第一六四話 天地波動流
先に動いたのは熾輝の方だった。魔術という武器が無い以上、必然的に近距離での戦いを余儀なくされる。
「バカの一つ覚えのように!」
一直線に向かってくる熾輝に向けて遥斗は魔術を行使する。
―(5つじゃ足りない。さっきみたく全部打ち消されてしまう。…ならっ!)
既にミストルテインの能力を見切ったつもりの遥斗は、手数を増やす事で対処する戦法に切り替えようとした。
―(自身に5!周囲に8!)
「数を増やそうとしても無駄だ!」
「ッ――!?」
魔法式を展開する間際、思考を読んだかのように熾輝が言葉で先制をとった。
だが、遥斗は怯む事なく魔法式を展開…その刹那、一閃、二閃、三閃と次々にミストルテインの斬撃が空を切り裂いていく。
続いて展開するハズだった魔法式が三つ、その効果を発揮する事無く霧散していく。
「なッ――!?バカな、魔法式の展―――」
「展開位置を先読みするなんて、出来るハズがない。…か?」
「ッ――!?」
まるで遥斗の言いたい事が判っているかのような…そんな台詞だった。
「ほら、油断するなよ。式の構築が遅くなっているぞ!」
術式発動スピードが僅かに落ちた隙を狙い、残り5つの魔法式を一気に叩き切る。
「何の冗談だ…いったいどんな手品を使っている!」
展開しようとしていた術式を全て無力化された遥斗は、一度距離を取るために身体強化によって向上された筋力で一気に跳躍する。
―(落ち着け、アイツに魔術がない以上、近づかないと攻撃手段は無いんだ。つまり――)
「つまり、距離さえ取ればやられる事はない…と考えているのか?」
「コッ―――!?何処へ行った!?」
またも思考を読まれたと思ったのも束の間、熾輝の姿を見失っている事に気が付いた矢先、ゾクリッと頭上から威圧感を感じ取った。
「シールドッ――!!」
「遅い!」
既に振り下ろす体勢に移っていた熾輝とこれから魔法式を展開しようとする遥斗では、攻守に大きな差がある。
もっとも、仮にシールド展開が間に合っていたとしても今の熾輝にとって障害にすらなり得ない。
「ガァッ――!!?」
「はああぁああっ!」
空中で振り切った刀が遥斗の肩に撃ち込まれる。…とは言っても熾輝が扱っている武器が木刀である以上、斬撃ではなく打撃になってしまうのはやむを得ない。
もしもこれが真剣であったなら、この一撃で勝負は決まっていたであろう。
もちろん熾輝もミストルテインに対しオーラを施しているがコーティングをしている程度に過ぎない。
故に身体強化を施している遥斗の鎖骨にヒビを入れる程度にとどまっている。
そして、遥斗は空中で撃ち落とされるように地面へと落下していく。
「クッ、慣性制御!」
地面手前ギリギリのタイミングで落下スピードを殺し衝突を避けた遥斗…しかし、その表情はかつてない程に歪められていた。
それは恐怖、…己の力に絶対の自信を持っていた遥斗にとって八神熾輝という少年がそれを揺るがす異分子であることへの畏れ
「どうした?笑いが消え失せているぞ?」
「き、貴様ァ…」
やや遅れて地面へと着地した熾輝は、まるで全てを見透かした様な眼を向けている。
圧倒的な立場だったハズの遥斗からいつしか余裕という名の笑みが消えていた。
逆に恨めしそうな表情が浮かんでいる。
「諦めろ、魔術だけのお前にこの能力は相性が悪すぎる」
「ッ、――」
息つく暇すら与えようとはせず、熾輝が再び間合いを潰しに掛かった。
―(お、落ち着け!僕にはローリーの記憶があるんだ!そう、戦いの記憶が!)
深い意識の底に眠る古の大魔導士の記憶、それが呼び覚まされたように遥斗の表情から焦りが消えた。
―(…術式発動、―――)
「っ――!?」
今までにない程の術式展開スピードに僅かに驚く熾輝だったが、構う事なくミストルテインを振り抜きにかかった。
放たれる斬撃、それを迎え撃つように杖を滑り込ませる。
ミストルテインと杖が衝突した瞬間、粉々になった木片が飛散した。
「…ふ、ふはははは!ざまあみろ!お前の切札はぶち折ってやったぞおぉおっ!」
遥斗が展開した魔法式は粉砕、杖に魔法を付与した事により術式自体を破壊する事ができず、逆にミストルテインが破壊される結果になってしまった。
「さぁ、形勢逆転だ!その木刀がないお前なんて、怖くもな――ッ!!?」
ミストルテインを破壊した事により調子を取り戻した遥斗の腕に激痛が走った。
「誰の切札をぶち折ったって?」
「グゥ~~~ッ、……さ、鞘だとッ!?」
激痛が走った腕を押さえながら向けられた視線の先、…右手に折れたミストルテイン、左手にその鞘を携えた熾輝の姿…
「は、はは…ッだけどもう魔法を無効化する事はできないだろう!」
「試してみるか?」
ミストルテインを破壊したことにより、熾輝はもう魔法を無効化出来ないと思っている遥斗、それに対し鞘を握る手に力を込める熾輝…
「は、張ったりだあぁあグエェッ―――!!?」
自身の前に魔法式を展開しにかかった直後、ミストルテインの鞘が一直線に展開位置へと向けられ、式を破壊すると同時に遥斗の腹部へ深々と突き刺さった。
「っ――、ば、ばかな…」
「いったい、何を勘違いしたかは知らないが、なぜ鞘にも同様の効果が無いと思ったんだ?」
心底不思議そうな表情を浮かべる熾輝だが、普通鞘とは刀身を収めるために作られたに過ぎない。つまり力を持っているのは、刀身であって鞘はそれを封じるものと解釈するのが妥当。
…ではあるが、熾輝が手にしている刀は、刀身から鞘に至るまで木製…つまりは、その全てが同じ樹から作られており、1セットで同様の力を内包していると考えて然るべきなのだ。
「な、ならもう一度ぶち壊して―――」
「それは、意味がないと思うぞ?」
再度、粉砕を起動させた遥斗に対し熾輝は右手に握る折れたハズのミストルテインの切先を突きつけた。…そう、折れたハズの―――
「なんで、…元に戻っている?」
「樹だからね、そりゃあ伸びもするだろう」
今、熾輝の右手に握られているのは元通り、破壊前の状態へと修復されたミストルテインだった。
「ふ、ふざけるなあああぁあぁあああッ!」
再びローリーの記憶を読み込む。
―(ない!ナイ!無い!ないいぃいぃい!)
いくら探しても復活したり魔法を無効化する剣の情報は、出てこない。
なら、遥斗に出来る事は限られてくる。
「このやろおおぉお!!」
魔法式の展開、展開、展開…出来る限りの魔法式を展開すること。しかし、展開した傍から打ち消され、中には展開する前から刀が空を切り魔法式の展開を阻む。
だが、遥斗にはこれ以外の戦術が思いつかない。唯一絶対の力、魔法の行使こそが彼の最後のプライドなのだ。
「このこのこのこのこのおおおおおぉおおお!何でだ!何でお前は―――」
「魔法の展開位置が判るのか」
―(ッ!?コイツ、また―――)
「また思考を読みやがった。…か?」
もはや熾輝が遥斗の思考を読んでいる事は疑いようがない。
―(まさか、仙術!?…いや、コイツの仙術はそこまでの代物ではない。第一、僕はロザリオの効果によって精神干渉を受け付けない。それは心を読まれないということ。…なら)
「お前の考えている通り仙術ではない」
「ッ、なら何で、そんな芸当が出来るんだ!?」
言葉を交わしながら攻撃の手は一切緩めていない。それどころか魔法式展開数が10を超え始めている。
「いや、難しい事じゃあない。術式の隙間から相手の思考がだいたい読めるだけだよ」
「………は?」
理解が出来ないとでも言いた気に遥斗の表情が固まった。
もしもそんな事が出来るとすれば、それは本物の魔術師…いや、それ以上、魔術師を超越した存在、…魔導士以外の何者でもない。
「別にお前に理解して欲しいとは思っていない。…けど、選ばれし者だと言っていた割にはそんな事も出来ないなんて、正直期待外れだ」
冷めた目を向けた熾輝に対し、遥斗は…
「な、何が思考が読めるだ…何が期待外れだ!お前のように心のない人形に言われたくはない!」
怒りがマグマの様に吹き上がるにつれて、術式の展開数が更に数を増す
「人形、…確かにその通りだ。僕は空の人形だった。…だけど!」
術式を処理する熾輝の手数が次第に間に合わなくなる。…しかし、それは右手のミストルテイン1本だけを使用したらの場合、左手に持っていた鞘の形状が音を立てて変化し、刀の形状を形作る。
「未来に絶望しても希望を信じて立ち上がる強さを持った女性を知っている!」
双剣の速度が上がり、術式展開を凌駕しつつある。
「大切な人のため恐怖に立ち向かおうとする勇敢な女の子を知っている!」
不規則に展開される術式、その一つ一つを切り刻む熾輝の身体が次第に洗練され、時に激しく、時に静かに…それはまるで舞踊の様な動きへと変化していく。
「闘う力は無くても友達の支えになりたいと願う誠実な女の子を知っている!」
剣戟の軌跡が空間に波紋を広げるかの如く、乱魔の波動が事象改変を内包した魔力を打ち消す。
「一番大切な物が何なのか、決して手放さず、愛しむ心を持った女の子をしっている!」
熾輝にの周りを埋め尽くしていた術式が全て除外された。それどころか、乱魔の波動によって彼の周りに術式を発動する事すら出来ない。
「全部、全部この街が、彼女たちが教えてくれた!」
空っぽだった少年は、いつしか満たされていた。
宿っているのは、希望・勇気・誠実・愛情という4つの心
「なら、守って見せろ!お前の大切な者をおおぉおおッ!」
瞬間、小規模な術式が遥斗の手元で連続に発生した。
放たれた攻撃の照準は、熾輝……の後方に居た燕へと向けられていた。
「え――?」
威力自体は大して強力ではない。しかし、少女一人を殺すには十分な殺傷能力が内包している。
「言ったはずだ。術式の隙間からお前の思考が読めると…」
燕へと向けて放たれた光りの矢は、直前で熾輝によって切り捨てられる。
「熾輝くんッ――!」
「ははは!ならコレはどうかな?判っていても、避けられない攻撃ってあるだろう!」
燕への攻撃は、熾輝を遠ざけるための囮。…そう、遥斗はこのためだけに無防備な燕を狙い、大規模な術式を空中に展開させていた。
「この高さなら術式を直接破壊することは、不可能!」
学校の敷地全体を覆うほどの魔法陣が1つ、…そして遥斗の頭上に1つ
「風が…集まってる?」
「天帝の咆哮…」
周囲の風が遥斗の頭上へと集まっていく。更に集められた大気は圧縮され、台風クラスのエネルギーを内包する。
「くははは!どうだ八神熾輝ィ!いくらお前が術式を無効化したり魔法を切ろうと無駄だ!この魔法を切ったところで爆散して周囲に破壊の衝撃を撒き散らすぞ!」
「そ、そんな!」
最後の最後に大逆転の手を打った遥斗、…このとき彼は己の目的すら忘れ、八神熾輝を殺す事だけを考えていた。
そして、勝利を確信していた。しかし…
「言ったハズだぞ遥斗、…もう誰も傷付けさせやしないって」
言って、熾輝は再びミストルテインを握り直すと、剣先を遥斗へ向けて正眼に構えた。
「おいおいおい!まさかこの状態で勝てると思っているのか?馬鹿がっ、もう詰んでいるんだよ!理不尽に怯えながらみんな仲良く死ねっ!」
「理不尽に抗うために強くなったんだ」
尚も戦う姿勢を崩さない熾輝の姿を遥斗は強がりだと判断したのか、歪み切った笑みを浮かべ、嘲笑う。
「し、熾輝くん――」
「問題ありません、燕殿」
「え?」
「八神熾輝は既に斬っている」
不安そうにする燕の後ろから男女の声が掛けられた。
熾輝の式神、双刃と羅漢である。しかし、羅漢はともかく双刃の容姿が変わっている事に驚きを覚えるが、今はそのような時ではない。
ただ、落ち着いた佇まいの2人を見た瞬間、彼女の不安が和らいだのは確かだ。
「熾輝くん、…頑張れ!」
「あぁ、任せろ!」
燕の応援に後押しされるように、熾輝の気力が漲る!
瞬間、熾輝とミストルテインの共鳴が最高潮へ達した!
「ちッ、刹那と剛鬼が敗れたか、役立たずどもめ―――ッ!!?」
現れた2人を目視で確認した遥翔は、自身の頭上で展開させていた術式、…正確には集めていた風の動きに違和感を感じ取った。
「なっ、馬鹿な!風が逃げていく!僕の制御下から離れて――」
「天地波動流…」
その力の名は波動、天と地に存在する全てを司る根源を支配する力
「何だ!?何をやっているんだ!お前は――!?」
「第一秘剣…」
流派の正統後継者が握るミストルテイン…その形状が鋭い槍へと姿を変える。
「まさか……その能力は剣の物ではなく、お前の―――」
「誘技ッ!!」
遥斗が集めた風は、その全てを熾輝の剣が誘うように絡め取った。
そして、圧縮された暴風は、螺旋を描きながら槍を包み込む。
「全力で防げよ遥斗ッ!」
投擲の体勢に入った熾輝は、まさに全身全霊を込めた必中の槍を―――
「暴風の螺旋槍ッ!!!」
投げた!!!
「く、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!」
持ちうる限りの全力を出しての魔法防御、20を超える障壁が積み重なり遥斗を守る。
しかし、台風クラスのエネルギーを宿した槍を阻むには至らず次々と砕け散っていく。
―(まずいっ、マズイッ、不味い!このままじゃあ直撃だ!耐えろ!耐えてくれええぇええ!)
全魔力を捻り出し、障壁に魔力を次ぎ込む。まさに全霊を掛けた守り、遥斗自身も気が付いていなかったが、彼はこのとき自身の限界を超えた力を生み出していた。
生存本能に駆り立てられるように障壁の強度が増し、槍の突破力が落ちていく!
そして、……
「はっ!は、はははは!やったぞ!」
最後の障壁に到達する一歩手前で槍は、その中間部分まで食い込んで停止していた。
残るは、遥斗を覆う障壁だけだったのにその槍は運動エネルギーを失って制止する。
限界を超えた遥斗は、見事に退けてみせた。…しかし、限界を超えたのは彼だけではない。
幾度の戦闘を経て、何度も限界を突破してきた少年とは、超えて来た死線の数も質も違う。
そして、槍の暴風は未だ死んではいないのだ。
「波動解放!風絶っ!」
「なっ―――――!」
瞬間、内包されていたエネルギーが暴風となって荒れ狂う。
その威力は、螺旋槍が内包した力を広範囲に撒き散らし、あらゆる生命を切り刻む。そして…
ドサリッ、
と地面に崩れる遥斗の姿がそこにはあった。
「…僕の勝ちだ」
少年の勝利宣言と共に古の大魔導士を語る魔術師の敗北が決定した。
そして…
「咲耶ちゃん!」
少女を幽閉していった暗黒の牢獄に亀裂が走り、ガラスを割った様に砕け散った。
「可憐ちゃん!」
少女は相棒と共に再び還ってきた。
誰もが事件の終わりを予感した直後…
『GGAAAAAAAーーー!』
ソレは産声を上げて顕現した。




