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第八話 商都を襲う暴風雨


 海を思わせる深い青の生地に翡翠と銀で豪奢に装飾されたドレスを身に纏い細かいレースを編みこまれた扇子で口元を隠す、絵巻物から飛び出してきたような派手やかな女がそこにいた。武具工房には似つかわしくない人物だ。


「貴方を待っていましたわフィリップ・フィヒト・シルヴァーナ。わたくしはカタリナ。連合国だけでなくいずれ世界を統べる女帝となるものです。以後お見知りおきを……と言っても、すでにわたくしのことはお調べになっているのでしょう?」


 前開きの大胆なドレスで扇子の奥でチラチラと肌色が見える。機能よりも何よりも見栄えを重視した装い。レベルの高さから誰にも傷つけられない自負があるのだろう。でなければ暴君などすぐに暗殺される。

 フィルは恭しく礼を返して微笑む。同行していた城砦都市の面々――フロゥ、ユゴー、ルーク、テレーズの四人――は想定外の遭遇につい身構えてしまう。フロゥにはカタリナが人を威圧する何かを発しているように感じられた。


「わたくしも貴方のことはお調べいたしましたわ。その手腕、見事としか言い様がありません。けれどその技術を売り払うにはまだ少し早いと思いますの」


「魔物に蹂躙される日々を一日でも早く終わらせたかっただけです。それにすでに僕の手を離れたものは今更どうしようもありません」


「わたくしも世界平和を願っておりますのよ? ですから貴方には世界統治の第一歩としてわたくしの夫となり、シルヴァーナ以北への技術の口止めをしていただきたいの。連合以南へはもう技術が伝わることはないでしょう。わたくしの許可なくしては、ね?」


 平和を乱しているのはお前だと口を挟みたそうにするルークをユゴーが小突いて黙らせる。挑発的なカタリナの真の意図がまだ見えてこない。ここで挑発し合えば短絡的な結論はすぐに出せそうだが、フィルは謙遜するように首を振る。


「僕にそれほどの力はありませんよ。夫になるお話も少し難しいです。お調べになったならご存知でしょうが、ブリリアント王国から妻を迎えることになっています」


 笑顔で牽制しあう二人。巻き込まれた工房の職人たちは早く帰ってくれと悲壮な面持ちでいる。ユゴーもそうだった。こんな準備不足の段階で火種に爆発されてもらっては困ると顔に出てしまっていた。元から陰気な雰囲気を纏っているユゴーがより重苦しい顔になっていた。


「こんな無骨な板鎧のどこがよいのかしら? わたくしなら統治者としても女としてもレベルの高い世界をお見せできますわよ」


 カタリナの牽制がフロゥにも飛び火した。いつものフロゥならむくれて反論していたかもしれない。だが妻に迎える断ったことに少し機嫌をよくしていたフロゥは表情を若干引き攣らせる程度で済んだ。


「それは将来、夫になる方が大変喜ぶでしょうね」


 それ以上言葉は続けない。微笑みだけで押し切るフィル。

 カタリナも潮時を感じ取ったのか鼻を鳴らして話を打ち切る。最後にウィンクをひとつ残してカタリナは馬車に乗り込んだ。


「気変わりするならお早めになさってね。この世はいつ何が起こるかわからないもの」


 突然の暴風雨はこうして去っていった。




 ----




 工房の職人たちはお茶を出して歓迎してくれたが、一部の対応を決めかねているものたちがいるのも事実だ。

 これまでの取り引きで信頼を得てはいたが彼らは連合国の一員だ。家族もいる。どちらに付くとははっきり言えないだろう。


 こちらの事情を出来る限り詳しく話して手札を明かす。現状では商都を丸ごと守れるほどの余力はないということも。だが工房の協力があれば、あるいは……と。

 これまで素材の取り引きや新しい武器や防具の提案をしてきた。工房の利益も十分にあった。だが今回はリスクのほうが明らかに大きい。商都存亡の危機だ。潰すには惜しい技術力を持っている。


「カタリナがその技術を必要としてない場合は別ですけどね。彼女は情報も技術もすべてを管理したいと思っているようですから」


「これはズルいやり方ですよ大将。あっしらには断りにくい取り引きだ」


 フィルとカタリナのやりとりを見ていた職人たちは理解してしまったのだろう。余計なことをすれば手段を選ばないだろうことに。工房長は職人たちの意見をまとめ答えを出した。城砦都市寄りの姿勢を見せてくれたのだ。


「何もかもってわけにはいかないが情報くらいは流させてもらうよ」


 職人たちは教えてくれた。以前のカタリナは草食竜を乗り回す、少々活発だが素直で純粋なお嬢様だったとか。それがここ数ヶ月で急に高慢な態度を取るようになったようだ。魔物を操ってレベル上げをする方法を彼女も思いつき実践したのだと思われる。それで急激にレベルを上げて桁違いの強さを身に付けたのだ。


「あのお嬢様は魔物退治を容易にするだけの武力も掘り当てちまったんだ。強運の持ち主だよ」


 本当に手がつけれらなくなったと肩をすくめ首を振った。

 掘り出した武器は堅牢で破壊的だった。魔物の突進にも耐える大盾とそれを土台として放つ砲撃槍――槍の先端に仕込んだ爆薬を押し当て爆圧で攻撃する近接火器の一種。カタリナはそれらを揃いで装備した面制圧に優れた砲撃槍部隊を組織したのだ。並みの武器や兵士では敵わない。これらの技術や装備を独占することでカタリナは権力を強めていったようだ。


「この嵐にはさっさと去ってもらわないと困るんだ。大将、早いとこケリつけちまってくれよ?」


 フィルと工房長は握手して頷き合った。衛兵たちを匿うことは了承してもらえなかったが貴重な情報は手に入れた。しかしフィルは感付いていた。城砦都市側の情報もカタリナ側へ渡っていると。それが彼らの取れるギリギリの選択だったろうことも。

 彼らのためにもカタリナの暴挙は必ず止めなければならない。城塞都市の面々はより一層深い覚悟が決まるのだった。




 ----




 その日のうちに魔物の群れはやってきた。

 カタリナの動向を探ってろうとした矢先で、前触れを察知できなかった。工房の職人たちから得た情報通りに草食竜と戯れたり、連合軍兵の視察をしたりする程度で変わった動きはしてなかった。

 しかし戦いははじまった。


 商都入りする準備はしていた。それでも被害は生まれてしまった。

 魔物の群れは商都の南門から雪崩れ込みを砂煙をあげてやってきた。商都を出入りして見張っていた衛兵により第一陣は食い止めることができた。群れの中心は草食竜で一体一体はそれほど強くはない。だが体躯は人のそれを軽く越えており、次第に数も増え抑えきれなくなってしまった。


 商都の住民たちは屋内に逃げ込むが狂ったように走り回る草食竜の体当たりが続けば家屋ごと潰されてしまうのは時間の問題だった。


「”迷える民を私は守ろう(ノブレスオブリージュ)”」


 範囲ターゲットで庇うスキル――死者の森の討伐で新たに仲間を守ったときに習得した――を発動させると逃げ遅れた住人が見えない盾で覆われた。扇動では住民を巻き込んでしまうと判断したが魔物の数が多すぎる。庇った分のダメージがフロゥに圧し掛かり、込みあがる嘔吐感を抑えきれず蹲った。


「か、構うなッ。住民の避難を先に! 少し驚いただけで、来るとわかっていれば耐えれらないほどではないッ」


 駆け寄ろうとするフィルを手で制する。沈静化の曲を奏で続けるが草食竜は一時的に足を止めるだけで撤退していく様子はない。むしろ何かを探して町中を駆け回ろうとする。フロゥもなんとかこらえようとするが住人がいては戦いづらい。しばらくの防戦が続く。


「連合側の兵は本気で住人を見殺しにするつもりか!? なぜ誰も防衛に回らない!!」


 応援の兵を召集していたユゴーやルークが参戦し、ようやく魔物の鎮圧が始められるようになった。

 そうなってからようやく連合国軍が動き出す。機を見計らったように砲撃槍を構えてやってきた。隊列を組み大盾を引き摺りながら前進してくる。


「彼奴らこそ魔物を手引きした重罪人だ。一人残らず撃滅せよ!」

「「「オウ!!!」」」


 連合国軍の兵士が吼える。陣形は魔物ではなく城砦都市の衛兵たちへと向けられていた。


「ちょっと待てどういうことだ!?」「何スかこれ!?」

「ハメられました…… 最初から僕たちが商都に入った日を狙っていたようですね」


 問答無用で商都を潰しに来るとは先を読んで動くフィルも想定外だった。しかしゆっくりと驚いてる暇はない。すぐさま建て直しにかかる。


「フロゥは魔物を西門へ誘導してください。ユゴーは冒険者部隊を率いて避難遅れの住民を北東側で保護してください!」

「「任せろ」」


 まずは被害を抑えること。これはフィルの望む結果への絶対条件だった。フィル自身は衛兵部隊を指揮して連合国軍を牽制しながら南側へ退く。


「ルーク、どうにかしてカタリナの居場所を突き止めてください」


 混乱を止めるには頭を叩くしかない。


「その必要はございませんわフィリップ。わたくしは逃げも隠れもいたしません。すり潰せ、愛しい子ら(オールアタック)よ」


 路地から操られた草食竜が飛び出してくる。フィルの小盾では防ぎ切れず大きく吹き飛ぶ。

 頭を潰そうと思ったのはカタリナも同じようで直接フィルを叩きにやってきたのだ。


「あら、思った以上に硬いんですのね。でもいつまで耐えられるかしら?」


 カタリナのペット草食竜は一心不乱に突進を繰り返す。

 巨大な質量の激突に肺の空気を絞られ呻き声もあげられない。フィルはペット草食竜に押し切られ大きく後退させられしまった


「やめるッスよぉ!」


 元凶を断つべくルークは細身の曲剣を振り回しカタリナに飛び掛る。首元目掛けて描かれた刃の軌跡はあっさりと扇子に受け止められた。


「マジか!?」


 フェイントを織り交ぜながら打ち合うがお互いまるで一撃を決めきれない。いたずらに時間だけが過ぎていく。だがその間に別部隊は着実に成果をあげていた。

 フロゥは魔物を一手に引き受けて被害を抑え続けている。ユゴーは周囲の安全を確保しながらテレーズ率いる支援班に避難住民を託し、すぐさま戦闘地域へ引き返す。フィルは大きく後退させられるも致命傷は負っていない。衛兵部隊も被害を出さず連合国軍の足止めができている。


 反撃はユゴーから始まった。

 戦線に駆け戻りカタリナに操られていた魔物の群れを範囲攻撃で屠っていく。体力を大きく削られたフロゥにテレーズから受け取った回復ポーションを投げ渡し反撃体勢を磐石なものにする。火力重視のユゴーが加わったことで魔物の掃討はほどなくして済んだ。


「よく耐え抜いたな。だが本命はこれからだ。フィルの援護に回るぞ」


 二人は防戦の続くフィルの援護に走った。








連合国急進派の中心人物 通称:カタリナ

小国の総督の娘であったが天変地異で思わぬ力を身につける

発掘装備と魔物を操る能力で軍部を掌握した

自らを世界を統べる女帝を名乗る野心家

自分の思ったようにすれば世界は今以上によくなると確信している

思い通りにならないものは全部潰す

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