第一一八話【逃走中Ⅲ】
絶望が支配する町に突風が吹き荒れ、天を暗雲が覆い隠す。
「なんだ?今の声は・・・」
突然響き渡った声に、エギルやその部下達は動きを止めて、キョロキョロと声の主を探し始めた。
「エギル様!誰か来ます!」
部下の声にエギルが視線を向けると、自分たちの方へ歩みを進めてくる男が1人
立っているのもやっとな程に吹き荒れる強風に晒されて尚、その歩みはまるで、そよ風が吹く草原を歩くが如く。
サングラスで顔の全貌は判らないが、髪の色からして東洋人らしき面持ちである事は直ぐに判った。
「止まれ!貴様は何者だ―――っ!」
「「「「「っ!?」」」」」
男を制しようとした部下が一人でに倒れる。決して男には触っていない。ましてや相手との距離も十分にあったにも関わらずだ。
「エ、エギル様・・・おかしいです」
「あ?」
「身体の震えが止まりません」
隣に居た部下が妙な事を言ってくる。いや、気が付けばエギルも同様に身体を震わせていた。
男の登場に困惑する全ての者達が道を譲り、自然と人垣が割れていく。
「よう、嬢ちゃん」
(エン、クウさま)
「何を泣いている。綺麗な顔が台無しだぞ?」
泣き崩れていたステイシーを円空が抱き起す。
「おい、おいおいおい!何者だおっさん!俺様の仕事を邪魔するんじゃねぇよ!」
「ほら、涙を拭け」
「て、てめぇ・・・」
エギルを無視して、円空はステイシーの涙を手で拭う
「どうやら大変な目に遭ったみたいだな。あそこに居る女子は、お嬢ちゃんの知り合い…みたいじゃな」
円空はステイシーの眼を見て、パーシアを彼女の知り合いだと理解した。そして、ステイシーの手を引き、パーシアの元へと歩き始めた。
「おいっ!待ちな、おっさん!勝手な事をしてもらっちゃあ困るぜいっ!?」
(っ!?)
エギルが円空の肩を掴んだ瞬間、一回転して地面に叩きつけられた。
「あんた、嬢ちゃんの知り合いじゃろ?」
大地にめり込んだエギルをスルーして、円空がパーシアの元に辿り着いた。
「え?あ、はい。」
「ならば、ちょいとこの子と一緒にいてくれ。」
円空がパーシアの拘束していた鎖に触れると、音を立てて弾け飛んだ。
「っ!?・・・あ、彼方はいったい――」
「しがない僧侶じゃよ。」
それだけ言うと、円空はステイシーをパーシアに預けると、ゆるりと踵を返して再び歩き始めた。
「エギル様!大丈夫ですか!?」
「痛ててて、…何が起きた?」
「わ、判りません。あの男に触れた途端、倒れたように見えました・・・」
部下に起こされたエギルは、自分が何をされたのかが理解出来なかった。男を視線で追えば、パーシアに語り掛けていた。そして、男は自分達の任務を阻む敵である事だけはハッキリと判った。そんな思考をするエギルが円空から視線を外した刹那
「お前さん等、ここは儂に免じて退いてはくれぬか?」
「「「「「っ!?」」」」」
エギル達の目の前に突如現れた円空に、その場の面々が驚愕した。
「てめえ、いつの間に…いや、そんな事よりも自分が誰を敵に回したのか判っているのか?」
「さて、お前さん等は何者なんじゃ?」
「ははっ、まるで判っていないのか。俺様はフランス正教の聖騎士、エギル様だ!」
「ほう、この辺じゃあ、か弱い女子と町人を襲う無法者をそのように呼ぶのか?」
「・・・どうやら殺して欲しいみたいだな?」
「やめておけ、自称聖騎士殿。お主じゃ儂には勝てんよ。」
「ふざけんな!おい!やっちまえ!」
(エンクウ様!)
剣を持った騎士たちが円空を取り囲むと、一斉に襲い掛かった。振り下ろされた剣が微動だにしない円空に直撃する。その光景を見ていたステイシーは口元を手で覆い驚愕する。
「チッ、手間を取らせやがって。死に急ぎのバカは手に負えない―――」
「エ、エギル様!」
「…おいおい、悪い冗談だろ?」
確実に殺したと思い込んでいたエギルは目を疑った。
「かゆい!かゆいのぉ。まったく、騎士団の質も落ちたものじゃな!」
ヤレヤレと溜息を吐く円空、その身体には確かに剣が届いている。だが、身体に触れているだけで、傷1つとして負っていない。
「むさ苦しい男どもに囲まれても全然嬉しくないわい。」
驚愕するエギル達を他所に円空が片足で大地を踏みつけると同時
「「「「「ぐあああああぁぁあああ!」」」」」」
「なっ!?」
彼を取り囲んでいた騎士が宙を舞い、グシャリと地面に叩きつけられた。
エギルは、その光景を見てあんぐりと口を開けていた。
「あとは、お主1人だが、まだやるか?」
一歩、円空がエギルに歩み寄れば、エギルもまた一歩下がる。
「お、お前、もしかして能力者だな?」
「もしかしなくても能力者じゃが、それがどうした。」
「やはりな、修行を重ねた僧侶の中には能力に目覚める者がいると聞いたことがあるぜ。」
「そんな事、わかったところで、どうだというんじゃ?」
エギルはニヤリと口元を歪める。
「ふ、ふはははは!やはりか!道理でお前から得体の知れない圧力を感じると思ったぜ!」
「・・・」
「いいか!よく聞け!我ら聖騎士には対能力者用に開発された防具がある!」
胸を張って、自身が身に着けている鎧を見せつけた。
「この鎧は特別な術式が施され、とてつもないパワーが発揮できる!つまりはパワードスーツということだ!お前が能力者であろうと、この鎧の前では無力!更にコレが俺様の聖剣だ!」
鞘から引き抜いた剣は、一見ただの鉄剣に見えるが、内包されている力から、ただの鉄製の剣ではない事が判る。その光輝く剣を高らかに掲げ、エギルは「どうだ!」とでも言っているように円空を見る。
「あっそ、とりあえず自慢話はいいから、掛かって来い。」
「・・・お、おまっ!今の話を聞いていなかったのか!?」
「面倒臭いのぉ、ぱわーどすーつ?せいけん?・・・だから何だというのだ?」
エギルの言葉を右から左に聞き流し、そして聖剣を指さして続ける。
「お主の聖剣とやらは、何処か人工的な気配を感じる・・・差し詰め粗悪な類似品といったところか?」
「・・・テメェ、何を知っている?」
聖剣の正体を知っているかのような口ぶりにエギルの顔が険しくなる。
「はっはっは、知りたければ力ずくで聞いてみろ。」
「このクソジジイ!」
聖剣に宿った光が増幅し、一気に斬りかかった。瞬間、凄まじい爆音と熱量が円空を呑み込み、衝撃で吹き飛んだサングラスが空中で燃え尽きる。
(エンクウさまーーー!)
目の前の光景に少女は絶望する。自分を助けに来てくれた人がまた1人犠牲になってしまった。
「安心せい、こんな紛い物では儂に傷一つとして付けられん。」
「ば、馬鹿な!」
爆炎から覗かせる男の姿、その漆黒の髪を靡かせる男の眼光、しかし、その瞳は盲目!
『いいかいステイシー、サラティガ様は本当に実在した人物で、この物語も本当の話なんだよ。』
「―――ッ!」(まさか)
男は幾千の時を生き、数多の神話を喰らい尽くす
「悪いが、嬢ちゃんの命は儂が頂く。お前たちに、くれてはやらんよ。」
「お前は、いったい何者だ」
人々は彼を畏怖すると同時に救いを求める
「お主らが神の僕なら、差し詰め神の敵―――」
その男は無敵である!神々をも蹂躙する神殺しの力を持つが故に
その男は守護者である!人々に降りかかる理不尽を超理不尽で覆すが故に
そう、彼こそが―――
「魔王といったところだ」
固く握られた拳に光が収束すると同時、拳撃がエギルの鎧を砕き、肉体へと到達する。
「飼い主に言っておけ、首を洗って待っていろとな。」
凄まじい拳圧により、神の僕は吹き飛んだ。その勢いは衰えることなく、野を超え山を越え、雲を貫き、空の果てへと到達したところで、人の眼には映らなくなった。
◇ ◇ ◇
山林の奥地にある教会・・・教会と呼ぶには余りにも大きく、そして重厚な造り、見る者が視れば城なのではと思う者もいるだろう。
その教会は、フランス圏内で最も歴史が古く、創立以前からそこにあったとされており、戦乱の時代では、戦線の要としても用いられていたらしい。
代々の聖騎士団の駐屯地としても活用され、フランス聖教の重鎮が彼らに守られている。
「いったい、いつになれば見つかるのだ!」
「継続して捜索に当たっている。」
「聖騎士が揃いも揃って、女1人を見つけられぬとは、どういう事だ!」
初老の男、フランス聖教の枢機卿であるクロッツォが目の前の男を怒鳴り散らす。男は男で柳に風と聞き流している。
「我々を責めるのは筋違いだ。そもそもステイシー・ゴールドは、処刑されたと報告を受けていた。それが何故、雄平されていた?」
「・・・これは高度に政治的な問題だ。例え聖騎士長といえども教える訳にはいかなかった。」
「ならば、お前の責任だろう。俺に断りもなく、あのような下賤の輩を騎士団の末席に加えた挙句、女を幽閉した上、逃亡とは・・・呆れて物も言えん。」
男は、乾いた笑みを張り付かせ、深い溜息をついた
「黙れ!そもそも、あの女を逃がしたのは貴様の部下であるパーシアという女だそうだな!いずれにしろ、騎士団の責は大きいぞ!」
「責だと?」
男は明らかな怒りを顕にしてクロッツォに詰め寄る
「貴様如きが神の子である俺に対し、随分と不遜な物言いだな?」
「なっ!?貴様!孤児だったお前を誰が拾ってやったと思っている!しかも、聖騎士長の椅子まで用意した私にその口の利き方はなんだ!」
「・・・いいだろう、親父殿。俺も貴様には恩がある。だからここは引いてやる。」
そういった男、シルバリオンは踵を返して退室しようとしたが、その足を止めた。
「どうやら、親父殿の手下が帰ってきたようだな。」
「なに?」
シルバリオンが室内のテラスを見上げると、クロッツォの視線もつられると
一泊
ガシャーーーン!
テラスを割って何かが室内へと入ってきた。何かは、そのままクロッツォめがけて落下してくる。その光景に思わず「ひっ!」と声を上げ、目を瞑る。
このままでは、下敷きになる!・・・・しかし、そうはならなかった。
恐る恐る目を開くと、そこには、ボロ雑巾のようになった男、エギルがシルバリオンに受け止められていた。
「アガ、ガガハガ」
「息は、あるようだな」
「エギル!何があった!」
「フン…役立たずの豚が」
クロッツォが変わり果てたエギルに驚愕する一方、シルバリオンはまるでゴミを扱うように床へと投げ捨てた。
「どうやら、何者かがステイシー・ゴールドの味方に付いたらしいな。」
「何だと!?」
「あの女…パーシアにこんな芸当が出来るハズがない。ならば、第三者の介入があったと考える方が自然ではないか?」
「む、むぅ・・・」
クロッツォは考え込む素振りをしてシルバリオンに向き直る
「聖騎士長シルバリオンよ、枢機卿クロッツォが命じる。直ちに背教者ステイシーゴールドの身柄を押さえよ。邪魔する者あれば、全力で排除するのだ!」
「いいだろう、その拝命、受けてやる。」
シルバリオンは、身を翻すと今度こそ退室をした。
残されたクロッツォはエギルから情報を聞き出すため、医療班を寄越すように部下に命じる。
「・・・何者かは知らんが、私の邪魔をする者であれば容赦はせんぞ。」
憎悪の表情を浮かばせたクロッツォが虚空を睨み付ける。
◇ ◇ ◇
「―――この度は、助けていただいて感謝致します!」
エギルが去った(吹き飛ばされた)後、町には再び平穏が訪れていた。
そして、町医者の家に再度、世話になっていた円空の前に若き聖騎士パーシアが跪き頭を垂れ、ステイシーもそれに習う。
「やめんか、儂はあの無法者が気に食わなかったからぶっ飛ばしただけじゃ。」
人から感謝される事に慣れていない円空は、照れながら応える。
「さぞや名のある僧侶様とお見受けしますが、名をお聞かせ願えませんか?」
頭を上げたパーシアが問いかけると、何故かステイシーが目をキラキラとさせながら円空を見つめている。
「…儂の名は円空、日本から来た。」
「エン、クウ様・・・・申し訳ありません!私はまだ若輩の身であり、あなた様の名を存じ上げません!」
はは~と、再び頭を垂れるパーシアであったが、ステイシーが彼女の裾を掴み、紙にペンを走らせ、何かを伝えようとしている。
≪パーシア、この方は伝説の僧侶、サラティガ様よ!≫
「・・・・サラティガ様?」
「?」
2人のやり取りに円空が首を捻る。
「ステイシー様、サラティガ様は御伽噺の人物で、実在したという話は聞いた事がありません。」
≪実在しているわ!だって、漆黒の髪と盲目の眼をお持ちですもの!それに、私の心の声に応えてくれました!≫
「・・・夢を壊すようで心苦しいのですが、日本人は皆が黒髪です。そのうえ、この方は僧侶、きっと修行を重ねる内に人の言いたい事が何となく判るのでしょう。」
≪違うわ!だって、本当に聞こえているみたいに私と会話をする事が出来るの!≫
「は、はぁ」
ステイシーの熱弁ならぬ熱筆に困り顔を浮かべるパーシア
「なにやら言い争っているみたいだが、何かあったか?」
「い、いえ、ステイシー様がエンクウ様を、その・・・サラティガ様ではないかと申しておりまして。」
「サラティガ?・・・・誰ぞ?」
やっぱりと苦笑するパーシアを他所に「ガーン!」とショックを受けているステイシーちゃん
「よう判らんが、儂は佐良志奈円空じゃ、サラティガなんて名ではない。」
円空の容姿を見て「もしや!?」と思っていた。しかし、考えてみれば御伽噺の人が今も尚生き続ける事が出来ないのは、誰にでもわかること。
「無駄話もここら辺にして、とりあえずは、お嬢ちゃん達について話を聞かせてくれ。」
「は、はい!そう、ですね。…エギルを倒した以上は、エンクウ様も標的にされた可能性がありますし」
心苦しそうに拳を握るパーシア
そして彼女が語りだす。ステイシー・ゴールドとフランス聖教の話を――――
ステイシー・ゴールド、それが彼女の名前
その名のとおり、美しい金の髪と金の瞳は、彼女の象徴とも言える。
フランス聖教の牧師とシスターの子として産まれた彼女は、当然のように自分も将来は神に仕えるのだと疑わなかった。しかし、両親が仕事中、霊災から市民を守ろうとして他界してしまったのは、彼女が5歳のときだった。
その後、彼女は祖父であるフランス聖教の教皇、ジュラルミン・ゴールドに引き取られた。
自分も両親のように、誰かを護る素晴らしい人間になるのだと、必死に勉強を重ね、若干13歳でシスターとして認められた。
当時、祖父の護衛役を任されていたパーシアは、時折彼女の面倒を見てくれた姉の様な存在であり、幼少のころからの付き合いだ。
ステイシーはシスターとしても優秀であった。各所の霊気の乱れを整え、エクソシストの助手を務めたりと多忙な日々が続いた。
しかしある時、大規模な霊災が起きた。フランス聖教の牧師やシスター、エクソシスト、聖騎士が総出で事に当たったが、それを祓う事ができず、大惨事になると誰もが思ったとき、彼女の身体が光を帯びた。
その光景を見ていた者は少ないが、当時、彼女と共に霊災収祓に当たっていたパーシアは、ステイシーが手にしていた十字架が地面を穿った途端、全てが浄化され、霊災が収祓される一部始終を目撃した――――
「―――ステイシー様は当時、何をしたのかを覚えておらず、一旦は事件の終わりを見ました。しかしその後、教皇ジュラルミン様が毒殺され、ステイシー様が罪人として裁かれました。それが1年前のことです。私は遠征中だったため、事を知ったときには既に遅く、ステイシー様が死んだと聞かされ・・・ですが、この子を知っている者は、事の何もかもが疑わしかった!私は同志を募り、調査を開始したのです!そして遂にステイシー様がとある施設に幽閉されている事実を掴み、仲間と共に救出へ向かった!だが・・・見つけ出したステイシー様は声を失い、仲間もエギル達の手によって・・・・」
そう語ったパーシアは涙を堪え、握った拳からは血が滲み出ていた。ステイシーは、悲しみを堪え、彼女の手をそっと握る。
「なるほど…で?これだけの事をしでかした黒幕は誰なんじゃ?」
「そ、それは」
「まぁ大方、教皇の座を狙う枢機卿の誰かってところだろうが、どうじゃ?」
円空の問いかけに、パーシアは意を決して口を開く
「枢機卿クロッツォ、奴は教皇の座を狙い、世界を巻き込んだ聖戦を企んでいます。」
「っ!?」
「聖戦か…ずいぶんと大きく出たが、それとお嬢ちゃんを幽閉した事が無関係とは思えんな。」
円空は、盲目の瞳でステイシーを視ると、直ぐにパーシアへと視線を戻した。
「それで、お主らはこれからどうするつもりだ?」
「・・・正直、このままステイシー様を連れて国外に逃げようかと思います。」
(パーシア!?)
パーシアの言葉にステイシーは驚愕する。
「今の我々には、助けになる仲間がいません。それに、戦いともなればステイシー様を守り切れるとも限らない。」
「……お嬢ちゃんは、どうだ?」
(私は……)
ステイシーは考える。現状、己の無実を晴らし、クロッツォを止めるには力が無さ過ぎる。理論的に考えれば不可能であることは一目瞭然、しかし―――
(このままクロッツォ様を野放しにすれば、多くの敬虔なる信者たちの血が流れる。彼等には何の罪もないのに…お爺ちゃん、私はどうすれば―――)
心は戦わねばと言っている。しかし、敵は余りにも強大で、勝ち目なんかない。
「死ぬのが怖いか?」
円空の問いにステイシーは、迷うことなく首を横に振る。
(死ぬのは、恐くありません。死ぬ覚悟は、神の僕になった時から出来ています。怖いのは、このまま何もしないで、沢山の人達が死んでいくことです。……私たちはクロッツォ様が成そうとしている事を知りながら、逃げようとしている。)
「血を流したくないと?」
(誰も傷つかない方法があれば、それに縋りたい。でも、そんな事は出来ません。戦う以上、誰かが傷つく。それは、この町の人々かもしれない、パーシアかも、誰かが傷つくのは嫌なんです!)
「甘いな」
(っ!)
「エンクウ様?」
先ほどから、独り言を言いながらステイシーを見つめる円空の姿にパーシアは首を傾げる。
「お嬢ちゃんの言ったとおり、誰も傷つかない戦い何て、ありはしない。人は死ぬし、大切な誰かが傷つくかもしれん。だから、何かを成そうとするならば、覚悟が必要になる。」
(覚、悟)
「そうだ。生き抜く覚悟、守り抜く覚悟、戦い抜く覚悟……死ぬ覚悟が出来ているなんてのは、ただの逃げじゃ。そんなものは覚悟ではない。」
円空は盲目の瞳でステイシーを射抜く
「今一度問う、ステイシー・ゴールド、お前はどうしたいのだ?」
(私は―――)
ステイシーは、胸に手を当てて、心の底に沈めていた想いを自らの手で引き上げる。そして、迷いのない瞳で円空を見つめ返す。
(戦います。戦って、人々を守る。そして、私も生き抜いて見せます!…そのためには―――)
決意の光を瞳に宿し、エンクウに頭を垂れる。
(エンクウ様、どうか私たちに力を貸して下さい。私は、貴方こそが神が遣わした希望であると確信しています。)
ステイシーの想いを視て、円空は目を丸くする。
「フッ、フハハハハハ!神の僕を殴り飛ばした儂を神の使いと申すか!」
急に笑い出した円空を見て、パーシアが困惑する中、ステイシーだけは自信に満ち溢れた表情で微笑む。
「いいだろう。ステイシー・ゴールド、元より、お主が捨てた命は儂が貰うと言ったハズだ。」
「・・・っ!?」
今になって思い出した。エギルに襲われた際、ステイシーの心の叫びに応えて、円空が発した言葉を―――『その命、儂が貰おう!』
聞きようによっては、プロポーズにも聞こえるその言葉
急激に顔が熱くなるのを感じたステイシーは、1人でオロオロと動揺しはじめる。
「エンクウ様、一体どうしたのですか?」
「パーシア、お嬢ちゃんは既に覚悟を決めたみたいだ。」
「え?」
「クロッツォとかいう大バカ者と戦う覚悟をな。」
「なっ!?」
驚きのあまり、ステイシーに視線を向けるが・・・彼女は顔を手で覆い隠し、いやんいやんと身をよじっている。
「・・・とてもそうは見えませんが?」
「うん、まぁ……ゴホンッ!とにかく、儂も力を貸すからには、大船に乗ったつもりでいるがよい!」
かくして、円空を仲間に入れたステイシーとパーシアの戦いは始まった。
「ところで、これからどうするつもりですか?やはり、戦力を整えてからでないと、今のままでは戦いになりませんよ?」
「戦いとは親玉の首さえ取れば終了じゃ。」
「と言いますと?」
「これから敵の本丸に殴り込みじゃ♪」
「(ええええええっ!?)」
何処かウキウキとした円空に驚愕する2人であった。




