第一五七話 二人の式神
熾輝の目の前に現れたのは、かつて彼の両親が使役していたとされる式神羅漢だった。
この街に来る途中、彼の眼の前から姿を消して以降、行方知れずになっていた羅漢が突如として現れた事に驚く一方で…
「なッ!?テメェ何者だ!?」
予期せぬ乱入者に困惑する刹那と剛鬼は、互いに放った必殺の一撃を片手で制した漢に危機感を覚える。
「男が徒党を組んで女子供を襲うとは、恥ずべきことだ」
「ア゛ア゛ッ!?質問に答えていな―――」
「そして、女もまた、争いを好ましく思ってはならない」
「い、いったいなにをッ―――!?」
羅漢流、男と女の在り方を説いた直後だった。
鷲掴みにしていた武器を振り回し、2人まとめて投げ飛ばした。
―(相変わらず、なんて出鱈目な馬鹿力だ・・・)
過去、幾度となく羅漢と共に戦場を駆けて来た双刃は、彼の実力を理解していたが、その出鱈目な腕力は、いつ見ても呆れかえってしまうのか、思わず溜息が漏れた。
もっとも、好き好んで共に戦場を駆けて来たのかと問われれば、お互いに否と答えるだろうが、今は割愛するとしよう。
「立て八神熾輝、漢がいつまでも地べたに這いつくばるものではない」
「……はは、久々に会ってそれか」
問答無用で立つように指示する羅漢に対し、若干困惑すると同時、なつかしさを感じるその横で、「貴様!主に対し何たる無礼を!」とキーキーと怒り出す双刃の姿があった。
―(あぁ、…懐かしい)
彼等と過ごした時間は、長くは無かった…しかし中国に居た頃、3人で集まっていたときは常にこんな感じだったのだ。
そんな他愛もない思いでを懐かしんだだけで笑いが、力が込み上げてきて…
「うおおおおおおぉおおおおおッ!」
肉体を縛る制限を無理やり外す本日2度目の禁じ手、ライオンハートとドラグーンの合わせ技を発動させた。
「はあッ!!」
熾輝を大地に繋ぎとめていた不可視の鎖を無理やり引きちぎり、再び立ち上がった。
しかし禁じ手と言うだけあって、肉体に掛かる負荷は相当なものだ。
熾輝が先の戦いでこの技を使えなかったのは、単純に隙が無かったからだ。この技は、ただ吠えれば良いという物ではなく、それ相応に下準備が必要になってくるのだ。
そしてこの技、負荷を最小限にするために、持続時間は一瞬に留めなければならず、連続使用は文字通り破滅を意味する。
なんとか遥斗の呪縛から逃れた熾輝は、肉体を襲うノックバックに視界を揺らされ、ふらりと倒れかかる…
「熾輝さま!」
慌てて駆け寄った双刃が熾輝を支えることに成功した。
「…情けない、漢が女の肩を借りるとは」
「なッ、貴様!なんたる言いぐさだ!だいたい今まで何処をほっつき歩いていた―――」
恒例のやりとりが再び始まるかに見えたそのとき、突如飛来した魔力弾が羅漢に直撃し、ドカンッという衝突音と共に爆炎が巻き起こった。
「ッ――!羅漢!」
「おいおい、言い争いは他所でやってくれないかな?」
上半身が爆炎に包まれる羅漢を視界に入れて驚愕する熾輝に遥斗がイライラとした声音で話しかける。
「いい加減うんざりだ。君たちの友情ごっこにこれ以上は付き合ってはいられない。僕にはやるべきことがあるからね―――」
「己が私欲のために、か弱き乙女を害する者を漢として見過ごすわけにはいかない」
「なッ――!?」
身勝手な言い分をペラペラと並べる言葉を切り捨て、爆炎を力技で振り払いながら羅漢の鋭い眼光が遥斗を射抜いた。
「驚いた…まさか僕の魔術をただの力技で振り払うとは…」
目を見開き、爆炎の中から顔を出した羅漢の身体に火傷どころか傷ひとつとして負っていない事に驚きを通り越して感嘆の声を漏らした。
「いいねぇ、君の事を欲しくなっちゃったよ。どうだい?僕の式神になる気はないかな?」
「貴様の様な外道に従うつもりはない。元より私は誰の下にも付かない」
「へぇ、…でもさ、そんな事いつまで言っていられるかな?霊的知性体と言っても所詮は霊体、主を持たないんじゃあ、その力はたかが知れている」
遥斗は自分を絶対的強者だと信じて疑わない。
だからこそ、目の前の式神も力で屈服させるつもりでいるのだ。
「もしかして、そこに居る出来損ないを主にでも据えるつもりかな?」
そういって、遥斗はボロボロの状態で双刃に支えられている熾輝に視線を向けた。
「止めた方がいい。こう言っちゃあなんだけど、彼は君が仕えるに値する人間じゃあない。魔術も使えず戦う才能だって皆無の役立たず」
見下し、嘲笑うかのように熾輝を評する遥斗・・・ペラペラと回りだした舌が止まらないのか、熾輝に対する侮蔑は続く。
「何を勘違いしたのか、何の力も持たないクズが僕の前に立ちはだかるなんて、身の程知らず!僕と言う選ばれた人間の領域に足を踏み入れようとするだけでも恐れ多いと言うのに、身の丈に合わない理想を抱き、無謀にも挑んでくる愚か者!頑張れば魔術を使える様になるかもしれないと思ったか?努力すれば強くなれると思ったか?……なれねぇよバーカ!お前みたいな矮小で何の役にも立たないゴミは、そうやっていつまでも誰かに守られていなければ生きていく事すら出来ないんだからなあぁ!」
クズだ愚か者だバカだゴミだと言いたい放題の遥斗の言葉を羅漢が冷めた眼差しで聞き流す一方で、青筋を浮かべ奥歯をギリリと噛みしめる双刃は、爆発する寸前だったが・・・
「…だ、……ま、れ」
それは、耳を澄まさなければ聞き逃してしまう程の音声だった。
しかし、ここに居る誰しもが彼女の声を聞き逃す事はなかった。
それ程に、彼女の声には心がこもっていたからだ。
「わ、たしの、……わたしの大好きな、人の……悪口を言うなああぁああッ!」
少女の魂を込めた叫びが響き渡ると同時、神聖なる力が邪悪な魔術師の戒めを打ち破り、そして…。
「そう、・・・です!わたくし達の、お友達をこれ以上、…侮辱することは許しません!」
その想いは伝播するかの如く、彼女らの力を開放させてゆき・・・
「アンタは、…やっぱりローリーじゃない。本物のローリーは、そんな下品じゃない!何よりも誰かのために魔術を生み出す凄いヤツだった!」
熾輝ですら遥斗の魔術を打ち破るのに必死だった…にも関わらず、まるで想いの力だけで強大な力を跳ね退けてしまっているかの様にしか見えない。
神の力の一端をその身に降ろす降臨術によって、神気を纏う燕―――
世界に12人しか存在しない神の子としての力、聖歌をその身に宿す可憐―――
あらゆる邪悪を滅ぼす破邪の力、黄金の光に身を包むアリア―――
3人の女性は、それぞれの意志によって邪を跳ね除けた。
「ははは!すごい!すごい!まさか僕の魔術がこうも次々に破られるなんて!」
彼女たちの意志に反し、嬉々とした様子で拍手を打ち鳴らす。
「でも、…さっきも言ったろ?友達ごっこに付き合っていられないって」
瞬間、遥斗の内から強大な魔力が漲った。
彼の傍らには、先ほど吹き飛ばされるも体制を立て直した刹那と剛鬼の姿…
「もう君たちと遊んでいる時間が無い。間もなく…零時をもって僕は結城咲耶の身体を手に入れる。何をしようと無駄だ。例え羅漢とかいう式神の力を使役しようとしても、そんな時間をくれてやりはしない」
今までにない程の本気を遥斗から感じる。
彼に付き従う2人の式神も同様で、明らかに目つきが違う。
「さぁ、愚かにも僕に挑んだ報い…その命を持って償―――――え?」
「「「「!?」」」」
不意に湧き上がる疑問符……その場の全員が何が起こっているのか理解できていない。
遥斗を中心に半径数メートルを境に引かれた黒い靄のような境界線、それが一瞬にして立ち上り、円形のドームの様に遥斗と刹那、剛鬼を呑み込んだのだ。
「いったい、何が起きた―――?」
目の前で起きる不可思議な現象、察知能力に自信があった熾輝ですら、その予兆を感じ取ることが出来なかったのだ。
しかし彼の目の前には依然、そびえ立つ不気味な黒いドーム……しかし、その正体は直ぐに判明することとなる。
『ケケケ!まったく情けねぇ!』
「ッ!?この声、ベリ――」
『おおっと、そのまま黙って聞けえい!』
ベリアルと叫びそうになった熾輝の声を切って、要件を述べ始める。
『奴らの動きを封じた…が、もって2分が良い所だ』
―(2分――)
ベリアルが提示した時間は、熾輝たちが撤退するには十分な時間だ。
しかし、この状況で撤退するという選択肢は熾輝の中には無かった。
何故なら彼の大切な友人…咲耶が未だに捕われたままなのだ。
だが、ベリアルはそんな熾輝の考えを知ってか知らずか、必要な要件だけ述べていく。
『この2分をお前がどう使おうと俺様には関係ないが、一応監視役を任された以上は、手を貸せるのはここまでだ。…あとは自分で決めろ―――』
一切熾輝に喋らせることなく、ベリアルは自分の言いたい事だけ言うと、通信を一方的に切った。
「熾輝さま…」
傍らでは熾輝を心配そうな目で見る双刃と燕たちの姿・・・
それも当然だろう、ベリアルとの交信で突然声を上げたと思ったら、そのまま黙ったままの状態だったのだ。
これを不思議に思わないハズがない。
「あ、あぁ…大丈夫…なんでない」
今、この状況において余計な情報を開示するのは、かえって混乱を招くだけだと判断した熾輝は、何でもない素振りをした。
そして、考える……ベリアルが与えた2分という時間をどのように使えば良いのかを――
最優先させるは、咲耶の奪還……しかし、それには遥斗たちを食い止める役目と救出に向かう者を選定しなければならない。
たとえ自分の中で考えがまとまったところで、彼女たちは、それを受け入れてくれるだろうか……
様々な考えが一気に押し寄せ、それらが渾然一体となって頭の中に駆け巡る。
―(クソッ……考えがまとまらない!)
焦りが先行し過ぎて余計に状況を悪くしていく。
時計の針は刻一刻と進んでいき、2分と言う猶予を無駄に浪費していく。
「八神熾輝、漢は常に冷静を心掛けなければならない」
不意に紡がれる漢の声が思考の沼に沈み掛けていた熾輝を引っ張り上げた。
「顔を上げろ、お前の眼には何が視える?」
「何がって・・・」
羅漢に言われるままに周りを見渡せば、不安に苛まれながらも黙って熾輝を見つめる彼女たち・・・
「みんな・・・」
燕、可憐、アリアそして双刃の顔を見た途端、グチャグチャに絡まっていた思考の糸が一気に解けた。
「そうだよね、…まずは咲耶を助けなきゃ」
自分を信じてくれている―――
そこに言葉は要らなかった―――
何故なら此処に居る全員が、たった1人の友達を助けたいと思い、そして集まった。
そして・・・
―(不甲斐ない僕を信じてくれている。…なら僕は―――)
熾輝は深く深く息を吸って、気持ちを落ち着かせる。そして一泊、心に、その瞳に覚悟を宿して……
「双刃そして羅漢、…お願いだ、僕の……八神熾輝の式神になってくれ」
「ッ―――!!」
「………」
熾輝の発した言葉に、双刃は己が耳を疑った様に驚き、そして羅漢は黙って見つめ返す。
「今更虫のいい話だって事は判っている。だけど……僕は…僕だけの力じゃダメなんだ。目の前で大切な友達が理不尽な目に遭っているのに、助ける事が出来ない……だから!」
限られた時間で言葉を尽くす事は出来ない。
その代り心を尽くすように、目一杯の想いでぶつかる。
今は自分の顔を見る事が出来ないが、きっと傍から見たら情けないくらい…それこそ子供の様に泣きそうな顔を浮かべているのだろう。
「熾輝さま、双刃の心は最初から決まっています。…もちろんです!いいえ!双刃を熾輝さまの式神にして下さい!」
「双刃……」
思えば…彼女は、ずっとこの日を待っていたのだろう。
初めて会った時からずっと熾輝の傍に寄り添い献身的に尽くしてくれていた。
いったい何故彼女がここまで自分に忠義を尽くしてくれるのかは、今の熾輝には判らない。
しかし、ポロポロと喜びに涙する彼女を見て、不思議と熾輝も嬉しくなった。
そして羅漢は・・・
「私は、誰の下にも付かない」
彼の意志を変える事は出来なかった。
そんな羅漢の言葉に困惑する一方で、初めて彼と逢った日に自分が彼等に対し、何を言ったのかを今でも覚えている。
―『要りません』
彼等の事をこれっぽっちも考えていない……酷い言葉で傷つけてしまったのかもしれない。
「羅漢さん…」
そこへ、可憐が不意に言葉を紡いだ。
「お願いです。どうか熾輝くんに力を貸してあげてください」
「エンジェル……」
まるでお互いを知る者同士の様に話をする2人のやりとりに熾輝は、疑問を覚えつつも黙って2人の話を聞く。
「熾輝くんは、今まで何度も…それこそ命懸けで私たちを守ってくれたんです。大怪我を負った事もありました。死んでしまいそうになった事もありました。それでも熾輝くんは、いつだって、どんなときだって私たちのために―――」
懇願する可憐の目からポロポロと涙が零れ、頬を濡らす。
「そんな熾輝くんが、羅漢さんや双刃ちゃんを不誠実に扱ったりなんかしません。……だから、だからどうか……お願いしますっ」
「わ、私からもお願いします!」
「私も!裏切った身でこんなこと…今更許されないけど、どうか熾輝に力を貸して!」
深々と羅漢に対し、頭を下げる彼女たちを前に、羅漢は沈黙する…が、それも僅かな間だけだった。
「男は、最初から漢ではない。………漢になるものだ」
羅漢が漏らしたその言葉の意味を熾輝は最初、理解する事は出来なかった。
しかし、ややあって……
「八神熾輝、お前を漢として…友として認めよう」
「っ!―――羅漢、いいの?」
「漢に二言はない」
とどのつまり、YESと…式神となる事を認めてくれたのだ。
「いいか、八神熾輝…漢は決して女を泣かせてはならない。そして、如何なるときも如何なる相手だろうと女を守り抜くのが漢だ」
「うん、うん!約束する。決して羅漢を裏切るような漢にはならない!」
おそらく、羅漢なりの葛藤はあったのだろう。
しかし、彼を説得するには熾輝だけでは不可能だった。
いつも熾輝を見守り、信じてくれていた彼女たちが居てくれたからこそ、羅漢は認めてくれたのだ。
「きっと、これから色々と迷惑を掛けるかもしれない。……でも、決して2人を裏切る事だけはしないと誓うよ!だから、……これから宜しくお願いします」
「コチラこそ、幾久しゅうお願い申しげます」
「お前の生き様、見定めさせてもらう」
今、この時をもって、亡き両親が残した形見が、比翼が八神熾輝と言う1人の少年の手に託された瞬間だった。
そして熾輝は、双刃、羅漢との盟約をする前にアリア、可憐、燕にそれぞれの役目を申し向けると、彼女らは迷うことなく2つ返事で了承してくれた―――
◇ ◇ ◇
黒いドームに亀裂が入る。
ベリアルが遥斗たちを封じ込めるために発動させた術式の効力が限界を迎えたのだ。
裂け目はドーム全体へと広がり、やがて瓦解した。
バラバラと砕け散る黒いドームの破片が地に付く前に虚空へと霧散し、中からはイライラと不機嫌を前面に押し出した表情を浮かべる遥斗の姿が現れた。
「いったいなんだったんだ……ん?」
状況を掴めていない様子で瓦解したドームから出た遥斗がまず目にしたのは・・・
「――盟約は完了しました。これより我らは、熾輝さまの剣となり盾となります」
熾輝の傍らで膝を付き主従の礼を尽くす双刃と…威風堂々と立つ羅漢
彼等の周囲には、円舞曲を踊るが如く、まるで蛍火のように紅蓮の粒子が舞っていた。
それは、フワフワと不規則に舞うのではなく、規則的に…熾輝の鼓動に共鳴するように一定の間隔で空間に広がったり縮んだりを繰り返す。
円舞曲の終わりを告げる様に紅蓮の粒子という名の踊り手は、空間から姿を消していった。
「契約を交わしたか。そんな事をしても無駄なのに。それに―――」
遥斗は、突如として魔力を漲らせ、魔法式を構築した。
大杖の先端を校舎屋上へと向ける
「逃がさないよ」
遥斗の視線の先…そこには、使徒としての力で背中に羽を生やした可憐が大杖を抱きかかえて屋上へ向かって上昇している最中であった。
構築された魔法式が怪しく光り、無防備な可憐に狙いを定めて撃ちだされる…その刹那
―(視ろッ――!!)
遥斗が構築した魔法式…その全てを暴く眼力が見開かれた
「羅漢!」
「同期を確認――」
撃ちだされた魔弾が一直線に可憐へと迫り、直撃すると思われた。…しかし、遥斗が放った魔弾は、可憐に届く手前で他方向から飛来した何かに阻まれて空中で爆ぜた。
「なんだと!?」
確実に可憐を撃墜できると思っていた遥斗の表情が驚愕に染まった。
飛来物の軌跡を辿れば、羅漢が魔弾に何かを飛ばした様に見えた。…しかし、その何かまでは判らなかった。
その僅かな時間が校舎屋上へと消えていく可憐をみすみす逃す事となった。
「クソッ、何がどうなっている!剛鬼、彼女を止めろ!儀式を邪魔させるな!」
言った直後、剛鬼は校舎入口へと駆けた。そして…
「羅漢!奴を止めてくれ!」
「了解した」
校舎入口まで迫っていた剛鬼に向けて羅漢が地を蹴った瞬間、彼の脚力に耐えきれず大地が爆ぜた。
凄まじい土煙を巻き上げ、物凄い勢いで剛鬼へ迫る。
「エンジェルに手出しはさせん」
「んなッ―――!!?」
まさに一足飛びで剛鬼に追いついた羅漢は、剛鬼の頭を鷲掴みにすると勢いを殺す事もせずにそのまま校舎へと突っ込んでいった。
校舎内の壁や下駄箱といった遮蔽物をものともしない勢いで、突っ込んだため、凄まじい衝突音だけが熾輝たちの耳に届いてくる。
「チィッ!役立たずめが!刹那、判っているな!」
「もちのろん!」
脚を深く屈伸させてた刹那は、屋上に照準を合わせた。…と同時、魔法式が構築される。
「鈍足な剛鬼とは違うのだよ!私はブッ―――!?」
跳躍のために力を溜めていた刹那が飛び上がろうとした瞬間、彼女の横っ面が蹴りぬかれた。
跳ぶために溜めていた力が見事にカウンターとして決まり、刹那の身体を校庭の彼方へと吹き飛ばす。
「熾輝さま、あの下郎は双刃が相手をします」
「あぁ、任せたよ」
「どうか、熾輝さまもお気を付けください」
今までと違った雰囲気…主を持たなかったときの彼女とは何かが違う。
たとえ姿形が変わらずとも、内面から湧き出るオーラには成熟した深みが感じられた。
苦虫を噛み潰したように悔しさが滲み出た表情を浮かべる遥斗の横を悠然と通り過ぎ、双刃は己の戦場へと赴く。
そして残されたのは・・・
―(みんな、頼んだよ・・・)
勝ち目が視えた訳ではない。しかし、漢にはやらねばならない時がある。
ただ1人の友を救うため、みんなが熾輝を信じて動いてくれている。
なら、自分に出来ることは・・・
冷静に、冷酷に、冷徹に出来る事と出来ない事を割り切った熾輝は、僅かな時間を稼ぐために強敵に立ち向かう。
「これで、一対一だ」
「タイマンなら僕に勝てると言いたいのかい?…図に乗るなよ!さっきまで一方的にやられていた雑魚の分際で!」
何もかもが思い通りにならない事に、いい加減うんざりした遥斗は、激昂しながら魔法式を展開させた。
「まったく、どいつもこいつも使えない!せっかく力を与えても何の役にも立ちゃあしない!」
放たれる殺意の篭った魔弾が熾輝へと迫る。
それを横っ跳びに回避した直ぐ傍から連続して展開される魔法式
つづく連射も照準から身を反らし躱していく。
「刹那と剛鬼の事を言っているのか?」
放たれる魔弾を躱しながら問いかける
「当然だろう?アイツらは僕の下僕…いや道具なんだから、言われた事を確実にこなしていればいいんだよ。それが出来ないなら、せめて僕のために死ねばいい」
己の式神である刹那と剛鬼を道具扱いする遥斗、熾輝にとって彼等は敵であり、大切な人たちを傷つけた憎い相手…ただそれだけのハズだった。
「式神は、道具なんかじゃない」
「はいぃ?」
「彼等にも心がある。盟約で主従関係を結ぼうとも、そこに本物の絆が無いと彼らの本領は発揮されない」
「……心?…絆?……ぷ、はははははは」
魔弾の雨を放っていた遥斗が狂ったように笑い、熾輝はその全てを回避しつつ射抜く様な視線を向けた。
「何を言うかと思ったら、君がそれを言うのかい?心を持たない君があぁ!」
激しさを増す攻撃に晒されながら、熾輝は沈黙する。
「道具とは、必要な時に必要に応じて必要な効果を発揮する物!それが出来ないのなら必要価値はない!」
式神は、あくまで道具……その考えを捨てない遥斗には、いくら言葉を尽くしたところで理解は得られない。
そもそも、彼の言うように心を持たなかった熾輝の言葉に重みは無いのだ。
「道具……道具にするために2人を殺めたのか?」
「……へぇ、――――」
言葉の真意に気付いた遥斗は、感嘆の声を漏らし、それと同時に僅かに攻撃の手を緩めた。
その僅かな隙を見逃すまいと、弾幕を掻い潜るように間合いを一気に詰める。
「驚いたよ。まさか、僕の式神の正体に気が付いたとはね」
「最初は、半信半疑だった。だけど、仮設を立てていく内にソレしか考えられなかった」
弾幕を抜け、間合いに入ったところで一気に連撃を叩きこむ。
「ッ―――!」
「無駄無駄無駄ああぁ!いくらやっても君じゃあ僕の障壁は破れないんだよおお!」
放った熾輝の攻撃をことごとく遮断した防壁には、傷一つ付かない。
それどころか攻撃の手を緩めたと思っていた隙は、逆に熾輝を誘い込むための罠だった。
「しまっ―――!」
周囲に散りばめられた魔法式が熾輝を取り囲むように展開している。
逃げ場はない―――
「チェックメイト!」
漆黒の大杖を横に薙いだ瞬間、魔法式が起動し、いっせいに熾輝へと襲い掛かり小規模な爆発が起きる。
完全に仕留めた。……そう思っていた遥斗は、煙の中から現れた熾輝をみて、忌々しい表情を浮かべた。
「………ゴキブリ並の生命力だな」
吐き捨てる遥斗は、まるで害虫を見るような目で熾輝を見下す。
しかし、流石に攻撃を受けすぎた。……熾輝はフラフラと覚束ない足取りで、ようやっと立っている状態だ。
「――――式神を創り出すには、核となる霊体と媒介となる憑代が必要だ」
危機的状況下でも、熾輝は喋ることを辞めない。
「刹那と剛鬼、魔術を扱える二人の式神を創り出すために必要な霊体、……魔力核が離れる以前の、……死んだ直後の、…人間の―――痛ぁッ!!」
息も絶え絶えに続ける熾輝を一筋の魔弾が襲い、吹き飛ばした。
「時間稼ぎのつもりかい?見苦しいったら、ありゃしない。………まぁいい、雑魚の分際で頑張った君に敬意を表して、続きは僕が語ろう―――」
熾輝の考えなど、お見通しだとでも言いたいかのように遥斗は語りだす。
刹那、そして剛鬼の出自を・・・・
◇ ◇ ◇
学校の敷地内、その各所で激しい音が響き渡る。
―(くッ――!いったい何が起きている。…戦況は―――)
剛鬼との戦闘によって深手を負ったコマは、自身で出来る限りの応急処置を施していたが、正直なところ存在を保つので手一杯だった。
霊力の不足によって視界がぼやけ、視力がほとんど働いていない。
そんなコマの元に近づいてくる足音が聞こえる。
「コマさん!」
「ッ――!お嬢か?無事だったか!戦況はどうなっている!」
「大丈夫、みんな無事だよ。右京は動けなくなって実在から離れているけど、心配ないみたい――」
近づいてきた足音、その正体が燕である事を知ると、コマは音を頼りに燕の方へ顔を向けた。
「コマさん、目が―――!?」
「よい、霊力が不足しているだけだ。…それよりも状況を教えてくれ」
ボロボロになったコマを目にした燕に一瞬、不安が過る。だが、心配を他所に問いかけてくるコマに心を落ち着かせて現在の状況を説明した。
「―――なんと、双刃殿と謎の御仁が新たな式神に…それで、熾輝が敵の親玉と戦っているのか」
「うん、だけど…」
一通りの説明を終えて、状況を理解したコマに対し、なにやら煮え切らない音声を漏らす。
「どうした?何か気になる事があるのか?」
「うん、なんだかね、熾輝くん…あの時みたいな顔をしていたの」
「あの時?」
燕の言うあの時が、いったい何時の事を示しているのかは、直ぐには判らなかった。
しかし、燕の音声から相当思いつめている事だけは理解した。
「熾輝くんが、…咲耶ちゃんのために1人で戦った時みたいな―――」
言われてハッとした。
こういった危機的状況のなか、八神熾輝という少年がとる行動には、自己犠牲によって他社を助けようとするきらいがある事を遅ればせながら気付かされた。
「ねぇ、コマさん…大丈夫だよね?熾輝くん、もう危ない事しないよね?」
「お嬢…」
縋るようにコマの袖を掴む燕の手が震えていた。
「わたし、また何も出来ないのかな?…せっかく力を手に入れて、ようやく熾輝くんの力になれると思ったのに…また頼る事しかできない…守ってもらってばっかりだ」
大好きな人のために何も出来ない事が、守られてばかりの自分が許せない。
彼女の中で口惜しさが…やるせない気持ちが込み上げて、涙が浮かんでくる。
「お嬢、まだ出来る事はある」
「え―――?」
ただの励ましではない。
力強い声でコマは燕に語り掛けた。
「本当は、コレが熾輝を認めた上で渡すつもりだったが・・・」
そう言って、彼が背負っていた布袋を外し、中身を取り出した。
「コマさん、これは―――?」
その中身を見て、燕はただキョトンとした表情を浮かべてコマを見つめ返す。
「希望だ―――」




