第一一三話【決裂Ⅷ】
目の前で起きている出来事に思考が追いつかない。
死を覚悟していた少年の目の前で、妖魔が光に呑み込まれた・・・・床には大穴が空けられ、穴は最下層まで続いている。
だが今は、そんな事はどうでもいい。
熾輝は視線を光の放たれた方へと向けると、そこに居たのは・・・
「・・・さく、や」
魔力光によって煌めく翼を広げ、右手には大杖、左手に魔導書を抱え込むように持っている少女
もう、会えないと思っていた少女が目の前にふわりと降り立つ。
「なん、で」
ゆっくりと、熾輝に近づいてい来る少女を視界に治めて、そんな言葉しか出てこない。
彼女の後ろには、現実世界と異相空間を繋ぐゲートが開けられているが、今の熾輝にとって、それは些細な事だ。
「何で来た!」
熾輝は、思わず声を張り上げてしまう。
だって、もう魔導書には、魔術とは関わるなと言ったのに、それなのに・・・
「帰れよ!今すぐ!君がいても邪魔なだけっ!?」
何と思われても良い、そう思って咲耶を拒絶する言葉を発していた熾輝だったが、突如、頭に衝撃が走った。
「は、か・・・・・熾輝くんのばかあああぁあああっ!」
「~っ!!?」
何度も襲ってくる衝撃、その正体は咲耶が手にしていた鈍器アリアで何度も頭を殴っているのだ。
満身創痍の上、今はオーラも底を尽きているため、熾輝を守る物は何もない。
だから、地味に痛いうえにトドメを刺されそうだ。
「きゃ~~っ!咲耶ちゃんストーーップ!」
「落ち着いてください!熾輝くんが死んでしまいますぅ!」
そこへ乱入してきたのは、燕と可憐だ。
ボロボロになった熾輝を鈍器アリアで殴りつけるという奇行をする咲耶を後ろから止めに入った。
「~~っ・・・二人まで、いったい何をやっている!」
咲耶の鈍器攻撃から逃れた熾輝は、続けて現れた2人の出現に驚きつつも、怒鳴りつける。
とそのとき、意識の片隅で燻っていた妖魔の気配が再び息を吹き返したことを感じた瞬間
『オオオオォオオオオオッ!!』
咆哮を上げて熾輝たちがいる階層に跳躍を開始した・・・が
「・・ま・・いで」
「っ!?」
「私が話をしているんだから、邪魔をしないでえええ!」
咲耶から放出される魔力の奔流が空間を支配し、魔導書から魔法式が展開された瞬間、轟音と共に放たれた雷撃が妖魔を呑み込んだ。
『――――ッッッッッ!!?』
声を発する暇もなく、妖魔は再び地面に叩き落され、そのまま落ちてきた瓦礫に埋められた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
盛大に魔力を放出したせいで、咲耶は息を切らせている。
だが、まだ妖魔の気配は消えていない。
瓦礫の中で、再生が発動し、身体が修復されていく。
そして、急激な魔力放出によって魔力酔いを起こした咲耶の膝がガクリと落ちる寸前
「咲耶!」
熾輝は咄嗟に身を起こし、咲耶を支える
「・・ぅして」
顔を俯かせたまま、咲耶は掠れた声で熾輝に問う
「どうして無茶なことをするの?」
「・・・」
「どうして1人で戦おうとするの?」
「・・・」
「私のせい?私が足手まといだから?」
「・・・」
咲耶の言葉に熾輝は答えることが出来ない。
もしも、ここで素直に答えてしまえば、自分が、自分たちが何のために戦ってきたのかがバレてしまい、その結果、彼女をより傷つける事になるかもしれないから・・・だが
「私ね、燕ちゃんから全部聞いたの」
「っ!?」
その言葉に、熾輝は思わず目を見開く
「熾輝くんとアリアが、私のために全部を背負おうとしてくれたこと」
『・・・』
「・・・」
咲耶の言葉に熾輝とアリアは、ただ黙って耳を傾ける。
「私が、もう危険な目に遭わないようにしてくれていた事を」
咲耶は燕から聞かされた事、そして熾輝たちがどんな思いで咲耶を突き放した事を全て知った。
「全部、私のせいだよね・・・私が弱かったから、だから―――」
「『違う!』」
自分のせいで熾輝たちが傷ついた事を彼女は悔いていた。しかし、2人はそれを否定する。
『咲耶のせいじゃないよ!これは私たちが勝手に決めたことなんだ!』
「でも、原因は私でしょ?」
「違う、元はと言えば、僕がこうなる危険性や魔術師としての矜持をちゃんと教えなかった事が・・・君を傷つけた。」
『熾輝のせいじゃないよ!それは私が最初に教えておかなきゃいけなかったんだ!』
熾輝とアリアは、お互いに自分に非があると譲ろうとしない。
そんな2人を見ていた咲耶から、クスリと笑いが漏れる。
「『・・・』」
「あ、ご、ごめんなさい!・・・こんな言い方は、失礼かもしれない。でも、何だか嬉しくて」
そう言った咲耶の表情には、恐怖や怯えと言った感情よりも幸福ともいえる安心感といったものが色濃く覗えた。
「熾輝くん、アリア・・・私、本当は凄く怒ってるんだよ。」
咲耶は立ち上がり、言葉を紡ぐ
「私のために、2人が色々と考えてくれたことは嬉しかったけど、それ以上に・・・勝手に私の事を諦めないで!」
彼女にしては珍しく声を張り上げて、そして堂々と語っている。
「私は、いつも怖がっていたけど、大切な人を失う方が、もっと!ずっと!痛くて苦しいの!」
瞬間、再び咲耶から魔力が溢れ出す。そして、魔導書から起動した魔法式によって構成された魔力の羽が、彼女に飛翔の特権を与える。
「ま、待って咲耶!いったい何を!」
「だから、今度は私が守る番!」
咲耶の身体がふわりと浮き上がり、足元から重力の鎖を振り払った。
「私の覚悟をしっかりと見ていて!」
「っ!?」
一気に宙へと舞い上がった咲耶が、今も尚、瓦礫に埋もれたままの妖魔がいる下層へと頭から真っ逆さまに急降下していく。
「待つんだ咲耶!」
慌てて声を掛けるも、咲耶は既にそこには居ない。
「熾輝くん!動いちゃダメだよ!」
「傷口が開きます!」
傷だらけの身体をズルズルと引きずって、這いずるように咲耶の後を追おうとしたが、それを燕と可憐に止められる。
「離してくれ!1人じゃ、咲耶だけじゃアイツには勝てない!」
先程の大威力の魔法を立て続けに喰らっても尚、妖魔は倒せなかったという事は、つまりはそういう事なのだ。
「1人ではない」
「コマさん・・・・双刃」
咲耶の後を追おうとしていた熾輝に声を掛けたのは、ゲートから現れたコマだった。
そして、その後ろから、右京左京に支えられる形で傷ついた少女が続いてやってきた。
「しきさま・・・・シキさま!シキさまあぁぁ!」
ボロボロになった状態の熾輝を視界に収め、それでも生きていた熾輝を確認できたことで、彼女の張りつめていあ糸が切れたのか、気が付いたら傷だらけの熾輝の胸に飛び込んでいた。
「なんという無茶をするのですか!もう少しで死ぬところだったのですよ!恵那様に置いて逝かれて、その上、熾輝さまにまで逝かれたら、双刃は・・・双刃は・・・」
熾輝を抱きしめる双刃の手が僅かに震えている。
彼女の震えが自分に伝わってくることで、申し訳ない気持ちで一杯になった。
「ごめん、ごめんね、双刃」
「いいえ!許しません!」
いつもなら、素直に謝れば絶対に許してくれるハズの彼女だが、流石に今回は簡単に許してはくれそうもない。
キッと向けられた視線に困った顔をする熾輝であったが、双刃は溜息を吐いてから再び熾輝を見つめる。
「熾輝さま、約束して下さい。今後、どのような事があろうと、絶対に双刃だけは傍に置くと・・・でなければ、双刃は今回の事を絶対に許してなんか差し上げません!」
「・・・・・・わかった、わかったよ双刃、約束する。だから、もう泣かないで。」
式神であるハズの双刃に本来泣くという機能は備わっていない。しかし、目の前の彼女の頬には一筋の涙が流れていた。
「さて少年、感動の再会も終わって我等からも色々と言いたい事は山ほどあるが、それはあの妖魔を滅した後に、たっぷりと時間を掛けてからゆっくりと行うとしようか?」
そう言ったコマは、相当怒っており、コメカミに血管が浮き上がっている様に見えた。
見えたというのは、本来、神使である彼等は霊体であるため、血管や人間にあるような内臓器官は存在しないため、熾輝が幻視したと言ったほうが正しいだろう。
「お嬢、限定付きではあるが、盟約の解消を頼む。」
「・・・コマさん、本当にいいんだね?」
「ああ、今回のことで、我々も目が覚めた。いかに神々の掟とはいえ、人の子ばかりに頼って、手を拱いていては法隆神社の神使としての名が廃る。なぁに、心配はいらん、ほんの少し手を貸すだけだ。それなら掟に背いたことにもならないだろう。」
コマは微笑みを浮かべると、燕に向かって恭しく頭を垂れた。
「我、法隆神社、真白様が神使、御摩利支琥磨意天が願い奉たてまつる―――」
「真白様が代行、細川燕の名の下に、汝神使の盟約をここに預かる。」
儀式によって、コマを包み込んでいた神使としての力が光となって燕の中に吸い込まれていく。
その光景は幻想的であり、尚且つ、全ての者が美しいとすら感じるほどだった・・・・そして、コマの体内から急速に湧き上がる力に、熾輝は驚き、目を丸くする。
「これは、妖気・・・・コマさん、あなたは」
「大昔、散々悪さをしていた私は、死後、悪霊に身を落とそうとしていた時に、真白様に救われて神使になっただけのこと」
コマから感じ取れる力は、魔界に住まう者が持つ妖気に他ならない。だが、彼から伝わる力に嫌なものなど感じ取ることは無く、それはまるで、熾輝が知る少女と同じように純粋で穢れのないものだった。
そして、彼の容姿は半虎半人でありながら、気品と美しさが伴っていた。
「・・・ではな、我らの友人の助太刀をしてくる故、右京左京はこの場で、お嬢たちを守るのだぞ。」
「「御意」」
そう言ったコマは、心配そうに見つめる燕を一瞥すると、ニコリと微笑んでから踵を返し、一歩を踏み出した。
敵はビルの最下層、彼の一歩は、まるで自宅の階段を降りるかの如く、自然な動作で何も無い空間に降りて行った。
残された者達には、何も出来ない。
力を持たない可憐、神や神使たちと言葉を交わす事しか出来ない燕、そして満身創痍の熾輝は、ただ見守ることしか出来ないと思われた
「し、熾輝さま!動いてはなりませぬ!」
「熾輝くん!ダメだよ!傷が開いちゃう!」
「安静にしていて下さい!」
3人が一様にシキを止めに掛かるが、それでも熾輝は這いずってでも咲耶とコマの元へ行くと、言う事を聞かない。
「退いてくれ、僕には責任がある!咲耶を守ろうとして、かえって彼女を追いこんだ責任が!」
「熾輝さま・・・」
「だ、大丈夫だよ!コマさんだって戦ってくれるんだから、きっと咲耶ちゃんを守ってくれるよ!」
「そうです、それに咲耶ちゃんは、自分で戦うと決めたんです。決して追い込まれて仕方がなく戦いに行った訳ではありあせん。」
周りが止める中、熾輝は断固として聞き入れようとはしない。
「熾輝さま、どうしてそこまで」
多少意地になっている熾輝を見て、双刃がそんな言葉を漏らす。
「・・・初めてなんだ・・・・・・・初めて出来た友達なんだ」
「「「・・・」」」
熾輝の言葉に、その場の全員が黙って話を聞く。
「僕は、ずっと1人だった・・・・友達が居なくても寂しいなんて感じた事は無かった。師匠が居て、先生が居て、法師や師範、老師が傍にいてくれて・・・でも、この街に来て咲耶に出会って、乃木坂さんや燕と居るうちに3人の事を大切だと思い始めた。・・・いや、もう大切だとしか思えない。」
ここに居る者達は、熾輝の生い立ちを知っているが故に、それぞれが切ない気持ちになった。
熾輝の事を悪く思う者は五万と居る。だが、ここに居る者達は熾輝の事を大切に思ってくれる数少ない人達だ。
依琳や劉邦は、確かに熾輝の中で大切な者である事は間違いない。しかし、依琳は白影の孫で、劉邦は同門の弟弟子という関係上、親しくなれたに過ぎない。
熾輝の大切に思う気持ちに優劣は存在しないが、それでも、この街で出会った彼女等は、初めて自分の力で作った友達だと思っている。
「だから・・・僕は、僕の大切な人を守りたい!」
これは、熾輝のエゴだ。何も出来ない事は百も承知、なのに柄にもなく我がままを言って周りを困らせている事は言っている本人が良く判っている。
だけど、大切な誰かを守りたい気持ちは理屈では推し量れないのだ。
「熾輝さま・・・」
熾輝の本心を聞いた双刃は、浅く溜息をついたあと、視線を交え、覚悟を決めた。
「判りました。」
「「双刃ちゃん!?」」
熾輝を行かせることを了承したとも取れる双刃の言葉を聞いて、燕と可憐から驚きの声が上がる。
「しかし、今はまだダメです。」
「だけど!双刃―――」
「熾輝さま、双刃に数刻時間を下さい。」
双刃の真意を測りかねる熾輝であるが、彼女の穏やかな表情の中に、信じてくれと訴えかけてくる瞳を見た瞬間、それは信頼へと変わった。
「今一度、熾輝さまに戦う力を宿すために」
「・・・わかった、双刃を信じるよ」
そう言って、熾輝はようやく動くことを止め、地べたに腰を下ろした。
◇ ◇ ◇
「たあああぁあああ!」
空中に浮遊する魔力弾の群れが一斉に妖魔へと襲い掛かる。
その1つ1つが持つ威力は、普通の魔術師であれば時間を掛けて練りだす程の物を幾つも生成し、常時撃ち続けている。
だが、当たらない。妖魔は、その凄まじい身体能力によって、縦横無尽に攻撃を回避している。
「まだまだああぁあああ!」
咲耶は先程から掛け声と共に、容赦のない魔力弾の雨を降らせ続けている。
距離を測り、決して妖魔が一足飛びで近づけない間合いを保ち、攻撃を続けている。
『咲耶、闇雲に撃っても避けられる。もっと相手の動きを良く見て!』
「うわあああ!」
『咲耶!咲耶!』
アリアの声が届かない程に集中している訳では決してない。押し寄せる恐怖を誤魔化すように、咲耶はただひたすらに攻撃を放っている。
(もう、私は逃げたりなんかするもんか!)
恐怖に対して彼女なりに戦っていることはアリアにも伝わってきていた。
しかし、このままではいずれ魔力切れを起こしてしまうであろう―――
『―――そんな、じゃあ熾輝くんは・・・』
『熾輝くんが言ってた、もう大切な人が傷つく姿を見たくないって』
燕からの話を聞いて、彼女の中で様々な思いが湧き上がる。
恐怖は依然として払拭できていない。しかし、考えるよりも先に体が動き出していた。
もちろん、向かう先はアリアたちが居る場所だ。
『アリアッ!』
『まさか!咲耶!?』
視線を向けた先には、飛翔して近づいてくる咲耶と、右京左京に跨った燕と可憐の姿があった。
『咲耶、なんでうぇッ―――』
何で来てしまったのかと声を発する間を与えず、咲耶は飛翔したままアリアに抱き着いて押し倒した。
『アリア、ごめんね!ごめんなさい!』
『ゴホッ・・・・なんで咲耶が謝るのよ、咲耶は悪くないよ』
『違うの!私には覚悟が足りなかった、力も何もかもが!』
抱きつき、アリアを押し倒したまま、咲耶は自分の不甲斐なさを全て吐き出していた。
そんな彼女をアリアは優しく抱きしめた。
『私こそ、ごめんね。もっとちゃんと咲耶の事を考えてやるべきだった』
『アリァ』
二人はお互いを抱きしめ合い、再び絆を結ぼうとした。
『咲耶殿!』
そんな矢先、2人の横合いから双刃から声が掛けられた。
視線を向ければ、跪ひざまずき頭を垂れた状態で彼女は平伏していた。
『咲耶殿!無礼を承知でお願い申し上げます!どうか力を貸してください!熾輝さまを助けて下さい!』
『ふ、双刃ちゃん!?』
『頼れるのは咲耶殿しかいないのです!御恩には私が一生を掛けて報います!ですから!・・・重ねてお願い申し上げます!』
「どうか」ひたすらに「どうか」と懇願する双刃
無理もない、熾輝があれ程にまで彼女の心を傷つけてまで突き放しておいて、このザマなのだ。
双刃には、こうする他に方法が無かった。
『・・・大丈夫だよ、私はそのために戻ってきたんだもん』
咲耶は立ち上がり、アリアへと手を差し出す。
『アリアお願い。もう一度、私と一緒に戦って!友達を助けるために!』
『咲耶・・・いいの?また怖い思いをする事になるよ?』
『正直、今も怖いけど・・・でも!』
昨夜の一件を思い出したのか、咲耶の肩が僅かに震えている。
『大切な人を失う方が、もっと痛くて怖いから!』
恐怖を克服できた訳でも、ましてや戦う事に積極的である訳でもない。
ただ、彼女の祈りにも似たその想いが、アリアに向けられ、その想いに応えるかの様に、彼女は差し出された手をとった―――
「うああああっ!」
『まずい!咲耶、撃つのをやめて!』
尚も放たれる魔力弾が妖魔に当たることは無く、それどころか、外れた弾の影響で土煙が上がり、視界を悪くした。
そして、巻き上げられた土煙が妖魔の姿を隠してしまった。
そう思ったのも束の間、粉塵を切り裂いて、1つの影が咲耶へと迫る。
「咲耶!右!」
「っ!?」
気が付いた時には、妖魔は既に眼前に迫っており、粉砕が付与された大剣を振り下ろす寸前であったが
『グルオッ!?』
横合いからの衝撃によって、妖魔は再び粉塵の中へと吹き飛ばされた。
「愚か者!」
「ひぅっ!」
『だ、誰!?』
突如現れた半虎半人に怒鳴られ、先程まで反狂状態だった咲耶の意識が引き戻された。
「闇雲に戦っては、消耗するだけだ!まったく、近頃はキレやすい子供が増えたと聞いていたが、身内に・・・それもお前の様な穏やかな心の持ち主がそうなるとは」
まったくもって嘆かわしいと溜息を吐く目の前の男
「その声、もしかして・・・」
「『コマ!?さん!?』」
2人揃って驚くのも無理もない。
しかし、これが神使の軛くびきから解き放たれたコマ本来の姿なのだ。
彼が纏うのは妖気、しかし、そこに一切の穢れなど存在しない。
「む?この姿だと、そんなに判りずらいものか?」
「え?えぇっと、急な事だったから、直ぐには判りませんでした。」
『ビックリしたわぁ、元々がイケメンだったけど、その姿だと反則級よね。』
アリアに褒められ、悪い気はしない様子だが、咳払いをして気を取り戻す。
「と、とにかく、この戦いに我も参戦する故、先程の様な無茶な攻撃は控えてくれよ?」
「うっ・・・はい」
不安そうな咲耶を前に、コマは作戦を立てる
「ふむ、全力とは程遠いとはいえ、私の攻撃を受けても全く効いていないか」
「わ、私の魔法も全部避けられちゃう程に早いです。」
『咲耶のはノーコンなだけだよ』
「はうっ!」
2人のやり取りに、コマはクスリと微笑すると、咲耶は笑われたことに恥ずかしくなって、思わず身を正した。
「どうやら少しは調子を取り戻した様だな。」
「は、はい」
「よろしい、では私が妖魔の気を引こう、咲耶は援護と隙を見てバンバン攻撃を撃ち込むが良い」
「え?でもそれじゃあ・・・」
コマの作戦に咲耶は難色を示す。
なぜならこの作戦では、これまで熾輝と一緒に戦ってきたやり方と変わらないから・・・それではダメなのだ。それでは、今までと同じで自分だけは安全な位置から動かないで、熾輝と肩を並べるどころか、守られていた今までと何も変わらないから。
「勘違いするなよ?」
「え?」
「これはチームワークなんだ。一方が敵を引き付け、もう一方が支援と攻撃を加える。どちらが欠けても成立しない。仮に私だけが妖魔と戦うとして、負けるのは十中八九私だろう。」
コマは咲耶の心を見透かしたように言葉を続ける。
「逆も然り、咲耶1人が戦っても奴には勝てん。しかし、2人一緒ならば勝率も少しは上がるだろう。」
「・・・。」
「要は適材適所という事さ、元来、魔術師という物は接近戦を得意としない。仲間がいて初めて十全いその力を発揮できるものなのさ。」
コマの説明に咲耶の開いた口が塞がらない。傍から見たら随分と間抜けな顔をしている事だろう。
「ほれ、呆けてないで行くぞ。くれぐれも私の背中を撃ってくれるなよ?」
『ちょっと、確かに咲耶はノーコンだけど、そこまで酷くないわよ!』
「アリア!フォローになってないよぉ。」
気を取り直した3人は、再び妖魔へと向き直る。今度はコマという仲間を得て―――
「よし、今だ!」
「はい!」
コマが接近戦において妖魔と渡り合い、距離を取ったところで咲耶の魔力弾が撃ち込まれる。
先程までの出鱈目な射撃ではなく、しっかりと狙いを定めた狙撃として。
『グルオッ!?』
魔力弾の雨に打たれ、今度は妖魔がたまらず距離を置こうとするが、咲耶にとっては逆に仲間に当たる心配をする必要がないため、威力を上げて撃つことが出来る。
『やっぱり、私なんかの魔法とは比べ物にならないや』
狙い定めた魔力弾が次々と妖魔の身体を貫通していく・・・が、やはり常時再生が機能しているせいで、ダメージを与えた傍から回復してしまう。
「う~、撃っても撃っても直ぐに回復されちゃうよ」
『やっぱり、一撃でアイツを滅するだけの魔法を撃ち込まないとダメか』
妖魔の回復力に辟易する咲耶を他所に、魔力弾の雨が止んだ隙を狙って妖魔が跳躍する。
「おいおい、連れないな。お前の相手は私だろう?」
咲耶に向かって跳躍した妖魔に衝撃が走る。
吹き飛ばされた妖魔は、身体能力を生かして着地し、攻撃を加えてきたコマを睨み付ける。
『すごい、あの妖魔をまったく寄せ付けない』
「う、うん。でも・・・」
アリアがコマに称賛を送る一方で、未だに妖魔に対して恐怖心を拭えない咲耶は、これで良いのかと疑問に思う。
「咲耶!気を逸らすでない!」
「っ!?」
そんな咲耶の心情を見透かしたかのように、コマが一括する。まるで後ろに目でも付いているのか?と疑いたくなる。
「良いか!恐怖心という物は、一朝一夕でどうこうなるものでは無いのだ!」
コマが説教をするなか、再び接敵した妖魔の攻撃を躱し、かと思えば流れるような動作で一撃一撃を丁寧に叩き込む。
「他人と比べて卑下する必要も無し!熾輝は、幼少の頃より優れた師に叩き込まれたが故、コヤツのプレッシャーに呑まれずにいられただけだ!」
大剣を躱し、粉砕した破片が飛来するも、軽やかに飛び退き妖魔との距離を取り、再び構えをとる。
「ならば当然、そこに差は生まれる!お前は熾輝が積み上げてきた年月に、そう安々と追いつけると思っているのか!」
「それは・・・出来ません。」
「だったら、この戦いを糧に少しずつ成長していけば良い!」
「は、はい!」
コマの激励に感化された咲耶は、妖魔へと杖を向けて魔力弾を放つ・・・が、距離が開きすぎたため、動く妖魔を捉えることが出来ない。
『―――オオオオォォオオオオッ』
咆哮と共に一直線に疾走を開始した。おそらくコマとの重量差を生かして、突進ならば受け止められないと踏んだのだろう。
「うぅ」
咲耶は妖魔のプレッシャーに距離を取っても吞み込まれそうになる心を必死に堪えようとする。
「恐怖に打ち勝とうとするな!」
「え!?」
「人は誰しも恐怖を宿している!吞まれないのは克服したからではなく、ましてや打ち勝ったからでもない!」
突進してきた妖魔の股下にスルリと身を滑り込ませて勢いよく投げ飛ばす!
「恐怖とは心に巣食う闇!光ある所には必ず付いて回るは、それ即ち理!ならば!」
投げ飛ばした妖魔が四肢を地面に付いて着地すると同時、スタッと己の頭上に半虎半人の妖怪が舞い降りた。
「恐怖を飼いならせ」
見事に妖魔をあしらっているコマの姿は、まるで映画で見た牛若丸である。
『グッ、グオオオオオオオオオッ!』
だが逆に、それが妖魔の逆鱗に触れたのか、今までにない程の撃咆を上げ始めた。
「おっと、随分とお怒りに見えるが・・・こちらも大切な仲間がお前に傷つけられているんだ。私の怒りは、こんなものではないぞ?」
『グ、オッ』
瞬間、コマから放たれる威圧が妖魔を呑み込んだ。
だが、妖魔には冷静に考える知能がまだ残っていた。いくら相手が技術で圧倒しようと、自身には再生の力がある以上、何度撃たれても負ける事は無いと
邪魔なのは宙に浮く魔術師の少女、それさえ排除できれば、目の前の敵に集中できると、考えを切り替えた妖魔は、ジワジワと間合いを詰めてくるコマを警戒しながら、おもむろに大剣を振り上げ、そのまま地面に叩きつけた。
「む?」
地面と大剣が衝突すると同時、粉砕の魔法式が発動し、床一面が砕けた。
だが、ここは最下層、以前のように下の階へ敵を落とす事は出来ない事は妖魔も承知の上、つまりは別の理由があった。
「これは、粉塵による目眩らましか・・・余計な知恵を付けたな。」
咲耶が放っていた魔力弾ですら、周りの壁や床を壊しただけで粉塵が舞い上がり、視界を悪くしていた。今度は、妖魔がそれを利用し、粉塵の中に身を隠したのだ。
そして、放たれる瘴気の咆哮ブレスがコマを呑み込んだ。
「この程度の瘴気、魔界の住人たる妖怪に効くとでも思っているのか?」
だがコマは、まるでそよ風を吹いているかの如く、平然と立っていた。
しかし、妖魔の狙いはコマではない。
(気配が瘴気に紛れた・・・妖魔め、この隙に仕掛けてくるつもりか?)
粉塵と瘴気によって隠れた敵を向かい撃つべく、警戒を強め、気配を配るコマだったが、妖魔の気配を捉えてハッとした。
「しまった!咲耶!上昇しろ!妖魔の狙いはお前だ!」
注意を呼び掛けた時には遅かった。
妖魔は壁に張り付くように、咲耶へと狙いを定め、一気に突進を仕掛けていた。
粉塵を切り裂くように妖魔の姿が現れる。咲耶が視界に収めたとき、妖魔との距離は僅か数メートル、今から上昇しても回避は不可能・・・ならばと、杖を妖魔へと向けて魔法式を起動させる。
『咲耶!駄目、間に合わない!』
「ううぅ~っ!」
グングンと迫る妖魔に対し、咲耶の魔法式は確実に間に合わないだろう。しかし彼女の眼は死んでいない。
心に巣食う闇を必死に乗りこなそうとしている。
決して目を逸らさず、彼女の両眼は今も尚、妖魔を捉え続けていた。
「・・・どうやら、ここまでの様だな。」
コマの頭上では、今まさに咲耶へと迫る妖魔の姿が映り、彼女の攻撃は間に合わないと悟った。
であるならば、コマの発した言葉は、ある意味諦めと取れるものだ。
しかし、そうではない。なぜなら・・・・
「心源流・・・」
咲耶の頭上から影が迫る。眼帯を付けた少年が急降下してくる状況をコマは捉えていた。
そして、妖魔が咲耶に向けて大剣を振り下ろそうとするその刹那
「青天の霹靂!」
重力を味方に付けた熾輝が一直線に妖魔を捉え、そのまま地面へと激突した。
「え!?し、熾輝くん!?」
巻き上がる粉塵から1人、悠然と姿を現した少年は、再び戦場へと戻ってきた。




