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鍛鉄の英雄  作者: 紅井竜人(旧:小学3年生の僕)
大魔導士の後継者編【中】
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第一〇六話【決裂Ⅰ】

「準備はいいか?」

「「はい。」」


コマの声に反応して、熾輝と咲耶が答える。


時刻は午後10時を回ったところ、人払いの結界により付近には人の気配はない。


「真白様がいうには今回の魔導書からは嫌な気配を感じるとのことだ。十分に用心してくれよ。」


いつになく真剣なコマの表情を見て、改めて気を引き締め直す熾輝と少しだけビクッと恐がる咲耶


二人の他にアリア・可憐・燕・双刃というお馴染のメンバーが傍に居る。


依琳と劉邦が帰国した翌日、真白様によって新たな魔導書の所在が判明したため、熾輝達は集められていた。


ただ、未だに仲直りが出来ていないため、熾輝と咲耶・可憐の様子は、どこかぎこちなさを感じさせている。


「作戦はいつもどおり、敵を発見して状況によっては即時離脱できるように準備だけはしておいて。」

「うん、わかった。」

「それと今回は、僕と双刃・咲耶・アリアだけで異相空間に行く。」


いつもであれば可憐や燕も連れて行くのだが、真白様からの助言の事もあり、今回は慎重に動かざるを得ない。


それと、理由としてはもう1つある。


「熾輝くん、その裏鬼門という場所は、そんなに危ないのですか?」

「うん、以前に爆破術式ボムがあった鬼門には悪霊の吹き溜まりが出来ていた

もしかしたら今回も同じようなことが起きるかもしれない。」

「それだけじゃないよ。裏鬼門は太い龍脈が流れている場所だから、術を宿した妖魔の力もかなり強いと思っておいた方がいいわ。」


熾輝の説明にアリアが補足を加える。


だからこそ、力を持たない2人を連れて行けないのだ。


「本来ならば子供にやらせるような事ではないのだが、如何せん我等は聖域外では力を使えない故、お主らに頼むしかない。」

「心配しすぎよ。咲耶の力があれば鬼門だろうが裏鬼門だろうが一発でぶっ飛ばしちゃうんだから。」


目的は魔導書の封印であって、決して龍脈の破壊ではないという事はアリアにも判っているが、何故か本気で実行に移されそうで気が気ではない。


「と、とにかく頼んだぞ。我等も不測の事態に備えて、ここで待機している。」

「わかりました。……咲耶、準備はいい?」

「うん、いつでお行けるよ。」


アリア達が話をしていた傍らで、咲耶は術式の展開を既に終えていた。


「2人とも気を付けてくださいね。」

「危なかったら直ぐに戻ってきてね。」

「うん、行ってきます。」

「マズイと思ったら直ぐに引き返すから心配しないで。」


可憐と燕は、それぞれ心配をしながら2人を見送る。


そして、異相空間への入口を広げた咲耶は、熾輝達と共に足を踏み入れていった。



◇   ◇   ◇



「…妙だな。」


異相空間に足を踏み入れていた熾輝は、違和感を覚えていた。


「何が妙なの?」


異相空間に入って直ぐ、熾輝は気配の探知を開始した。しかし、空間内の違和感により、表情を硬くし、警戒を強めていたことに咲耶がオドオドとしながら問いかけた。


「なんの気配も感じないんだ。」

「そりゃ、異相空間だから何も居ないのは当然でしょ?」


アリアの言う通り、異相空間には生物は存在しない。

だからアリアの言い分も尤もなのだが、この場合において、熾輝が言う気配は、それだけではない。


「いえ、アリア殿、これは妙です。確かに異相空間に生物の気配はありませんが、霊や龍脈の力までもが感じ取れないのは不自然です。」


双刃の言葉に促されるままアリアは周りを見渡した。


「…本当だ、いつもだったら霊の残滓ですら、そこらじゅうにあるものなのに、何も見えない。」


アリアは気配に対して敏感なほうではない。だから、実際に目で見て霊の存在などを知覚する。


しかし、今はその霊の存在すら知覚する事が出来ないでいる。


「それって、大変な事なの?」

「・・・。」


咲耶の問いに熾輝は直ぐには答えを出せなかった。


(どうする、このまま何もしないで仕切り直すか?……だけど、せめて敵の姿くらいは見ておかなければ対策の打ちようが――――)


熾輝が瞑想に耽っている合間、咲耶はそれをじっと待っている。


「ねぇ、とりあえずは周りを調べない?せっかく来ても何の情報も得られないんじゃ意味がないわよ。」

「……そう、だね。この状況の原因も調べたいし、敵を補足しておけば対策も考えやすい。」


一瞬の迷いはあったものの、熾輝たちは付近の調査を開始することにした。






「―――ここも異常はないか。」


調査を開始して既に1時間以上が経過している。


現在は中層ビルの中を4人で手分けして調べている途中だ。


「熾輝さまの探知でも何も判りませんか?」

「うん、さっきからやってはいるんだけど、魔力やオーラの類はおろか、存在も感じない。」


熾輝の探知能力は普通の者が感じ取る気配とは別に、存在や感情までも感じ取ることが可能だ。


これは仙術による能力であり、通常の魔術師や能力者と違い大きなアドバンテージを得ていることになる。


しかし、現状その能力をもってしても敵の気配はおろか存在すら探知できないでいる。


「…やはり、ここは一旦引き返した方がよろしいのではないでしょうか。なにか嫌な予感がします。」

「実は、僕もそう思っていた。先日の刹那という式神の主がまた何かを仕掛けている可能性もあるから―――」


双刃の提案に同意を示した熾輝だったが、話の途中で言葉を切って、唐突に視線を右へと向けた。


「熾輝さま!」


どうやら敵の動きの方が早かったらしい。


撤退を考慮していた矢先、丁度壁を隔てた隣の室内から突如として現れた気配を感じ取った。


「咲耶!壁から離れて!」


熾輝は、壁際にいた咲耶に向けて注意を促す。


その言葉に素早く反応した咲耶は、あわてて熾輝の方へ避難を開始した・・・そのとき


ゴバアアア!!


目の前の壁が爆ぜ、何かが熾輝たちのいる室内へと侵入してきた。


「チッ!」


突然の奇襲に対し、咲耶は壁から離れ、飛散する破片に当たることは無かったが、妖魔との距離が近い。


この距離であれば彼女が魔術を発動するよりも敵の攻撃速度の方が上だと判断した熾輝は、瞬時に敵へと突っ込んだ。


『グルオオオオオオッ!』


妖魔の咆哮が鼓膜を震わせる。


そして、熾輝は妖魔が纏う瘴気が今まで戦ってきたどの妖魔とも比べ物にならない程大きなものだという事を肌で感じていた。


「ハアアアアアッ‼」


気を抜けばその圧倒的なプレッシャーに踏みとどまってしまいそうになる思考を振り払うように、気合を入れる。


瞬時に妖魔へと肉薄した熾輝は、未だに練りきれていないオーラを纏ったまま妖魔に掴みかかる。


今は下手な打撃よりも、投げ技によって距離を取ることを優先させたのだ。


未だ土煙のせいで妖魔の全容は見えないが、気配の形からでも敵が人型である事は直ぐに判った。


だが、ここで予想もしていなかった出来事が起きる。


熾輝があと僅かで敵に触れるというそのとき、土煙を払うようにして死角からの攻撃が放たれてきた。


「なっ!?」


回し蹴り


型としては、お世辞にも綺麗とは言えない。技の伴っていない動きだが、この場合において意表を突く意味では実に有効に働いていた。


察知能力を展開させていたことが功を奏したのか、死角からの攻撃に対し、瞬時に反応して、伸ばし掛けていた腕を縮めて側頭部を庇う。


ドゴッ!


鈍い音と共に熾輝が吹き飛ばされ、地面を数回転がった後、壁に衝突してようやく停止した。


「ぐっ、ガハッ!」


肺の中から一気に酸素が吐き出される。


突然のことで受け身すら取れないまま攻撃を受けたことにより、まるで軽自動車に跳ねられたように吹き飛んでしまった。


頭部への直撃を避けてこの威力、オーラを練る暇がなかったとはいえ、正面から打ち合うには余りに危険リスキーな敵であることは、体の痛みが教えてくれた。


そして、土煙が徐々に薄れ、妖魔の姿があらわになる。


その体長は優に2メートルを超え、丸太のように太い四肢、頭部からは2本の角が生えており、左角は中間部分が欠けている。


鬼・・・・・妖魔の姿を目にした熾輝は素直にそう思った。


「熾輝さま!おのれ、れ者が!」


吹き飛ばされた熾輝に替わり、双刃が小太刀を抜刀して接敵する。


『グルオオオオオオッ!』


妖魔もそれに呼応するように右手に持った大剣を振りかざす。


そして、両者の武器が衝突する間際、双刃は刃体を逸らした。


そもそも大剣と小太刀では、重量に差がありすぎる。


尚且つ妖魔と双刃の体格から見ても、まともに武器同士が衝突した際、双刃の方が押し負けてしまうのは必至だ。


故に彼女は小太刀の特性を生かすため、敵の攻撃を逸らし、そこに出来た隙に一撃必殺の技を繰り出すのだ。


だが、ここで大剣から放たれる魔力光が熾輝の眼に映り込んだ。


「双刃!何か来る!」


このタイミングで注意を呼び掛けても、もう遅い。


既にお互いが退くことの出来ない間合いに入っており、且つ、技を中断した方が武器の餌食になってしまう。


そして、両者の武器が衝突した瞬間、それは起きた。


本来であれば、いかに大剣であれど、技の伴っていないただの撃ち下ろし程度、双刃にとっては容易く逸らすことが出来たであろう。


しかし、大剣と小太刀が触れた瞬間・・・・


パキイイイイン!


双刃の握る小太刀が粉々に砕かれたのだ。


「双刃!」


得物を破壊されたことにより、逸らし斬りを使えなくなった彼女に大剣の脅威が迫る。


「くっ!」


だが、技の性質上、相手の攻撃を抜くという動作のため既に体を捌いていた双刃は、小太刀を破壊されはしたが、紙一重のところで体を捻り、斜めに跳んで攻撃を躱す。


「グルオオオオオオ!」


しかし、妖魔も単調な攻撃だけでは終わらなかった。


大剣を振り下ろした直後、攻撃を躱した双刃は空中で身動きがとれない。


その隙を狙って妖魔の剛腕が振りぬかれた。


「がぁっ!」


妖魔が読み勝ったというより、殆ど偶然・・・いや、本能で攻撃を仕掛けたのであろう。


あの一呼吸の間に最大威力の大剣による攻撃から剛腕の振り抜きの動作に移るまでが、考えての動きでないことは熾輝にはすぐに判った。


だが、今はそのような分析をしている場合ではない。


自らも先の攻撃によって身体に痛みを残しているが、全身を駆け巡る痛みを無視して、足に力を入れる。


足元にオーラを集中させると一気に駆け出す。


爆発的に強化された瞬発直で向かうのは、妖魔ではなく吹き飛ばされた双刃の方だ。


熾輝と違い、あの剛腕の直撃を受けた彼女は壁面へ向かって今も吹き飛ばされている途中である。


おそらく、このまま壁に衝突すればタダでは済まなかっただろう。熾輝は寸でのところで彼女を空中キャッチする。


しかし、受け止めた双刃の反動の方が大きく、そのまま熾輝が壁に背中を打ち付けるが先程と違い、十分に受け身を取れるタイミングと姿勢を維持していたため、ダメージは無い。


「グルオオオオ!」


再びの咆哮


双刃を助けることに成功したが、再度視線が妖魔の方へ吸い寄せられる。


そして・・・


「咲耶!何をしている!早く離れろ!」


気が付けば咲耶が先程から一歩も動いていない。


それどころか尻餅をついて必死に後退っている。


「あっ、ぁっ」


妖魔との距離をなんとか離そうとしているが、既に咲耶に気が付いた妖魔が体験を振り上げて踏み出そうとしている最中だ。


「くそっ!」


圧倒的なプレッシャーに腰を抜かしてしまった咲耶、ようするに妖魔が放つ禍々しいオーラに呑まれてしまったのだ。


オーラを纏えない者は、能力者が有するオーラに対し極端に耐性が弱い。


本来であれば魔力操作と精神力で克服できるのだが、今の咲耶にはどちらも欠けている。


熾輝は抱きかかえていた双刃を床に置くと、再び足元にオーラを集中させて駆けた。


『咲耶!シールドを張って!咲耶!』


必至に呼びかけるアリア


しかし、敵を目の前にして、その声は彼女の耳に届いていない。


「グルオオオ!」


咆哮と共に妖魔が踏み込んだと同時、右手に握る大剣を振り下ろした。


咲耶に迫る大剣が彼女の眼には、まるでスローモーションのように見えていた。そして――――――――――死んだと理解するのに時間は掛からなかった。……その時だ


「させるかあああ!」


少年の声が彼女の鼓膜を震わせた。


振り下ろされた大剣は咲耶の目前まで迫っていた。


だが、大剣の横っ腹に凄まじい衝撃が走り、妖魔の斬撃が軌道をずらす……どころか真横に吹き飛んだ。


「うおおおおっ!」


妖魔と咲耶の間に割り込んだ熾輝は、持ちうるオーラを全て足に集中させると、上段蹴りを放つ。


しかし、妖魔との体格差があり過ぎて敵の頭部までは到底届かない。


だが、そんな事は最初から判り切っている熾輝は、妖魔の鳩尾に足を食い込ませ、そのまま渾身の一撃を放った。


「グルゥアッ!」


足先から伝わってくる妖魔の重量が半端ではないことは直ぐに判った。しかし、熾輝も伊達に幼い日から鍛えてきた訳ではない。師たちから授かった肉体とオーラ、それに技術の全てをもってすれば、妖魔の重量ですら吹き飛ばせるほどの身体能力は身についているのだ!


熾輝の渾身の攻撃によって、今度は妖魔が吹き飛んだ。


そして、運が良いことに先ほど妖魔が破壊して現れた壁の穴を抜けて隣の部屋へと姿を消した。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・ぐっ!?」


連続使用した全力の動きによって、僅かに呼吸を乱す。だが、それだけでは済まなかった。


熾輝は自身の右手に激しい痛みを覚え、視線を腕に移す。


「~~~っ‼これは…」


右腕の肩から拳にかけ、異常なほど腫れ上がった腕、その激痛に思わず苦悶の声を漏らしそうになるが、それを必死に押し殺した。


自身の異常よりも、今は優先しなければならない事があったからだ。


「・・・さくや」


後ろに居た彼女へと視線を移せば、その表情が恐怖に歪み、歯をガチガチと鳴らして振るえている。視点が定まらず涙がこぼれ、いつもの明るい表情からは想像もつかないほどに怯えきっていた。


熾輝は、そんな彼女を見て『―――駄目だ』と思った。


妖魔のプレッシャーに呑まれ、完全に心が折れてしまっている。


こんな時、なんと声を掛けたらいいのか判らない。ただ、今は一刻も早くこの空間離脱して、彼女を安全な場所へ避難させることを優先させなければ、全滅する危険すらある。


だから――――


「アリア」


咲耶が手にしている杖に呼びかけたと同時、武器化を解いたアリアが出現する。


「撤退だ。時空間魔法ディメンションの起動にどれくらいかかる?」

「3分、私だけのちからだとそれぐらい掛かるわ。」

「3分か…」


敵の力の底が知れない。だが、その一端を垣間見た熾輝には、現状、勝てる見込みがない事を感じ取っていた。


そのため、撤退に必要な3分間という時間が恐ろしく長く感じてしまう。


だけど、今ここで妖魔を足止めしなければ全滅は必至だ。


熾輝は、今も怯えたままの咲耶を一瞥すると、意を決して妖魔が吹き飛んだ隣の部屋へと足を向ける。


「熾輝、大丈夫なの?」

「やるしかないでしょ。」


アリアの心配を他所に、熾輝は出来るだけ平静を装い、不器用な笑みを作る。


「ディメンションの構築を急いでくれ。3分間…絶対に食い止めてみせる。」


熾輝の言葉にアリアは首を縦に振って応える。


隣の部屋に歩を進める熾輝の横には、気が付けば双刃が寄り添っていた。


しかし、彼女のダメ―ジも深刻で、わき腹を抑えながら歩いている。


加えて当の熾輝は右腕を使い物にならなくされており、ダラリとぶら下げた腕を抑えながら妖魔が潜む室内へと向かう。


自分の怪我を棚上げに、双刃に怪我の状態を聞こうと視線を向けるが、彼女の眼が『聞いてくれるな』と訴えてきているように感じたため、熾輝は何も言わずに彼女と共に死地へと向かう決心をした。


壁に開けられた大きな穴をくぐると、そこには今も闘争心むき出しにしたヤツが居た。


まるで自分たちが部屋に入ってくるのを待っていたかのように、入室した熾輝たちを捉えた妖魔は、待っていたぞとでも言っているか、口角を上げて口元を引き裂かんばかりに開けている。


お互いに言葉は必要ない。


ただ、向かい合った以上は命を懸けて戦うのみ。


張りつめた空気が室内に充満しているかのような緊張感


そして―――――


『グルオオオオオオオオッ!』


妖魔の咆哮が闘いの合図となって3人が衝突を開始した―――――




―――――次に熾輝が目を覚ましたとき、気が付けば病院のベッドの上だった。



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