第一五八話 邂逅
校舎屋上、そこにあるのは禍々しい魔力によって形成された球体――
見る者によっては、中身を守る繭のようであり、中の者を外に出さないための牢獄――
邪悪な力によって形成されたそれは、もうじきその役目を終えようとしているのか、まるで羽化寸前のサナギの様に脈動を始めていた。
その邪悪な球体の前に降り立った2人の女性…アリアと可憐は少女を救出するためにやってきた。だが・・・
「アリアさん、これは・・・」
彼女たちの前にあるソレからは、凄まじい瘴気が発せられており、球体の下にあるコンクリートが溶かされていた。
まるで近づく者を拒もうとする意志が働いているかのように・・・
「可憐は離れていて、…能力に目覚めたといっても、この瘴気は危険よ」
「ですが、アリアさんは?」
「私なら平気なハズ…破魔の力があるから」
アリアが発する黄金の光は、邪悪な性質を持つ物に対して絶大な威力を発揮する。…ハズなのだが、彼女の額には薄らと汗が浮き出ており、僅かに顔が引きつっている。
「咲耶、…いま行くよ」
破魔の光を纏って、アリアは瘴気が充満する空間へと歩みを進めた。
「ッ―――!!」
脚を踏み入れた瞬間、身体にへばり付く様にして彼女の行く手を阻んだ。
―(なんて瘴気なの!まるでヘドロの中にいるみたい!それに・・・)
瘴気に対し絶大な力を持っているハズの光が徐々に小さくなっていく。
―(浄化が間に合わない――)
彼女自身が発する破魔の力だけでは、禍々しい瘴気を一掃する事が出来ない。
本来、アリアが有する力は個で使うものではなく、相応しい相棒が居て初めて完全な物になるのだ。
だから、彼女一人ではどうしても・・・
「ッ、ああぁあッ―――!!」
「アリアさん!」
「来ちゃダメ!」
遂に処理が間に合わなくなり、破魔の光を侵食し始めた瘴気が彼女の身体を蝕み始めた。
たまらず駆け寄ろうとした可憐を必死に制止する。
「平気ッ、こんな痛み、咲耶にくらべたら!」
「アリアさん……」
額に脂汗を浮かべながら、それでも歩みを止めない。
身体中に纏わりつくヘドロの様な瘴気がアリアの身を侵していく。
「さくや、…さくや、…さくやぁ」
本来、瘴気は霧状の気体に近い。しかし今、目の前にあるのは、質量を得た瘴気……まるでこの世全ての呪いを顕現させたかのような負のエネルギーの塊だ。
いかに魔界の住人といえど、この瘴気の中を平然と歩ける者は、おそらく居ないだろう。
ヘドロに触れた瞬間、血肉は腐り果て、死をもたらす…
彼女だから……破魔の力を宿すアリアだからこそ、今も形を保っていられるのだ。
「ごめん、…ごめんね咲耶ぁ……今、助けるから……」
透き通るような彼女の肌は、今は見る影もなく黒く染まっている。
所々が完全に穢れに侵され、腐蝕している。
意識が跳びそうになる度に身体に力を入れ、口を噛み、腐蝕箇所を自らの爪で引っ掻き、意識を保とうとする。
そんな彼女の姿を見て、可憐は祈る様に胸の前で手を組んでいた。
―(お願いッ!アリアさんを助ける歌を―――!)
可憐の使徒としての能力、…聖歌は彼女の祈りによって歌が降りてくるハズだ。現に熾輝を助けた歌も彼女の願いによって生まれた。
しかし、いくら祈ろうとも彼女に歌が降ってくる事はなかった。
そうしている間も、瘴気はアリアを侵しつづけ、遂には繭を目前にして膝をついてしまった。
「どうしてッ!なんでなの!今、アリアさんを助けないで、何のためのチカラなの!」
一向に歌が降りてこない自分が許せなくて、思わず声を張り上げる。
だが無理もない。可憐が能力に目覚めてから間が無い。
いかに使徒として目覚めても、力の全てを掌握するなんて事は不可能…本来、力は時間を掛けて己が物にしていくものなのだ。
「さ、く…やぁ」
地に伏しても尚、アリアは手を伸ばす。
すでに立つ力さえ失っていても、最愛の存在へと……
「だ、だれかぁ……だれかお願い!アリアさんをたすけてええぇええ!」
アリアという存在が今にも消えてしまいそうな、その最中、可憐は叫んだ。
この世界にきっとある奇跡に届けと……その刹那―――
まるで奇跡が起きたのかと可憐は目を疑った。
等しく死を与える腐海が真っ二つに割れ、アリアと繭の間に道が創られた。
そして、黒い繭の一部が歪んで出来た窓の様な空間、……その中から出てきた1つの腕がアリアへと伸びた。
「ぁ、……―――ィ?」
混濁する意識の中で彼女は、懐かしい人を見るような表情を浮かべ、その手を取った。
瞬間、まるで優しく誘われるようにアリアの身を浮かし、黒の繭は彼女を招き入れ、そして……再び窓が閉められた。
「…今のは、まさか―――」
その一部始終を目撃していた可憐は、胸騒ぎよりも不思議と安心感を得ていた。
理由は、判らない。
彼女の目の前には、割れた腐海が再び道を閉ざし、今も尚、全ての者を拒み、憎むような呪いが顕現し続けている。
「どうか、アリアさんと咲耶ちゃんを守って下さい―――」
今の彼女には、ただ祈る事しか出来ない。
その祈りは、誰に向けた物なのか…神か、それともアリアを引き入れた謎の人物への者なのか――――
◇ ◇ ◇
―――暗く、暗く、深い闇の中…一切の光が存在しない暗闇の世界
上も下もない、重力が存在しない……
この世界は、何も無い……
そんな世界の中心に彼女、結城咲耶は居た。
―――(…ねむ、い……)
フワフワとした浮遊感が心地よくて、彼女を眠りへと誘っていく。
今の状況だとか、自分の置かれている現状だとかを考えるための思考が働かない。
世界の闇が彼女から、それら全てを呑み込み奪っていくように……
―――(あぁ、…すごく、きもちぃ―――)
快楽的なまでの眠気は、結城咲耶の身も心も、とろとろに溶かしていく。
―――(なにか、大切な事を忘れている気がするけど………もう、いいよね―――)
『ダメ―――!』
考える事をやめて、眠りに付こうとする彼女に声が聞こえて来た。
『諦――いでッ!あの人が――を待っ――る!』
――(…だれ?)
今までに聞いた事のない女の子の声が沈み掛けていた彼女の意識を僅かに浮上させ……
『思い出―て!あな―の大切なひ―を!』
―(大切なひと――――ッ!)
声に誘われるかのように…意識の中で、思い浮かんだ1人の女性、唯一無二のパートナー
「アリアッ!」
最後に見た彼女の表情が鮮明に甦ると同時、咲耶をまどろみから一気に覚醒させた。
「アリア!アリアどこ!」
目を覚ましはしたが、辺り一帯は暗闇に包まれており、今ある自分の状況すら掴めない。
「ねえ!お願い!わたしをここから出して!貴女は―――え?」
混乱するなか、咲耶は自分を起こしてくれた相手に語り掛けた。しかし…
「どこ!どこに行ったの!お願い返事をして!」
咲耶を眠りから救い出した人物は、そこに居なかった。
いくら呼びかけようとも、闇が声を呑み込み、静寂が支配する。
「そんなぁ、どうすれば……」
『彼女は、もういませんよ』
「だれッ――!?」
女性の存在を見失い、途方に暮れていた咲耶の耳に不意に声が掛けられた。
しかし、咲耶はその声に聞き覚えがあった。
『ごきげんよう、結城咲耶さん』
「あなたはッ――」
彼女の視線の先、暗闇から姿を現した人物は、気を失う前に咲耶の目の前に現れた男性であった。
「あなた、いったい何が目的なの!アリアを……アリア、…アリアに何をしたの!アリアが私にあんなこと―――」
『少し落ち着いてください』
癇癪を起した様に捲し立てる咲耶に対し、男は柔らかな声で語り掛ける。しかし…
「バカにしないで!私が何も知らないと思っているの?あなた、私が気を失っているときに、私を操っていた!アリアを利用していた!アリア、あんなに苦しそうにしていた……なのに、私はアリアを……助ける事ができなかった」
かつてない程の怒りを感じながらも咲耶の心は、アリアのことで一杯なのか…次第に涙が溢れだしていた。
『しかし、彼女がアナタを裏切った事実には変わりないのですよ?』
男の言葉に、咲耶はキッと目を吊り上げて睨み付けた。
おそらく彼女の人生の中で、ここまで攻撃的な目を向ける事など無かったであろう。
「アリアが望んであんな事をするハズがない!きっと、あなたがアリアに何かしたに違いない!」
あくまでもアリアを絶対的に信じる咲耶、しかしながら実際にはアリアは自ら敵に寝返って行動を起こしたに他ならない。
『咲耶さん、きみがいくら声高に叫ぼうとも彼女が君を裏切り寝返った事実に変わりはない』
途中までの記憶があるのなら、咲耶にもその事は理解出来ているハズだ。だから男は執拗に事実を淡々と告げる。
『もう一度言おう、…アリアは裏切った。そして君は裏切られたんだ』
まるで冷たいナイフを心臓に突き立てるようにして放った言葉が咲耶を穿つ。
「…だからなに?…裏切ったから、裏切られたからそれが何だっていうの!」
聞き様によっては、ヤケクソ…そこに理論は存在しない。だからこそ…
「女の子を利用する最低なあなたに教えてあげる!わたしはアリアが好きなの!大好きなの!今までも、そしてこれからも!アリアになら何度裏切られても構わない!」
『何度でも?』
「そうよ!裏切られても裏切られても裏切られても!わたしはアリアを信じる!間違えたら怒ってあげるし、いけない事をしたら叩いてでも叱るんだから!」
『………』
小難しい理屈なんか二の次、バカが付くほどに…咲耶はありったけの想いをぶちまけた。
息を切らせる程に叫んだ咲耶の言葉が果たして男に響いたかどうかは定かではない。
しかし、沈黙を守っていた男が不意に表情を緩めた。
『ありがとう。君が彼女のパートナーでよかった』
「え―――?」
思ってもみなかった言葉に荒ぶっていた咲耶は一転、キョトンとした表情を浮かべる。
『あとは、その言葉を彼女に聞かせてあげて欲しい』
「それって、どういう――」
「咲耶!」
男、エアハルト・ローリ―の申し出に対し混乱する咲耶の言葉を遮って、彼女を呼ぶ声が響き渡った。
「あ、りあ―――?」
振り向けば、そこには彼女の最愛のパートナーの姿…アリアが居た。
『やっと来てくれましたか…身体は大丈夫な様ですね』
「ッ!!?―――ローリー?………また偽物なの?」
ローリーの姿をする男を目にした瞬間、アリアは目を疑った。
外で熾輝と戦っているハズの偽物、そして目の前にいる男……いったい何がどうなっているのかと言う疑問が浮上する。
しかし今、このタイミングで出てくるローリーが本物だろうと偽物だろうとアリアには優先しなければならない事がある。
「咲耶に近づかないで!」
「アリア……」
咲耶と男の間に割り込むようにしてアリアがローリーの前に立ちはだかる
「ごめん、咲耶……私は咲耶を裏切った。今更許してなんて言えない…けど、ケジメはつける!」
「あ、アリアまって――」
「大丈夫、咲耶の事は命に代えても護るから。たとえ刺し違えてでも―――」
「待ってよッ!!」
急に現れて話を進めてしまうアリアを咲耶が制止する
「勝手な事を言わないでよ!命に代えても?刺し違えても?……そんな事をされてもちっとも嬉しくないよ!」
「ッ――だけど、私にはそれくらいしか……償い方を知らないんだ」
自分が犯してしまった罪に対し、アリアは命を掛ける事でしか償えないと語る。
それほどに、罪の意識に苛まれてたのだ。
『やれやれ、君は相変わらずだ。…溢れる行動力が周りを置いてけぼりにしているよ?』
「な、なにを知った風な口を――」
『それに、彼女はもう君を許している』
「え―――?」
ローリーに促されるまま、後ろに佇む咲耶へと視線を向けたアリアの息が思わず詰まった。
そこには涙を浮かべならアリアを見つめ返す咲耶の姿があった。
「いやだよぉ、アリア…命に代えてとか刺し違えてなんて…そんな悲しいこと言わないでよ」
「さ、くや――」
「傍にいてよ、ずっと一緒にいてよ…私が、…私がアリアを守るから……だから……」
嗚咽交じりに一生懸命にアリアへ向けて精一杯の想いを伝える。
「わたしは……」
裏切ってしまった―――
その罪は決して消えない。今のこの危機的状況を作り出した一旦は、彼女にあるのだ。
自分の身勝手な願いのために咲耶を…そして皆を巻き込んでしまった。
許されない…許されてはならない…自分は苦しむべきなのだ―――
「それでも、私は自分が許せない・・・だから―――」
「だったら、その苦しみを私にも分けてよ!アリアが悲しいのなら一緒に泣きたいの!アリアが嬉しいときは一緒に笑いたい。アリアが怒った時は一緒に怒りたい。間違った時はお互いに注意をして、……アリアが、アリアが―――」
咲耶はアリアの手を取って、必死に訴えかける。
―(あぁ、…私はこの光に救われたんだ。…この真直ぐで優しい光に…何度も―――)
「だからお願い…帰って来てよぉ」
「………いいの?私は咲耶を裏切ったんだよ?」
「いいんだよ!私は許すよ!」
「皆のことも裏切った」
「私が一緒に謝ってあげる!何度でも!許してもらえるまで!」
ここへ来る前に少女たちは、今の咲耶と同じことを言ってくれた。
これ程までに自分を大切に思ってくれている人達を裏切って、いったい自分は何をしているのだろう。
その優しさに触れただけで、彼女の胸は張り裂けそうになり、止めどなく溢れ出る涙を抑える事が出来なくなっていた。
そんな罪の意識さえも少女は包み込んでくれる。
「か、えりたい、……咲耶のところに……みんなの、ところに帰りたいよぉ」
顔をグシャグシャにして涙を拭う。
そんな彼女を少女は、力一杯抱きしめる。
「帰っておいで。ううん、…お帰りなさい、私のアリア」
「ただいま、……ただいま咲耶っ!」
少女の小さな胸の中で泣きじゃくる彼女の呪い―――
千年以上つづいた孤独と言う名の呪いがゆっくりと浄化されていく―――
そんな彼女たちを静かに見守っていた男は……
『やっぱり、君でよかった。……君になら託せる。アリアを…そして私の、エアハルト・ローリーの全てを』
「まって、何を言っているの?彼方はローリーの何なの?」
『本物のエアハルト・ローリーは、千年前に死んだ。私は言うなれば彼の一部…思念体だ』
「「ッ!!?」」
思念体…そう言った男は驚く2人を前に薄く笑った。
『外に居る彼の事があったから、色々思うところはあるだろう。……だけど、まずは私の話を聞いて欲しい。何故エアハルト・ローリが魔導書を作ったのか、何故私の記憶を引き継ぐ彼が居るのか、何故私がここに居るのか……それら全てを理解しろとは言わない。ただ心に留めておくだけでもいい』
「どうだろう?」と問いかける思念体の提案にアリアは頷く事が出来ない。
彼女は一度、ローリーの偽物に騙されているのだから・・・
「わかりました。……教えてください」
「ッ、サクヤ?」
咲耶とて目の前に居るローリーの思念体を名乗る男を完全に信用している訳では無い。
いくら優しくて夢見がちな彼女でも、そこまでおめでたくはない。
「聞くだけならタダだし!お話を信じるかは、聞いてから決めればいいじゃない?」
「……たくましくなったわねぇ」
相手が騙そうとしているとか、駆け引きだとかは、この少女の頭の中にはない。
あるのは、ちゃんと相手の話を聞いてどうするかということ。
損得勘定を計算に入れて、どうすれば有利になるかと考える熾輝とはまた別の思考回路だ。
「それに多分だけど、…大丈夫だと思うの」
「え―――?」
大丈夫だと言った彼女が、これ以上言葉を紡ぐことはなかった。
『ありがとう。……それでは話そうエアハルト・ローリーにまつわる真実を――――』
エアハルト・ローリーが作り上げた魔導書、そして記憶を引き継いだ空閑遥斗…それら全ての出来事は、誰もが予想しえない悲劇から始まった―――
◇ ◇ ◇
「―――ねぇ、熾輝くん…僕には兄と姉がいたんだ」
膝を着く熾輝を前に、どこか遠い目で少年…空閑遥斗は語りだす。
「兄妹といっても血の繫がりはない。僕等はDNA的には赤の他人…同じ研究施設、同じフラスコ、同じ人工母体で造られた」
「人造、人間――?」
「そう、ホムンクルス…製造番号18009番、それが僕がこの世に生まれて付けられた最初の名前さ」
人造人間・・・遥昔から魔術師の間で定められてきた禁忌
DNA操作によるクローン技術は、表の世界でも国際法によって禁じられている。
それを意にも介さず研究し続けてきた組織、それが暁の夜明け―――
「さっきも言った様に僕の一族…というよりも僕ら兄妹の中で一番優秀な個体は、暁の夜明けの宗主として組織を存続させる義務をおっていた」
「優秀な個体……そのための蟲毒か」
「ご名答……ホムンクルスと言っても、僕らにも心があるんだ。昨日まで同じ釜の飯を食べて来た兄妹をこの手で殺め…そして生き残ってきた」
「遥斗、お前は・・・」
熾輝と同じ年の少年の過去を聞いただけで同情の念が込み上げてくる。
「おいおい、同情なんてよしてくれよ?言っておくけど、その事について僕はどうとも思っちゃいないんだ」
「・・・・」
失笑を浮かべながら、遥斗は語る
「僕が許せないのは、僕以上の才能を持った者が存在する事に対してだ。別に生まれた環境が酷かったとか兄妹を殺さなきゃならなかったとかは、別にどうでもいいんだ」
そう語る遥斗の顔は、露ほども興味が無いとでも言いたいように邪悪に歪められていた。
そして、熾輝は悟った。目の前に居る生き物は、自分以上に壊れているのだと―――
「まぁ、そんな事があってね。僕は同世代、…いや、過去類を見ない程の能力をもった個体として次期宗主として選ばれた。そんな僕の傍仕えとして選ばれたのが刹那と剛鬼だったわけさ」
遥斗の話から推察するにおそらくは、彼等も人造人間だったのだろうと熾輝は思い至る。
「僕は次期宗主として、ありとあらゆる教育……というなの実験を受けた。もちろん選ばれし者の僕だからこそ、どんな実験にも耐えられた。その他の有象無象は、そのどれにも耐える事が出来ず廃棄されたけどね」
如何に自分が優秀なのか、それを判らせたいらしく…話の節々に自慢話を挟んでくるのは、相変わらず。
しかし、遥斗の自慢話よりも組織のありように対し、やはり潰れてもらって良かったと、今更ながら清十郎に感謝の念を抱く。
「そんなある日、組織はとんでもない聖遺物を手に入れた」
「それが、アカシックレコード」
「そう、それにはエアハルト・ローリーの記憶が刻まれていた。彼の思想、彼の技術、彼の魔術、その全てが」
当時の事を思い出すかのように、自分の語りに酔いしれながら遥斗は続ける。
「その中の1つに、反魂……死人を鬼に変える技術が内包されていた」
「エアハルト・ローリーが禁術の研究を?」
ローリーの伝記、そしてアリアから伝え聞くエアハルト・ローリーの人物像からは、到底信じられない事実だ。
「ローリーも魔術師、なら知識の探求欲には抗えないのは当然だろう?」
確かにと思う…何故ならローリーの書に記されている術式の中には、明らかに禁術すれすれの代物が幾つも存在する。
「だから、僕は作ったのさ…血肉を持たない最強の式神を!刹那を、剛鬼を殺して僕だけの従順なる下僕をね!」
優秀な手駒が欲しいがために兄妹を殺したと自慢げに語る。
たとえ血の繫がりは無くとも、同じ釜の飯を食べて、同じ運命の下で生きて来た2人の人間を―――
「死して鬼になる……さながら死鬼神…か」
「へぇ、なかなかいいセンスをしているね。…面白い、なら僕の死鬼神と君の式神、どちらが上か勝負といこうか?もっとも、結果は視えているけどね。魔術を行使できる僕の死鬼神たちは、そこいらの量産品とは格が違う。羅漢という式神も中々強そうだったけど、本気になった剛鬼の敵じゃあないし、言っちゃあ悪いけど、あの式神童女…双刃っていったかな?アレ何てワンパンだよワンパン」
話し始めたら止まらないのは相変わらず
熾輝の同意なんて最初から求めてはいない。
勝手に話をまとめて、勝手に進めていく。
なによりも彼等式神たちの戦いは、とっくに始まっているのだから、今更勝負もへったくれもない。
一通り話し終わって満足した遥斗は、「だけどまぁ」と前置きをすると・・・
「彼等の勝敗が決する前に、君は死ぬんだけどね」
そう言った直後、遥斗の杖が怪しく光った。
展開された魔法式は、単純な簡易式…炎を表す△
「君程度を殺すのに高度な術は必要ない。ゴミには相応しいゴミ魔法で焼却処分してやるよ」
―(ッ、ここまでか)
禁じ手によって蓄積された肉体のダメージ、扱えない仙術に頼り自傷した右腕、度重なるダメージ…それら全てが熾輝の身体を蝕み、攻撃の回避すらも出来ない状況へと帰結する。
―(みんな、ごめん)
ここまで辿り着くために様々な想いと誓い…それらすべてを背負ってきた。
本気で挑み、その全てを跳ね除けられても、挑み続けた…時間稼ぎや自己犠牲、確かにそれも視野に入れていた。
だけど、根子のところで、勝ちたいと願う想いもあった。
だが届かない…圧倒的なまでの力の差が熾輝と遥斗の間にはある。
もはやこれまでと諦めかけたその時・・・
「熾輝くんは、わたしが守る!」
「ッ―――!!?」
迫りくる炎と熾輝の間に割り込んだ影から発せられる光が火炎放射器の様に放出される熱を遮断する。
その様を遥斗は「ほう」と感心と呆れの混じった溜息を漏らす。
「燕、なんで!?」
彼女には、戦いから遠ざかってもらうためコマの救出という名目の役割を任せていた。
そのハズなのに…
「熾輝くん、私を侮って貰っちゃ困るよ?また、1人で背負いこもうとしていた事くらい判っているんだから」
熾輝の行動パターンなどお見通しと語る燕は、容赦なく浴びせられる炎の猛威に対し、内に宿る神気を放つことで打ち払った。
「やるねぇ、細川さん…いや、明神と呼ぶべきかな?」
「ミョウジン?……明神だって!?」
遥斗から発せられた燕を呼称する名に熾輝は驚愕する。
その様子に「おや?」と疑問符を浮かべながら遥斗は続ける。
「もしかして、知らなかったのかい?彼女の能力の事を」
燕の能力…それは神をその身に降ろす破格のチカラ【降臨術】
熾輝は、ここへ来る前に真白様から彼女が能力に目覚めていた事を知らされていた。
そして思い出す、真白様の言葉を……
『燕の身体に降りて敵と戦っていた~~』
今更ながらにして気が付いた。
あのとき、危機が迫っている状況下で余計な事を考えている余裕は無かったにしろ、ヒントは散りばめられていたハズ…
今も尚、彼女から発せられている力は、オーラに似て非なるもの…神々しく輝くその力は神力…神威を顕現する力
「どうやら、神使たちから僅かにでも神力を分けてもらったみたいだけど……所詮は中身のない入れ物、二人まとめて僕の前から消えてなくなれ」
それがトドメの一撃だった。
もはや余計な言葉も一切の油断もない無情なる一撃
熾輝と燕を中心に地面に展開される魔法式……
「ッ―――、やめろ遥斗!燕に手を出すな―――」
「さようなら、哀れな人…君には結局、何も守れやしないんだよ」
その言葉を最後に大地から天へと向かって巨大な火柱が上がった。
その炎は熾輝と燕を呑み込むと、尽きることなく燃え続ける。
「さて、これ以上は本当に儀式が台無しになってしまう。まぁ、祭壇に向かった彼女たちに何か出来るとは思わないけど、急ぐとしよう―――」
懐から出した懐中時計で時間を確認する遥斗…時刻は午後11時30分を少し過ぎたころ
魂魄融合の発動条件が揃う午前零時までは、まだ余裕があった。
目の前で燃え上がる火柱を名残惜しんで見る素振りすら見せず、身を翻して歩を進める。…そんな遥斗の足が止まった。
突如として襲ってきた悪寒、身体中の細胞が危険信号を発するかの如くブツブツと鳥肌が立つ―――
一瞬にして黒いインクをぶちまけたかの様に意識が恐怖に染め上げられる。
この不可解な現象の正体を辿る様に彼の背後で今も燃え上がり続ける火柱へと勢いよく振り向いた。
魔術は依然、変わらずに効力を発揮し続けているし、今の今まで感じていた悪寒も一瞬にして消え去っている。
彼が感じた恐怖もホンの一瞬だけ…それなのにこの腹の底からせり上がる気持ちの悪い感覚だけは拭い去る事が出来ない。
「いったい、なんだったんだ―――」
事の全てを気のせいだとして、片付けようとしたその刹那、彼の目の前で天を貫く炎の柱が内側らか爆ぜた――――




