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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
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第一二四話【逃走中Ⅸ】

シルバリオンという男の話をしよう


彼は元々、孤児院出身の身で、生まれて間もない赤ん坊の時に院の前に捨てられていた。だから、本当の親の事は何も判らない。だが、彼は自分を捨てた親に対して恨むこともせずに素直で真直ぐに育った。


それは一重に彼を育てていた孤児院のシスターが彼や院の子供たちを愛し、本当の家族として育てていたからだろう。


彼が6歳になったある日、自身の身体の異常に気が付いた。生まれながらにして高い身体能力を有し、大人以上の力を持っていた彼は、周りの人々から気味悪がられたが、孤児院の家族は誰も彼を腫れもの扱いなんてしなかった。


その後も彼は孤児院でスクスクと成長したが、10歳になったころから、周囲からの悪意に対し敏感になったシルバリオンは、自分が嫌われていると子供心に傷ついた。


そんな彼にシスターは


『あなたの力は、神様がくれた素晴らしいものよ。だから彼方は常に上を向いて胸を張りなさい。そうしていれば、きっと周りの人たちが彼方を認めてくれるから。強くなりなさい、間違っていることを間違っていると言えるように。優しくなりなさい、救いを求める人の力になれるように―――』


そう諭してくれたシスターに応えようと、彼は胸を張って生きて行こうと心に決めた。彼にとってシスターは母親同然の女性だった。


しかし、事件が起きた。


フランス聖教と敵対していたカルト結社が、彼が居た孤児院を襲撃したのだ。


たまたま年下の兄妹たちと出かけていたシルバリオンが帰宅したとき、変わり果てた孤児院を見て愕然とした。


燃え盛る炎が孤児院を焼き、中に居た家族の悲鳴が聞こえる。訳が判らないまま彼は走った。燃え盛る炎の中に飛び込み、家族の名を叫ぶが悲鳴だけが響き渡っている。みんなを助けなければと焦る気持ちのまま礼拝堂に辿り着いた彼が見たものは・・・・無残な状態で殺された家族の姿だった。


目の前には刃物でズタズタにされた家族の姿、いつも一緒に遊んでいた妹、弟、姉、兄そして・・・


『おかあ、さん?…ぁ、ああああああああああああああ!』


絞り出すように口にした愛する人の無残な姿に絶叫する


『誰が!誰がこんな酷い事を!』


燃え盛る礼拝堂に居たカルト教団の面々は、シルバリオンを視界に収めるとナイフを振り上げて襲ってきた。


迫る教団員たちを視界に収めたシルバリオンに恐怖は無かった。


あったのは、ただただ深い憎しみと殺意。その感情がトリガーとなり、彼の内に眠っていた力が眼を覚ます。


生まれた時から肩にあった痣が光を放ち、力の奔流が空間を埋め尽くした瞬間と同時に、礼拝堂は邪悪な者たちの血で満たされた・・・


騎士団が駆けつけたとき、礼拝堂は焼き尽くされ、孤児院の外には3人の子供が泣き崩れていた。しかし、その中にシルバリオンの姿はなく、建物の中を調べていた聖騎士が視たのは、焼け焦げた人間の死体、死体、死体・・・・だが、その中に一人だけうな垂れるようにして佇む少年が1人、言うまでもなくシルバリオンという少年だ。


その状況に聖騎士は驚きを隠せなかった。血まみれになった少年の姿から、おそらくカルト教団の物を殺したのは目の前の子供なのだと直ぐに悟り、なによりも少年から感じる力が物語っていた。


だが、それよりも聖騎士が驚いたのは、おそらく孤児院の者達であろう死体が焼かれる事無く光のベールに守られているかの如く輝いていた。死体には幾つもの刺し傷や切り傷があり、酷い殺され方をしたのだと言うことは直ぐに判ったが、死体となり果てた者達の表情が誰一人として苦痛に歪んでおらず、一様に安らかな顔をしていた事に驚きを隠せなかった。


「お兄ちゃん!お母さんたちは―――」


聖騎士が少年に声を掛けようとしたとき、建物の外で待機させていた孤児院の子供たちが中に入って来てしまった。


この惨状は、子供に見せるには、余りにも酷なものだ。そう思っていた騎士だったが、時すでに遅し。礼拝堂の惨状を目にした子供達は悲鳴を上げて泣き崩れてしまった。


子供たちの悲鳴に、シルバリオンが正気を取り戻したようにハッとなり、子供たちに駆け寄ろうとしたが、少年は自身に染み付いた血まみれの身体の事を忘れていたのだろう、シルバリオンを目にした子供たちの表情が凍り付いた。


その表情を目にした瞬間、シルバリオンから色が抜けた様に表情が消えた。


それから数日後、孤児院の生き残りである4人の子供たちは、聖騎士団が駐留する教会に保護されていた。


最初こそショックが大きく、ろくに話も出来ない状態だったが、次第に気持ちを落ち着かせた子供たちは、それぞれが別々の孤児院に引き取られることになった……シルバリオンを除いては。


事件後、彼はまるで糸の切れた人形のようになり、誰とも喋らず、何も食べずに部屋のベッドで横たわっていた。まるで、このまま死を待つかのように


そんな時、彼を引き取りたいと申し出た1人の神父が現れた。


その神父の名はクロッツォ、当時枢機卿候補としてフランス聖教内で大きな影響力を持っていた男だ。


「初めまして、私の名はクロッツォという。」

「……」


名乗ったクロッツォに対し、しかしシルバリオンは何も答えない。


「…先日、君の家族を埋葬した。」


その言葉に、少年の瞳の奥底が僅かに揺れた


「皆、安らかな表情かおで神の元へと旅立った。君のおかげだ」

「…ぼ、くの?」


クロッツォの言葉に事件以来、まるで死人のようだったシルバリオンが初めて言葉を発した。


「そう、君のおかげで君の家族たちの魂は救われ、この地に繋ぎとめられることなく天国へ行けたんだ。」

「…みんな、苦しかったかな?あんな酷い事をされて、痛かったかな?僕だったら守ってあげられたハズなのに!」

「君の家族の苦しみを私は判ってあげられない。しかし私に言える事は、みんな君が生きていてくれて良かったと思っていることだけだ。」


その言葉にシルバリオンの目から自然と涙がこぼれ始めた


その涙は、どういった意味を持っていたのだろう。守れなかった事への後悔の涙なのか、それともクロッツォの言ったように自分が生きていた事に、みんなが良かったと思っていてくれたことに安心しての涙なのか。


その時のシルバリオンの気持ちは彼自身にも判らなかった。


「僕は、これからどうなるの?」


家族を失い、そして残された兄妹に自分を拒絶された。家も焼かれ、もう自分に居場所は無いのだと悟っていた。


「…君は、どうしたい?」

「僕は……」


言葉に詰まったシルバリオンは、絞り出すように、そして縋るようにクロッツォに言った。


「僕に、居場所を下さい。」

「君がそれを望むなら、私の所へおいで。」


家族を失ったシルバリオンは、この日からクロッツォの養子として生きる道を選んだ―――


それが、遠い過去のシルバリオンという男の話



◇   ◇   ◇



そして今、彼は灼熱の砂漠で己の死を予感していた。


(ごめん、母さん…僕は、優しい人間にはなれなかった。強くもなかった。こんなんじゃ、母さんやみんなに胸を張ることなんて出来ないね。)


身体からは、殆どの水分が抜け、変わり果てた姿のシルバリオンは、薄れゆく意識の中で家族の事を思い出していた。そして、とうに身体の中の水分を出し切ったハズの彼の頬に一筋の涙が流れ落ちた。そのとき―――


『シルバー!負けるな!』

『お前は生きろ!』

『生きろ!シルバー!』


懐かしい声が聞こえた気がした。それは、彼が失った家族の声


『シルバー、人は誰でも間違えるのよ。だから、今からでも遅くはない。生きて、そして胸を張れる男の子になりなさい。』

「お、かあ、さん」


久しぶりに聞いた母の声は、相変わらず優しく、荒んでいた彼の心に安らぎを与えてくれた。


既に亡くなった者たちの声は、きっと彼の幻聴だったのかもしれない。しかし、もしかしたら、死んで尚、彼を見守っていたのかもしれない。


それは、もう誰にも判らないことだろう。ただ1つだけ言えることは、このとき彼は「今度こそ、家族に胸を張れる男になりたい」と思ったのだった―――



◇   ◇   ◇



「――長!団―長!」


ボンヤリとした意識の中で喧騒が耳に入る。


だが、身体の水分を殆ど失っているせいか、声をうまく聞き取れない。


「み、・・・みずを」


たった一言、それが精一杯だった。


しかし、今の彼に果たして手を差し伸べてくれる人は居るだろうか。己の歩んできた道を振り返れば、恨まれこそすれ、感謝をされることは一度もなかった。


そんな自分には、このような死に方が御似合いだと、自嘲した矢先、人の温もりを肌に感じ、次いで、生命の源ともいえる水が、口の中を満たし、五臓六腑に染み渡っていった。


死にかけだった彼の意識が次第に覚醒していき、開かれた視界の先には黄金の髪と瞳を持つ少女が涙を流しながら自分を見ていた。


「なぜ、ないて、いる」


彼の問いに、しかし彼女は答えることができない。


ただ、この時の彼は、そんな彼女の姿を見て、美しいと感じながら、全身を駆け巡る命の水が今まで口にした極上の酒よりも美味いと感じていた。



◇   ◇   ◇


シルバリオンが円空の創り出した漏尽の世界に閉じ込められ、フランス聖教の聖騎士達にクロッツォの悪事が露見していたとき、パーシアの傍らにいたステイシーに変化が訪れていた。


目の前の風景に白い靄が掛かり、意識が遠のく感覚。しかし、不思議と不快感はなかった。そんな彼女の意識を覆っていた靄が次第に晴れていき、目の前にはユラユラとした光球がいくも浮遊している。


(…これは、霊魂?)


シスターとして、様々な修行を重ねてきた彼女には霊視の力が備わっており、霊の存在を視認する事が出来る。そして、目の前で起きている現象が自身の周りで浮遊する霊魂たちの仕業だという事を直ぐに理解した。


(何かを伝えようとしているの?)


死した者が現世に生きる者にコンタクトを取る際、対象の意識に干渉する事は、割とメジャーな方法である。その事を知っているステイシーは、彼等が何を伝えようとしているのかを心を澄まして死者の声に耳を傾けた。


一泊


ステイシーの意識に霊達の声と、とある人物の軌跡が目まぐるしく入ってきた。


(っ……これが、彼方たちが伝えたい事なのですね。)


彼等の想いを受け取ったステイシーは、小さく首肯する。すると、目の前の光球たちは徐々にその存在を小さくしていき、彼女の目の前から消えていくと、ゆっくりと視界が揺らぎ、彼女の意識も次第に現実へと引き戻されていった。そして、気が付けばステイシーの頬には一筋の涙が流れていた。


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