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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
修行編
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第十三話

日が昇りかけていた頃、一台の軍用バギーが、荒れた山道を走っていた。

日本にしては、珍しく、全く舗装されていない道は、それだけで人の出入りが無い事を示しており、密林の密度によって、車の移動も遂に不可能な場所まで来ていた。


「どうやら、車で進めるのは、ここまでの様ですね。」


男がそう言うと、車に乗っていた四人は、それぞれ降車し始め、荷物を背負い始めた。

車を運転していた男も一度、降車すると積んでいた荷物から一際小さなリュックを降ろし、一緒に乗っていた子供に手渡した。


「重たくは、ありませんか?」

「大丈夫です。」


子供はそう言って、手渡されたリュックを背負うと、軽く跳ねて、問題が無い事を男に示した。


「和也、後の事は頼んだぞ。」

「お任せ下さい。皆さま、熾輝様の事、くれぐれもお願いします。」


深々と頭を下げた男に、3人は「任せろ」とそれぞれ伝えると、和也は乗って来た車に再び乗り込むと、今まで来た道を戻るように走り始めて、その場を去って行った。


「では、我々も行くとするよ。」

「あの、これから誰に会いに行くんですか?」

「ああ、そう言えば、まだ話していなかったね。」

「師範の知り合いと言う事しか聞いていなかったので、もしかして、その人も僕の知っている人ですか?」

「いんや、お前さんとは初対面になるし、私等の中じゃぁ知っているのは、私だけだ。」

「どんな人なんですか?」

「そうさねぇ・・・まぁ、本物の『仙人』だ。」

「仙人?」



―――――――――――――――――――――――――



人里離れた山奥に、一人の男が暮らしていた。

その男は、江戸時代より以前から生きており、男本人も自分が生まれた日を覚えてはいない。というより、知らない。


男は、生まれながらにして目が見えておらず、そんな男の両親は、生まれたばかりの我が子を山に捨ててしまったのだ。


江戸より以前の時代は、生活がとても厳しく、目の見えない男を養う余裕が無かったため、親が子を捨ててしまう事は、珍しくも無かった。


山に捨てられた赤子は、野生の動物に食べられるか、衰弱して死ぬかのどちらかでしかない。


しかし、男が捨てられた山には、古くから神様が住んでいると言われており、その神様は、捨てられた子供を天上へと連れて行ってくれるという言い伝えがあった。


そして、赤子の前に言い伝えの神が現れた。


その姿は、半人半鳥の巨大な体と大きな黒い翼、そして、とても長い鼻を持った天狗であった。


天狗は、赤子を抱き上げると空高く飛び立ち、そのまま自分の住処へと連れ去ってしまった。


天狗の住処には、男の他にも数人の子供が一緒に暮らしており、皆、天狗の事を自分の父親のように慕っていたし、天狗もどの子どもにも分け隔てなく愛情を注いで育てていた。


天狗は、子供たちが16歳の成人を迎えるまで育て、成人を迎えた子供たちは、山を離れても生きていけるように、天狗に鍛えられてきた。


山を下りた子供たちは、常人とは掛け離れた力を身に着けていたため、その誰もが世の中に名を残す偉人として生涯を終えていった。


しかし、生まれつき目の見えなかった男は、他の子供たちに比べ、普通に生活することが出来ず、成人を迎えても山を下りることが出来なかった。


そんな男を不憫に思った天狗は、男に神通力の一つ【天耳通】を教える事にした。


【天耳通】とは、遠くの音を聞いたりする超人的な耳の事


例え目が見えなくても、この力があれば、物の反響する音によって、何処に何が在るのかが分かるし、対人戦闘においては、相手の筋肉の収縮音で、常にどのような動きをするのかが、手に取るようにわかった。


この能力のおかげで、男は目が見えなくても、世界を聞くことにより知覚することが出来た。


これで、自分も人里へと行けると思った時、天狗は男に弟子にならないかと、問いかけてきた。


通常、神通力の修行で力を得るには、何十年もの修行が必要で、一生を費やしても開花しないのが殆どだった。


しかし、男は修行を初めて半年程で、神通力の一つを習得し、天狗が思っていた以上の力を使いこなして見せた。


男は、迷うことなく天狗の弟子になった。


正直に言えば、山を下りて色々な事をしてみたかったが、それよりも、天狗と別れることの方が嫌だったのだ。


それからの修行は、壮絶だった。今まで天狗に鍛えて貰ってきたが、それは、あくまでも自立するための力を与えられていたに過ぎず、男は本当の修行の意味を嫌という程分からされてきた。


天狗は、男にありとあらゆる事を叩きこんだ。

魔術、霊力オーラ、神通力、世の理、今まで天狗が培ってきたきた全てをだ。


気が付けば、天狗が男を拾ってから百年の月日が流れ、そして、遂にその修行が終わりを迎えた時、天狗は、寿命という死を迎えようとしていた。

こと切れる直前の天狗が男に残した言葉は、「自由に生きろ」だった。


百年を生きた人間に対し、自由に生きろと言われても余生は限られているし、むしろ、良く百年も生きたものだと普通の人間であれば、思うだろう。


しかし、男の外見は、とても百歳を迎えた老人のそれでは無く、未だ20代の成人男性の肉体であった。


男は、修行によって人から仙人へとなっていたのだ。彼が扱う仙術によって、肉体の老化は停滞に近い程、緩やかになり、それは不老不死と言っても過言ではなかった。


彼は、天狗が言い残した言葉通り、自由に生きることにした。


その時代、至る所で戦が起こり、飢餓と疫病によって人々が苦しんでいた。

天狗からは、自然の理だと教えられていたが、誰かが理不尽に殺されたり、弱い者を見捨てることが男には出来なかった。


男は、戦のど真ん中に姿を現し、戦いを止めるように説得するが、突然現れた男の言う事を当然聞くものはおらず、兵の一人が男に切りかかってきた。

しかし、普通の刀では男を気づ付けることは出来ず、逆に刀が折れてしまい、それを見ていた他の兵が、こぞって男を打ち取ろうとしたが、男に対して通常武器では歯が立たなかった。

男は、仕方が無く力を使い、戦場に竜巻を発生させると、兵士たちは、彼を妖怪だと言いながら、逃げて行った。

平和的に解決しようとしたが、妖怪だと恐れられてしまった男は、次はうまくやろうと心に誓っていた時、戦場になっていた村の住人からは感謝をされた。


男は、この村を再び戦場にしようとする輩が現れれば自分を呼ぶようにと、村人に言い残して去って行った。


その後、村から助けを呼ぶ声が聞こえれば、一瞬にして現れ、その度に村を救っていった。

ある時は、村が戦場にされたり、ある時は、盗賊に襲われて子供が連れ浚われたり、ある時は、作物が育たなくなってしまった等々。


そんな事をしていたある日、村は仙人が守っている聖地と言われるようになり、誰もその村を襲うことは無くなり、気が付けば、他の村からも移住を望む者達が増えた事により村の人口は増え、日に日に豊かになっていった。


気が付けば、村からは、仙人に助けを呼ぶ声が聞こえなくなり、男は世界を旅することにした。


世界では、至る所で戦が行われており、男も戦が起きる度に乱入しては、戦いを止めさせていたが、戦が亡くなることは、決してなかった。


昔、天狗から教わった人間の性という物を男は理解し、積極的に戦を止めるようなことをしなくなったが、それでも人助けだけは、やめなかった。


男は、世界を飛び回り、助けを呼ぶ声があれば、所構わず助けていた。

そんな彼に人々は尊敬と憧れを込めて「聖仙」と呼び、悪党は畏怖を込めて「大天狗」と呼ぶようになった。


そんなある日、彼は旅先で一人の女性に恋をした。

彼女は、生まれながらにして高い魔力を持ち、実家が薬師の家柄であったため、薬学のために、男が新しく住んでいた山にも時折、薬草を摘みに来ていた。

しかし、男は彼女に声を掛けることが出来なかった。

自分が生まれてきてこの方、一度も恋などというものは、したことが無く、どの様に声を掛ければいいのか全く分からなかったのだ。


彼の師である天狗も、人間の恋については何も教えてくれなかったので、男は今まさに『百年の恋』というイベントに浮き足立っていた。


彼女に恋をして、3か月程しても声を掛けることが出来ていなかった。しかし、男は遠くから彼女を見守り続けていた。

そんなある日、珍しく彼女が妹を連れて山に薬草を摘みに来た。

妹は、やんちゃなようで、彼女の言う事を中々聞こうとせず、山を走り回っており、気が付けば、山にきて一時間足らずで妹は、彼女とはぐれて遭難していた。


彼女は必至に妹の名前を呼んで、山道を探し回るが、何時まで経っても妹を見つけることが出来ない。

そんな彼女を見かねて、男は勇気をもって彼女の目の前に現れた。

最初は、驚かれたが、自分が山に住んでいて、耳がとてもいいから妹を探すことを手伝うと申し入れたら、彼女は泣いてお願いしてきたので、彼女と一緒に妹を探すことにした。

もっとも、男には妹の居場所は最初から分かっており、危険が無いことも確認済みである。


そして、彼女と一緒に捜索を開始すること、僅か十分程で妹を発見し、男の家で二人を休ませた後、村まで送り届けた。


その後、彼女は山へ行く度に男の家を訪ねるようになり、二人は自然と心が惹かれ会っていった。


二人が恋に落ちているころ、世の中では魔女狩りが行われ、魔法を扱うと疑わしい者は、火炙りにされると言いう惨い処刑が執行されていた。


そして、彼女の元へも魔女狩りの処刑人がやってきた。

生まれ持った魔力が多すぎたため、彼女は、無意識に魔法を使ってしまうことがあり、男は、魔力を扱う術を彼女に教えていた。


彼女は、魔法を悪用することなく人々のために使っていたが、当時、魔法という超常的な力を持ったものは、魔女だと判断されて殺されていった。


男が駆けつけた時には、既に彼女は惨たらしい姿になって、十字架に張り付けられていた。


男は、復讐を誓い、魔女狩りを推奨する者や魔女狩りを行うものを片っ端等から殺した。

殺して殺して殺して殺して・・・・・


そして、男は気が付いた。


殺した相手が、自分が救った村人達であることを

殺した相手が、何の力も持たない弱者であることを

殺した相手が、彼女の両親であることを

殺した相手が、彼女の妹だったことを


絶望した。


自分が行ってきた事の無意味さに気が付いた。


今まで自分がやってきた事は何だったのかと。


自分も弱者を痛めつけるだけの野蛮人だった事に気が付いた。


男は、故郷に帰ることにした。

男が故郷に帰って、一番最初に見た物は、自分が初めて救った村が焼野原になっていた光景だった。


男が旅に出た後、大規模な戦争が起き、村は全壊してしまったのだ。


疲れ果てた男は、山に戻り彼女の墓を建てた。

心に空いた穴が塞がらず、数日間、彼女の墓の前に座り込んでいた。


彼女の魂は、既に天界に向かってしまい、話をすることさえ叶わなかった。


そんなある日、助けを呼ぶ声が聞こえた。

しかし、男は動こうとはしなかった。

いくら自分が助けたところで、いつか人は死ぬし、裏切られるかもしれないと、恐怖してしまっていたのだ。


男は、自分の耳に誰かの声が届かないように山の回りに密林を生やし、人が近づかないように結界を張った。


そうして、数世紀の間、男はたった一人で生きてきた。

ただただ長い寿命が尽きるのを待つように。


時代は流れ、いつしか人々は彼の存在を忘れていった。

しかし、彼がしてきたことは、世界中で語り継がれていることを男は知ることは無い。


俗世から離れてただ死を待つだけの彼の耳にある日、赤ん坊の声が聞こえた。


不思議と男の足は、声の方へと向けられ、一人の赤子を発見したが、男はただ眺めるだけで、決して拾い上げる事はしなかった。


赤子は、決して泣き止むことは無く、ひたすら泣き続けており、いい加減うっとおしく思った男は、振り返って住処に戻ろうとしたところで、野生のオオカミが赤子に近づいているのを感知した。


だが、男は歩を止めることは無かった。


オオカミが赤子の目の前まで来たところで、その凶悪な牙で赤子を噛み砕かんとしたその刹那、気が付けば赤子を抱えてオオカミを追い払っていた。


男は、酷く動揺していたのか、息を荒くし身体を震わせており、そして、己が抱きかかえていた赤子を見れば、笑いながら男の顔に手を伸ばしている。


男は、住処へと赤子を連れ帰り、かつて自分を育てた天狗と同様に、赤子を育てる事にした。


赤子は、昇雲と名付けられ武術において天性の才能を秘めていた彼は、成人を迎え、山を下りてからは、天下にその名を轟かせていた。


ある日、昇雲が何人もの弟子を引き連れて、山に帰省しに来た際、己の流派を立ち上げたいと報告してきた。


聞けば、昇雲の弟子たちは身寄りがなかったり、親から捨てられた者達ばかりだと言う。


男は、昇雲にかつての天狗の姿を見て、何故そのようなことをするのか聞いてみたところ、昇雲は、不思議そうな顔をして、「お父さんの意志を受け継いだだけだ」と答えた。


男には、そんな意志を昇雲に託した覚えも無いし、教えた記憶すらなかった。


しかし、昇雲は「お父さんから受けた愛を僕が弟子たちにも注ぐのです。僕は、しっかりとお父さんの愛を受け継いでますよ。」と答えた。


僅か二十余年生きた子供は、自分より遥に心が強く、その心の強さは愛という源があって、初めて昇雲という一人の武術家を完成させていた。


そして、男は昇雲が立ち上げたいと言っていた流派に「心源流」と名付け、今日まで男の愛は継承され続けてきた。



そして、今現在、27代目昇雲の声が男【佐良志奈 円空】の耳に届いていた。



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