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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
112/295

第一一一話【決裂Ⅵ】

『オオオオオオオオッ!』


妖魔の大剣が空を切り、剛腕が唸る。


強化された身体能力に物を言わせ、縦横無尽に室内を移動して熾輝に襲い掛かる。


熾輝は妖魔の動きを先読みし、移動しながら最小限の動きで攻撃を躱す。


先程までは妖魔の動きを目で追う事すら出来なかったが、今は違う。


正確には目で追う事が出来ないのは今も変わっていない。しかし、熾輝は相手の気配にのみ意識を集中して攻撃を見切っている。


「はあっ!」


妖魔の剛腕を紙一重で躱し、蹴りを叩きこむ。


元々が、大振りな動きの妖魔だからこそ、躱して反撃をする事が出来るのだろう。


身体強化によって引き上げられた身体能力頼みの妖魔と、鍛練によって磨き続けた体術とでは、練度が大きく異なる。


熾輝の攻撃は致命傷を与えるものではないが、今はそれでいい。痛みによって僅かに鈍った妖魔の隙を双刃が見逃さずに追い打ちを掛ける。


『オオオオオォォォオオオオッ!』


再び空を切る大剣、だが妖魔が振り下ろした頃には既に熾輝と双刃は距離を取って攻撃圏外へと逃れている。


このパターンが幾度も繰り返されているが、未だに妖魔の勢いが衰えることは無い。


対して、体力を徐々に削られているのは熾輝たちの方だ。


「ハァ・・・ハァ」


息を切らせ始めてはいるが、熾輝は自分の集中力が更に研ぎ澄まされていることを実感していた。


戦いを始めた時は、妖魔の攻撃をもろに受けていた。その度にアリアによって付与された風の鎧に助けられていたが、時間を重ねるごとに妖魔の攻撃が掠り、遂には躱すまでに至っていた。


そのおかげでアリアが熾輝に全力で送り続けていた魔力も今では、必要最小限度に抑えられている・・・いや、熾輝と呼吸を合わせることで、危険な時は瞬間的に付与魔法の出力を上げるという芸当を可能にしていた。


戦いの中、妖魔が特攻を仕掛けようとする度に熾輝は手にしていたシルバーのトリガーを引き、そして今もまた、乾いた銃声が鳴り響くと同時、妖魔の身体を一発の弾丸が穿つ。


「ハァ、ハァ・・・なんて胆力なの」


サポートに回っていたアリアはポツリと呟く


既に魔力の大半を使い、額には大粒の汗が滲み出ていた。


(いったい、何が熾輝をそこまで突き動かすの?)


戦いの最中、彼女は一瞬そのような思考に陥るが、愚問だと自嘲気味に笑った。





―――『本当にゴメン!』


アリアは病室のベッドの上に体を預けている熾輝に頭を下げた。


『…アリア、頭を上げてよ』


何を言っても頭を上げようとしないアリアを見て、熾輝は困り果てる。


時間は本日の昼まで遡る。


コマによって病院へと連れてこられたアリアは、開口一番に謝罪をした。


『熾輝がこんな事になったのは、全部私に責任がある!あの子に・・・咲耶にはまだ魔術師としての教示は早すぎると思っていたんだ。』


尚も頭を下げたままアリアは言葉を紡ぐ


『咲耶の……純粋に魔術が楽しいって気持ちに目が眩んで!いつか、いつかその内って何度も自分に言い訳をして、私は一番大切なことを咲耶に教えてこなかった!』


魔術師として・・・いや、正確にはこの世界、熾輝たちが身を置いた世界に対する覚悟の事をアリアは言っている。


それは命のやりとり


一度その領域に足を踏み入れた者は、必ず覚悟しなければならない。


『アリア、それは僕も同じだよ。』


熾輝の言葉にアリアは下げていた頭を僅かに上げる。


『咲耶に魔術を教えるようになってから、僕も知らず知らずに「その内教えればいい」って考えていた。その結果、咲耶を苦しめる事になった。』


熾輝は怪我を負った自分の身体を見ながら自嘲気味に語る。もっとも怪我自体は完全に治癒していたから、今の熾輝の身体に傷跡すら残っていないのだが


『『・・・。』』


気が付けば、お互いが黙り込み、室内に重苦しい空気が漂っていた。


だが、その静寂を破ったのは熾輝の方だった。


『アリア、僕は咲耶を守りたい』

『それはっ!・・・私も同じだよ』

『そうじゃない』


熾輝はアリアの言葉に首を振って応える。


『僕が守りたいのは、咲耶の・・・純粋なまでに真直ぐな彼女の世界そのものなんだ。』

『…咲耶の、世界?』


熾輝の話にアリアの理解が追いつかない。


だけど、次の熾輝の言葉で知ることになる。


そして、熾輝は怒らないで聞いて欲しいと前置きの後に話し始める。


『僕には無い、あの綺麗で儚い・・・咲耶が友達と笑って、危険な事なんて無く、ただ普通の女の子として生きている世界』

『熾輝、それって』


熾輝の言葉をきいて、アリアは目の前の少年が何を言おうとしているのかを理解した。


『彼女を・・・咲耶を普通の女の子に戻してあげたいんだ』




――――熾輝の話を聞いて、最初は困惑した。


アリアにとって咲耶は、ようやく巡り会えた唯一無二のパートナー・・・だけど、それは自分の都合をただ押し付けていただけだったのかもしれないと心の何処かで思う自分もいる。


彼女の笑顔が眩しくて、その笑顔に何度も救われた。なのに、自分は果たして咲耶を守れているのだろうか・・・あんなに怖い思いをさせてもまだ、過去の思い出に縛られて、彼女を振り回して、自分の事ばかりで、咲耶の事をちゃんと考えていなかったのかもしれない。


(何が唯一無二のパートナーだ!何が私の咲耶だ!咲耶・・・・大好き、大好き、大好き、大好きだ!守らなきゃ、咲耶を!咲耶の幸せを今度は私が!)


こうして、2人は彼女の世界を守ると誓い合った。


気が付けば、アリアの頬に一筋の涙がこぼれていた。


「いけない、私ったら」


流れる涙を拭い、今も戦う少年へと意識を集中させる。


そして、共に守ると誓い合った戦友へと魔力を注ぐ・・・アリアの願いと共に。



◇   ◇   ◇



「あはは、頑張っているじゃないか」


街の一角にある洋館で、1人の男が水晶を覗き込み、異相空間で戦う3人と妖魔の様子を笑いながら窺っていた。


「覗き見か?あまり良い趣味とは言えないぞ。」

「はあ?」


一緒に居た男から咎められたが、笑いを崩さずに応じる。


「まさか、敵情視察みたいなものさ」

「…とてもそうは見えない。」


愉快そうに水晶を覗き込む男を見て、楽しんでいるとしか思えないのだ。


そんな男・・・式神からの視線を鼻で笑う。


「しかしまぁ、よくやるよね。流石、刹那を退かせただけはある。」

「だが、戦況は彼らに不利だ。妖魔に再生がある以上、3人の体力が先に尽きるのは明白」


水晶内では、今も絶えず攻撃を仕掛け、奮闘する3人が映し出されれている。


だが、式神が言ったように妖魔は再生によって体力すらも回復しながら戦っているため、動きに衰えが見えない。


「なんかさぁ、頑張っている彼等を見ていると、心をへし折りたくなっちゃうよね?」


男の言葉に式神は眉を僅かに吊り上げる。


「彼には刹那の借りもあるからね・・・・精々苦しんでくれるといいなぁ。」


そう言うと男は水晶に手を触れて2種類の魔力を流し始めた。


「・・・さて、僕は部屋に戻って解呪に取り掛かるけど、君はどうする?」


水晶から手を離し、ドアへと向かう男が式神に問いかける。


「何もする事がないのなら休む」

「ふ~ん、弟子の勝負がどうなるのか気にならないの?」


茶化すように問いかける男に式神は溜息を吐いて応える。


「弟子などではない。ただの暇つぶしの道具だ。」

「…君も人の趣味の事は言えないじゃん」

「ふん、そうれにもう勝負は付いた様なものだろう、お前が手を加えた以上、彼らに勝ち目はない。」


式神の言葉に男は厭らしい笑みを張り付ける。


「あっそ、まぁどうだっていいんだけどね」


そう言うと、男は部屋から出て行き、式神は虚空へと消える。


室内に残された水晶に送られていた魔力が徐々に失われ、映像がゆっくりとシャットダウンする。



◇   ◇   ◇



その変化は唐突に現れた。


『グッ、オオオォォォオオオオオォオオッ!』


「「「っ!?」」」


妖魔から放出される力の量が急激に増え、肉体が膨張を開始する。


「いったい何が?」

「熾輝さま、これは!」

「・・・。」


急激な変化に熾輝の眼が妖魔を見極めようとする。


「力の質が変わった。」


2メートルはあったであろう妖魔の肉体が膨張したことにより、一回り分は大きくなった巨体からは、おぞましい程の力を感じる。


瞬間、その巨体からは想像もできない速さで熾輝の目の前に現れた妖魔は、両手に持ち替えた大剣を横殴りに振るった。


「熾輝!」


速すぎる妖魔の動きに熾輝は反応できていない。


アリアは瞬時に残り僅かな魔力を一気に熾輝に送った。


大剣がまともに熾輝に直撃し、そのまま壁に激突すると、ズルズルと熾輝の体が落ちていく。


「熾輝さま!おのれ!」


追撃を掛けようとしていた妖魔の前に双刃が立ち塞がるが、妖魔の目に彼女の姿は映っていない。


攻撃力で劣る双刃は、強化される前の妖魔に致命傷すら与えられなかった。故に、今の妖魔にとって大した脅威にもならないのだ。


だから妖魔は熾輝へと突進するように駆け出した。


双刃もそれに応戦する形で妖魔へと小太刀を振るった。・・・しかし、今の妖魔に双刃の攻撃は通じず、傷一つ負わせる事が出来なかった。


それどころか、突進する妖魔の間に立ち塞がったことにより、その巨体によって吹き飛ばされてしまう。


「ああっ!」

「双刃!」


まるで車に跳ねられたように双刃の体が宙を舞うとアリアは、彼女を避難させるために魔法によって、自身が居る場所まで引き寄せて受け止める。


『――――オオオオオオオオッ!』


響く妖魔の咆哮が、室内に居る者に再び絶望を与える。


熾輝は未だに壁に背を預けたまま動けないでいる。


このままではマズイ!アリアがそう思った矢先、熾輝が握るシルバーの銃口が妖魔へと向けられ、レーザーポインターの光点が妖魔を捉えると同時に発砲音が鳴り響く。


熾輝の体術よりも、所持する銃弾の方が攻撃力は上である。先程まで妖魔に対しダメージを与えていたのは、どちらかと言えば弾丸だ。


だが、それはあくまでも先頬までの話、今の妖魔には熾輝が放った弾丸ですら大したダメージは与えられないのではとアリアはそう思った。・・・しかし


「魔弾、付加の弾丸(イエロータグ)

『グオオオオオォォオオオオッ!』


突如、妖魔の身体から電撃が発生した。


その威力は通常の魔術師が放つ電撃よりも数段上、魔導書に匹敵するほどの威力を孕んでいた。


電撃によって体の自由を奪われた妖魔が膝をつく。そして、今なお妖魔の身体からは電撃が放電し続けている。


「アリア、双刃は!?」


妖魔が動きを止めている隙にアリアの元へ駆け寄ってきた熾輝が、双刃の状態を確認するが、その表情が曇る。


「し、熾輝さま・・・申し訳ありません」

「謝ることなんて何もないよ。」


彼女の身体は妖魔の攻撃によって、大きなダメージを負っていた。


もはや立つこともままならず、傷ついた身体からは霊気が漏れ出ており、これ以上の戦闘継続は困難だった。そして、アリアも既に疲弊しきっていた。


風の鎧を使用するため、絶えず魔力を送り続けていたツケが回ってきたのだろう。加えて先程の妖魔の攻撃から熾輝を守るため、魔力を一気に送り込んだことにより、彼女の魔力残量は底を尽きかけている。


「・・・撤退だ。これ以上の戦闘継続は不可能だ。」

「「・・・」」


熾輝の言葉に2人は無言で頷くしかなかった。


この戦いに、どれだけの決意を持って挑んだのか、そして何のために此処へやってきたのかを思えば、とてもやり切れないといった心情が2人の表情を見ればきっと誰にでも判るだろう。


だが、生きている限り、何度でも挑むことは出来る。


熾輝は、そう2人に言い聞かせ、倒れいていた双刃を抱き上げると、用意していたスモーク弾を妖魔に向けて投げた。


未だに雷撃に苦しむ妖魔の傍らでスモーク弾から煙が噴き出す。


視界が煙によって塞がれた事を確認し、熾輝たちは唯一の脱出路に向けて歩き出す。


部屋の片隅には上の階へと続く階段、1つ上の階は妖魔によって破壊されているため、そのまま更に上の階へと上がる。


「アリア、ディメンションは使えそう?」

「ええ、その分の魔力は確保しているけど、正直、これが最後の力ってところよ。」

「帰還のための魔力さえ残しておいてくれれば十分だよ。」


この戦いで、アリアは常に魔術を使用し続けていた。


もしも、これ以上戦いが長引けば、帰還のための魔力も危うかったところだ。


「それじゃあ始めるわよ。」


アリアは熾輝から貰った魔道具に魔力を込める。


すると、床に魔法陣が展開され、淡い光を放ち始めた。


(あの妖魔は、今まで戦った敵の力を遥に凌いでいた。力の保有量なら以前封印したボムよりも上かもしれない。今回でケリを着けられなかったけど、この次こそは・・・)


展開された魔法陣の中、熾輝が苦虫を噛み潰した思いで今回の戦いの敗北を受け止めようとしていた。


だが、そこで熾輝の思考は1つの疑問点へと向かっていた。


(あの妖魔が保有する力は、既にボムのそれと同等かそれ以上・・・それはつまり、いつでもこの空間から出る事が出来たということじゃないのか?)


そう、魔導書を内包する妖魔は、その力が大きければ、異相空間からの脱出が可能なのだ。


以前、街はずれのデパートに出現したボムを真白様の力によって投影された妖魔は、力を溜めて現実世界に出現していた。ならば今回の妖魔だって同じなのではと考えたとき、熾輝の頭の中では既に1つの選択肢しか浮かび上がってこなくなっていた。


(このまま僕たちが逃げたら妖魔は・・・)


間もなく発動間近の魔法陣の中で、熾輝がアリアと双刃を一瞥する。


妖魔の一撃によって傷ついた双刃、既に魔力が尽きる寸前のアリア・・・もはやこの戦力では戦うことは出来ない。


だが万が一、妖魔が現実世界に出現した場合、街に被害が出てしまう。

そうなったとき、あの少女は、自分を責めてしまうのではないだろうか。

そんな事に、あの優しい彼女が耐えられるのだろうか。


熾輝の頭の中に怯えきった少女の顔が浮かび上がる・・・・


ならばと、熾輝は1人で大きな決断をする。それと同時に、魔法陣から放たれていた光がより一層強くなる。


魔術発動の兆候だ。


「ディメンション、発動!」


アリアによって魔法式が発動する・・・・その刹那


「「っ!?」」


熾輝が魔法式の外へ出た


「熾輝さま!なに――――!」


双刃の叫びを遮るようにして、発動していた魔法が彼女等を現実世界へと連れ去ってしまった。


熾輝はその間際、ただ彼女等に謝る事しか出来なかった。





―――静まり返った室内の中央に熾輝は立ち尽くしていた。

ただ精神を研ぎ澄ませ、これから始まる戦いで必ず敵を滅ぼすのだという決意を内に秘めて・・・


そして、その時はやってきた


下の階へと続く階段から聞こえてくる足音、ゴリゴリと地を削る大剣の音、姿を視認していなくても感じる禍々しい力・・・まるで死神が自分の命を刈り取りに来たのだという錯覚する程の脅威が自分に迫っているのだと感じ取れる。


そして・・・・大剣を持った死神が姿を現した。


『グオオオオオォォオオオオオッ!!!』


妖魔は熾輝を見るなり咆哮を上げた


「・・・うるせぇよ」


咆哮を上げ一直線に走り抜けてくる妖魔を睨み付けながら、熾輝もまた地を蹴って駆け出していた。




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