第九九話【来訪者Ⅺ】
スモーク弾によって視界を封じた熾輝は、気配を殺して刹那がいる場所から離れた茂みに身を隠していた。
『双刃、あとは予定通りに頼んだよ。』
『承知いたしました。』
茂みに意を隠した熾輝と入れ替わって、双刃が煙幕の中へと入っていくと同時に手渡された巻物を開き、弓矢を出現させる。
そして、煙幕の中にいる刹那に向けて、しつこいくらいに矢を放つ。
放たれる矢の全てをことごとく躱す刹那が魔法式を発動させようとしたときに、双刃は能力を発動させた。
双刃の能力の一つ【影分身】は分身体を作り出す事が出来る能力だ。
これにより、一旦戦線から離脱した熾輝に代わり、双刃が刹那との戦闘を繰り広げる事になった。
そして入れ替わった熾輝は刹那の探知範囲外からの狙撃をするために、前もって予定していた場所まで移動すると、2本の巻物を取り出した。
1本目のスクロールを開くと、スナイパーライフルが出現し、熾輝はライフルの動作確認を行う。
別段問題が無い事を確認し終えると、2本目のスクロールを開く。
出現したのは1発の弾丸。たかだか弾丸1発を持ち運ぶのに巻物に収納しておくとは、随分と無駄のある行為に思えるが、それは封じ込められていた弾丸の危険度に応じた措置だ。
その弾丸は通常の物とは違い、漆黒にコーティングされ、異質な力を内包している。
熾輝は弾丸に込められている力を視るように顔の前まで持ってくると、一瞬、何かを惜しむような表情を浮かべた後、思考を切り替えて漆黒の弾丸を倉庫に装填した。
遠方では、熾輝の姿に変身した双刃の分身体が今なお刹那との戦闘を繰り広げている。
戦線から離脱したとはいえ、熾輝は意識の大半を刹那へと向けて放っていた。
予定していた双刃による時間稼ぎが終わりを迎えようとした少し前から、熾輝は眼を瞑り深呼吸を行うことで己の目に酸素を送り込む。
そして、刹那から放たれる大威力の魔術が発動すると同時、意識の大半を放ち続けていた熾輝の準備が整った。
彼女もそれを察し、3列縦隊並んだ双刃が刹那へと特攻を仕掛ける。
熾輝は目を見開き引き金に指を掛けると、ゆっくりと引き金を絞る。
特攻を仕掛けた双刃の分身体の1人が消失する。・・・熾輝は出来るだけ呼吸を浅くして鼓動を抑え込む。
2人目の分身体が雷に撃たれて消失する。・・・あと僅か、引き金を絞る指に力を込めれば弾丸が発射されるというギリギリの力加減で力をセーブする。
この時の熾輝の指は、まるで麻痺でもしたかのようにピリピリと痺れ始めていたのは、柄にもなく緊張していたせいなのかもしれない。
そして、最後の1人、双刃の本体が刹那へと迫ると同時、自らの間合いに入り込むと思った刹那の攻撃が空振りに終わった。
この時を待っていた熾輝は、双刃が作り出した隙を見逃すことなく漆黒の弾丸を打ち放った。
弾丸は吸い込まれるように刹那へと命中し、漆黒のソレが彼女の体内を侵食していく様を熾輝の眼(知覚能力)が捉えていた。
「熾輝様、お見事でございます。」
身を隠していた熾輝が表に現れた時には、既に双刃が能力を解除して主の到着を待っていた。
「いや、全部双刃のおかげだよ。時間稼ぎとはいえ危ない目に遭わせて悪かったね。」
「な、何を仰います!主の役に立つは式神の本懐でして―――――!」
熾輝の謝辞に対して双刃は、滅相もない!と言わんばかりに全力で首を振る。
「と、とにかく!あの者はどのように致しましょうか?」
件の女・・・刹那と名乗っていた式神は、今なお地面に転がっている。
「そうだね、とりあえずは霊体を拘束しよう。・・・こっちは貯金を使わされたんだ。それに見合うだけの情報は吐いて貰わないと割に合わない。」
そう言った熾輝が刹那へと視線を向けようとしたその時、
「熾輝さま!」
一瞬先まで地面に転がっていたハズの刹那が、大鎌を拾い上げて熾輝へと迫った。
完全に沈黙していたと思っていた彼女は、やられた振りでもしていたのか、熾輝の隙を伺い、仕留める機会を伺っていたのだ。
迫る刹那と熾輝の間に割り込むように双刃が小太刀を構えて迎え撃とうとする。
しかし、当の熾輝は落ち着き払ったまま、刹那を見つめて口を開く。
『止まれ。』
「っ!?」
静止を求める熾輝の言葉に従うように刹那の動きが完全に停止する。
―――(なっ!?か、身体が動かない!)
自身の身に何が起きているのか理解できない刹那は驚愕し、目を見開く。
『武器を捨てて跪け。』
次に放たれた熾輝の言葉に従うかのように身体が自分の意志とは関係なく動き出す。
抗おうとする刹那は身体に力を入れるが、まったく言う事を聞いてくれず、大鎌を握っていた手の指が次第に開かれて武器を落としてしまうと、ガクッと膝を地面につけた。
―――(いったい何が起こっている!コイツは私に何をした!?)
ありえない状況に思考が混乱する刹那を見下ろしている熾輝がゆっくりと近づいてくる。
「言っただろ?お前には、とっておきを用意したって。」
「こ、これは・・・・っ!まさか言霊!?ありえない!東雲葵と同じ能力を使えるっていうの!?」
状況から照らし合わせるのであれば、熾輝が行使している力は葵と同じ能力、言霊のそれと酷似している。
しかし、実際はそうではない。
結論から言えば、これは呪い・・・つまりは呪術だ。
だが、熾輝には魔法が使えない。それは、刹那も知っていること。ならば何故、件の熾輝が魔法を行使できるかというと、その答えは仙術にある。
仙術は自然界に存在する超自然エネルギー(モナ)を体内に取り込むことによって発動させる技術。それによって術者は圧倒的な高エネルギーを術に変換する事で大威力の魔術・能力を行使することが出来る。
しかし、熾輝のソレは毛色が違う。幼少の頃より円空から仙術を学んでいた熾輝ではあるが、結局のところ、モナを体内に取り込むことが未だに出来ないでいる。
モナは自然界に存在する超高純度のエネルギーであり、それは人間にとっては劇薬と言っても過言ではない。
当然、未熟な者が劇薬を身体に入れれば死に至る。それ以前に魔術発動の核である熾輝の魔力核は、一切の魔術が適合しない。たとモナを体内に取り込む事に成功したとしても魔術が発動しない事に変わりはない。
ならば何故、今回の様に刹那を術にハメる事が出来たかと言えば、それは熾輝が会得した技術【自立演算】という技術によるもの。
ここから先は、熾輝が独自の理論に基づいて編み出した法則を語る。・・・魔法とは魔力核を通して世界に接続し、世界というプログラムを書き換える技術の事であり、魔力核の役割は【魔力生成・接続・演算】という三つの役割を担っている。(※魔術世界一般では、魔力と術式さえあれば世界を書き換える力=魔法が行使できると思われている。)
これにより、通常の魔術師は魔術を行使する事ができ、接続・演算能力に優れている者ほど威力・効果の高い魔術を発現させることが出来る。
元々、熾輝の魔力核は生成・接続という動作には問題が無く、演算・・・つまりはプログラムの命令実行動作に対し、世界に拒絶されているという問題によって魔術の行使が出来なくなっている。
そして、この問題を解決させる唯一の方法として辿り着いた熾輝の答えは、演算を魔力核に頼らずに独自の脳内領域で行うというものだった。
この答えに行き着いた切っ掛けは、能力者が有する固有能力だった。・・・能力者は魔力の代わりに生命エネルギー・・・オーラによって世界に力を発現させている。ではなぜ魔術でもない力が世界に変化を与えているかというと、実は世界に対して接続を行うのは魔力核を通して行っているという一つの仮説を熾輝は打ち立てた。
世界に接続された力は、魔法とは異なり術式を入力する必要がなく、代わりに意思・イメージといった精神によって世界という事象に干渉しているという仮説が浮かび上がってくる。そして、人の意志やイメージといった精神は何処から湧いて出てくるのか・・・それは、脳である。つまり、能力者は無意識で脳に演算領域を確立させて事象に対し干渉するという固有能力を発現させているのではないだろうかという答えに行き着いた。
熾輝は以上の仮説を証明するため、6年の修行の末、独自に魔力核の役割である【接続】を意識的に行い、更には魔力核による【演算】と脳内領域による【演算】の回路を入れ替える事に成功した。
つまりは、熾輝の仮説が証明されたのだ。
実験当初、回路を無理やり脳につないだことにより、異常な負荷を与えてしまい死の淵をさ迷ったが、なんとか一命を取り留め、次に目覚めた時には脳内領域に存在する演算領域を知覚する事が出来るようになっていた。
そんな、自殺行為のような実験が奇跡的に成功した事によって、熾輝は遂に魔法を手に入れたのだ。
かに思われた。
しかし、熾輝が行使した魔法は脆弱な物でしかなかった。考えてみれば当然かもしれない、そもそも魔法の演算に対し、熾輝が用いたのは能力の演算領域なのだ。それは、どこかしらに綻びが生まれてしまう。結果、通常の魔術師が100の魔力量を必要とする魔法に対し熾輝は100の魔力量を使用しても1%の効果しか発揮できない。まさに観測する事すら難しい些細な事象干渉である。
このとき熾輝が感じた喪失感は、とてもではないが言葉で言い表せるほど簡単なものでは無かった。
感情を失っていた状態とはいえ、魔法については尊敬する東雲葵から習っていた熾輝が自ら考え、編み出した技術により魔法を習得しようとした過程は並大抵の努力でどうこうなるものではなく、それ以上に魔法への強い憧れが彼を突き動かしていた。
諦めきれない・・・その強い思いから再び自身が普通に魔法を行使するための技術を考えに考え抜いた答えはモナによる魔法行使だった。
演算領域を変えてから、魔法が使えるようになった熾輝は、脆弱な魔法・・・これを劣化魔法と名づけるのであれば、その脆弱性を利用することとした。
劣化魔法は単に発動した魔法の出力が足りないだけ、ならば自身の魔力で足りない分は超自然エネルギーで補えばいい。
しかし、その劇薬を体内に取り込めばただでは済まない。ならば、その危険を冒すことなく発動するにはどうすれば良いのか・・・答えは媒介にモナを保存しブースターとして利用する方法だった。
これにより生み出されたのは魔弾【付加の弾丸】である。
熾輝の劣化魔法はこのタグにより完成された。劣化魔法により通常の1%にまで脆弱化した魔術を対象に打ち込み、次にモナが内包されたタグを打ち込む事によって、まるで潜伏していた病気が一気に発病するかの如く熾輝の魔法に侵されるという仕組みなのだ。
今回、刹那に使われたのがまさにソレである。熾輝は刹那が街に帰還した時から街に結界を張る(これはタグの開発過程で生み出された魔法石を媒介にして行う。)これによって人払いと誘い込みに成功させると同時に、多種多様な呪術を刹那に流し込み続ける。そして、呪術の設置が終わったと同時にブースターであるタグ・・・今回使用された魔弾は、呪術専用に用いられた黒い魔弾であるため、熾輝はブラックタグと名付けているを撃ち込む。
これによって、刹那の体内に潜伏していた術式が発言したという仕組みだ。
以上、説明おわり。
「不正解だ。そして、質問はここまで。」
熾輝の瞳が冷たく刹那を射抜く。
刹那は、この得体の知れない少年を目の前に抵抗する事も出来ない。
「正直、お前は僕よりも遥に強かった。でも、最初に言ったとおり、この場所に誘い込まれた時点で、既に僕の術中だったんだよ。」
そう言った熾輝の手が刹那の頭に触れた瞬間、彼女の意識が真っ黒に塗りつぶされていった。
 




