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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
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第一二六話【逃走中Ⅹ】



ステイシーの意識が覚醒すると同時、目の前に居た聖騎士達の慌てた声が響き渡った。


「「「聖騎士長!」」」


彼等の目の前に現れたのは、変わり果てたシルバリオンの姿であった。その肉体からは水分が抜けきっているのか、肌からは潤いが失われ、先程、目にしていた彼よりも一回りは小さくなっているのではと錯覚する程に、今のシルバリオンは疲弊しきっていた。


ハッと我に返ったステイシーがシルバリオンの姿を認めると、ゆっくりと歩み出した。


「お、お待ちくださいステイシー様―――!?エンクウどの…」


疲弊しているとはいえ、先程まで自分たちの命を狙って円空と死闘を繰り広げていた相手に対し、パーシアは警戒を緩める事が出来ず、前を行こうとしていたステイシーの手を掴もうとしたが、それを円空が手で制した。


ステイシーがシルバリオンの元に辿り着くと、膝を付いて横たわる彼に手を伸ばし、徐に彼の頭を自らの膝の上に乗せた。膝枕をしてもらっているシルバリオンからは弱弱しくはあるが、生命力を感じる事ができる。しかし呼吸が浅く、このままにしておけば確実に彼の命は途絶えてしまうのは明らかだった。


目の前の男は、大好きだった祖父の仇の子。悪事に関わっていなかったとはいえ、事実を知って尚、自分達に刃を向けてきた。本来ならば憎んで当たり前……だが、彼女はシルバリオンを心の底から憎むことが出来なかった。


「み……みず、を」


膝の上に頭を乗せていた男が、消え入りそうな声で言葉を絞り出した。


『――あの子をお願いします』


霊魂達から伝えられたとある男の軌跡。それは、壮絶なる孤独との闘い。そして託された。少女は、己の胸に手を当ててただ一つを問いかける・・・彼を助けるか否か。


(そんなの、決まっているよ)

「…なぜ、……泣いている」


朦朧もうろうとする意識の中、シルバリオンが眼にした少女の目からは、とめどなく涙が溢れ、零れ落ちた涙が彼の頬をも濡らしていた。


(…エンクウさま)

(なんじゃ?)


声を発することの出来ないステイシーは、普段通り心の中で円空に声を掛けると、打てば響くが如く、彼女の心の中に円空の声が返ってきた。その現象に、思わず目を見開いて後ろで佇む僧侶を振り向くと、視線が重なると同時に「あぁ、やっぱり」と、何処か納得した彼女からは笑みがこぼれる。


(…彼を助けます)

(好きにすればいい)


ステイシーは、バッグの中に入っていた水筒を取り出して、蓋を開けると、そのまま膝の上に乗せていたシルバリオンの口元へ運び、少しずつ水を飲ませ始めた。


「…っ!」


口の中に注ぎ込まれる水が乾ききった喉を潤し、体内を巡って五臓六腑に滲みわたっていくのが判る。しかし、驚くべきことは、それだけではない。身体の細胞一つ一つにまるで生命力を直接注がれているような感覚にシルバリオンは目を見張り驚きを覚えていた。


干物のように乾ききった身体に潤いが戻っていく。その急速の変化に周りの者達も気が付いていたようだが、シルバリオンが使徒であることは、既に知れ渡っているため、これも使徒としての恩恵なのだろうと変に驚いている者はいなかった。


しかし、この場でただ1人、その超常の力を観察するように視ている僧侶がいた。



◇   ◇   ◇



尽漏の世界から脱出を果たしたシルバリオンは、ステイシーの手によって復活していた。しかしシルバリオンや聖騎士達との決着がついたわけではない。クロッツォの陰謀が明らかになったが彼等は、これからの行動を決めかねていた。


「聖騎士長、我々はこれからどうすれば…」

「クロッツォ卿による教皇暗殺など、他宗派に知られれば大問題になりかねません」

「このままでは、フランス聖教の存続が危ぶまれます」


シルバリオンを囲むようにして騎士たちが指示を仰ぐ


「…皆、落ち着け」


一泊おいて、地面に腰を下ろしていたシルバリオンが口を開く。その口調は、これまでの尊大な言葉遣いではなく、落ち着いた口調で周りの者達を安心させようという心遣いが見て取れた。


養父ちちとは、私が話を付ける」


彼を取り囲んでいた騎士たちの顔を見渡し、シルバリオンは腰を上げて騎士たちの輪から外れた場所に佇む者達に視線を向けると、腰を上げてゆっくりと歩みを進めた。


「君の祖父である教皇の暗殺、そして君を冤罪で幽閉してしまった罪を今更許してくれというのは、あまりにも身勝手なのは百も承知だ。しかし、これ以上君たちに迷惑を掛ける訳にはいかない。…我が父の不始末は、全て私がケリを付ける。」


ステイシーの前に立ったシルバリオンは、そのまま頭を垂れた。


「そんな…彼方の言葉を信じろと言うのですか?クロッツォの陰謀を知った上で、私たちを殺そうとした人の言葉をどうして信じる事が出来ると言うのですか!」

「もっともな話だ。君たちが望むなら私を好きにしてくれて構わない。だが、それは全てが終わった後でも遅くはないだろう。」

「ふざけないで!あの男は彼方の養父なのでしょう!そんな人を裏切れるのですか!」


先程まで自分たちを殺そうとしていた男が、急に態度を変えて殊勝な態度でいる事がパーシアには信じられなかった。なにより、彼女がお慕いしていた教皇を殺された事もそうだが、彼女は戦友である者達をクロッツォの生きの掛った者達に殺されている。


だからこそ、あの男の養子であるシルバリオンの事も信じる事が出来ないのだ。ただ、彼女も頭ごなしにシルバリオンを疑おうとはしていなかった。聖騎士であり、自分たちの長である彼ならば力を貸してくれると信じていたからこそ、彼女も必死に訴え出ていた。


なのに、そんな自分たちの想いを目の前の男は裏切ったのだ。


「父だから止めたいのだ。いや…私が止めなければならない」

「あなたはっ……」


どこまで自分勝手なのだと言ってやりたかった。だけど、真直ぐに自分を見つめるシルバリオンの目を見て、言葉を詰まらせた。彼女の拳は固く握られ、震えている。それ程にパーシアは爆発させたい感情を押さえつけているのだろう。そんな彼女の手を隣に居たステイシーがそっと触れた。


「ステイシーさま…」


姉のように慕っているパーシアを気遣う様に、彼女の顔を覗き込む。


(っ!…本当に辛いのは、この子のハズなのに、私は!)


祖父を殺され、長い間幽閉されていた少女に気を使われて、自分は何をやっているのだと、己を恥じる一方で、やはり目の前の男は許すことが出来ない自分の未熟さに苛立ちを感じていた。


「…条件があります」

「窺おう」


僅かに怒気を含むパーシアの言葉をシルバリオンは、正面から受け止める


「クロッツォは教皇様を殺し、ステイシー様を幽閉した。そして私の戦友を手に掛けた罪があります。奴の身柄を抑えるのなら、我々も同行し、奴の口から懺悔ぜんげの言葉を聞かなければ気が済まない。」

「…無論だ。もとより君たちには、その権利がある。」


養父を罪人として捕らえる事にシルバリオンにも思うところが無い訳ではない。しかし、道を踏み外した恩人をこのままにはしておけないと、覚悟をもって了承した。そして、彼の後ろで佇む聖騎士たちに視線を向けたシルバリオンは、彼らに待機を命ずると、踵を返し、今まで口を挟んでこなかった円空に向き直る。


「サラシナ…殿、私は―――」


先程まで、己の武陵を慰めるだけに円空と死闘を繰り広げていたシルバリオンだったが、漏尽の世界で何かを得たのか、修羅に身を投じていた彼は、もうここにはいない。その心境の変化にやはり、その場の全員が今だ驚きをあらわにしている。何かしらの懺悔の言葉を口にしようとしていたシルバリオンだったが、そんなシルバリオンを他所に、円空は黒幕が住まう居城を見えない眼で視据えていた。そして―――


「跳ぶぞ」

「え?―――」


円空が発した言葉の意味を理解する暇もなく、突如、この場の全員の視界が大きく揺れた。


次の瞬間、大地が割れ、かと思えば地面から吹き上がる暗黒が全てを呑み込んだ。



◇   ◇   ◇



時間は少しだけ遡る。


シルバリオンと円空が繰り広げる人の身を超えた戦いを、水晶越しに観察していたクロッツォは、その信じられない光景に目を疑っていた。


(バカな!使徒であるシルバリオンと互角、いや、それ以上の力でねじ伏せるだと!?)


水晶の向こう側では、既に戦いも終盤へと差し掛かっているのか、シルバリオンの切札であるベリサルダが引き抜かれていた。


フランス聖教が所持する宝具の中でも一級の代物。世界に現存する宝具の中でトップクラスの奇跡チカラを宿す宝剣を前に、目の前の僧侶は身一つで相対しようとしている。


そして放たれる宝具の光。対するは盲目の僧侶の拳。結果など考えるまでもなく明らかに決まっている。いかに人間を超えた力を持っていようと、奇跡の力を宿した宝具に人が敵うはずが無い。


それは、願望ではなく十全たる事実。長きに渡る歴史がそれを示しているのだ。だが、クロッツォは、感じていた。歴史が証明していようと、目の前の男にとっては何の意味も持たないという事を。考えるまでもなく感じていたのだ。


そして―――目の前の映像が激しい光によって埋め尽くされ、次の瞬間にクロッツォが眼にしたのは、敗北を記したシルバリオンの姿だった。


「バカ、な……」


その光景を目にしたクロッツォは、己の足元がガラガラと崩れ落ちていく錯覚に襲われた。


「何をやっているのだ!これでは、今まで一体なんのためにお前を拾ったのか判らないではないか!」


室内にクロッツォの絶叫が響き渡る。


湧き上がる負の感情が彼の心をドス黒く染め上げていく。


「こんな、こんなハズではなかった。もう少しで私が教皇の座に付けたハズなのに!それが、こんな土壇場でええええ!」


両手で頭を掻きむしり、野望を目の前にして失敗した男。そこには、もはや枢機卿として慕われていた男の顔は無く、嫉妬と憤怒、絶望にまみれた表情に顔を歪めた邪悪なる神父の姿があるだけだった。


「…………落ち着け…焦ってはいけない。」


散々喚き散らしていたクロッツォだったが、ふとした瞬間から荒んでいた心が突然静まり返り、かと思えばその顔からは完全に色が抜け落ちたかのように、透明な表情を覗かせていた。


「失敗したなら、またやり直せばいい。そう、全てを……」


うわごとの様に呟いた彼の右手には、水晶で造られたロザリオが握られていた。しかし、その水晶には、自然物らしい透明度は無く、まるで人間の負の感情を結晶化したような暗黒が宿っていた。



◇   ◇   ◇



教会の地下深く。ここには、教皇以外の立ち入りが禁じられた空間が存在する。幾重にも張られた結界。一つ一つが侵入者を拒むように屈指の難易度を誇る術式で構築されており、それらを無条件で通過できるのは、教皇としての位を有する者だけであるが、教皇は暗殺され、今ではこの場に訪れる事の出来る者は存在しないハズであった。


しかし、男は目の前に展開されている結界を意にも介さずに通過していく。


(人間の考えたシステムには、どこかに綻び、あるいは解釈の余地が存在するものだ)


展開された術式を眺めながら、そんな事をボンヤリと考える。


教皇が不在の今、なぜ教皇の位を有さないクロッツォが結界を通過できるのか。それは、暫定的ではあるが、教皇代行の権限を彼が有している事が関係している。


どんな組織でも言える事ではあるが、上位の存在が何らかの理由によって不在になった場合、その権限は次の位のものが引き継ぐ。おそらくは、術式を構築した作成者が意図してかどうかは、今となっては判らないが、教皇不在の際の後見人を次の位のものに引き継ぐという術的解釈の余地を残しておいてたのだろう。


故に、クロッツォは教皇でしか立ち入ることの許されない空間に足を踏み入れる権限をえたのだ。


「……これか」


彼の目の前には、とてつもなく巨大な大岩。教会の地下深くにはこの大岩を隠すようにドーム型の空間が存在していた。


「古の神代の遺産……私の運命も神頼みとは何とも皮肉だな。」


彼の目に、もはや情の念などは存在しない。何の躊躇ためらいもなく、その手に握られた暗黒のロザリオを大岩に突き立てた。


「小娘からすすったチカラと、私の負の感情を注ぎ込んだ。…ステイシーゴールド、お前は自らのチカラで破滅をもたらすのだ。」


瞬間、全てが黒に支配され、1つの教会が跡形もなく消失した。



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