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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
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第一四三話 悪の胎動

「な、なに!?」

「空気が震えています?」


その余波は、魔力を持たない少女たちにも感じ取れるほどの揺らぎ


「……妖魔が一箇所に集まっている」


魔力を放出し、付近の探知をするまでもなく、咲耶の身体でその異常を感じ取れた。


「シキ様、あれを!」


目を細めて遠くを見る双刃が、指さす方向を全員が一斉に注目する


「…妖魔を喰ってるわ」


そこにいたのは、岩・・・もとい、街の至る所からかき集めたコンクリートや民家といった物質をひとまとめにした巨大な岩人形だった。


その元凶が周りの妖魔を喰らい、力を増やしている


「アリア、あれって」

「ええ、私たちが最初に封印した魔導書、【岩石巨人レム】よ」


シキの知らない2人の過去において、どうやら件の妖魔は、咲耶が初めて封印した魔導書らしい。


だが、今は多くの妖魔を喰らい、記憶にある姿形からは大分離れているようだ。


「…大きいな」

「なに呑気な事を言っているの、あれが暴れ出したら空間ごと押しつぶされるわよ」


目の前にある巨大な岩人形を観察して、「大きい」と感想を述べたシキは、大分落ち着いているが、確かにアリアの言う事も一理ある。


なにせ、周りの妖魔を喰らって力を増した相手は、山の様に膨れ上がり、こんな空間なんて簡単に壊して現実世界へと脱出してしまうだろう。


「まぁ、何とかするよ」

「なんとかって……いまさらだけど、シキの魔術って私が知らない物ばかりよ。いったい誰に習ったの?」


威力はもちろんのこと、効果や規模は極めて危険な物ばかりだ。


そんな危険な魔術を教えているのは、何処のどいつだといった意味合いも含めて問いかけている。


「あれ?言って無かった?魔術の基礎は、先生から学んで、あとは僕のオリジナルだよ」

「は?」

「…え?」


愕然とするアリアに対し、彼女の反応が予想外だったのか、シキは疑問符を浮かべる。


通常、魔術師は、己の師から教わり、ある程度の修得を認められれば、己自身で探求するものだ。


この点に関して言えば、アリアとしても十分承知している事実である。


しかし、だからといって、現在11歳の少年が、あれほどの魔術を己で作り上げたとは、到底信じられなかった。


「ふ、二人とも!お話は済んだかな!かな!」

「妖魔が動き出しました!」

「わわわ、地震がすごいよ!」


ついつい話をしてしまっていた二人に対し、少女たちが割り込みをかける。


緊急事態だというのに、なにを呑気に話し込んでいるの!?といった眼差し込みでだ。


「おっと、いけない。…じゃあ、最後の仕上げにかかるとしますか」


うっかりしていたという雰囲気を出しているが、別に忘れていた訳ではない。


シキとしては、ゴーレムが他の妖魔をかき集めてくれるのを待っていたのだ。


そのほうが、動き回らず、合理的に敵を殲滅できると考えていたのである。


「まだ試していない術式もあるから、この際、いっぺんに撃ち込んでみよう」

「え?ちょっと、シキくん待―――」


待ってと声を掛けようとしたサクヤの言葉を最後まで聞かずに、シキは夜の空へと跳躍して行った。



◇   ◇   ◇



異相空間に出現したゴーレムが一歩を踏み出すと共に大地が揺れる。


まるで、いつか映画で見た巨神兵を思わせる風貌・・・とはいかず、こちらは随分と不格好で、2等身の土人形だ。


だが、その質量は街中からかき集めただけあって、山の様なという表現がぴったりくる。


「まっすぐ街の境界へ向かうか……なら、こちらも手加減はしない」


最初はなから手加減なんて考えていなかっただろうに…とは、誰も突っ込まない。そもそも、今この場所にはシキしか居ないのだから・・・


それはさておき、自分を無視しての逃走策とも思える妖魔の行動


敵に背を向けるなど言語道断とは、言わないまでも、折角力を増やしたなら相手をしてくれよと、いつになく余裕を感じさせる思考をしていたことに、シキは今更気が付いた。


それも仕方ないと言えばそれまでだ。


どれ程この力に憧れたことか…魔術の才が無いと知った時の絶望感を今でも覚えている。


だからといって、決して諦めなかった。・・・いや、諦めきれなかった。


他者よりも多くを学び、魔導の深淵に近づくための努力を怠らなかったという自負はある。


だからこそ、今、こうして魔術を自在に操れている訳なのだが、……名残惜しいと思いつつ、所詮借り物の肉体に借り物のの力だ。


時がくれば本来の持ち主に返さねばならない。


だが、この一時いっときが彼を更なる高み・・・ではなく深淵へと導く起爆剤となるだろう――――



そして、シキの身体からみなぎる魔力が、外界へと放出されほとばしる。


「さぁ、フィナーレだ。僕の全身全霊を掛けて、お前を倒す!」


満月の夜空に浮かべた魔法陣の足場に佇む少年は、まるでマエトロのように腕を振るい、幾多の魔法式を展開させていく。


「……奈落ならくおとし」


大地に展開された魔法式が発動する。


ゴーレムの足元の地面が流動を始め、妖魔を呑み込んでいく。


しかし、これはあくまでも足止め。


妖魔の進行を食い止め、現実世界への逃走を阻止するためのものだ。


「渦巻く落雷!荒れ狂う雷槍!」


次々に放たれる魔術がゴーレムの外装を削り取っていく。


そして、雷に内包された力が妖魔に浸透し、ゴーレムに取り込まれた悪霊が内部で滅せられていく。


「紫炎の強襲!紅蓮の炎環!」


燃え盛る炎獄がゴーレムを包み込み、岩の体をドロドロに融解していく。


痛覚の存在しないハズのゴーレムが炎を振り払おうと、己が体をむしり、まるで苦痛にもがいている様にさえ感じる。


「流星の軌跡よ集え…星屑スターダスト斬光ブレイク!」


無数に散らばった光が、文字通り光速で撃ちだされると同時、体の各所を照らしだし、次々と爆発が起きる。


爆ぜた個所からは、瘴気が漏れ出し、岩の体の再生を許さない聖痕のろいを刻み付ける。


ついには、削り取られた体から、呑み込んだ妖魔が一掃され、ゴーレム本体を残すのみ。


しかし、妖魔の核は、依然巨大な岩壁によって護られている。


山の様な巨体から小さな核を見つけ出すのは、至難の技。しかも岩の中を高速で移動しているため、魔術を当てる事も難しい…だが、既に隠匿を暴きだす術式は発動されていた。


探知術式、真実の眼!


これによって、シキはゴーレムの核を捉えている。


あとは、魔術を当てさえすれば、ゴーレムは滅びる。


「……暴風の螺旋槍!!!」


シキの声に呼応して、頭上に展開された魔法式が発動する。


超圧縮された大気の槍が一直線にゴーレムの頭部を貫き、荒れ狂う風の槍が岩の体へ触れた瞬間から塵へと還る。


狙うは、妖魔の核ただ一つ


真実の眼によって暴かれた座標を正確に射抜くための軌跡を辿る魔の槍


しかし、槍が妖魔の核を捉えようとした瞬間、高速で移動する核が突如、軌道を変更し、紙一重で魔の槍を回避してしまった。


だが、シキがこれを予測していない訳がない。


「術式解放」


紡がれた呪文が、魔の槍に隠されたもう一つの術式を起動させた。


「風絶!」


魔法名を唱えた直後、ゴーレムの体内で暴風が荒れ狂った。


その威力は、螺旋槍が内包した力をそのまま広範囲に広げ、半径50メートルに存在する物質が風の力によって塵へと還る。


もちろんゴーレムの核もろともだ。


周囲に巻き起こる暴風が異相空間の大気を震わし、街に出現した岩の巨人の体をボロボロと音を立てて崩壊させていく。


妖魔は、断末魔を上げる事も許されず、一人の魔術師によって消滅という審判をくだされた。



◇   ◇   ◇



シキは、展開を続けていた真実の眼で、妖魔の消滅を確認すると、浅い溜息をいて、ゆったりとした速度で地上へと降下を開始した。


眼下に佇む少女たちの姿がだんだんと鮮明に映りだす。


月の光に照らされた彼女らの表情は、それぞれが違った意味で驚きの表情を浮かべている。


そんな少女たちの顔がおかしかったのか、僅かに笑みがこぼれだす。


「お帰りなさいませ、シキ様。お見事でした。」

「シキ君、惚れ直したよ!」

「お怪我は、ありませんか?」

「お帰り、シキ君!」

「やるじゃない、シキ」


皆が一斉にシキを出迎える。


そして、戦いを終えた魔術・・は、いささかの疲れも見せずに己の帰還を告げる。


「…ただいま」


今回の魔導書は、今までで最も規模が大きく、最も厄介な相手だったハズなのだが、戦いが終わってみれば、なんてことはなかった。


そう思わずにはいられない程の圧倒的な実力差があったとしか言えない。


それに、シキ自身、例え元の身体で、咲耶と協力すれば、時間は掛かっても妖魔を打倒する事は可能だったと思っている。


なぜなら、過去の魔導書について、解析と対応策などを既に頭の中でシュミレートさせているからだ。


「そういえば、妖魔を全部倒したのに、現実世界に戻らないね?」


不意に燕が口にした発言に、少女たちも「そういえば」と口を揃えた。


「まだ、全部を倒した訳じゃないから。…今回の魔導書、再演リフレインを封印して、ようやく決着だよ」

「「「あああっ!」」」


おそらく忘れていたのだろう。


少女たちから慌てた声が上がる。


「それで?魔導書の本体がある場所は、見当がついているの?」

「うん…というより、既に捕縛はしてある」

「なんと!?流石シキ様です!」

「い、いつの間に」


戦いの最中さなか、発動させていた幾つもの魔法式の中に捕縛術式を紛れ込ませる事によって、リフレインを捕まえたと語るシキに、アリアが驚きを通り越して、良い意味で呆れている。


と、そんな会話の中、シキとサクヤの身体に変化が訪れた。


「な、なにこれ!?」


二人の体から淡い光が溢れ出し、光の線が繋がる。


「…どうやら、リシャッフルの効果が消えるみたいだ」

「じゃあ、元に戻れるの?」

「うん、予想よりも早いけど、これで元通りだ」


アリアの予想では、2・3日と言っていたが、魔法発動からおよそ24時間ほどで効力が切れたことは、2人にとって有難いことだった―――




結局このあと、2人は元の体に戻り、捕縛していたリフレインを咲耶が封印した。


封印する際、咲耶は熾輝が戦ったのに美味しい所を自分が頂く様で申し訳ないと言っていたが、こればかりは仕方が無いと言い含め、渋々封印を行った。


リフレインを封印した後は、異相空間が緩やかに崩壊し、現実世界への帰還を果たす事が出来た。


そして、残る魔導書は、あと1つ


近いうちに敵との直接対決になると考えていた熾輝は、更なる力を身に付けるため、一層修行に励むことを決意していた。



◇   ◇   ◇



『―――逃げて!―――!アイツは、―――なんかじゃない!』

『いやだよ!お姉―――!――兄ちゃん!――――!』

『―――!俺たちに任せろ!―――えは、―――ず―――たちが守―――!』


森の中を駆け抜ける3人が怯えた声で何かを言っている。


これは、彼女の記憶……


だが、鮮明に思い出す事が出来ない。


ただ一つ言える事は、これは決して忘れてはいけない気がしたということだけ―――





「・・・嫌な夢をみた」


次に彼女が目を覚ましたのは、薄暗い見慣れた洋館の一室だった。


「やぁ、目が覚めたかい?刹那」

「・・・」


思考がぼやけているのか、声を掛けてきた男を視界に収めるも、直ぐには返事が出来ない。


「きみ、3カ月も眠っていたんだよ?」

「3…ヶ月…?」

「うん。厄介な呪いを受けたせいで、解呪に時間がかかったけど、もう大丈夫だ」


男の顔は緩んでいた。


しかし、それは彼女を心配しているとは思えない…ともすれば、呆れを含んだ表情だ。


「のろい・・・・・・・・っ!?アイツ!」

「どうやら思い出した様だね」

「許せない!よくも!よくも!よくもーーー!絶対にぶっ殺してやる!!」


激情に任せて喚き散らす刹那の目は、怒りに染まり、血走っている。


「…安心しなよ」


主である男は、怒り狂う彼女を見て、満足そうに微笑む。


「計画を最終段階に進める。邪魔者は好きにして構わない」

「本当に?」

「あぁ、…ただ、彼には厄介な取り巻きがいるからね。ひとまず殺すのは計画が終わった後だ」


男は邪悪な笑みを浮かばせて「わかったね?」と、刹那に言い聞かせる。


「わかった。言う通りにする。それで?いつになればアイツを殺していいの?」

「そうだね…とりあえずは、私の物を彼女から返してもらわないと、計画を進められない」


早く、早く殺したいと、ぶつぶつ呪言を繰り返し唱える刹那を前に、ほくそ笑む男


そして、ついに熾輝たちにとって最凶の敵である彼らが動き出す。



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