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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
133/295

第一三三話【逃走中ⅩⅦ】

激情に突き動かされるベリアルは、身に纏う邪悪を変質させていく。


『ゴコオオオオオオォォ』


空手の息吹に似た呼吸法を行い、身体機能を飛躍的に上昇させる


「…怒りに呑まれていると思いきや、思考は至って冷静か」


円空の盲目の瞳がベリアルの内にあるモノを視抜く


『だだの暴力では貴様に勝てないと言ったな…ならば、我が数多あまたの達人と呼ばれる者との闘いで受けた技を回想する事で記憶、そして……学び取る!その技術をその身に叩き込んでやるぞ』


ベリアル程の神格ともなれば、これまでに屠ってきた達人たちの技を己の物にすることは可能だ。通常、人が幾年月を掛けて研鑽させてきた力をこの一時いっときで己が物とする…それが理不尽という存在


『お行儀よく待っていなくったっていいんだぞ。びびっているのは貴様の方なんじゃあないか?』

「呼吸を整えているだけだ。老骨には堪えるからな」


挑発とも取れるベリアルに対し、円空は平常時の飄々とした雰囲気を崩そうとしない


『…貴様は強い。強すぎる。信じがたい程に……それを知った上で楽しみだ。力を持つ我に技が加わったことで、貴様を上回り、その顔が絶望に染まる。我を進化させた事を後悔し、泣いて詫びる情景が目に浮かぶ』


ベリアルの纏っていた邪悪の変質が次第に静かに治まっていく。まるで静かな水面のようだ。


『覚悟するといい、サラシナ……佐良志奈円空』


静かなる邪悪の力を纏ったベリアルが、ここへきて初めて構えを取った。


半身の構えをとり、身を固く守りつつも瞬時に攻撃へと転じる姿勢を保ち、隙をまったく感じさせない理想的な型


それは、相対している円空でさえも、思わず感嘆してしまうほどに……


動!


今更ながらその動きは人間の肉眼では到底追えない速度!構えからの余りにも自然な動作から来る指突が円空の眼球に迫る。


「ヒュパンッ!」という音速の壁を貫く音と共にベリアルの攻撃が空を突く。


だが、単発で終わる事は決してない。指突、掌底、拳、肘、膝、蹴りとバリエーションを織り交ぜた攻撃が円空を襲う!


先程までの攻撃が暴力の嵐と例えるのならば、今度のは技の嵐!


ベリアルの復讐心は本物である。だからこそ敵である円空に勝つことだけを考えた。それが例え塩を送られた形で得た力であっても・・・


暴力に技が伴った事により、ベリアルの攻撃速度、破壊力は格段に上がっている。


それなのに――――


『なんで、当たらねえええ!』


まるでベリアルが何処を攻撃してくるか判っているような動きで全てを躱す。


貴様キサッ!コイツッ!)


当たらない。技を伴っても尚、目の前の男に掠りもしない。そして何よりも―――


(なんて出鱈目で無駄な動きだ!それなのに我の技を全て避けている!)


信じがたいとでも言いたげなベリアル。しかし、一見出鱈目で無駄な動きに見える様で、それは円空がそのように見せているのだ。


ベリアルの型は、【実の型】と呼ばれ、身を固くして隙を無くすもの。

一方で円空の型は【虚の型】と呼ばれる物、あえて隙を作る事によって相手の攻撃を誘い出すものだ。円空は、虚の型の極みによって相手の攻撃を誘導し、数千手先を読むことにより攻撃を避けているのだ。


当たらない、その心に出来た焦燥がベリアルを纏う邪悪に波紋が生じさせる―――それは、攻撃にも如実に表れた。


『しまっ!』


焦る気持ちが技を鈍らせて僅かにモーションが崩れる。そして、力に振り回された体が流れた………刹那!


「秘拳 鳴鳳決殺めいほうけっさつ

『避け――――』


逃れられない必殺の一撃……避けられない、回避は不可能


過去の戦いから記憶を呼び覚ます。























『カウンタ―――――――ッ!』


唯一の対応策としてのカウンター技がベリアルの記憶から呼び起こされた。しかし、


(どこに打ち込めばいいんだ!)


迫る拳が、まるで巨大な壁のような錯覚におちいる。


拳で相手の姿が見えない…拳がデカすぎる…拳が、拳が、コブシ……


思考を埋め尽くしたのは目前に迫る巨大な拳のことだけだった。


そして――――


(うえ、だと―――)


脳天に落ちる拳骨が、そのまま大地に邪神ベリアルを撃ち込んだ。


『グガガガガガガアアアアア!』


まるで自身がドリルになって地面を穿っているかのような錯覚さえ覚える。


円空の攻撃により、地中深くへと潜り続けるベリアル


(おのれ…もっと、もっと力が必要!いや、力だけでは勝てない!もっと、もっと、技…違う!スピード…違う!パワー…違う!手数…違う!工夫…違うううぅ!もっと、アレだ……えっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうすればいいんだ?)


思考が定まらない。


今なお地面を突き進むベリアルの眼前に魔法陣が浮かび上がる。


『ゴっ‼?』


大地から生えた拳が天に向かってそびえ立つ。必然的に宙を舞うことになった黒い物体が重力に従って落下する。


真下には拳を握った男がベリアルを待ち構え―――――再びの拳撃!


(どうすれ倒せるのだコイツ!)


目の前の理不尽を前に、もはや心が折れかけている邪神。


(―――この感覚、知っているぞ。かつて味わった理不尽……我を認めない天上の神々は、我が力を恐れ、天の位を剥奪し冥界へと叩き落した。なんたる屈辱!)


霞む意識の中、かつて天使だった己が地獄へと落ちた情景が走馬灯の如く思い起こされる。


(判っていた。この世は所詮理不尽…いや、この世では無く、目の前の男こそが理不尽。理不尽の化身だ。)


畏れ、忌、恐怖。それは自身がもたらす厄災のハズだ。だがどうだろう、今、この時、この瞬間は目の前の男、佐良志奈円空こそが自身にそれをもたらしている。


(だったら…我は―――――)


ベリアルの心を無が支配した。


恐怖、忌、苦しみ、焦燥、後悔、不満、怒り、嫌悪、恥、絶望、軽蔑、憎悪、嫉妬、殺意・・・ありとあらゆる負の感情が渾然一体となった存在。しかし、その全てがベリアル自身を縛り、枷となっていた。


「……なんだ?」


数瞬前まで感じ取っていたベリアルの負の感情。その全てが一気に霧散したように円空の眼には視えなくなっていた。


「何か来る」


その予感が脳裏をよぎった瞬間、引力によって落ちてきたベリアル……しかし、その姿は劇的な変貌を遂げていた。


「…天使と悪魔、双方の力が融合しているのか?」


その姿を円空は盲目の瞳で見つめている。


ベリアルだった存在、その右側は光に包まれ天使の羽を生やし、左側は闇に包まれ悪魔の羽を生やしている。


『不――純物――――排、出』


融合と言っても力が定まっていないのか、言語化に歪みが生じている。そして…


「親父殿!?」


ベリアルの身体から1人の老人が排出された。それは紛れもなくシルバリオンの養父、クロッツォ卿そのひとであった。


『核、を―――武器へと―――変換――――創造する』


ベリアルの左胸部、正確には心臓が位置する場所から暗黒に染まった水晶のロザリオが出現した。


「………何でそんな物・・・・が―――」


一瞬、目を細めた円空を他所にロザリオがベキベキと音を立てて、水晶の質量を増やし、巨大な大剣を模していく。


『変換完、了―――【呪詛の黒曜石ダインスレイブ】』


瞬間、ダインスレイブに闇が収束する。


「ぬっ!」


闇の揺らめき、放たれる闇


「いかん!金剛杵ヴァジュラ!」


津波の様な闇に呑み込まれると同時、円空が唱えた―――


(エンクウさまあああああ!)


ステイシーの叫びは虚しく木霊する。

闇に呑み込まれた円空は、今も地上を…空間を埋め尽くしている闇から出てくる気配がない。


まるで、闇の海―――


その海はダインスレイブを放ったベリアルですら呑み込み、彼女等の目に二人の姿を確認することが出来ない。


(…そんな)


静寂が支配する―――――


だが、それも束の間。沈黙を打ち破るように闇が収束を開始する。


闇の収束……この闇を撒き散らしたのは、紛れもなくベリアル自身。ならばコレを操れる人物は1人しかいない。


絶望に染まる思考で、彼らの眼下で1人の人物…その一端が姿を現した。


天使と悪魔の翼を併せ持つ者―――


ステイシーの目に溜まった涙が頬を伝い流れ出す―――


だがしかし、収束する闇の隙間から彼女がよく知る人物のシルエットが徐々に現れだす。


混沌の存在、そのことわりを真っ向から受け入れるように、その男は片方の腕をベリアルの背に回し、もう片方の手を胸にあてがっていた。


『そうか、貴様………現人神あらひとがみとは、滅茶苦茶な男だ』


まるで釈迦しゃかを思わせる雰囲気


日輪の輝きをその身に宿す


人の身でありながら、その領域へと至った存在


「終わりにするぞ」

『あぁ、……我の、負けだ』


光と闇、相反する混沌を宿した存在が、まるで円空に吸い込まれるかのように、消えていく。


(あぁ、終わる。我は、また孤独を抱き冥府へと落ちるのか。………一人は嫌だなぁ)

「大丈夫だ、安心しろ」


それは、誰に投げかけた言葉だったのだろう。


ただ一つだけ言えること、それは全てを見ていたステイシーゴールドの目には邪悪を孕んでいたハズのベリアルの最後の表情がまるで、母の腕の中に居る赤子の様に安らかだったという事だけだ。



◇   ◇   ◇



戦いは終わった。


荒れ果てた大地には、神との死闘を繰り広げた勇者たちと、聖仙が1人、そして・・・


「親父殿…」


金色の結界に守られるように、その男、クロッツォ卿が倒れ込んでいた。


彼を覆う結界の四隅には宝具らしき小さな槍が大地に突き刺さっている。


一見して彼に外傷らしい傷は認められない。しかし、邪神降臨の贄としてその身を対価にした爪痕は肉体ではなく、身体の内側に刻まれている。


「うぅっ………ここは?」

「っ!?親父殿!無事でしたか!」


呻き声と共に、クロッツォは重い瞼を薄らと開いた。しかし、身体の自由が利かないのか、病人の様に弱弱しい動きで身体を動かそうとするも、力が入らず起き上がる事も出来ない。


「シルバー………そうか、私は」


衰弱した身体では動くこともままならない。しかし、頭は妙にすっきりしているのか、1つ1つの事を思い出すかのように落ち着いた様子で考え、やがて、浅く息を吐くと・・・


「シルバー、迷惑を掛けました」

「親父殿?」


クロッツォの変化にシルバリオンは眉を潜める。自身が知っているクロッツォはこんなしおらしい男であっただろうか。もっと高圧的で、支配欲や野心の塊のような男のハズだ。


だからこそ、教皇暗殺などという凶行に走った…………いや、違う。シルバリオンには判る。今、目の前に居る彼こそが本当のクロッツォなのだと。かつて自分の心を救ってくれた優しく、慈愛に満ちた、あの頃のクロッツォ本人なのだと。


一体、何が彼をあそこまでの狂人に変えてしまっていたのか。そのことに考えを巡らせる一方で、地に倒れるクロッツォが口を開いた。


「シルバー、息子である君に酷な事をお願いしたい。聞き届けてくれるでしょうか」

「……なんですか?」


クロッツォの雰囲気から、ただならぬ予感を感じたシルバリオンは、身を正し、耳を傾ける。


「聖騎士長としての役目を果たすのです。私を……教皇ジュラルミン・ゴールド暗殺、そして世界を破壊しようとした大罪人を捉えなさい」

「っ!?」


シルバリオンの顔が驚愕に染まる。だが、これは判っていたことだ。聖騎士として、悪魔に魂を売ったものは処断しなければならない。


教皇暗殺、ステイシーゴールドの幽閉、多くの騎士達を犠牲にしようとした。あまつさえ、奈落の入口アストラルゲートに封印されていた魑魅魍魎及びベリアルの復活。読み上げる罪状1つ挙げるだけでも情状の予知など存在しない大罪だ。


だが、聖騎士長たる彼はやらねばならない


「………フランス聖教枢機卿クロッツォ、貴様の大罪は決して許される物ではない。よって、……よって、フランス聖教が聖騎士長の名において貴様を捉え、明後日、処断するものとする」


聖騎士長として、断罪の宣告を己が父に言い渡す。その心の痛みは誰の目から見ても明らかだった。彼の固く握られた拳が小刻みに震え、言い表すことの出来ない感情の渦が彼の中で荒れ狂っている。


宣告を終えて、後ろに控えていた部下が拘束具を持ってクロッツォに近づこうとする歩みをステイシーが制した。


「ステイシーさま?」


彼女は、騎士たちが手に持つ拘束具に手を添えて首を横に振る。


「……そう、ですね」


騎士達も彼女が何を言いたいのかを察し、持っていた拘束具をしまい込むと、クロッツォの前で跪き、優しく、まるで今にも壊れそうな体をゆっくりと持ち上げた。


「連れて行け」

「「「ハッ」」」


騎士達に連行されるクロッツォの姿を目に焼き付けるように見つめているシルバリオンの頬に一筋の涙が零れていた。


残された騎士たちは、皆が一様に倒れ込んだ。何しろ今日一日で、彼らは世界を破壊しようとした邪神と戦い、そして、その邪神を倒した男とも戦ったのだ。おそらく、これ程に強烈な1日を過ごした人間は、歴史上彼等だけだろう。


「さて、これで一件落着じゃな」


この場でただ一人、一番元気な男が思いっきり気伸びをして「ふぅ~、疲れた」と息を吐いている。言わずもがな、佐良志奈円空その人である。


周りの者達は、何であんなに元気なんだ?と、皆が疑問符を浮かべている。


(あ、あの、エンクウ様!)

「………」

(エンクウさま?)


円空の元へ小走りで寄ってきたステイシーであったが、彼はキョトンとした表情を浮かべて、まじまじと彼女を見ている。


「精神衛生上よくないな」


そう言った円空は自分の羽織をステイシーに被せた。


(………あ)


最初、円空の行動の意味が判らなかったが、今の自分の姿を見て、合点がいった。着ていた服の至る所がビリビリに破け、布地で隠れていた白い肌が隙間から覗き、なんともイヤらしい感じになっている。


(えええええええんくうさま!みないでええぇ!)

「見とらん、見とらん」

(うそです!さっき、ジッと見てました!)


ポカポカと円空に握った手を叩きつけるステイシー


「そんなことより…」

(そんなこととはなんですか!?)

「いや、パーシアの嬢ちゃんの事なんだが」

(っ!)


その言葉にハッとした。元々、パーシアがどうなったのかを聞きたくて円空に近づいたと言うのに、思いがけないアクシデントで忘却させられていた。


「とりあえず、心配はいらん。ワシの知り合いで、腕のいい魔術医の元へ送った。葵のやつなら何の問題もなかろう」

(本当ですか!?)


安堵するステイシーに「あぁ」と顔を綻ばせて答える。するとその時―――


『円空さま、木ノ葉坊もどりましてございます』


小さな旋風つむじかぜと共に姿を現したのは、木ノ葉サイズの天狗であった


「おお、御苦労だったな。…して、どうなった?」

『はい、あの娘を葵殿の所へお連れして直ぐに処置を行いました。身体に空いた穴も完全に塞がり、呪いのたぐいも綺麗さっぱりと除去されました。今は葵殿の自宅で目を覚ますのを待っているといった具合でして―――』

「そうか、上手くやってくれたか」


木ノ葉坊の報告を受けて、傍に居たステイシーに「聞いてのとおりだ」と声を掛けた途端、安堵の表情を浮かべて涙を流すステイシーだったが……


『それと、葵殿から言付けがあります』

「………き、きこう」


木ノ葉坊の神妙そうな雰囲気から、何となくこうなる事を覚悟していた。しかし、体は正直というか、円空の声が完全に裏返っている。


『では、そのまま伝えます――――――法師、今何をしているのかは敢えて聞きません。取りあえず私が言いたい事は判りますよね?……ちょっと面を貸して下さい。』

「こわっ!」

『ちなみに法師が帰ってくるまで、運び込まれた女性は返しませんのであしからず』

「人質を取られた!」


伝え聞いた伝言なのに、ビクゥッ!と肩を跳ね上げる円空。


例え悪鬼羅刹、魔人や邪神が相手だろうと彼の相手にはならない。しかし現在、彼を恐怖のどん底へ突き落しているのは、そんな魑魅魍魎よりも弱いがとても怖い1人の女性だった。








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