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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
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第一四〇話 トイレとお風呂

ここ最近、平和な日常を過ごしていた熾輝たちであったが、突如発生した魔術によって、熾輝と咲耶の身体が入れ替わってしまうと言う、およそ魔法系物語では、お決まりの事件が発生したのだった。


「―――という事で、これから熾輝の自宅に向かいましょう」

「なにが「という事で」なのかは、判らないけど、やむを得ないね」


身体が入れ替わってしまい、この状態のまま各々の自宅に帰っても、面倒なことになるのは目に見えているため、一先ずは魔術に精通する人物がいる家という事で、熾輝の家へと向かう3人であった。


そして現在、3人は熾輝の家に居る訳だが、本日、葵の帰りが遅くなると、双刃から聞いたため、状況の整理も含めてリビングで話し合いを始めていた。


「しかし、本当に中身が入れ替わっているのですか?」

「ええ、事実よ。魔導書の中に【リシャッフル】ていうのがあって、お互いの身体を入れ替える魔術よ」


アリアから事情を聴いた双刃が、熾輝と咲耶の顔を交互に見合わせて、観察する様に見つめ、信じられないと言った様子でいる。


「一応、魔術を使用した妖魔は、魔術を発動して自然消滅したから、封印は苦労しなかったけど、暫くはこの状態が続きそうだ」

「…と言いますと、自然に元に戻るのですか?」

「ええ、リシャッフルの効果は、術者の技量にもよるけど、使用した妖魔が発動させただけで消滅する様じゃあ、せいぜい2・3日ってところかしら」

「うぅ、それまでは家に帰れないんだね」

「「……なんだか、違和感しかない・ありません」」


咲耶の姿で冷静に物を言うシキ、熾輝の姿でめそめそと落ち込むサクヤ……その様は、もはやアリアと双刃にとって違和感しかないのは、もう言うまい。


「でも、どうしたって各自の家には寝泊りしなきゃマズイだろうね」

「そうだよ。パパさんだって、今日は仕事で帰って来なくても、明日には戻ってくるんだし」

「こうなれば、熾輝様には咲耶殿を演じてもらう他ありませんね」

「大丈夫かなぁ、お父さんに気付かれないかなぁ」

「まぁ、私も一緒に居て、フォローするから大丈夫よ」


一先ず、2人の身体が元に戻るまでの間、お互いの家で過ごすという結論に至った訳だが、どうにも不安が残る。そして、その不安の1つが、今まさに迫っていた。


「よし、方針が決まったところで、大事な話がある」

「なあに?」


真剣な表情で咲耶の身体に入った熾輝……もう、面倒臭いので、それぞれを【シキ】・【サクヤ】と表現する。


真剣な表情でシキが3人に対し、語り掛ける。


「……トイレと風呂はどうすればいいだろうか」

「………」

「………」

「………」

「シキくんの、えっち」

「シキさま、流石にソレは…」

「むっつりめ」


3人の冷たい視線が突き刺さる。


が、このまま2・3日も風呂はともかくトイレを我慢し続ける事など不可能だ。


敢えて苦痛に身をやつし、提示した議題が己の恥となろうとも、現実主義のシキにとって、聞かないと事は有り得ない。


むしろ、知っていて敢えて言わないのは、後々のトラブルに繋がると心得ているからこその問いなのだ。


「いや、だって、風呂はともかく、トイレだけはどうにかしないと」

「ま、まぁ確かにその通りでございますな」

「うぅ、早くも心がくじけそうだよぉ」


これがアニメや漫画の世界ならば、敢えて触れない不可侵領域!だが、これは現実だ!この議題は、入れ替わり回なら触れなければならないだろう。


「無難に目隠しして、すればいいんじゃない?」

「サクヤがそれでいいなら、僕は目隠しするけど」

「……やだ、やだやだやだ!絶対ダメーーー!」


この解答は、あらかじめ予想していた事なので、熾輝も下手に説得は試みずに、女性陣に任せようと、視線を送る。


「サクヤ……大丈夫、お互い様だから、色々な意味でノーカよ」


期待した自分がバカだったと、落胆すると同時、深い息が自然と出る。

というか、色々な意味ってなんだよと、心の中で吐き捨てる。


「しかしサクヤ殿、現実問題、かわやでの事は致し方ないと思います。極力我慢をして、回数を減らすという事で、いかがでしょうか?」

「ヴゥ~、でもぉ」


彼女も仕方のないことだと理解はしているだろう、しかし簡単に納得できないのは、年頃の女の子だからであって、これが同性であれば、何ら問題は無かったハズだ。


この時ばかりは、シキも何で自分とサクヤが入れ替わらねばならなかったんだと、世の不条理を呪わずにはいられなかった。


と、ここでシキはあることに気が付いた。どうにも、サクヤがモジモジとして落ち着きが無い。


「……ねぇ、サクヤ、もしかしてトイレに行きたいの?」

「っ!?な、なんの事でしょうか!?どうして、そんな事を言うのかな!シキくんは!」


明らかに動揺するサクヤを他所に、シキはテーブルの上に置かれていたカップに目を落とす。


まだ秋になったばかりとはいえ、少々寒い日が続く今日こんにち、キンキンに冷えたオレンジジュース、そして大量の氷が入っている。


先程から咲耶のカップの中身が減る度に、さりげなく注いでいた双刃と、そうとは気付かずに飲み続けるサクヤ……つまりは、利尿作用を利用しての兵糧攻めならぬ飲料攻めを誰にも気付かれないように決行していたのだ。


先程のやり取りからは、あまり良い顔はしていなかった双刃であるが、なんと!シキ達が入れ替わったと聞いていた時点で既に彼女は、この問題にぶつかると予想し、先手を打っていたのだ。


この時ばかりは、彼女に対し、羨望せんぼうの眼差しを送ったシキであった。


「ふふふ、…サクヤ殿、どうやら大いなる試練が早速訪れたようですね?」

「はっ!ま、まさか双刃ちゃん!一服盛ったね!?」

「はて?何のことでしょうか?双刃は、客人に飲み物をお出ししたに過ぎません。カップの中身を飲んだのは、他ならぬサクヤ殿ではないですか?」

「ひ、ヒドイ!こ、こんなやり方」

「さぁ、どうします?厠に行くことを良しとすれば、廊下に出て右の扉を開けるだけですよ?まぁ、サクヤ殿がどうしても拒むのであれば、致し方ありませんが……果たして何処まで耐えられますかな?」

「なんて恐ろしい事を!」


ここへ来て、サクヤは始めて双刃の恐ろしさを理解した。見た目、自分達と同年代くらいの女子であるが、実のところ、彼女は相当な歳月を重ねている。以前、熾輝が双刃の生まれについて聞いたところ、「昭和から昔は覚えていません」と、はぐらかされている。


「さあ!どうします!さあ!」

「ふ………ふえ~ん!双刃ちゃんのアホーーー!」


ついに白旗を上げたサクヤが、用意されていた目隠しをぶん取ってトイレに駆け込んでいった。


「ていうか、シキは平気なわけ?」

「別に平気じゃないけど、サクヤの精神的ダメージに比べれば、些細なことだよ」


男であろうと、女に自分の用を足す姿を晒されているも同然なこの状況に、流石のシキも平然とはいかないが、状況的にやむを得ない…というよりも諦めにも似た感情を抱いていた。


「―――うっ、うっ、大人は卑怯だぁ」


トイレから帰って来て以降、素で泣き続けるサクヤ。その状況をシキは黙って見続けている。

正直、自分の泣き顔を見るハメになるとは思っていなかったため、これは、これでキツイ物がある。

だから、いい加減泣き止んでほしいというのが本心だが、そんな事よりも、シキの精神をガリガリと削る事態が起こっている。


いつもなら、ここで何らかのフォローを入れるハズのアリアであるが、今現在、彼女を含め、双刃たち2人は、席を外している。


というよりも、自宅を出て近くのコンビニへ買い出しに行っているのだ。


双刃いわく、明日の朝食の材料が無いとの事であったが、それは口実で、仕方が無かったとはいえ、サクヤを罠にハメるような真似をして、顔を合わせずらかったのが本心なのだろう。


そして現在、泣き続けるサクヤを前に、新たなる問題が浮上していた。


みれば、サクヤの股下部分がジュースを零した様に濡れている。


……結論から言うと、結局間に合わなかったのだ。話を聞いたところ、トイレにまで駆け込んだは良いものの、いくら目隠しをしていてもズボンを下ろす勇気が出ずに、結果として大惨事となったらしい。


「というか、一番ダメージを負っているのは、結局僕だよね」


ボソッと遠い目をしながら呟くシキの声は、おそらくサクヤには聞こえていない。


そして、意を決したように、立ち上がったシキは、今も泣き崩れるサクヤの手を取って、立ち上がらせる。


「きゃっ!?」

「………」


自分の姿で「きゃっ」という声が発せられることに、精神がジリジリと削られる感覚に襲われるも、サクヤの手を引き、とある場所へ向かう。


廊下を歩き、扉を開けた先にあったのは……


「し、シキくん、ここって……」

「もう諦めて。こうなった以上は、腹をくくるしかない。…僕は腹をくくった」

「%&$#$%&$#%&$#$#!」


声にならない声が脱衣所から響き渡った。


「ま、まって!お願いだから!」

「恥ずかしがるな!ていうか、僕の身体なんだから、裸になったところで見ている僕は何ともない!」

「そ、そうかもだけど!いや、そうじゃなくって!私が見られちゃう事になるからして!」

「いつまでも漏らしたままの自分を見ている僕の方が嫌なんだよ!ていうか、そっちは下着のままでいいから、とにかく風呂に入れ!」


若干ヤケクソ気味に、無理やりサクヤの服を脱がそうとする。そして、それに抵抗するサクヤは脱がされまいと身体を縮めている。


「はぁ、はぁ、はぁ……抵抗するなら、仕方ない」

「はぁ、はぁ、はぁ……な、何をする気かな!」

「ふ、そんなのは知れたこと……こうするのさ!」


そう言って、シキは自分の着ている服に手を掛けると、勢いよく脱ぎ始めた。


「いや~っ!まってえぇ!そんなのダメー!」


泣き叫ぶサクヤと強行策に訴えるシキの小さな戦いが脱衣所で繰り広げられた―――











「え~ん、ヒドイ、ヒドイよ、シキくん」

「………」


そして現在、下着姿となったシキの目の前で、サクヤが泣き崩れている。


如何いかにやむを得なかったからといって、少々やりすぎた感がいなめないのか、マジ泣きをしているサクヤを目の前に、どうしようと困惑していた。


「ご、ゴメン。僕もちょっと混乱して……やりすぎた」


身体が入れ替わっているからといって、同年代、しかも小学5年生といえば、大人へと成長するために、色々と身体に変化が起こり始めている最中の乙女の素肌を晒してしまったのだ。


これは、もしかしなくても取り返しのつかない事をしてしまったのでは、ないかと内心で焦っている。


「と、とにかく、お風呂に入ろう?」


そして、未だに混乱しているのか、もはや正常な判断を下せていない。


身体の入れ替わりが起きているからといって、同年代の男女が一緒に風呂に入るなど、普通はありえない。


「う、…うん」


あり得ないのだが、どうやらサクヤも、この状況に混乱してしまっているのか、まるで自分自身と風呂に入るという感覚で承諾してしまった。


だが、中身が熾輝であるという最低限の認識はあるようで、おもむろに脱衣所に備えてあったタオルを目隠し代わりにし、シキの顔に巻き付けた。その上で下着を脱がしたサクヤがシキの両手をタオルで縛る。


「あの、サクヤさん?」

「…変なところ、さわっちゃダメだからね」

「さ、さわらないよ」

「えっちな事も考えちゃダメだからね」

「わかった」


これ以上、サクヤの機嫌を損ねれば、何をされるか判らないと考えた末の回答だ。


その後、サクヤは腰にタオルを巻きつけてから下着を下ろすと、目隠しをして視覚が遮られているシキの手を引いて、風呂場へと誘った。



◇   ◇   ◇



湯気が満たされた風呂場で、少年と少女は肩を並べて湯船に浸かっている。


ここへ至るまで、身体を洗うという行為について、四苦八苦しながらも、なんとかお互いの身体を綺麗に洗い終え、現在に至る訳だが、段々と今の状況に異常性を感じ始めているのか、二人は終始無言を貫いている。


「うぅ、なんでこんなことに」


しかし、沈黙を破ったのはサクヤの方だった。


入れ替わりが起きている状況で、精神的にダメージを負っている少女にとって、このシチュエーションは、相当に堪えているハズだが、言葉を発する程には回復したのか、それとも開き直っているのかまでは、シキには判らない。


「まさか、ローリーの書に、こんな魔術があるとは思わなかった」

「ローリーさんは、どういうつもりでこんな魔術を作ったの?」

「アリアが言うには、ローリーは意味も無く魔法式を作っては、楽しんでいたらしいから、特に目的は無かったんじゃないかな」


意味なくこんな魔術を作れるローリーは、間違いなく稀代の天才と呼ぶにふさわしいのだろうが、天才の考えなど、常人には判らない。こうして実害をこうむっている立場から言わせてもらえば、 ふざけんな と叫びたくなるのは、仕方が無いと言える。


「…ローリーの書も、あと2つで収集が終わるんだね」

「うん、その内の1つは、僕が探している経歴ヒストリ閲覧ーソース…これは、敵側が所持している事が判っている」


なんの気なしに口にした言葉に、シキは未だ謎に包まれている敵を見るような目で虚空を見つめる…が、目隠しをしているため、サクヤにはその状況が判らない。


「やっぱり、戦わなきゃダメなのかな?」

「残念ながら、高確率で戦いになるハズだ。敵側の式神の異常性は、話したけど、とても話の通じる相手じゃなかった」


以前の戦いを思い出し、刹那と名乗る式神の言動等を思い起こせば、そう思うのは無理からぬことだ。


「どうして、争いになるんだろう。ローリーさんは、そんな事のために魔導書を作ったんじゃないのに」

「…魔術師が力を求めるのは必然的なことだ。むしろサクヤの様なタイプの方が稀だよ」

「でも、魔術を良いことに使えば、きっと皆が幸せになれる気がするの…それじゃあダメなのかな?」

「そうだね……」


力を求める魔術師のさが…しかし、これは人間としての性と言ったほうが正しいのかもしれない。


人間とは元来、闘争を好む生き物だ。人間の根底に闘争本能があるからこそ、人は競い合い、魔法社会は大きく発展を遂げてきた。


しかし、そんな真実を目の前の少女に対し、突き付けるのは、いささか残酷すぎる。


「サクヤみたいな考えを持った人が居れば、争いは起きないし、きっと世界は平和になると思う。だから、サクヤが魔術を良い事に使えば、きっと同じ考えの人が力を貸してくれるよ」

「…シキくんは?」

「え?」

「シキくんは、私と同じように、魔術を良い事に使ってくれる?」

「僕は…」


魔術を良い事にと、願う少女の問いに、シキは即答できなかった。


それは、自身が魔術を使えないからではなく、人間の愚かしさや醜さを目の当たりにしてきた自分には考えも付かない事だったからだ。


「サクヤ、言っておかなきゃいけない事がある」


シキは、神妙な面持ちで語りだした


「僕はね、魔術が使えないんだ」

「………え?」


彼女の問いを無視している訳ではない。


シキにもサクヤの考えが、どれだけ素晴らしい事かは理解している。


それと同時に困難な願いである事も……だから、今の自分には、その問いに対し、答えを出す事が出来なかった。


自身の身体に居る彼女に対し、言わなければならなかった。これから先、万が一にも敵に遭遇したり、魔導書事件が発生した場合、彼女は自衛の術を失っている状況を知っておいてもらわねばならないからだ―――


「―――という訳で、僕の魔力核は魔術を使う上で役立たずなんだ」


シキは、己が魔術を使えない経緯をサクヤに説明した。


熾輝が魔術を使えない理由は、簡単に説明すると、魔力核が世界に対して命令の実行が行えないという一点に尽きる訳で、現在、魔術世界において定説とされてきた魔力で魔術が発動すると言う考えとは、随分とかけ離れたものであり、これは、魔術が発現しない熾輝だからこそ発見した仮説だ。


もちろん、そのことも含めてシキはサクヤに説明を行った。


「で、でも、シキくんが魔術を使っている所を見た事があるよ?」


サクヤの言う熾輝が魔術を発動させていた場面とは、異相空間で結界を張ったり、法隆神社で真白様を浄化した際に使用したときの事だろう。


「あれは、とある人から貰った補助道具を使ったから出来たことで、更に言えば、僕だけが出来る方法で発動させた魔術モドキだ。大した効果もないし、補助道具無しだと、身体に係る負担が大きすぎて、命を落としかねない」

「…あれって、そんなに危険な事だったんだ」


まさかの真実に、驚きを隠せない


「でも、魔術を使えないシキくんは、なんで魔術に対しての知識がすごいの?」


もっともな意見である。


普通なら、使えない力の事についての知識なんて意味をなさない。


それよりも、己が持ちうる力は、オーラだというのなら、そちらを極めようと躍起になるのが普通だ。


「まぁ、単純に諦めきれなかったというだけの話が半分で、先生が教えてくれる魔術という物を弟子の僕が理解していないのは、格好が悪いと思った訳で…」

「あぁ、なるほど」


熾輝の葵に対する尊敬の念は、咲耶も承知しているため、すんなりと納得してしまっている。


「べ、別にそれだけじゃないよ。魔術の知識があれば、対処も出来るし、まったく使えない訳じゃないから」


言い訳じみた回答をしているが、シキが言っているように、魔術が使えなくても魔術に対する知識があるだけで、対向できる手段が存在する術があるのも事実だ。


「それに、僕の知識がサクヤの役に立っているは事実だ」

「…そうだね、シキ君は、私にとっての師匠だもんね」

「まぁ、知識だけあって、未経験者な師匠だけど」


未経験と言うのは、あくまでも正常な魔術が扱えないという意味だ。


しかし、知っているけど経験は無いというのは、人生において割と少なくない。


そんな話を続ける2人から、自然と漏れる笑声しょせいが風呂場で反響する。


「そろそろ出ようか」

「そうだね」


最初はぎこちなかった2人だったが、いつしか笑えるようになり、身体が温まったところで、湯船から出る事にした。


日本人は裸の付き合いをすることによって、お互いの距離を縮める事が出来るという・・・・・・しかし忘れてはいけない、この異常な状況を・・・・そんな状況に心がマヒしてしまっていた事を2人は認識すらしていなかった。


風呂場から脱衣所へと出た2人、濡れた身体を拭くために、目隠しをして手を縛っていた状態のシキの身体をサクヤが拭いていたときのこと・・・・


「ただいまぁ」

「・・・」

「・・・」


玄関から聞こえる家主の声に、2人の思考がフリーズした


「熾輝くん、帰っているの?」


人の気配はあるが、返事が返って来ない様子を不思議に思う葵が、玄関から近い脱衣所へと歩みを進めてくる足音が聞こえてくる。


『どどどどうしよう!』

『おお落ち着いてサクヤ、ひとまず隠れなきゃ!』


先程までなら双刃とアリアが居てくれたが、今は外出中のため、足止めをする人間が居ない。


そもそも、2人が居たとして、この状況を知られるのは些かマズイという考えも、今の2人には思い至らない。


焦る2人は、この場を切り抜けるために隠れる事を選んだ訳だが、視界を奪われた状態のシキが行動を起こすには、少々難がある。


だから、多少強引ではあるが目隠しに使われているタオルを取ろうとしてしまった。


『キャー!シキくん何やっているの!』

『だって、風呂場に隠れなきゃ、勘違いされるだろ!』

『それでも、ダメえええ!』

「熾輝くん、そこにいるの?」


声を抑えているが、騒がしい気配に気が付いた葵が、洗面所の前から声を掛けてきた。


「お、お帰りなさい先生!」

「……咲耶ちゃん?あれ?熾輝くんは?」

(し、しまったああああ!)


入れ替わりをしている事を忘れていた訳ではない。だが、習慣とは恐ろしいもので、こうした突発的なトラブルの際、いつもの癖というのは自然と出てしまうのだ。


だから、咲耶の身体に入った熾輝が返事をしてしまう事を誰が責められるだろうか。


「えっと、いま熾輝くんは、アリアと買い物に出かけていて―――」

「ただいまぁ、シキ・サクヤ、さっきはごめんねー」

「シキさま、ただいま戻りました。サクヤ殿の機嫌はいかがですか?」

「・・・」

「・・・」

「・・・」


なんとタイミングの悪い。


もはや万事休す。


誤魔化すための嘘が一瞬で崩壊し、扉の前に居る葵に不信感を抱かせてしまった。


「咲耶ちゃん、開けるわよ?」

「ま、まって下さい!先生!」

「だ、ダメええええええええ」


2人の静止も虚しく、扉は開け放たれた。


そして葵の目に、目隠しをされ、手を拘束した一糸まとわぬ状態の咲耶と、腰にタオルを巻いた状態の熾輝の姿が飛び込んできた。


「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」


静寂が支配した













「お、オジャマシマシタ」


あり得ない物を見てしまった。


葵の表情から色が抜け落ちていく。


無理もない、普段から可愛がっている弟子が、女の子と一緒にお風呂に入っていたのだ。


しかも、目隠しと手を拘束した状態でだ。状況から言って、如何わしい事をしていたとしか言いようのない証拠が揃い過ぎている。


そして、ゆっくりと扉が閉ざされた。


「ち、違っ!先生!違うんです!」


閉ざされた扉に手を伸ばすも、シキの声は、今の葵には決して届くことは無かった・・・



◇   ◇   ◇



「あはははははははははははは!」

「アリア殿、笑い過ぎです」


甲高い笑い声が響く室内で、シキとサクヤは葵の前で正座を強いられていた。


「状況は判りました。…でも、男女が一緒の湯に浸かるなんて、は、ハ、ハレンチです!」


葵からのお説教を受ける2人は、シュンとしているが、自分達が如何いかに異常な行動をとっていたのかと思い起こすと、自然と顔が赤くなる。


「とにかく、元の身体に戻るまでは、お互いに妙な気は起こさないように!」

「み、みょうな気なんて起こしません」

「起こしているから言っているんです!」

「……申し訳ありません」


弁解の余地など無く、葵にお叱りを受けるシキであった。


「だ、だけど葵先生、この先お風呂は、どうすればいいんですか?」


サクヤも年頃の女の子である以上、例え身体が入れ替わっていたとしても、湯浴ゆあみをしなければ衛生上も精神上もよろしくないだろう。


「はぁ、…医療魔術師が使用している衛生魔法を教えます。お風呂には入れないけど、これなら身体の衛生は保たれるから我慢しなさい」


溜息を吐いて、一泊置いたのち、葵から、まさかの答えが返ってきた。


その答えを聞いたシキは、「あ、…そんな術式もありましたね」とは声に出さなかったが、心の中で呟いていた。


もしも、声に漏らしていたら、他の女性陣からの非難は避けられないものになっていただろう。


「トイレは……まぁ、どうしようもないから、目隠しでもしてしのぎなさい」

「「はい」」


取り敢えずは、お説教も終えた事から、今後についての話し合いが、葵を交えて再び開始された。


とは言っても、ある程度の話し合いは、既に終えているため、葵は状況理解とサポートについての話だけにとどめた。


「―――とりあえず、シキくんは咲耶ちゃんの家で寝泊まりしてもらう事になるけど、…アリアさんが居るから大丈夫よね?」

「まかせてよ、シキの面倒はしっかりと見るから」

「それで、サクヤちゃんはうちで過ごす訳だけど、私も明日は仕事が休みで家に居るから、問題は無いわ。むしろ、サクヤちゃんは下手に外出しない方がいいかもね」


先程、熾輝が魔術を使えない事は既に話しているため、外出しない方がいいという葵の意見に対し、素直に了解を示す。


こうして、方針は確定した訳だが、シキはある違和感に気が付いた。


「せんせい、師範はまだ帰って来ないようですが、お帰りは何時ですか?」

「……師範なら、今日の昼過ぎに街を出たわ」

「え?」


思ってもみなかった答えに、僅かな驚きを顔に出す。


未だ昇雲から課せられた課題をクリアできず、内心で焦っていたため、何かアドバイスでもと思っていた矢先に、街を出て行ってしまったとの葵からの報告だ。


「もう、そんな悲しそうな顔をしないの。師範も近いうちに顔を出すって言っていたから、元気出しなさい」

「…はい」


急に居なくなった事に対し、若干の寂しさを覚えていた事は事実だが、そんなに表情に現れていただろうかと、内心で思う。


しかし、今は咲耶の身体に居るのだ。慣れない身体の所為だろうと思う一方で、葵たちは、最近の熾輝の著しい変化に、ずいぶんと微笑ましいと思うのであった。






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