第一五一話 それぞれの役割
夜の闇が完全に街を覆いつくした。
人の気配も薄れ、誰もが休息をとっているハズ
にも関わらず、蠢く者達が居た。
「チィ!力ァ増しやがった!」
古の大魔導士の式神たる男は、相対する神の使いに悪態を吐きながら戦いを続けている。
戦闘開始から今まで、攻勢を続けるも男の攻撃は掠りもしない。
全ての能力において優位に立っていハズなのに、目の前の神使に当たる気がしない。
その焦りから、男の心はイライラと荒れ始めていた。
しかも、ここへ来て神使が纏う力が一気に膨れ上がった。
力を隠していたとか、溜め込んでいたのではない。
その現象は唐突に起きたのだ。
―(どうなってやがる!いきなりヤツの力が上がりやがった!)
鉄球を振るい、マグネットの魔術で鎖を操りコマに牽制を掛けるも、鮮やかに躱される。
「腰抜けが!避けてばっかりいないで、正々堂々と戦いやがれ!」
戦闘が開始されてから、剛鬼は己の主砲たる鉄球を幾度となく放っているが、ただの一度も当たっていない。
否、全ての攻撃を躱され続けている。
「正々堂々とは、異なことを」
「ア゛ア゛!!」
悪態を吐く剛鬼に対し、失笑が漏れる。
「我等の友を攫った貴様達にだけは、言われたくはない!」
「ッ―――!?」
攻撃に隙が生まれた瞬間、互いの間合いが一息に潰され、剛鬼の顔面にコマの拳がめり込んだ。
完全な無防備を晒してしまった男は、放たれた拳に耐える暇もなく吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。
「立て、この程度では終わらないぞ」
地べたに倒れ込む敵に対し、一切の情もない冷たい視線が注がれる。
常人ならば、コマの放つ威圧を受けて平静を保っては居られないだろう。
だが、目の前の男は、常人とは異なる。
「…カッ!カカッ!」
無防備状態での攻撃、いかに強力な式神とはいえ、あの一撃を喰らって無事ではいられないハズだ。
案の定、剛鬼の顔面は拳の形に窪みが出来、異形な変形を遂げていた。
しかし……
「イイッ!イイネェ!」
むくりと立ち上がる最中、剛鬼の顔面の傷が瞬く間に修復されていく。
「やっかいな――」
尋常ならざる回復スピードを目の当たりにし、以前戦った妖魔の姿が重なる。
『敵の式神は魔術を使う』…前に熾輝から伝え聞いた言葉がコマの中に過った。
だが、目の前の敵が扱うのは、コマが予想していた通常の魔術とは異なり、秘術とされる魔導書の術そのものだった。
「貴様、何故魔導書の術を行使できる?」
コマは熾輝とは違い、魔術の知識が多いわけではない。
だが、直感的に剛鬼が行使する術が魔導書に収められている【再生】であると理解していた。
「さてなぁ?どうしてだと思うぅ?」
完全に修復を終え、元の顔の形を取り戻した剛鬼は、下卑た笑みを張り付け、舐める様な視線を向ける。
「……外道が、貴様とは言葉を交わしても無意味だったか」
話にならないと溜息を吐き、剛鬼との会話をバッサリと切り捨てる。
代わりに侮蔑を孕んだ視線を向けて、構えをとった。
「カカカッ!ゾクゾクするぜぇ!ずうぅっっっっと、お前みたいな強ェ奴と殺り合いたかったんだああぁああ!」
「修羅、……いや、ただの狂人であったか」
獣のような荒い息遣いでコマと相対する剛鬼
今の彼からは、最初に会った時のような理性がポッカリと抜け落ちていた。
そんな狂人を前に、「よかろう」と前置きをし、纏う力を漲らせる。
「真白様の神使、御摩利支琥磨意天、推して参る!」
高らかに名乗りを上げた神使に、狂人が牙を剥いて襲い掛かる。
◇ ◇ ◇
所変わって学校の校舎内、そこで戦う神使にも変化が生じていた。
「うっそでしょー!」
驚愕の声が響き渡る。
人型から獣型へと変化をした右京が刹那に対し突進を強行すると、彼女を巻き込んだまま校舎の壁へと突っ込み、そのまま外へと飛び出した。
『しぶといヤツ』
ガルルルと唸り声を上げながら、右京は吹き飛ばした刹那を睨み付ける。
「あっぶなかったぁ。もう少しで潰されるところだったじゃん」
右京の突進によって壁に激突した刹那は、身体に付いた埃をポンポンと払いながら、軽口を叩く。
「にしても、急に力が増したわね。いったいどういうカラクリ?」
態度は依然として軽いままだが、急激に力を増した右京に対し、内心では警戒を強める。
傍らに居た双刃も刹那同様、彼女の変化に驚きを隠せず、チラリと右京へと視線を流す。
『真白様の力、…この空間は神域と化した』
神域―それは神社同様、神々の眷属であ神使に力を与える特別な場所を意味している。
「っ!……驚いたわね。まさかこの街の土地神にそんな力があったなんて」
僅かに目を見開いた刹那が感嘆の声を漏らす。
『お喋りはここまで。…お前を喰ってやる!』
会話も早々に打ち切り、右京が駆けた。
「チッ、…いいわよ。こっちも少しは骨のある相手と戦いたかったのよ!」
例により、魔術の力で底上げされた刹那の速さが増していく。
通常状態の右京ならば、たとえ獣化していても先の戦いで敗れた左京同様、その動きに付いていく事は出来なかっただろう。
しかし、今は違う。神域による力の解放によって彼女の力は、魔術を使用した刹那にも付いて行くことが出来るのだ。
「なんと、凄まじい。しかし……」
目の前で戦う2人の動きに付いて行く事が出来ず、1人出遅れてしまった双刃
だが、彼女には他に危惧する要因がこの敷地内にある事を知覚していた。
―(この気配は、燕殿?いや、しかし何時もの彼女の気配ではない。………真白様が降りている?)
重なり合う2つの気配に思わず「まさか」と声が漏れる。
―(降臨術、…燕殿、もしや貴女も神羅の―――?)
相次いで飛び込んでくる情報が、まるで歯車の様に彼女の中で音を立て噛み合っていく。
「ええい!ここからでは、何も判らないではないか!せめて獣達が居れば偵察に向かわせられたと言うのに!」
気配だけで、何が起きているのかが確認する事が出来ず、故に歯がゆさが増していく。
忘れている方もいるかもしれないが、双刃には知性を持った獣と意思を通じ合わせる能力が備わっている。
アリアの捜索にも彼女の能力によって、街中に放たれた使い魔の力を借り、熾輝から秘密裏に受けた任務の最中も、彼等の力で熾輝の様子を見守っていたのだ。
故に、熾輝が敵に敗れた事も、法隆神社一行が学校で敵と相対するという情報も双刃は、動物たちから伝え聞いていた。
ただ、この能力にも弊害はある。
如何に意思疎通が可能とは言え、動物によっては知性が乏しい種もいるが故に、彼等が見聞きした状況を完璧に伝え聞くことは困難なのである。
であるからして、双刃がここへ来るまでに把握していた情報と言えば、
○ 熾輝が戦っていた
○ 熾輝が負けて、女の子と一緒に消えた
○ 犬(左京)が連れて行かれた
○ 神社の人、学校へ向かっている
といった断片的な情報だけだった。
しかし、この情報だけで双刃は、熾輝から受けた任務を放棄して、法隆神社組と合流したのだ。
―(落ち着け、今は判らない事をあれこれと考えていても仕方が無いではないか)
渾然する考えを振り切るかのように、双刃は頭を振り、目の前で戦いを繰り広げる者へと視線を向ける。
「今は、私に出来る事をするだけだ」
力は遠く及ば無い事は理解している。しかし、彼女の主はそう言った戦いを幾度となく潜り抜けてきた。
彼の式神を名乗るのであれば、自身も強敵とどう渡り合うのかを考え抜いて戦わねばならない。
「いざ、参る」
おそらくは、敵には聞こえていないだろう。
それ程に小さな声で、彼女は深く静かに歩み出し、怨敵へと忍び寄る。
◇ ◇ ◇
所変わって、街のとある建物に5人の人物が集まっていた。
フランス聖教、聖騎士団(見習い)のメンバーである、キャロル・フローラ・マリー・ドニー……そして現在、可憐のボディーガードである羅漢(職務中はジェイと名乗っている)が一同に会する。
彼等はここを隠れ家と呼び、定期的に集合しては、お互いの情報を交換し合っていた。
「――では、お嬢様はやはり……」
「あぁ、とんでもなくヤバイ式神、それが2体…子供たちを飛ばしやがった。おそらくは、異相空間だと思う」
キャロルは仲間の報告を聞き、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
そして仲間の男に対し、スッと目を細め非難の視線を向けた。
「彼方は、お嬢様がそんな目に遭っているにも関わらず、黙って見ていたのですか?」
「……チッ、勘弁してくれよ。俺だって、任務じゃなきゃ手を出していたさ」
男は、冷たい言葉を浴びせられるも、己の行いが本意では無い事を告げる。
「それによぉ、円空様の弟子が関わっている以上、外野は手を出すなって言われているだろう」
「そんな命令!子供が危険な時にまで黙って従うのが彼方の騎士道か!?」
あくまでも自分は任務を遂行しているのだという弁解をする男の胸倉を掴み、キャロルが罵倒する。
彼女の言葉を受け、男は顔に青筋を浮かべるも、ただ黙って聞き入れるのは、彼もキャロルが言っている事が人として、騎士道として真っ当であるのだと理解しているからだ。
ただ、それでも己の判断が間違っているとは、彼も思っていない。
だから、どんなに罵倒されようと、甘んじて受け入れる覚悟を彼は既にしていた。
「お、落ち着いてよ、キャロ!」
「そうだよ、ここでドニーを責めていたってしょうがないよ」
「っ――!しかし、このままではお嬢様、……いえ、子供たちが危険です」
どうにか彼女を落ち着かせようと、2人の女性がドニーからキャロルを引き剥がす。
「判っているよ。事態はボクたちが思っている以上にヤバいって事は」
「この街で起きている事件…全ては1冊の魔導書が原因、それを子供だけで今まで解決して来たなんて、どう考えても異常だよ」
「こんなの、聖騎士が出てくる案件だし……」
彼女等、フランス聖教聖騎士団(見習い)が日本に潜伏してから今までで集めた情報から熾輝たちが今までしてきた事は、つい最近まで明かされてこなかった。
しかし、調査の結果、熾輝たちがどんな事をしてきたのかが、ようやく明らかになったのだ。
監視対象である少女の一番近くに居た人物…つまりは可憐のマネージャーをしてきたキャロルでさえ、つい先日まで知らなかった事実だ。
「いよいよもって、選ばなきゃならねぇかもな……」
重苦しい空気が漂い始めていたとき、派遣されている騎士団で唯一の男、ドニーが口を開く。
「選ぶ、とは―――?」
「…任務続行か、放棄かだよ」
「「「ッ―――!!?」」」
ドニーの言葉に、一同が息を飲む。
彼の言う任務続行とは、今までどおり監視の任務を続け、如何なる場合においても決して手を出さない事を意味している。
だが、その場合、子供たちの命の保証は出来ない。尚且つ、使徒候補の身を危険に晒すのと同義だ。
そして、任務放棄とは彼等の介入を意味し、同時に彼等の聖騎士になるという道を閉ざす事になる。
騎士団において、命令は絶対。背けば排斥を免れないだろう。
それ程に、騎士団の規律は厳しく、団員の間では【鉄の掟】とも言われている。
「ドニーは、……どうするの?」
「俺か?」
仲間の中で一番身長が低く、気弱そうな女性、フローラが問いかける。
「まぁ、一度は任務続行を決断した身で言うのはオカシな話だけど、キャロルの言うとおり、子供を助けないなんて俺の中にある騎士道精神ってやつが許さないらしい」
先ほどまで、重苦しかった空気を掻き消すように、「まぁ、クビになったら騎士なんて名乗れないけどな」と、笑いながら答える。
一度は、任務を遂行するためと子供たちを見捨てた。
だから、どんなに罵倒されようとも覚悟を決めていた。…ハズなのに、どうやら彼が思っていた以上に、その覚悟は弱かったらしい。
「す、すみません。そういうつもりで言った訳では無いのです。ここに居るメンバーには、それぞれ事情があるのですから、……無理強いをする様な事を言ってしまい、申し訳ないです」
「謝んなよ。…それに、俺の能力って意外と重宝されるから、聖騎士になれなくても、エージェントとして国に雇ってもらえるかもしれないだろう?」
こんな状況でも軽口を叩くのは、場を和ませようとする彼の気質なのかもしれない。
ただ、それが伝わるのかは、別問題。
仲間は、ポカンと口を開けて呆けてしまっている。
そんな彼女らの顔を見渡し、「ハハ」と小さな失笑を浮かべたドニーは、一拍置いたのちに「だから…」と言葉を続ける。
「お前等は、来るな―――」
今度こそ覚悟を決めた男の表情が、そこにはあった。
余りにも突然なことに彼女等は驚愕する。
そして、傍らで彼らの行く末を見守っていた漢は、誇り高き騎士ドニーの中に宿る漢を確かに見出した。
◇ ◇ ◇
激しくぶつかり合う力と力
衝突するエネルギーが火花を散らし、膨大な力の衝突によって目を覆いたくなるほどの光が発生している。
「ははは!まさかこれ程とは!私をもって、力を拮抗させるなんて、少々貴女を見くびっていたよ!」
魔法陣から極太の光を放ち、男は嬉々として口元を歪めていると同時、放出する魔力が徐々に増す。
『っ!なんと強力な魔力、それほどの力を持ちながら、彼方は何を企んでいるのですか』
僅かに押され始めた真白様も力を入れ、押し返す。
「企む?私は、アリアを独りにしたくないだけだよ。」
『それでどうして―――』
「それでどうして、咲耶ちゃんを攫うことになるのよ!」
依然として続く力のぶつかり合いの最中、今まで表に出ていた真白様と入れ替わる様に、本来の身体の持ち主である燕が声を上げる。
「主人格が前に出て来たか……」
その様子に「ほう」っと興味深そうに視線を向ける。
―(燕、余り意識を表層へ持って来ては、術が維持できません)
―(ごめんなさい真白様、…でも、これだけは自分の口から聞きたいの!)
彼女の内側で、降ろしている神との交信が繰り広げられる。
その様子は、他者の眼からは窺い知れない。そして、興味深い視線を送っていたのも僅かな間、ローリーは、彼女の問いに答えるように口を開く。
「彼女…結城咲耶は、優秀な魔術師の才を持っている。そして、私は魔術の深淵を知る者―――」
「何を言っているの――?」
魔術知識云々よりも、目の前の男が言わんといている事が理解出来ないと言いたげに、眉を潜める。
「私になら出来るのさ、結城咲耶と魂を融合させ、1つの存在になる」
「1つの、存在――?」
『貴様!まさか禁術を行使するというのですか!?』
再び真白様が燕と入れ替わった。
ただ、その声は先程までの落ち着いた物とは打って変わり、焦燥感が見えている。
「禁術とは大袈裟な、私にとっては造作もない事ですよ」
当たり前に出来ると断言する男、しかし、その口から出た言葉と失笑から真白様は、かつてない危機感を覚えた。
『っ――!やはり、貴様は捨て置けません!そのような摂理を崩す大魔術、貴様はおろか、この街全体を巻き込みかねません!』
続く力同士の衝突の最中、真白様を覆う神気が力を増した。
力は次第に蓄積され、真白様を降ろしている燕の姿がより一層の神々しさを増していく。
「はは、…これはすごい」
『ッ――!感心していないで!ローリー、アレはヤバイよ!』
「わかっている。どうやら、私も少しは本気を出す必要がありそうだ」
言って、ローリーは体内に宿る魔力を高めた。
『なっ!?』
彼の内から放出される膨大な魔力は、まるで激流の如き勢いで増していく。
「仮にも相手は神、…多すぎると言う事はあっても、少なすぎる事はないでしょう?」
『なんという禍々しい魔力―――』
―(ま、真白様!本当に大丈夫なの!?)
互いに引く気はない
ぶつかり合う力に重ねるように、新たなる魔法式が構築された。
男は、己が宿願の成就のために―――
彼女は、孤独からの解放のために―――
その覚悟の篭った力が今、解き放たれようとしている。
目の前に顕現された暴力的なまでに荒々しい力を目にして、少女の心は恐怖に震える。
『…大丈夫です。燕、あなただけは、必ず守ります』
―(ましろさま―――?)
まるで敗北を悟った様な言葉だった―――
『だから信じて……あなたの想いが私に力をくれる』
体を巡っていた神気が意思を持っているかのように一箇所へと集まりだす。
『忘れないで、わたくしの力は、繋ぐ力だということを』
―(ましろさま!)
両の手に集められた神気から放たれる力は、まるで太陽のように輝き放ち、夜の闇を打ち払う。
互いに高めた力が、今か今かとそのときを待っている。
「お終いにしよう、土地神」
『終わりません、例えわたくしが敗れても、この子は、ここにあるのだから』
「負け惜しみを…」と吐き捨てる男が展開する極大魔法が遂に臨界を迎えた。
『「はあああああああぁぁああああああっ!」』
解き放たれた力と力がぶつかり合い、一層眩い光が校庭を覆い尽くす。
そして呑み込まれる力―――
街を守護する土地神と古の大魔導士との闘いは―――
「―――本当に楽しかったよ」
崩れ落ちた少女を眼下に収め、エアハルトローリ―に軍配が上がった。




