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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
145/295

第一四五話 情報

校内に響き渡す鐘の音が生徒たちに終業の合図を伝える。


「―――結城さん、とうとう学校にこなかったね」

「…あぁ、風邪をこじらせたらしい」


心配そうにする友人の声に、熾輝は重たい声で答える。


本日は、彼らが通う学校の終業式。


くしくも、明日はクリスマスイブで、街中がお祭りムードだというのに、熾輝はそんな気分にはなれなかった。


「熾輝くん、大丈夫?」

「…何が?」

「何がって……結城さんが学校に来なくなってから君もだけど、乃木坂さんや細川さんも何だか元気がないよ?」


彼の言う通り、咲耶が学校を休むようになって、今日で1週間が経過する。


その間、熾輝たちは、どこか上の空で学校の授業を受けていた。


「ありがとう遥斗、でも大丈夫だ」

「そう、なら良いけど」


大丈夫…そう答えるも、彼の気分は一向に晴れる気配はなかった―――――





時間を遡ること一週間前、あの日、熾輝たちが別れたのちの深夜、咲耶からの連絡をもらい、少年たちは再度集合した。


しかし、そこにアリアの姿はなかった。


咲耶からの連絡では、アリアが家に戻らないと事前に知らせを受け、状況の確認を行ったのだが、その時の彼女は取り乱しており、話の要領を得なかったのだ。


『―――どうしよう、アリアが、アリアに何かあったら!』

『落ち着いてください。まだ何かあったと決まった訳ではありません』


震える声を出す彼女を可憐が必死に励ますなか、熾輝もまた焦りを感じていた。


――(状況的に考えて、敵の手中に落ちたと考えるのが普通だ。……だけど、何故アリアを狙った?)


焦る心を必死に抑え込み、冷静に状況を推察しようとする熾輝の中で疑問が浮上する。


仮に自分が相手の立場であれば、別行動をした2人の内、アリアではなく咲耶を狙う。


何故なら、咲耶は魔術師としては、まだまだ未熟で不意の襲撃に対応できるほどの力はなく、制圧するとなれば、さほど苦労せず捕獲できたハズだ。


尚且つ、咲耶を捕えれば魔導書も全て手中に収められるのだから、天秤にかければ彼女を狙う方が一番合理的なハズ…


―(…狙いは、魔導書じゃないのか?)


あまりにも合理性に欠ける行動に敵の真意を測りかねる熾輝であったが、そんな彼の考えは不意に断ち切られた。


『熾輝さま、ただいま戻りました!』

『双刃、どうだった!』


待っていた!と言わんばかりに返ってきた彼女に声を掛ける。


熾輝はアリア失踪の知らせを受け、いち早く双刃に動いてもらっていた。


彼女の能力の1つ【猟犬の狩猟術ハウンドドッグ】は、小さな手掛かりからでも、特定人物の履歴を追跡する事ができる。


『それが……』

『そう、か』


しかし、期待に反して申し訳なさげに応える双刃の態度からアリアの行方が判らなかったと悟る。


『熾輝さま、アリア殿の足取りが途絶えた現場にコレが』


彼女が差し出してきたのは、銀紙の様な物で作られた長方形の物体…コレには見覚えがあった。


『チャフか、……じゃあやっぱり』

『まず、間違いないかと』


以前、刹那を取り逃がした際に、敵が使用した追跡妨害用の魔道具


裏社会でも滅多に出回らない希少価値の高い代物を惜しげもなく使い、尚且つ、一度使った相手に対して再び使用するなど、熾輝に対する挑発行為にしか感じられない。


『熾輝さま、いかがいたしましょう?』

『…………双刃、出来るだけ街中の獣とコンタクトをとって、情報をかき集めてくれ。それと、もう一つ調べてもらいたい場所がある』

『はっ!主命とあらば!』


たっぷりと思考した熾輝は、双刃に指示を飛ばす。


彼女は、知性ある生物と意思疎通が出来る能力を駆使し、街中のありとあらゆる動物を一時的な使い魔としてアリアの情報収集を行うと同時、指示のあったある場所へと向かった。――――





そして現在


―(あれから何の進展もないままに時間だけが経過していく……歯がゆいな)


双刃の能力に頼り、街中の獣は彼女の使役下に置かれている。


おまけに法隆神社の神使たちの手も借りて、出来る限りの人海戦術でアリアを捜索しているが、何の手掛かりも出てこない。


「それじゃあ僕はこれで」

「…あぁ、またな遥斗」

「うん、次に会うのは年明けだね」


そう言って、別れを切り出した友人、空閑遥斗は校舎を後にした。


その背中を熾輝は、視界から消えるまで見つめ、自身も一度自宅へと向かおうとした。…だが、その前に


「――燕、乃木坂さん、帰るよ」


彼女らに声を掛けて、帰路につく。……とは言っても、各自の自宅に行くわけではなく、彼等は一時、法隆神社へと向かうのだった。


下校途中、彼等は終始口をつぐんでいた。


無理もない。身近な人間ひとが、なんの前触れもなく消えてしまったのだ。


まだ年若い彼女らの不安は、想像にかたくない。



◇   ◇   ◇



放課後、法隆神社で捜索の進展状況を神使たちから伝え聞くも何の進展もなく、その後はアリアの探索に当たったが、手掛かりすら掴めず、無情に時間だけが浪費されただけであった。


帰り際、咲耶の家に寄ってみたところ、彼女の熱も下がり、顔色も良くなっていたが、その表情は曇っていた。


連日に及ぶ探索で、無理が祟った身体の調子は、回復傾向に向かっていたが、精神的には疲弊していることが誰の目から見ても明らかであった。


彼女は、何度も熾輝たちに謝っていたが、彼らとてアリアの事を心配する気持ちは同じであり、咲耶だけが責任を感じる必要はないと、何度も言い聞かせた。


そして現在、彼女らを自宅へと送り届けた熾輝は、自宅マンションへと帰宅した。


時刻は、午後8時を回ったところで、常時であれば、既に葵が帰宅しているハズなのだが、彼女は帰ってきていない。


タイミングが悪いことに、彼女は1週間前から勤め先である病院から遠方への出張を言い渡され、現在この街には居ない。


そんな誰も居ないハズの部屋に帰ってきた熾輝がドアのカギ穴に鍵を差し込もうとして、室内から何者かの気配を感じ取った。


「………」


室内に居る何者かに対し、警戒レベルを上げる。……そして、迷うことなくドアを開錠し、気配を偽装しながら部屋へと入っていく。


仮に室内に居る者が敵であったとしても、アリアへ繋がる情報が得られるのであれば、迷う理由はない。


そして、気配のする部屋の前までやってきた。


そこは熾輝の自室…室内からは物をあさる音が絶えず聞こえてくる。


彼はドアノブに掛けた手を静かに回すと、中の様子をうかがいながら、そっとドアを開けた。


「……………こんな夜中に何の用だ?」


自室に潜む侵入者を見るなり、深い溜息を吐きながら問いかける。


「あん?随分と遅い帰りじゃねえか。保護者の女が居ないと夜遊びする不良少年になっちまうってか?」


侵入者を熾輝をみるなりニヤニヤとした笑いを顔に張り付けながら答える。


「質問を質問で返すな。お前こそ人の部屋で何をやっているんだ……ベリアル」


ベリアル、そう呼ばれた手のひらサイズの小さき者は、背中に生やしたコウモリの様な羽をバタつかせ、室内に設置されていた机の上へと舞い降りた。


「なぁに、円空の野郎からお前の監督をするように言われたんでな」

「…答えになっていないぞ。それが何で僕の部屋をあさる理由に繋がる?」

「そりゃあ、もちろん……俺様の趣味だ」

「今すぐ除霊してやろうか?」


ベリアルの答えにイラついた熾輝は、冗談抜きで全身からオーラをみなぎらせ、悪魔の駆除を行おうとした。


だが、そんな彼の様子なんてお構いなしに、目の前の悪魔はニタニタと笑っている。


「…まったく」


イラつきは収まらないが、目の前の悪魔が師である円空の式神である以上、無断で滅する訳にもいかない。


取り敢えずはオーラを霧散させて矛を収める。





ベリアル…数か月前、フランスで復活した古の邪神。その力は、世界を滅ぼす程の力を有していた……ハズだったが、佐良志奈円空の手によって倒されてからは、その忌むべき力を失い、今では残りカスの状態で現存している。


そして円空は、あろうことか目の前の元邪神を己の式神として使役しているのだった。


「で?本当に何しに来たんだ?」

「あん?だからさっきから言っているだろう。お前の監督だよ」

「監督ねぇ……」

「なんだ?文句でもあるのか?」

「文句なら山ほどある……ただ、今のお前が居て、何か役に立つのか?」

「あ゛あ゛あ゛!?」


青筋を浮かべて睨み付けるベリアルであるが、実際、今の彼には、そこら辺の低級霊と変わらない程の力しか残っていない。


ちなみに全盛期の完全体だったベリアルと言葉遣いが違うのは、力を失った事による影響らしい。


「言うじゃねえか。俺様が全盛期の力を取り戻せば、聖人だろうが国だろうが簡単に滅ばす事が出来るんだぜ?」

「……残りカスのお前に言われても実感が湧かない」


熾輝にしては、えらく辛辣な物言いだ。


元々、ベリアルを円空から紹介された時から馬が合わなかったと言う事もあるが、今は目下、行方不明であるアリアの事で心に余裕が無いのだ。


「んだよ、今日はえらくご機嫌斜めじゃねぇか。なにかあったのか?」

「………」


気に入らない相手に心の内を悟られ、あまり良い気がしなかった熾輝は、たっぷりと間を置いてから、諦めた様に話し始める。


「仲間が行方不明になった」

「殺されたか?」


配慮の欠片もない言葉に、思わずベリアルを鷲掴み、キュッと力を込める。


「お、オーケー、オーケー、冗談だって。そうマジになるな」


熾輝の本気が伝わったのか、手の中の悪魔は直ぐに謝罪を口にした。


「……なぁ、お前なら行方不明になった人を探す事は可能か?」

「お?いいねぇ、悪魔と取引しようってか?」

「ちっ、…対価はなんだ―――」

「だが、残念なことに、今の俺様には、そんな力はぇよ」


悪魔との取引には対価が付き物だ。だから、ベリアルの要求を渋々聞こうとした矢先、言葉を切るようにして、彼は出来ないと告げる。


「円空の野郎に俺様は、力の殆どを持って行かれちまったからな。今は最下級悪魔程の力しかない」

「………使えない」

「ぶはははは!ざまぁみろ!」


熾輝の悪態に対し、笑って答えるベリアルを恨めしそうに睨み付ける。


「ところで、行方不明になった仲間ってのは、やっぱりガキンチョなのか?」

「いいや、知性インテ持っジェン武器ウェポンの女性だ」

「はぁん、そんな物を血まなこになって探していると?」

「お前の価値観で測るな。アリアは僕たちの大切な仲間だ。物扱いは許さないぞ」


アリアを物扱いした事に対し、本気でオーラを漲らせ、次は本気で滅するという決意を見せつける。


「…俺様のような悪魔的存在によっては、お前等人間も十分に物と同様なんだけどなぁ」


熾輝の威圧を右から左へ受け流した悪魔は、魔法陣を展開させると、フワフワと浮き上がり空中で昼寝でも始めるつもりなのか、ゴロンとした姿勢をとった。


「だから、お前の事が嫌いなんだ――――って、おい!」


ベリアルに対し、悪態を吐き捨てていた熾輝は空中を浮遊する彼を見ていて思わずその小さな体を鷲掴みにした。


「うわっぷ!なにしやがる!」


気持ちよくくうを漂っていたベリアルは、突然体を掴まれたことに非難の声を上げた。


「おまえ・・・・・なんで魔術を使える?」

「は?」


その問いに疑問符が浮かび上がる。


「式神は魔術を使えないハズだ。なのに、どうしてお前は魔術が使える」

「何でって……ふつう使えるだろう?」

「は?」

「あ?」


話がかみ合わない。


そう思った熾輝は、ベリアルとの間に認識の違いがあるのだと思い至り、自身が知る式神についての知識を説明し、情報をすり合わせる事にした。


「―――――なるほどな。つまり、お前…いや、現代の魔術師の知識では式神は魔術を使えないと?」

「ああ。色々な文献を調べても、そういった情報はなかった」


熾輝の知識をもってしても式神が魔術を使えると言う答えには至らなかった。


だが、目の前には魔術を使える式神が居る。


ならば答えを知っているハズだと考え、直接本人を問いただす。


「法師の式神であるお前が魔術を使えると言う事は、法師はその技法を知っている。だけど僕にその事を教えなかったのには、何か理由があるかもしれない」

「…円空が教えなかった理由ねぇ」


熾輝の考えを聞いて、何か思い当たる節があるのか、ベリアルは一泊置いて語りだした。


「そりゃあ、禁忌に触れるからだろう」

「どういう事だ?」

「おっと、タダで教える程、俺様は気前良くないぜ」

「対価をよこせと?」


情報料を要求するベリアルに対し、フムと顎に指を添えて一考する。


「なら僕の魔力をお前に喰わせると言うのは?」

「ほほぅ」


現在、ベリアルの力の供給源は主である円空だけに制限されている。しかも悪さが出来ないように活動維持に必要な最低限しか分け与えられていない。


「いいのか?俺様が魔力を得れば何をするか判らないぜ?」

「どのみち法師に縛られているお前に大した事は出来ない。それに悪魔の契約は等価交換が絶対だ。情報に見合う魔力なんて、たかが知れているだろう」


そこまで考えての提案ではあるが、それをベリアルが飲むかどうかは別の話だ。


「……まぁ、いいだろう。おまえから魔力を得たからと言って、全盛期の俺様に復活は出来ないが、少しは力を蓄えておかなきゃ低級霊にも舐められてしまうしな」

「交渉成立か?」

「あぁ」


損得を天秤に掛けて結論を出したベリアルは、早速熾輝から魔力を貰い受けるべく、熾輝の腕に牙を突き立ててゴクゴクと魔力を吸い上げていく。


「……ごっくん、……ん?こりゃあ意外と濃厚な……それでいて癖のない……」

「おい、いつまで吸い続けるつもりだ?」

「ん?ああぁ、悪い悪い、思いのほか旨かったから、つい夢中になってた」


熾輝の魔力が余程お気に召したのか、周りが見えなくなるくらいに食事に集中していたと語るベリアルであった。


「それで、僕の知りたい事は答えてくれるんだろうな?」

「あぁ、悪魔は契約を守るからな」


口元を拭いながらベリアルは、ニヤリと歪めた口で語り始めた。


「まず、お前の知識にある事は間違っていない。が、全てを満たしていないんだ」

「…不十分ということか?」

「いいや、お前が語った知識だけなら満天をくれてやれる。しかし、前段階が抜け落ちているんだよ」

「前段階って………どの段階の事を言っているんだ?」


中々答えを切り出さないベリアルの言葉に対し、熾輝なりに考えを巡らせるも、やはり答えには至らない。


「魂と魔力核の分離…お前の式神に対する知識は、ここからスタートしているが、そもそもこの段階は、スタート地点じゃあないんだよ」

「スタート地点じゃないって…じゃあ、どこからが出発点なんだ?」


以前、熾輝は咲耶達に対し、式神を作る上での法則を語った事がある。


その際、式神とは肉体から切り離された魂によりしろを与える事で、使役する事が出来ると説明した。


しかし目の前の悪魔は、それでは不十分だと語り、その答えを直ぐにくれた。


「ズバリ、生きた状態からだ」

「んなっ!?」


思わず息が詰まる


「魂ってのは、生物が死ぬと肉体から切り離される。器を無くした魂は魔力核と分離する。なら、死ぬ直前に魔力核が分離されていないままの魂を素材にすれば、お目当ての式神が完成するって寸法よ」

「・・・・・」


ベリアルがもたらした解答に言葉が出てこない。


だが、理論的い言えば彼の言っている方法ならば、魔術を行使する式神を作る事は可能だ。


倫理を無視すればの話だが・・・


「だから禁忌と言ったのか。なら、アイツ等の主人は……」

「あぁ、おそらくお前の考えている通りだろうな」


重い表情を浮かべる横で、ベリアルは邪悪な笑みを浮かべる。


「まったく、人間と言うのは本当に度し難い」


ベリアルからもたらされた情報により、熾輝は敵である刹那について、幾分か理解する事が出来た。


だが、その一方で言いようのない感情が込み上げてきたのだった。



◇   ◇   ◇



熾輝がベリアルと密談をしていた一方で、街の一角にある場所では、ある人物たちもまた密談を行っていた。


「アリア、決心はついたかな?」


椅子に腰かけていた女性の背後から近づいた男は、アリアの肩に触れる。


何やら彼女に決断を迫っている様子だ。


「…本当に、これは正しい事なの?」

「当たり前じゃないか。人間の命は儚い。でも私なら…いや、彼女とならそんなモノどうとでも出来る。現にこうして君の前に帰ってきた私が何よりの証拠さ」

「でも、そうしたら、あの子は……」


煮え切らないアリアの心情を見て、彼女に悟られないよう笑いを堪え、言葉を紡ぐ。


「彼女は消えないよ。私たちと共に永遠の存在になるんだ。そうすれば、君と彼女と私は、ずっと一緒に居られる。もう寂しい思いをしなくてもいいんだ」

「………」


アリアに対し説得を試みるも、あと一歩を踏みとどまる彼女に苛立ちを感じるも、決して表に出す事はせず、最後の切札とも言うべき言葉を投げかける。


「アリア、…もう、独りは嫌だろ?」

「っ!………いや、イヤ!嫌!もう独りにはなりたくない!」


男の言葉が余程響いたのか、彼女は取り乱し、頭を抱えたまま震えだす。


「あぁ、だからこそ私は帰ってきたんだ。約束しただろう、もう君を離さないと…」

「ロォリィ」


この世の絶望を見て来たような、そんな表情を浮かべ、アリアはローリーと呼んだ男の顔を覗き見る。


すると、男は彼女を抱き寄せて耳元で囁く


「例え何を犠牲にしても君と一緒にいるから。大丈夫だ」


大丈夫…そういった男の顔は酷く歪められ、邪悪な笑みを張り付かせていた。


「うん、…うん!わかった。…ローリーの言うとおりにする」

「ありがとう、君ならそう言ってくれると思っていたよ」


男に抱擁されていたアリアもまた、彼の背に腕を回して自分からも抱きしめ返す。


しかし彼女は気が付いていない。


己が抱きしめた男の顔がどのように歪められているのかも、後押しされた言葉が彼女を奈落へと突き落としたものだということも―――――





「説得は成功したのか?」


アリアが居る部屋から出てきた男に対し、式神から声が掛かる。


「もちろん。彼女はこころよく引き受けてくれたよ。やっぱり持つべきは、利用しやすい女だね」


アリアが居る部屋の前だと言うのに、男はそれを隠すこともなく平然と言ってのける。


「あの女に聞こえるぞ」

「はは、平気だよ。部屋は音声遮断の魔術を発動させているし、それにアレは今頃夢の中さ」

「…そうか」


式神は、主の言動を聞き、深い溜息を吐く。


「それよりも、準備は整ったのかな?」

「あぁ、問題なく完了した。あとは贄を用意するだけだ」

「そっかぁ、あああぁ楽しみだなぁ。もうすぐの悲願が成就する」


男は年甲斐もなく、まるで子供の様にはしゃぎながら廊下を歩く。


「それとここ数日、屋敷の周りを嗅ぎまわっているネズミは、どうする?」

「邪魔になるようだったら処分しておいてよ。捨て置いてもいい雑魚なら放っておけば?」

「…判った。特段障害にもなり得ない小物だ。放っておくとしよう」

「でも、僕の事を怪しんでるのかぁ………一体どんなヤツだい?」


放っておいても構わないと言った男ではあるが、件のネズミが気になるのか、式神の話を少しは聞く気になったらしい。


「不明だ」

「はぁ?」

「上手く隠形おんぎょうしているため、正体までは掴めていない。ただ…」

「ただ何さ?」

「時たま気配をチラつかせ、こちらの動きを誘っているようにも思える」

「…餌に食付いて来いって?」


男の言葉に式神は首肯して応える。


「へぇ、………まぁ誰が相手だろうと、僕の敵じゃあない」

「では、決定に変更は無いな?」

「あぁ、ネズミさんも僕が張った結界で中の様子を誤認しているだろうし………というか結界を張っている事も気が付いていないだろうからね」


男の言葉から、その自信の程が窺える。


「そうそう、刹那はどうしている?」

「相変わらず殺気立っている。早いとこ発散させなければ暴走するぞ」

「ん~、そうだね。準備も整った事だし、そろそろ計画を実行しよう」


男がそう言うと、首からぶら下げている古ぼけたロザリオを一撫ひとなでし、ほくそ笑む。





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