第一六三話 全身全霊
抜き放たれた刀身が黒き炎を一瞬で切り裂き、熾輝と遥斗の間に道が開かれた。
お互いの視線がぶつかり合う。
一方は驚愕の表情を張り付け、もう一方は澄ました表情を浮かべている。
瞬間、熾輝は割れた炎の通りを駆け出した。
狙いは空閑遥斗ただ1人…
「く、来るなあぁあ!」
目の前で起きている現象に遥斗の理解が追いつかない。
まるで熾輝に対し恐怖を抱いているかのように叫びながら魔法式を展開させる。
遥斗の周りに4つの魔法式が展開されると同時、魔力光を帯びた矢が打ち出された。
「無駄だ――」
言って、4閃―――
変幻自在の樹刀を振るうと、放たれた矢が全て切り捨てられた。
だが、それで終わりではない。
展開させていた4つの魔法式から矢が放たれれば、再び魔力を込めて次弾を装填し、すぐさま打ち出す。
しかし、その全てが熾輝に届く前に無情に散っていく。
そして、撃ちだされる矢を全て切り捨て、…遂に間合いに入った。
「ハルトオオォオオッ!」
骨が軋み、肉体が悲鳴を上げる。
体力も底を尽き掛けている…しかし、熾輝は止まらない。
ミストルテインを振り抜く瞬間、熾輝の心に怒りは無かった。
あるのは、感謝の念……これまで自身を鍛えてくれた師への感謝
今までがあったからこそ、自分はここまで来ることが出来た……大切な者を守るため、立ち上がれる…脚を踏み出せる、拳を握ることが出来る。
ただただ感謝の一念―――
―(あぁ、…強くなれて良かった―――)
ミストルテインが振り抜かれた瞬間、空閑遥斗を守っていた障壁が霧散した。
そして、返しの一刀……
「なめるなああぁああっ!」
あらかじめ地面に展開させていた魔法式が起動する……その直前、それを読んでいた熾輝は、逆手に持ち替えたミストルテインを地面へと突き刺す。
「なッ―――!?」
切札を失った遥斗を守るものは、もう何もない。
「ま、待て!」
刀を大地へと突き刺した熾輝は、後退する遥斗を逃がさないため、襟首を掴むとグイッと引き寄せた。そして…
「歯ァ喰いしばれッ!」
渾身の一撃が遂に遥斗の顔面を打ち抜いた。
「ぐあぁッ―――!」
魔術による守りも無いまま、熾輝の攻撃を受けた事により、遥斗は凄まじい勢いで吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がって行くと、およそ10メートルは吹き飛んだであろうところで、ようやく失速して止まった。
「ハァ、ハァ、ハァ―――」
一瞬の攻防を終えた熾輝は、遂に限界を迎え膝を折る。
「やったの?」
その状況を見ていた燕は、熾輝の勝利を確信した。しかし……
「ッ―――!?」
背筋が凍る…まるで黒いインクをぶちまけられた様に思考が塗りつぶされる感覚に襲われた。
「―――けるな、…ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ、ふざけるなあああぁああぁああッ!!!」
顔面を血に染めた遥斗が突如、怒りの咆哮を上げて立ち上がった。
「お前がッ!お前みたいな虫けらが、僕を殴るなんて許されると思っているのか!選ばれし存在であるこの僕を!」
鼻からドバドバと血を噴き出しながら遥斗は杖を支えにして立ち上がる。
よく見ると鼻が不自然に曲がり、前歯が数本抜け落ち、顔面が僅かに陥没している様にも見える。
間違いなく重症と呼べる怪我だ。…だというのに、遥斗は気を失う事も無く立ち上がって見せた。
「術式発動!再生!」
唱えると同時、手にしていた漆黒の杖に装飾されていた黒い石が怪しく光る。
すると先程まで重症だった遥斗の顔面が完全に癒されたのだ。
「魔法記憶媒体…」
まさか、そんな隠し玉を用意していたとは思いもよらなかったのか、熾輝の目が僅かに見開かれた。
通常、魔術師が魔術を発動させるに当たり、相応の集中力を要する。だから、遥斗が負った重症を考えれば、再生などという超高度な魔術を発動させるのは、不可能に近い。
しかし、彼の杖に埋め込まれた石…おそらくは魔石の中でも希少な部類に入るであろうそれは、魔術を封じ込めておく効果がある。
故に、遥斗はそれを開放させるだけで再生の効果を発揮させる事が出来たのだ。
だが、その効果も使い捨てなのか、魔石から色が抜け、黒から白へと色が変わっていく。
「殺してやる!絶対に殺す!お前だけは!」
完全回復した遥斗から凄まじい魔力が放出された。
「身体強化!加速!硬化!威力強化!斬魔!」
次々と唱えられる魔術の名称…それらは、何れもローリーの魔導書に記されし秘術の数々…
「いくぞぉ、八神熾輝ッ!」
「くッ―――」
身体能力強化系に属する秘術のオンパレードによって、遥斗自身の肉体は、常人のソレを軽く凌駕する。
熾輝へと突進を仕掛けた遥斗、彼が持つ杖には、魔術によって形成された刃が付けられている。
そして、身体強化とアクセルによるスピードの勢いそのまま、熾輝へと斬りかかった。
「ッ――!」
ミストルテインを構えた熾輝は、遥斗の攻撃を防ぐ。しかし、杖と刀がぶつかった瞬間、威力を殺しきれずにバランスを大きく崩した。
ヒットブースターによって、遥斗は攻撃の威力を底上げしているのだ。
「まだまだああぁああッ!」
遥斗の速度が更に増す。…アクセルの効果が時間経過する毎に真価を発揮しているのだ。
限界を迎えた熾輝は、防戦一方のまま遥斗の攻撃をミストルテインで受け続けるが、…もはや反撃する力も残ってはいない。
「こんなものかああぁああッ――――!?」
ミストルテインごと、熾輝を叩き切ろうとした遥斗、……しかし、その動きが不意に止まった。
『―――、―――、――――――――、』
「……うた?」
まるで天使の歌声とも呼ぶべき甘美な音色が夜天の星空の下、戦いを繰り広げていた少年へ届けられたのだ。
「ふん、何も出来ないから歌で応援ってことか」
屋上で歌う可憐を確認した遥翔だったが、直ぐに興味を失ったように熾輝へと視線を戻すと振り上げた杖に力を込めた。
「なぁ!頑張れだってよ!」
ありったけの力で振り下ろされた杖、…それは間違いなく必殺の一撃と言ってもいい力が孕んでいた。…しかし
「あぁ、頑張るさ…」
「なに!?」
振り下ろされた杖は、熾輝に届くことなくミストルテインに阻まれていた。
「バカな!何処にそんな力が残っていたんだ!?」
いくら力を込めようとビクともしない。それどころか、逆に押し返されてすらいる。
「限界だったさ、……さっきまではなッ!」
「―――ッッッ!?」
熾輝はミストルテインを振り切る様にして遥斗ごと押し返して見せた。
遥斗は知らない。
夜天に輝く月明かりをスポットライトに変えて、自分の戦場で闘う少女の力を。
その少女が奏でる歌声は、戦士に癒しをもたらす―――
「遥斗、お前の境遇には正直同情するよ」
「同情だとおぉ?お前なんかに――」
「だけど絶対に理解はできない!」
空閑遥斗という人造人間…その人生は、常人には計り知れない苦しみがあったであろう事は想像に難くない。
しかし熾輝は、それら全てを判った上で彼を否定する。
「お前はアリアの心を弄んだ……身勝手な理由で咲耶を自分の物にしようとした…燕と乃木坂さんを傷付けた」
「はん!それの何が悪い!その他大勢が僕と言う選ばれし者の犠牲になれる喜びを理解出来ないなんて、それこそ間違っている!」
それらは熾輝にとって掛け替えのない存在、…遥斗にとっては利用するしか価値のない存在
己が想いを貫き通すために熾輝は―――
「なら僕は、全身全霊を掛けてお前を倒す!」
「来いよ!八神熾輝!今度こそぶち殺してやる!」
熾輝と遥斗…2人の少年は、持てる全てを掛けて再び刃を交える。




