第一三九話 それぞれの一日
インフルエンザ、マジやばい
『ギフト…ですか?』
人里離れた山奥で、修行に明け暮れているある日、天地波動流について清十郎が語っていた。
『そうだ。一子相伝の天地波動流後継者が代々受け継いできた能力』
『その能力が僕の中に…それを譲渡してしまった師匠は、もう能力を使えなくなったの?』
『いいや、この能力は、元々2つあった。その内の1つをお前に与えた。能力の起源については、俺も聞かされていない…というより、聞く前に俺の師匠が死んだからな』
『本来、固有能力の発現は、個人の才能だと師範から聞かされていましたが、これは…例外という事ですか?』
『あぁ、それこそがギフト。本来持たない才能、固有ではなく共有の能力だ』
『そんな物が…ギフトは、わりと多く存在しているのですか?』
『判らん。ギフト自体、裏社会でも秘匿され続けてきた代物だ。だからこそ、天地波動流もギフトの存在を隠してきた。だが疑わしい一族を知っている。その一族は、代々【心剣】と呼ばれる能力を使うんだが…まぁその話はいずれするとして、本題に戻るぞ』
話が反れたため、本筋に戻すぞという前置きに熾輝は頷く
『一言でいうと、天地波動流は、この能力を使いこなす流派だ』
『剣術ではなくて?』
『剣術は、あくまでも能力隠匿のための偽装だ』
偽りの剣と聞いて、少々ガッカリ感が否めない。
『だが、剣術を本物にしてこそ、この能力の隠匿性が増すのも事実だ』
『…なるほど』
『それと、ギフトが誰にでも扱える能力という訳ではない』
『というと?』
『当然固有能力と同様に厳しい鍛練は必要になってくるが、それよりも……ギフトに選ばれるかが問題だ』
選ばれると言われ、熾輝から疑問符が浮かぶ。何故なら、能力とは個人の才能と呼ぶべき代物だ。それがギフトと冠する共有の能力でも、使用者の物になれば修行次第で使いこなせるのが普通だろうと思う。現に今、熾輝の中にある能力は、ある程度、己の制御下にあるのだから。
『この能力の摩訶不思議なところは、まるで意思を持っているかのように、使用者を選ぶ』
『……僕の中で確かに感じる能力、これは選ばれたと言ってもいいの?』
『いや、それはあくまでも仮免みたいなものだ。能力に選ばれるかどうかは、この先のお前次第だ』
内に感じる力、しかし、それはまだ己の物になっていないと清十郎は語る。
『いったいどうすれば自分の物に……師匠の様に能力を自在に使いこなせるようになるんですか?』
『それはだな……』
熾輝の問いに、暫し考え込んだ清十郎の重い口が開く
『卵を喰え!』
『……………え?』
予想外の解答に思考が停止する
『目玉焼き、卵焼き、スクランブルエッグにオムレツ』
『ちょ、え?し、師匠?』
『卵料理なら何でもOKだ!そして料理に卵が使われていれば問題ない!』
『まって下さい!それはどういった!?』
『いいか熾輝、卵を喰うのだ!鶏が先か卵が先か…その真理に辿り着いたとき、お前は波動流の真の後継者となるのだあああ!』
『し、師匠おおおおおおぉぉおおお!』
はっはっは と、高らかに笑いながら清十郎が後光に呑み込まれていく――――
「そんなもん!親子丼にして食べればいいでしょう!」
「わあっ!」
目を覚ましたと同時、叫びながら起き上がった熾輝を見て、1人の少女が驚いた声を上げた。
「ハァ、ハァ、ハァ、………あれ?タマゴは?」
未だ寝ぼけているのか、それとも余程タマゴに執着しているのかは謎であるが、熾輝は覚醒しない頭で卵、卵と口走っていた。
「え~っと、そこにあるよ……30パックほど」
「………」
「………」
話しかけてきた少女、結城咲耶が大量に積まれているタマゴパックの山を指しながら、これまたタマゴまみれになって、ベトベトした熾輝に教える。
「あ、おはよう咲耶」
「うん、おはよう熾輝くん」
朝の挨拶を交わす2人、だがその距離感が遠い。
心の距離感ではなく、実測的に遠いのだ。
「ねぇ、熾輝くん」
「なに?」
「……すごく生臭いよ」
若干引き気味に話す咲耶。どうやら心の距離感も遠かったらしい。
「ごめん、シャワー浴びてくる」
「うん、お願いします」
まったく近寄ろうとしない少女を前に、熾輝は身体にヌルヌルと纏わり付いたタマゴを拭き取り、そのまま浴室に向かった――――
「―――へぇ、じゃあ戦いの特訓をしていたんだ」
「うん、師匠から言われてね。…だけど全然うまくいかない」
今現在、2人はマンションの屋上で、特訓の準備をしていた。もちろん、滑った身体を綺麗に洗い流した後だ。もう生臭いなんて言わせない。
…と、口と手を動かしていた熾輝が積まれていたタマゴを1つ手に取って、拳を突き出す。
ヒュッ!と風を打ち抜く音が咲耶の耳に届いた。
「…卵を握ったまま、殻を割らずに板を割る修行なんだけど、相当難しい」
「へぇ、だから潰れた卵の残骸が床一面に飛び散っているんだ?」
「うん」
「でも、その修行って、なんの効果があるの?」
「師範曰く、身体の余分な力を抜く修行って言ってた。ちなみに師範はタマゴ10個でリフティングをしてたし、タマゴより脆いタバコを握ったまま鉄板をぶち抜いた」
熾輝の説明を聞いて、咲耶はポケーっとした表情になる。別に疑っている訳ではないが、そんな芸当が出来る昇雲を想像する事が出来ないのだ。
彼女にとって、昇雲は優しいおばあちゃんというイメージしかない。
「一応、食べ物を粗末にしないよう、ちゃんと食べないとね」
「うへぇ、なんだか、ばっちぃよぉ」
そう言った咲耶は、熾輝が代行で展開させた魔法式に魔力を通す。すると、床に敷かれていたビニールシートの上に飛散したタマゴの殻と中身が、見事に分離して、それぞれの容器に入っていく。
「特訓後の朝食のメニューは、オムレツでいいかな?」
「ちょっ!私に食べさせるの!?嫌だよ!何でそんな当たり前のように言っているの!?」
「大丈夫だよ、ちゃんと殺菌の術式も組み込んだし。害はない……ハズ」
「実害じゃなくて気分の問題だからね!そんな、この後スタッフが美味しく頂きました♪みたいなノリは、ノーサンキューだよ!」
特訓後は、毎回熾輝の家…正確には葵の自宅で朝食を食べる流れが出来上がっている。余談ではあるが、咲耶は特訓後の食事を毎回楽しみにしている。そのため、目の前でグチャングチャンになっていたタマゴの惨状を目の当たりにして、尚且つそれが朝食に出され、食べさせられた日には、彼女の心に大きなトラウマが刻まれる事は必至である。
「……だめ?」
「そんな事したら、一生口きいてあげないから」
頬を膨らませながら、断固拒否を訴える咲耶。その決意の固さに、流石の熾輝も白旗を上げざるを得なかった。
「わかった。処分方法は、あとで……考えよう」
「今ぜったい、誰かに食べさせようとしたよね!ね!」
「はっはっは、まさか、そんな事はしないさ」
熾輝は、悪い笑顔を浮かべながら否定しているが、おそらく被害者が出るであろうと咲耶は直感した。
「とまぁ、冗談はこの辺にして、咲耶…二重術式の練習をするよ」
「むぅ~、話を無理やりすり替えようとしている気がするけど…りょうかいです」
些か納得していない咲耶であったが、気持ちを切り替えて、今日も魔術の特訓に励むのであった。……ちなみに、この日の朝食に出されたのは、ポーチドエッグと少しコジャレたメニューであったが、ちゃんと新しいタマゴを使っていた事を確認した咲耶であった。
◇ ◇ ◇
「本日のご予定は、CMの撮影が2本と雑誌の取材が3つです」
「わかりました。ありがとうございます」
自室で外出の準備のため、着替える乃木坂可憐の傍で、彼女のマネージャーである英国淑女、キャロルが手帳を片手に予定を確認する。
「撮影が早めに終われば、15時までには帰って来れますので、少しならご学友との時間を取る事ができますよ?」
「…そうですね。最近は忙し過ぎて、学校にも出席できていませんでしたし、咲耶ちゃん達をお勉強会に誘ってみるのも良いかもしれません。終わったら連絡してみます。その時は準備をお願いしますね」
「畏まりました、お嬢様」
身支度を整えた可憐が部屋を出ると、扉の前には黒のロングコートに身を包んだ漢が立っていた。
「おはよう、可憐。今日もキュートだ」
彫りの深い顔を僅かに緩めて微笑みを浮かべる漢は、普通なら歯の浮く様な台詞を自然に言ってのける。だが、言われる方も不思議と心にストンと落ちて来るので、違和感を覚えない。
「おはようございます。羅漢さん」
だから、変に気負うことなく事が出来るのは、彼女が子役だからではない。
「可憐、何度も言うようだが、業務中は、私の事はコードネームで呼んでくれ」
「そうでしたね、おはようございますJ」
改めんて挨拶をする可憐に羅漢…もとい、ここでは敢えてジェイと呼称しよう。ジェイは僅かに頷く。
「おはようございますジェイ、今日も時間ピッタリですね」
「おはようキャロル、今日も綺麗だ」
「…あ、ありがとうございます」
ジェイの称賛に、僅かに顔を赤くさせて応えるキャロル。ちなみにジェイは、ここへ来るまでにすれ違う女性に、それぞれ別の賛美を送っている。
「今日は一日中晴れるが、気温・湿度ともに低いため、風邪をひかないようにマスクの着用を推奨する」
そう言って、ジェイは新品のマスクを差し出した。
「まぁ、わざわざ準備を?ありがとうございます」
「気にするな。あらゆる害悪から君を守るのが私の業務だ」
巨体に似合わず、細かい気遣いが出来る漢。ちなみに彼のコートの中にはホットレモネードが入った水筒やホットアイマスク、ソーイングセットやホッカイロetc……およそコートの中に収納しきれない程の容量の物が詰まっているのだ。
最初に聞いた時は、「まぁ、まるで未来から来たネコ型ロボットさんですね」と可憐が評していたが、マジでなんでも収納できる四次元コートだったりする。
「さぁ行こう。表に車を待たせている」
「はい、本日もよろしくお願いしますね。私のボディーガードさん」
「任せてくれ。マイ エンジェル」
こうして乃木坂可憐の一日が始まった。
◇ ◇ ◇
「お守り2つで2000円になります」
神社の売店でお守りを売る金髪の女性が、テキパキとした動きで客を捌いていく
「アリア、そろそろ休憩に入って」
「りょーかい、じゃあ後はお願いね」
休憩の時間になったため、一緒に売店で売り子をやっていた左京に後を任せて、その場をあとにする。ちなみに、今現在の法隆神社には、近隣の神社からの応援が来ているため、1人の負担が大分軽減されている。
これが1週間前ならば考えられない状況だったが、とある事件を切っ掛けに罪滅ぼしにと付き合いのある神主たちから率先して手伝いを派遣してもらっているのだ。
「今日のお昼は、何だろな♪……おや?」
上機嫌でスキップをしながら巫女装束に身を包んだアリアが境内にある民家まで足を運んだところで、縁側で正座をし、瞑想する細川燕を発見した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ウフ」
「雑念退散!」
「痛い!」
瞑想しているハズなのだが、何故か時折りニヤける燕の肩に一喝を入れるコマの姿がある
「お嬢、もっと集中しろ。雑念が多すぎる。心を無にするんだ」
「だってぇ、心を無にするって意味わかんないよぉ。何も考えないようにって考えると、何も考えないって考えている訳でぇ」
「お嬢は、そこから邪な妄想に走っているではないか」
「邪じゃないよ!純だよ!純愛を夢想しているんだよ!」
「喝!」
「痛い!」
あくまで清い心を主張する燕に再び喝が入れられる。
「なにをやっているの?」
と、そこへ先程から2人の様子を見ていたアリアがやってくる
「あ、アリアさん、お勤めご苦労様です」
「え?あ、うん…おつとめ?」
「お嬢、それではアリア殿が刑期を終えた人間みたいだぞ。それと、【お勤め】も【御苦労様】も目上の者が使う言葉だ」
「…もぅ、コマさんはいちいち細かいよ」
指摘されて、膨れっ面になる燕。もちろんコマとて、彼女が上から物を言っているとは思っていない。
「将来巫女になる者が、ちゃんとしてないでどうする?巫女装束に身を包んだだけでは、ただのコスプレ…そう、今のお嬢は【巫女】ではなく【巫女さん】だ」
「ひどいっ!」
「うまいこと言うわね。【メイド】と【メイドさん】みたいな?なんか【さん】付けするだけで如何わしさが増した様な気がするわ」
「うむ、最近はそういった趣向の参拝客が増えて、私も目を光らせている。彼等からは【巫女さん】として映っているのだろうな」
「あぁ、何かわかるわぁ。さっきも売店で、お守りを売ってたとき、そういう風に見られていたから」
何故か話が在らぬ方向へと進むにつれ、盛り上がりを見せるコマとアリア
「あの~、2人とも何の話をしているの?」
「む、おっとスマンスマン。座禅中だったな、ツバメさん」
「心を無にするのよ、無ぅ!頑張れ!ツバメさん」
「ちょっとぉ!何でわざわざ【さん】付けしたの!?如何わしさを増さないで!」
などと、ツバメさんをからかう2人。この組み合わせが集まる事は珍しく、コマとアリアが一緒のときは、からかわれると学習した燕は、なるべく3人にならないようにしようと決意するのであった。
◇ ◇ ◇
「――特に変化は無いみたいだけど、調子の方はどうですか?」
「いつもどおりさね。アタシも歳だ。身体が思うように動かなくなったり、肩も腰も痛む。まぁ、その辺の年寄りと変わらないね」
「それが判っているなら、タバコは控えて下さいよ」
カルテを見ながら目の前の老婆の状況を聞く葵は、嘆息しながら禁煙を促す。
「バカ言うんじゃないよ。唯一の楽しみを奪われちゃあ、この先、何を楽しみにしろってて言うんだい」
絶対にタバコは止めないと豪語する昇雲に対して葵は溜息を漏らす
「もぅ、熾輝くんが成人するまでは長生きしてもらわないと困ります」
「アタシを何歳だと思っているんだ。言っておくが、アンタが定年を迎えても生きている自信があるね」
「師範を一般人扱いすれば、ギネスに載るほどの歳だという事は理解しています」
見た目も中身も婆さんである事は間違いないが、その実、既に100歳を超えているという事は、昇雲を知らない第三者には判らない事だろう。
「それよりも、本当にこのまま帰ってしまうんですか?」
「あぁ、熾輝のヤツに手解きはした。あとはアイツが自分で物にするだけさね」
「…そういう事を言っているんじゃなくて、挨拶ぐらいさせてあげてもいいのに」
2人の会話から、昇雲が熾輝に何も言わずに街を去ろうとしている事が窺える。
「1週間も滞在したからね。アタシもやらなきゃならん事が多いんだよ。例の一件以降、伊織のヤツが踏ん張ってはいるが、やはり人手不足で、何処も手が回っていないらしい」
「……そんなに酷い状況なんですか?」
「あぁ、十傑の傘下とも連携をとってはいるが、今回の様にグールが人を襲ったりする事件も少なくない」
その話に葵は表情を曇らせる
「まぁ、お前さんが気にする必要はない。病院での勤めは大事だし、熾輝の保護者としても十分にやっているんだ」
「そう、ですけど…木戸のおじ様は、一言も大変だ何て言っていませんでした」
「言わないってことは、言う必要が無いって事だろうよ。アイツも馬鹿じゃない。万が一の時は、迷わず頼ってくるだろうから、その時は手を貸してやりな」
「…わかりました」
葵は、一線から身を引いて久しい。以前なら、業界専門の病院に勤め、有事の際だけではなく、人員が必要な案件には、必ず声が掛かっていた。
しかし、熾輝を引き取ることになって以降、職場を一般の病院勤めに変え、裏の仕事はやらなくなった。
だからこそ、葵の中に罪悪感が込み上げてくる。
五柱として、…ではなく、力を持つ者として、必要とする人のために動かない事は、罪なのではないのかと。
「…何度も言うが、雑務はアタシ等の様な老いぼれに任せて、お前は目の前の事にだけ集中してな。それに、こういう時代だ、否応なくこれからの世代には、成長してもらわにゃならんだろう」
「師範……ありがとうございます」
葵の心中を察しての言葉なのだろう。例え、そういった気配りによる言葉でも、彼女の心が少しは軽くなった事は間違いない。
「少し話し込んじまったね。アタシは、このまま次の依頼場所へ向かうよ」
「お帰りには、ならないのですか?」
お帰りとは、葵の自宅ではなく、昇雲の家・・・つまりは心源流の道場を指す
「帰っても誰も居ない道場だ。1人で寂しくしているよりも、人が居る所に出ていた方がボケ防止にもなるだろうよ」
「師範、その……師匠や師範代の行方は―――」
「判らんさね。だけど、どこかで生きているだろうよ」
「そう、ですよね」
「まぁ、それもアンタが気を揉む必要は無いことだ。あんまり心配事ばかりしていると、老けるから、たまには気晴らしをしなよ」
そう言うと、昇雲は椅子から立ち上がり、荷物を手に取った。
「その内、また顔を出す。熾輝にもよろしく伝えておいてくれ」
「なにも言わないで行ってしまったら、きっと残念がりますよ」
「…あの子の顔を見たら、滞在が伸びちまうからね。こんなもんでいいのさ」
昇雲の照れたような表情を見て、クスリと微笑を浮かべた葵が。「そうですか」と相槌を打った。
そして、この日、昇雲は何も言わずに熾輝達の街から旅立った。
◇ ◇ ◇
「―――という事があって、コマとアリアさんに、いじられた」
と、今日の出来事を語るのは、勉強会に集まっていた燕だ。
その話を聞いていたメンバーは現在、可憐の自宅に集まって学校の宿題を片付けていた。
「あはは、ごめんごめん。ちょっと調子に乗り過ぎたね」
「でも、巫女と巫女さんかぁ…同じ意味のハズなのに、そうやって聞くと感覚にズレがでてくるのって、面白いよね」
「ちなみに、熾輝くんは燕ちゃんをどっちだと思うの?」
「…巫女さんかな?そっちの方が可愛い感じがする」
「か、かわいい…かわいい………テヘ」
「あら、今ので如何わしい感じにスタイルチェンジしましたね」
「え!?ひどいよ可憐ちゃん!」
室内から少年少女の笑い声が湧き上がる。こんな些細な事でも、友達同士が集まれば、楽しいお話になる。
「話は変わるけど、最近、真白様の様子はどうなの?」
いいかげん燕をいじるのは可哀想だと思った熾輝は、話題を変えて、近頃顔を見せなくなっていた法隆神社の土地神こと真白様の近況をうかがう。
「元気にしているよ。最近は参拝客が増えたから、信仰心が集まりやすくなって、力もほとんど回復しているって、コマさんが言ってた」
「まぁ、そうなのですか。では、近いうちに本来の真白様を拝めるのですね」
「うん!大人版の真白様は、綺麗な大和撫子って感じなんだよ。本人も皆を驚かせるんだって、張り切っているみたい」
「子供バージョンは、残念な神様ってイメージだったからね」
熾輝が知っている真白様は、幼児退行しており、感情の起伏が激しいただの子供と言ったイメージなのだ。
「確かにね……そういえば、最近は魔導書の手掛かりについては、何も言ってこないね」
真白様の様子を一通り聞き終えた事で、咲耶は魔導書の在処について気になっていたのか、話題を変える。
法隆神社は、街に存在する龍脈を管理する関係上、異常があれば直ぐに判るという事もあって、何かあれば知らせを寄こしてくれる事になっていたのだが、最近はその知らせ自体が全くない。もちろん、熾輝たちも魔導書の捜索は続けているが、残りの数が少なくなっているため、必然的に難航しており、成果が出ていないのが現状だ。
「うん、コマさん達も探してはいるんだけど、それらしい異常が見当たらないんだって」
「そっかぁ、……どういう事だろう?」
魔導書の所在について、頭を悩ませる咲耶であったが、「それは、たぶん―――」と口にした熾輝に全員の視線が集中した。
「残りの魔導書の数が少ないから見つかりにくくなるのは、仕方がない。でも、忘れちゃいけないのは、僕たちの他にも魔導書を所持する第三者がいるという事だ」
「…私は、まだ会った事は無いけど、熾輝君は、その人の式神さんと会っているんだよね?」
咲耶の問いに、熾輝は首肯して応える。
以前、熾輝は単独で行動し、見事に術者の式神である【刹那】を捕えることに成功した。だが、術者の介入によって取り逃がす……正確には交渉によって解放せざるを得なくなった。
「恐ろしく危険な式神だ。戦闘センスや気性もそうだけど、何よりも魔術を使ってきた事が未だに解せない」
そう語る熾輝は、あれから式神に関する、ありとあらゆる書物を調べつくしているが、式神が魔術を使えると言う理由について、手掛かりすら掴めていない。
「式神さんが魔術を使うことは、そんなにあり得ない事なのですか?」
「そう、だね。式神って言うのは、霊体…幽霊みたいなものなんだ。幽霊には、そもそも魔力核が存在しない。魔力核は魂の中にあるけど、霊体になるときに、その二つは分離するって言うのが通説だね」
「あれ?でも妖魔になっちゃった魂は、魔力核があるよね」
ここで咲耶から疑問が上がる。
妖魔も元は、怨念を抱いた魂の成れの果てだ。であるならば、魂と魔力核が分離せずにそのまま霊体となる魂があっても、不思議ではないハズだ。
「ん~、ここからは、より専門的な話になるんだけど………咲耶が言った様に、妖魔には魔力核が存在する。だから魔力核を持った魂が存在してもおかしくないと言う疑問は、最もなんだけど…結果から言うと、否だ」
「?」
熾輝の解に咲耶の頭から疑問符が浮かぶ
「どう説明したらいいかなぁ………そもそも、妖魔=霊体ではないんだ」
「??」
「えっと、言い方を変えよう。まず、魂と魔力核の分離は絶対の法則という事を忘れないで」
と、熾輝は白紙に説明した内容を書き始めた。
「綺麗な魂は、通常であれば成仏する。けど、怨念を持った魂は妖魔になる……という考えを捨てよう」
「え?」
「まず、生物の死後、魂と魔力核が分離する。なら、分離した魔力核はどうなる?」
「えっと、消えちゃう?」
「不正解、それだと妖魔は生まれないよね」
熾輝の説明に咲耶は「あ、そっか」と頷く
「魔力核は、そのまま残る。怨念……つまり怨の念が纏わり付いた状態で………」
「怨念…」
「そして、怨念は怨念を呼び寄せて、次第に膨れ上がり、魔力を生成するのに必要なエネルギーを蓄えて、事象改変が起きる。…つまりは、妖魔という事象が発現する。これが妖魔の生まれる仕組みだ」
ここまでの説明で、既に咲耶の頭からは情報処理過多による白煙がモクモクと上がり始めていた。
「簡単に言うと、妖魔は魂ではなく、怨念の集合体だ。だから、知性が無い。僕たちがいつも戦っていた妖魔には意思疎通と言った行為は出来なかったでしょ?」
「う、うん、確かに」
「怨念の集合体である妖魔が魔術を使えるメカニズムを語るには、より高度な専門知識が必要になってくるんだけど……聞きたい?」
そう問いかける熾輝に対し、全力で首を横に振る咲耶は、「もう、お腹いっぱいです!」と白旗を上げている。
そんな彼女の状態を苦笑しながら「だよね」と答える熾輝であった。
「でも…だから式神には、魔術が使えないと言う考えに、どうして行きつくのです?」
「式神は、分離した魂…霊体と契約を交わす事で使役できるけど、そもそも知性を持たない妖魔には契約も何もないからね」
「あぁ、成程ですね。知性を持たなければ、契約なんて出来ませんものね」
可憐の問いに、熾輝は「そういうこと」と微笑を浮かべて首肯する。
「とまぁ、色々と難しい話をしたけど、敵の式神は魔法を使える。尚且つ、そんな式神を使役している術者は、きっと一筋縄にいかないって事を忘れないようにしよう」
「は、はい」
「とりあえずは、咲耶は目の前の課題…二重魔術が使えるように頑張ろう」
既にオーバーヒートした頭で、応える咲耶であったが、目下苦戦中の技術の修行を頑張らねばならない現実に辟易するのであった。
「むぅ、でも魔法式を同時に展開させるのは、むつかしいよぉ」
「あ~、咲耶は魔法式の展開は、早くないからねぇ」
ただでさえ、複雑な術式を展開させる事が苦手と語る咲耶。ただ、彼女の場合、事象に対する改変力がズバ抜けているため、並の魔術師では発揮できないような高威力の魔術を発動できてしまう。…いわゆるパワーファイターなのだ。
「2つの術式を同時展開できれば、戦いの幅も広がるし、余裕も生まれる。焦らないでいいから、ゆっくりやっていけばいいよ」
「…でも、何かコツとかは無いの?」
以前なら、ゆっくりやっていけば良いと言う熾輝の言葉に甘えて、そこまで頑張りはしなかっただろう。しかし、今は自ら意欲的に取り組んでいる。この向上心を見れば、咲耶もまた、成長したと言えるだろう。
「ん~、簡単な術式なら、形だけで覚えたり、詠唱で覚えるっていう手もあるよ」
「形だけ?」
あえて詠唱という言葉に食付かなかったのは、魔術的な詠唱は難しいと経験則として知っていたからだ。
「ほら、頭の中に○と□を思い浮かべても、その形は同時に思い浮かべる事が出来るでしょ?同じように文字としての指揮ではなく、形としての式を覚えるんだ」
そう言って、熾輝は白紙に円を二つ描き、それぞれに△と☆を円の中に描いた。
「こっちの△が火を表すトーラ、こっちの☆が五行を司る五芒星だ」
「へぇ、こんなのがあるんだ」
「ただ、出力とか諸々の調整は、術者の技量によるから、マニュアル制御で行わなきゃいけない。コントロールを誤らなければ、結構使える簡易式だね」
確かに、これならば同時展開が楽になるだろう。実際、試しに行ってみて、易々と展開ができた。
「あとは、普段使っている術式を同時展開させるトレーニングとしては、鉛筆を二つもって、それぞれ別の術式を書いたり、テレビを見ながら本を読んだりと…まぁ、脳トレみたいな修行方法になってくるかな」
「あぁ、確かにやっている事は、同じ感じがするね」
等と、咲耶の修行方針を改めて決める必要があると考えた熾輝は、新たに咲耶専用の修行内容を考案するのであった。
そんな話をしながら宿題も片付き、そろそろ宵の口、勉強会もお開きとなって、それぞれが荷物をまとめて家屋から広い庭に出たとき
―――ワオン!
と、犬の鳴き声が耳に入り、皆がそろって声の方へと視線を向けると、そこには大きな犬が一匹、こちらに向かって走ってきた。
「あ、ラブちゃんだ」
ラブちゃん…というのは、可憐が飼っている犬の名前であり、ラブラドールレトリバーという犬種だ。
名前は、犬種からそのまま頂戴して【ラブ】というのは、実に安直だが、つぶらな瞳が何とも言えない愛くるしさを醸し出している。
そのラブちゃんは、現在、5人の中心で腹を上に向けてジャレ付いている。よほど人に慣れているのか、それとも人間に対して警戒心が無いのか…いずれにしても、よく飼いならされている事は、間違いない。
(よーし、よしよしよし)
ここで、一番ラブとジャレ付いている人物が居た。腹と首元を撫で回し、押し倒さん勢いで、ラブもその人物に飛びついている。
「…熾輝くんて、可愛い動物に弱いよね」
「あら、良いではないですか。動物に好かれる人は、魅力的な証拠だと、おじい様も仰っていましたよ」
「ラブちゃん、いいなぁ」
「おーい、またツバメさんが出て来てるよぉ」
と、一心不乱にラブとジャレ付く熾輝を他所に、4人の女性が暖かな目で見守っている。
(よーし、よしよしよし……あれ?ラブに何か付いてる)
撫でながら、ラブの身体に何やら黒くて小さな物体が付いている事に気が付いた熾輝が、それを払おうと、手を伸ばした瞬間、黒い物体が、ピョンと跳んだ。
一瞬、ダニでもくっ付いていたかと思ったが、その考えは間違いであった。それは―――
「「「「「え?」」」」」
5人の中心に浮遊した黒い物体から、極細の光が伸び、熾輝と咲耶を繋いだ。
その直後、光の円陣が浮かび上がった事で、これが魔法式であることに、ようやく気が付いたが、時すでに遅し・・・・
「しまった!」と声に出す暇すら無く、魔法式の光が、弾けるように飛散した―――
「「「「「・・・・・」」」」」
「み、みんな、怪我はない?」
てっきり何かの攻撃を受けたものと思い、アリアが全員の安否を確認する。
「…私は、大丈夫です」
「同じく、なんともないよ」
怪我は負っていない様子の可憐と燕が応える。
「私も大丈夫みたい」
熾輝も身体に痛みが無い事から、無事を伝える
「僕も平気だ」
咲耶も同じく、何ともない事を伝える
「………あれ?なんか違和感が」
「えっ!?ちょっと、アリア大丈夫!?怪我したの!?」
「いやぁ、私じゃなくて…」
「じゃあ誰!?誰が怪我をしたの!?」
「アリアさん、これは…」
「まさか…」
慌てふためく熾輝を他所に、アリア・可憐・燕が顔を見合わせて苦い表情を浮かべてる横で、顔を引き攣らせる咲耶がいる。
「あ~……咲耶、落ち着いて聞いてね」
「う、うん」
あくまでも真剣な顔を張り付かせているが、口元がピクピクと痙攣?して、込み上げる感情を必死に堪えているアリアが告げる。
「熾輝と咲耶、入れ替わってる」
「・・・・・・・・・・・・・えええええええええええええええぇぇぇぇえええええええええ!!!?」
この日、乃木坂邸からは、この世の物とは思えない絶叫が響き渡ったのだ。




