第十四話
日が落ちかけた頃、熾輝達は、ようやく目的地までたどり着き、一軒の大きなコテージの前で、その男と対面を果たしていた。
「法師、お久しぶりです。」
「おお昇雲、久しいのお。」
男の名前は、【佐良志奈円空】世界で2人しか居ないと言われている仙人の一人である。
「それで?今日は、何用でここに来た?」
「はい、実は暫くの間、匿ってほしい子供がいるのです。」
「ほう?」
昇雲の話を聞いて、後ろで控えていた子供に視線を移すと、何か(・・)を見るように観察を始め、やがて目を閉じると何やら考え事を始めてしまったのか、中々目を開けようとしない。
「法師?」
「・・・いいだろう。しかし、その二人は何じゃ?」
そう言って、一緒に居た清十郎と葵を顎で指した。
「挨拶が遅れました。私は、この子の叔父で、五月女清十郎といいます。」
「五月女清十郎?確か五柱にそんなのが居ったような・・・」
「私のことです。」
「ほう!では、お主があの【絶対強者】か⁉」
「・・・はい。」
聞きなれない単語に熾輝は、質問をしようとしたが、何やら聞いて欲しくなさそうな叔父の顔をみて、喉まで出かかっていたモノを飲み込んだ。
「娘さんは、何という名じゃ?」
「初めまして、私は東雲葵といいます。この子の両親とは深い仲で、訳あって面倒を見ることになりました。」
「【言霊使い】東雲葵か?」
「・・・はい。」
またしても聞きなれない単語ではあったが、葵も右に同じく、聞いて欲しくないといった顔をしていたため、質問は先送りさせることとなった。
「それにしても、五柱の面々が4人も揃うなんて、珍しいこともあるもんじゃ。」
「4人?失礼ですが、私とここに居る清十郎とで、二人では?師範は、随分昔に五柱の任を解かれているはずですが。」
「何じゃ、知らんのか?つい先日、五の柱に昇雲の名が刻まれたんじゃ。それと儂を含めて合計4人で合っとるよ。」
何言ってるの?といった顔を男がしていると、葵が恐る恐るといった感じで、男に質問を投げかけた。
「失礼ですが、お名前をお伺いしても宜しいですか?」
「おお!すまんすまん、名乗りが遅れたの!儂の名は【佐良志奈 円空】と申す!」
「「っ!?」」
名前を聞いて、葵だけではなく、清十郎も言葉を失っていた。
「円空って、【聖仙】佐良志奈 円空ですか!?」
「聖仙なんて大層なもんじゃないが、何じゃ、知らんで此処に来たんかい?」
「は、はい。しかし、数世紀の間、五の柱に刻まれ続けている佐良志奈円空に会えるなんて思ってもみませんでした。」
呆けた顔の二人を他所に、昇雲はシテヤッタリといった顔でニヤ付いているの所を熾輝は、バッチリ見ていた。
「まぁ、立ち話もなんじゃし、中に入りな。」
円空に促されるままに4人は、コテージの中へと入っていき、中で話をすることとなった。
コテージの中は、てっきり何もないイメージをしていたが、一般家庭にあるような日用品や電化製品が普通に置いてあり、テレビやパソコンまでもがあった。
約一日掛けてここまで来て分かっていたことだが、ここは、かなりの奥地と言ってもいい場所にあり、とてもじゃないが、テレビの電波が届くとは思えないし、ましてや電気が通っているとも思えなかった。
その証拠にここへ来る最中、電線の一本も見かけなかったし、コテージに繋がる電線すら無かったはずだ。
しかし、部屋の中に入れば、電気もガスも通っているようで、キッチンに入った円空は沸かしたお茶を人数分用意していた。
「さてと、まずは先程、そこの子供を匿ってほしいという話じゃが、別にかまわんよ。」
「本当ですか?」
「ただし、儂はこの子に何かを教えるつもりは無い。」
「匿ってくれるだけで十分です。」
「白々しい嘘は、止さんか。儂にもこの子の修行を付けてもらおうと思っていたくせに。」
「いえいえ、嘘は言っていませんよ?ただ、少しだけ期待していただけです。」
「まぁええ、そんで?まだ名前を聞いていなかったな。」
円空の視線が熾輝に向けられるが、今度は、先ほどとは違い、何か(・・)を観察する様な視線では無かった。
「僕は、熾輝です。」
「・・それだけか?」
「?」
「普通、こういう時は苗字も名乗るじゃろ?」
その時、清十郎が「しまった」といった顔をして、慌てているが、熾輝が清十郎の顔を見ながら「五月女でいいの?」と言いながら首を傾げていた。
「すまん!熾輝!色々あって、そこら辺の事を教えるのを忘れていた!」
「あん?どういう事だ?」
清十郎は、熾輝の状態について説明をした。
「なるほどねぇ、半年前のあの事件の生き残りだったか。」
「それと、この子の姓は【八神】です。」
「八神・・叔父さんとは別の苗字ってことは、母の姓ということですか?」
「あ~、その辺の事情は長くなるから、今度ゆっくり話す。」
「?」
何とも煮え切らない回答ではあったが、熾輝も特に気にしてはいなかったため、それ以上聞くことはしなかった。
「まぁ、この子の置かれている状況は、理解した。見ての通り何もない山の中じゃ、好きに修行に励むがよい。」
こうして、熾輝の修行生活が幕を開けた。
――――――――――――――――――
熾輝が修行を開始して、1ヶ月が経過していた。
修行と言っても、半年の間、魔界に居たせいで失っていた筋肉を取り戻すためのリハビリ期間である。
そして、文字の読み書きや計算などの反復練習がひたすら行われていた。
叔父である清十郎からは、修行機関中は、肉親とは思わず、師匠と呼ぶように言われ、熾輝は、清十郎を師匠と呼ぶようになっていた。
元々五体満足であり、日常生活に支障がある身体では無かったため、一般のリハビリ治療より、濃密な運動を行っていたおかげか、この頃には、4歳児の平均的な筋力を取り戻していた。
そして、現在は昇雲が熾輝の修行を行っていた。
「さて、身体も大分良くなってきたから、そろそろお前には霊力の扱い方を教えるよ。」
【霊力又は生命力】とは、全ての生物が持つ生命エネルギーのことである。
しかし、全ての生物が持つエネルギーだからといって、誰もが扱う事が出来るわけではない。
オーラを開花させるには、いくつかの条件がある。
①天性の才能がある者
②修行により開花する者
③死の淵から生還、又は大怪我を負って目覚める者
①は、修行や死からの生還などの体験をせずに、元からオーラを知覚出来ている者の事。そして、何らかの特別な能力が備わっている事が多い。
例えば、物を自由に浮遊させる。自然発火を起こせる等の【固有能力】を持っている事だ。
②は、主に修行僧や武術家が多く開花する事例である。
肉体の限界を超える修行を行う事により、身体の細胞から溢れ出るオーラを知覚出来るようになる。
しかし、誰もが修行を積んだからと言って、必ずしも開花するとは、限らない。
主に肉体の臨界を超えた力を持つ、いわゆる【達人】と呼ばれる者がオーラを開花させている。
③は、生物の生存本能が臨界に達した時に開花する事例であるが、死の淵から生還する様な事例は稀であり、大怪我を負って開花しても身体に何らかの欠損がある者が多い。
熾輝の場合は、③が当てはまる。魔界の瘴気に当てられて死の淵をさ迷い、そこから生還した事により、オーラに目覚めたのである。
また、オーラが肉体の細胞から溢れ出す生命力であることは、間違いないが、何故【霊力】と呼ばれているかに関しては、オーラを開花させた者の中には【霊体】いわゆる幽霊を視認出来るようになる者も居るため、霊力とも言われているのである。
そして、オーラの総量は修行により増やすことは可能であり、オーラは精神力で操作される。
「以上が、オーラに関する簡単な説明だが、詳しい事は、これから教えていくつもりだ。今の時点で分からないことはあるかい?」
「【固有能力】とは何ですか?」
「ふむ、まあ簡単に言うと、固有能力って言うのは、魔術とは違って魔力を使わずに魔術みたいな現象を発現させる能力の事だ。魔術に関しては、葵から教わるだろうけど、簡単な説明だけさせてもらうよ。」
魔法には必ず魔力と呼ばれるエネルギーが必要になり、魔力は特別な式を組み込むことにより様々な現象を引き起こす事が可能である。
例えば、何もないところから火を起こす術式を発動させることにより、火を起こしたり、風を起こす術式を発動させれば風を起こすことが出来る。
固有能力で、魔法と同じ現象を引き起こす際、術式等は必要とせず、発動させることが出来る。
魔術師は、固有能力の事を【固有魔法】と呼ぶ。
「―――てな具合だね。」
オーラに関する知識を得たところで、熾輝の修行が開始された。
――――――――――――――――――
本日は、魔術について葵から修行を受けることとなった。
「今日は、魔術について教えるわね♪」
【魔術】とは、魔力というエネルギーを使い、世界という情報にアクセスする術のこと。
簡単に言うと、世界をコンピューターに例えるとすれば、魔力は電気信号の様なもので、そこに式を打ち込むことで何らかの現象を引き起こす事が出来る。
魔力とは、人間だけが持つエネルギーの事であり、生まれながらにして個人が持つ魔力量は決まっており、魔力総量を増やす研究は、昔から行われているが、未だに成功した例は無く、事実上不可能とされている。
また、魔力には質というものがあり、術者二人が同じ魔術を発動させても、その威力や強度には個人差がある。そのため、魔術には、魔力と事象に干渉する力【事象干渉力】が必要になってくる。
例外的にAという魔術を発動させるのが苦手でも、Bとういう魔術を発動させるのは得意という事例があり、これは個人が持つ魔力の質がBという魔術に適しているということである。
簡単に例えると、ハイオクエンジンにガソリンを入れても車は動くが、ハイオクを入れた時に比べればエンジンの稼働性能は変わってくるという事になる。
そのため、魔術師は、己に合った魔術の研究を行い、それを極める傾向が強い。
「以上が魔法に関する簡単な説明よ☆質問はあるかな?」
「自分の魔力は、どうやったら知覚できるようになりますか?」
「熾輝くんは、まだ魔力の知覚が出来ていないから今日は、そこから始めていきます。」
そう言って葵は、飴玉を一つ取り出し、それを手渡してきた。
「それには、微量な魔力が含ませていて、食べることで、身体の中にある魔力の核に刺激を与えることにより、眠っている魔力を目覚めさせる事が出来るの。」
促されるまま飴玉を口に含み、口の中で転がしていると、胸の辺りが熱くなってくるのを感じ、段々と身体の一部であるような、例えるなら五感と似た感覚を得始めた。
その感覚は、次第に鮮明になっていき、まるで風船を限界まで膨らましているような感覚で、熾烈を圧迫するような感覚は、やがて体調に影響を及ぼすようになり、吐き気すら覚える。
「先生・・・コレって、」
「かなりキツイかもしれないけど、我慢してね。」
「うっ・・・ガ――‼」
次の瞬間、熾輝の身体から魔力が噴火の如く噴き出してきた。
しかし、先ほどまでの嘔吐感は無く、内から噴き出てくる魔力を知覚出来るようになった。
魔力の放出は、留まるところを知らず、依然とその身から噴き出し続けていた。
「・・・先生、コレってどうやったら止まるんですか?」
「え?魔力が尽きるまでは止まらないわよ?」
「・・・魔力が尽きたらどうなるんですか?」
「倦怠感に襲われて気絶するだけよ♪」
「・・・」
「大丈夫、大丈夫♪生命力が抜けている訳じゃないから死ぬことは無いから♡」
なんで、この人は何時もルンルン気分で話しているんだろう?と疑問符が思いついた時、遂に身体から噴き出す魔力が弱まり始め、次第に襲ってくる倦怠感と視界がかすみ、遂には意識が薄れ、そのまま気絶してしまった。
「・・・ようやく魔力切れかぁ。この子、魔力の量だけならとんでもないわね。」
葵は、そのまま気絶した熾輝を抱きかかえ、寝室まで運び、ベッドに寝かすと頭を撫で始めた。
「また明日から頑張ろうね。」
遂に魔力を得た熾輝は、明日以降、葵の元で本格的な魔術修行を行うこととなった。
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約半年が過ぎた。
毎日の修行は過酷なものであったが、それに伴い得る物は多かった。
最近では、熾輝が修行をしている様子を円空が遠目から見ている事が増えてきていた。
しかし、毎回遠くから見るだけで、気が付けば居なくなっているという事が殆どで、修行を最後まで見ることは無かった。
そんなある日、5人で夕食を食べている最中、円空がおかずに伸ばした箸を止め、おもむろに外へと視線を向けた。
不思議に思った熾輝は、外へと視線を向けるが、外は暗すぎて何も見えない。
「法師、どうしたんですか?」
「・・・」
何も答えない法師は、ただ一点を見続けていた。
おそらく法師にしか視えない何かを見ているのだと思い、熾輝は他の3人に視線で問いかけると、円空は楽しそうに声を挙げた。
「ほっ、やりおるわい!」
ケタケタと笑う円空は、すまないとばかりに、いつの間にか出したバスケットボール位の大きな水晶を取り出し、テーブルの真ん中に置いた瞬間、水晶から映像が映し出された。
水晶は、一人の老人の姿を映し出す。
白髪でオールバック、鼻の下に髭を生やし、眼鏡を掛けている。年齢は、おそらく80歳後半と思われるが、年の割に背筋がピンと伸びていて、年齢を感じさせない肉体からは、只者ではない雰囲気がある。
「こやつ、儂が仕掛けた【迷いの結界】に惑わされることなく、真直ぐこちらに向かって来ておる。それどころか、罠の類に全くハマっとらんし、さっき儂が発動させた罠を安々と掻い潜りおった。」
楽しそうに話す円空を他所に、昇雲は、水晶に映し出されている男を凝視していた。
「こやつは、【兵器体系】蓮白影」
「なんじゃ、知り合いか?」
「日中戦争時代に一度だけ戦ったことがありますが、その時は勝負が付きませんでした。」
「ほう。どんな奴なんじゃ?」
「戦闘スタイルとしては、オーラと魔術の両方を使うのですが、武術も達人級で、何よりこの男は兵器と名の付くものを自在に操ってくるのです。戦争終結後は、暗殺稼業に身を落としたと風の噂で聞いております。」
話だけ聞いていると、とんでもない男が来たと思うが、師匠たちが全く動揺していないところを見ると、それ程脅威には感じていないのか、熾輝は己の師匠達に委ねることにした。
そして、清十郎が迎え撃つために立ち上がろうとした時、制止の声が掛けられた。
「まぁ待て、わざわざ相手の所まで行かずとも、儂等の所まで来るのを待ってはどうだ?」
「しかし、ここへ来たと言う事は、奴の狙いは間違いなく熾輝です。みすみすこの子を危険な目に合わせる訳にはいきません。」
「どうだろうね、儂が視た(・・)ところ、敵意は無いようだ。ここは儂の顔を立てると思って、待ってはくれんか?」
「・・・わかりました。」
普通であれば、到底受け入れられない要望ではあるが、男の目の前に居るのは仙人と呼ばれる人物である。
男も噂でしか聞いたことが無いが、仙人が扱う仙術には【神通力】というものがあり、その中の一つに人の心を知る力があるため、おそらく円空は、近づいて来ている男を見た時に危険は無いと知ったのだろう。
――――――――――――――――
男は、森の中を歩いていた。
森全体を覆うように張られていた結界は、森に入った者を惑わし、侵入を防ぐ。
しかし、男は惑わされることなく、ある一箇所を目指していた。
途中、幾重にも張られた罠を発動させず通り過ぎていくが、一つだけ、罠に掛かっていないのに発動したものがあったが、余裕で潜り抜け、男はひたすらに歩き続けた。
目的の場所までたどり着いたとき、男は扉の前まで近づこうとした時、扉が開かれ、中からは4人の人物が出てきた。
「久しぶりだね、蓮白影」
「昇雲殿、お久しゅうございます。」
「何しにここへ来た?」
「・・・約束を果たしに来ました。」
「約束だって?」
「はい。八神総司との約束を―――」
―――――――――――――――
男の名は【蓮白影】かつて日中戦争時代、日本軍が唯一恐れた男、彼の武術は当時日本最強の武術家と呼ばれていた心源流27代目昇雲と互角かそれ以上と言われ、魔術においても類稀なる才能の持ち主であった。
しかし、彼の恐ろしいところは、武術や魔術に優れているという点だけでは無く、彼の固有能力に大きく関係している。
【兵器体系】それが彼の固有能力である。
彼は、一度目にした武器(兵器)という概念が内方されたものなら、何でも使いこなせるという能力を有していた。
それ故に、彼に扱えない武器は無く、それどころか、あらゆる武器を己が体の一部の様に使いこなすことが出来る、武器の達人である。
そんな彼の力を中国政府が放っておくはずも無く、当時15歳という若さで、彼は戦争に参加を強いられていた。
当時の日本軍には、彼と遭遇した場合、自らの死をもって対処せよとの命令が徹底されていた程に、日本は彼という存在を恐れていた。
しかし、彼も個という存在である以上、一人で戦争全体の戦局を覆らせる程の力は有しておらず、戦争は日本の勝利と終わった。
終戦後、間もなくして彼は家族と共に中国を離れて、海外で生活していた。
数年が過ぎ、彼は再び故郷にもどることとなったが、そこで彼が視た物は、餓えと貧困に喘ぐ同胞の姿だった。
終戦から数年が経ったとはいえ、余りにも過酷な現状に彼は絶句していた。
当時、日本の植民地支配となっていたとはいえ、これほどの治安の悪さには原因があった。
調べ上げたところ、政府の者に己の至福を肥やすため、国民の生活を蔑ろにしている連中が多く居ることがわかった。
戦争当時、軍や政治家とコネクションがあった彼は、どうにかするように具申したが、一向に改善される兆しは無く、それどころか彼が頼った者達の殆どが、至福を肥やす豚へと変わっていたのだ。
そんなある日、事件が起きた。
彼の母親が、流行病に掛かり、倒れてしまった。
当然、男は病院に母親を入院させた。しかし、病気を治すための手術には法外な程の金が必要だった。
海外でなら、大金など必要としない極々簡単な手術であるにも拘わらず、何故そのような金が必要だったかというと、政府があらゆる物に対して重税を課し、巡り巡った重税は、当然の事のように医療機器にまで影響を与え、当時、どの病院にもしっかりとした医療機器が置かれていると言う事は無かったのだ。
彼は、コネクションを使い、軍の病院への転院を母に進めたが、断られてしまった。
母は、「人様を苦しめて出来た所になんかに救われるくらいなら、死んだ方がましだよ。」と言い残し、数日後に他界した。
その時、彼は母に誓った。
人民を苦しめて至福を肥やす者達を排除し、真に人が平和に暮らせる国を取り戻すと。
そして彼は、終戦以降、己に縛り付けていた枷を解き放った。
そう、二度と人を殺さないという枷を
彼がとった行動とは、暗殺だった。
標的は、至福を肥やす政治家や悪行によって国を荒らす者達の暗殺。
時にはマフィア、時には海外の重鎮、そしてまたある時は魔術結社
探せば探す分だけ、膿が次から次へと出てきた。
しかし、膿を一掃すればするだけ国の治安は改善されていった。
その一方で、彼の手が血で汚れていることは誰も気が付かないまま
十余年が過ぎたころ、彼の国には以前の様な餓えや貧困に喘ぐ人々は居なくなっていた。
彼もこれで暗殺稼業から足を洗えると思っていた。
しかし、ある日、情報屋から戦争孤児となった子供が人身売買されているという情報を得た彼は、海外へと向かい、犯罪シンジケートを潰し、攫われた子供たちを祖国に帰した。
誘拐されていたのは、中国人だけでなく、様々な国の子供たちが犯罪組織によって売り買いされていた。
どうやら、彼が暗殺稼業から足を洗うにはまだまだ早すぎたようだ。
彼は、中国だけでなく、各国の紛争地域を渡り歩くようになり、暗殺を繰り返してきた。
何時しか裏の世界では、彼を畏怖する者が増え、戦争で馳せた「兵器体系」という二つ名よりも伝説の暗殺家としての名前が先行するようになっていた。
しかし、突如として彼は暗殺稼業から足を洗う事にした。
その理由は、孫が生まれると家族から知らせを受け、この機に家に戻ってくるように説得されたためである。
彼には、一人息子が居た。
歳をとってから生まれた息子は、とても元気で、たまに家に帰ると武術の手解きをしてやっていた。
滅多に家に帰らない彼は、家族に嫌われているかもしれないと不安がっていたが、幼き日の息子に、父の様な正義の味方になると言われた時は、とても嬉しすぎて、潰れるまで飲んでしまったのを覚えている。
そんな息子も成人を迎えてからは、公職に就き、人々のためになる仕事を一生懸命していた。
彼が久々に中国に帰った時、良くない知らせが情報屋から入ってきた。
息子の妻が何者かに誘拐された。
犯人は直ぐに分かった。
昔、自分が潰した犯罪組織の生き残りが新たな組織を立ち上げて、自分に復讐をするために息子の妻を攫ったのだ。
彼は、犯罪組織の下っ端を締め上げて、聞き出せるだけの情報を聞き出した。
どうやら犯人たちは、船に乗って、既に国を立った後のようだ。そして、船を追って海の上をノコノコやってきた彼に鉛玉をぶち込んで始末するというシナリオで、片を付ける手筈だった。
しかし、彼も長年、紛争地帯を巡ってきた猛者である。
なにより鉛玉程度では、彼に傷一つ付ける事は出来ない。
だが、向こうに人質を取られている以上、派手に動くわけにも行かず、忍び込んで速やかに人質を確保しなければならない。
そのため彼は、日の沈んだ時間帯に船が停泊しているポイントまで泳いで近づくことにした。
侵入は、容易に成功し、後は人質を救出するだけである。
人質救出後、付近に待機させているジェットヘリに人質を乗せて戦線を離脱。
言葉にすると、あっさりとしたプランではあるが、相手はたかがチンピラの集団、そんな奴らが彼に勝てるはずもない。
しかし、船に忍び込んで、彼は自分の考えの甘さを後悔した。
少なくとも達人級の気配が9人程居る事に気が付いた。
一体何故そんな連中が犯罪組織に加担をと思ったが、時既に遅し、彼の侵入に気が付いた連中の一人が、早速彼と戦闘に入った。
年を取ったとはいえ、達人の中でもここに居る連中の数段上の実力を有していたが、相手の数が多すぎた。
既に彼ら9人は、白影を取り囲むように包囲し、彼自身も深手を負ってしまったのである。
そんな中、組織のリーダーらしき男が、息子の妻を連れて彼の目の前に現れた。
男の後ろには、ボディーガードと思しき男が立ち、義理の娘の手を掴んでいた。
話を聞くに、ここに居る達人たちは、昔、自分が潰した組織に用心棒として雇われており、その際、敗北させられた奴らだと言う。
その日から、彼らは自分に復讐することだけを考え今日まで生きてきたらしい。
そして、裏の世界で成り上がった男が、自分に復讐するため、腕の立つ人材を探していた時に、同じく恨みを持つ彼等と出会ったとのことだ。
しかし、そんな話は彼にとってどうでもいい事だった。今は何としてでも人質である彼の家族を救出することが先決であり、そのためには目の前の奴らが邪魔だった。
彼は、絶望的な状況であろうと、決して負けるわけにはいかなかった。
激しい戦闘が再び行われる中、犯人の男がこちらを見てヘラヘラ笑っていたのは、とても癇に障った。
そして、彼が9人居た達人の4人を倒したところで、遂に膝を付いた。
彼の口からは、「私があと10年若ければ、お前らなんぞ一ひねりだった」と言う陳腐な台詞しか出てこなかった。
そして、ここからが本当の復讐と言わんばかりに、組織のリーダーは、義理の娘に銃口を向けた。
そして、彼の目の前で、家族と、もうじき生まれてくる新たな命の終焉を見届けて死ねと言い放った。
彼は絶法し叫びながらも、男に向かって駈け出していた。
彼は今まで戦って来て、初めて祈った。
私が、苦しむ誰かを今まで通り、これからも助けよう。
だから、私の家族を誰か、助けてくれ。
私の命など、くれてやる。だから、どうか家族だけは助けてくれと。
しかし、目の前の達人たちの壁は厚く、男に近づくことさえ出来ないまま、引き金が引き絞られ、銃声が船内に響き渡った。
彼は、銃声が響き渡る一瞬、目を閉じて、現実を見ることが出来なかった。
シンと静まり返る船内、彼はまだ目を閉じたままだった。
しかし、次の叫び声で彼は、思考を取り戻し、顔を上げた。
そこには、先ほどまで義理の娘に銃を向けていた男が、気絶し、横たわっていたのだ。
その傍らに、先ほどまで男の傍に居たボディーガードと思しき男が義理の娘の拘束を解き、拳銃を奪い取っていた。
その男が、ゆらりと動いた瞬間、達人たちの目の前まで移動し、一撃を加えると、それぞれが床に沈められていった。
男は、八神総司と名乗り、なんでも犯罪組織に潜入をしていた際、今回の事件に遭遇してしまったと言った。
白影は、総司を家に招待し、彼を持成した。
二人は直ぐに打ち解け、色々な話をしていた折、自分にも、もうじき子供が生まれると話してくれた。
しかし、仕事の都合上、いつ自分に何が在るか分からず、子供が危険に合うかもしれないと、今回の件で深く考えさせられたとも話た。
そして、白影は、彼に約束をした。
万が一、君の子供に危険が迫った時、今度は私が駆けつけよう。そして、生きる術を手解きしてやると。
「そして、約1年前の神災で、彼の家族は死んだと聞かされていたのですが、つい先日、風の噂で、子供だけが生き残ったという情報を得たため、私は、約束を果たしに来たのです。」
「なるほど・・・まぁ、ここに来た時点で、ある程度の事情は、わかっているとは思うが、お前さんは、この子をどうするつもりじゃ?」
「皆さまと同じですよ。」
円空がニヤリと、口を吊り上げ首を縦に振る。
「いいだろう、お前さんを歓迎するぞ。皆も異存はないな?」
普通、白影の話だけ聞いても信じるに値するかなんて、判断が付きようも無いが、ここに居る全員が、揃って首を縦に振る。
今更ながら説明するが、円空は人の心を知る力を持っているため、その言葉に異議を唱える者など、この場には居なかった。
こうして、熾輝を鍛える戦士が、また一人加わることとなった。




