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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【下】
135/295

第一三五話 法隆神社の問題

月日は巡り、熾輝が裏鬼門の妖魔を打倒して4ヶ月が経過していた。季節は秋、10月に入り間もなく慌しさがやってくる。ここ法隆神社では、祭りのあわただしさが僅かに抜けているものの、多くの参拝客が神社を訪れると言う異例の事態が起きていた。


「御払いですね、今からだと1時間くらい待ちます」

「お守り3つですね、3000円になります」

「最後尾は、こちらです!4列になって、ゆっくりお進みください!」


神社の巫女である燕がせわしなく動き回り、右京左京も自分に割り振られた仕事をこなす。


「えっと、ちょうどお預かりします。ありがとうございました。」


そして今日は、いつもの法隆神社の面々に加えて、巫女服に身を包んだ少女が1人と


「咲耶、交通安全と家内安全のお守り1つづつ」

「は、はい!」


ブロンドの髪を束ね、深い青目の女性が参拝客の相手を行っている。


「数珠をお求めですか」

「そうなのよ。夫は一家に1つあれば十分だって言うんだけど、やっぱりこの歳になると、使う機会が多くなってくるしねぇ」

「ワシの数珠を貸してやるから、無駄遣いする必要なんてないだろうに」


咲耶とアリアの横では、熾輝が老夫婦を相手に接客しているのだが、その老夫婦が売店の前で、なにやら言い合いを始めている。


「…なるほど、出来れば1人1つをお勧めしますよ」

「あら、やっぱりそうよね」

「阿呆、売る側ならそういうに決まっているだろう」


どうやら目の前のご老人は、数珠を買う事に難色を示している。


「数珠というのはですね、本来は持ち主のお守りであり分身とされています。なので、奥様をお守りする意味も込めてプレゼントされてはいかがですか?」

「む、そうなのか?」

「はい。それに本神社の数珠は、全て梅の木を使用した手造りを扱っていますので、そこまで値は張りません。」

「う~ん、しかし木製というのは、安っぽい気がしないか?ワシは水晶の数珠を持っているが、コレの方が効力も強そうだぞ」


難色を示していた老人であるが、先ほどよりも幾分か心を開いてくれている。そして、畳みかけるように熾輝はツラツラとセールストークを続ける。


「効力自体に差はありません。が、僕はこの数珠をお勧めします。梅の木は自然界の中で最も破魔の力が強いとされている植物です。そして、数珠は持ち主が亡くなった時に一緒に火葬して貰うのですが、これはあの世で故人が使用する事ができるようにと、あの世で煩悩をなくして、来世に向けて準備をさせると言う仏教の思想が反映されています。ですが、水晶の数珠は火葬する事が出来ないため――――そもそも神仏習合とは云々――――」


等と数珠の話に始まり、果ては神仏習合へと話しが発展しているが、熾輝の話に興味を持った他の参拝客があれよあれよと集まり始め、スゴイ人だかりが出来てしまっている。その結果、老夫婦は数珠を2つ購入し、ただ話を聞くだけのつもりだった人たちも財布の紐が緩くなった結果、数珠が飛ぶように売れていき、あっという間に完売した。


「す、すごい」

「咲耶、あれを真似ようとしても私たちには無理だから、地道に頑張ろう。」

「…そうだね。」


と、法隆神社始まって以来の販売実績を叩き出した熾輝を他所に、巫女服に包まれた咲耶とアリアは、黙々とお守りを売りさばくのであった――――


さて、何故現在の法隆神社がこのように多くの参拝客が訪れるようになったかと言うと、時間は夏祭りまで遡って説明することになる。


裏鬼門の激闘の末、熾輝達は妖魔を滅する事に成功した。しかし戦いの結果、少なくない犠牲を払った。それは、神使コマの活動停止。


真白様の神使としての盟約返上により、コマは妖怪としての力を取り戻したのだが、再び神使としての盟約を契るためには、面倒な手続きと時間を要する必要があった。そのため、夏祭りを控えた神社にとって、コマという主戦力が居ないことは、死活問題と呼んでも過言ではなかった。


コマがそのような状態になった責任を感じていた熾輝達は、コマが復帰するまでの間、神社の手伝いを申し出た。そして迎えた夏祭り、神様に舞を奉納するために例年であれば燕とコマが舞を踊る。しかし、コマが活動停止のために代役として立てられたのが熾輝である。


神道仏教キリスト教とその他もろもろの宗派について幼少の頃から叩き込まれた熾輝は、燕と共に見事な舞を披露して夏祭りを見事成功させた。・・・と、ここまでは良かったのだが、その後、予期せぬ事態が起きる。


事の発端は夏休み終了間近、「最近、参拝客の質が変わった」という燕の話から始まり、この頃にはコマが復帰して、神社の方も通常どおりに機能していたのだが、「なんか、視線を感じる」という相談へと変わり、熾輝たちは調査を開始した。


熾輝たちが神社を訪れた矢先に感じる視線、視線、視線……そして、参拝者の質が明らかに偏っている。なんというか、オ○ク風な人たちが多い。極めつけは絵馬に記された文字が『アニメ2期願う!』や『萌える彼女が欲しい!』等といった俗物的な願いが記されている。


疑問符を浮かべる熾輝であったが、その答えは同級生の小島芽衣からもたらされる事になった―――『ねえねえ!法隆神社がこのアニメの舞台になっているって、ネットで見たよ!』という話からテレビ局にコネを持つ可憐が調査した結果、どうやらアニメの作者がたまたま訪れた神社の夏祭りで2人の少年少女が舞を奉納する姿にインスピレーションを刺激され、異例の速さでアニメが放映された後、舞台が法隆神社であると突き止めた一部のファンが情報を拡散し、オ○ク風な人たちが集うと同時に実は隠されたパワースポットであるとテレビで取り上げられて以降、急激に参拝客の数が増加した。


以上が現在、熾輝たちが法隆神社において売り子をしている経緯である。


売店でお守りを売り捌く子供たち、しかし幾ら何でも人手が足りない。後日、近隣の神社から応援が来るとの事と燕の父「康之」から聞いてはいるが、思わず溜め息が零れそうになる。と、そこへ・・・


「失礼、法隆神社ここの神主と話しがしたいのですが」


スーツ姿の男性が、売店に並ぶ客たちの横から割り込んできた。


「お祓い…ではなさそうですね」

「えぇ、わたくしこういう者でして」


男が差し出した名刺には、金融会社の名が掛かれており、よくみれば男に付き添う様にガタイの良い、如何いかにも荒事専門といった風な男性が控えている。遠巻きには、おそらくは康之と同業だろうか、宮司姿の中から高齢の男性が10人程度いる。


「…今、奥へと案内します。神主さまはお祓いの最中なので、少しばかり時間を頂くと思いますが、ご容赦を」

「これはこれは御丁寧に」


礼儀を尽くした対応に、男達は目を見開き感嘆する。そんな中、熾輝は咲耶とアリアに声を掛ける。


「ごめん、お客さんを案内したら直ぐに戻って来るから」

「りょーかい!熾輝くん」

「ん?」

「早く戻って来てね!」


目を回す忙しさというものを現在進行形で体験している咲耶から救いを求める声が挙げられる。その様子にニコッと、ある意味誤魔化し笑いを浮かべてその場を後にした。


男達を案内する最中、熾輝の眼には、何とも不吉な色を醸し出す心を持った人物が写っていた。



◇   ◇   ◇



とある昼下がり、秋に入ったばかりのこの時期に、1人の老婆がこの街に足を踏み入れた。

電車から降りて、外気との気温差に体の細胞が キュッ と縮こまる感覚を覚える。吐く息は僅かに白く、息を吸う毎に体温が奪われていくようにも感じる。


まだ秋のハズなのに、真っ昼間からこんなにも寒いとは、地球の温暖化やら異常気象を心配する専門家の声が連日ニュースで取り上げられるようになったのは、何年前からだろうか……


話はそれたが、駅のホームと改札を繋ぐ階段を降りていき、懐からIⅭカードを取り出して、慣れた手つきで改札にかざすと ピッ! と機械が認証音を鳴らし、老婆の通行を許可する。


駅前には、商店街が広がり、そこかしこに買い物客が縦横無尽に歩き回り、道の端っこにはセールの広告や登り旗が見受けられる。


そんな活気ある街の雰囲気を肌で感じていた老婆であるが、思いのほかあっさりと歩を進めて一番最初に足を運んだ場所は、駅前にある喫煙スペースである。


タバコを咥えて、年季の入ったジッポライターで火を付けると、軽く煙を口の中に入れて息を吸い、肺の中へと深く入れる。


吐いた息は、寒さによる白の他に白煙が混じっている。それから数度、同じような動作を繰り返し、フィルター近くまで灰が迫ったところで、灰皿へと投げ入れる。


地面に置いていた大きな風呂敷包みのを「よっこらせ」と掛け声と共に担ぎ上げると、目的地に向けて歩き出す。


「愛弟子は元気にしているかね―――」


鋭い顔つきを不意に緩めると、老婆の携帯電話が着信を告げる。表示画面を見た途端、先程まで緩んでいた老婆の顔が再び鋭いものへと変わる。深い溜息を一つき、電話口に耳を近づける。


「なんの用だい?」


老婆の声は不機嫌この上ない。


『俺だ、ネエちゃん……タイミングが悪かったか?』

「うるさいよ伊織。用件だけさっさと言いな」


電話向こうで伊織こと、超自然対策課部長の木戸伊織が老婆の機嫌を窺う様な声で尋ねる。


『こいつぁすまねえ。やっこさんを追っていた部下からの報告なんだが、どうやら街に入ったところで見失っちまったらしい』

「………」

『ネエちゃん?』

「呆れて言葉も出てきやしないよ」


電話口の向こうで苦笑いを浮かべる伊織に対して、というよりも対策課の失態に頭痛を起こしそうになる老婆…もとい、心源流27代目昇雲師範は今日一番の溜息をついた。


『面目ねえ。部下達には急いで見つけ出すように言って―――』

「必要無いよ」


「見つけ出すように言ってある」と言おうとした伊織の言葉に被せて、昇雲が拒否の言葉を発した。伊織も昇雲の言葉を予想できなかったのか「だけどよぉ」と漏らすが、再び必要ないと釘を刺される。


「最後の食事を終えて1日も経っていないんだろう?なら早くとも、あと5日は被害が出ないね」

『あ、あぁ。3体とも行動を共にしているから間違いない。奴等の習性上、次に被害が出るのは6日後だ』

「なら、部下達には街の外に出ないよう結界を張る様にだけ指示を出しておきな」


昇雲の指示に対して了承するのは、いささか勇気がいるものの、一瞬だけ悩んだ素振そぶりをみせたが、タイムリミットのある案件であるが故に、ここで渋って電話口の老婆の不評を買うのは宜しくないと判断した伊織は、「わかったよ」と短く答える。


「安心おし、こちとらプロだ。仕事はキッチリとこなすさね」

「…よろしく頼むぜ―――」


そんな会話を最後に、通話を切った昇雲は、再び歩き出した。


「―――まぁ、弟子の顔を見てからこなすけどね」


伊織が聞いていれば、「おい!プロ!仕事を優先して!」と叫んでいたかもしれないが、それが相手に伝わっていない以上、好きにやらせてもらう気満々だったりする。



◇   ◇   ◇



昇雲が熾輝の滞在する街に到着した丁度そのころ、某国際空港に1人の漢が日本に到着した。黒いコートを着込み、身長は2メートルを超えている。コート越しにも判る鍛え上げられた筋骨隆々のいで立ちに、行き交う人々は思わず彼に視線を向けてしまう。


空港のロビーを出たところで、漢はプリペイド携帯を取り出して電話を掛ける。


1コールが終わるまでの間に呼び出した相手は電話口に出る。携帯電話が普及しているご時世とはいえ、これほどまでに早く電話口に出るのは、相手が携帯を操作していたからだと思うかもしれないが、電話口の相手は漢の名を聞いた瞬間、直ぐに上司へと電話を代わった。


『もう日本に着いたか』

「あぁ、予定よりも1時間早い帰国だ」

『気流に恵まれたな。フライトで目的地に早く行ける事なんて、そうそう無い』

「私としては、もう暫くはゆっくりしていたかった」

『手配した席は気に入って貰えたようだな』

「文句の付けようもない」


他愛ない会話を2・3交わし合う程に2人の関係は親密である事が窺える。


『お前のおかげで、こっちの仕事がスムーズに片付いた。とは言っても半年近くも拘束してしまったがな』

「問題ない。それ程の借りがあったからな」

『そう思っているのは、お前だけだ羅漢らかん。こっちは旅客機の管制塔に話を通したに過ぎない』

「あのとき、貴殿の助けが無ければ、私はともかく、乗客の命は無かった」

『「・・・・・」』


お互いに譲らぬまま会話を進めていたが、ふとした時から2人が沈黙した。


「ではな友よ」

『あぁ、いずれまた会おう』


別れの言葉を最後に、2人の通話は切れた。


男…羅漢は所持していたプリペイド携帯を力任せに真っ二つに捻じ曲げると、近くにあったゴミ箱へ投げ入れてから、地面に降ろしていた荷物を持つと、そのまま歩き出した。



◇   ◇   ◇



場所は変わって、熾輝たちが手伝いをしている法隆神社の中では、先程来客を迎えた神主である燕の父、細川康之やすゆきが冷や汗を流しながら俯き加減で佇んでいた。


目の前には、近隣神社の神主が10人とスーツ姿の男、その隣にはガタイの良い男性が1人。


客にお茶を出した燕は、父から退出を促されて客室のふすまをそっと閉めた……が、出入口の前で中の様子を心配そうな表情で聞き耳を立てていた。


「さて、細川さん。本日は、私共が貸し付けたお金の返済を要求しに参りました」

「え?」


スーツ姿の男は、どうやら金貸しらしいのだが、彼の言葉の意味を理解できないといった表情で、康之は疑問を唱えた。


「ま、待って下さい。借金の事は必ず返すと言っているじゃないですか。それに、決められた額は、先月に支払って―――」

「そう、先月は既定の額を返済してもらいました」


「しかし」と男が言葉を続ける。


「細川さん、先月になるまでの6ヶ月もの間、あなた借金の返済が規定額を下回っていましたよね?」

「それは神社の経営が悪化していましたし…でも!今は神社の経営も回復して、この前も年間規定額は、しっかり治めたハズです!」


康之の反論に男は「確かに」と肯定を示す。しかし―――


「でも、6回もの未払いがあったのは事実です。銀行としても彼方あなたの支払い能力を疑わざるを得ないのですよ」

「そ、そんな…」


男は困ったものだと言いながら、眼鏡を外してレンズを丁寧に拭きはじめる。そこへ―――


「銀行さん、アンタの言いたい事は判った。しかし、ここは歴史ある神社なんだ。借金の担保に入っているからと言って、取り壊していい場所じゃあない」

「神主さんらしい言い分ですね。もしかしてバチが当たるとでも言いたいのですか?」


近隣の神社の神主の1人が言葉を発すれば、馬鹿馬鹿しいと乾いた笑みが漏れる。


「…そうは言わんが、何とかならないものか聞きたいんだ」

「そうですねぇ……では、本日中に残りの借金の半分を収めて貰えますか?」


もちろん現金でと付け加えた男に対し、周りの人間からはギョッとした表情があらわになる。


「そんな無茶な!」

「横暴だ!」

「こちらとしても最大限の譲歩はしているつもりですよ?」

「額が大きいだけに、それはいささか無理があるだろう」

「困りましたねぇ。このままでは、早々に立ち退きをしてもらう必要がありそうだ」


外していた眼鏡を掛けなおす男は、白々しい表情で困り顔を浮かべている。


「皆さん、無理を承知で聞きますが、幾らまでなら都合が付きますか?」


すると、集まっていた神主の中でも一番の年配者と思われる男が声を上げた。


「稲荷さん……正直、200がいいところです」

「私のところも同じくらいだ」


稲荷神社の神主をしている男は、余程信頼されているのか、彼の提案に自身が出せる金額を皆が提示していく。


「み、皆さん」


そんな彼らの声に、康之はただただ感謝の念を抱くばかりだ。


「合わせて2000か……銀行さん、なんとかこれで手を打っては、もらえませんかね?」

「駄目ですね。1000万程足りていません」

「そ、そんな」


無情にも銀行屋は、考える素振そぶりもせずに即答した。


「どうやら、これ以上話し合っても無駄なようだ。せっかく近隣の神主さん達に御足労いただいても、こちらが指定する額すら払っていただけないとは……仕方がありません。近日中の立ち退きをお願いしますよ」

「ま、まって下さい!」


腰を上げて帰ろうとする銀行員に、康之が何とか食い下がろうとする。しかし、まるで相手にしていないのか、立ち上がって部屋の出入口へと向かう。


「まったく、身の丈に合わない借金などするから身を滅ぼすのですよ。結局、あなたは何も守れていない。あなたの所為せいで娘さんの将来は真っ暗だ。父親として恥ずかしくないのですか?」


最後に男が放った言葉が康之の心を突き刺した。借金はやむを得なかった。愛する妻の病気を治してやりたい一心で、銀行に掛け合って無理な借金をした。しかし苦労の甲斐虚しく、妻は病魔に侵されたままこの世を去ってしまった。


残されたのは多額の借金と愛娘である燕だけ。娘は神社を守るために、婿を探して何とかすると…10歳の子供が言えるような事とは思えない言葉で勇気付けてくれた。


この先、自分たち家族はどうすればいいのか途方に暮れる。


集まってくれた神主たちも、この結果には落胆を見せ始め、神社を担保にしたことに対し、「なんと罰当たりな」等と口にする者まで現れ始めた。


するとそこへ―――


「違うもん!お父さんは悪くないもん!」


小さな女の子、最愛の人が残してくれた愛娘が泣きながら部屋へと入ってきた。そして、帰ろうとした2人の男たちの前に立ち塞がる。


「お父さんは、お母さんを助けるために無理して働いて…それでもお金が全然足りなかったから借金までしてくれた。お母さん、死ぬ前に言ってたもん。お父さんと一緒になって幸せだったって。だから―――」


燕は泣きながら父を弁護する


「お父さんを悪く言わないでぇ」

「ツバメ……」


父は悪くない。少女の悲痛な訴えに、先程まで非難の声を上げていた神主たちは、己の言動を恥じて苦い顔を浮かべる。


「も、申し訳ない。お嬢ちゃん、私たちは別にお父さんを責めている訳ではないのだよ」

「そうとも、借金は仕方が無かったと判っているから…泣き止んでおくれ」


皆が謝罪の言葉を口にする一方で、白けた表情を一貫して続ける男がいた。


「とんだ茶番だな」

「っ!なんだと貴様!さっきから黙って聞いていれば、失礼じゃないか!」

「そうだ!事情を知っているのなら、譲歩してくれてもいいじゃないか!」

「アンタには情という物が無いのか!」

「はぁ?貧乏人共が何を言っているのですか?」

「なっ!?」


急に態度を変えた銀行員に神主たちは絶句した。


「借りた金も返せない様な人間のクズに掛ける情なんざ、最初はなから持ち合わせていないんだよ。この際だからハッキリ言ってやるが、ここの土地は、こちらに居る城塞じょうさい電気さんに売る事が借金の相談に来た時から決まっていたんだ」

「なっ!?じゃあ何で私たちを呼び出して金の集金をしようとした!」

「そうだ!私たちが規定の額を集めていたら、どうするつもりだったんだ!」

「金貸しを馬鹿にするなよ?お前等の資産なんざ、とっくに調べて金が集まらない事なんか最初から判っていたんだよ。それでも呼び出したのは、もうどうにもならないって判らせた上で、すみやかに土地ここから出て行ってもらうためだ」


目の前の男の言い分に開いた口が塞がらない。神職に就いてきた自分達には到底理解が出来ない。この世にこれ程までに業の深い人間が居るものなのかと疑いたくなるほどに。


「もうお前達と話す事はねぇ。お前も邪魔だからどけ」


男は乱暴にも足で退かせようと、出口に立ち塞がっていた燕に蹴りを入れようとした。まるでゴミを見るような男の冷たい視線に当てられ、身をすぼませてビクッと肩を震わせる燕。大人が何の気なしに放った蹴りでも、10歳の子供、しかも女の子に当たれば怪我だって負うかもしれない。


彼女にとって大きく見える蹴り脚が、ひ弱な体に当たろうとした瞬間、後ろから肩を掴まれて誰かに抱き寄せられた。


「は?」


男は意表を突かれ、そのまま目標を失った足をスカッと振り切った事で、軸足のバランスを大いに崩し、盛大にスッ転んだ。


その状況を見ていた周りの者は一様にキョトンとしており、女の子を抱き寄せた者は彼女を足蹴あしげにしようとした男を睨み付けている。


「汚い足を燕に向けるなよ」


重い声で男を威嚇する少年、しかし、その一方で燕を優しく抱き留めているのは紛れもなく彼女が好きな男の子


「熾輝、くん」


少女は、少年の名を呼ぶ。



◇   ◇   ◇



時間は少し遡る。来客を通した熾輝は、参拝客の相手を続けていたが、先程のスーツ姿の男のことが気になって、時折境内の方に視線を向けていた。そんな折、


「何か気になるの?」

「…うん」


熾輝の変化に気が付いた咲耶に声を掛けられた。


「なんだか嫌な予感っていうか、口ではうまく説明できないけど…」

「悪いことが起きるかもしれないってことかな?」


熾輝にしては要領を得ない物言いだったが、それなりに付き合いのある咲耶には、なんとなく熾輝が言わんとしている事を読み取ることが出来た。


実際、熾輝の感覚は、ただの勘でしかない。だが、その勘というのは意外と馬鹿に出来ないことを彼女は知っている。


熾輝のように感覚が鋭かったり、洞察力に長けている人間というのは、無意識に脳が情報を結合させた結果、起こりうる未来の可能性を感覚的に捉えることがある。しかも、彼は仙術…というには程遠いが、人の感情を色で視る事が出来る。これは視覚的ではなく世界イデアにリンクすることによって知覚する事が出来る独自の感覚といった方がわかりやすいかもしれない。


「少しなら離れても大丈夫だよ?」

「……でも」

「へーきへーき、熾輝くん、お昼ごはんまだ食べてないでしょ?休憩ついでに……ね?」


咲耶の気遣いに、一瞬だけ悩ましい表情を浮かべた後、咲耶を見つめる。


「ごめん、直ぐに戻って来るから」

「うん。いってらっしゃい」


申し訳ないと言い残し、その場をあとにした熾輝の後ろ姿を見送った咲耶は、「よしっ!」と気合を入れて目の前に長蛇の列を作っていた参拝客を捌き始めた。………その矢先


「嬢ちゃん、ここの娘さんかい?」

「え?」


目の前に現れた老婆が声を掛けてきた。


白髪頭に顔には深いシワが沢山刻まれている。身長は自分より少し高いくらい。別に腰が曲がっている訳ではないのだが、かなり背丈が低いと一瞬考えたが、咲耶は「そんな失礼なこと思っちゃダメ!」と頭を振り、老婆の質問に答える。


「いえ、ここは燕ちゃん…友達のおうちで、私たち、えっと、友達と一緒にお手伝いに来ているんです」

「そうかい、どうりで…」


老婆はフム、と何かを納得したような素振そぶりを見せる。


(なんだろう、このお婆ちゃん誰かに似ている?)


落ち着いた雰囲気と、その佇まいは彼女の中で誰かと重なる物があったが、ハッキリとは判らない。そんなモヤモヤしたイメージを抱いていたとき


「すまないが、神主に会えるかね?」

「えっと、すみません。今、先客が居るので、ちょっと聞いてきます。それで、あのぉ…」

「おお、これは失礼したね。アタシは――――」


老婆の名を聞いた瞬間、彼女のモヤモヤは吹き飛んだ。



◇   ◇   ◇



「熾輝くん」


熾輝に抱きかかえられる体勢で、燕は少年の名を呼んだ。自分の名を呼んだ女の子に「大丈夫?」と小さな声で聴くと、コクコクと首を縦に振って応える。


「嫌な予感はしていたけど……燕、何があった?」


今も燕を足蹴にしようとした男を睨み付けながら問いかける。


「この人たち、借金のとり立てにきて、私たちに…出て行けって」


涙をポロポロとこぼす燕の肩を強く抱き寄せ、不安で押しつぶされそうな少女を落ち着かせようとする。


因みに熾輝はだいぶ前から法隆神社の借金問題については、知っていた。何故なら燕が熾輝にアプローチを掛けてきた発端は、神社の婿探しから始まったからで、その流れで借金に至る経緯なども把握している。


だが、借金問題は子供である熾輝の分を超えた問題であり、いち小学生にどうこう出来る訳が無い。しかし、友達の女の子の事情を知ってしまい、以前に師である葵に相談をした事があった。その時は―――


『神様が現存するような神社なら対策課が保護するハズよ。借金云々うんぬんは、きっと木戸のおじ様が何かしら手を回すと思うから……なんなら私が直接、木戸のおじ様に話を通しておくから、熾輝君は何も心配しなくてもいいわ』


と言われ、以降、神社の経営も回復してきたため、すっかり安心しきっていた。そして忘れていた……対策課の仕事がいかに適当なものなのかを、熾輝はその身をもって体験済みであったことを―――


「全然対応できてないじゃないか」


苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、呪詛を込めたような声(対策課に対して)を漏らす。しかし、その声は小さすぎて誰の耳にも入っていない。


「チッ、恥をかいてしまったじゃないか」


蹴りをスカし、盛大にコケてしまったことで、大恥をかいてしまった男は、咳払いをして立ち上がると、熾輝に視線を向けた。


「ガキが増えてる……まったく、ここは託児所か何かですか。そんな暇があるなら、せっせと働いて借金を返せばいいものを……さ、城塞電気さん、早く帰りましょう」


男は後ろにいた図体のデカい男性に語り掛けると、着崩れたスーツを直し、歩き始めた。そこへ・・・


「ちょっと、おじさん。帰る前に燕に謝ってよ」

「……はい?」


一瞬、自分が何を言われているのか理解できないと言った表情を浮かべて、男が熾輝に視線を向けた。


「女の子を恐がらせて、謝らずに帰るの?」

「……坊や、どうやら状況が判っていないみたいだね。そもそも、ここの家族は借金をしていて―――」

「それが燕を蹴ろうとした理由になるのか?」


借金を理由に子供に手(ここでは足だが)を上げる事を正当化しようとしている男に対し、熾輝が目を鋭くさせて睨み付ける。


「ハッ、これだからガキは嫌いなんだ。自分の正義感がまかり通ると思い込んで」


嘲るような態度をとる男は、ヤレヤレと溜息を吐く。すると


「おい、ガキンチョ。痛い目を見たくなかったら大人の事情に首を突っ込むんじゃねぇ」


今まで傍観に徹していた連れの男がイラついた様子で熾輝の前にズイッと出てきた。


城塞電気さんと呼ばれていたこの男、おそらくは会社から派遣された社員なのだろう。そして城塞電気という名に熾輝は…というより、この場にいる全員が聞き覚えがあった。


城塞電気は、関東一帯に電気を売る大企業だ。また、日本で初めて原子力発電所を作ったのもこの城塞電気だと、熾輝は記憶している。


そんな会社の男の体格は、相当に鍛えられているのか、着込んでいるスーツがハチ切れんばかりに内側からの筋肉の圧に引っ張られている。


拳も潰れており、完全に人を殴る使用になっていることから、荒事専門の仕事を請け負っているのだと予想する事は難しくない。


「どうした?怖くて、ちびっちまったか?」

「…痛い目を見るのは、おじさんの方じゃないかな?」

「あん?―――」


暫く黙り込んでいた熾輝の様子から、完全に委縮しているのだと思っていた男。しかし、そんな事を考えていた男の背後から伸びてきた手が、肩に置かれた瞬間、背筋が凍る感覚に襲われた。


「っっ!?な、なんだ、お前は!?」

「コマさん!」


突然現れたコマ、比喩ではなく本当に突然現れた。おそらくは、先程まで参列者の対応をしていたであろう彼も、熾輝と同様に中の状況が気になって、実在から離れ、室内に入って来たのだろう。


「お客人、お嬢と友人への狼藉ろうぜきは控えてもらおう。さもなければ、私が相手になるぞ」

「テメェ、いつの間に部屋に入って来やがった!」


男はコマの手を振り払い、間合いを開けると、構えを取った。その構えから、おそらくは空手の有段者でろう事が窺える。


「ヤレヤレ、ここの人たちは本当に自分の立場というものが判っていらっしゃらない。城塞電気さん、こういった分からず屋さん達には、おきゅうえてやって下さいよ」

「あぁ、言って素直に聞き入れない連中には、それが一番効果的だからな」

「試してみるか?」

「手を貸します」


暴力に訴えて来る気満々の男を相手取り、内心ではらわたが煮えくり返っている二人が前に出る。とは言っても、たかが空手有段者の一般人男性相手に、コマだけでも十分に過剰戦力なのだが、熾輝の心の中には怒りの炎が渦巻いており、目を曇らせていた。


お互いにジリジリと距離を詰めていく。まさに一触即発の状況下、その時


「やめんかあああああぁあああああ‼」


思いがけない音声おんじょうが室内に響き渡った。








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