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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
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第一〇七話【決裂Ⅱ】

暗い室内に電子音がピッ、ピッ、ピッと鳴っている音が耳に入ってきた。

音源の正体を探したところ、どうやら脈をとるための機械だということが直ぐに判った。


「・・・。」


意識が覚醒した少年は身体を起こして現状を把握しようとした。


身体に痛みはない。


それどころか、いつもより力を感じるくらいだ。


右腕に視線を落とすと怪我のない正常な腕に治っていた。


「気が付いた?」

「・・・せんせ、い」


声のした方に視線を向けたそこには、葵が病室のソファーに座っていた。


ただ、その表情がいつもの穏やかなそれとは違い、どこか怒っているように感じたため、熾輝は思わず声を詰まらせた。


ソファーから立ち上がった葵は熾輝が横になっているベッドに無言のまま近づいてくる。


熾輝はいつもの葵と違う雰囲気に後退りしたい気持ちが湧き上がるが、後ろが壁のため逃げ場がない。もちろん逃げ場があっても葵の元から逃走しようとは思っていない。


と、そんなことを考えていた熾輝の頬に衝撃が走った。


「・・・・せんせい?」


最初、熾輝は何をされたのか判らなかった。いや、葵が腕を振り上げて叩いてきたのは、ちゃんと見えていたが、何故叩かれたのかが理解できなかったのだ。


「何であんな無茶をしたの!もう少しで死ぬところだったのよ!」


そういった葵は涙を浮かべていた。


そして、熾輝を抱き寄せた。


「お願いだから、もうあんな無茶な事はしないで。先生、耐えられないよぉ。」

「先生・・・・ごめん、ごめんなさい。」


自分を抱きしめる葵の身体が震えているのが直に伝わってくる。


尊敬している師が、こんなにも心配して泣いている・・・・泣かせてしまった。


その事実に熾輝の心が酷く締め付けられるように感じた。



「―――それで、咲耶ちゃん達は家に帰したわ。最初は付き添うって聞かなかったけど、流石に子供をこんな夜中まで出歩かせる訳にもいかなかったから。」


熾輝は異相空間から脱出したあとの話を葵から聞いていた。


「先生、双刃はどこ?」

「…無事よ。ただ、ダメージが大きすぎて今は実在から離れて自己修復を行っている状態。でも、あと少しすれば実体化できるようになるわ。」

「そう、ですか。」


双刃の無事を聞いてホッと溜息を吐いた。


「…熾輝くん、今回は相手が悪いわ。未熟なあなた達が手を出して良い相手ではない。」


今まで不干渉を貫いてきた葵が何を言わんとしているのか、熾輝には何となくわかった。


「だから、今回の件は先生に任せて、あなた達は手を引きなさい。」

「・・・。」


考えてみれば当然である。


今回戦った妖魔は、力の全てを出していなかったとはいえ、熾輝や双刃を圧倒していた。


しかも、咲耶にあっては、プレッシャーを受けただけで心を折られてしまうという始末である。


だが、


「先生、でも僕は・・・」


このまま諦めたくない。その気持ちが彼に芽生え始めたのはいつからだっただろう。


しかし、それを口にする前に目の前に居る葵の顔を見た途端、何も言えなくなってしまった。


だから、熾輝は無言で頷くことしかできなかった。



◇   ◇   ◇



葵が病室を後にした室内を静寂が支配する。


師に心配を掛け、あまつさえ泣かせてしまった。


そして、そのことよりも今、熾輝の頭の中には1人の少女の顔が浮かんでいる。


その顔は恐怖に歪み、歯をガチガチと鳴らして震えている。視点が定まらず涙がこぼれ、いつもの明るい表情からは想像もつかない程に怯えきっていた。


知っていたハズだった・・・いかに彼女が素晴らしい才能に恵まれているとはいえ、それ以外は普通の11歳の女の子だということを


先日、街で絡まれた時だって、相手が普通の人間なのに怯えていた。

過去、後輩のペットを探していた時だって、恐い思いして震えていた。その時、抱き寄せた彼女の体に触れて、なんて細くて弱弱しい、そして儚いのだろうと・・・知っていたハズなのに、自分はそれを考えていなかった。


いつも、どこかオドオドしていて魔導書事件に関わるとき、彼女の心の中には不安と恐怖の色があった。そして、いつも彼女は、その葛藤の中にいた。


「自分のバカさ加減に腹が立つ」


自己嫌悪を吐き出し、ハッと自分の不甲斐なさが笑えてくる。


守ると約束をしたのに、守ることが出来なかった。


何のために手にした力なんだと、握った拳を見ながら問い続ける。


守らなければ・・・守って彼女を―――


考え抜いた熾輝は自分のやるべき事を心に決める。


そして――――


「いつまで隠れているつもりですか?」


誰も居ないハズの病室、その片隅に声を掛ける


「気付かれていたか」


虚空から声がしたかと思えば、スッと姿を現したのは神使のコマだった。


「覗き見なんて趣味が悪いですよ。」

「・・・すまん、そんなつもりは無かったのだが、出るタイミングを掴めなくてな。」


弁明するコマに責めるような視線を向ける


「お嬢がな、酷く取り乱してしまって、仕方がなく私が様子を見に来たんだ。」

「そう、ですか・・・燕にも心配を掛けちゃいましたね。」

「・・・いや、今回、我々がもっと敵の事について調べ上げていればこのような事にはならなかっただろう。少年は立派に咲耶を守ったと思うぞ。だから自分を責めるな。」


先程までの熾輝を観察していたため、熾輝の心情をおもんばかって励ましの声を掛ける。


だけど、素直にその言葉を受け取ることが出来ない熾輝は、苦笑して誤魔化そうとする。


「・・・それで、怪我の方は大丈夫なのか?」

「ええ、葵先生が診てくれたから異常がある訳がありませんよ。」

「?」


熾輝の言葉にどこか違和感を覚えたコマだったが、特に気にすることもなかった。


「それよりも、お願いがあります。」

「なんだ?」

「咲耶達が見舞いに来る前にアリアに話しておきたい事があるので、連れて来てくれませんか。」

「・・・わかった、昼間は燕たちも登校日のため、見舞いに来るのは午後からになると思う・・・昼前には連れてこよう。」

「よろしくお願いします。」


日付が既に代わっているため、本日は登校日だったなとコマに言われて思い出す。


「今日は、私も失礼する。早く帰って、お嬢を安心させたいのでな。」

「わかりました・・・燕に済まなかったと伝えて下さい。」


コマは確かに伝えると言い残し、再び虚空へと消えた。


彼がいなくなったあと、熾輝はおもむろに立ち上がり、外の景色を視界に映すと、何かを決意した表情をして、その強い意志を感じさせる眼光が窓ガラスを通じて自分の姿を映し出していた。



◇   ◇   ◇



街の一角にある住宅街、その中にありふれた民家がある。


特に大きくもなく、かといって小さくもない民家の中、1人の少女がベッドに潜り込んで身体を小刻みに震わせていた。


「咲耶、眠れないの?」


精神的に不安定になっている彼女を心配して、アリアが室内へと入ってきた。


「ありぁ・・・」


消え入りそうな声で、パートナーの名を呼ぶ


「何も心配すること無いよ。あの先生だって問題ないって言ってたでしょ。」

「でも、わたしのせいで熾輝くんが・・・」


そういった咲耶の目からは涙が止めどなく流れている。


そんな彼女をアリアは抱きしめる。


「今日は一緒に寝てあげるから、大丈夫だから。」

「うっ、うぅっ・・・」


暫くすると、泣き疲れた咲耶はスヤスヤと寝息を立て始めた。


そんな彼女の寝顔を見て、アリアは今回の一件、コマから伝え聞いた話と共に思い出す―――


熾輝達が異相空間へと足を踏み入れて1時間程が経過したころ、外では燕たちが彼らの帰りを待っていたのだが、1時間が経過しても戻らない事に焦りを感じていたそんな時である。


『コマよ、急ぎわらしの保護者とやらに連絡をとれ』

「お嬢?」


急に燕の言葉遣いが変わり、雰囲気も変化した。


『童たちに危険が迫っておる、急ぐのじゃ』

「これは・・・真白様、一体何が?」

『どうやらわらわたちは敵を見誤っていたらしい・・・急がねば、あ奴等が全滅するぞ』

「なっ!?・・・右京!左京!急ぎ東雲殿を連れてくるのだ!」

「「承知!」」


コマの号令と共に散っていく右京と左京、その姿を見送った途端、燕の膝がガクッと落ちた。


「お嬢!」

「うっ・・・今のは、真白様?」


コマは、すかさず燕を支える。しかし転倒こそ免れたが、急な憑依により、燕の体力が著しく低下したため、自力で立つことが出来ない。


憑依中の記憶が燕に残っていないため、コマは今の出来事を掻い摘んで説明をしたが、案の定、燕の顔色がみるみると悪くなっていく。


「コマさん、熾輝くんたちは大丈夫だよね?」

「・・・あぁ、大丈夫だ。あの少年が一緒なら、きっと何とかしてくれる。」


そういったコマは、何とか平静を装っていたが、心の中にある不安を悟られまいと必至に己の心を誤魔化していた。



『グルオオオオッ!』


先ほどから隣の室内では激しい衝突音と共に、妖魔の咆哮が聞こえている。


(早く!早く!)


熾輝と双刃が引き付けてくれているお陰で、妖魔は魔法式を構築しているアリアの方に見向きもしない。


焦る心を必死にコントロールして、魔法式を組み上げていく。


しかし、限られた時間の中で必死に取り組んでいるが、いつもより構築が遅く感じてしまう。


視線を横に向ければ、動けなくなってしまった咲耶がいて、アリアは彼女の肩を抱き寄せている。


(もう少し!あと少し!)


あと僅かで魔法式が構築し終える・・・と思った矢先


「ぁ、ぁ」


咲耶の声にならない声が耳に入ってきた。


構築に意識を集中させていたアリアは、その変化に気が付くのが遅れた。


突如、静まり返ったビルの中


先ほどまで、あんなにも煩いくらいに衝突音と妖魔の咆哮が鳴り響いていたハズなのに、今は何の音も聞こえてこない。


完全なる静寂がビルの中を支配している。


嫌な予感が脳裏をよぎる。しかし、心のどこかで熾輝たちが上手い事妖魔を倒したのではという希望的観測が僅かにある。


「ハァ、・・・ハァ、・・・ハァ」


緊張のせいで息が詰まり、徐々に呼吸が乱れていく。


そして―――――


『グルルルルゥ』


壁に空いた穴の隅っこに、ガシッと手を掛けた妖魔が、ゆっくりと顔を覗かせる。


「ひっ!」


その姿を視認した咲耶が思わず声を上げる。


そんな彼女を確認した妖魔は、口からダラダラと涎をこぼしながら室内へと侵入を開始した。


「クソッ!」


あと少し、あとほんの僅かで魔法式が組み上がるというのに、それなのに何故!


そんな思いが込み上げると同時、アリアは今まで妖魔と奮闘していた2人の事が気になった。


「熾輝!双刃!お願い、返事をして!」


だが、いくら呼び掛けても返事が返ってくることはない。


そして、彼女達に向かって絶望がヒタヒタと足音を立ててやってくる。


(クソッ!こうなったら戦うしかない!)


アリアは魔法式の構築を中断して、迫る妖魔を睨み付ける。


戦う覚悟を決めて咲耶を自分の後ろに隠す。


その様子を見ていた妖魔の口角が吊り上がり、不気味な笑顔を向けてきた。


「来るならこい!」

『グルオオオオオオオオゥッ!?』


妖魔と接敵するかと思った次の瞬間、急に敵の動きが止まった。


「アリア殿!そのまま魔法式を!」

「双刃!?」


妖魔が視界を遮ってわからないが、どうやら双刃が妖魔の動きを封じているらしい。


妖魔の身体をよく見れば、極細のワイヤーのような物が巻き付けられていた。


そして――――


「うおおおおっ!」


少年の声が響き渡ったと思った次の瞬間、妖魔の背後から現れた熾輝の膝蹴りが横なぎに側頭部へ突き刺さる!


『グルォオオ!?』


強烈な一撃に体勢を崩す妖魔・・・かに思われたが


『グアアア!』

「なっ!?」


崩れかかった体勢から熾輝の蹴り足を掴み取った妖魔は、そのまま崩れた体勢の勢いを利用し、熾輝を地面に叩きつけた!


「ガハッ!」


コンクリートの床にヒビが入り、脳震盪でも起こしているのか、熾輝はぐったりと動かなくなった。


無防備になった熾輝に追い打ちを掛けるように、妖魔は拳を握りしめ、凶悪な打撃を撃ち下ろす。


「やめろっ!やめろっ!」


凄まじい力で撃ち下ろされる拳が何発も熾輝に向かって放たれる。


その度に四肢が跳ね上がり、血しぶきが宙を舞っている。


「クッ、おのれ!」


双刃も妖魔の動きを封じるために巻き付けたワイヤーを引いているが、相手の力の方が強く、まるで関係ないみたいに妖魔は攻撃を続けている。


そして――――


アリアが構築していた魔法式がようやく完成し、魔法陣から淡い光が放たれる。がしかし、魔法の効果範囲内に妖魔が居るせいで起動する事が出来ない。


「双刃!そいつを何とか外に出せないの!?」

「わかっております!しかしっ!」


必要以上に続けられる攻撃


とそこで妖魔の攻撃が止まった。


「しまった!気付かれた!」


自分の周りにある魔法陣に気が付いた妖魔は、魔法式を構築しているアリアに視線を向けると彼女の方へ歩き始めた。


しかし、またも妖魔の動きが止まる。


「カハッ、ハァ…ハァ…いがぜ、ないぞっ!」


見れば、妖魔の足にガッシリと掴まっている熾輝の姿があった。


だが、その姿から既に満身創痍であることは明らかだ。


そんな熾輝を妖魔は、まるで壊れた玩具を見るように、つまらなそうに眺めている。


そして妖魔は追い縋る熾輝の胴体を巨大な手で鷲掴みにして持ち上げる。


もうお前に興味はない。そういった態度が滲み出ていた・・・先程までは


だが、熾輝の眼に宿る光を見た妖魔の気分が変わった。


まだ遊べる、まるで子供の様な残酷な笑みを浮かべた妖魔が、手の中にある熾輝の胴をゆっくりと絞め始めた。


「ごぁっ!?」

苦しむ熾輝、嘲笑う妖魔


だが、妖魔は選択を誤った


かつて、自分がそうだったように、強大な敵を前にした鼠が振り絞る命の灯ともいえる力がどのようなパワーを発揮するのか、その時の妖魔は完全に失念していた。


だから、瀕死のハズの目の前の獲物の動きに対して反応が遅れてしまった。


だらりと垂れ下がり、破壊されたハズの右腕を持ち上げると拳を妖魔の眼前に持ってくる。


そして――――


「・・・太陽の拳(サンライトフィスト)!」

『グルオオオオオオオオッ!?』


突如、熾輝の拳から光が放たれる


天地波動流:熾輝の型【太陽の拳】

この技は太陽の波動を模倣することで、凄まじい光を放ち、目を眩ませる技だ。

しかし、小規模とはいえ太陽の波動を模倣するこの技は、熱量を帯びているため術者の身体をも焼く自滅技だ。


ジリジリと熾輝の右腕が己の技によって焼かれていく。だが、太陽の拳をもろに受けた妖魔も目を焼かれ、激痛に耐えきれず思わず熾輝を手放してしまう。


そして、運がいいことに目を焼かれた妖魔が後退ることで魔法の効果範囲内から外れた。


「今です!」


双刃の声と共にアリアが魔法式を発動させた。


眩い魔力光と共に魔法式が起動し、効果範囲内にいた熾輝達が異空間から姿を消した。





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