第七話 女帝
商都に送り込んでいた諜報員から緊急の知らせが入った。砂漠の先であったという魔物を使った町の壊滅が人為的なものであったと確信させる内容だ。砂漠の周辺では点在する小国が寄り集まり連合国を形を取って外敵から身を守っていて、騒動はその小国のうちのひとつから始まった。
発情期でもない草食竜が集団で移動し町を蹂躙したと報告にはあった。それで消えたと思われる町がふたつ。どちらもすぐに鎮圧部隊が送り込まれ指揮した人物が評価される結果になった。それ自体は見栄を重視する国家体制ではよくあることだったが他にも権力を増した人間がいた。急進派の中心人物で自ら女帝を名乗る野心家――カタリナだ。
カタリナは連合国のひとつ、ごく小さい国の総督の娘で生い立ちや立場がフロゥによく似ていた。しかし彼女は天変地異の混乱の中で大きな力を手にしていた。砂漠の中に新たに生まれた地層から大量の武器を発掘したのだ。それらを使い魔物を倒すことで高いレベルやスキルを身につけていた。中でも特筆すべきは魔物を操る能力だ。懐柔スキルで魔物を操って誘導して町を潰したようなのだ。一つ目の町はカタリナの自国内の反対派を消し去るため、二つ目の町は異を唱えた他国の穏健派を黙らせるための見せしめだった。
そのカタリナが商都へ入ったというのだ。商都も砂漠の連合国のひとつで、カタリナの意向に逆らうようなことをすれば無事ではいられないことが誰にでも予想できた。
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フロゥは報告を聞き嫌悪感で胸が苦しくなるほどだった。他の面々も似たようなもので好意的な反応をするものはいない。城砦都市は商都の工房と手を組み同盟関係を推し進めようとしていたところだっただけに、カタリナの動向に注意を払う必要がありそうだった。
「他国の紛争に介入するのは絶対反対だぞ。こんな不安定な世の中で戦争を起こすことほど愚かなことはない」
直情的なフロゥも介入していくのには否定的で今まで通り防備に力を注ぐことを推した。だが工房が潰されたときの人的被害は計り知れない。
決定権のある現領主フィルは逡巡する。
たとえ被害が及ばなかったとしても魔物を操って人を襲わせる非道な振る舞いを見過ごしたくなかった。
商都がカタリナの怒りを買い魔物を送り込まれようなことになったら、すぐにでも助けられるように事前に商都入りしておきたいを考えていた。内政干渉に当たるのはわかっている。それでも知ってしまった以上は被害を抑えたいと思ったのだ。
「商都が戦場となれば我も骨兵を増やせて都合がよい。見過ごそうと、打って出ようと、どちらであっても死体は出るゆえな」
巻き込まれた人々の死体でも倒された魔物の死体でもどちらであってもスケルトンを作り出すのに役に立つ。ならばどちらを選ぶのかとサーシャは嗾ける。襲ってくる魔物から同盟国を守る。そういう大義名分を掲げフィルは自らを納得させようとしていた。
「行くにしても何の名目で兵を送るんスか? 衛士長が工房に出入りするのもかなり目立ってたッスからね」
「それはこれから考えるよ。工房に素材を持ち込むためとか、防具の寸法を個人個人に合わせるためとかね」
ルークは衛士長と共に商都と城塞都市を行き来して情報を集めている。装備一式が整っている軍属の人間はやはり目立つようだ。連合国側の人間も探りを入れてきているのは直感的にわかっていた。大きな動きを見せればすぐに警戒されてしまうだろう。できる限り自然な形で兵を商都に送り込みたい。
「あえて挑発し相手に行動を起こさせるのも手ではあるが、お主はその手の策略を嫌いそうであるな」
「誰にも恥じることのない王道を選びたいのはごく普通の欲求でしょう。でも僕は最短の行程で突き進むのが好きだったりもしますから」
フロゥはすぐに思い当たった。城塞都市で行った城下の破壊とドラゴン討伐。決して万人に受け入れられる方法ではない。だが人的被害が少なかったのも事実だ。フィルが領主となってから大きな被害がなくなっている。死者の森の討伐時はフロゥのわがままで強行作戦を決行し、若干のピンチに陥ったが無事討伐できている。
死者の森を制圧したことで街道の安全も確保できた。執事たちを呼び戻そうかと思ったこともあったが、新しい生活に慣れ始めた彼らを無理に前線に連れ戻すこともないと今は納得できている。手紙で励ましあうこともできた。
「フィルの好きなようにするがいい。戦争には反対だが、お前がその道を選ぶというのなら私も全力で守りを担ってみせる」
フロゥはこの時すでにフィルを全面的に信頼していた。ユゴーも対人戦には乗り気ではないがフィルのために戦力になるとその身を委ねている。反対するものが軍議の場にはいなくなったことでフィルの覚悟が決まった。
「どんなに怪しまれようとも商都に乗り込んで魔物による蹂躙を止める。下手をすると連合国と一戦交えることになるかもしれない。カタリナの暴挙の確証が得られた場合、反撃に打って出る。その覚悟もしておいて欲しい」
そうと決まればやるべきことは商都への根回しだった。後々のことも考えなければならない。
スケルトン生成のための骨を回収しても怪しまれないように魔物を解体して素材を取り出す作業場、死者を弔うための墓地や教会、そういったものを商都に用意したい。魔物の骨の収集に関しては工房と協力体勢が整えば滞りなく行えるはずだ。
カタリナを追い落として商都の住民を守り庇護下におけば問題ないだろう。できることならカタリナは生かして捕らえたい。連合国全体に恩を売れれば円滑にことが進むはずだ。
もちろん連合国軍に対抗する手段も考えておかねばならない。負けてしまっては元も子もない。しかもこの戦いはサーシャと配下スケルトンの数を頼ることは出来ない。事情を知らないものからすれば魔物には変わりないのだから悪評が立ちかねない。
お互いの人的被害を減らすための策はある。麻痺毒の使用だ。死者の森に自生する毒キノコや木の根を使った毒の粉だ。鼻や口に入ればたちどころに呼吸困難に陥れるだろう。
もし死者や怪我人が出た場合に備えて治療活動の最前線に立つ『聖女』を用意する算段まで立てた。
フロゥを担ぎ上げることもできたが、連合国側に素性の知れていないもののほうが都合がよかったので、天変地異のときに流れてきた元盗賊の一味だった少女に目をつけた。今は城砦都市の支援班として薬の管理を任されている。まだ少女といえる年齢だが身体の丈夫さや足の早さから先の死者の森討伐にも選ばれていた。状況判断も早いと周囲には評価されている。
「わ、わたしが聖女役をするんですか!? え、えっと領主様がそう仰るなら…… どこまで務まるかわかりませんが精一杯お手伝いさせていただきます」
支援班の薬品担当――テレーズが自信なさげながらしっかりと引き受けてくれた。
「もしものときの支援班として回復役に励んで欲しい。敵味方関係なく傷ついた人を癒してあげて欲しいんだ。君の素朴さがあれば十分やれるはずだよ。暴君カタリナを止めることになるのは君かもしれない」
フィルの人たらしの笑顔を向けられテレーズは顔を紅潮させる。フロゥは少し面白くなかった。怪我人が一人もでないよう商都の住人全て守りきってやると密かに心に誓うのだった。
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そして数日後――
商都での根回しのためにフィルたち幹部が乗り込むと、町の空気の悪さをすぐに感じ取った。
皆、何かに怯えているようだ。砂漠の入り口で活気溢れる商人の町であるにも関わらず、町中は足早に人々が過ぎ去りこちらの様子を窺っているように見えた。
商人に混じって巡回している連合国軍の兵が目立つ。数が多くいるだけで傍若無人な振る舞いをするような悪目立ちはしていない。国を守る兵として毅然としている。逆にそれが恐ろしい。
裏で女帝カタリナと繋がっているのは周知の事実だ。誰も逆鱗に触れて町を潰されたくはないのだ。
工房へ着くと一番会いたくない人物が先客として待ち受けていた。
「待っていましたわフィリップ・フィヒト・シルヴァーナ。わたくしの夫となりともに治世に尽くしませんか?」
女帝カタリナ、その人であった。
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鱗鎧の男 通称:ルーク
人懐っこさを活かして諜報活動で駆け回っている
支援班の薬品担当 通称:テレーズ
元盗賊の一味の少女 両親はすでに他界
盗賊たちと放浪していたところを城砦都市に流れ着く
死者の森の指揮官討伐で支援班のひとりだった
フィルたちに心酔しきっていて聖女役もあっさり引き受けた