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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
137/295

第一三七話 熾輝vsグール

昇雲と別れた熾輝は、さっそく探知能力を発動させながら街を練り歩いていた。


深夜とまではいかないまでも、子供が夜に出歩くにはいささか問題があるのではと思われるかもしれないが、そこは気配を紛れさせながら上手く偽装しているため、誰かに呼び止められる心配はいらない。


気配を偽装しつつ、対象の気配を探る。この半年で随分と上達した技能を昇雲に披露できないのが心残りではあるが、そんな事よりも今は、目先の任務に集中する。


「……さっそくか」


人が多い道から大分離れた住宅街、熾輝は歩みを止めて気配のする方角へ視線を向けた。


「数は……報告どおり3つ。グールに間違いなさそうだ」


感じ取った妖気と数からして、くだん屍食鬼グールであると確信した熾輝は、目標が居る場所まで迷いのない足取りで歩を進めた。


住宅地から左程離れていない場所、何かの工場を建設中なのか、未だ完成には程遠いコンクリートで出来た建築物。その前まで辿り着いた熾輝は、「さて」と考察を開始した。


(グール、脅威度はレベル2から3…前者なら何とかなるけど、後者なら手に負えない)


妖怪や妖魔といった怪異に対する国が定めた脅威度を測るレベル。レベル2ならプロの魔術師(ここでは、国家資格を持った魔術師の事を指す)3人で十分対処可能な脅威度。レベル3ならば、その10倍の戦力が必要になる。


ちなみに、これを能力者に当てはめた場合、レベル2ならば熾輝でも対処可能。レベル3ならば達人級マスタークラスの中でも下位の者が対処できるレベルだ。一言で言ったものの、レベル1の差は天と地ほどの差があると思ってくれて差支さしつかえない。


(気配からして、脅威度は2といったところか)


建物内から感じ取れる妖気を頼りに、熾輝は相手の力量をし量る。と、ここで己の装備を確認…………するまでもなく、丸腰だ。


それも当然、昇雲からは散歩とだけ言われ、外に連れ出されたのだ。最低限動ける服装で出てきている他は、戦いに仕える物など持っていない。しかも、連絡手段として携帯電話も持っていない。正確には、携帯電話という機械は、買って貰っていないので、そもそも持ちようがない。


「まぁ、戦いになれば僕のオーラを感じ取った師範が駆け付けてくれるか」


割と楽観的な考えを浮かべた熾輝は、敷地を囲う柵を易々やすやすと超えて、建物内部へと侵入を開始した。


未だ建築途中の建物内部は、所々に資材が置かれており、簡単に盗めそうだと言う感想を抱いたが、そのような事は思ってもしてはいけない。


などといった事を考えながら、気配を紛れさせる配慮は怠らず、グールが潜んでいると思われる階層に辿り着いた。


階段を上がって、壁越しに中の状況を目視で確認すると、そこには・・・


(当たりだな。グールが3体)


身を寄せ合うようにして、件のグールがフロアの片隅に居た。体格は大人と変わらないぐらい、見た目も人間と変わらず、人込みに紛れれば肉眼で見分けるのは、ほぼ不可能だろう。


建築途中といえど、電気は通っているのか、所々に設置された照明が淡く光を放ち、フロア内を照らしている。


視覚的には問題がないが、逆に言えば相手からも、こちらが丸見えという事になる。


本来ならば照明を破壊するなどして、暗闇を作りだし、奇襲をかけるのだが・・・


(グールは暗闇でも昼間同様に見える……暗闇を作り出すのは、逆に不利になるな)


加えて、ここは建物の3階だ。万が一にも落下すれば大怪我を負ってしまう。


どうしたものかと思考するも、現状、熾輝には所持している装備が無い事から、真正面からの戦いしか選択肢が無いと至り、一呼吸ののち、気を引き締めて足に力を入れる。






動!!




溜めていた力を解き放つが如く、固いコンクリート敷きの床を蹴り、一気にフロア内を一直線に駆け抜けた。


全力に近い疾走、にもかかわらず一切の足音がしない。これは伝説の暗殺者、蓮白影直伝の暗殺歩法。これにより、グールは接近する熾輝にまだ気が付いていない・・・・ハズだった。


「っ!?」


至近へと迫った熾輝の目の前で、弾かれた様に3人のブールが三方向へと別れた。


(気付かれていた!?)


予期せぬ敵の動きに、急停止を余儀なくされ、瞬時にオーラを高めて身を固めると同時、1人のグールが四肢の爪を伸ばし、襲い掛かる。


(あの爪は危険!)


明らかに出遅れた熾輝は、迫るグールに対して横跳びに回避を余儀なくされた。


熾輝が元居た場所の床が爪によって削り取られ、ギャギィと嫌な音を立てる。と、回避場所で体勢を立て直そうとした矢先、もう一匹のグールが首元を目掛けて噛み付いてきた!


(時間差っ!)


ギリギリ反応したことで、立て直しかけていた体勢を敢えて逸らし、バック転の要領で躱す。


距離を取り、2人のグールを視界に捉える。しかし、もう1人の姿がない。「何処へ」と思った矢先、熾輝の死角…正確には眼帯を付けている右側から放たれた蹴り足を首元に真面まともに喰らい、盛大に吹き飛ぶ。


フロアの片隅に放置されていた資材と衝突し、ガラガラと音を立てて積まれていた資材の下敷きになる。


「・・・」

「・・・」

「・・・」


暫しの静寂


「やったか?」

「多分な。能力者でも、今の攻撃で確実に首の骨は折れているハズだ」

「子供相手でも容赦ないな」

「うるせぇ、子供でも能力者だ。油断して返り討ちなんて話はザラにある」


流石、人間社会で生き延び、かてを得ながら今日まで生き延びてきた妖怪だ。例え相手が子供だとしても油断はしていない。だからこそ、彼らは徒党を組むことで対策課をやり過ごす事が出来たのだろう。


と、そこでガラガラと資材を掻き分けながら立ち上がる少年を見て、彼らの表情が驚愕に染まる。


「おいおい、今のを喰らって無事とか・・・マジか?」

「もしかしたら、名の知れた一族の血縁者かもしれねぇ」

「油断するなよ。距離を取って確実に仕留めるぞ」


グールたちは、目の前の熾輝を見ながら、油断なく立ち回る手はずを確認し、腰を深く落とす。


一方で、グールがそのような作戦を立てていた頃の熾輝はと言えば……


(危なかった。少しでも反応が遅れていたら首から上が吹っ飛んでいたぞ)


蹴られた首元をさすりながら眼前のグールを見据えている。


(思っていたより、連携が巧みだ。どうにかして崩さないと)


お互いに仕切り直しをしているため、そう易々とは互いに踏み込んでこない。その僅かな時間を利用して対策を思考する。が、そもそも丸腰の熾輝にとって、この局面では、己の身一つで打倒する他に手が無い。


であるならば、昇雲が駆け付けるまで、戦いを避け、深追いをせず、一定の距離をとっての持久戦が望ましい。


そう判断した熾輝は、全身のオーラを一定量放出し、防御の構えを取る。そのオーラに呼応する様に、グール達も身に纏う妖気の量を増やし、ジリジリと熾輝との間合いを詰め始めた。


そして、互いの気合が十分に満ちた空気の中、グールたちは再び熾輝へと襲い掛かった―――



◇   ◇   ◇



熾輝とグールが戦う建築現場から僅かに離れた住宅街、その民家の屋根に昇雲は、気配を消した状態のまま佇んでいた。


目を僅かに凝らし、遠くを見るような目付。その視線の先にはグールと戦闘を行う熾輝の姿が映っている。


「単身、無策で突っ込んでからの持久戦狙いか……」


巧みな連携で熾輝を翻弄しながら襲い掛かるグールに対し、防御に徹する弟子の姿をみて、僅かに落胆の溜息が漏れる。


「離れて暮らし1年半…どれほど成長しているかと期待したんだが、まるで使いこなせていない。それどころか、自身の力の把握が出来ず、グール相手にも苦戦。こりゃあ、敗北も有り得るさね」


昇雲の口振りからは、格下を相手にしていると言っている様にも聞こえる。事実、熾輝はグールに対し、自分でも対処可能な相手と判断したからこそ、単身で乗り込んだ。それが、一度の反撃に心の何処かで1人では無理かもしれないと思う事で、無意識に自身に枷をハメてしまった。


「負けんじゃないよ。アンタは、アタシ等の弟子だ。負けは許さない。」


一度は落胆の声を漏らしたが、やはり愛弟子には成長してほしいと思うのが師の願いなのか、今もグールと対峙する熾輝を見据えて微動だにしないのだった―――



◇   ◇   ◇



三角形の包囲網が徐々に狭まる。その都度つど、俊敏な動きで包囲を破り、連携を抜けるが、途端に包囲を許してしまう。


室内という密閉された空間において、包囲を破るには「抜ける」ではなく「崩す」が正解である。これが、屋外という広い空間であれば抜ける事も出来ただろうが、現状において、悪足掻き程度にしか働いていない。


徐々に息が上がり、肩が上下し始める。グール達は、まだまだ余裕だ。


(おかしい、師範ならとっくに気が付いて、駆け付けてくれるハズなのに―――っ!)


僅かに気を逸らした途端、襲い掛かるグール。寸でのところで爪を躱し、体を捌き、距離を取る。…が、時間差で迫ってくるグールに気を配りながら躱す、捌くを繰り返す。もう、このようなやり取りを何度も繰り返している。


しかも、いやらしい事に、グール達は熾輝の死角…見えない右眼側から執拗しつように襲い掛かる。一方が必ず視界に入り、もう一方が死角に入る陣形。いくら熾輝でも、この攻め手には精神力と体力をジワジワと消耗させられる。


(……まさか)


ここへきて、熾輝の脳裏に先程の疑問が、ふとした瞬間に浮かび上がった。


『―――土地勘が無いって言っていたのに、どうして二手に別れるんだろう?』


普段の熾輝であれば、迷わずその疑問を口にしていただろう。それが咲耶達ならば・・・・しかし、師である昇雲の言葉というだけで、およそ自分には考えも付かぬ理由があると思い込んでいた。


だから聞かなかった。疑問に思っても勝手に顛末を付けていた。


それが熾輝の悪い癖だ。師を尊敬するあまり、崇拝ともいえる感情が思考を停止させ、無意識に己の枷となっていたのだ。


(まさかコレは………試練!?)


そこへ至り、一つの可能性が浮かび上がる。


試練…熾輝が幼少の頃より、修行に明け暮れるなかで、一定の力を身に付けた際、次のステージへ進むためのしれんが用意される。いずれも極限の状態で行ってきたそれらは、確実に熾輝を常人の道から遠ざける儀式であった。


「……そういう事か」

「ガキンチョ、何を言ってやがる」


ぼそっと、つぶやいた熾輝の言葉に、目ざとく反応を示したグールが問いかける。


「いいや、ここからは僕も命懸けで挑まなければと思っただけだ」

「…今まで本気じゃ無かったとでも言いたげだな?」


その問いに、敢えて熾輝は応えずに、微笑を浮かべて応じる。その反応がグール達の神経を逆撫でしたのか、彼らの眉間に青筋が浮かんだ。


「人間の子供…だが、俺達は相手が子供だからと言って、油断はしない」

「あぁ、有名な氏族の子孫相手に同胞が何人も始末された」

「だから俺達は、全力で狩に行く」

「むしろ好都合だ」


その瞬間、4人は弾かれた様に動き出した。多対一、数の上での不利は否めない。おそらく実力もグール1人と拮抗しているだろう。そんな相手にを張って渡り合う。命の奪い合い、研ぎ澄まされる感覚、この試練は次のステージへ上るための足掛かりに過ぎない。


もしかしたら命を落とすかもしれない…だが、師はいつも乗り越えられない試練を与える事はしなかった。この死闘の間際、熾輝はかえりみる。己の力と心を―――



◇   ◇   ◇



夜の街を黒塗りの車が一台、住宅街を走行している。


「―――まぁ、では燕ちゃんのうちの問題は、その人が解決してくれたのですか」

『うん!熾輝くんのおばあちゃんって、すごいよね!私、途中で家に帰されちゃったんだけど、あとから熾輝くんと燕ちゃんから連絡をもらってビックリしちゃった!』


車内では、乃木坂可憐が咲耶と電話越しに会話をしている。


「それは、本当によかったです」

『あとね、おばあちゃんが可憐ちゃんにも会いたいって言っていたから、今度、一緒に会いに行こう!』


咲耶の誘いに、隣に座っていたマネージャー兼ボディーガードの女性が素早く手帳を広げ、可憐の今後の予定を確認すると、「大丈夫です」と目で合図を送る。


「はい、是非とも私も会ってみたいです。暫くは予定も空いているので、熾輝くんが都合の良い日に燕ちゃんも誘って伺わせてもらいましょう」

『うん!』


咲耶と後日、熾輝の家に遊びに行く約束を本人抜きで行う少女2人。そんな他愛もない話を暫く続けたのち、明日の学校で会いましょうと挨拶をして、通話を終わらせた。


ニコニコしながら、左手首に結ばれたミサンガを触り、明日の学校を楽しみにする可憐…


「嬉しそうですね」


と、不意に隣に座っていた女性に声を掛けられた。


「はい、私のお友達の問題が解決したらしいのです。私も咲耶ちゃんもずっと気になっていた事なので、本当に良かったです」


心からそう思っているのだろう。可憐は時たま見せる子供らしい笑顔で彼女にそう語りかけた。


「友達ですか…良いですね、そういった方がいるのは」

「キャロルさんは、日本にお友達がいないのですか?」


キャロルと呼ばれた女性は、数か月前に可憐のマネージャーが寿退社する事になって、急遽きゅうきょ雇われた。仕事は正確だし、気遣いも申し分ない。おまけに、そんじょそこらの男にも負けない程、腕が立つ。


「えぇ、イタリアから日本へ来て日も浅いので、友人と呼べる人はまだ…」

「まぁ、それはいけません。お友達は居なくても良いと考える方がいるそうですけど、居れば嬉しいものですよ!」

「そ、そうですね。日本には同好の趣味の方々が集まる、オフ会なるものがあるらしいので、勇気を出して参加しようかと思っています」

「ええ、是非!」


小学5年生に友人の何たるかを熱く語られるキャロルさん。しかし、彼女が祖国を離れて数ヶ月、休みの日は1人の時間を無駄に浪費していることから、寂しさを感じていた今日この頃であったのも事実だ。


と、そんな会話をしていた際、可憐が乗る乗用車が急ブレーキを掛けた。


キャロルは素早く可憐に覆いかぶさるようにして彼女の身を護る。キキィッ!と耳を突く音が止むと同時に車の動きが止まった。


「お嬢様、お怪我は御座いませんか!?」

「は、はい。大丈夫です」


可憐の無事にホッとしたキャロルは、運転手の女性へと視線を向ける


「いったい何事ですか!?」

「す、すみません!急に人が飛び出してきたので―――」


その報告を聞いて、一瞬「まさか、人身事故!?」と嫌な考えが脳裏をよぎったのも束の間、運転手の声を遮るように、突如、車に衝撃が走った。


「っ!?お嬢様!」

「きゃあぁぁあ!」


まるでトラックにでも突っ込まれたかのような衝撃が、乗用車を襲った。


車は横転し、側道にある街路樹にぶつかることで停止した。


「いったい、何が……!?」


逆さになった状態から、状況を把握するために外へと視線を向けると、そこには1人の男がこちらを伺っていた。


一瞬、たまたま通り掛かった通行人か?とも思ったが、直ぐにその考えを改める。


男は、いわおの様な体躯をしており、纏っている雰囲気が常人のそれとは明らかに別種のものと感じさせる。


キャロルの脳内では、男を目にした瞬間から警報が鳴り続けていた。


(あの男、ヤバい!)


そこからの動きは迅速かつ冷静だった。


彼女の腕の中に納まっていた可憐の無事を確認したのち、自分のシートベルトを外し、逆さだった状態から車の屋根に足を付ける。


重力を正常に感じ取り、可憐と運転手のシートベルトを外すと、直ぐに外へ出るように指示をだした。


幸い、運転手にも怪我はなく、これならば彼女に可憐を任せて現場から退避たいひしてもらえる。


そして、自分は・・・


「お嬢様、緊急事態につき、一刻も早く彼女と現場ここから離れて下さい」

「し、しかし―――」

「大丈夫です。後のことは私で対処致しますから」


未だに状況を理解していない可憐は、キャロルの後ろの方で、こちらを窺っている男の方へ視線を向ける。男は、動かずジッと可憐を見ている。大きな体躯、僅かにフラフラとした体の動きから、その男から不気味さを感じ取る。


「さぁ、行って!」


キャロルの声に反応して、運転手が可憐を抱き上げ、弾かれたように走り始めた。


その光景を窺っていた男が、足先を可憐へと向けると、一歩を踏み出した。そこへ・・・


「っ!?」


顔面スレスレを横切るように、キレのある蹴り足が走った。もしも、もうあと半歩分、足を前に出していたならば、男の横っ面に直撃していただろう。


「……危ないねぇ、助けようとした一般人に何してくれてるんだい?」


救助するつもりだった事を告げる男。しかし、そんな言葉を彼女が一蹴する。


「白々しい、…常人が己を一般人などと呼ぶものか!」

「…バレていたか」


再びの足刀が男めがけて襲い掛かる。男は両腕を上げてガードの構えをとると、キャロルの攻撃を難なく防御する。


女性にしては、力の乗った打撃。防御する男の身体が蹴りを喰らう度に左右へと振られる。が、男もやられてばかりではない。体躯の有利から、突進するようにキャロルの攻撃を無視して突っ込んできた。


「っ!?なめるな!」


男の予期せぬ行動に動揺をみせるも、放った足刀を引くことなく、全力で叩き込む!


「舐めているのは、お前だ」


ガードの体勢から体当たりへと転じた男のガードが突如開かれた。その動きに合わせてキャロルの蹴りが思い切り弾かれると、その凶悪な巨体がキャロルの身体に衝突し、彼女はそのまま後方へと吹き飛ばされた。


「ガハッ!」


道路際に転がっていた車両に受け身も取れないまま衝突し、肺の中から一気に酸素を吐き出す。


「雑魚が、食事の邪魔をするんじゃねぇ」


地面に倒れ込んだキャロルを眼下に治めていた男が、今も逃走する可憐へと視線を向ける。


「だれ、が…雑魚ですか!」

「なにっ!?」


男がキャロルから視線を外した一瞬の隙を突き、彼女から光輝く力が放出された。その光は一瞬にして幾何学的な模様を形作り、複数の光刃が出現したと同時、男へと襲い掛かり、周囲に白煙が立ち込めた。


「油断禁物という日本のことわざを知らないのですか?」


煙が立ち上る空間を前に、キャロルは、おそらく答えが返って来ないであろう相手に問いを投げた。


「危なかった。まさか妖怪モンスターと遭遇するなんて、…これが日本という国ですか―――」

「俺も教えてやるよ。正しくは油断大敵って言うんだよ!」

「っ!?」


今も立ち上る白煙から、突如伸びてきた手がキャロルの細い腰を鷲掴みにする。


「へへ、まさか魔術師だったとはな」

「な、何故…グアッ!」

「おっと、抵抗するなよ?別にお前程度の魔術なんざ大して効かないが、煩わしいって点では面倒だからな」


男の身体には、おそらくキャロルが放ったであろう攻撃の残痕がうっすらと痣の様に残っていた。


(そ、そんな!?私の魔術が効いていないなんて、コイツはもしかして―――)


「れ、レベル3…か」


レベル3…国家が定めた怪異に対する脅威基準において、およそ3に該当する怪異は能力者であれば達人級でなければ相手に出来ず、プロの魔術師が30人で相手をして、ようやく討伐できるレベルだ。


「はは、腹ごなしに人間のガキを食おうとして、お前の様な魔術師やつに出会うとは…だが運が良かったな。俺は偏食家でな、子供ガキしか喰わないんだ」

「なっ!?貴様、屍食鬼グールか!」

「今更かよ、……対策課の連中が結界を張っていたから、てっきり外部の刺客を雇ったのかと思ったが、お前は違うようだな。まぁ、刺客を雇ったところで、囮の3人に警戒が向くように細工しておいたから、俺の存在に気が付いた時には手遅れだろうよ」


ペラペラとキャロルが知り得ない情報を喋り出すグール。だが、グールのげんを信じるのなら今現在、この街には目の前のグールを含めた4匹が存在している事になる。しかも内3匹は目の前のグールを逃がすための囮だという。


そして、現状それを知っているのは自分だけであるならば、絶対に逃がす訳にはいかない……いや、そもそも力の差が歴然であるこのグール相手に生き延びる事ができるのか。


であるならば、この情報を是が非でも伝えなければならない・・・・仲間に


(きゅ、救援を)


キャロルは、上着ポケットに忍ばせていた通信用端末に手を伸ばす。気付かれないように、悟られないように、でなければ犠牲者が自分だけには留まらない。


今も鷲掴みにされ、身動きが取れない状況から慎重に事を成そうとするキャロルが、ゆっくりとその端末に触れた……まさにそのとき、死角から投擲された何かがグールに当てられた。


「……あ?」


それは石……道端に転がっているただの小石だ。言うまでもなく、その石には何の力もない。魔術的要素が組み込まれていなければ、オーラによってコーティングすらされていない。


「な、何故…」


グールの頭にコツンと当たり、地面に落ちた小石……それを投げた者の正体を目にした瞬間、キャロルは愕然とした。


「そ、その女性ひとを離して下さい!」


小さな体を震わせて、小さな女の子……乃木坂可憐がそこに居た。


「…戻って来たのか―――」

「いけない!何をやっているのですか!早くここから離れなさぃグアッ!」


可憐に…というよりも、彼女の隣に佇む運転手に向けて放った言葉がグールの声に被せられ、そんなキャロルを煩わしく思い、彼女を掴む腕に力を入れる。


「け、警察に通報しました!間もなくここに大勢の警官が駆け付けます!無駄な抵抗は止めて、速くその女性を離し―――?」


離しなさいと言おうとした運転手の身体が宙を舞った。


有り得ない状況に困惑する暇すらなく、運転手は一瞬にして意識を失い、歩道にある植え込みの中へと落ちて行った。


「馬鹿か?ただの警官が相手になるとでも思っているのか?」


気が付けばグールは、キャロルを投げ捨てて、運転手に体当たりを決めていた。そうなると当然、隣に居た可憐の目の前に立つ訳で……


「ご馳走が自分の方からやってきたよ」

「こ、来ないで」

「逃げて!お嬢様!」


人間の子供しか食べないと言っていたグールは、目の前に出された食事に舌をペロリとだして喉を鳴らす。


(助けて、咲耶ちゃん!)


子供特有の柔らかい身体、適度に脂がのった極上の肉。それを目の前に、グールが止まる訳が無い。いくら心の中で叫ぼうと、その声が届く訳もなく・・・


「いただきます」


グールは凶悪な爪を伸ばして、少女のか弱い身体に触れようとした……そのとき


「ッッ!!!?」


光――――眩い光がグール目がけて放たれた。



◇   ◇   ◇



深夜の建築現場で鈍い打撃音がフロア内に響き渡る。


その場に居るのは4人。1人は右眼に眼帯を付けた10歳の子供、そして残り3人は見た目だけなら成人くらいの年齢を感じさせる男だ。


男達…子供を含めた4人は、互いに張りつめた空気を纏い、一定の距離をとっている。


皆が一様に肩で息をして、体の至る所に傷跡が目立つ。


3人の男は、それぞれ刃物のような爪を生やし、子供の隙を窺う。そして子供…八神熾輝はというと、眼を血走らせ、身を低く保ち、いつでも突撃が出来る姿勢をとっている。その姿は、まるで獣だ。


「チッ!コイツ急にどうしたんだ!」

「完全にキレていやがる!」

「喋ってないで、距離を取れ!また特攻を仕掛けて来るぞ!アレはやばいっっ!?」


熾輝の様子にグール達は、過剰なほどに距離をとる。すると、熾輝が動き、一直線に1人のグールへと迫る。


クソッ!と吐き捨てながら、突進してきた熾輝を寸での所で躱してやり過ごす。だが……


「・・・マジで洒落になんねぇ」


過ぎ去った熾輝は、目標を失ってフロアの壁に衝突するのかと思いきや、しっかりと拳が突き出され、コンクリートで出来た壁に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


「揺さぶりは失敗だったな」


グールの1人は、そのあまりの破壊力をの当たりにし、自分達の過ちを後悔していた。


熾輝の状態、一言で説明するならば、怒りで我を忘れているのだ。


こうなったのには、理由がある。一刻ほど前、4人は戦いを継続させていた。だが、一向に決定打を入れる事の出来なかったグールの1人が、精神的な揺さぶりを掛けるため、熾輝に言葉を放った。


それは、彼等グールがここへ来るまでに食した人間についてだ。簡単に言うと、彼らは昨日、人間を襲い、その肉を胃袋に治めている。それ自体は、あらかじめ昇雲からの事前情報にあったもので、熾輝としても心が乱されるまでには至らなかった。しかし、彼らが喰らったのは人間の家族……当然、その中には子供が居て、ましてや熾輝よりも小さな子供だったという。


そこまで聞いて、熾輝は頭の中で、その光景を想像してしまった。最初は微々たる乱れだった。言うなれば、心に僅かに入ったヒビ。だが、その亀裂は、広がるようにして熾輝のここを蝕み、もしも自分の大切な人だったらと考えたところで、頭の中が真っ白になり、気が付けばグール達に対して、憎悪しか感じられなくなっていた。


以上が現状、熾輝が陥っている状況だ。





幾度となく繰り返される特攻、そこに技巧や策が入り込む余地など無い。


視界が真っ赤に染まり、頭に靄がかかったように思考を拒否する。ある一点、目の前の敵を倒せと言う思考以外は、何も考えられない。


次第に息が苦しくなり、体が鉛の様に重くなっていく。鈍くなっていく体の動きに気が付いたのか、それとも待っていたのか、グール達の表情から僅かに笑みがこぼれる。


(な、にを!笑っている!)


その態度が熾輝の心を更に怒りに染め上げる。


平常時の熾輝なら、心を失っていた頃の熾輝であるならば、おそらくこのような状態には、なっていなかっただろう。


しかし、悲しいかな。少しずつ取り戻しつつある心が、熾輝の思考を曇らせている。


経験した事のないような気持ちの波に、自制コントロールが効かない。荒れ狂う怒りの炎に呑み込まれていく。


己の行動の原理にすら気が付くことが出来ない程の怒り。このままでは、いずれ体力を失い、グールの餌食になるのも時間の問題……と思われた。


今一度、特攻を仕掛ける熾輝の足が、ふとした瞬間に止まった。


「あ?」

「なんだ?」


攻撃のタイミングを計り、熾輝の動きを見極めつつあったグール達は、突如、動きを止めた少年に対し、疑問をもった。


それも束の間―――


「ぁ、ぁ……………うああああああああああぁぁあああああっ!!」


激咆がフロア全体を震わせた。


およそ、子供が出せるとは思えない音声おんじょう、その声量にグールたちは耳を塞ぎ、顔をしかめた。


「…いきなり何だ」

「驚かせやがって」


突如、叫び声を上げた熾輝。しかし、今は僅かに俯き、何かブツブツと独り言を言っているが、グールたちの耳には届いていない。だが、今の熾輝は傍から見れば情緒不安定のように、顔色が優れず、目の焦点が合っていない…とは言えないが、僅かに泳いでいる風にも見えた。


「よく判らねぇが、動かなくなったなら都合がいい」

「ああ、一気に決めちまおう」


動かなくなり、隙だらけとなった熾輝を見て、グール達はチャンスと判断し、一斉に襲い掛かった―――


が、襲い来るグールのかいなが、誰も居ないくうむなしく交差した。


「「「っ!?」」」


確かに仕留めた……そう錯覚するほどに、グール達の攻撃は、正確に熾輝に当たると確信していた。なのに、目の前に居たハズの少年は、一瞬で彼等の視界から消え失せ、気が付けば・・・・


(((な、何いいいいぃ!?)))


グールの真上、正確には天井に張り付くように、少年は凍り付く様な目で、彼らを見下ろしていた。





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