第一四六話 立ちはだかる者
翌日、引き続きアリアの捜索が行われていた。
今日は、休日という事もあり、朝からの捜索に少年少女は街をくまなく探している。
本日からは体調が回復した咲耶をメンバーに加えての捜索になり、人員を二手に分けている。
街の南側を咲耶・燕・右京
北側を熾輝・可憐・左京
という風に人員を割り振っている。
熾輝と咲耶の実力は、既に承知していると思われる。右京左京の実力は神域である神社内でなら十全に発揮できる。
だが、真白様の力が戻ってきているとはいえ、現在は街の中を捜索中のため、どうしても全力の力を発揮する事ができない。
それでも、熾輝や咲耶よりも実力が上とだけ言っておこう。
「熾輝くん、どうですか?」
「……ここも駄目だ。気配の痕跡すら残っていない」
「そう、ですか」
アリアが居なくなってから既に1週間が経過していた。
熾輝の探知能力をもってしてもアリアに繋がる手掛かりすら掴めない。
そもそも、気配の痕跡というものは時間が経過するにつれて消えていくものであって、それが1週間ともなると、絶望的と言っていい。
「次の場所へ移動しよう」
「…はい」
現在、熾輝の探知範囲は半径600メートル
街の各所へ赴いては探知を掛け、手掛かりが見つからなければ再び移動をするという行為を繰り返している。
もちろん、感覚的な捜索だけに頼らず、目視による探索も行ってはいる。
「わたし、力になれているのでしょうか?」
次の地点へと移動する熾輝の横で、可憐が不意に言葉を漏らした。
「急にどうしたの?」
「その、…わたしは熾輝くんや咲耶ちゃんと違って何も出来ないなと思いまして」
「………」
弱音とも取れる彼女の言葉を熾輝は黙って聞いている。
「燕ちゃんには巫女として傍に居てくれるコマさんや右京ちゃん左京ちゃん、それに真白様がいて、こうしてアリアさんを探す力がありますのに、私には何も無くて、なんだか申し訳ないと言いますか、心苦しいと申しましょうか……」
「自分が役に立っていないと思っていると?」
「えぇ、……そう、ですね。普段から私は付いて回るだけで、結局は守られてばかりいる自分が、咲耶ちゃんたちの傍に居ていいのか判らなくなりました」
アリアを失い、咲耶の心は苛まれている
その一方で可憐は、己の無力に打ちひしがれていた。
今回の一件が咲耶だけでなく、可憐や燕によっても相当堪えているのは、熾輝にも判っていたことだ。
かくいう彼も表には出していないだけで、ずいぶんと気を病んでいるのも事実だ。
「前にも言ったけど、僕は…咲耶も乃木坂さんが居ない方がいいなんて思っていないよ」
「それは、お二人が気を使っているからでは?」
「………」
気を使っている。
そう言われれば確かにその通りなのかもしれない。
実際、可憐には何の力もない。客観的に見ればお荷物以外の何者でもないのだから。
だから、そう言った可憐の言葉に対し、熾輝は心の中では否定したいのだが、それをうまく言語化する事が出来ず、言葉に詰まってしまう。
「今になって思うんです。もしも、私が咲耶ちゃんや熾輝くんと一緒に行動していなければ、その分アリアさんに守る力を注ぐ事が出来たハズなのかもと――」
「違う!」
ネガティブな考えをする可憐に対し、熾輝は柄にもなく声を張り上げてしまった。
驚いた可憐は、ビクッと肩を震わせる。
「あっ、……ごめん」
「い、いえ」
「………」
「………」
暫くの沈黙が続く
こういった時、上手く言葉を掛けてやれないのは、熾輝が抱える心の疾患の所為なのか
故に彼は大切な人を励ます事が出来ない自分を好きになれない。
だが、この気持ちを判ってもらいたかった。いくら可憐が己を卑下しようとも、自分たちがそんな風に思っていない事を判って欲しかった。
きっと、咲耶ならばこういうとき、ちゃんと言葉で伝えられるのだろうと思いつつも、熾輝は出来るだけ自分の言葉で想いを伝えねば相手に響かないのだと、この街で彼女たちと出会って学んだ。
「僕は………乃木坂さんの事が好き、だよ」
「え?」
歩みを止めた熾輝が可憐の目を真直ぐに見つめて言葉を紡ぐ
だが、当の可憐はキョトンとした表情のまま固まって動かない。
(えええぇぇえええ!?し、熾輝くんいきなり何を!?え?えええ!?い、いけません!燕ちゃんを差し置いて!)
微動だにしないまま固まっている彼女の心の中では、感情が物凄く荒れ狂っていた。
「…きっと、いや、絶対咲耶も燕も乃木坂さんの事が大好きなんだ」
「…ぁ」
言葉足らずな言い方かもしれないが、今の熾輝にとって精一杯の想いを紡いでいく。
だから、愛の告白とも取れる言い方をした彼に非がある。
決して勘違いをした可憐が悪いなんて事は決してない。
「君が、…乃木坂さんが居たから咲耶は魔術師としての一歩を踏み出せた」
「………」
「乃木坂さんが居たから燕は安心して妖魔が居る現場にも来ることが出来た」
「………」
可憐は熾輝の言葉を黙って聞く。
彼女は自分が居ない方がいいと言った。
しかし、そんな事は決してないと励ましたいのに上手く言葉にできない。
だから、せめて自分たちがどう思っているのかだけは、知ってもらいたかった。
言葉にしなければ伝わらない。…彼女から言われた事が今になってようやく自分にも理解できるようになった。
「僕も、乃木坂さんが居たから強くなりたいって……大切な人を守りたいと思う事が出来たんだ」
この街に来た当初、彼は可憐のコンサートに行った事がある。
その際、ハーミットに憑依された男と対峙した時の感情は、守りたいという想いが芽生えた瞬間でもあった。
心に疾患があるが故の彼の悩み…その1つに他人と関わる事が難しいという想いに苛まれる事が多々あったが、今思い返してみれば、彼女が居たからこそ誰かと関わる事を恐れずに一歩を踏み出せたのだと、ここへ至りようやく理解することが出来た。
―(あぁ、そうか。僕は―――)
だから、想いのままに今の自分の精一杯の想いを彼女に伝える
「居ない方がいいなんて事は決してない。僕が、…僕たちが一緒に居たいんだ。傍にいて欲しい。…それだけじゃ、ダメかな?」
「………」
熾輝の想いに対し、可憐は沈黙を守っている。
彼の真直ぐな視線を受けて、不意に彼女は視線を外し、俯いて動かなくなった。
そんな彼女を目の当たりにして、熾輝に僅かな動揺が走る。
今更ながら、自分の言葉を振り返り、ずいぶんと手前勝手で我がままな台詞を並べたものだと後になって後悔し始めたそのとき
彼女の瞳から一滴の涙が頬を濡らし、今度は彼女が熾輝を見つめ返した。
「熾輝くん…」
もしかしたら自分の気持ちが伝わらなかったかもしれないと思った彼の焦りとは裏腹に、彼女はいつもどおりの柔和な微笑みを浮かべてきた。
そして
「ありがとうございます」
その言葉と笑顔には、誰もが見惚れる程の威力が孕んでいた。
「…別に、思った事を言っただけだ」
苦し紛れというか、照れ隠しというか…熾輝にとっては、どっちつかずの感情が渦巻くなか、彼女から向けられた笑顔にまるで吸い込まれるかの様に視線を外す事が出来ない。
しかし、この何とも言えない感情に耐えかねて、無理矢理に視線を切った熾輝は、再び次の探索地点まで歩みをすすめ、可憐もそれに続いて歩き始めた。
「熾輝くんは、私の事が好きなんですね」
「んな!?」
歩きながら、どうにか心を落ち着かせていた熾輝の後ろから、不意に投げ込まれた言葉に思わず可憐の方を振り返った。
「違っ!そういう意味じゃない!」
「では、嫌いなのですか?」
「それはっ!」
好きか嫌いかの二択を迫られる
目の前の少女は、眼を潤ませながら「どっちなんですか?」と役を演じている
流石は子役様といったところか
この恐るべき少女を前に、流石の熾輝も手も足も出ず、降参せざるを得ない
「……勘弁してくれ」
片手で顔を覆い隠し、白旗を振る少年を前に、少女は笑いながら応える
「ふふ、燕ちゃんには内緒にしておきましょうね?」
「…オネガイシマス」
完全に手玉に取られた
出会った当初から、可憐から感じるプレッシャーの様な物は、おそらく魑魅魍魎が渦巻く芸能界で培われたものなのだろう。
熾輝にとって、きっとこの先彼女には一生勝てないと悟った瞬間でもあった。
そんな一連のやり取りのあと、改めて検索を開始する2人ではあったが、彼等は気が付いていなかった。…というよりも忘れていた。
実在から離れているとはいえ、法隆神社の神使である左京がすぐ傍に居た事を……その事実を後で知る事になる熾輝は、今のやりとりが左京を通じて燕へ行かない事を切に願うのであった。
そして、彼等が街のとある一角に足を踏み入れた瞬間、熾輝の動きが止まった。
「…これは」
「熾輝くん?」
不意に立ち止まった熾輝の緊張が可憐にも伝わったのか、彼の傍を離れないように近づいた。
「二人とも気を付ける。ここ、何か変」
「きゃっ!……左京ちゃん?」
「………」
完全に忘れていた。
そんな事は決して口にしないが、左京はそんな雰囲気を感じ取っていた。
「別にいい。…普段から影が薄いって言われているから」
若干ムスッとした表情で答える左京ではあるが、警戒を怠らないのは、流石は神使と言うべきか。
「…結界だ。この一帯に人払いの陣が敷かれている」
熾輝は直ぐに付近の気配を探る。・・・・・すると、対向からこちらへ近づいてくる気配を察知した。
気配の数は2つ
―(この気配は…ついに来たか。傍に居るのは誰だ?雰囲気から彼女と同類みたいだが…)
1つは覚えのある気配だったが、もう1つは知らない気配だ。
いまだ目視での確認は出来ていないが、数秒もすれば敵が視界に入る距離にいる。
この段階で熾輝がとれる手段は、戦うと言う選択肢しかない。
なぜなら、アリアが敵の手中に落ちている以上は、相手から情報を聞き出さねばならない。
「やるしかない」
決断してからの動きは神足だった。
熾輝は、内ポケットに隠し持っていたスクロールを取り出すと、内包していた収納術式を解除した。
収納空間から出てきたのは、武器や魔道具が装備されたバックルだ。
取り出したバックルを素早く腰に巻き付けると、後ろで不安そうな表情を覗かせていた可憐に声を掛ける。
「乃木坂さん、このあと、おそらく戦闘になるから―――」
「わかりました。では、直ぐに咲耶ちゃん達と連絡をとります」
「…頼む」
熾輝が指示を飛ばすまでもなく、可憐は手早くポシェットから携帯電話を取り出しながら路地裏へと移動し、身を隠した。
迅速な行動に関心する一方で、近づいてくる相手を目視で確認する。
視界に収めたのは、2人組の男女・・・
片方は高校生くらいの見た目の女。以前に熾輝と戦った事のある式神【刹那】
そして、もう一人は同じく高校生くらいの見た目の男で、見るのは初めてだが、気配の感じから彼も刹那同様に式神だという事が一目で判った。
だが、彼らの主の気配は感じられず、アリアの気配すらも感じる事が出来ない。
―(アイツらの主がアリアを監禁しているのか?)
この場に現れない主がアリアと一緒に居るのだろうと思考していた熾輝の目の前に、遂に2人の式神が立ちはだかった。




