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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
122/295

第一二一話【逃走中Ⅵ】

「遂にここまで来ました。」

≪辿りついた≫


2人の女性は教会を見上げ、高鳴る鼓動を感じ取る。きっと2人だけでは、ここまで辿り着く事は出来なかっただろう。


巨悪を前に心を折られそうになった。絶望を前に逃げ出そうとも思った。だけど諦めなかった。なぜなら、自分たちの肩には多くの人々の命が、祈りが乗っかっているのだから。


そして、今の2人には心強い仲間がいる。理不尽を前に成す術が無かった自分達を救ってくれた盲目の僧侶、ステイシーは勘違いと言われても尚、彼こそが伝説の僧侶サラティガではないかと今でも思っている。


その圧倒的な力は、フランス聖教が誇る聖騎士達が、まるで子供扱い。最初は否定していたパーシアですら、まさかと思う事も度々あった。


だが、現実的に考えてそれは有り得ない。なぜなら伝説の僧侶サラティガの話は千年以上も前の話だ。普通の人間が生きているハズがない。


そんな感慨に耽っている2人の前を歩く円空の歩みが突然止まった。


「そこまでだ、背教者共め」


気が付けば、協会の門前に1人の男が立っていた。そして、その男を視たパーシアは驚愕する。


「せ、聖騎士長、シルバリオン様」


銀色の髪をなびかせ、腰に2本の剣を携えた若き聖騎士。見た目が20歳程だろうか、その年齢にそぐわない圧倒的な存在感がステイシーとパーシアを呑み込む。


「うぐぅっ!?」

(い、息が―――)


猛烈な威圧に2人は、呼吸することさえ出来ない。遺伝子レベルで目の前の男には逆らえないと細胞が悲鳴を上げているのだ。


「やれやれ、乱暴な気じゃのぉ」


苦しむ2人を守るように歩み出ると、シルバリオンから放たれていた威圧が嘘のように消えた。


「エ、エンクウさま」


呼吸を乱し、膝を着けていたパーシアが顔を上げてようやく気が付いた。……円空から放たれる穏やかな力が2人を覆っていたのだと。


「ほう、…俺の威圧を受けても臆しないとは、少しは腕に覚えがあるようだな。」

「はっはっは、この程度、そよ風と変わらんよ」

「…ぬかせ」


シルバリオンの顔つきが険しくなった瞬間、彼の足元が弾け、一瞬にしてパーシアの眼前に現れた。


「俺の下僕に貴様のような尻軽は要らん。」

「っ!?」


気が付いた時には、シルバリオンの手刀がパーシアの首筋に触れる瞬間だった。


「そいつぁ、女子おなごに対して失礼じゃろう」

「っ!?」


円空の声が聞こえた時には、既にシルバリオンの手刀は振り抜かれ、真っ赤な鮮血が地面を汚すハズだった。しかし実際にはシルバリオンの攻撃は空を切り、確かに居たハズの3人を見失っていた。


「確かに殺したと思ったのだがな……貴様、何をした?」


シルバリオンは、先程まで自分が立っていた場所を振り返り、1人の男を睨み付ける。


「なぁに、ちょっと飛んだ・・・だけじゃよ」


円空の両脇にはステイシーとパーシアが抱えられ、当の2人も何が起きたのかが理解できない様子だ。


「つくづく喰えない爺だ。」

「はん!儂がジジイなら、お主はガキンチョじゃ!」


爺と呼ばれるのは、あまり好きではないのか珍しく声を荒げて膨れっ面になる


見た目40歳前後の外見をしている円空も、実際は千歳を余裕で超えているジイさんである事は間違いないハズなのだが、そこはデリケートな問題なのだ。


「…いいだろう、俺の機嫌を損ねた貴様には死をもって償ってもらう」

「おいおい、お前さんはいった何様のつもりだ?なんで儂がそんな責任を取らにゃあならんのだ。」

「フン、…まぁいい。実を言うと俺は久しく強者と戦っていない。というより俺の力に見合うだけの敵と巡り合ったことがないのだ。」

「はぁ?」


コイツ何言ってんの?という種類の視線を隣に居たパーシアに向ける。


「彼の言っていることは本当です。聖騎士長は若干17歳で騎士団に入団し、その1週間後には、在籍する全ての聖騎士を打倒して今の地位に着いた方なのです。しかし、それ以降は表舞台には現れず、全ての仕事を部下に任せてきた・・・私もご尊顔を拝謁するのは3年振りになります。」

「そういう事だ。つまり、俺が倒した家畜どもを今度は貴様が倒した。その時点で、お前は俺に挑戦する権利を得たのだ。」


つまりはシルバリオンの機嫌云々は、ただのこじ付けで強そうな奴と戦いたかったというのが本音らしい。


「権利なんか要らねえから、儂等を通してくれ」

「怖気づいたか?」

「別にお前さんとやり合うつもりは毛頭ない」

「フン、散々俺の家畜どもを屠ってきた奴の言葉とは思えないな」


確かにと顎を撫でながらシルバリオンの言葉を肯定する。


「出来ればお主とは戦いたくなかったのじゃが……しかたない」

「そうこなくてはな。俺の武陵を慰めてくれ―――!?」


ようやく戦う気になった円空を前に高揚するシルバリオンだったが、構えを取らない内に円空の姿が一瞬で消え、かと思えば背後から後頭部を鷲掴みにされて顔面を地面に叩きつけられていた。





「え?終わったのですか?」

≪圧倒的勝利?≫


今までの聖騎士達とは明らかに違う雰囲気を纏っていた男、だが戦いが始まってみれば、これまでと変わらない状況に2人は、どこか拍子抜けとも感じていた。


しかし地面に叩きつけ、立ち上がった円空は、そうは思っていないらしい。


「よもや、この俺が地に伏せられるとは―――」

「(っ!?)」


立ち上がり際、シルバリオンは腰に携えた2本の剣のうち1本を円空へ向けて抜刀した。


常人には、その剣筋すら目で追うことの出来ない高速の抜刀術


だが、円空は斬撃の軌道から外れるように大きく躱した。


(エンクウ様?)


このとき、ステイシーは違和感に気が付いた。今までの聖騎士との戦いですら彼は回避行動をとったことが無かった。それは、敵の攻撃が自分にダメージを与えるものでは無いと見切った上での行動だったからだ。しかし今回、彼はシルバリオンの攻撃を避けたのだ。


「…やはり無傷か」

「な!?」


スクリと立ち上がったシルバリオンを見てパーシアは驚愕する。今までの円空の攻撃を受けて無事だった者は居なかった。なのに、目の前のシルバリオンには一切のダメージが通っていないのか、顔に付いた土を手で払うと元の綺麗な顔のままだった。


「当然、あの程度で俺に傷を付けられると思うなよ?」

「当然か…だが、これで確信した。」


シルバリオンの言葉を受け、円空は何かを納得すると深く溜息を吐いた。


「どうにもお主の気配は只人ただびとのそれとは違うと思っていたが・・・主、使徒じゃな?」

「なっ!?」

(まさか!?)


使徒、それは世界に12人存在すると言われている神の子の通称。それぞれが人知を超えた能力を持つと言われている。


『ほう、我が息子の正体に気が付くとはな』


突如響いた老人の声にステイシーとパーシアの眼が見開く


「貴様!クロッツォ!」

『裏切り者が馴れ馴れしく私の名を呼ぶな』


4人の目の前に現れた老人、金糸であしらわれた法衣を身に纏っていることから、聖教内でも上の地位に居る者だという事が一目で判った。そして彼の姿は透けており、クロッツォ自身がこの場に居ない事は直ぐに判った。


間違いなく投影の魔術によるもので、実際のクロッツォは今も教会の中だ。


『まさか我がフランス聖教が誇る聖騎士がこうもあっさり倒されるとは・・・だが、ここまでだ異国の僧侶よ。貴様の言ったとおり、我が息子は世界に12人しか居ない使徒の一人、普通の人間では相手にもならんよ。』

「確かに…だがな、儂もお前さんの悪事をこのまま放ってはおけんのだ。」

「そうだ!貴様がジュラルミン教皇を殺害し、ステイシー様にその罪を着せた事は判っている!全ての罪を認め大人しく裁かれろ!」

「お前等…いったい何の話をしている。」


クロッツォとパーシアが何を話しているのか判らない様子のシルバリオン。だが、かえってその事実が彼女にとっては好機とみた。何故なら聖騎士団の長がこの件に関わっていないとすれば、彼をこちら側に引き込める可能性があるからだ。


そして、ここへ来る途中の騎士団員達も自分たちを背教者として見ていたが、エギルの様な邪な目をした人間は一人も居なかった。ここからは希望的観測になるが、騎士団の中にクロッツォと関わりを持っている者は居ないと推測される。


『フン、…何を言い出すかと思えば教皇の殺害だと?ふざけたことを抜かすな、ジュラルミン教皇を殺害したのは、そこの魔女だろうが』

「それは貴様がでっちあげた出鱈目だろう!」

『だったら証拠を見せてみろ。そこまで言うのならば、儂がジュラルミン教皇を殺害したという証拠があるのだろうな?』


余程自信があるのか、不敵な笑みを張り付けている


「証拠なら、ある!」

『…なに?』


パーシアの言葉にクロッツォの眉が僅かに吊り上がる。そして、彼女は1つの石を取り出した。


「聖騎士長、この男の悪事を見て下さい!」


石から光が溢れ出す。そして光の中から現れたのは、白髪の老人と金髪の少女が向かい合っている姿だった。


(これは、お爺ちゃんが亡くなった時の映像!?)


白髪の老人は、ステイシーの祖父ジュラルミン・ゴールド教皇その人だ。


『これは・・・』

「そう、これは教皇様が亡くなられた日の映像だ!」

(バカな、何故そんなものがアヤツの手にある!?)


そして映像は続く。祖父と孫が楽しそうにお茶をしている姿、だが事件は突然に起きた。


お茶を飲んでいた少女は、急に胸を押さえはじめて吐血した。続いて教皇も同様に吐血して倒れ込んだ。


意識がもうろうとするなか、少女は祖父を助けるために近づこうとするが、身体が痺れて動くことが出来ない。

そして2人は冷たい床に倒れたまま動かなくなった。

2人が倒れた部屋に静寂が訪れる・・・しかし、その静寂を破る者が現れた。

部屋のドアが開き、2人の男が姿を現したのだ。その2人とは聖騎士エギルと枢機卿クロッツォだった。


『どうだ?』

『ちゃんと死んでいる。ガキの方は息がある。』

『そうか…女には予定通り解毒薬を使え。まだ利用価値があるからな』


映像の中のエギルはクロッツォの指示どおりにステイシーに解毒の注射を撃ち込むと、肩に担ぎ部屋を後にした。


『バカな男だ。儂の言葉に耳を傾けていれば殺されずに済んだものを・・・』


そう言ったクロッツォは、自身に向けられている視線に気が付いた


お前・・も哀れな主人を持って不憫だな…直ぐに飼い主の元へ送ってやる。』


虚空に浮かび上がった淡い光が円を描き魔法式が構築されていくと同時、光が放たれ、映像が途切れた―――


『クッ!まさか、あのときの!?』

「そうだ、クロッツォ・・・如何に動物といえど、彼らは受けた恩には忠義を尽くす。お前にその気持ちが判るか?目の前で主人が倒れても何も出来ずに悔しさに打ち震え、仇を前に殺されるしかなかった彼の気持ちが!」


激昂と共に石から光る何かが飛び出した。それは次第に形を造り、クロッツォを睨み付ける。その姿はまるで地獄の番犬の如し怒りを纏った忠犬


(ああぁ、まさか、あなたなの?ミゲル!)


ステイシーは幼き日から共に過ごしてきた家族の一員を視界に収め、ポロポロと涙を流す。


そして、ミゲルと呼ばれた忠犬が彼女に寄り添い、足元に縋り付く。


「これこそが動かぬ証拠!忠義によって紡がれた奇跡!どうだクロッツォ!お前の罪を暴いたぞ!」


高らかに、そして堂々とパーシアがクロッツォの悪事を暴いた瞬間だった!



◇   ◇   ◇



パーシアは、教皇を守護する聖騎士の家の出だ。幼き日から修行に明け暮れ、技術を磨き若くして聖騎士に任命された彼女の任務は、教皇を守ること。


しかし急な遠征のため、その日、彼女は教皇の元を離れなければならなかった。これも聖騎士の務めならば仕方ないと割り切り、現地で任務をこなしていた彼女の元に不幸な連絡が入った。


それは、教皇の死亡を告げるもの。犯人は既に拘束され、直ちに処刑されたという。だが、彼女は、その報告の全てが信じられない物ばかりだった


教皇の暗殺もそうだが、その犯人が孫娘であるステイシーだったということが。


昔から教皇の家族を知る彼女にとって、あれほど仲睦まじく、何より清らかな心を持つあの子に限ってそんなこと、あるはずがない。


そう思っていたら、いつの間にか彼女は教皇の部屋の中にいた。


何故、何故だという疑問ばかりが頭の中を埋め尽くしていった。そんな彼女の耳に獣の泣き声が届いた。


疑問に思い、彼女が部屋の中を見回すと、そこに一匹の犬の霊がこちらを見つめていた。


直ぐにその霊が教皇に飼われていた犬だと理解した。何故こんな所にとミゲルに触れた彼女の頭の中にミゲルの記憶が流れ込んできた。


そういう事かと呟いたパーシアは、怒りに顔を歪ませると、室内にある魔石に犬の霊魂を入れると、直ぐに同士を募りクロッツォの悪事を暴くために動き出したのだ――――





『おのれぇ、たかだか獣の分際で儂の計画を邪魔してくれたな。』


クロッツォがミゲルを睨み付けるが、忠犬は唸り声を上げ、牙を見せながら己が敵を睨み返す。


「聖騎士長!これが動かぬ証拠!今こそクロッツォに正義の裁きを!」


必至に訴えるパーシアがシルバリオンに歩み寄る。しかし・・・


「それがどうした?」


シルバリオンの言葉にパーシアの思考が凍り付く


「なにを、言っているのですか!クロッツォは教皇様を殺した犯人なのですよ!?そればかりか、ステイシー様に全ての罪を着せていた!こんな事が許されるハズがない!」

「なるほど・・・だが、今一度言おう、それがどうした?」

「あなたは・・・まさか!?」


パーシアの中で嫌な考えが浮かぶ。聖騎士長シルバリオンはクロッツォの息子、ならば父親の行いに加担していたのかと・・・


「親父殿が裏で何をしていようと、俺には関係ない。」

「は?」


彼のその発言は彼女にとって、予想外の物だった。


「興味が無いの間違いだろう?」


混乱するパーシアの隣から円空が見透かしたように語り掛けた


「そうだ、神の子たる俺が何故、貴様等下民の問題に手を下す必要がある?」

「なに、を…何を言っているのですか貴方は!それが騎士として、いえ人としての行いですか!?しかも、聖騎士長である貴方が―――」

「黙れ下民が」


目の前の男の気迫にパーシアの叫びは掻き消され、思わず息を飲んだ。


「家畜の分際で神の子である俺に意見など、分を弁えぬ物言い…万死に値するぞ」

『フ、フハハハハ!そうだ!その通りだ息子よ!お前は神に愛されし者!選ばれし人間だ!故にお前に刃向かう者は神の敵!ここで、その3人を始末してしまえ!』


もはや隠す必要も無いとばかりにクロッツォが高らかに笑う


「フン…まあいい、貴様には恩があるからな。この家畜どもの掃除くらい手伝ってやる。だが、今後一切、俺は貴様に義理立てすることは無いと思え」

『ウ、ウム。わかっている。』


その言葉を最後にクロッツォの虚像は虚空へと消えた。


「さて、待たせたな。これで余計な邪魔も入らずに貴様との闘いに専念できる。その前に改めて名を聞こうか。」

「…佐良志奈円空」

「サラシナエンクウ…よかろうサラシナ!この神の子が貴様を敵と認めた事を光栄に思え!」


湧きたつ血が全身を駆け巡る感覚に興奮したシルバリオンが円空と相対する・・・


一泊


目の前の円空の姿が一瞬、ぶれた様に見えたその刹那、激しい衝撃がシルバリオンを襲い、次の瞬間には教会の外壁にその身を叩きつけられていた。


轟音と共に教会の外壁に蜘蛛の巣状の亀裂が入る。


「バカに付ける薬は無いと言うが、お主の腐った性根は儂が叩き直してやる。」


忠犬の無念、騎士の誇り、そして少女の涙をその身に背負い、極東から来た風来坊が悪を討つ!




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