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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
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第一二八話【逃走中Ⅻ】

奈落アストラル、生と不死の境界と呼ばれる空間。そこには魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする暗黒の世界でありながら、個が他を認識する事が出来ない不可思議な空間。奈落アストラルの住人である魑魅魍魎ですら、お互いを認識することも無く、絶対的な孤独に精神を侵されると言われている。もしも、人間が奈落アストラルの穢れに侵されれば、治す術はない。


魔界以上に人間を拒絶する世界。


「その入口が今、開こうとしている」


眼下に存在する巨大な穴を見つめてシルバリオンは、深呼吸をした。未だ完全には開き切っていないにも関わらず、穴からは悍ましい程の穢れを感じ取れる。


「聖騎士長、各員持ち場に付きました」

「…承知した」


騎士からの報告を受けて、シルバリオンが通信用の術式が付与された魔道具を起動させた。


「皆、用意はいいな?」

「「「「「応!」」」」」


騎士達の力強い声にシルバリオンは、思わず口元を緩ませそうになったが、心を引き締めて魔道具に語り掛ける。


「有史以前、神代かみよの異物が我らの民を蹂躙しようとしている。…お前たちは、そんな事が許せるのか!」

「「「「「断じて否!」」」」」

「そうだ!我らの存在意義とは神威を知らしめることでも、ましてや教会のためでもない!一重に、臣民、弱き者を守護することこそが騎士の使命!そんな我らを嘲笑うかの如く、不遜にも大口を開けて我らの誇りを汚そうとする魑魅魍魎共に我らの剣を突き立てろ!」


配置に付いていた騎士たちが一斉に抜刀し、己がほこりを天にかざす。


「奈落の住人を常世に突き落とせ!これ以上、一匹たりとも我らの世界に踏み入れさせるな!」

「「「「「オオオオオオオオオ!」」」」」


魔道具を通さずとも穴の周りに配置した騎士たちの声が響き渡る。


「オペレーション【奈落落とし】始動!」


シルバリオンの命令に応えるように、通信用魔導具を一括管理していたオペレーター役の騎士が一斉に指令を送る。


すると、穴の北西を起点に5つの篝火かがりびが上がり、光の線が駆け抜ける。


結ばれた光線は五芒星を形作ると、今度は穴の外円を囲うように光線が湾曲しながら走った。


「五行陣の展開を…確認!続いて出力調整、ステイシー様お願いします!」


オペレーターの指示に金髪金眼の少女が首肯して応じる。ステイシーは両膝を着き、組んだ両手を胸元に寄せると、祈るように首を垂れた。


「魔力出力10%…20%…30、40、50%を超えます!……す、すごい。魔力コントロールに一切の乱れが無い」


オペレーターは、目の前の現象に目を見開き驚愕している。


その驚きは、使徒であるシルバリオンも同様なのか、未だに1つのミスを犯さない少女を凝視していた。


彼等が驚くのも無理もない。通常、複数人で行う大規模術式には個々の魔力をリンクさせる必要がある。魔力の質や波長は個々によって千差万別、今回の様な儀式の際は波長を合わせて術を正常に機能させるために、リンクを管理するための術者が必要になる訳だ。


しかし、この管理は想像以上に難しい。波長Aの魔力と波長Bの魔力をお互いに中和して全く新しい波長を造り上げる。そして、今回この儀式を行っている術者は、全騎士団員…つまりは総勢200名近くにも及ぶ人間の波長を中和して1つの波長へと作り変えているのだ。


「これが【調律師】ステイシー・ゴールドか…」

「己の力を伸ばすのではなく、他者の力を合わせることで強大な敵に立ち向かう。あの子らしい力です」

「絶技…いや、超絶技巧と呼べる代物だ」


感嘆を漏らす2人の前で、魔力の出力が更に上がる


しかし、オペレーターが魔力出力の計測を読み上げ、その割合が8割に達したところで、異変が起きた。


奈落の入口アストラルゲート変質!」


その声にハッとし、ステイシーに向けられていた視線が奈落の入口アストラルゲートへと向けられる


「ゲート内の瘴気が噴き出ます!」

「魔法の出力値は!」

「現在87%ですが、この数値は…瘴気の量が想定以上に膨大です!」


オペレーターの報告によって現場に緊張が走る。シルバリオンは、苦虫を噛み潰した様な表情を一瞬見せるも、直ぐに思考を切り替える。


「止むを得ん…五行封陣を強制発動!」

「しかし!それでは穴を塞ぐことは出来ません!」

「構わん!今は瘴気を押し止められればいい!」

「…了解しました。」


シルバリオンの命を受け、オペレーターが各騎士団員に指示を飛ばす


「五行封陣強制発動に以降、術式発動までカウント3(スリー)…3・2・1」


カウント0(ゼロ)と同時、急展開に物怖じする事も無く、各騎士団員によって術式が淀みなく発動する。


「五行封陣発動!奈落の入口アストラルゲートの収縮を確認……瘴気の噴出までカウント10(テン)、各員衝撃に備えよ。4・3・2・1―――」


瞬間、地響きと同時に大量の瘴気が地上へと昇ってきた。しかし瘴気が地上へと噴き出す事はなく、ゲートに覆いかぶさるように展開された魔法式に触れた傍から浄化していく。


「騎士達よ!後先の事は考えるな!全力で魔力を放出しろぉおおおおお!」

「「「「「応!!」」」」」


まさに全身全霊を掛けて騎士たちは己の身に宿る魔力を放出し続ける。それと同時に200名にも及ぶ騎士の魔力を一括制御しているステイシーの額に大粒の汗が滲みだす。


地響きは止むことなく大地を揺らし、ゲートから噴出する瘴気が五行封陣に衝突し続ける。ゲートを覆う陣からはビキビキと亀裂が入るような異音が聞こえてくる。


「陣の耐久率大幅低下!聖騎士長、このままでは――」

「絞り出せええええええっ!!」


オペレーターの言葉を搔き消してシルバリオンが檄を飛ばす!


騎士達もそれに応えるように、尽きかけている魔力を更に放出する。いったい何処にそんな力が残っていたのかと彼等自身にも理解できない力が身の内から溢れるかの如く、今までにない程の力が騎士達の奥底から溢れてくる。


しかし、限界を超えた騎士たちを嘲笑うかの如く、瘴気の噴出はより一層の勢いを増して陣を崩しに掛かる。


(このままじゃ、瘴気が現世そとに…もうダメなの?)


総勢200名が己の限界を超えて、まさに死力を尽くして戦っている。それなのに、彼らの祈りは届かないのか。理不尽に屈するしかないのかと、少女の瞳に涙が浮かび、次第に俯きつつある彼女に叫ぶ者がいた。


「下を向くな!」

(っ!)


シルバリオンだ!かつては敵として立ちはだかった彼が、ステイシーに向けて檄を飛ばす。


「我々は、信徒達にとって最後の砦!守護者が倒れたとき、それ即ち守るべき民の命が終わると知れ!」


その言葉にハッとなったのは、俯きかけていたステイシーだけではなく、既に限界を超えて精根尽きかけていた騎士達も動揺だった。


「そうだ!娘が俺の帰りを待っているんだ!」

「子供の未来を!」

「家族を!」

「民を!」

「「「「「守るんだ!!」」」」」


人々の想いが、願いが折り重なって一つとなる!それに応えるように、力と力が拮抗する!


そして、ここにもう一つの奇跡が産声うぶごえをあげた。


(応えたい、みんなの想いに!守りたい、大切な人たちを!)


少女は今一度、天に祈りを叫ぶ。しかし、絶望の底で何も出来ず助けを求めていたあの時とは違う。今は、心強い仲間と共に逃げずに戦っている。


例え声に出ていなくても、誰の耳にも聞こえなくても、この世にあるはずの奇跡に届けと……



◇   ◇   ◇



教会が元あった場所から数キロ離れたフランスのとある街


付近を山々に囲まれているにも関わらず、都会並に街は発展している


そして今、この街に危機が迫っていた……いや、正確には街だけではなく、かつてない脅威がフランスに留まらず、世界を脅かしていた。その事実に気が付いているのは、ごく少数の人間だけだ。だから、目の前に迫る集団を目の前にしても、彼らは頭のおかしい連中のテロ行為としか認識していなかった。


『警告する、全員武器を捨てて投降しなさい』


警察、軍隊が街に防衛線を張り、行進を続ける集団に対して指揮官が警告を発する。


『これは最終警告だ。それ以上近づくのであれば、発砲する!』


一度目に比べて語気を強めた指揮官は、鋭い目つきで最終警告を飛ばした。


しかし、やつ等の行進が止まる事はない。


「指令、司法庁の認可を得て市長から発砲による射殺命令が下りました」

「やむを得んか……総員構え!」


指揮官は、溜息を一つ吐くと、右手を挙げて部下たちに発砲準備を指示する。そして――


「う――」


「撃て!」と発砲命令を出そうとしてた矢先、ヒュンッという風切り音が彼の直ぐ横を通り過ぎた。


一瞬、はて?と心の中で思ったのも束の間、黒い集団の影から次々に空へ向けて何かが放たれるのが目視で確認できた。


「っ!?総員!盾を頭上に構えろ!!」


男の指示に、隊員たちが一斉に盾を構えた。暴徒鎮圧のために訓練された彼らの動きは流石の一言に尽きる程、洗練されていた。


皆が寸分の狂いもなく、ほぼ同時に盾を構えて一泊


ドドドドドドドドドッ!!


天から降り注ぐ無数の矢が隊員達を襲う。


「ぐあっ!」

「がっ!」

「くそっ!」


矢に晒され続けている隊員達から次々と苦悶の声があがる。


「何だって言うんだ!」

「ちくしょう!あんな原始的な武器にポリカーボネート製の盾に穴が!」

「バカな!機関銃でも弾く縦だぞ!奴等、どんなマジックを使っている!」


あまりにも信じられない光景に現場の指揮をとっていた司令官は、夢でも見ているのではないのかと我が眼を疑った。


なぜなら、彼らが装備している盾は、暴徒鎮圧用とは言え機関銃ですら歯が立たない程の強度を誇る。それなのに、たかだか弓矢如きにあっさりと穿たれて部隊が総崩れになりつつある。


「っ!部隊を下がらせろ!戦車隊前へ!」

「戦車隊を使うのですか!?しかし、相手は銃器を持たない人間ですよ!」

「判っている!だが、信じたくはないが弓矢如きがライオットシールドに穴を空けたんだ!戦車を盾に隊員を下がらせるんだ!」

「りょ、了解しました!」


彼の判断は正しい。一般の公僕に奴らが纏うオーラを視認する事すら出来ない。故にオーラを纏った矢に対応するには、たかだか銃を弾く程度の耐久性を持った盾では話にならないのだ。


敵の力を分析し、現状から直ぐに対応を導き命令を下す。男は指揮官としては間違いなく本物の知将なのだろう。・・・・・・あくまでも普通の人間相手ならば


「集団の中から突っ込んでくる部隊多数!」

「敵の得物は何だ!」

「そ、それが…剣や斧といった近接武器です!」


「なに?」と一瞬耳を疑ったが、もしかしたら武器に火薬等、何かしらの仕掛けが施された見掛けだけの武器ではないかもしれないと考えを巡らせる。現代武器にもナイフの刃が跳び出す仕掛け武器は存在している以上、無い話ではない。


「戦車部隊は発砲をするな!機関銃で弾幕を張れ!あくまで足を狙うのだ!出来るだけ殺さぬように留意しろ!後退した隊員は、盾を3枚に重ねて連結させろ!耐久性を上げて弓矢に対応するのだ!」


現状、最善と考えられる策を隊員達に命令する。おそらく、これが普通の人間相手なら問題は無いのだろう。例え原始的な武器に盾を穿たれようが、火力で勝る自分達は未だに優位に立っているハズだ、しかしその油断が命取りになる。


機関銃の銃口が火を噴き、突出してきた舞台に弾丸が飛来する。しかし、敵兵は常人とは思えぬ動きで全ての弾丸を躱し、機関銃の懐に潜り込むと一閃を振り切った。


スパンッと物体が切り裂かれる音が鳴り響き、機関銃の銃身がゴトリと地面に落ちた。


「ば――」


「バカな」と叫び声を上げようとした兵士の眼前で、必殺の二の太刀が頭上から無慈悲に振り下ろされた。その剣筋を認識することは出来なかったが、兵士の頭には死という概念が思い浮かんだ……その時である。


ガキイィンという金属音が鳴り響いた。


「え?」


唖然とする兵士と敵の間には、気が付けば見知らぬ男が割り込んでいた。


「ヤレヤレ、危機一髪だったな。」


漆黒の髪を靡かせた男、佐良志奈円空、堂々の登場である。




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