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第六話 くすぶる火種


「いつまでそうして付き纏う気だ。仲間にする気はない、そうはっきりと断ったはずだ! フィルといい、貴様といい、なぜ私に寄ってくる男どもはこうも強引なのだ」


 死者の森に建てられていた骨の城は、壁すべてを白い漆喰で塗り替えられ禍々しかった外観が白亜の宮殿さながらに姿を変えていた。改装後の視察として城内を探索中のフロゥは苛立ちを抑えきれずに怒声を上げた。この数ヶ月間ずっと付き纏われているのだ。そのおかげで城塞都市では奇異の視線を集めどうにも居心地が悪かった。睨むように振り向けば絶妙な距離を保ったまま引っ付いてくる赤黒い骸骨兵士と目が合った。骸骨兵士の眼窩には黒い闇が渦巻き瞳らしきものが赤く光っている。


「我は男ではないぞ? 骨盤の開きを見てわからぬか?」


 骸骨の性差もその表情もフロゥには読み取ることが出来なかった。


「わかってたまるか!」


「それでは少しばかり我のことを語って聞かせよう。まずは生前のことから……」


 しわがれた声で自分語り始めた骸骨の指揮官にほとほと困り果てたフロゥは深いため息をつく。引き剥がすのが無理ならもう無視するしかないと骸骨の指揮官の語りを気合いで聞き流すことにして城内の探索を続けた。




 一方、フィルは周辺各国と同盟関係を結ぶために奔走していた。魔物に対抗するため行ったレベル上げの技術を有償ながら提供したり、魔物から得られた素材での武具作りを各国の工房に提案したり、また民間での人材交流ができるよう水面下で働きかけたりと、方々を駆け回っていた。魔物を誘導し強制的に型にハメて殺しきる。その手順や武器を提供することで発言力を高めようとしているのだ。


 死者の森を制圧することでブリリアント王国との交流もより活発になった。骸骨の指揮官を倒すことで魔王軍の侵攻の機先を制することもできた。現在、ブリリアント王国とシルヴァーナ王国の周囲に魔物の指揮官の存在は確認されていない。そのおかげで人員増強や装備強化などの準備に時間的な余裕ができた。つかの間の平和と言えよう。だが平和な期間というものは次の戦乱への準備期間でしかないとフィルはわかっていた。


 城塞都市に迫る脅威は野生の魔物やドラゴン、そして魔王軍だけとは限らないのだ。平和なときであっても人間同士の諍いは起こる。それは城塞都市の周辺でも表面化し始めていた。




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「ヤバい気配ッスね。火薬の高騰はフィルの言ってた範囲を超えそうだし、砥石も大量に買い漁ってるやつがいるみたいッス」


 衛士長とルーク――鱗鎧を着たフィルの幼馴染の冒険者――による情報収集の結果、商都で戦闘関連の物資が不足し始めているのがわかった。ハメによるレベル上げを各国に提供した影響は計算していたが、それ以上に様々な物資が買い集められているようだった。それも広い範囲で少しずつ、存在を隠しながら行動している者がいるらしく大きな陰謀を感じさせた。


「こちらは未確認ですが、砂漠の向こうで魔物の群れに襲われて消えた町があるそうです」

「いくらでもある話だと思うけど、何か引っ掛かる点があるのかな?」

「すぐにその国の鎮圧部隊が派遣されたそうですが、復興のために立ち寄った商人の話では意図的に魔物に襲わせたのではないか、という話でして……」


 鎮圧の手際の良さから町が襲われるのを予見していた節があると衛士長は報告を締めくくった。

 魔物を誘導する方法が事故を生んだ、あるいは悪用されたかもしれない可能性にフィルの表情が歪む。人間同士の争いは自分の仕事ではないと投げたい気分だった。その手の対外交渉は父王や兄たちに頼り切っていた。貴族同士で身代金の奪い合いをしたり領有権を巡って小競り合いする程度ならまだいい。他国の人間を憎み、魔物討伐のように殲滅しあうような戦争を見るのは耐えがたい苦痛だった。

 新たに生まれた悩みの種にフィルが頭を抱えていると軍議を行っている部屋の外がにわかに騒がしくなる。フロゥが視察を終えて帰って来たのだ。騒がしくなったのは骸骨の指揮官を引き連れているからだろう。


「ただいま戻った。改装は順調に進んでいる。ブリリアント側から街道の整備も始めるそうだ」


 フロゥは工期などを添えて端的に報告を終えるとひどく不満げに座席に着いた。背後には骸骨の指揮官が護衛のごとく張り付いている。軍議の場が如何ともしがたい雰囲気に包まれる。


「えぇと、他に報告はあるかな」


 妙な空気を嫌ってフィルが話を戻す。工房の拡充は商都の工房と手を組むことである程度解決しそうであるが、素材になる鉱石や木材が足りないのは相変わらずだと報告が上がった。急場しのぎとしてシルヴァーナから型遅れで余っている銃器を掻き集めているが、防具にまでは手が回っていないのが現状である。

 報告が途切れると骸骨の指揮官が発言権を求めて手を挙げた。死闘を演じたものからは苦笑が漏れた。凶悪な魔物が人間と同じように振舞っているのが滑稽に見えたのだ。フィルも仕方ないという表情で発言を許し骸骨の指揮官を指名する。


「その指揮官(ボス)というのはやめてもらおう。我にはアレグザンドラという生前の名がある。気軽にサーシャとでも呼ぶがよい。して本題だが、我のレベル上げに協力してはくれぬか? 眷属への支配力が取り戻せれば樵や鉱夫くらいすぐに数を揃えてやろう」


 仲間になりたいと申し出てきた骸骨の指揮官――サーシャの扱いを一同は決めかねていた。柔軟代表といえるフィルは歓迎の意思を示していたが、元勇者候補のユゴーは難色を示している。フロゥもできれば関わりたくないとユゴー寄りの考えだった。


「理解が得られなくとも、拒絶されようとも、我は我の意思でお主に付いて行くと決めたのだ。戦いには敗れたがこの意思を曲げるのは諦めたほうが良いぞ。無論、認められる努力はするつもりだ。この協力がその第一歩だ」


 サーシャの視線はフロゥへと注がれていた。フロゥに忠誠を誓うと言うのだ。しかし、フロゥは領民のこと以外にかかずらってはいられないと何度も断っていた。

 聞き流してはいたが生前の無念を語られ同情もした。魔物として生まれ変わってからは強くなることに溺れ、闇の意思に飲まれ、光輝く力を持った勇者の魂を打ち砕けと唆されてしまった。そんな時フロゥたちと出会い戦った。そして負けた。討たれてみると眩しき魂を嫌悪していた気持ちが消え憧憬へと変わっていた。そう語ったサーシャの言葉に偽りがあったようには思えなかった。


「お主の傍に在りたいのだ。我も魂を磨き輝かせてみたいのだ」


 最終的にフロゥが折れる結果になった。人材確保ができると乗り気になったフィルがユゴーを説得し、押し切られた反対派が取り込まれて外堀を完全に埋められたフロゥは受け入れるしか道がなくなっていた。




 フィルはすっかりサーシャを受け入れたようで軍議が終わってからも二人で話をしていた。何故かフロゥは間に挟まれていい迷惑である。食事くらいゆっくりしたいのに。


「死者の森には良質な木材が手付かずで眠っておる。すぐにでも需要を満たすであろう。それにしてもなぜそんなに数を必要としておるのだ? お主らほどの統治者が居れば過剰な戦力ではあるまいか?」

「僕が目指しているのは勇者や兵士だけに任せた安全確保ではないんです。皆で守る平和な街づくりこそ、これからの世界に必要なことだと思うんです」


 フォーク片手に理想を高らかに語るフィル。魔物が強くなってしまった世界で領主のみが防衛を担うのでは足りないとフロゥも実感していた。勇者候補として戦っていたユゴーもその荷の重さに耐えかねて逃げ出してしまったことがある。


「ひとりひとりが強くなって自分の家族を守れるようにならなければ僕たちは前に進めないんです」

「難儀なものだな。他者に力を持たせるのは危険を伴うだろうに」

「本当にその通りだ。私は反対したのだ。魔物を集めて倒す方法を指導して回るなど危険すぎる」


 フィルの望みは全体の底上げだ。一部の戦力を突出させることではないのだ。得た力を使って何をするのか、どう生きるのか。それは生き延びてからの話だと、未来のことは未来の人が考えればいいと緩い考えを持って動いていた。協力して戦い生き延びた人たちならば争うことを避けてくれるはずだと信じているのだ。


 だが、争いの種を撒こうとしているものがいるのも現実だった。






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