第一五二話 私は、ここだよ
真っ暗な空間、そこに少年はいた。
意識はボンヤリと霞み、地に足が付く感覚がない。
上下の感覚をとらえる事も出来ず、まるで宙に浮いている様な不思議な浮遊感……
『契りを―――』
不意に届く声
『あまねく冒涜を省みぬ者に―――』
断続的に聞こえるそれは、直接頭に語り掛けてくる
言っている事は不鮮明……しかし、明確な怨念だけは鮮明に伝わってきた
『怒りと共に解き放て―――』
「・・・・・―――?」
呼び声に応えようとするも、声が出せない。
―(お前は誰だ?・・・いや、何だ?)
『我は汝、―――汝は我―――』
考えている事を読まれているかの様に、声の主は少年に応える。
『――等しく―――の滅びを―――』
声が遠のいていく
代わりに別の声が聞こえてきた。
『――くん、…-きくん、……しきくん』
少女の声が少年を引き寄せる
何もない暗い空間に光が差し込むと、少年は光に向かって手を伸ばした―――
◇ ◇ ◇
「………」
目を覚ました少年は、地面に横たわった状態で空に向かって手を伸ばしていた。
「…生きてる」
伸ばしていた手を下ろし、肺の中からゆっくりと息を吐くと、現状を把握しようとして再び瞼を閉じた。
―(………息苦しい)
状況を整理しようとした少年は、呼吸機能の不調を感じ取る。
体の内側というより、外的要因であることは直ぐに判った。
なぜなら、己の胸に何かが乗っかっているような感覚があったからだ。
「…乃木坂さん」
胸に視線を落とすと、そこには見知った少女が自分の胸に顔をうづめていた。
胸から感じる体温から、彼女の無事を知り、僅かに息が漏れる。
しかし、掠れた少年の呼び声に少女は反応を示さない。
よく見ると彼女の身体は、僅かに上下しており、時折「ぅ、ぅ」と嗚咽が聞こえてきた。
―(泣いて、いるのか?)
注意深く観察してみると、己の胸元に湿り気を僅かに感じる。
状況から推察するに、彼女を不安にさせてしまったのだと思い当たり、少年は少女の頭にそっと手を乗せた。
すると、彼女の身体がビクッと上下して、恐る恐る顔が持ち上がる。
「しき、くん?」
「…ごめん、心配をかけた」
とめどなくポロポロと涙を流す可憐の顔を見て、申し訳ないという気持ちと、どうしたら良いのかが判らず、困ったように苦笑を浮かべることしか出来なかった―――
「―――そうか、あれからそんなに………」
セピア色の風景が広がる世界で、熾輝は意識を失っていた間の話を可憐から聞いていた。
可憐によると、どうやら刹那達との死闘から3時間ほどの時間が経過していたらしい。
近くの壁に身体を預け、状況を整理する。
「それよりも熾輝くん、お身体の方は大丈夫なんですか?」
考え込んでいる熾輝に可憐が心配の声を上げる。
刹那達との死闘の末、可憐を人質に取られた熾輝は、刹那から生命力を根こそぎ奪われていた。
ついさっきまでは、熾輝の顔は土気色、唇は紫色に染まり、可憐から見ても生気を感じる事もできなかった。
「うん、万全には程遠いけど、少しずつ回復しているから…もう大丈夫だよ」
「そうなんですか?………よかったぁ」
熾輝の言う通り、先ほどまでの死人のような顔色が嘘の様に徐々に血の気が戻ってきている。
その様子に、ホッと胸を撫で下ろす。
「奪われたのが生命力で助かった」
熾輝の言葉に可憐は、「はて?」と疑問符を浮かべた様に小首を傾げてみせた。
本来、人間の生命力と呼ぶべきオーラが枯渇すると、どんな人間でも完全回復にまで数日の時間を要する。
だが、熾輝は枯渇状態から3時間で、ある程度の回復まで漕ぎつけている。
その秘密は、彼が有する技能…【変換】と呼ばれる魔力をオーラへと変質させる妙技によるお陰だ。
この技能は、蓮白影から伝授されたもの……戦争時代、オーラの枯渇を幾度となく経験した彼は、己が有する魔力をオーラへと変換する事は出来ないだろうかと考え、数多の試行錯誤と研鑽の後に編み出された技だ。
コンヴァートは熾輝が普段から過酷な修行によってオーラを枯渇状態へと陥らせ、意識を失っている状態においても無意識下で出来る様にまで鍛え上げられている。
故に、日常において、学校が始まる前の修行で、オーラが枯渇しても登校時には動けるようになっていたのは、この妙技によるものだったのだ。
だが、変換効率を考えても現在の熾輝の力は、ようやく3割が回復した状態に過ぎず、身体には相当な疲労が蓄積された状態と言える。
そういった技の正体を口に出してはいけないのが、白影からの教えであって、可憐が知る由もない。
「魔力だと、ダメだったのですか?」
不安に満ちていた彼女から、落ち着きが戻り、熾輝の話に耳を傾ける余裕が生まれていた。
「魔力、というよりも、オーラだけで助かったかな…」
熾輝の言葉に疑問符を浮かべる
「もしも魔力まで奪われていたら、こんなに早くは回復出来なかったし、なにより――」
「なにより……なんですか?」
「本当に死んでいたかもしれない」
「………」
熾輝の言を聞き、押し黙る可憐の目に涙が浮かぶ
いくら余裕が生まれたからと言って、今のは失言だったと理解した熾輝は、あわてて釈明する。
「ご、ごめん!大丈夫だから、…それに、吸収を使われる直前、魔力核に蓋をして、奪われないようにしていたから、奪う事は出来なかったハズだ――――痛ッ!!」
釈明をする熾輝の身体が不意に揺れ、眼球に激痛を覚えた。
「し、熾輝くん!?」
「ぁ、くっ―――!」
未だかつてない右眼の痛み
―(なんだ、この痛みは!)
痛む眼を押さえ必死に声を殺し、痛みに耐える。
額からは脂汗が噴き出し、痛みの波が去るまで奥歯を噛みしめながら蹲る。
「し、しっかりして下さい!」
隣では、再び不安な表情を浮かべながら泣きそうな顔を向けてくる可憐が、必死に声を掛ける。
―(痛い!痛い!痛いィ!)
まるで眼球に針を突きさされ、ぐりぐりと搔き混ぜられているような、鋭い痛みが続く。
このままでは痛みによって、意識を失ってしまう。
激痛の最中、僅かに残っていた理性を保ちながら、喰いしばっていた口からゆっくりと息を吸い込む。
「かはああぁぁぁ………かはああぁぁぁ………かはああぁぁぁ――――――」
幾度となく続けられる奇妙な呼吸、それが武術において古くから伝わる【息吹】という呼吸法であることは、もちろん可憐は知らない。
ただ、その行動から何か特別な方法を用いて、対処しているのだという事は、直感的に理解していた。
故に、彼女は熾輝の様子をただ黙って見守る事しか出来なかった。
「かはああぁぁ………かはぁぁ………かはぁ―――」
息吹を続け、次第に痛みの波が遠のいていく。
この息吹自体に痛みを無くす効果は無い。しかし、この特殊な呼吸法を用いる事で痛みを鈍くさせる事が可能なのだ。
つまり、熾輝は痛みの波が過ぎるまで、痛みを鈍くさせる事によって耐え忍んだ事になる。
「―――ハァ、ハァ、……はぁ」
「しきくん、大丈夫ですか?」
「ぁ、…あぁ何とか―――」
完全に痛みが無くなった訳では無いが、それが徐々に薄れ、ようやく落ち着くことが出来る段階まできたところで、熾輝は深い息を吐きだした。
―(…何だったんだ、今の痛みは―――あれ?)
先の戦いを思い起こしても、眼球にダメージは負っていなかったハズ
にも関わらずこの尋常ならざる激痛の正体が熾輝には理解できなかった。
よもや、殆ど視力が無い右眼にこれ程まで苦しめられる何て、誰が想像できたであろうか。
と、ここで押さえていた手にある筈の物が無くなっている事に気が付いた。
「眼帯……」
白濁色に濁った眼を隠すために、いつも付けていたハズの眼帯が無くなっていた。
すると、傍らに居た少女が「あのぉ…」と、おずおずと差し出して来た手の中に、少年が愛用?している白い医療用の眼帯が乗せられていた。
「先ほどの戦いで外れてしまって……」
「ありが……え――?」
「有難う」と礼を言おうとした熾輝は、可憐が手にしていた眼帯を見て言葉を失った。
なぜなら、彼女が持っていてくれていた眼帯が赤黒く染まっていたのだ。
ハッとなり、先ほどまで眼を抑えていた方の手を確認する。
もしかしたら眼球を傷つけてしまっているかもしれないという不安―――
しかし、熾輝が思っていたような怪我はしていなかったのか、自身の手を見ても特段血が付着しているという事はなかった。
だとしたら、身体に負った怪我から血液が付着したのだろうと思い至ったところで、様子を窺っていた可憐が口を開いた。
「熾輝くん、…覚えていないのですか?」
「何を?」
はて?と小首を傾げる熾輝を見て、可憐が言葉を続ける。
「戦っていた時、熾輝くん、凄い怖い顔をして……それから急に右眼から血が出たと思ったら、今度は黒い何かに包まれて―――」
当時の事を思い出しながら語る可憐の言葉を聞いて、何の事だか判らないといった表情を浮かべる。
だが、次第に当時の事が甦ってきた。
「確か、……アイツと話をして、腸が煮えくり返った―――」
アイツとは、刹那の主の事を指しているのだろうが、可憐には、もしかしたらアリアの事を言っているのかもしれないという不安が込み上げてきた。
「許せないって思ったら、急に頭の中が真っ黒になって、―――」
真っ白と例えなかったのは、彼の中で負の感情が溢れていたと言う事なのだろう。
当時の事を思い出し、次第に熾輝の拳に力が入り、僅かに震えている。
その様子に、可憐は思わず息を飲んだ。
「クソッ、………咲耶を捕らえてどうするつもりなんだ」
熾輝は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
画面越しではあるが、敵の男は既に咲耶を捕縛していた。
敵の狙いが魔導書であるならば、単に咲耶が所持する魔導書を奪うためだと結論付けられるのだが、これまでの敵の行動から事は単純に魔導書だけが狙いでは無い気がしてならない。
咲耶の捕縛、人質として利用、魔導書の入手、アリアの裏切り……それらの情報が熾輝の頭で駆け巡るも一つの結論へ辿り着くには至らない。
そして、熾輝が漏らした言葉の中に1人の女性の名が無かった事に可憐は気付いていた。
「熾輝くん、……アリアさんは?」
恐る恐るといった感情を言葉にし、可憐は問いかける。
考えを巡らせていた熾輝は、一拍置いたのち、重たい口を開いた。
「アリアは、……僕たちを裏切った。もう敵として戦うしかない」
「そんな!」
可憐とて、熾輝が考えている事は、何となく予想はしていた。
ただ、実際に言われる覚悟などしていなかった彼女にとって、それは衝撃的と呼ぶに等しかった。
「まって下さい!きっと、何か理由があるハズです!もしかしたら、敵側に付いたと見せかけているだけなのかも!」
希望的観測とも言える発言に、熾輝は僅かに押し黙り、冷静に言葉を紡ぐが、その声色はとても冷たく重かった。
「実際に敵を欺いていたとして、今の僕たちに何が出来る?」
思考は冷静、しかし熾輝の中では怒りという感情が荒れ狂っていた。
「この空間からの脱出手段は無く、咲耶は敵の手中…唯一現実世界に居る燕は戦えない。仮にコマさん達が力を貸してくれたとして、神社の外の神使は刹那達に勝つことは出来ない。」
事実を1つ1つ紐解くように言葉を紡いでいく。
それ等は、明確にアリアの裏切りが嘘では無い事を如実に現していた。
そして、次の瞬間には熾輝の声から体温が消えていた。
「詰みだよ……僕たちの負けだ。もう、手の打ちようがない」
敗北、…その事実が熾輝の心を締め付ける。
「そんな!何とか、何とかならないのですか!いつもみたく、凄い作戦でここから出て―――」
「僕だって、出来る事なら今すぐ咲耶の元へ駆け付けたいよッ」
叫び出したい気持ちを堪え、押し殺した様な音声で可憐の言葉を遮る。
「でも、無理なんだッ。今の僕には何も出来ないッ。切札も全部使い切った………なにも、……本当に何も出来ないんだ―――」
無力……自分に出来る限界を悟ったとき、少年の表情から一切の色が抜け落ち、ただただ天を仰ぎ見る事しか出来なかった。
「やっぱり、―――」
諦めた少年の傍らで、少女は大粒の涙をポロポロと流す。
「やっぱり、私には何も出来ない―――」
仲間の中で一番無力で、ただ傍に居る事しか出来なかった女の子
「大切なお友達が大変な時に、……私は何も―――」
『傍に居てくれるだけでいい……一緒に居たいんだ』………そう言ってくれた少年の言葉が、今は虚しく感じる。
「あ、あああぁ、あああぁあああぁぁ!」
悔しくて、悲しくて、辛くて、情けない……そういった渾然とした感情、押し殺していた想いが、彼女の心の器が決壊していく。
『―――泣かないで』
絶望する少女の心に、突如として声が響き渡った。
◇ ◇ ◇
眼下に横たわる少女を…エアハルト・ローリーは視界から切ると懐から取り出した水晶に魔力を流した。
「二人とも、お遊びはその辺にして早く合流しろ」
『『――了解――』』
水晶自体に通信機能を有している訳では無い。
男は、己の式神との間に繋がれたパスを通じて念話を行った。
「こちらも行こうか」
『…えぇ』
手の中に納まっているアリアに声を掛け、ローリーは背後に倒れていた少女を置き去りにし、校舎へと向かう。
「―――待ちな、さいよ」
不意に届いた声・・・
それは、間違いなく、考えるまでもなく、男の背後で倒れていた少女、細川燕の音声だ。
「…まだ意識があったか」
溜息を吐き、背後でヨタヨタと立ち上がろうとする少女へ目を向けることも無く。しかし、その歩みを男は、止めた。
「まだ、…終わってないよ」
「終わってない?……いいや、これで終わりだよ」
ヤレヤレと、首を横に振りながら応える。
「頼みの綱だった土地神は、敗れた。…学校に敷かれていた神域も既に瓦解した。」
見れば学校の敷地を清めていた空気が散らされ、神域を保っていた光が失われている。
「これでは神使たちが私の式神に敗れるのも時間の問題だ。それに、式神達も本気を出してはいない」
本気……神域において大きなアドバンテージを受けていた神使をもってしても、式神は魔術だけで応戦していた事になる。
それ程に式神が扱っている魔術が規格外だという事を示している。
「神使たちを連れて、立ち去りなさい。これ以上は、命を掛けてもらう事になる」
これが最後通告だと……まるで先ほどまでの戦いが男にとって取るに足らない出来事だったとでも言っている様に言葉が紡がれていく。
言葉だけではない。男は明確な殺意を向け、燕を威圧している。
にも関わらず……
「逃げない」
少女は、気圧される事なく…考える事もせずに言葉を返した。
それに対する男の答えは、シンプルなもの―――
一瞬にして構築された魔法陣……降臨術という力を失った少女へ魔力弾が放たれる。
しかし、その魔力弾は少女に当たる手前で何かに弾かれた。
「障壁――?」
見れば、少女を守る様にして円形の障壁が立ちはだかっていた。
その状況に男は、「おや?」と首を傾げる。
土地神の助けもなく、ましてや魔術を知らない彼女が障壁を張る事が出来るのかと言う疑問………だが、その疑問も一瞬のことだった。
「やっぱり、…熾輝くんは私のヒーローだ」
「八神、熾輝―――?」
目の前の少女は、何を言っているのだと言いた気に男は眉を潜める。
今、この場に居もしない少年の名を呼ぶなど、気でも狂ったかと疑いたくなる眼差しを向ける。しかし、そうではなかった・・・・
僅かに熱の篭った音声で少年の名を漏らした少女は、自身の手首に巻かれたミサンガをそっと、指で撫でる。
「……なるほど、この障壁は魔道具に仕込まれた物だったか。だが、そんな悪足掻きに何の意味がある?」
くだらないと吐き捨て、男は先程よりも威力を込めた魔力弾を数発放った。
少女を守る盾に魔力弾が当たる度に、ダンッ!ダンッ!と、その威力を示す衝突音が響く。
次第に威力を増していく攻撃が一つ、また一つと盾に亀裂を入れていく。
「諦めろ、彼は此処には来ない」
男の放つ魔力弾が遂に最後の砦とも言える盾を完全に砕いた。
もう、少女を守る物は何もない。にも関わらず―――
「何を言っているのかな―――?」
「………」
彼女の心にあるのは、強い決意―――
どんなに敵が脅してこようとも、決して屈しないと腹を決めた者が魅せるそれ―――
「熾輝くんは、来るよ……絶対に―――」
「………」
その瞳に宿るのは希望―――
少女が想いを寄せるたった一人の少年に対する信頼―――
「知らないでしょ?熾輝くんはね、いつだって―――どんなときだって、私たちを助けてくれるんだよ」
「……あまりの恐怖に正常な判断が出来なくなったのか?」
それとも、ただの妄言か……ローリーは深い溜息を吐いき捨て「これだから頭の中がお花畑な少女というものは――」と切って捨てる。
「もう止めなさい。見て見ろ、アリアも飽きれて言葉が出てこない―――」
「そうかな?」
『・・・』
ローリーの言葉を切る様に燕が疑問を投げる。
そして、アリアもまた…そんな燕の言葉を受けて心がザワつく。
「知っているハズだよ。私たちと一緒に居たアリアさんなら、こんなとき、ウソでしょ?・・・って思わせてくれるのは、いつだって熾輝くんだった」
信じて疑わない―――
一切の恐怖など無いかのような表情を浮かべる少女に対し、次第にローリーに苛立ちが見え始めた。
「だったら、証明してみせろ。…次に私が放つ攻撃は明確な死を孕む」
ゆっくりと、まるで恐怖を感じる時間を与える様にジワリジワリと魔法陣が形成されていく。
「運が良ければ、命は助かるかもしれない。……だが、それ相応の痛みは伴う」
先ほどまでとは比べ物にならない殺意―――より深度を増して燕を襲う。
ゴクリと息を飲みこみ、それでも燕は退こうとはしなかった。
そしてもはや、決意をしたアリアが制止することもない。
「さぁ、魔法陣が完成するまでの間だけなら最後の言葉を聞いてあげるよ?」
まるで遺言を聞いてやろうではないかと語る男
その言葉に一層、本気なのだという意図が伝わってくる。
流石にここまでされれば、どんなに腹が座っている者でも恐れを抱く。
「ぁ―――っ、―――」
恐怖が口から漏れ出そうになる―――
だけど、少女は恐れを飲み込み、代わりに思いっきり息を吸い込んだ。
そして・・・
「熾輝くんっ!お願い、早く来て!私はここだよ!」
校庭に響き渡る精一杯の音声―――
「このままじゃ咲耶ちゃんも!アリアさんも何処かに居なくなっちゃう!」
恐怖を祓うように、友を助けてくれと…ありったけの想いを込めて―――
「助けて!助けて!熾輝くん―――!」
信じれば、想いは必ず届く・・・それは幻想ではなく、現実に彼女が目にして来た少年の姿―――
どんな逆境だろうと、彼女たちの想いに応えて来た一人の少年の―――
「……終わりかな?」
しかし、いつでもなんて、都合のいい事は、起きない―――
魔法陣の光が臨界を迎え、古の魔術師は躊躇することなく、トリガーを引いた―――
魔法陣から放たれる死の恐怖―――
元凶たる男は、不気味に口元を歪めていた―――
その姿を間違いなく見た―――
―(やだ、死にたくない!私はもう一度、熾輝くんに―――)
逢いたい―――
その想だけで彼女の心の針が振り切った―――
「八神熾輝ーーーーーッ!!」
眼をつむり、少年の名を叫んだ―――
瞬間!暗闇を引き裂く一刃の光が落雷となって大地を穿ち、一陣の風が少女の頬を撫でた。
今も少女に迫りくる死の脅威…その間に割り込むように躍り出た影が渾身の力を込めて拳を振り切る!
「なにっ!!?」
襲い来る魔力弾を拳一つで弾き、元凶である男に向かい返っていく
魔力弾は男の顔面スレスレを通過した。
被弾は避けられたものの、男の表情は驚愕に染まっている。
「バカな、…どうやって―――」
あり得ない者を目にしていると、未だ現実に追いつかない男の目の前、そして少女の元へ駆け付けたのは―――
「ごめん、遅くなった」




