第一〇四話【来訪者XVI】
「ちゃんと仲直り出来たか?」
「…うん」
「なんか頼りない返事だな」
法隆神社からの帰り途中、街の喫茶店で待っていた劉邦と合流した熾輝は、事の顛末を報告した。
「…なし崩しというか、まぁ、その燕ちゃんって子に感謝しろよ。」
「わかってる。僕も燕に甘えた形になったから、その…ちゃんとするよ。」
そう言った熾輝の顔をまじまじと見た劉邦は、一泊置いて溜息を吐くと、やれやれと、ようやく問題が1つ片付けることが出来て肩の力を抜いた。
彼からしてみれば、何で自分のことでもないのにこんなにも気疲れをしなくてはならないのかと、愚痴でも言いたい気分だっただろう。
「あとは、咲耶ちゃんと可憐ちゃんの事を片付ければ終わりか。」
「…うん」
「とりあえず、この後、依琳を迎えに行くついでに、2人とも会うことになっているから、お前も一緒に来い」
劉邦の提案に対し、熾輝は少しばかり抵抗があったが、友人にここまでお膳立てをされておいて、何もしないというのも気が引けたので、黙って頷いた。
喫茶店を出て、商店街から少し離れた通りを歩く二人
普通、待ち合わせをするなら、もう少し目立つ目標物を選ぶものだと熾輝は思った。
しかし、待ち合わせをする相手の中には可憐がいる。
仮にも芸能人の彼女が人が大勢いる場所に行けば正体がバレた際、大変な事になってしまうという劉邦の配慮らしい。
言われてみて、なるほどと思う熾輝は友人の気の使い方に対して感心する。
と、そんな事を思っていた矢先である。
「だれか!誰か来て!」
聞き覚えのある女性の声・・・アリアの声が2人の耳に入ってきた。
彼女の声を聴いた瞬間、二人は駆け出していた。
声がした場所は、丁度彼らが向かっていた方向にあり、路地を曲がって目と鼻の先で数人の男が咲耶達に絡んでいるのが目に入った。
熾輝の目に飛び込んできたのは、依琳の足元に転がっている3人の男
男に詰め寄られているアリア
地面に倒れ込んでいる咲耶
そして、可憐を何処かへ連れて行こうしている男だ。
状況を一目でマズイと判断した2人は示し合わせていた訳でもないのに、お互いの役割が判っているかのように動いた。
現状の脅威度が高い順に可憐・アリアに詰め寄っている男へと標的を定め、劉邦は一番近場に居たアリアの方へ駆け出し、勢いそのままに蹴りを放つと、アリアを守る様に立ち塞がった。
熾輝は、男が可憐の腕を掴んでいるため、無暗に攻撃を放てば彼女まで引っ張られて転倒してしまう可能性を考慮し、男の前まで一気に躍り出ると、合気の要領で可憐の腕から男の手を引き剥がし、そのまま小手返しを決めて相手の手首を捻り上げた。
「おいおい、こりゃどういう状況だ?依琳、説明!」
彼女たちに迫る脅威を一先ず取り除いたところで、劉邦が当事者である依琳に説明を求めた。
「……こいつ等、カレン誘拐。サクヤ殴られた。」
やや片言の日本語であるが、劉邦からの問いに対して彼女なりに状況を頑張ってまとめた結果、こうなってしまった。
表現に若干の誇張が見られなくもないが、熾輝と劉邦は彼女の供述と現場を照らし合わせる。
可憐の腕を掴んでい何処かへ連れて行こうとする男→誘拐
倒れている咲耶→殴られた
その事実だけを見ればその通りであると2人は判断する。
「…そっか、おっさん達は悪党って事でいいんだな?」
状況を理解した劉邦が臨戦態勢に入る。
全身からオーラを放出し、構えを取った彼から敵意が放たれる。
まるで悪党(女の敵)には容赦しないという意思が籠っているかの如き敵意。
もちろん、彼とて武を治める武術家の端くれである以上、一般人(能力者でない者)には手加減するつもりだ。
ただ、そこで予想外の出来事……否、予想して叱るべきだった出来事が起きる。
突如、空間を支配するほどのどす黒い殺気が大瀑布の如く降り注ぐ。
その場の誰もが息をすることを忘れ、その元凶へと意識をむける。
視線の先に居たのは、いまだ男の手首を捻りげていた少年、熾輝だった。
熾輝は、依琳から可憐が融解されそうになったとの説明を受けて、心の内から黒い物が湧き上がってくるのを感じた。
しかし、男の魔手から可憐を守ることで、どうにか湧き上がる物を抑え込む事には成功した・・・・ハズだった。
予想外だったのは、彼女の口から咲耶が殴られたと聞かされた瞬間だった。
視線を泳がせて倒れ込んでいる咲耶を視界に収めると、恐怖に震えながら涙目になっている彼女の姿が目に飛び込んできた。
知らずに気が高ぶっていたのか、今の熾輝には彼女の状況が詳細に見て取れるほどに視力が上がっており、普段であれば近くで見なければ判らない程の怪我が目に入ってしまった。
咲耶の頬は、殴られた箇所が薄らと赤く染まっており、怪我自体は大したことは無かった。
おそらく普段の熾輝であれば、冷静に状況を判断できたであろうことが、今の熾輝に怪我の大小で物事を計る余裕が欠落してしまっていた。
咲耶のその姿を見た瞬間、もう、何も考えられなくなった。
まるで目の中に血液が入り込んだかのように視界が赤く染まり、男の手首を捻り上げていた腕に力が加わる。
「がっ!」
元々、関節を決めて動きを封じられていた男の口から苦痛の声が漏れるが、今の熾輝にそんな事はどうでもいい様に感じていた。
もう少し、もう少しでも力を加えれば男の手首は折れる。
折れる、折れる……折ってやる。
徐々に力を加えることによって、その都度、男から苦痛の声が聞こえてくる。
その声が心地いいと理解したとき、もう、どうでもいいと・・・・・折ってしまおうと思い、腕に力を込めようとした矢先、自身の頬に衝撃が走った。
「っ!」
遅れてやってくる痛み
誰かに攻撃された事は理解できた。
そのせいで、もう少しで折ることが出来た男の手に伝わっていた力を緩めてしまったことに苛立ちを感じ、攻撃を放った者へと殺気を込めた視線を向けた途端、胸倉を掴まれて引き寄せられたかと思ったら、再び頭に衝撃が走る。
「落ち着け馬鹿野郎!」
ここへきて、攻撃の主が自分の幼馴染であることがようやく認識できた。
劉邦は、熾輝を殴りつけるも瘴気に戻らない彼を見るや、頭突きを打ち出したのだ。
そこあでは、今の熾輝にもようやく理解出来たことだったが、だから何だというのだろう?何故邪魔をする?といった考えしか持てず、ただただ劉邦の事が煩わしく感じてしまっていた。
ただ、次に彼が放った言葉で、一気に頭が冷えた。
「よく見ろ!咲耶ちゃん達が怯えている!」
その言葉に促されるまま地面に倒れた状態の咲耶、そして自分の後ろに立っていた可憐でさえも、言葉を失い、驚いた表情と共に身体を振わせていた。
そこへきて、熾輝はようやく男の手首を掴んでいた腕から力を抜くことが出来た。
「・・・はぁ、」
冷静になれと言い聞かせるように、深い溜息を吐き出して、心を落ち着かせる。
しかし、2人の怯えた姿が熾輝の網膜に焼き付いて離れてくれない。
だが、今は彼女たちの身の安全の方が最優先だと、焦る気持ちを抑えて、手首を男の方へ押し込むように突き放し、自分たちから距離を離す。
熾輝は、後ろに佇む可憐の手を引いて、咲耶の元へと歩み寄り、2人を背にして男達と相対する。
「くそっ!痛ってぇな!」
「餓鬼ども!マジで舐めてんじゃねえぞ!」
「うっせえ!餓鬼相手に大人がみっともないぜ!」
「何だと!」
一先ず落ち着いた熾輝を確認し、劉邦が男達を相手に再び構えを取った――――そして、
「おうっ!いい気になるなよ!もう泣いて謝っても許さ―――」
「あらぁん?ちょっと、あんた達、何やっているのよぉ?」
騒ぎを聞きつけて来たのか、1人の女性?・・・にしては随分と野太い声の持ち主が、いつの間にか男たちの後ろに立っていた。
「うふぉっぷ!?」
気配もなく近づいてきた女性?に、急に声を掛けられたことにより、男の1人が驚いて変な声を上げた。
「ちょっとぉ、なぁに?喧嘩?よしなさいよ真昼間っからぁ。」
「うっせえ!オカマ野郎!関係ないだろ、すっこんでろ!」
「ア゛ア゛!?」
オカマ野郎と聞いた途端、女性・・・もとい、新人類が睨みを効かせる。
そして、新人類の目が男たちの陰に居る熾輝達と目が合う。
「・・・おい、テメエ等、まさか子供に手を上げてんじゃねぇだろうな?」
「だ、だったら何だっていうんだ?関係ねぇだろ!」
「関係・・・・大有りじゃあっ‼」
新人類は、くわっ!と目を見開き、男達を威嚇する。
「アタシ等、商店街の者はね、地域の子供たちの安全を守る役目も負っているのよ。だからアンタたちみたいな連中からこの子らを守る義務があんのよ!」
「う、うるせえ!お前みたいなオカマ野郎が凄んでも怖かねぇんだよ!」
「・・・アンタ、もう一度その言葉を吐いたら・・・ぶちのめすっ!」
瞬間、新人類の肉体が膨れ上がる。
先刻まで、普通の成人男性よりも、やや細身であったその身体からは想像もできない程に筋肉が膨張を始め、あっという間にガチムチの肉体を手に入れた戦士が誕生した。
(すげぇ!ありゃ何だ!)
戦士へとジョブチェンジを果たした目の前の女だか男だかはさて置き、とにかく目の前の新人類の肉体をみて、劉邦が目をキラキラとさせていた。
(パンプアップ?…いや、内功を練って肉体を強化したのか。)
圧倒的な存在感を放つ新人類に見惚れていたのは、劉邦だけではなく、先程まで暴走状態にあったハズの熾輝ですら、目が釘付けになっていた。・・・・だが
「へっ、弄ったのは下の方だけじゃなくて、体の方も妙な整形手術でもしているようだな。」
「そ、そうなのか?」
「え?あれって整形でなるような物なのか?」
「きっと、ホルモンバランスの問題じゃ・・・」
男達は新人類の変化を外科的な手術によるものだと勘違いをしているらしく、未だに数で勝る自分たちが優位であると疑っていないらしい。
熾輝は、そんな男達をみて、勝負有りだと悟った。
そして、戦いの火蓋が切って降ろされた・・・・かに思われた、その時である。
「ちょっと、淳子!何やっているのよぉん!」
新たなる新人類の登場
だが、その数は1人ではない。
「なぁに、お兄さんたち、アタシ達と遊びたいの?」
「あら、若いわねぇ、ウチの店にいらっしゃいよぉ。」
「サービスしちゃうわよぉ。」
「「「「「「「「・・・・・。」」」」」」」」
ゾロゾロと現れた新人類たち。
その数、およそ15人。
気が付けば、男達を取り囲むようにして、ガチムチの奴等が熾輝達を守るようにして立ちはだかっていた。
そして、更に驚くべき事が起きた。
商店街の裏通りに位置するこの場所に通じる小道から、ゾロゾロと商店街の住人や街の大人たちが入り込んできたかと思えば、あっという間に路地には人海が出来上がっていた。
突然の出来事に咲耶達に絡んでいた男たちは、あっけにとられ、新人類にされるがままに連行されていった。
彼らの去り際に『しゃあああ!8名様ご案内!』『レッツ パーリィーターイム!』『いやん、朝まで返さないわよ!』などという新人類のハイテンションな声、そして・・・「た、助けて!」「い、いやだ!頬ずりしないで!髭が!髭が当たるうううぅ!」という男達の絶叫が、段々と遠くへと響いていった。




