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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
136/295

第一三六話 師範の正体

境内を歩く咲耶と右京、その後ろには、大きな風呂敷包みを担いだ老婆…もとい、心源流27代目昇雲が続いている。


「―――それじゃあ、おばあちゃんは、熾輝くんに会いに来たんだ」

「あぁ、だけど神社ここにも用事があってね。弟子に会う前に挨拶をしに来たのさね」


おばあちゃんと呼ばれ、老婆は顔をほころばせながら咲耶の質問に答える。しかし、傍にいる右京は、その状況をハラハラとしながら窺っている。


「燕ちゃんと熾輝くんに共通の知り合いが居たなんて驚きだよ」

「いやいや、燕ちゃん…というのは、ここの娘さんだろ?残念ながらアタシが会うのは、今日が初めてなんだ」

「え、そうなの?」

「正確には、前巫女と前神主と繋がりがあるだけで、今回は線香を上げにね」


そう言った昇雲は、「まぁ、それだけじゃないんだけどね」と傍に控えていた右京へと視線を向ける。その視線にビクッと肩を震わせる。


「しかしまぁ、熾輝のヤツにこんな可愛いガールフレンドが居たなんてねぇ」

「が、がーるふれんどじゃないよ!」

「おや?女の子の友達って意味だったんだがねぇ」


ニヤニヤとしながら咲耶をからかう昇雲


「…おばあちゃんのイジワル」

「はっはっは、ごめんよ。咲耶があまりにも可愛かったから、からかいたくなっちまったよ――――」


いつもの昇雲であれば、その圧倒的な存在感と威圧に耐えきれず、誰もが恐れおののく。しかし、流石に目の前に居るような女の子に対し、威圧を放つほど、彼女も大人げなくない。


というか、ここ数年、彼女は熾輝という弟子を得てから、子供に滅法弱くなっている。そのためか、咲耶に「おばあちゃん」と呼ばれても怒る事もなく、逆に破顔させて喜んでいる節がある。


隣に居る右京が、2人の距離感が異常に近いと思うのは気のせいではなく、熾輝の事について話をしている内に打ち解けてしまったのだ。


一応言っておくが、神使であるコマ、右京、左京は、過去に歴代昇雲と面識があり、今代の昇雲は決して目の前に居るまりのない顔をする老婆では無かった。


「テメェ、いつの間に部屋へ入って来やがった!」


と、そこへ2人の会話を切るような怒声が境内に響き渡った。


その声にビクッ!と肩を震わせる咲耶


室内からは今も言い争うような声が聞こえてくる。


「……咲耶、ここに居な」

「おばあちゃん」

「心配いらんさね。右京、付いてきな」

「は、はい!」


一瞬、いつもの鋭い眼光を覗かせた昇雲だったが、その目つきをスッと緩めて咲耶に待機するよう促すと、右京を連れて件の部屋へと向かった。


室内からピリピリと伝わってくる武術家特有の気当たり。気配から察するに、一触即発の状況であることは直ぐに判った。そして何より、内1人は己の弟子の気配である事は間違いない。


と、昇雲が部屋の前に来たところで、睨み合う3人の男を視界に捉えたところで―――


「やめんかあああああぁあああああ!!」


一括!


その音声おんじょうに度肝を抜かれた室内の面々から毒気が抜かれ、昇雲へと視線が集まる。


「これは何の騒ぎだい!」


突然の乱入者に対し、その場に居たほとんどの者が「誰?」と疑問符を浮かべているが、そうでない者が数人見受けられる。


「師範……なんでここに?」

「しょ、昇雲殿!?」


予期せぬ人物の登場に困惑する2人をギロリと昇雲の眼光が射抜いた途端、2人は押し黙る。熾輝にあっては、直立不動の姿勢になり、コマは汗をダラダラと流している。


「な、何なんだアンタは!?ガキが現れたかと思えば今度は婆さんか!?」


いきなり現れた昇雲に怯んでいた金融屋が、我に返った途端に騒ぎ始めた…が


「おだまり!」

「ひぃっ!」


再びの一括で静かになった。


静かになった室内を見回し、明らかに他とは異なる2人の男、そして神主とおぼしき者達が10人程……と、神主の中で一番の年長者が昇雲と視線を合わせた瞬間、静かに一礼をした。どうやら、2人は面識があるようだ。


そして、室内に居る2人の男性…スーツ姿と立ち居振る舞いから、おそらくは金融屋であると目星をつけて、以前、伊織をとおして法隆神社の借金問題を聞かされたことから、目の前の男達は借金の取り立てに来たのだろうと、当たりをつけた。


(変だねぇ、ここの経営は回復傾向にあるからと伊織の奴に聞いていたんだが……あのガキ、さてはまた手を抜いたね)


十二神将のトップを心の中でガキ呼ばわりする昇雲は、深い溜息のあと、今も直立不動を維持している熾輝に向かって声を掛ける。


「熾輝、アンタは外に出ていな」

「…え?」

「聞こえなかったのかい、出て行けと言ったんだ。こいつぁ、ガキが首を突っ込んでいい話じゃあないよ」

「で、でも―――!」

「早くおし!」


有無を言わさぬ一括に熾輝は黙って部屋を出て行こうとする。…が、その表情は不満であると物語る様に、口元がへの字に曲がっていた。


そして、泣いていた燕を優しく立たせると、静かに部屋を出て、ふすまをピシャリと閉じた。


その様子を見ていた昇雲は、僅かに驚き、眉を吊り上げた。


(少し見ぬ間に成長したんだねぇ)


と、我が弟子の成長に感慨深くなっている途中ではあるが、今は目の前の問題を片づけるのが先だ。


「さてと、子供は下がらせた。大人同士で話をしようか」


突然部屋に乱入してきた老婆、その威圧感に誰もが畏縮していたが、昇雲の言葉に我を忘れていた金融屋の男がハッとなる。


「あ、アンタ一体誰なんだ!?関係ない人間が突然話に入って来るなんて失礼じゃないか!」

「おや、アタシは無関係じゃあないよ」

「は?」

「見たところアンタ等は金貸しに見えるが……まぁ大方、この土地を欲しがっていた企業が現れたから無理な借金返済を迫っていたんだろう?」


一目で金貸しの思惑を言い当てる昇雲。事実、一緒に同行していた電気会社の男に土地を売り渡すと豪語していたため、否定はできない。


「はっ、それが判っているからって、何だと言うんだ?ババアの出る幕は無いんだよ。何なら婆さん借金を返してくれるのかい?」

「いいよ」

「そうだろう、無理だろう。言っておくが、私はびた一文だってマケル気は無いんだ。金は無いが土地を手放したく無いなんて我がままを………え?いま、ナンテ?」

「アタシが借金を全額支払うって言ったんだ」

「………んんん?ちょ、ま、え?」


予想の斜め上を行く答えに、金融屋の思考が追いつかない。


「おま、……婆さん、ここの借金が幾らか知っているのか?言っておくが、アンタの年金で払えるような額では―――」

「ほらよ」


男の言葉を切る様に、昇雲は背負っていた大きな風呂敷包みを床に置いて中身を広げた。


「っ!!!?」


風呂敷を解いて現れたのは、金金金……山の様に積まれた札束がドサリと音を立てて崩れた。


「これで文句は無いだろう。必要な分だけ取って、とっとと失せな」


その光景に金貸しや、電気屋の男だけに留まらず、その場に居た者たちが、あんぐりと口を開けている。


「い、いや、いやいやいや…ちょっと待って下さいよ。まず、婆さんは何者だ?そ、それに、いきなり大金を出すなんて普通じゃあない。私達もこんな如何いかがわしい金に手を付ける訳にはいきませんねぇ」


当然払えないと思っていた現金を ポンッ! と出した昇雲を前に、流石の男も顔を引き攣らせている。なにより、既に電気屋との契約を済ませている以上、目の前の金を受け取る訳にはいかない。


ただ、そんな男を昇雲は目を細めて見つめている。


「アンタ、金貸し失格だね。相手が何者なのかを見定められない様じゃあ、先は無いね」

「おいっ!ばばあ!調子に乗るなよ!こっちは、怪しい金は受け取らないって言っているんだ!大人しく引き下がった方が身のためだぜ!」

「やれやれ、馬鹿に付ける薬は無いか」


かたくなに提示された金を受け取ろうとしない男達を見据えながら、深い溜息を吐くと、昇雲は懐から取り出した携帯電話で何処かに電話をかけ始めた。気のせいか、電話向こうの相手からは焦ったような声が僅かに聞こえてくる。


「この期に及んで何処に電話を掛けているのです?もしかして警察にでも通報しているのですか?言っておきますが無駄ですよ。警察は民事トラブルには不干渉で―――」

「ホレ、電気屋、アンタに電話だよ」

「あ?」


金貸しの男がツラツラと口上を述べている間、電話口の相手と話しが付いたのか、昇雲が電話を電気屋の男に差し出した。


いったい誰だ?と思いながら、差し出された電話口の声を聴いた瞬間、男の表情が凍り付いた。


「シャ、社長!?」

『この愚か者が!今すぐこの件から手を引いて帰って来い!』

「え!?で、ですが―――」

『貴様!会社を潰す気か!お前の目の前に居る御方はなあ――――』


電気屋の男は電話口でペコペコと頭を下げながら凍り付かせた表情を更に青くさせて……やがて電話を切った。


「城塞電気さん?」

「…悪いな、うちはこの件から手を引く」

「え!?い、今さら何を!」

「金融屋さん、悪いことは言わねぇ、アンタも大人しく引いた方が良い。でないと俺らの首だけじゃなく、会社が吹っ飛ぶぞ」

「じょ、冗談じゃあない!何を言っているんだ!アンタ等と契約するために、こっちは危ない橋だって渡ったんだ!今更手を引くと言われて、はいそうですかって言えると思っているのか!それに、この土地を更地にして発電施設を作るにあたって、各所への根回しだって済ませているんだぞ!」


手のひらを返られた様に契約破棄を訴えてくる電気屋を怒鳴り散らす金融やであったが、電気屋も、その反論に対し眉間に青筋を浮かべながら怒鳴り返す。


「うるせえ!コッチは親切で言っているんだ!ここで手を引かないと、この件に関わった連中は、みんな消されちまうぞ!」

「そ、そんなこと出来るハズが―――」

「出来るんだよ!何しろ目の前に居る婆さ…御方はなぁ、日本の財界を裏で牛耳っているフィクサーなんだ!噂ぐらいは聞いた事はあるだろう!」

「っ!!?ま、まさか、そんな!?あのビッグマザーだと言うんですか?

「あぁ、財界だけじゃない。政治や行政、司法…あらゆる機関を裏から支配しているって噂だ」


男達の話に、その場に居た神主たちは驚きをあらわにし、昇雲本人は冷めた目で彼らを見ている。


事実、昇雲は凄いお金持ちだ。27代まで続く心源流は日本最古の流派に数えられ、代々の昇雲たちは国の危機に対して必ず関わってきた。その縁もあって、各機関の伝手パイプは太く、昇雲の鶴の一声で総理大臣が入れ替わったりした時代もあった程だ。そして、今代の昇雲は金融関係の才能があり、ただでさえ凄いお金持ちだった心源流の財政は、ワールドワイド並に物凄く発展している。選挙の時期になると昇雲の後ろ盾を得ようとする政治家が後を絶たない。


つまり、昇雲に盾突くという事は、業界で生きる術を失い、倒産へと一直線という図式が出来上がる。


「話し込んでいるところ悪いが、結論は出たかい?」

「「・・・・」」


昇雲の問い掛けに男たちは、青い顔を突き合わせ、暫し無言の後、目の前の老婆に平伏した。


「「大変申し訳ありませんでしたあああああ!手を引かせていただきます!」」

「いい返事だ。それから、この神社はアタシの庇護下に置くから、何か困った事が起きれば手を貸してほしい。もちろん、それ相応の礼はするよ」

「は、はい!是非とも手助けをさせていただきます!」


敢えて男たちの非礼や神社に対する嫌がらせについては口を噤み、責任を問わない事で、恩を売り買いさせる形で丸く収めた。そうすることによって、男達はクビを免れ、感謝の念を逆に抱くことになるだろう。


これで、後腐あとくされなく、穏便に事が運ぶという算段だ。


その後、男達は神社の神主たちに謝罪を申し立て、去って行った。



◇   ◇   ◇



男たちが去って行った神社の一室には、現在、昇雲と細川康之、そしてコマたち神使が座して対面していた。


集まっていた近隣の神社の神主たちは、既に神社へと帰ったあとだ。


「こ、この度は、なんとお礼を申し上げればいいか…借りたお金は、必ず返済しますので―――」

「必要ないさね」

「え?」


康之の申し出を昇雲は、即答で断った。


「ここの先代と、アンタの女房…雪菜とは知り合いでね。あの金は2人への香典だと思って受け取ってほしい」

「で、ですが額が…」

「いや、これはアタシの罪滅ぼしでもある」

「罪滅ぼし、ですか?」

「あぁ、アタシがまだヒヨッコだったころ、何代か前の神主には色々と面倒を見てもらってね。その時、何かあれば助けると約束をしていたんだが、ここ5年程ばかり、人里から離れた場所に居たせいで、神社ここが大変なことになっているとは知らんかった。まさか、2人とも他界していたとはねぇ………それで、借金で困っていると人伝ひとづてに聞いたのが、つい先日の話さね」


昇雲はどこか懐かしい、それでいて残念そうな憂いを含んだ表情をしながら語った。


「だから、あの金は何にも言わずに受け取りなさい」


今度は願い事ではなく、敢えて命令口調で康之に言い渡す。そうでもしなければ目の前の男は受け取りそうになかったからだ。


そして、昇雲の意図を察し、康之もそれ以上は何も言わずに頭を垂れて、厚意に甘えることにした。


「それにしてもアンタの娘…ツバメと言ったかな?小さかった頃の雪菜にそっくりだ」


借金の話も片が付いたところで、昇雲は神社の一人娘の話を始めた


「はい。…あの子には苦労ばかり掛けて、格好悪い姿しか見せる事が出来ず、私はダメな父親です」

「そんな事はないよ」


康之は己の不甲斐なさを恥じているのか、つい弱音を吐いてしまったが、昇雲はそれを否定した。


「あんなに優しくて、強い娘に育っているじゃないか。子供はね、親の姿を見て育つもんさね。アンタの生き様に見合った、身の丈通り、真直ぐに。だからアンタは誇るべきだよ」


昇雲の言葉に、心が打ち震える。妻を失って久しく泣いた事のない男の目には、涙が溜まっていた。


「それと、コマ…他2名」

「「「は、はい!」」」


康之との話も一段落し、脇で控えていた神使たちが ビクッ! と震えあがった。


「…アンタたち、何でアタシに知らせを寄こさなかった。もう少し早く連絡を寄こしていれば、あんな金融屋や電気屋が神社ここに目を付ける事なんて無かっただろうに。……まぁ、言いたい事はもっと沢山あったんだが、ウチの弟子が世話になっているらしいから、これ以上の説教はしないよ」


昇雲の言葉に「ふぅ」と、安堵を浮かべる3人。一体この4人に昔、何があったのだろうと思う康之だったが、それは後ほど聞くことになるだろう。


「それはそうと、燕……ここの巫女については先代から話し・・を聞かされているのかい?」

「はい、妻のお腹に娘を授かった時に全て聞いています」

「まぁ、神使たちがここに居る時点で、判りきった質問だったね」


昇雲は、ややあって難しい顔を覗かせ、出されていた茶を口に含むと喉を潤したのち、話の続きを始めた。


「本人に話は?」

「いいえ、それはまだ……」

「時期が来たら知ることになるだろうさ、細川…明神みょうじんとしての宿命を」

「昇雲殿、やはりあの子も神羅しんらの一角なのですか?」


コマの問いに「あぁ」と短く答え、深い溜息をつく


「やはり、真白様があの子を随分気に掛けていたのは、そういう訳が…」

「真白様からは聞いていないのかい?…というか、今更だが真白様はどうした?」


話の流れから、本来ここに居るハズの土地神の不在に気が付いた昇雲が、その所在を尋ねた。


「熾輝から聞いていませんか?真白様はいちじるしく力が弱まったため、現在は社で眠っています」

「なんだって!?いったい何があった?」

「実は―――」


コマは、これまでの経緯を昇雲に話した。


魔導書が街に散ったこと。謎の敵に真白様が倒された事など・・・


「そうかい、それで街の龍脈が不安定になっていたんだね」


昇雲は暫しの間、瞑想するように目を閉じると、ややあって、ゆっくりとした動作で目を開いた。


「委細承知したよ。まったく、法師にも困ったものだ」

「法師…熾輝の師の一人である佐良志奈円空殿のことですか」

「あぁ、おそらく法師は事の全貌を把握しているね」


その言葉にコマは目を細めた


「だが、法師は昔から意味のないことはしない。おそらくは何か考えあっての事なんだろうよ」

「それは、信じても良いことですか?」


コマの疑う様な言葉に、傍で控えていた右京左京は表情を強張らせた


「真白様が危険に晒されているんだ。無理もない質問さ。しかし、断言してもいい。心配いらんさね」

「……わかりました。昇雲殿を信じます」

「おや、随分とあっさり引いたね。少しはゴネられると覚悟していたんだが」

「ふ、…熾輝を育てた貴女の言葉だ。信じるに値する」


コマの言葉が意外だったのか、思わず目を見開いた昇雲が僅かの間、言葉を失った


「意外だね、あの子がそこまで信頼されていたとは」

「そうですか?熾輝は、とても素直で良いおのこですよ。特にお嬢なんかは、相当入れ込んでいます」

「へぇ、あの子はモテるのかい?」

「それはもう、学校の体育では多くの女子から黄色い声援が飛び交い、学業でも成績はトップで、狙っている娘も多いと、お嬢から聞いています」


ただ、その好意的な視線に晒されている熾輝は、「何故か落ち着かない」「誰かに見られている」「下校途中に後を付けてくる気配が」etc・・・とボヤいていた事があり、その事を思い出したのか、コマは口元を隠しながら笑いを堪えている。


因みに、康之も境内で仲良くしていた燕と熾輝にヤキモチ的な視線を送った事がある。故に子供の話に花を咲かせる2人に苦笑いを浮かべて聞き手に徹していた。




「まぁ、弟子の近況も第三者から聞くことが出来たし、そろそろおいとまさせてもらおうかね―――」

『お待ちなさい、昇雲』


そう言って、帰ろうとした昇雲を呼び止める声が虚空から響き渡った。


「…お久しぶりです。真白様」


声の主に覚えがあった昇雲は、表情を和らげてくうを見つめながら話し始めた。真白様の声が聞こえた瞬間、康之と神使は礼を取り、頭を下げている。


『えぇ、懐かしいですね。ただ、今のわたくしは、力を長く使えないので、話を手短にする無礼を許して下さい』

「事情は、神使に伺っています故、お気になさらず」


真白様と普通に会話をする昇雲。しかし気付いているだろうか、土地神である真白様の言葉使いが明らかに変わっていることに・・・


説明させてもらうと、以前、幼女姿で顕現していた真白様は、精神までもが幼児退行していたが、今現在、法隆神社の参拝客が増えたことにより、信仰の力を蓄えた真白様は本来の力を取り戻しつつあるのだ。


『では、手短に……ヤドリギ・・・・を八神熾輝に託します』

「…よろしいので?」

『はい。心源流の…いえ、貴女の弟子ですもの。それに、この街に来てから一番近くで見守ってきた私は、十分にその資格があると確信しました』


真白様の言葉に一瞬沈黙した昇雲は、判りましたと一言だけ言うと、虚空に消える気配に一礼したのち、部屋を退出した。



◇   ◇   ◇



外は、既に日も暮れ始め、茜色に染まった空が神社から一望できる。そんな神社の鳥居に熾輝と燕が佇んでいた。


「おや、待っていてくれたのかい?」

「はい………あの、神社のことは―――」

「万事解決さね」


部屋を閉め出されてからずっと気がかりだった案件について、聞きにくそうに問おうとした熾輝の言葉を察し、結論だけ答える。


その言葉に安心したのか、熾輝は胸を撫で下ろし、隣に居た燕に微笑みをむけた。


「ね?師範に任せれば大丈夫だって言ったでしょ」

「うん、うん!」


近隣の神主や金融屋たちが帰っていく姿は、熾輝たちも見ていた。しかし、その後どうなったかまでは子供である自分達が知ることが出来なかった。


だから、燕は不安な気持ちを小さな胸の中に抑え込み、必死に耐えていた。熾輝もそんな燕の姿を見るのが辛く、彼女の手をずっと握って励まし続けていた。しかし、彼に出来るのは大丈夫と声を掛ける事だけ。結局は昇雲に頼る他なかったのだ。


「あ、あの!お婆ちゃん、ありがとう!」


少女の声が境内に響き渡った。その晴れやかな笑顔に一瞬、魅せられた老婆は、以前、目の前の少女によく似た女の子に、今と同じ事を言われたと思い出す。その姿が重なって、僅かに目を見開いた老婆は、ややあって表情を和らげて・・・


「どう致しまして」


以前と変わらぬ言葉を返すのであった。



◇   ◇   ◇



神社での一件を片付けた昇雲と熾輝は、街へと続く長い石段を一緒に歩いていた。


「ところで、咲耶と金髪の娘は、どうしたんだい?」

「先に帰ってもらいました。友達に家庭の揉め事を見せるのは良くないからって、左京が……でも、なんで師範は咲耶って呼んでいるんですか?」


さりげなく昇雲が咲耶の事を呼び捨てにしている…というより、いつの間にか親しくなっている事に疑問を覚えた。


「仲良くなったんだよ。お前さんのことも色々と話してくれたよ」

「…なんて言っていました?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「熾輝くんのことが好きって―――」

「噓ですよね」


「好きって言っていたよ」と口にしようとした昇雲の言葉を最後まで聞くことなく、ズバッと斬って捨てる熾輝であったが、当の婆さんは面白そうにカラカラと笑っている。


「まぁ、半分は本当さね。信頼しているってのが、咲耶から伝わってきたよ」

「…信頼されていても、僕じゃあ友達の力にはなれませんでした」

「さっきの件を言っているのかい?」

「はい」


今回の一件で、熾輝にも思うところがあったのだろう。魔導書絡みで力になれても、それ以外では、その他大勢の子供と出来る事が変わらないのだ。しかも金銭問題ともなれば、なおのこと自分の力ではどうしようもない。そのことを理解はしていても歯がゆくて仕方がないのだ。


「さっきも言ったが、ありゃ大人の役目だ。子供が口を出す問題じゃあないよ。ましてや子供にどうこうできる問題じゃあないだろうに」

「それは、そうなんですけど……友達が泣いているのを放っておくことなんて出来ません」


熾輝の答えに、昇雲は顔を綻ばせていた。何に対しても感情を示さなかった弟子が、少し見ない間に友を想う気持ちを持つようになっていた。……しかし、と昇雲は考える。


(これは、早々にどうにかした方が良さそうさね)


力を持つが故、責任が伴う。それは昔、熾輝に教えたことだ。だが、今の熾輝には、そういった道徳を無視してでも、一時の感情が優先されてしまっている。


「ねぇ、師範」


そんな考えを巡らせていた昇雲に、熾輝が窺うような表情で声を掛けた


「何だい?」

「お金って、どうやれば稼げますか?」

「………子供がお金に執着するもんじゃないよ」

「でも、この先、お金で解決できることが起きて、その時にありませんってなったら、目も当てられません。それに、世の中お金で買えない物は、無いって言うじゃないですか」

「本当にそう思うかい?」

「思いません。でも、世の中のほとんどの物は、お金で買えます。それって、お金は、それほど尊いものなんだって、言っているのかなと…思います。だから……」


弟子の今後を考えていた昇雲にとって、この問いは予想の斜め上を行っていたが、決して邪険にせず、熾輝が何を思って口にしたのかを、じっくりと見定める。


「まぁ、そうだね。色々と方法はある。株、先物取引、為替だったりと……でもまぁ、差し当たっては、一つバイトでもしてみるかい?」

「バイトですか?」

「あぁ、真っ当な金の稼ぎ方は少しずつ教えるとして、子供でも稼げる裏の仕事さね」


夕日が沈み掛けた空を見上げながら昇雲と熾輝は帰路につく。果たして彼女が言う裏の仕事は何なのか……その答えは案外早く……正確に言うと、本日の夕食後に明らかになった。



◇   ◇   ◇



夕食後、夜の街を散歩すると言った昇雲に連れられて、熾輝は彼女の後に続いた。2人きりの散歩なので、双刃は家で待機している。子弟水入らずという事もあって、彼女なりに気を使ったのだろう。しかし、これがただの散歩では無い事は、マンションを後にして直ぐにわかった。


屍食鬼グールですか?」

「あぁ、昨日、対策課が逃がした3匹が、この街に入り込んでいる」


昇雲の告白に、熾輝は「また対策課か!」と心の中で呪言を吐いた。


「ヤツ等について、どの程度の知識がある?」

「…屍食鬼、読んで字の如く人間の屍を食べる妖怪。昔は墓地に出没していたが、近年、土葬が禁止されて以降、直接的に人間を襲うようになりました。身体能力は極めて高く、プロの魔術師でも3人で1匹と相対するのがセオリーになっています。身体的特徴も人間と変わらず、見分けるにはオーラか妖気を区別するしか方法がありません。国が定めいる脅威度はレベル2、成長すればレベル3にも届くと言われています」


熾輝の解答に満足そうに頷くと、話の続きを始める


「対策課は当初、グールが1匹だけと思い込んで事に当たっていたが、蓋を開けてれば3匹のグールを補足。その時点で既に人が喰われていた」

「なるほど、捕食を済ませいてる以上、グールが次に食事をするまで日があるという訳ですね」


話を聞き、冷淡に分析する熾輝。その一方で、昇雲は、そんな弟子の様子を観察するように窺う


「そうさね。つまり、次にグールが食事をするまでの間に処理する必要がある。が、アタシはこの街に土地勘がないから、熾輝に手伝ってもらうって訳さね」

「つまり、それが子供でも稼げる裏のお仕事ですか?」

「あぁ、差し詰め裏社会科見学ツアーと言ったところかね」

「ツアーですか…」


学校行事の1つみたいな言い方に、熾輝は苦笑を浮かべる。


「てことで、アタシは街の南側、熾輝は北側を探索してもらうよ」

「…1人でですか?」


冗談でしょう?と喉元まで出かかった声は、昇雲の表情を見て呑み込まざるを得なかった。


(この表情かおは、大真面目なんだろうなぁ)


納得はしていないが、理解したという熾輝の顔を見るや、昇雲はフッ、と顔を緩めた。


「ちなみに1匹につきコレだけの額を貰える」


と指を一本立て、その額に目を丸くした


「…結構貰えるんですね」

「既に人が襲われているからね。元々の額が吊り上がっているのさ。もちろん、3匹全部をアンタが処理すれば、全額くれてやるよ」

「全額、ですか…」


提示された額に、流石の熾輝も思わず息を飲む。子供が手にするには大きすぎる額が故に、それも当然といえよう。ただ、目先の餌に眼を曇らせて判断を見誤れば、命に係わる。


「それじゃあ、ここいらで二手に別れるよ」

「はい」


昇雲の言葉に二つ返事で答えると、次の瞬間には目の前に居たハズの老婆の姿は、視界から完全に消え去っていた。


残された熾輝は、分担された北へと足を向けるが……


「そういえば、師範はこの街に土地勘が無いって言っていたのに、どうして二手に別れるんだろう?」


土地勘が無いのなら、普通は一緒に行動するものだが、という疑問が頭の中に浮かぶも、きっと自分ではおよびもつかない考えがあるのだろうという、師に対する崇拝と(わる)いう名()の信頼くせがでて、それ以上は考える事はしなかった。



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