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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
155/295

第一五五話 暴かれた闇

エアハルト・ローリーという外装の中から現れた1人の少年。それは、熾輝も良く知る人物…同じ学校に通う同級生、空閑遥斗くがはるとだった。


その正体を眼にしたのも束の間、…「さっそくだけど、死んでくれるかな?」と紡がれた瞬間、熾輝に向かって漆黒の鉄球が飛来する。


―(まずいッ!身体が―――)


目前に迫る鉄球を避けようにも、無理に力を引き上げたツケがここにきて熾輝の動きに制限を掛けた。


「させぬっ!」


あわや直撃かと覚悟した瞬間、双刃は鉄球に接続された鎖の穴に小太刀を差し込み、地面ごと突き刺した。


運動エネルギーを失った事により鉄球は地面へと落下、…攻撃を放った剛鬼は「チッ」と舌打ちをしている。


目先の脅威が去った事にホッと息をつく熾輝…だがしかし、攻撃はこれで終わりでは無かった。


「余所見厳禁♪」

「ッ――!?」


いつの間に移動をしていたのか、熾輝の真横に現れた刹那が手にしていた大鎌を振り下ろした。


ザシュッ!


斬撃音が耳に入ったと同時、「ぐぅっ!」と刹那の呻く様な声が聞こえて来た。


「双刃殿!離脱するぞ!」

「御意ッ!」

「こ、コマさん」


大鎌が振り下ろされる刹那、2人の間に割り込んだコマが熾輝を抱え戦線から離脱する。


しかも、刹那にダメージを与えるおまけ付きだ。


「くんのぉ!よくもレディーの顔にいいぃいいっ!」


後方では、顔面を攻撃された刹那が激昂しながらこちらを睨んでいた。


「余り先行しすぎるな」

「…すみません」

「双刃殿、熾輝の傷を」

「心得た!」


遥斗達から一定の距離を開けたコマは、抱えていた熾輝を降ろすと双刃に傷の確認をさせた。


傷…とはアリアとの戦闘による物とは別…空閑遥斗との戦闘で出来た負傷だが、それは自爆によるものと言える。


「これは……」


熾輝の怪我…特に右腕を診た双刃は思わず息を飲んだ。


体全体にある打身うちみや擦り傷は、正直大したことはない。


しかし、熾輝の右腕は紫色に変色し大きく腫れ上がっていた。


「仙術を使いましたね?」

「右腕だけだ…だからまだ動ける」

「……感覚は御座いますか?」

「ある。少し痺れているだけ」


本当は激痛が襲っているハズなのに痛みを口にしないのは、これから続く戦いで余計な心配を掛けたくないという配慮のつもりだった。


しかし、そんな配慮など双刃にとっては意味がない。


普段なら怒鳴りつけてでも説教をするところだが、状況がそれを許さない。


それに、ここまでの無理をしなければ、遥斗が纏っていた霊装を砕くことは叶わなかったという事は双刃にも判っていた。


「…一度、気の流れを絶ちます」

ッ―――!」


自身のオーラを針状に変えると、迷うことなく熾輝の腕に刺していく。


「右腕だけとはいえ、仙術の影響で気の流れが乱れています。オーラの流れが正常に戻れば針も消えますので―――」


治療のための応急処置・・・あくまで右腕を少しでも動かせるようにするための処置だ。


「コマ殿、そのままの状態で失礼します」


熾輝の治療を早々に切り上げた双刃は、遥斗達を警戒するコマに声を掛ける。


見れば、コマの背中には切創がザックリと刻まれていた。


おそらく熾輝を救出する際に刹那から受けた傷だろう。


「…すまん」

「主を助けていただいたために負った傷、こちらが謝るべき事……応急処置になり申し訳ございません。」


双刃がコマの背中に手を当てると、徐々に傷口が塞がっていく。


しかし、先に述べた通りこれは、あくまでも応急処置だ。


傷から漏れ出ていた霊気を抑えるため、一時的に蓋をしているだけに過ぎない。


「構わん、しかし奴等…何故襲ってこない?」


遥斗たちから距離を取って、応急処置を終えるまでの間、強襲を掛けるには十分な時間があった。


だが、一向に襲ってくる気配すらない。逆にニヤニヤと不気味な笑みを浮かべてコチラを窺っている様子が不気味だ。


熾輝たちの少し後ろには、呆然としたまま座り込むアリア・・・その傍らで燕と可憐が彼女の背中を擦りながらコチラを不安そうに見つめている。


ややあって熾輝に施されたオーラの針が霧散した。


右腕は以前として腫れ上がっているが、先ほどまでの激痛は幾分か和らぎ、気の流れも元に戻った。


「どうやら、少しは動ける様になったみたいだね」


まるで、熾輝の回復を待っていたかのような口ぶりだ。


攻撃を仕掛けておいて、回復を待つ、・・・一貫性の無い遥斗の行動に不信感を抱く


―(いや、強襲の意味はあったか)


熾輝を守る様に立ちはだかるコマを一瞥、・・・彼等の強襲は、おそらくコマにダメージを与える事で成功したのだろう。


コマの本来の力は、熾輝程度では計り知れない。


以前の様に神使としての盟約を解除した場合、その力は間違いなく遥斗たちにとって脅威になり得る。


だが、今のコマは、熾輝を守るために決して軽くないダメージを負ってしまっている。


こうなっては、いくら盟約を解除してもその力は殆ど発揮できないだろう。


「やっぱり…ていうことは、僕の正体に気が付いていたのかな?」


遥斗を目にして熾輝が初めて口にした言葉を受けて、問いかけて来た。


―(よほど余裕があるのか……ならその間、こちらは回復に専念させてもらうぞ)


この状況において、話を振って来た事を意外に思いつつも、敵戦力に対してどう対応すべきかを考えあぐねていた熾輝にとって願ったりもない機会だ。


「確証は無かった。だけど、疑ってはいた」


体力を回復させつつ、策を練る。


出来るだけ相手の興味を惹きつける様な言葉を選びながら話を進める。


「へぇ、偽装は完璧だったのに……よかったら、何で疑いを持ったのかを教えてくれない?」


先ほどの戦闘が嘘だったかのように思えてしまう。


遥斗はいつも通り、まるで友達と話をしている時と変わらない声音で問いかけた。


「…最初に変だと思ったのは、写真だよ」

「写真?」

「あぁ、咲耶からアルバムを見せてもらったとき、お前の姿が無かった」

「ふ~ん…でも、それだけだと疑う理由にしては弱くないかい?たまたま写っていなかっただけかもしれないし―――」

「最初はそう思った。けど、乃木坂さんや他のクラスメイト達から見せてもらった物にも、お前の姿は写っていなかったんだよ…ただの1枚も」


空閑遥斗は、熾輝が転校してくる以前より、この街に住んでいた。ハズだった…


林間学校のとき、昨年は咲耶や燕たちと同じクラスだったことは、本人だけでなく周りからも言が取れている。


にも関らず、クラス写真にすら空閑遥斗が写っている物が見つからなかったのだ。


「だから、双刃を使ってお前の周囲を調べさせた」


傍らで待機していた双刃に視線を送り、その調査結果を促す。


「あぁ、ここのところ家の周りでウロチョロしていたのは君だったか―――」


先日、剛鬼からの報告を受けていたなと思い出しつつ、彼もまた双刃へと視線を向ける。


「わたくしが見ていた限りでは、その者は不審な行動などは一切行っていませんでした。」


ここ数日、遥斗の家に張り付いていた双刃の証言では、遥斗は疑われる様な理由はなかった。


彼女の言を聞き、遥斗も「そうだろう」と満足そうに首を縦に振る。


なにせ遥斗の自宅には、プロの魔術師でも見破るのが困難な結界が敷かれている。


この結界は、内部の情景を偽装して映し出す効果がある。


例えば、自宅内で怪しげな動きをしていたとしても、外からは何の変哲もない日常が映し出される。


この結界の効果によって、遥斗の式神は堂々と自宅内で動き回り、更にはアリアを軟禁せしめていた。


その結界に気が付かなければ、外から監視を行っていた双刃が遥斗の尻尾を掴むことは不可能だ。


「しかし、だからこそ変なのです」


遥斗の行動に一切の不審点は無かったと語る双刃に矛盾が生じた。


「いったい何が変なのかな?」


完璧だと自負する策にケチを付けられたと思った遥斗の表情がピクリと反応を示す。


「それは気配……外から目視で確認していた家人の動きと気配の動きが全く違っていたのです」

「ッ―――!」


確信を突かれ、遥斗はハッとした表情を浮かべた。


「…おそらく、隠す事に重きを置いたが故に術式構築をミスったか……あるいは―――」

「あるいは、その事にすら気が付いていなかったのでしょうな」

「どちらにしろ、魔術師としては三流の仕事だ」


魔術師としての遥斗を冷静に分析する熾輝は、彼への評価を三流であると定めたと同時、遥斗は悔しそうに奥歯をギリリと噛みしめた。


「しかし、熾輝さま…気付くのが遅れ申し訳ございません。本来なら、直ぐに気が付いてしかるべきでした」


約1週間ほど、彼女は遥斗の家に張り付いており、早い段階で気配の違いに気が付いた。


しかし、確証が欲しかった。仮に遥斗の正体が魔術師だったとして、ただの一般魔術師である可能性を捨てきれなかったが故の結果だ。


熾輝もその事を責めるつもりは、一切ない。


何故なら、結局は全て遥斗に先手を取られ、後手後手に回ってしまったのだ。


疑いを持っても確信へと辿り着けず、今の状況になっている。


ただの答え合わせをしているだけ・・・


「こちらも判らない事がある」

「……なにかな?」


年相応にムスッとした表情を覗かせながら、熾輝の問いに応える。


「遥斗、…お前の魔力やオーラは一般人のそれと変わらなかった。それに―――」

「それに精神体に偽装は無かった…かな?」


言葉を遮って、熾輝が言いたかった事を先読みする。


「それは、この魔道具のおかげさ」

「…ロザリオ?」


服の内側に隠していたロザリオを取り出し、熾輝に見せた。


そのロザリオは、かなり年期が入っているらしく、相当古ぼけて見えた。


「このロザリオは、魔力やオーラを覚醒前と同じ状態にしてくれる。更に精神体への干渉を防いだり、異常が無いように見せたり…その他にも退魔効果等の色々なギミックがあるけど、それは今はどうでもいいか…とにかく、君はあの佐良志奈円空の弟子らしいけど、君程度の他心通くらいなら余裕で誤魔化してくれたハズだよ?」

「確かに僕は他人の心を色で視る事が出来る。お前の心を視ても全く変化が無かったのは、そのロザリオの効果だったのか」


まさか、そんな魔道具を所持していたとは、露ほども思ってもみなかった。


しかし、現代魔術において、遥斗が言った様な魔道具を造り上げる事は可能なのかと言う疑問が過った。……が、その事は今は考えるべきでは無いと心に蓋をする。


「さてと、……これで僕の方の疑問は解消された。すまないね、判らない事があると、放っておけない性質たちで」

「お互い様だ」


「そうかい…」と相槌を打つ遥斗は、いつものクラスメイトの彼にしか見えない。


だが、それは偽りだった。


友だと思っていたのは、熾輝だけで彼のは全て偽り…


男友達の中で唯一信頼できると思っていた


転校してきて、何も判らなかった自分に色々な事を教えてくれた


相談にも乗ってくれた


今更、その事について「よくも騙したな!」と言うつもりもないし、騙された自分も悪いと簡単に割り切れる自分も居る。


そう考えると、自身は特段、空閑遥斗の事を大切とまでは思っていなかったのだと冷静に見る事ができる。


「どちらにしろ、僕も最低だな」

「何か言ったかい―――?」


自身の薄情さに思わず微苦笑する。


しかし、熾輝は自身の事よりも許せない事がある。


「遥斗、僕はお前が許せない」

「許せない、か……さっきもそんな事を叫んでいたけど、君にそんな感情があったとはね」


空閑遥斗は、知っている。


八神熾輝は、欠陥品・・・感情欠落者であるとこを―――


「アリアを傷付けたお前が憎い、咲耶を傷付けたお前が憎い、燕を傷付けたお前が憎い、乃木坂さんを傷つけたお前が憎い―――」

「僕も同じ意見だよ。今まで散々邪魔されたからね」


飄々とした態度で応じる遥斗に対し、熾輝の怨嗟を込めた呪言が紡がれる度、怒りが熾輝を支配しに掛かる。


だが、決して呑まれない。


荒れ狂う怒りの炎を身に宿し、頭は冷徹に・・・


「双刃、コマさん…力を貸して下さい」

「「熾輝・さま・・・」」


熾輝は、悟っていた。


冷静に…冷徹に…冷血に策を巡らせても、相手との力の差を埋めるどころか勝利することは、それこそ奇跡が起きない限り覆らない。


僅かでも勝機を掴むために、熾輝は二人に助力を請う。


「僕だけじゃ絶対に勝てない。……だから―――」

「熾輝さま、言ったはずです。双刃は何処までも彼方に付いて行くと」

「私も、主を傷つけられている。元より借りを返すつもりだ」


双刃なら、おそらくそう言ってくれるだろうとは、あらかじめ予想はしていた。


しかし、コマが即決で応えてくれるとは思っておらず、意外感を覚える。


「自分からお願いしておいてなんですが……良いんですか?」

「構わん、掟など糞くらえだ」


神使らしからぬ言葉に、熾輝と双刃の開いた口が塞がらない。


「…とは言ってみたものの、やはりルールのギリギリ範疇・・・グレーゾーンでしか動けん」

「構いません、相手の式神さえ抑えてくれれば」


コマの言葉の意味するところは、理解出来ている。


神使は、今を生きる者達に対し、直接的な干渉を制限されている。


しかし、どんなルールにも穴がある。


相手が生者以外・・・つまる所、霊的存在ならば話は別だ。


「こっちも時間が差し迫っている。……そろそろ行くよ?」


お互いに睨み合いの状態を続けていたが、遥斗はこれ以上の言葉は不要に思っている。


正直なところ、熾輝はまだまだ聞きたい事が山ほどあるが、それを許してくれるほど相手は優しくはないらしい。


熾輝は、後方で崩れ落ちる様に膝を着くアリアを一瞥し、その傍らで介抱するように佇む少女たちへと視線を送る。


―(僕の役目は、ここまでだ。あとは、……頼んだよ)


目配せに気が付いたように、2人の少女はコクリと頷いて応える。


そして、一拍・・・・


「……いくぞ、遥斗ッ―――!」


それが戦いの合図となって、両雄は再び相見あいまみえる。




◇   ◇   ◇



熾輝と遥斗の戦い、その様子を祈る様に見守る2人の少女と・・・


抜け殻の様にただ茫然と見つめるアリアの姿があった。


戦況は芳しくない。これまで、刹那や剛鬼と戦ってきた熾輝は、幾重にも張り巡らされた策を弄する事で、ギリギリの戦いを繰り広げて来た。


だが今回、策を弄するための手札が無い。


ここへ辿り着く前に刹那、そして剛鬼との戦いで全ての切札を出し切っていた。


つまりこの戦い、熾輝は己が身一つで渡り合わなければならなかった。


そして、勝利する事は奇跡でも起きなければ不可能であると、アリアは理解していたし、熾輝も悟っていた。


ならば、何故熾輝が限りなく負けいくさに近いこの戦いを今も尚続けているのか、それは・・・


「――アリアさん、行きましょう」

「・・・」


何処へ・・・とも思わない。


考える力が湧いてこない。


「アリアさん!立って!立って下さい!」


崩れ落ちたまま動こうとしないアリアの脇の下に手を差し入れて、無理にでも立たせようとする。


「このままで本当に良いんですか!今、動かないと本当に咲耶ちゃんと離れ離れになってしまいます!」

「・・・さ、くや」


虚無感に支配されていた心に唯一届いたのは、彼女にとって最愛のパートナーの名前だった。


「そうです!今、熾輝くんが時間を稼いでくれています!その隙に咲耶ちゃんを連れ戻しましょう!」


そう、今回の戦いの勝利条件とは、咲耶の救出にある。しかし・・・


「・・・むり、よ」


反応を示してくれたアリアだったが、その瞳からは輝きが失われ、全てに絶望した、まるで廃人に近いそんな表情をしていた。


「無理じゃありません!熾輝くんが必死に敵の目を惹き付けてくれている今なら―――」

「そんな事をして何の意味があるっていうのよ」

「え―――?」


アリアの言っている事に対し可憐の理解が追いつかない。


意味、…意味と言った。


なぜ、アリアがそんな事を言うのかが全く理解出来なかった。


「仮に咲耶を助け出せたとして、私はどうなるの!」

「ッ―――!?」


可憐の肩に掴みかかり、錯乱したようにアリアが叫ぶ。


「助け出せた!良かったね!今まで通り・・・そんなわけない!私はきっと捨てられる!当然よ、私は咲耶を裏切った!みんなを裏切った!ローリーにも見捨てられた!たくさんの物を犠牲にした!私は、独りになりたくなかった!ただ、・・・ただそれだけなんだ・・・それだけの事で、咲耶を裏切った・・・・でも、私にとっては小さな事じゃなかった。・・・きっと、誰も判ってくれない。もう、だれも・・・・」


アリアの瞳から光が…色が…心が失われつつある。


危ない状態だと可憐は悟った。このままでは、アリアという女性が壊れてしまうと・・・


―(なんとか、引き戻さないと!でも、―――)


いくら考えてもアリアを救うための言葉を見つけ出す事が出来ない。


それも当然、彼女らはアリアが歩んできた歴史を言葉で聞かされただけで、…想像することだけしか出来ない。


唯一彼女を救えるとしたら、同じ時を生きて来た者か、あるいは・・・


―(咲耶ちゃん!)


結城咲耶だけである。


しかし、この場に咲耶は居ない。


アリアの理解者は、居ないのだ。


―(どうすれば、どうすればいいの―――)


無力感に苛まれる可憐、・・・と、その時だった。


ドガッ!


目の前で錯乱するアリアの横っ面にグーパンチが入った。


「え――?」


ポカンと、何が起こっているのか混乱する可憐。


いや、何が起こったのかは理解している。


燕がアリアを殴ったのだ。


グーで・・・平手ではなく、グーだ、拳だ―――


「甘ったれてんじゃないわよ!」


殴られたアリアは、地面に倒れ込み、そこへ燕が馬乗りになって、胸倉を掴みながら叫んでいる。


「黙って聞いてれば、咲耶ちゃんに捨てられる?独りぼっちになる?…知った事じゃないわよ!」


怒りのままに思いのままに、燕は叫び続ける


「だから咲耶ちゃんを見捨てるっていうの!自分が傷つくのが嫌だから、咲耶ちゃんをあんな奴に殺させるの!」

「ち、違うっ…咲耶は死なない。命までは取られないハズだ―――」

「いったい、何を聞いていたの!アイツは、咲耶ちゃんの心を無くして、乗っ取るって言ったんだ!それって、殺すって事でしょ!心が死んじゃうって事でしょ!」


例え身体が結城咲耶のものでも、中身が別物に変わる。


それは、結城咲耶という少女の死と同義だ。


「私は、もう二度と大切な人を死なせたくない。失いたくない・・・居なくなったら、喧嘩も仲直りも出来ないんだよ?好きって気持ちも伝えられなくなっちゃうよ?それでもいいの?」

「でも、・・・でも、私は・・・咲耶を裏切って・・・」

「そうだね、裏切った。許せない事をした―――」


激情任せにアリアを叱責するだけの様に見えたが、いつの間にか燕の声音は静かなものに変わっていた。


「でも、目を背けないでよ。アリアさんの眼には今、何が見える?」

「なにって―――」


馬乗りになった状態から身体をどけて、燕はアリアの身を起こさせた。


アリアの目の前・・・そこには、必死に戦う少年の姿があった。


「熾輝くんは、必死に戦ってくれているよ。必死になってアリアさんと咲耶ちゃんを繋ぎとめようとしてくれている」

「・・・」

「熾輝くんだけじゃない。双刃ちゃんもコマさんも可憐ちゃんも私だって、アリアさんには戻って来て欲しいもん。…もし、…もしも勇気が出ないなら、咲耶ちゃんに怒られるのが怖いなら・・・」


燕と可憐は、アリアに寄り添い、そっと手を取った。


「「一緒に謝ってあげる・差し上げます」」


2人の少女は、声をそろえて笑顔を向けた。


許されない事をしたのに、傷付けたのに、それでも見捨てないで傍に居てくれる。


依然として、少女等は、アリア自身の事を理解している訳ではない。


積み重ねてきた歴史を、孤独を理解するのは難しい・・・・しかし、そんな難しい事よりも、もっと簡単で単純なモノこそが彼女を救ってくれる。


「・・・ありがとう、・・・ありがとう・・・ごめん、・・・・本当にごめんなさい・・・」


とっくに枯れ果てたと思っていた。


アリアの目からは、止めどなく涙が流れてくる。そして・・・


「お願い、・・・咲耶を助けたいの、手伝ってくれる?」

「「もちろん・です!」」


露ほども考える事もせず、即答で応えた。


「アリアさん」

「――?」

「「お帰りなさい!」」


ようやく、長い時間を掛けて探し続けていた。


「うん、・・・ただいま!」


彼女たちが知るアリアが戻ってきた瞬間だった―――。


◇   ◇   ◇  



熾輝・双刃・コマの3人は、遥斗・刹那・剛鬼という強敵い立ち向かう。


「あははは!なぁにぃ?私の相手はアンタなのおおぉおお?」

「下郎!その耳障りな口を閉じろ!」


愛刀紅桜を逆手に構え、双刃が刹那に接敵する。


「第2ラウンドだ!今度こそぶっ殺してやる!」

「貴様にやられる私ではない!」


飛び交う鉄球を躱してコマが剛鬼へと迫る。…しかし、先ほどと打って変わり、動きが鈍く感じているのは、気のせいではない。


「どうしたよ!さっきの余裕は何処へ行ったああぁああ!」

「くっ、黙れ!」


刹那に受けたダメージの影響で、明らかに戦闘力が低下している。


いずれも、刹那・剛鬼を相手に苦戦を強いられていた。…そして


「さっきまでの威勢はどうしたんだい?」

「くッ―――!」


遥斗へと接敵していた熾輝もまた、苦戦を強いられていた。


「そんな、へなちょこパンチじゃあ、一生かけても僕には届かないよ?」

「う、るせえええぇえええ!」


熾輝と遥斗を隔てる様に張られた障壁が、ことごとく熾輝の攻撃を遮る。


闘いが始まって以降、遥斗は一歩たりとも動いておらず、目の前で必死に障壁を破壊しようとする熾輝の様子をただ眺めていた。


「ふあ~あ、眠たい攻撃だね……もっとやる気を出せよ」

「ッ――!?」


障壁を張った状態から魔法陣が空に浮かぶと同時、魔力弾が放たれた。


魔力の揺らぎを感じ取った熾輝は、即座に反応し、放たれる攻撃を紙一重で躱す。


「あははは!上手じゃないか!」

―(ちぃ!障壁の外に魔法式を!…遠隔展開も出来るのか!)


思わぬ高等技術に面食らいつつも、熾輝の猛攻は止まない。


目の前でニヤニヤとした表情を浮かべながら、自分を眺める遥斗に一矢報いようと果敢に攻め続ける。


2人の間に隔てられた障壁に拳を蹴りを撃ち続ける。


撃って撃って撃ちまくる・・・次第に遥斗を守る障壁に赤い色が付きはじめた。


皮膚が破け、肉が裂け、拳が…脚が流血によって染まっていく。…しかし熾輝は止まらない。


「見苦しい…そうやって必死に足掻いたって届かないよ?僕と君とでは持っている力が違い過ぎるんだから―――」


そういって、再び魔法式を展開する。


放たれる攻撃を躱しては、拳を放つ。


1つ放たれれば、躱して攻撃を返し、2つ放たれれば、2つ攻撃を返す。


それは、次第に数を増し、熾輝を取り巻く一帯に魔法式が連なり、…遂には攻撃を返す事が困難になっていった。


「ほらほら、もっと頑張りなよ!じゃないと当たって死んじゃうぞおおぉおお!」

「ふざけ――!」


「ふざけやがって!」と悪態を吐く暇すらない。


それ程、襲い来る魔弾を回避するのに手一杯となっていた。


「さっさと諦めちゃいなよ。所詮、君程度じゃあ僕には、勝てないんだからさ」

「ッ――――」

「もしかして、あれかな?頑張って諦めなければ、どうにかなるとでも思っているのかな?」


周囲360°から飛来する弾丸を躱し続ける合間も、遥斗はペラペラと喋り続ける。


「でもね、悲しいかな。僕と君とでは、天と地ほどの差がある。どんなに頑張っても、のろまなカメが空を飛べない様に君は一生僕に届くことが出来ない―――」

「だから、咲耶を狙ったのか」

「…はい?」

「遥斗、お前は僕を引き合いに出しているようだが、実際は自分と咲耶を比べているんじゃあないのか?」

「………」


飛び交う弾丸、その軌道はまるで読めない…ハズなのだが、先ほどまで必至に避けようと激しく動き回っていたが、次第に流れる様な動きになりつつある。


「天と地ほどの差がある…確かにその通りだ。魔術師としての才能もお前は一級品なんだろうさ。…だけど、咲耶の足元にも及ばない」


挑発するような言動を受けて、遥斗の表情がピクリと僅かに引き攣る。


「だから手に入れようとしたんだ、自分以上に魔術の才を持つ咲耶の身体を!だから騙したんだ、エアハルト・ローリーの名を偽ってまでアリアを利用した!」


もはや、熾輝が会話をする事に支障がない程に、遥斗から放たれる魔弾が掠りもしなくなっていた。


熾輝は気が付いていない、この圧倒的な戦力差において、自身の力が研ぎ澄まされつつある事を・・・


熾輝は気が付いていない、自身の内で脈動を続ける力の正体を・・・


「……1つ、間違っている事がある」


熾輝へ向けて放たれていた魔弾の猛威が突如として止んだ。


気のせいか、目の前に居る空閑遥斗の雰囲気が先程と違い、一層不気味に感じとれた。


「僕は、アリアを騙していない。…エアハルト・ローリーと名乗ったのは、事実、僕が本人だからさ」

「…何を言っている?」

「転生という言葉を知っているかい?」


遥斗は、ニタニタとした笑みを張り付けながら語りだす。


「僕は、エアハルト・ローリーの生まれ変わり……って言えば判りやすいかな」


熾輝を中心に張り巡らせた魔法式が一瞬にして霧散する。


どうやら攻撃の手を止めて、再び語り始めるつもりだ。


遥斗の言葉に耳を傾けつつ、黙して続きを促す熾輝は、嵐の前の静けさの様に嫌な予感を感じ取っていた。


「今から約千年前、僕ことエアハルト・ローリーは己の死期を悟り、2つの魔法式を完成させた。一つは、魂魄融合…2つの魂を融合させる魔術…と呼べば、聞こえが悪くないように感じるよね?」

「だが実際は、お前がさっき言った様に、片方の身体を一方的に乗っ取る魔術、魂の同化…いや、魂を置き換えて身体を乗っ取る…置換融合といったところか」

「うまい事を言うね?でも、君だって彼女の身体を使った事があるだろう?」

「………」


以前、アクシデントとはいえ、熾輝と咲耶の身体が入れ替わる事件が起きた。


原因は、リシャッフルという魔導書の魔術だ。


そのとき、熾輝は結城咲耶という少女に宿る魔術の才を直に感じ取っていた。


「先に味見してみてどうだった?彼女の才能は凄いよね。なにせ古の大魔導士である僕を遥に凌駕した力を秘めている。・・・だけど、彼女はそれに見合うだけの知識が足りていない。あれじゃあ宝の持ち腐れ。ならさ、僕が貰って有効活用してあげるよって考えた訳さ」

「有効活用だと?」


まるで咲耶を物扱いする遥斗に対し、熾輝の眉がピクリと吊り上がる。


「うん。だって、彼女ほど強力な魔力を持った人間なんて、この先現れるか判らないだろ?だったら、人類の進歩のためにも僕が有効活用して、新しい魔術の歴史を作らなきゃ。・・・だって僕は、魔導士なんだから」


己の存在そのものに酔っているかのように、饒舌を続ける。


「話が脱線しちゃったね。え~っと、なんの話だったっけ?・・・あぁ、そうそう、僕が完成させた2つの魔法式の話か。えっとねぇ、まぁもう気付いているかもしれないけど、もう一つは、転生魔法だよ」


転生魔法、俗にいう生まれ変わりの術だ。


「僕の死後、魔術が進歩した世界へと再び生まれ変わるための魔術・・・のハズだったんだけど、現実にはそれほど進んでいなかったのは、残念だね。未だに僕が考案した魔法式の基礎理論が提唱されているなんて、思ってもみなかったよ。だからこそ、魔術師の進化のために、僕には結城咲耶の力が必要だったんだ。」


己よりも才ある者の身体を乗っ取り、その力を利用しようとする遥斗のやり方を許容できるハズがない。


なにより、大切な者を犠牲にすると豪語しているのだ。


「さぁ、僕の偉大さが理解出来たかい?それとも、目の前に居る少年の正体が古の大魔導士である事に臆して、戦意を喪失してしまったかな?」


あらかた喋って満足したのか、再び魔力を漲らせ、話を聞いた熾輝が絶望しているであろう姿を想像し、その様子を窺い見たが・・・・


「ペラペラと良く回る舌だ。…そんな、作り話を僕が信じるとでも思っているのか?」


遥斗の話を一蹴し、呆れかえった表情を浮かべているだけだった。




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