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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
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第一六五話 新たなる力

遥斗が倒れると同時、屋上で解放された咲耶が可憐との再会を果たしていた。

熾輝は牢獄で幽閉されていた咲耶、そして共に帰還したアリアの気配を感じ取ったことにより、ホッと息をついた。

しかし、事態は空閑遥斗を倒してハッピーエンドを迎えられるほど単純な話では無かったのだ。


『GGAAAAAAA――!』


突然響き渡るおよそ人の物とは思えない叫びが上がった。

犬や猫といった獣のそれとも違う、…まるでSF映画に出てくるエイリアンが放つ奇声にも似た気味の悪い声―――


「な、なに!?」

「判らない…けど悪い物だって事は確かだ」


音源を辿れば、地面に横たわる遥斗の姿…しかし明らかにおかしい。

彼の身体からドス黒い粘液のような物が這い出てくる。

それはまるで意思を持っているかのように熾輝達へと殺気を向けている。


「熾輝さまお下がりください。アレは恐らく――」

「魔人の類だ」


正体不明の存在について何かを知っていたのか、双刃が進言するもその言葉を羅漢が遮る。

どうやら彼女同様に羅漢もその存在について確証を得ているようだ。…しかし自身の言葉を遮られた事に対し双刃は鋭い眼を羅漢に向ける。


「魔人…あれが」

「おそらくは空閑少年の精神なかに入っていたのだろう」

「であるならば少年の精神があれ程まで歪んでいた事にも得心がいきます」

「え?ちょっとまって、じゃあ空閑君はあの黒い物体に操られていたってこと?」


断片的な情報を聞き取り燕が疑問を口にするも熾輝は無言で首を横に振った。


「いいや、今までの遥斗の言動や行動から見て操られていたと言うのは考えずらい――」

「あれは悪い心を大きくしていたんだよ!」


依然遥斗の身体からは黒い物体…魔人がドロドロとした流動体の状態で出続けている。

それを見て推察する熾輝達の元へ2人の少女が舞い降りて来た。


「咲耶ちゃん!よかった無事で!」

「燕ちゃん!ごめんね、心配かけて!」


友達の無事を確認できてお互いに喜びの声を上げる少女たち。そして熾輝もまた咲耶の帰還に口元を緩める。しかし喜んでばかりもいられない。魔人は依然として遥斗から出続けているのだ。


「存在が掴めない…アレが完全に解放されたとしてどれ程の脅威になる?」


魔力、オーラ、仙術、果ては波動という固有能力を得た熾輝ですら魔人の実態が掴めていない。

要するに目の前に居る魔人は、熾輝達とは異なる力を持っているという事になる。


「レベル4と推定する」

「わたくしも同意見に御座います」


2人からもたらされた情報に思わず息が詰まる。

レベル4というのは、達人級…それも人類最高峰の実力者が相手にするレベルだ。

師匠連ならいざ知らず、この場に居るのは未だ発展途上の子供たちだけだ。

彼等が戦ってどうにか出来る次元の相手ではないと熾輝は悟った。

であるならば、ここは一旦退いて、然るべき大人に対処してもらうのが最善と判断して口を開こうとしていた。しかし…


「だめだよ熾輝くん、ここで逃げたら魔人が街に被害を出しちゃう!」

「咲耶――?」

「聞いて!あの魔人の力はとっても凄いけど、私たちなら倒せるらしいの!」

「らしい?それはいったい誰からの情報なの?」


熾輝の問いに対し、僅かに躊躇ためらいを見せた咲耶は、ややあって口を開いた。


「エアハルト・ローリーさんだよ」

「え――?」


咲耶が口にしたのは古の大魔導士の名だった。

今回の一件、…いや、今までこの街で起きた全ては一冊の魔導書、ローリーの書から始まっている。

そして、その大魔導士の名を語っていたのが空閑遥斗という少年、…しかし咲耶には何か確信めいた物があるのか、自身が知る者こそが本物のエアハルト・ローリーであったと言いた気に彼女の言葉には力が籠っていた。


「それは――」

「熾輝さま、解き放たれます!」


事情を聴く間すらなく、遥斗の身体から魔人が切り離された。

そして、宿主を失った魔人の顕現は熾輝が予想していたよりもゆっくりで、それでいて脆弱とすら感じる程曖昧なもの…


「あれが魔人――?」


その姿は、人型をかたどっている。しかし模っているだけで、およそ人間の姿形すがたかたちには程遠い。

まるで針金人形の様にか細い身体、至る所が不自然な膨らみを持っていて、頭部なんかは材料が足りないから無理やり粘度を引き延ばしたかのように平べったい。

唯一まともに模っているのは右半身の手足だけで左半身なんかは、バランスを取る為だけにつっかえ棒のように針金を1本伸ばしているだけの様に見える。


「姿形に惑わされるな」

「来ます!」


魔人の存在に意識を向けていた熾輝…の後ろに控えていた咲耶に向かい魔人が突進を仕掛けて来た。

その高速ともいえる動きに反応して、羅漢が前にでる。そして、振り上げられた拳が寸分たがわず魔人の顔面を捉え、思いっきりふっ飛ばした。


「熾輝さま、ここは我らが時間を稼ぎます。その隙にどうか勝機を掴んで下さい!」

「双刃……任せて大丈夫なの?」


熾輝は知らない。己が式神の力を…故に不安が言葉となって出た訳だが、それは彼女の忠誠に対する侮辱に他ならない。

しかし双刃は、怒ることなく逆に口元を緩めていた。


「お任せください。例え勝てぬ相手でも我らが負ける事は万が一にも有り得ません」

「…わかった!二人に戦場を預ける!」


言葉を交わし決意を固めた熾輝は、視線を切ると傍らで待機していた少女達へと振り向いた。


「みんな、話は聞いていたね?」


熾輝の問に全員が首を縦に振る。

彼女らの表情には、不思議と恐怖は浮かんでいない。

これから始まる戦いを前にこの余裕…彼女らも経験を重ね胆力が養われたという事だろう。


「ここだと双刃と羅漢の邪魔になる。一度、異相空間へ移動して作戦を立てる」

「わかった!けど…」


移動空間へのゲートを空けられるのは、咲耶だけ。

彼女が魔術の準備に入る前、羅漢と魔人が戦う方向へ視線が泳いだ。…正確には魔人から切り離され、横たわる1人の少年にだ。


「遥斗…」


空閑遥斗に対する想いは、皆それぞれあるだろう。

今までの事を考えれば到底許す事は出来ない。

しかし、心に魔人が巣くっていたと判った今、彼にも情状の予知があってもいい。

ただ現状、遥斗を救出に行けば魔人を抑え込んでくれている羅漢の邪魔になる事は必至だ。


「熾輝さま、お思いのままに申してください」


まるで熾輝の心情を見透かしたかのように双刃が声を掛けた。

正直、遥斗の事は許すことが出来ない。しかし、それは彼を見殺していい理由には絶対にならないのだ。だから熾輝は…


「頼む双刃、遥斗を…僕の友達を助けてくれ!」

御心みこころのままに」


言って、双刃は駆け出した。一直線に遥斗が横たわる場所まで。しかし…

双刃の動きに反応するように羅漢と対峙していた魔人が標的を変えた。

「まずい!」と思わず叫び出しそうになった熾輝よりも先に…


「羅漢!」

「了解した」


その短いやり取りでお互いの意志が伝わった。

双刃は手を伸ばせば遥斗に届く距離まで到達していたが、彼を救出しようとする僅かな隙で魔人は確実に彼女を屠ろうとするだろう。だから…


「選手交代だ」

『GGAAAARARAAAA―――!』


横たわる遥斗を跨ぎ迫る魔人へ一直線に向かう。間合いに入った瞬間、足刀が魔人の顔面を捉えた。

再び吹き飛ばされる魔人…そして双刃と入れ替わるようにして羅漢が遥斗救出に向かう。


「八神熾輝、受け取れ」

「え――?」


目標へと到達した羅漢は、地面に横たわる遥斗の襟首を掴むと離れた熾輝へと投げた。


「ちょっ!」


てっきり自分たちの場所まで運んでくれるものだと思っていた熾輝の予想を遥に超えて、まさかの投擲である。

これには流石の熾輝も焦らざるを得なかった。

しかし、投げ出された遥斗の身体をしっかりキャッチする事に成功した熾輝は、思わず安堵の息をついた。


「まったく乱暴な――」

「こちらも受け取れ」


受け止めた遥斗を地面に降ろしていた熾輝へ羅漢が2つ、ある物を投げた。


「これは…精霊石マテリア?」


それは石、…のように見えるがただの石ではない。

精霊石とは、魔術の媒体に使われる希少な魔石の1つである。

自然界に存在する精霊が宿っていることから魔術師の間では精霊石と呼ばれている。しかし、現在熾輝の手の中に納まっている2つの石の中には精霊とは別の存在が宿っている。


「刹那と、…剛鬼か」


石の中身を見分したところ、そこには遥斗の死鬼神である2人の魂が内包されていた。

つまりは、この精霊石が2人の憑代よりしろということになる。


「熾輝くん、急いで!」


なぜ羅漢が2人を熾輝に託したのかを考える間もなく、異相空間へと通じる門を開いた咲耶から声を掛けられ、考えは中断された。

やむを得ず2つの精霊席を懐に入れて、遥斗を担ぎ上げると少女たちと共に異相空間へと移動したのであった―――




「行ったか」

「あぁ、これで時は稼げる」


熾輝たちが異相空間へと行った後、魔人と向かい合う双刃と羅漢。


「しかし、…やはりか、貴様の力でも傷一つ負っていないとは」


双刃はヤレヤレと溜息を漏らしつつ、こうなる事が判っていたように語る。


「魔人は我々とは別次元に存在する。であるなら、コチラ側からいくら攻撃したところで通じる道理がない」

「ならばどうする?」

「高次元の存在であっても力は有限、八神熾輝が帰還するまで力を削る」


やはりそうなるか、と同意する双刃は愛刀を握り直し逆手に持ち変えた。


「ならば存分に私の力を見せつけてくれる!熾輝さまが帰還なされたときこそが魔人きさまの最後と知れ!」

『GRRRRRAAAAAAAA――!』


双刃の気合に共鳴するかの様に異質ないななきを上げて魔人が動いた―――



◇   ◇   ◇



「さて、あまり時間を掛けられない。咲耶、キミが知っている情報を教えてくれ」

「う、うん!」


先の短いやり取りにおいて彼女、…結城咲耶が熾輝の知らない所で何らかの情報をローリーと名乗る者から得たと判断し、その情報開示を求めた。


「あの黒いナニカの正体は魔人、…大昔おおむかしローリーさんに致命傷を与えたて、それが原因でローリーさんが死んじゃったらしいの」


彼女から開示される情報の内容、その一発目からまさかエアハルト・ローリーの死因がここで判明するとは思わず、熾輝の眼が僅かに見開かれる。


「魔人はね、ローリーさんに致命傷を負わされたけど完全に消す事ができなくて、身体を治すためにずっと機会を伺っていたの。ローリーさんもいつか魔人が復活した時に対抗できる手段を未来に託すため魔導書を作ったらしいの」

「つまり魔導書には、魔人を倒すための術式があると?だけど…」


咲耶の話を聞いて、「はて?」と疑問符を浮かべる。なぜなら、熾輝の知る限りでローリーの魔導書の中身に魔人を倒せるような物は存在しない。

魔術としての威力だけならローリーの書に記されている中身は、驚異的と言ってもいい。しかし、対魔人としては威力だけあっても意味が無いのだ。


「あ、あとね!魔導書の存在はローリーさんが死んじゃったあと、魔人にも知られちゃって、色々と細工を加えられちゃっているの!私の身体を奪おうとする術式自体も魔人が手を加えたからだって…」


そうなってくると、魔導書の中に存在していた対魔人用術式は、既に改変された可能性が高い。そして、咲耶の身体を奪おうと裏で糸を引いていたのは魔人…


「魔人は人の身体を手に入れようとしていた……だけど、なぜ遥斗ではなく咲耶なんだ?……いや、そもそも僕たちの世代よりずっと前に憑代を選ぶことはできなかったのか?・……何故、現代いまになって姿を現した?……」


考えれば考えるだけ謎が深まってしまう。


「あ、あの熾輝くん!」


呼ばれてハッとした。またしてもいつもの悪い癖が出てしまったようだ。一度思考の海に潜ると周りが見えなくなってしまう熾輝の悪癖…


「あ、あぁ悪い。とにかく今は魔人に対抗できる手段を模索するのが先だね」


あまり時間を掛けられないと言ったのは自分なのに、余計な事に気を取られるとは何たる愚行だと心の中で己を叱咤して、再び話を続ける。


「まず、みんなに魔人について簡単な説明だけさせてくれ」


魔人について、ここで熾輝の知っている限りの情報を開示する。

これから戦う者が相手を知らないなんて愚を犯す訳にはいかない。

それにここに居る少女たちは、以前とは違い今は皆が頼りになる力を持っているのだ。


「魔人は僕たちとは違う別の次元に存在する生命体の一種と考えてくれ。だからコチラ側で目視出来ていても攻撃は効かないし、逆に相手からの攻撃は当たってしまう」

「つまり、ものすっごいバリアを張っているんだね!」


時間がない上に魔人の基礎知識を出来るだけ判りやすく説いたつもりだったが、要約した咲耶の説明に燕と可憐は揃って「あ~、なるほど」と頷いている。


「攻撃を当てるには、こちら側に存在を引きずり出さなきゃならない」

「バリアを壊すんだね!」


言うまでもなく、咲耶の解説に2人の少女は頷いて理解を示している。ただ、彼女たちが考えているほど、簡単な事ではない。単に咲耶が言うようなバリアを破壊する作業だけだったら熾輝の波動で一発で壊せるし、咲耶の魔力砲撃でも壊せる。…しかし、敵はそういった次元の相手ではない。


「存在を暴く術式は、既に確立されている。…だけどそれを今から咲耶に教えている時間もないし、出来たとしても使いこなせるかは正直難しいと思う」


熾輝は既に確立されている術式と言ったのは、彼のオリジナル魔術『真実の眼』の事だ。

先のフランスに現れたベリアルに対し佐良志奈円空が使用、その効果は実証済みである。


「となるとリシャッフルを使って―――」

「あ、あのぉ、その事なんだけど…」


魔人に対する戦術を練っている傍らで、咲耶が申し訳ない様子で言葉を挟んだ。


「実は、コレを見て欲しいの」

「?――ッ、これは…」

「うん、魔導書の中身がなくなっちゃった」


咲耶が差し出したローリーの書、そこには本来あるべき魔法式が消え失せ、白紙の状態になっていた。

咲耶の切札とも呼ぶべき魔導書が使用不能の状態に陥っており、尚且つ想定外の事態に流石の熾輝も開いた口が塞がらない。しかしだ、魔人相手に勝てると言った咲耶には、何かの秘策があるのだろうという願いを込めて、彼女に視線を向けてみる。


「あッ、でもでも!その代りにローリーさんからこんな物を受け取ったの!」


そう言って差し出されたのは、1枚のスクロールだった。

おそらくは何らかの魔術が収められているのであろうそれは、はた目から見ても内包する魔力がありありと伝わってくる。


「…見ても?」

「う、うん!むしろ熾輝くんに渡してくれって言われたの!」

「僕に――?」


大昔の人物が何故自分に向けてこのスクロールを用意したかなんて、今の熾輝には見当も付かない。

しかしだ、頼みの綱である魔導書がこのままでは戦術も立てようがない。であるならば、古の大魔導士殿の力添えを借りない手はない。


―(まぁ、本物のエアハルト・ローリーかどうかは別としてだけどね)


スクロールに施されている封印を読み解き苦も無く解除した熾輝は、トラップの有無を慎重に調べてから僅かな期待を込めて、ゆっくりとスクロールを開いた。


「……………………………」

「熾輝くん、どうかな?」


スクロールに描かれている魔法式を隅々に至るまで読み解いている熾輝の眼球が超高速にギョロギョロと動いている様を見て、咲耶は一瞬だけ「うッ」と息を詰まらせた。

実のところスクロールの中身については、彼女も知らされてはおらず、それを読み解いている熾輝に尋ねるほかに方法がない。そしてややあって…


「は、ははッ、まいった」


熾輝は術式を読み解き、魔術の内容を把握したところで思わず笑い声を上げた。

その光景に皆が一様に目を見開いている。

しかし、当の熾輝はというと嬉々とした感情を表に出して表情を緩めていた。


「し、熾輝くん大丈夫?」

「あぁ、ゴメンゴメン、こんなに凄い術式は久しぶりに見たもんだからついね」

「じゃ、じゃあ!」

「うん、この術式があれば何とかなるかもしれない」


熾輝からもたらされた報告に彼女たちは一様にホッと息をついた。


「それでどんな魔法だったのですか?」

「そうそう!気になるよね!」

「やっぱり魔人を一発でやっつけちゃう魔法とか?」


期待を込めた質問が一気に押し寄せるなか熾輝は「あわてないで」と前置きして説明を始めた。


「まず、この術式は魔人を直接倒すものでは無い」

「そ、そうなの?」


熾輝からの報告に咲耶は若干残念そうに答える。


「簡単に説明するとこれは術者と対象の間に繋がりを作る魔術だ」

「……はい!良く判りません!」


熾輝の説明では理解できなかったのか燕は元気よく手を上げて応える。


「えっとね、つまり咲耶が僕にこの魔法を使うとする。そうすると僕の考えが言葉にしなくても咲耶に伝わる」

「おおっ!じゃあ魔法式を咲耶ちゃんに説明しなくても一発で理解出来ちゃうってこと!?」

「そのとおり」


熾輝は燕の言葉に肯定を示した。しかし、この術式の真の力はそれだけではない。

ただ、せっかく理解した彼女たちに難しい説明を長々と聞かせられる時間もないので説明を後回しにしている。


「ですけど、それだけで魔人を倒す事が出来るのでしょうか?」

「もっともな疑問だね。魔導書が機能していない状態では、あまり意味が無い」


熾輝は可憐の疑問を肯定する。それに対する周りの反応は不安一色である。しかし、熾輝が何の根拠もなくどうにかなるとは口にするハズがない。


「そこで咲耶に提案だ」

「なにかな?」

「ローリーの書を基にして新たに咲耶の魔導書を作らせてくれないか?」

「え――?」


魔導書を作る、その言葉に一瞬耳を疑ったが目の前にいる熾輝はいたって真面目な様子、彼女にとって魔導書がどのように作られるかといった知識はない。しかし、以前に魔導書について熾輝から教わった限りでは、それ自体が希少価値が高く現存する魔導書は数も少なく、魔術師にとって所持していること自体がステータスとなっていると聞く。


ただ、彼女にとって魔術師としてのステータスなんかには興味はなく…


「アリア……」


ローリーの魔導書は、アリアにとって掛け替えのない物だ。いかに所有権が咲耶にあっても彼女の一存では決められない。そう思って向けた視線の先でアリアは熾輝に短い質問を投げる。


「…魔人を倒すには必要な事なんでしょ?」

「うん」

「ならやってちょうだい!」


たった1つ、その質問だけでアリアは驚くほどあっさり了承した。


「アリア本当にいいの?」

「いいのよ、確かに魔導書はローリーとの思い出が沢山詰まっているけど、本当に大切な物はもうこの中にあるから」


そう言ってアリアは、自分の胸にそっと手を触れた。


「アリア…」

「それに私には咲耶がいる!過去に捕われていた自分とはここでサヨナラするの!だから…」


アリアの決心は既に決まっている。しかし、彼女の胸中を熾輝は…いや、ここに居る全員には理解する事ができない。それ程に彼女は長い時をローリー亡き後もこの魔導書と共に歩んできたのだ。


「お願い、私やローリーのためにこの魔導書を生まれ変わらせてあげて」


声が震えていた…様々な感情を抱えて必至に堪える彼女を見て熾輝は胸の奥が熱くなるのを感じた。


「わかった、アリアの想いもそしてローリーの願い…僕の全身全霊を込めた魔導書を作って見せる」


そう言った熾輝は咲耶の前に立ち、彼女が持つ魔導書にそっと手を乗せた。

この魔導書にはアリアやローリーは勿論のこと、咲耶、熾輝、可憐に燕といった様々な人たちの想いが詰まっている。

例え中身が失われていても全員の思い出がここにある事を肌で感じ取る事が出来る。


「……咲耶、始めるよ」

「うん」


熾輝は手にしていたスクロールを魔導書の上に広げ眼を閉じた。そして…


「ふえっ!?」


開始を告げた熾輝は、おもむろに咲耶に顔を近づけて…


コツンッ――


オデコとオデコを突き合わせた。


「しししししッ熾輝くん!?」


突然の出来事に咲耶は混乱に陥り、アリアと可憐は「あら」と頬を赤らめ、燕に至っては放心状態に陥っている。


「集中して、スクロールの魔法式にゆっくりと魔力を通すんだ」

「え?いや、でも――」

「大丈夫、魔力のコントロールは僕も手伝うから咲耶は目の前のスクロールにだけ集中してくれ」


「いやそういう事では無くて!」と心の中で叫ぶ咲耶、しかし目の前の少年は自分の行為について考えている余裕などはない。

気が付けば熾輝からはうっすらと汗が滲んでいる。その様子に気が付いた咲耶の心は潮が引くように落ち着いていく。


おそろしい程の集中力、今回使う魔術は一切の乱れも許されない…まさに針の穴に糸を通すが如く繊細な魔力コントロールが要求されるのである。


それを知ってか知らずか咲耶もまた己の内に宿る魔力に全神経を集中させていく。そして…


「きれい――」


ゆっくりとスクロールの魔法式に魔力が流れ、循環していく。

魔力とは世界の事象に対して干渉する力、しかしその力にはそれぞれ異なる色がある。

高名な魔術師によると、個人が有するオーラの色がそのまま魔力に色を与えると論じている。


そしてここにいる少女、結城咲耶が有する魔力は全てを包み込む大空のような蒼穹あお色――

それに混ざり合うは、大空を茜色に染め上げる紅蓮を宿した少年の色――


まるで大自然の雄大さを表現しているかの如く一つの世界を創り出す2人。そして…


「「以心伝心ダイレクトリンク―――」」


稀代の天才、古の大魔導士の遺産が遥かなる時を経て今、発動した―――



◇   ◇   ◇



光りが2人を包みこむ。熾輝と咲耶に通されたパスによってお互いの意識が共有される。

そしてパラパラと物凄い勢いでぺージがめくられている魔導書には、次々と新たな術式が書き加えられていく。


ダイレクトリンクの魔力コントロール、魔導書の作成とその全てをたった1人で行っている熾輝の集中力は、もはや人間の限界を凌駕していると言っても過言ではない。


そして魔導書の作成に伴い行使したダイレクトリンクの効果によって、熾輝の中にある知識が咲耶へと流れ込んでいく。


―(すごい、…これが熾輝くんが見ている世界なんだ――)


彼女の脳内には熾輝がこれまで培ってきた魔導の全てが流入している。その結果、彼女が秘めていた力も解放されつつある。咲耶は絶大なる魔力を有してはいるものの、知識が決定的に欠けていた。それを補うようにして次々と入り込んでくる知識…


しかし、ダイレクトリンクによって共有される知識は術の発動中、自分の物であるかのように扱えるが知識をそのまま転写するという物ではない。術が解除されれば共有されていた知識は彼女から離れてしまう。ただ副作用…ではなく副産物として彼女の中に残る知識もあるのだ。


ただ、それは彼女が有する脳のキャパシティーに大きく作用される。


熾輝の世界に見惚れていた咲耶であった…しかし、それは魔導書の完成と同時に終わりを告げた。


「―――完成だ」

「…凄いわ、こんな短時間に魔導書を一冊仕上げるなんて」


やりっきたと言わんばかりに熾輝は深い息を吐いた。


元々ローリーの魔導書に記されていた魔法式について、熾輝は改良余地や対抗策を日頃から構想をしていた。そのため今回の魔導書を作るという発想や作成段階の時間短縮にも繋がったと言える。


「魔術の種類は基本的に前と大差ない。ただ術式構築については咲耶の魔力波長に合わせてあるから以前とは比べ物にならない程に展開スピードや威力が上がっているハズだ」


生まれ変わった魔導書を咲耶に手渡す際、熾輝は魔導書の基本知識を伝える。少し難しい言い回しを使っているが簡単に言えばローリーの書のパワーアップ版である。


「それと僕のオリジナル魔法もいくつか入れておいたから、さっき説明した【真実の眼】もこの魔導書を使えば簡単に起動できる」

「これが私の新しい魔導書……」


新たな魔導書を手にした咲耶は感慨深気にキュッと魔導書を抱きしめる。


「新しい魔導書なら何か良い名前を考えなきゃね!」


時間のないこの状況でそんな事を言いだすアリアではあったが、名前とは魔術的に重要な役割を持つ事も事実だ。本来であるならば所有者の咲耶が勝手に決めていいのだが、何故か彼女から期待の篭った眼差しが熾輝へと向けられているのだが…


「…とりあえずサクヤの書(仮)ってことで」

「台無しだああぁあ!」


せっかくだからカッコイイ名前を付けてもらいたかったと全力でアピールする咲耶であったが正直、そこまで考えている余裕が熾輝にはない。なによりも、これは咲耶のためだけに作った魔導書だ。ならばこの件が片付いてからゆっくりと本人に付けさせてあげたいと言うのが魔導書を作った親心でもあった。


「まぁ、名前はあとでゆっくりと自分で考えてよ。魔術的に名前が重要な意味を持つ以上、他人に付けられるよりは自分でつけた方がいいんだ」

「むぅ、……わかった」


魔術的とは言うが、要は愛着の問題でもあるので、そこは後日ゆっくりと……


「さて、そろそろ現実世界で戦っている2人ばかりに負担を掛ける訳にもいかない。…けど相手が魔人である以上、戦うなら確実に勝てる策が欲しい」

「確かに魔人相手だと正直、魔導書が手元にあっても確実に勝てるとは言えないわ」

「そうだね、あの魔人が凄い強い事は私にも判るよ」

「だけど、どうすれば…私は歌う事は出来ても戦う事ができません」

「私は、可憐ちゃんのおかげでもう一度真白様に力を貸してもらえるよ!」


それぞれが思い思いの考えを口にするなか熾輝は…


「非常に不服だが、コイツ等に協力してもらおう」


そういって熾輝は懐に忍ばせていた2つの魔石…霊体が宿っている精霊石を取り出すとオーラを込めて虚空へと投げ捨てた。力を失って輝きが鈍っていた石は、熾輝のオーラを得たことから僅かな輝きを取り戻し、中に宿っていた霊体に顕現出来るだけの力が戻った。そして仮初の肉体を得て実体化を果たしたのは…


「………マジで最悪」

「まさか俺達がこんな奴等に敗れるとはな」


悪態を吐きながら熾輝達を睨む2人の死鬼神、刹那と剛鬼であった。

























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