第一二九話【逃走中XⅢ】
フランス兵の目の前に突如として現れた男、佐良志奈円空!死をまき散らす奈落の住人を前に最強が迸る!
「どっこらせ!」
有無を言わせぬ円空の拳が敵の身体を捉えると同時、敵の姿が軍団の中へと吹き飛ばされた。
その光景を目の当たりにしたフランス兵は、あんぐりと口を開き、あり得ない現実を受け入れる事が出来ないでいた。
「ななななんだ!?なにが起きた!?あんた!今、アイツの剣を素手で受けたよな!?でもって、でもって・・・」
兵士は、目の前の男と地面を交互に見ている。男とは即ち円空であり、そして、地面に突き刺さっている物体、正確には折れた剣の切れ端を見つめている。
「機関銃を切った剣が折れてる!あと、人間を拳で吹き飛ばした!?」
有り得ないと、頭の中で何度も叫んだが。自身が目にしていた事は、紛れもない現実であり、人間の力で人がミサイルの弾丸並に吹き飛ぶものなのか理解に苦しんでいる。
だが、彼が己の理解を超えた現象に対し、混乱する暇など、この戦場には存在しない。
何故なら、佐良志奈円空という脅威を感じ取った敵が、一斉に円空へと意識を向け、突出していた部隊が一気に押し寄せてきたのだ。
「おいおいキョンシー共、少しは空気を読まんか。ピンチに登場する主役に名乗りくらい上げさせろよ?」
押し寄せる敵が、まるで津波の様に円空へと殺到する。彼の眼前にはゾンビ!ゾンビ!ゾンビ!ゾンビのビックウェーブ!
「カカッ!こりゃ見事な大波だ!どれ、ここは一つサーフィンと洒落こもうか!」
清々しいまでの笑顔を作り、円空は地面を蹴った。
ゾンビで形勢された波に腕を突っ込み1匹、グイッ!と引きずり出されたゾンビの後頭部を鷲掴みにして、その背後に足をつけるとゾンビを使ってゾンビの波に乗り始めた。
「大波小波に荒波と世間の波に晒され続けて幾星霜、人波に乗るのは初めてでござんすが、そこに波があるならば、乗ってしまうは波乗り遊びの醍醐味とご容赦くだせえ!」
「HAーーーッHAッHAッHA!!」と愉快に笑いながらゾンビの波を乗りこなしてしまう!これこそが、秘儀・人は死んだら物扱い!
「な、何が起きている!?報告をしろ!」
何者かの乱入があった旨の報告を最後に、現場の人間から通信が途絶えていたが、あるときを境に兵士たちからの報告が次々に上げられてくる。
『波だ!人の波だ!』
「涙!?そんなものは直ぐに拭け!」
『サーフィン!信じられない…どうやったらあんな事が出来る!?』
「バカもん!波乗りなど休暇中にやれ!」
指揮官に上がってくる報告の全てが彼には理解出来なかった。男は「なんてこった」と声を漏らし、部下が精神に重大な疾患を患ってしまったと思い込んでいた。
「止むを得ん!こうなればワシ自ら出陣する!」
「司令!どちらへ!」
部下達が戦えなくなったと悟った指揮官は、部下の静止を振り切り「えええい!邪魔だ!」と言いながら、戦場で戦っていた部下達の盾にしていた戦車の入口を開いて外へと顔を出した。
「おのれテロリスト共!ワシの大切な部下をこれ以上傷つけさせはせんぞ!」
ランボー並に武装した司令官が戦場へと足を踏み入れた!そこで彼が見た物とは!
「な……………なんじゃこりゃああああああ!!?」
外に居た夥しい量の奴らが、たった1人の男によって蹴散らされている!
ゾンビを踏みつけ、波乗りと称した遊戯!
魔術によって、奴らを渦の様に巻き上げながら、戦場を滑走している!
「ワシは夢でも見ているのか?」
目の前の現実を受け入れられない男は、思わず尻餅をついてしまった。
だが、これは夢でも幻でもなく、紛れもない事実!男の目の前で、漆黒の髪を靡かせた男が街を救ったのだ。しかし
「うそ、だろ」
部下の誰かが漏らした言葉が彼の耳にしっかりと聞こえた。
目の前で繰り広げられる蹂躙劇という非現実的な光景に驚いた…そんな声ではなかった。その言葉を皮切りに、畏れという負の感情が伝播する。
「神よ、どうか我らを救いたまえ」
愕然とする彼等は、膝を尽き、天に救いを求める。
そんな彼らを尻目に、男によってボロ雑巾のようにされた奴らが1人、また1人と息を吹き返すかの如く、立ち上がっていく。
その光景を目にしていた者達は誰もが思った。奴らは不死身のゾンビなのだと。人類を滅ぼすために現れた悪魔。きっと映画の様に噛まれたら自分たちまでもゾンビにされてしまう。
そんなファンタジーが目の前に突き付けられ、フランス兵にはもはや絶望しかなかった。だが、その絶望を打ち破る存在が居る事も事実!
「死してなお、魂を縛られているとは哀れ!ならば、ワシが手ずから輪廻の輪に送ってやろう!」
その声は、荒れ狂う戦場において、自然と万人の耳に届いていた。気が付けば、先程までゾンビ達を巻き込みながらサーフィンに興じていたはずの男が、まさに戦場のど真ん中で堂々たる佇まいで仁王立ちをしている。
「時間が掛かっちまったが、術は完成した!」
男は、両の手を打ち鳴らし、盲目の瞳を「クワッ!」と見開いた。その直後、男がサーフィンをしていた軌跡に沿って大地に描かれた陣が色を得て輝きだした。
「その輝きは、老いをもたらす者」
陣の一点からゆらりと赤い光が立ち上る。
「不可逆へと向かえ、平和をもたらす者・戦争をもたらす者・再生する者・快楽をもたらす者・翼ある使者」
次々と読み上げられる詠唱に呼応して、6つの光が天へとユラユラと昇っていく。光は次第に集束し、意思を持っているかのようにお互いが交錯し合い、天空に色鮮やかな六芒星が描かれた。
「宿命通・・・大殺界!!」
術式の起動と同時に、天空から放たれる光が大地を蹂躙する不死者達へと降り注いだ。
ゾンビ達は、声すら上げることも無く光に呑み込まれると一瞬たりとも苦しまずに、仮初の肉体から魂を解き放つが如く、皆が一様に天を仰ぎ見ながら昇天していった。
その光景を見ていた者達は口々に言った…神は居ませり
◇ ◇ ◇
驚愕、今のこの状況を言い表すには最も適した表現だろう。
円空と別れたステイシー達、フランス聖教のメンバーは奈落の入口を塞ぐべく動いていた。予想を遥かに上回る力に対し、ゲートから噴き出る瘴気を抑えるために、彼らは死力を尽くしていた。そして、現世を汚す瘴気が理不尽にも彼らの願いを踏みにじろうとしていたとき、奇跡は起きた。
「光が、紡がれていく」
その言葉は、誰が言った物なのかは、ハッキリとは覚えていない。だけど、それを成しているのは、明らかに目の前に居る彼女によるものだという事は判った。
金色の髪が神々しいまでに輝きを放ち、その黄金の瞳は慈愛に満ち、背中からは天使の翼が光によって編まれている。
そして、この現象の正体は、彼女の首筋に発現した痣が原因だという事は、同族である彼には直ぐに判った。
「ステイシーゴールド、君も使徒だったのか」
騎士達の祈りが1人の少女に託された。
全霊の魔力が1つとなって黄金に輝く。それは、魔力と呼ぶにはあまりにも異質な力。奇跡を内包しているそれは、彼女が手にしているロザリオを媒体として形を成す。
『神聖なる領域―――』
紡がれる神聖魔法。声を失ったハズの彼女の心が領域に存在する全ての者に響いた瞬間、彼女が手にしていたロザリオと呼応するかのように崩壊寸前の陣から熾烈なる輝きが瞬いた。
――――その場を支配するのは、静寂・・・時空を歪めていた奈落の入口は、既に彼らの目の前から消失していた。
「やった、のか?」
騎士の1人から声が上がり、歓喜の叫びが次第に勢いをつけて、その場に居た全員に伝播する。
「「「「「ワ――――――――‼‼」」」」」
世界の滅亡に立ち向かった英雄たちの雄叫びが静寂に支配されていた空気を覆す。
「やった、やりましたよ!ステイシーさま!」
常に冷静を心情としていたパーシアも、このときばかりは嬉しさの余りステイシーに抱き着いてきた。
変化していたステイシーからは、先程感じられた神々しさは消え失せ、いつものあどけない少女へと戻っており、焦燥の色が覗えたが、それよりも喜びの方が勝っているのか、今の彼女の表情は喜びに染まっている。
『オ、ロカ、ナもの、だちヨ――――』
全ての者が歓喜に打ち震えるそんなとき、不気味な声が1つの場所…先程まで奈落の入口があった暗い穴の底から響き渡った。
「何者だ――!?」
声のする方へ向けてシルバリオンが叫ぶと同時、目に入ってきた人物を見て、思わず目が見開かれた。
「親父、殿」
彼等の目に飛び込んできたのは、教会と共に消失したと思われていたフランス聖教の枢機卿クロッツォだった。しかし今の彼から感じられる禍々しい力を視て、シルバリオンは驚愕している。
そして感じ取った。今目の前に居る男は、自分の知る父親でも、ましてやクロッツォという人間ですらないのだと。
『さア、我HAじュう分に、Tokiを浪費しタ…キョウガ人間さい後のHida』
その言葉を皮切りに、クロッツォの身体を覆っていた邪悪な力が膨れ上がった。
そして、神代の時代に生きた邪悪が現世に降臨した瞬間であった。




