェルに向けられる害意は、全て排除する」


砲撃を打破した者の正体は熾輝の式神の1人、羅漢であった。彼は拳を突き出し、可憐を守る様に立ちはだかる。


「熾輝さま、可憐殿の護りは羅漢に任せて我々は奴を討ちましょう!」

「わかった、…咲耶!」


最上級の護りを誇る羅漢によって可憐の安全は保障された。双刃の言う通り熾輝は魔人へと集中すると、咲耶へと合図を送る。


「任せて!」


応える様に空中で待機していた咲耶の手元にある魔導書が輝きを放つ。既に魔術発動準備を整えて、魔力をチャージしていた彼女のトリガーが引かれた次の瞬間、冷気を内包した魔力光線が放たれた。


「GRAAAA――!」


応じるべく魔人も魔術を発動した。術式はローリーの秘術【アイスエイジ】、冷気に対し冷気で迎え撃つ。魔術を行使できる以上、魔人も魔術に対し余程の自信があるとみえる。でなければ咲耶の魔法力と張り合おうとは思わないだろう。


加えて言うのであれば、咲耶が魔術の威力を高めるために溜めていた魔力量に匹敵する総量を魔人は一瞬で放出して見せた。魔力の出力については、魔人に大きなアドバンテージがあるようだ。しかし…


「やっぱり、魔人はローリーの術式を行使できるのか。…だけど咲耶を舐めるなよ」


互いの術がぶつかり合った瞬間、拮抗するかに思えた魔力は、僅かな押し合いすらもなく一方的なまでに片方の魔術を呑み込んだ。


「これが私の、…私たちの新しい力ッ【コキュートス】ッ―――!!」


古の大魔導士エアハルト・ローリが生み出した秘術【アイスエイジ】を諸共せずに新たに咲耶に与えられた秘術【コキュートス】が魔人に直撃した瞬間、その肉体を凍てつかせる。


「GYAGYAGYAGYAGYAAAAAGGッ―――!!?」


もがき苦しむ魔人、その異質な肉体が徐々に凍結していくが……


「思っていたより凍結の速度が遅い…」


本来なら一瞬で凍り付いてもおかしくないハズ…しかし、魔人の肉体は人類とは異なる物理法則が働いているのか、咲耶の魔法力を持ってしても一撃で仕留めるには程遠い様だ。


「だったら神力で力を削ぐよ!」


攻撃の効きが弱い事を知り、降臨術によって真白様を降ろした燕が再び神力による攻撃を試みる。

今のところ、魔人の力を減退させる事が出来るのは、神力を扱える燕の攻撃だけだ。

だからこそ、積極的に攻撃を加えようとしたのだが、戦闘経験の少ない燕の行動は裏を返せば焦りに他ならない。


「待ッ――!」

「GYAGYAGYA――!!」


待ったを掛けようとした熾輝の声を遮って、魔人が動いた。

力を行使するために神力のチャージを始めたため、標的を変えた魔人が凍結した肉体の一部を切り離し、燕へと急速に接近する。


「させるかッ――」


運良く燕の近くに居た熾輝は、魔人の進路に割り込みを掛けてミストルテインの柄に力を込める。

振るわれる魔人のかいなが割り込んだ熾輝へと振るわれ、力と力が激突した。


「クぅぅ――ッ、」

「熾輝くん!」


可憐の聖歌によって熾輝の能力に補正が掛かっているとはいえ、魔人の攻撃を防ぐには遠く及ばない。

まるでラグビー選手にタックルをされた様な衝撃が駆け巡る。辛うじて吹き飛ばされていないが、脚の踏ん張りを意に介さないかのように魔人は熾輝ごと燕へ向けて突っ込んでくる。


―(クッソ、止まらないッ!)

「熾輝さま!」


立ち位置が悪かった双刃からは、距離が離れすぎている。助けに入るために駆ける…しかし、いくら彼女がスピードに自信があるとはいえ、どう足掻いても間に合わない。


必至に踏ん張りを利かせる熾輝の足元でガリガリと地面が削れ、2本のわだちが一直線に作られている。


「避けろッ、つばめええぇええッ!」


もはや魔人を止める事は不可能、しかし判断が遅かった。

魔人の進行速度に対し燕の身体能力では、回避する事は出来ない。


「ぶつかるッ」と思ったそのとき……


「砕けろおおぉおおッ!」

「GAッ!?」


飛来した鉄球が魔人に直撃した。

魔人は予想していなかった攻撃によって、横合いへと大きく吹き飛ばされ地面へと叩きつけられた。

そして、続く大鎌による斬撃が魔人めがけて振るわれる。


「GRAAAAAAAAッ――!!!?」


胴体に大きな切創を刻まれ、たまらず悲鳴を上げる。そして…


「耳障りだ。…這いつくばれ【重力束縛グラビティバインド】」

「ッ―――!!!?」


続けて起動した魔術によって魔人が大地に繋ぎとめられる。

まるでカエルを地面に叩きつけたときの様に魔人は地べたに這いつくばり身動きを取ることが出来ない。


「貴様らッ、なぜ此処に…」


熾輝の窮地を救い魔人を退かせた者達の正体に双刃は一瞬、目を疑った。しかし、それも僅かで直ぐに落ち着いた音声へと戻った。

そして、突如として乱入した珍客たちは熾輝の方へ歩を進める。


「やぁ、熾輝くん」

「遥斗…」


目の前に現れた空閑遥斗、刹那、剛鬼の3人

熾輝は先程まで死闘を繰り広げた相手、遥斗と視線を交わす―――




時間は少し遡り、熾輝達が異相世界へと避難していたころ…


「………マジで最悪」

「まさか俺達がこんな奴らに敗れるとはな」


熾輝の力によって実体化した刹那と剛鬼は、睨み付けながら悪態を吐いていた。


「で?今更私たちを呼び出して何が目的よ?」

「単刀直入に言うけど、僕たちに手を貸せ」

「……笑えねぇ冗談だ」


ありえないと言って熾輝の提案を拒絶する剛鬼たち。彼らの気持ちも判らないでもない。先ほどまで殺し合いをしていた相手に協力要請をする熾輝もどうかと思うが、それ程に事態が緊迫しているという事なのだろう。


「拒否権があると思っているのか?」

「ハッ、逆に俺達がお前等に協力すると本気で思っているのかよ!」


実体化をしてはいるが、身体を維持するために必要最小限の力しか分け与えられていない剛鬼たちなら、今の熾輝でも一瞬で屠る事が出来るだろう。にも関わらず剛鬼たちは自分たちの立場が判っていないのか、それとも判っていて反抗的な態度を取っているのか、いずれにせよ熾輝が受ける心証は宜しくない。


だから熾輝は彼等に言う事を聞かせるべく、カードを切る事にした。


「お前達がやってきた事を考えれば、抹消処分されてもおかしくない。利口に考えた方が良くないか?」

「私たちを脅す気なの?言っておくけど、私たちにその手の脅しは通じないわよ」

「見上げた志だ…と言いたいところだけど、果たして遥斗の方はどうなるだろうな?」

「ッ、てめぇ」


熾輝の瞳から一切の温情が消え、酷く冷たい物へと変貌していく。


「遥斗は禁忌によって作り出されたホムンクルス、然るべき機関に引き渡せば封印指定…良くて研究対象としてモルモットか――」

「そんな事させてたまるかああぁああッ!」


冷酷な言葉を浴びせる熾輝の音声を遮って、刹那が掴みかかる。


「あの子はっ、遥斗はようやくあの糞忌々しい魔人から解放されたんだ!これからは自由に生きる事だって出来るハズなのに、なんでお前なんかに邪魔されなきゃならないんだ!」

「…それで?今までして来た事を無かった事にしろとでも言う気か?」


彼等に情状酌量の余地は確かにあるのだろう。しかし、今までの件が全部が全部、魔人の仕業ではない。魔人はあくまでも心の闇を大きくしていただけで空閑遥斗の精神を支配していた訳ではないのだ。


であるならば、責任の一部は遥斗にもあると言える。…と熾輝は考えている。


「あッ、あんた、本当に血が通った人間なの?」

「あぁ、そうさ。大切な人たちを傷付けられて、これ以上ないくらいに怒っているただの人間さ」

「っ、―――」


冷たい瞳の奥底で煮えたぎるマグマの如き憤怒を垣間見た瞬間、刹那は息を詰まらせた。


「さぁ、選べよ。ここで僕たちに協力して最悪の未来だけは回避するか、協力せず最悪の未来に進むかを」


非常な条件を突き出してはいるが熾輝は、その提案に具体性を持たせていない。

なぜなら協力したとしても熾輝達が出来る事と言えば、然るべき機関への連絡をしない事で、これは時間が経過してしまえばいずれは明るみになる可能性が高い。

そして、協力を得られなければ魔人を打倒する事は困難であり、最悪ここにいる全員が殺されるかもしれない。


「ッ、わたしは、……」

「協力するなら、法師や先生にお前達の保護を願い出てもいい」


心を揺らしていた刹那達、そこへ熾輝が最後に放った言葉で完全に心の針が振りきれた。


「ほ、本当に私たちの保護を約束してくれるの?」

「絶対とは言えない。ただ法師と先生は、事情を話せば判ってくれるハズだ」


確実な約束ではないし、勝手に佐良志奈円空や東雲葵の名前を使った事に若干の罪悪感が無い訳ではない。しかし、今回の件…正確に言えばこの街で起きた今までの事件について、師である佐良志奈円空は、全てを把握していたであろう節があると熾輝は確信めいた直感を感じていた。


であるならば、多少のわがままくらいは、聞いてもらっても罰は当たらないハズだと熾輝は考えている。


そんな考えを巡らせていた熾輝を前に、刹那と剛鬼はお互いの顔を見合わせ、一拍置いたあと頷き返し、熾輝へと視線を向けた。


「わかった、協力する。…ただ、こっちからも条件があるわ」

「……言ってみろ」


本来なら「条件を出せる立場か?」と一蹴する事もできただろうが、折角ここまで熾輝の思い通りに交渉が進んできて、決裂させる展開は避けたかったという想いもあった。

しかし、何よりも熾輝は自分を見つめる刹那と剛鬼の瞳から邪な感情が一切なく、彼が今まで何度も見て来た友たちと同じ物を感じてしまったが故にそれを阻む事が出来なかった。


「私たちは、どうなっても構わない。どうか遥斗だけは助けて下さい」

「頼む、このとおりだ」


揃って頭を下げる二人の姿を目の当たりにして正直、熾輝は面食らったかのように息を詰まらせた。

彼の知る2人とは、自分勝手で背徳的、目的のためには手段を択ばない。…そういった種類の悪人というイメージだった。

しかしどうだろう、今まで敵として対立していた2人が身の安全よりも空閑遥斗という1人の少年の身を案じている。


そんな2人の姿を見て、熾輝は何とも言えない感情が込み上げていた。


何故、遥斗へ向ける優しさの半分……いや、ほんの少しだけでも他者に分けてあげる事が出来なかったのか。

何故、熾輝の大切な者達を傷付ける事を良しとしたのか。


熾輝が抱いた感情は2人の献身的な想いからくる同情ではなく、怒りの方が勝っていた。


―(よせ、判っているハズだ。遥斗がそうだったように、2人の精神も魔人によって……)


魔人は人の負の感情を増大させる。つまり遥斗だけでなく刹那と剛鬼もまた、魔人によって狂人的なまでに精神を汚染されていた可能性が高い。……と、頭では理解出来ていても感情で納得できないのは、熾輝が人間らしさを取り戻している弊害とも言える。


しかし今、その事で彼等を責めるのは筋違いであるし、なにより今も現実世界で戦ってくれている双刃や羅漢の元へ早く駆けつけなければならない。

だから熾輝は、全ての感情に蓋をする様に深く息を吐き、気が付かぬ間に強く握りしめていた拳を解いた。


「判った、出来る限りの手は尽くす」


そう約束をした熾輝の言葉を聞き、刹那はホッと安堵を浮かべ、剛鬼もまた強張らせていた表情を解いて口元を僅かに緩めた。


「という訳で、勝手に話を進めて悪かったけど、みんな……それでいいかな?」

「わたくしは、良いと思います」

「真白様達を傷付けた事については正直怒っているけど、街を守る巫女としては、その方がいいって思うよ」


可憐と双刃は彼等からの協力については、了承してくれた。…が、今までされてきた事については、決して許すとは言っていない。


そして、神妙そうに佇む咲耶とアリアへと視線を向ける。


「私が言えた義理じゃ無いって事は百も承知で言わせてもらう。………言っておくけど、許す訳じゃないわ。一時的に、仕方なく手を組むだけよ」


一度熾輝たちを裏切ってしまった事をアリアは悔いている。だから彼女はこの先、その罪を全力で償っていくという覚悟を持っている。

そんな事をしなくても咲耶はアリアを許しているし、熾輝たちもアリアを許している。

だけど、それでアリアの気持ちが晴れる訳でなく、暫くは見守っていくつもりだ。

そして、アリアにとって大切な者を守るために出した答えでもあり、咲耶もまた……


「この戦いが終わったら、みんなに謝ってほしい。じゃないと、私は許す・・事が出来ない」


それが彼女が出した答えだった。【協力できない】ではなく【許す事ができない】と彼女は言った。それは、咲耶自身が本当は彼等を……遥斗さえも許したいと思っているという事だ。


「……約束する。この戦いが終わったら―――」

「勝手に、…勝手に話を進めないで、欲しい、なぁ」


咲耶の想いに対して応えようとする刹那の言葉を遮り、弱弱しく掠れた声が木霊した。


「「遥斗ッ!」」


身体中に酷い怪我を負い、気を失っていたハズの遥斗が目を覚ました。

いったい、いつから話を聞いていたかは判らない。だが、話の大半を理解していたと察する程に、今の言葉は十分すぎる意味を持っていた。


「遥斗、動いちゃダメ、ひどい怪我なんだから!」

「もう魔力は底を尽いているだろう。再生も発動出来ないハズだッ――」


足腰が立たなくなっている状態の遥斗に駆け寄る刹那と羅漢であったが、そんな3人の間に割り込んだ熾輝は彼等の接近を妨げ、右手に握ったミストルテインの剣先を遥斗の喉元へと突き付けた。


その場の全員が息を飲む。要約まとまりかけていた話がここへ来て水の泡となろうとしている。


「今のは、どういう意味だ?」


熾輝は問う、遥斗の言葉の真意を…

ここで2人の主である遥翔が異を唱えれば、彼等の協力は得られない。

力を殆ど失っているとはいえ、主従の契約とは、それほどまでに強力であり、主の言葉だけで言う事を聞かせることの出来る絶対的な強制力が働くのだ。


「…言葉の、とおりだよ」


遥斗の答えに、熾輝は決断を下そうとする。

ここで遥斗の意識を絶ち、2人の協力を得るか否かを……しかし、それと同時に迷いが生まれる。


そんな熾輝の様子の何が可笑しいのか、遥斗は口元を緩めてフッと笑みを浮かべると……


「このとおりだ……」

「え?」


一瞬先まで口元を緩めていたハズの遥斗の表情から笑みが消え、次の瞬間には自らの額を地べたに擦り付けていた。


「今までキミに、…君たちには本当に酷い事をした。今更謝っても許してもらえない事は判っている。でも、だけどっ、……兄さんと姉さんだけは助けて下さい!」

「「「「ッ!!?」」」」


今までの邪悪に満ちた空閑遥斗という少年自体が嘘だったかのようにすら思える態度に熾輝を含めた全員が驚きを禁じえなかった。


「遥斗、やめろ!」

「そうよ!私たちは、どうなったっていいの!」


遥斗の姿を目の当たりにした刹那と剛鬼…お互いがお互いを思いやる姿、これはまるで……


「……ごめん、今は許す事が出来ないよ」


懇願するよう必死に許しを請う遥斗に向けられた咲耶の答えは、否であった。その拒絶にも似た答えに、遥斗は頭を下げたまま苦悶の表情を浮かべるが、その表情を窺い見る事は誰にも出来なかった。しかし・・・


「この戦いが終わったら、もう一度、ちゃんと謝って!じゃなきゃ許す事なんて出来ない!」

「…結城さん」


咲耶の言葉を受け、遥斗は顔を上げた。


「だから、お願い。……私たちだけじゃ街を守れないの。遥斗くんの力を貸して」


そう言って咲耶は遥斗に手を差し伸べた。その行為に至るまで、彼女の中には多くの葛藤があっただろう。しかし彼女は手を差し伸べた。そこに打算や利害といった損得が混じっていない事は、結城咲耶を知る熾輝や他の皆は、考えるまでもなく判り切っていた。


そして遥斗は……


「……わかった。絶対に魔人アイツを倒そう。そしたらもう一度、僕に謝らせてくれ」


嘘偽りのない言葉と共に咲耶と握手を交わした―――




そして現在……地べたに這いつくばる魔人を他所に遥斗、刹那、剛鬼が仲間となって戦場に再び降り立った。


「遥斗、調子は戻ったか?」

「うん、刹那と剛鬼も完全回復さ。凄いね、彼女の歌は」


先刻までボロボロだった遥斗たち3人は、可憐の歌の効果によって完全に復活していた。


「ならやるぞ」

「任せてよ。正直、魔人相手じゃあ式神達にとっては相性が悪すぎる」


お互いに視線をぶつけ、何かを確認し合うように言葉を交わす。

そして、魔人を縛っていた重力の檻が破壊され、再び魔人が解き放たれた。





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