第一六二話 双刃vs刹那
「またまた形勢逆転かしら?」
魔術の解放…それにより刹那の身体能力は爆発的に増加している。
「フム、確かに驚異的なまでに身体能力が上がっているな。…加えて魔術による遠距離からの攻撃。まったく、手に負えん」
熾輝との契約により式神としての力が上がり、刹那とも対等以上に渡り合えるようになった。
しかし、今の刹那は魔術による能力向上が顕著であり、双刃とは比較にならない程の力を宿している。
「あらら?戦う前から負けを認めちゃうの?まぁ、しょうがないわよネ♪これは、やっぱり主の差かしらねぇ?」
己が主、遥斗の力を絶対の物と信じて疑わない刹那は、双刃を…熾輝を見下して掛かる。
しかし、それが彼女の逆鱗に触れた。
「…くくく、面白い事を言うなァ…下郎ッ!」
怒りをあらわにした双刃の内から膨大な霊力が解放される。
「ッ!?なに、この嘘みたいな霊力はッ――――!」
放出される霊力、…いや、その元凶たる式神童女を目の当たりにした刹那は、息を飲んだ。
「いいだろう、式神の力は主の力…貴様にも一理ある。…で、あるならば、私も全力で主の力を示す必要があるなァ…何よりも――」
言って、双刃の周囲に靄が立ち込み、彼女の姿を覆い隠す。
「貴様如きが熾輝さまを愚弄するのが、我慢ならん!」
立ち込めていた靄が一気に霧散し、視界が晴れ渡る。中から現れたのは…
「あ、アンタ…いったい何者?」
刹那の目の前には、先ほどまで童女の姿をしていた式神が居るハズだった。
しかし、……
「あぁ、懐かしいかな、…この感覚」
目の前に現れたのは、童女ではなく、全くの別物…
夜風が吹くたびにサラサラと流れる長い黒髪、すらっとした体躯に女性特有の膨らみが妖艶な雰囲気を漂わせる。
年の頃は、おそらく刹那と同じか、少し上くらい。…とは言っても、式神である双刃にとって、外見=年齢は当てはまらない。
「さて、…覚悟はいいな?」
「ッ――!」
「まだなら急いだほうがいい、久しくもとの姿には戻っていなかったからな。加減が出来るか自身が無いのだ」
憂うような目を覗かせた双刃は、刹那へと視線を向ける。
その視線に吸い込まれた刹那は、まるで蛇に睨まれた帰るの如く、恐怖に思考が塗りつぶされ、考えることも身動きをすることも出来ないでいる。
今、彼女の頭に浮かぶのは、敗北の二文字だけだ。
「ん?…どうした?ずいぶんと物静かになって。先ほどまで、ピーピーとさえずっていたのになぁ?」
まるで、アリを見下ろしているかのような…有体に言えば、興味を失ったような視線が刹那に向けられる。
「あ、ありえない。……なんで、アンタみたいな化物が、あんなガキンチョに使役されている?自分より弱い、…ううん、アンタより強い使い手なんて、そうはいない。それなのに…」
底知れない力を感じ取った刹那は、双刃の置かれている状況が理解出来ないでいる。
本来、式神は契約によって主に仕える。しかし、契約に至るまでに術者は、力を示す必要があるのだ。
低位の霊体なら、術者の力が上だと勝手に理解して契約へと問題なく進む事が出来る。
だが、術者の力量が足りない場合、あるいは霊体が力を見抜けなかった場合は、戦って力を示す必要がある。
それなのに、…
「それなのに、アイツはどうやってアンタを降したっていうの?いったいどんな利害がアンタたちを結びつけたと―――」
「いい加減、黙れ」
次々と言葉を投げてくる刹那に対し、双刃は一蹴する。
「お前とのお喋りに付き合っているほど、私は暇では無いのだ」
「ッ、――確かにそうね、……じゃあ始めましょうか」
力の差は理解している。しかし、彼女にも退けない理由があるのだ。
基本スペックに大きな開きがあったとしても、ローリーの秘術を使うことの出来る自分なら苦戦することは、あっても負けることは無い。…そう思っていた。
「もう、とっくに始めている」
「え―――?」
声が後ろから聞こえて来た。
目の間に居たハズの双刃を見失ったと認識した次の瞬間、ボトリと嫌な音が響いた。
音源を辿った刹那の視線の先、そこには、腕が転がっていた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!!?」
肩口から噴き出す鮮血と共に激痛が走る。そして、…
「疾ッ!!」
霊気で和弓を形作り、3本の矢を放つ。
恐るべき速度で飛んできた矢は、刹那の三肢へと的確に命中すると同時、小さな爆発を起こす。
「―――――ッ!!!」
声にならない声が響き渡り、刹那は手足を失った。
―(さ、再生を――)
痛みを切り、再生の魔術が発動する。
「ほぅ、痛覚を調整できるのか。…ならば、思う存分再生を繰り返すがいい」
「―――ッッ!!?」
羅漢同様、双刃も再生の魔術を使わせる事により、刹那の力を徐々に削いでいく。つもりだった…
「…羅漢と同じというのは、癪に障るな」
「なにを―――?」
「流石の私も貴様の様に再生を繰り返す者と戦うのは、初めてだ。しかし…」
圧倒的な実力を目の当たりにして絶望する刹那に対し、双刃はフム、と顎に指を掛けて考える素振りを見せる。
「コマ切れ、…いや、いっその事、燃やし尽くせば案外楽に片付くか?」
「なにを言っているんだ――!?」
瞬間、青く怪しい炎が双刃の愛刀から燃え上がる。
「能力?…はっ、そんな炎、魔術に比べたら大した熱量じゃあないわね!」
「試してみるか?」
ゆらゆらと燃える青い炎、…その正体は、刹那が見破ったとおり、能力によるそれだ。
能力は、術者の素養に比例して威力が増す。
そして、能力は術者の限界を超えた力を発揮する事はできない。これは、以前にも説明したが、人間が太陽を生み出せないのと同じで、太陽に比較する能力は発動する事はできないのだ。
故に、双刃が生み出した炎は、熱量としては魔術以下と言わざるを得ない。
「受けてみよ、我が青き炎を!」
瞬間、認識を超えた動きで青い軌跡を描いた一閃が刹那を切りつけた。
(速ッ――!アクセルを使っている私よりスピードが上って、どういう了見よ!でも――)
こんどの斬撃は、刹那の肌を浅く切り裂いただけにとどまり、先ほどのように四肢を切り飛ばされることは、なかった。しかし…
「ッ―――!?な、なによ、この炎は!?き、消えない!?」
刹那に燃え移った青い炎は、瞬く間に燃え広がり、彼女の身を焦がしていく。
しかも、いくら振り払っても消えない。
「くそっ、こんなの水で消して―――ッ!?なんで!?消えろよ!」
振り払っても消えないのであれば水による消火を試みるため、魔術を発動させた。
だが、いくら水を掛けようとも炎の勢いは衰えず、徐々に身体全身へと燃え広がっていく。
「愚かな、…我が炎をただの発火能力とでも思ったか?」
いくら消そうとしても消えない。
物理的干渉を一切受け付けない。
対象が滅びるまで、その効力が決して消えることはない。…そう、まるで
「ッ――!、――ッ!、…呪いッ!?」
炎に焼かれながら、苦痛に身をよじり、刹那は解へと辿り着く。
「ほう、良く判ったな。…そのとおり、これは呪いだ。貴様が燃え尽きるまで消える事のない。呪われた青き炎」
もがき苦しむ刹那は、地面に倒れながらゴロゴロと転がり回り、炎から逃れようとする。
だが、炎は消えない。
焼かれながら再生を繰り返す刹那、…しかし、そろそろ魔力が尽きる頃合いだ。
もはや、動く力もなく、ただ苦しみに耐える事しか今の刹那には出来ない。
「見苦しい、…散々喚いた挙句、貴様は焼かれ死ぬ。最後くらい足掻いて、一矢報いる気概を見せてみろ」
「………」
「はぁ、…結局、私……熾輝さまの敵ではなかったな」
今尚、青き炎は刹那を燃やし尽くそうとしている。
その命の灯もあと僅か。
双刃は、その灯を最後まで見とる事はせず、刹那の死をもって、己が主に勝利を捧げようとした。
「…何をしに来た?」
振り返った彼女の視線の先、…そこには同じ主を持つもう1人の式神の姿があった。
「不必要に命を弄ぶな」
双刃の目の前に突如現れた羅漢は、彼のトレンドマークとも言える黒いコートを脱ぎ、青い炎に燃やされ続ける刹那へ羽織らせた。
「なんの真似だ?」
コートを被せられた刹那から青い炎が消失する。
羅漢の行いに対し双刃は非難の目を向けた。
「感情的になるな。この死鬼神を滅ぼす事が八神熾輝の望みなのか?」
「……貴様に言われなくても判っている。熾輝さまはお優しい。だからこそ、危険の芽は私が排除するのだ」
些か感情的になっていた事を認める一方で、自分の行いに間違いはないと語る。
「しかし、そうだな。この下郎には、色々と聞きたい事もある。羅漢、お前の方は…聞くまでもないか」
結局、刹那を生かしておく結論に至った双刃は、もう一人の死鬼神である剛鬼の所在を確認しようとした。…が、聞くまでもなく、既に羅漢が拘束している事を悟った。
「では行くぞ。熾輝さまの元へ」
「承知している。…言っておくが――」
「判っている。主の戦いに水を差すほど無粋ではない」
先読みした双刃が羅漢の言葉を制し、熾輝の元へと歩み出す。




