最終話 融合世界
ユゴーが支援班テレーズから受け取ったものは回復ポーションだけではなかった。死者の森で採取した毒キノコによる麻痺毒の粉の袋詰めだ。目や口に入れば痺れを引き起こしまともに戦闘などできなくなるかなり物騒な代物だ。
カタリナ率いる連合国軍に押されるフィルと衛兵部隊の援護に走る。
「増援がきたところで鉄壁の砲撃槍を打ち破れるものではないわ。町ごと飲み込んで差し上げますわ!」
衛兵部隊の攻撃はことごとく大盾に防がれ近距離からの砲撃で反撃され大きく吹き飛ばされることになる。剣の攻撃も槌の攻撃も弓の攻撃も全て同じだ。
しかし鉄壁と思われる砲撃槍部隊にも穴はある。
ユゴーは麻痺毒袋を矢にくくりつけ敵兵頭上で炸裂させたのだ。盾では防ぎきれない粉塵による麻痺攻撃。弓で麻痺毒袋を次々飛ばし毒の雨を降らせて行く。視界を奪われ呼吸を奪われ大盾の防御が緩む。今こそ好機だと衛兵部隊は気力を振り絞って攻勢にでるのだった。
ペット草食竜に押され気味のフィルにはフロゥが援護に入った。
「フィル、解毒剤と回復ポーションだ。増援もすぐ来る。ここは私に任せて前線の指揮を!」
「音楽スキルが効きにくい相手は辛いですね。やはり対人戦闘は好きになれません」
苦味の走る液体を一気に飲み干すフィル。あまりの不味さに耐え切れず身体を震わせた。こんな時にもマイペースで服の汚れを払い落としながら薬の味を改良をしなくてはと呟く。
「早く行ってやれ。皆、お前を待っている」
フロゥはわかっていた。フィルは何も考えてないように見えて決めるときは決める男だ。対人戦は嫌だと言ってもしっかり対策も練っていた。
「わかりました。すぐに終わらせてきます。この戦いが終わったら二人の結婚式をしませんか」
「いいから早く行け!」
「それは了承……」
フロゥはフィルの背中を蹴り飛ばして見送った。
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フィルがようやく前線に戻る。衛兵部隊と連合国軍はお互いに兵を消耗して混戦模様が続いていた。
「毒を使うなんて思った以上に大胆な男なのね。それでは、わたくしも切り札を出させていただくわ」
前列の砲撃槍部隊が麻痺毒に倒れ劣勢になるもカタリナの強気は崩れない。扇子を掲げると第二陣が動き出す。装備一式見るからに迫力のある精鋭部隊の投入だ。麻痺する様子がないところを見るに何か兜に加工がしてあるのだろう。
城砦都市の衛兵部隊は倒れた連合国軍兵から砲撃槍を奪い取り対抗するが武器の習熟度が足りず押し切られそうだ。
「切り札は僕たちにもありますよ」
フィルがリュートを掻き鳴らすとそれを合図に四方から発砲音が響く。
「大盾の前には弓も銃も効かないと、学習なさったらどうなの?」
カタリナの挑発にフィルは楽しそうに口元を歪める。増援の銃撃兵は周囲の建物の屋根の上からカタリナ派精鋭部隊を狙っていた。緩やかな軌道で打ち出された弾は精鋭部隊の頭上で破裂し拡散する。散らばった弾頭がそれぞれ爆ぜて衝撃を生み出した。小さな爆弾を雨のように降らせたのだ。
「竜の爪で作った特別な榴弾です。盾や鎧で防ぎきれない数の爆弾を味わっていただきましょうか」
爆発の衝撃は鎧の中の人体へダメージを与え精鋭部隊を大きくよろめかせた。鉄壁だった大盾も支える人間がふらついては用をなさない。次々と降りかかる爆撃に陣形は崩れていった。
大きく傾いた劣勢は覆せなかった。カタリナは多くの兵を失った。商都の住人たちは城砦都市の衛兵を応援しだした。魔物を追い出し怪我人を守った英雄として受け入れたのだ。
フロゥが合流したときには大勢が決していた。
それでもなお、抵抗を続けるカタリナ。
「わたくしを守りなさい! そしてすり潰せ、愛しい子らよ」
ペットへの命令を叫ぶがすでにすべての魔物はユゴーとフロゥによって倒されている。精鋭部隊も無力化されカタリナを守るものはいない。
「肝心な時に役に立ちませんわね。何のために育ててあげたと思っているんですの。貴方たちもわたくしに屈すればいいものを面倒をかけさせてくれますわね」
どこに隠し持っていたのかカタリナは鞭を構え毒づく。空気を切り裂き乾いた破裂音をさせて鞭が振るわれる。
「貴方は確かに強いかもしれない。でもそのせいで周りと協力することを忘れてしまったようですね。卑怯とは言わないで下さいね。僕たちの手を取ろうともしなかったのは貴方なんですから……」
ルークが飛び込んでいく。決定打を出せなくとも斬り込み続け隙を生み出させる。泥臭くも粘り続ける誠実なる努力と勇気。
「オレはあんたに勝てないかも知れないッス。だけどそれでいいんス。オレはオレにできることだけをするッス。あとは仲間がなんとかしてくれるッスからね!」
ユゴーは逃げ出しそうになる己を奮い立たせ、一撃に思いを込める。真実に立ち向かう誠実さ。
「今までの俺なら自分より強いものと戦うなどできなかった。だが今は支えてくれる仲間がいる。他人を道具としか思えないなんて哀れなことだ。目を覚まさせてやる」
必殺の一矢を受けカタリナの玉の肌が傷つく。ドレスが血塗れになるのも構わず鞭を振るいすべてをなぎ払おうとする。
「させるものか!」
フロゥが前に出て鞭の攻撃から仲間を庇い守る。名誉を守る尊き自己犠牲の心。
「それだけ力がありながら、それだけ味方がありながら、どうして弱きものを守ってやれないのだ!」
フィルのリュートの音は仲間の士気を高め、より強い力を発揮させる。慈悲を与え意思を託す信頼の力。
どんなに強くなろうとも一人で戦うのには限界がある。フィルたちはカタリナを取り囲み降伏を促した。命まで取るつもりはない。商都の住民守り抜いたことでカタリナの凶事とフィルの好事はすぐに伝わることになるだろう。
「もう終わりにしましょう。僕たちの目指すところは同じ平和のはずです」
「認めませんわ。こんなこと認めませんわ……」
カタリナはわなわなと震えて膝から崩れ落ちた。
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それからいくつかの季節が巡り……
天変地異に絶望を見た人々も今では強くたくましく、そして少し穏やかなった。魔物に寸断されていた交流も復帰しつつある。大国同士が同盟を組み戦争を回避する方向で話が進み始めているのだ。
融合によって失った領地や複雑に絡み合う利権など軋轢は山ほどある。それでも争いは避けるべきだと暗黙の了解が広がっている。高いレベルの者同士の争いは大きな被害を産むと統治者たちは思い知ったのだ。
それらを無視する魔物や傍若無人な敵対国とはこれからも戦っていくことになるだろう。
この先の融合世界がどんな発展や衰退を遂げるかはわからない。
だが新しい力がもたらした革命をいま少し浮ついた気持ちで楽しんでもいいだろう。
フィルのリュートに合わせてフロゥは歌う。平和と戦いの歌を。これからもずっと一緒に。
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最後までお読みいただきありがとうございました。