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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
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第一三八話 可憐の危機

熾輝が異常を感じたのは、ほんの一瞬……僅かに感じた力の揺らぎ


如何に怒りにとらわれていても、確かに感じたその力


その正体を彼が間違えるはずがない。


何故ならば、力の源は彼が作成したミサンガおまもりから発せられたものだった。


その力の揺らぎを感じ取った瞬間、怒りの炎に呑まれていた彼の意識が、一気に覚醒した。


(今のは、……乃木坂さんの身に何かあったのか!?)


力の信号シグナルを識別し、所有者を割り出す。


(何が!いや、何処だ!距離は……クソッ!遠い!)


焦る心が次第に表情かおに現れ、眼の焦点が定まらない。怒りの炎に呑み込まれた直後という事もあり、思考が思う様に働かない。


「ぁ…」


ダメだ、このままではダメだ。友達が、大切な人に危険が迫っている。


助けなきゃ、目の前の敵が邪魔だ。


「ぁ…」


怖い……友達を失うかもしれない


戦わなきゃ……目の前の敵を倒して駆け付けたい


様々な思考が滅茶苦茶に絡まり、渾然一体の想いが己の枷となって身体を縛る感覚に襲われる。


「うああああああああああぁあぁあああああっ!!!」


次の瞬間には、熾輝は堪らず叫び出していた。


まるで音声おんじょうに乗せて、雑念を払うかのように。



だが、心は未だ炎に焼かれるように熱い。


「行かなきゃ、助けなきゃ、友達が危ないんだ、僕だけが知っているんだ……」


独り言のように、暗示をかけるように、誰かを失う恐怖にあらがい、己に言い聞かせる。


そして、ここへ至り、熾輝は壁を超えた。


定まらなかった視点が、徐々に収まりつつある。


熱い、煮えたぎるマグマを内に宿す。しかし、不思議と思考は鮮明になっていく……まるで氷の様に、冷たく。心と頭が切り離される感覚。それは言うなれば、心は熱く頭は冷静を体現したかのような状態だ。


そして、次の瞬間、目の前のグールが一斉に襲い掛かった。


その一部始終が、一挙手一投足が熾輝には手に取る様に視えた。


(…回避)


まさに紙一重、一瞬にして跳躍した熾輝は、フロアの天井に手足を付けている。その様はまるで、某アメリカンヒーロの蜘蛛男を思わせる。


しかし、天井に張り付いている訳ではない。体重移動と姿勢制御、物理的な力のコントロールを駆使して、滞空時間を引き延ばしているに過ぎない。


だが、グール達には熾輝が、あたかも天井に張り付いているように錯覚させられていた。


「心源流…」

「っ!?」


そして、天井を蹴り、落雷の如き動きでグールに向かって跳んだ。


雷落かみなりおとし!」

「ガハッ!?」


熾輝の膝がグールの後頭部に直撃し、そのまま地面に叩きつける。


「このっ、ガキ!」


1人の意識を刈り取ったところで、残り2人のグールが残っている。


至近から、グールの攻撃が迫る。対して、熾輝は未だに体勢を立て直せていない。…が、地面に膝を付いた状態から、グールの爪を捌き、そのまま関節を極めながら投げた。


「んなっ!?」


恐ろしく静かで、流れるような動きに、グールは驚愕する。


先程までの荒々しい動きが嘘のようだ。


関節を極められて、地面に叩き付けられたグールだったが、ダメージは殆ど無い。


身体をうつ伏せにされ、背中には膝を乗せられているのか、重圧を感じる。そして、投げる際に取られた腕は、見事なまでに関節を極められており、動かす事も出来ない。だからこそ、完璧に抑え込まれ、身動きが取れない。


「バカな!子供の体重で押さえつけられている!?」


ジタジタと足掻あがくグール、このままでは追い打ちの攻撃で沈められるのは必至だ。


「俺を忘れているんじゃあないか!」


残り1人のグールが、抑え込まれている仲間を助けに入る。当然、抑え込んでいる本人シキは動けない。このままでは、良い的だ。…しかし


「え?」


抑え込んでいるグールの拘束を解かず、迫る敵に、空いている片方の手を巻き取るような動作で、捌きと掴みを同時に行い、手首を捻り上げる。


でででででっ!」


合気の要領で、捻り上げた手首をそのまま返すと、逆らうことなく残りのグールも地べたに組み伏せられた。


そしてトドメの攻撃が襲い掛かる。


「「~~っ!!」」


られる!と思った。しかし、トドメの攻撃は彼等の予想していた物とは違い、痛みを伴った攻撃では無かった。


いつの間にか自分たちの首元に添えられていた指に、きゅっと絞めるような力が伝わってきたと思った矢先、…時間にして僅か数秒だろうか、頸動脈を絞められた2人は、そのまま抵抗する事も出来ずに意識を手放していた。








「―――見事だ」


いったい何処で伺い見ていたのか、事の顛末が付いた直後、3人のグールが気絶しているフロア内に昇雲が現れた。


「色々と酷評してやりたいところだが……で?何があった」


一部始終を見ていた事から、熾輝の突然の変化の理由について問いただす。


「師範、この街に、まだ何か居ます」


弟子の言葉を受け、昇雲は熾輝と共に夜の街へと駆け出した。


向かうは可憐の元へ―――



◇   ◇   ◇



眩い光が、グールの視力を奪う


「グッ、あああああぁぁぁああああッ!!!!」

「え?」

「な、なにが!?」


強烈な閃光を直視した事によりグールは、眩む目を押さえ、堪らず叫び声を上げた。しかし、光はグールにのみ浴びせられ、可憐やキャロルには柔らかい光にしか感じられない。


思いもよらない出来事、それは可憐が身に着けているミサンガから放たれた物だった。


「まさか……熾輝くん?」


それは数ヶ月前、仲直りの印として熾輝から贈られたミサンガだ。プレゼントされた当初は、とても凝った造りの編み方で、幾何学模様がお洒落だと感じていたが、今思えば、彼からの贈り物が普通の物な訳が無かった。


このミサンガには、強力な魔除けが付与されており、持ち主に害悪が迫った時に助けてくれる逸品だ。しかし、あくまでも妖魔や悪霊に対して強力な効果を発揮するために作られたミサンガだ。目の前の妖怪のように、実在する怪異にたいしては、目眩ましがせいぜいである。


だが、これにより大きな隙ができた。


「お嬢様、こちらへ」

「きゃっ」


放り投げられていたキャロルは、グールの視力が弱まった隙を突き、可憐の元へと駆けつけて、彼女の手を取った。


痛む身体を推して、どうにか逃走を試みなければと思考するが・・・


「動くんじゃあねぇ!」

「な!?」


叫ぶグールの声にキャロルは動きを止めざるを得なかった。


何故なら、グールのその手の中には、先程吹き飛ばされたハズの運転手が鷲掴みにされていたのだから。


「しまった!」


未だグールの視力は回復していないのか、手を目に当てて、指と指の隙間から強引にまぶたをこじ開けて、キャロルと可憐を睨み付けている。


予期せぬ事態に対し、逃走を図ろうとしたキャロルであったが、運転手の存在を見落とし、完全に後手に回ってしまった。彼女の任務上・・・、運転手を見捨てるという選択肢もなくはない・・・が、その選択肢は、唐突に奪われた。


「やめて下さい!」

「お嬢様、何を!?」


キャロルの手を振り切って、可憐はグールの前に立ちはだかった。


彼方あなたの狙いは、私なんでしょ!いう事を聞くから、彼女を離して!」


気丈に振る舞いながら意識を失い、うな垂れたままの運転手の安否を気遣う。しかし、どんなに強がっても、年端もいかない女の子が、この状況で恐れを抱かない訳がない。


身体は震え、膝だって笑っている。強張った表情を浮かべ、目からは涙が零れそうになっている。「だけど」と、その身にそぐわない、ありったけの勇気を振り絞って、目の前の害悪に立ち向かう。その姿は気高く、高潔なものだ。


「……いい子だ」


グールは手中にあった運転手をその場に捨てると、刃物のように凶悪な爪を擦らせながら可憐へと魔手を伸ばした。


「や、やめろぉ!」


キャロルの静止の声など意に介さず、グールはゆっくりと少女の柔肌に爪を立てようとした。


溢れ出す涙が少女の頬を伝い、逃げ出したくなる思いを堪え、それでも必死に抗って見せると、心だけは蹂躙されてなるものかと、少女は決して目の前の害悪から目を逸らしたりはしなかった。


「―――男が、うら若き乙女に乱暴を働くとは、…恥ずべきことだ」


不意に紡がれたその言葉に、一瞬グールの動きが止まった。


今まさに可憐の身が凌辱される間際、横合いから伸びてきた大きな手が、グールの爪を掴み取ると同時、ビキィッ!と音を立てて五指に生えそろった爪が根元から引き剥がされた。


「ぬあっ!!」


激痛に耐える暇すら無く、うめき声が木霊する。


爪が剝がされた手を押さえながら思わず後退するグールと、一瞬の出来事に混乱する可憐の間に、声の主が割り込んだ。


「え?」


キョトンとする可憐の目の前には、見上げなければ判らない程に、とても大きな背中が広がっていた。


夜の闇の中に居るのに、その男性ひとが着込む黒のロングコートは、決して闇に溶け込むことはなく、ひときわ異彩を放つ。頭に被った黒の中折れ帽子が脱げないように、軽く手で押さえるその男性の後頭部からは、一つ結びにした長い白髪交じりの長髪が揺れている。


「こんばんは、キュートなお嬢さん」

「ぁ、えっと…こんばんわ」


振り向きざま、不意に掛けられた挨拶に、つられて返事を返す。先程まで殺されそうになっていたにも関わらず、心の何処かで助かったと、不思議と安心感を覚えたからだろう。


そんな可憐の心情を知ってか知らずか、コートの男は彫りの深い顔を緩ませて、柔和な笑みを向ける。まるで、自分の祖父を思い浮かばせるような雰囲気を感じる可憐だったが、男の後方で、爪を引き剥がされ、唸っていたグールが再び動き出そうとしている様を視界の端に捉え、思わず肩を震わせた。


「…もう大丈夫だ。直ぐに終わる」


そう言うと、男は被っていた中折れ帽子を脱いで、可憐に手渡す。言葉を発した訳ではないが、持っていてくれと言っている気がして、差し出された男の帽子を受け取ると、大事そうに胸に抱え込んだ。


「お前、何者だ?」

「…お前を倒す者だ」


グールの問いに、一泊置いて応える男


「はっ、そうかよ!」


弾かれた様に、グールは動き出す。


2人の間に大した間合いも無く、グールは相変わらず体躯を生かした体当たりを行う。体格差は、殆ど無い両者。しかし、相手はレベル3のグールだ。乗用車ですら横転させる程の運動エネルギーを秘めた突進に、いかに体格が同じ者同士でも、そのパワーの違いには、歴然たる差がある………ハズだった。


「な、何ぃ!?」


紙切れを吹き飛ばすつもりで突進したつもりだったグールの表情が固まる。


男に衝突した瞬間、まるでいわおに体当たりを決めたように微動だにしない。


いくら力を込めようとも動かない。


すると、男の右手がゆっくりと持ち上がり、その固く握った拳をグールの頭めがけて撃ち落とした。


「うおおおおおぉぉおおおおっ!!!!?」


迫る拳を捉えた瞬間、背筋が凍る感覚が全身を駆け抜ける。グールは、男から離れるように全力で跳び退いた。


一足飛びに10メートルは距離が開き、目の前では、くうを殴った男の眼光が己を捉えている。


「お、お前ええええええぇぇぇええ!」


全身の細胞が警鐘を鳴らしている。だがグールの意地だろうか、逃走を選択する事はなく、逆に立ち向かうべく、その一歩を踏みしめた……瞬間


男は、固く握った拳を振り上げて跳躍


「なめるなあああぁっ!」


大振りな上、動きも速くない。これならばカウンターを狙う事など造作もないと判断したグールは、同じく拳を握り、迫る男へと振り抜いた。


交差する拳と拳が擦れ合い、火花を幻視させる程の硬度を感じさせる。


そして、勝敗は一撃で決した。


振り抜いた拳は、顔面を捉え、そのまま地面に後頭部を押し付けている。アスファルトの地面は頭のサイズに陥没し、そのまま動かなくなった相手を見下ろす。


勝者は地に伏した敗者を一瞥すると、ゆっくりと少女の元へ歩を進める。


「懐かしい力の揺らぎを感じて、様子を見に来たのだが………そうか、君はあの男の縁者だったか」

「え?…ぁ」


少女の目の前で、1人納得した様子の男であったが、彼の言っている意味は、可憐に理解できなかった。そして次の瞬間、張りつめていた緊張の糸が切れたのか、急に足の力が入らなくなり、可憐はそのまま意識を手放した。


崩れ落ちる少女を支え、男は優しく抱き上げると、負傷し、身動きが取れなくなっていたキャロルへと近づいた。


「立てないなら手を貸そう」

「…大丈夫です。間もなく救援も駆け付けるので……それで、彼方はいったい何者ですか?」


キャロルの問いに、男は一瞬、考える素振そぶりを見せたあと、ややあって口を開いた。


「私は、羅漢らかん。君とは…おそらく同業者だ」

「……どういう意味ですか?」


羅漢の答えに、警戒を強めるキャロルの目が僅かに細められた。


「秘密が多いという事だ」


警戒するキャロルを他所に、フッと微笑を浮かべる漢は、可憐が大事そうに抱えている帽子を返してもらおうと、手を伸ばしたが、意外に力強く抱き込まれていたため、彼女から離れない。仕方なく返還を諦めた漢は、このあと、可憐が目覚めるまで付き添う形になったのだった。



◇   ◇   ◇



「―――半端しているんじゃないよっ!」


昇雲の怒声が電話口に向かって放たれる。眉間に青筋を浮かべ、今も手に持っている携帯電話が握りつぶされそうな勢いだ。


電話口の相手は、対策課のトップ、木戸伊織だ。


「とにかく!今後、同じような事があったら許さないからね!」


散々怒鳴り散らした挙句、電話の切断ボタンを乱暴に押す昇雲だった。


「…熾輝、すまなかったね。アタシが、もう少し注意しておけば良かったさね」

「いえ、師範の所為じゃありません。それに…乃木坂さんも無事だったようですし」


今現在、熾輝は、昇雲と共に街の病院前にいる。


先ほど、可憐が身に着けていたミサンガの信号シグナルをキャッチして、現場に急行してみれば、そこには大破した乗用車と通報を受けて駆け付けた警察がいた。


現場に残っていた力の残滓から、強力な妖怪が襲ったに違いないと判断した熾輝と昇雲。そして可憐の身を案じて現場に居た警察官から情報を聞こうとするも、操作内容を教えて貰えず、事態が切迫するかと思われたとき、病院に務めている葵から昇雲の携帯に連絡が入り、可憐が無事である事が判明した。


葵からの連絡を貰い、病院まで駆け付けたが、身内以外が面会すること叶わず、翌日に見舞いに来るしかないと、諦めて帰宅する運びとなった。


だが、今回の一件で、熾輝にも思う所があるのか、今は普段から少ない口数が更に減っている。


「とりあえず、お前さんの友達を襲ったグールは、何者かが倒して、待機していた対策課の連中が既に回収したらしい」

「そう、ですか」

「話によると、レベル3のグールだったらしいから、どのみち対策課のヒヨッコ共には手に負えなかったさね。こりゃあ通りがかりの何者かに感謝しなきゃだね」

「……いったい何者だったんでしょうか」

「さあね、だが、レベル3を相手どれる程の実力者だ。間違いなく達人級マスタークラスの腕前さね」

「達人…」


万が一、自分1人が可憐の窮地に駆け付けたとして、果たして勝つことが出来ただろうか…否、そんなのは、考えるまでもなく敗北していたであろう。


なら、2人揃って死ぬなんて言う運命を受け入れられるだろうか……それこそ否である。たとえ自分が死んでも、大切な人だけは守り抜く。そのためには、今よりも強くならねばならない。


「師範、さっきのは試練だったんですよね?」

「ああ」

「僕は、試練を乗り越える事が出来たと思っていいんですか?」

「……そうさね。一応は合格だ。今回の戦いで、己の弱点に気が付いたかい?」


昇雲の問いに、熾輝は思考する。正直、先程の戦い、切っ掛けはどうであれ、熾輝本来のパフォーマンス…その一端を発揮できていたと認識している。その上で答えを導きだす。


「一言で言うと、心身の未熟です」


そう言った熾輝の解に、昇雲は無言で続けるように促す


「僕は、今まで何かに対して怒りや憎悪を感じる事なんて無かった。でも、この街に来てからは違った。大切な者を得て…いや、それだけじゃなく、理不尽を撒き散らす者が許せない。そう思うようになってからは、自分の感情をコントロールできなくなっていました」

「そうだね。感情を取り戻したことについては、嬉しく思う。その反面、感情に呑まれて判断を誤れば、いつか取り返しのつかない失敗をしちまうだろう」

「はい……そして、身体の未熟。というより、技術面が圧倒的に足りていない。師匠たちが授けてくれた身体能力を十全に使いこなせていないんです」

「あぁ、ハッキリ言って、少しがっかりした」


辛辣とも言える昇雲の言葉が胸に突き刺さる。しかし、「だけどね」と話を続ける


「アンタは、アタシ等の手から離れていても、毎日、血の滲むような修行を重ねてきたのは判るよ」


そう言って、熾輝の肩に手を置いた。


「この身体、アンタはアタシ等から授かったと言っていたが、自らが鍛え上げて来たものだ。およそ、常人では理解が出来ない鍛練に次ぐ鍛練。現代ではオーバーワークと言われるような修行を積み重ね、手に入れた。だからこそ惜しいんだ」


まるで、勿体ないとでも言っているかのように、手に力が入る。


「熾輝、お前が研鑽し、鍛え上げてきた肉体を十全に使いこなせるようになれば、おそらく達人の域に届くだろう」

「え?」

「だけどね、お前の様な者は五万と居る。達人の域に足を踏み入れる事が出来る者は、その中でも、ほんの一握りだ。この先、どれだけ努力を重ねても、その領域に辿り着けるかは、保障なんて出来ない。でもね、およそ達人と呼ばれる者達は、等しく諦めなかった連中の事を言うんだ」


お前は、どちらを選ぶ?と問う昇雲の瞳から、決して視線を逸らさずに、熾輝は応える。


「なら僕は諦めない。たとえ才能が無くても、たとえ達人への道が人より険しくても、そんな事は今更です。だから敢えて言います……だとしても僕に、それ以外の道は有り得ません!」


本来なら迷って然るべき問、しかし、そんなの今更問いますか?とでも言いたげに、熾輝は即答してみせた。


「…いい返事だ。なら、必死に付いてきな。明日からの修行は、今までとは違うよ」

「はいっ!」


今よりもっと強くなることを誓い、少年は帰路に着く。



◇   ◇   ◇



場所は変わって、ここは街の病院、その一室


ちょうど、熾輝たちが来る前のこと


「まったく、酷い目にあったな」


中年とみられる男がベッドに背中を預けているキャロルに労いの事がを掛けている。


「運がよかった。下手をしたら私はともかく、対象も亡き者にされていた」


少し前の惨事を思い出して、身震いが今更ながらに出てきた


「しかし、この街に屍食鬼グールが現れるなんて」

「どうやら、この国の祓魔組織が追っていたらしいです」


室内には、キャロル以外に2人の女性がいた。


「今回の件、上に報告を入れなきゃな」

「…それは、仕方がありません。今回の件で不適格と見なされれば、別の者に任務を引き継ぐまでです」

「だ、大丈夫だよキャロ!」

「そうだよ!聖騎士長も、これくらいでクビにはしないって!」


聖騎士長……そう、彼、彼女等4人はフランス聖教から派遣されたチームなのだ。


「しかし、俺達が監視している対象の内、使徒が居るってのは本当かね?」

女教皇プリエステスや聖騎士長が間違いないと言い切ったのですよ」

「そーだよ、疑うなんて不敬だぞー」

「だってよぉ、監視対象は、まだ子供だぜ?」

「それは関係ない。使徒としての覚醒は、個人差がある」

「このまま覚醒するまで、ずっと監視任務が続くのか?」


どうやら、彼等の任務は使徒である者の監視が役割らしい。ただ、彼等が担当している監視対象は、複数人おり、誰が使徒なのかという情報までは知らされていない。


「わからない。けど、一番楽なポジションのお前が文句を言うのは、腹が立つ」

「なっ!冗談じゃねぇ、この中で一番大変なんだぞ!」

「へ~、その根拠は?」

「お前等も知ってのとおり、佐良志奈様の弟子に当たる少年、八神熾輝の索敵能力は、群を抜いている。おそらくだが、半径500メートル圏内が索敵範囲。その圏内で、不審な動きをした途端に感付かれる。なおかつ……」


一旦、言葉を切った男が3人の顔を見渡す


「あの少年、さっきまで他のグールと戦っていやがった」

「「「は?」」」


この答は、予想外だったのか、彼女等は耳を疑った


「しかも、一緒にいた婆さんがとんでもない化け物だ。こちとら監視に長けた能力って事で抜擢されたが、ただでさえ神経をすり減らしながら監視してんのに、昨日から精神的披露がピークだ」

「…やはり、聖騎士見習いの我々には、荷が重かったのでしょうか」

「よ、弱気にならないで!ボクなんか神社の巫女を監視しているけど、周りに居るのは、土地神やら神使なんていう霊的知性体だよ!」

「私は、魔導書と知性を持った武器インテリジェンスウエポンを所有する女の子……魔力がヤバイ」

「「「「・・・・」」」」


監視対象の子供がヤバすぎると、お互いに確認する4人だった。


『―――なるほど、貴公等はフランス聖教の騎士だったか』

「「「「!?」」」」


4人以外、誰も居ないはずの室内に、漢の声が聞こえてきた。


そして、部屋の扉がゆっくりと開く


「あ、彼方は…」


そこに現れたのは、黒のロングコートに身を包んだ筋骨隆々の漢だった。


「怪我の具合は、どうだ?」

「…おかげさまで、軽傷ですみました」


そうかと返す羅漢。キャロルは、羅漢に命を救われているため、さほど警戒はしていなかったが、他の仲間は、そうはいかない。羅漢に対しての警戒を強め、いつでも戦闘態勢に移れる構えをとった。


「よせ、諸君らと事を起こすつもりはない」

「…あんた、いったい何者だ?」

「諸君らとの共通点を上げるならば、佐良志奈円空と関わり深き者だ」

「え!?佐良志奈さまの?」


羅漢の答えに、キャロルの仲間の1人が驚きの表情を浮かべる。しかし


「バカ、そんなの俺達の会話を聞いたうえでの嘘に決まっているだろう」


仲間の1人が否定する。


「あなたの言葉を信じるに足る証拠は?」

「無い…が、先日のフランスで起きた事件を佐良志奈円空が治めた事は知っている」

「……何を言っているのかねぇ、ありゃウチの聖騎士長とプリエステスが解決した―――」

「表向きにはな。だが、使徒が2人集まったところで、邪神クラスの脅威に勝てるハズがない」

「っ!?」


羅漢の言葉に、男の警戒が更に増した。何故なら、今羅漢が口にした情報は、極秘扱いとなっている案件なのだ。


「やめろ、ここは知人が務める病院だ。今の段階で、私の来訪を知られたくはない。それに…」


続く羅漢の言葉に、キャロルは驚愕する


「明日より、私も少女のボディーガードをする運びとなった。同僚の友人とは争いたくはない」

「なっ!?何故そのようなことに!?」

「駆け付けた両親に頼まれたのだ。交通事故後に相手の運転手に襲われ、私が取り押さえた事になっているのでな。1人娘の傍には出来るだけ信頼できる者を置いておきたいのだろう」

「…私は、信用されていないと?」

「そこは、親心だ。んでやれ」


羅漢に諭され、確かにと納得したキャロルは、逆に己の思慮の狭さに恥ずかしい思いをした。


「はぁ~、判った。判りましたよ。アンタとは一応協力関係って認識でいいんだな?」


男の言葉に「あぁ」と短く答える


「一応、任務だ。アンタの事は上に報告せざるを得ない。それに、俺達の任務は、あくまでも監視だ。基本、何があっても手は出せない」

「承知した。が、彼女は違うのか?」


監視任務と聞いて、可憐の傍でボディーガードを務めているキャロルの行動について、疑問を持った羅漢が尋ねる


「私は、他の子たちと違って、対象が子役という関係上、近くに居た方が監視もしやすいという事で、マネージャー兼ボディーガードをしているのです。が、今回の様な事が無い限り、私も他の3人と同様です」


なるほど、と頷く羅漢は、全てを納得し、キャロルへと手を差し出した。


「羅漢だ。改めて宜しく頼むマドモアゼル」

「キャロル・マルティーヌです。こちらこそジェントルマン」


こうして、熾輝たちが知らぬ間に街へと降り立った漢は、裏で動く者たちと共に動き始めたのだった。







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