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第五話 死者の森の骸骨の指揮官



 扇動スキルは音に合わせて意識を流し込む、一種の催眠・洗脳のようなもの。同士討ちを命じるのではなくすでに同士討ちしているところを想像し、そのイメージを音に乗せて押し付けるのがコツだとフィルは説明した。思いついたことをそのまま口にすればいいのだと。

 だがフロゥはスキル発動に自信が持てなかった。声で音楽スキルを発動するなんて聞いたことがなかったからだ。おとぎ話の中では歌姫が世界を救うというものがあったがあれもスキルを使っていたということなのだろうか。だがそれを真似できる気がしなかった。


「やはり他の方法を探そう。そこらの骨で打楽器を作るとか、私も殲滅に回るとかだな……」


 殲滅に回ろうにもフロゥはすばやく動く見えない敵に効果的な範囲攻撃を持っていなかった。レベルアップで耐久力はあがったものの、スキルといえば騎士になったときに学んだ刺突剣(フェンサー)スキルと昔から習得していた鍵開け、地図読みスキルくらいしかなかった。覚えたての扇動スキルは意識して発動させたことはない。盾に徹する以外は役に立たないというのがフロゥの現状だった。


「大丈夫。僕が伴奏で援護しますから安心してください。悩むより実践です」


 覚悟も決まらないうちにユゴーがスケルトンを数体ほど誘導してくる。死者の森の奥に築かれた敵本拠地に着くまで、わずかな時間でも訓練しようというのだ。


「迷ったときは直感に従えばいいんです。いち、に、さん、はいっ!」


 フィルの掛け声に釣られてフロゥの身体は大きく息を吸い込んだ。リュートの伴奏が響く。勇気の振り絞れないとき、やる気の出ないときに頑張れと背中を押されるような厳しい優しい音色。操られているのとも違う、調子に乗せられているような感覚。演説のときも同じだったこの感覚。扇動のイメージが言の葉になって紡がれた。


「”何故にお前たちは争う(プロボケイション)のだ”」


 フロゥの脳裏に魔物同士で争っている場面がよぎり無意識に口からこぼれ出た言葉だった。イメージは音に乗りスケルトンにぶち当たる。次の瞬間、スケルトンたちは仇敵に出会ったかのようにお互いを攻撃し始めた。周囲を無視して殴りあう骨二体は少し滑稽に見えた。


「どっせい!」


 フロゥがスキル発動の感動に浸る間もなく大槌を持ったワシュが隙だらけの二体をまとめて叩き潰した。


「こりゃ楽でいいわい。城に着くまでドンドン行こうかの!」




 慣れないスキルの訓練をしながらでも行軍速度は落ちなかった。ユゴーが釣り、フィルが足を止め、フロゥが操り、ワシュが息の根を止める。移動の障害になりそうな雑魚を次々に殲滅していく。魔物の群れを相手に少数で突き進んでいける異常さにフロゥは気付いていない。連携が加速度的に進み興奮が熱狂に近くなるころには指揮官(ボス)の居城が目前に迫っていた。


「このままいくらか雑魚を引き連れて乗り込みましょう。目標は指揮官のみ。宝箱を開けるのはなしですよ」

「正面から行くのは気乗りしないが搦め手が効く相手でもないだろうしな。気を引き締めていくしかないな」


 ドラゴン討伐を繰り返したおかげで周囲のスケルトンとのレベル差は圧倒的だった。だがそれでもユゴーは指揮官を異常に警戒をしている。元勇者候補が裸足で逃げ出すほどの――ユゴーが直面したのは蜘蛛系の指揮官だったが――恐怖の対象だ。レベルが上がってもそのトラウマは消えない。

 目的である敵の指揮官を叩き、統制さえ乱してしまえばブリリアント王国の衛兵でも雑魚の撃破は容易になるだろう。最短最速を目指してきた一行は支援班を離れた場所に待機させて精鋭部隊四人だけで敵本拠地へ突撃した。


 死者の森に建てられた敵指揮官の居城は骨で作られた禍々しいものだった。周囲の木々は朽ち落ちて陰気な庭を作り出していた。昼間のはずが霧で薄暗く真夜中に墓場を探索しているような雰囲気をかもし出している。お出迎えと言わんばかりにスケルトンが集まってきた。沸いてくるスケルトンの数は十や二十では利きそうにない。


「屋敷に乗り込むよりここでスケルトンを狩り続けて指揮官をおびき出すほうが良さそうだな」

「狭すぎるとワシらの一撃が打ち込みづらいからのう」


 沸いてくるスケルトンを片端から殲滅していく。移動中の連携と同じでユゴーが弓で打ち抜き誘い出す。足並みの崩れたスケルトンにフロゥが扇動スキルを掛けて同士討ちをさせる。隙だらけになったところにワシュの大槌が振り下ろされる。次々と骨が土に還っていく。骨の壁にするために少し残しておきたいが指揮官はなかなか降りてこない。前座にしては長すぎるスケルトンの攻勢に焦れてくる。雑魚相手でたいした経験にならないというのにフロゥはレベルアップしてしまった。


「またレベルが上がったぞ。しかしこれはいつまで続ければよいのだ」

「上手く行かないものですね。消耗戦はこちらの不利ですし、少し挑発してみますかね」


 フィルはリュートを強く激しく掻き鳴らす。荒々しい音色を城の中まで響かせようと懸命に弦を弾く。しかし群がってくるのは雑魚スケルトンばかりだった。


「後ろを取られるのはまずい。姫様、援護頼む!」

「うむ、わかった。正面に集まれ雑魚ども! ”プロボケイション”」


 集まったスケルトンを扇動で操り被害を受けないように戦線を制御する。スケルトンがリュートの音に誘い出されることで更に殲滅速度が上がることになった。フロゥはまたもレベルアップした。




 ----




 沸いてくるスケルトンの数が目に見えて減ってきたころ、ついに指揮官はやってきた。一目でそれとわかる赤黒く威圧感のある骸骨兵士。幅広の剣に丸盾という標準的な兵士の装備だが、その身の丈は頭ひとつ分高く振り下ろす斬撃の破壊力を容易に想像させた。


「我が眷属に排除を命じたが、なるほど仕損じるわけだ」


「骨が話した!?」

「ここまではっきり喋る魔物は俺も初めてだ……」


 指揮官ともなれば賢さも段違いに高い。それは素早さや力強さにも言える。

 姿が見えることを好機と見てワシュが大槌で殴りかかるが素早く飛び退き身を躱す。地面を打ち据えてしまったワシュに向かって今度は盾を構えてのぶちかまし。ひとつの挙動に対してふたつの行動を返してくる。攻撃をしたはずのワシュが大きく吹き飛ぶ結果になった。


「眩しき力を持つものたちよ、貴様らの魂は目障りだ。我が滅ぼしてくれる! ”インビジブル”」


 距離を取られ隠蔽スキルの発動を許してしまう。背景に溶け込み姿の見えなくなる骸骨の指揮官。確かにそこに存在している。殺気は消えていない。ユゴーが意識を集中し気配を探る。骨の鳴る音もするのだが雑魚スケルトンの気配に紛れて位置を特定することはできなかった。


「やはり雑魚を壁にして襲ってくるところを迎え撃つしかなさそうだな」

「任せておけ。扇動の扱いにはもう慣れた。私一人でも壁を維持してみせる! ”プロボケイション”」


 事前に決めた作戦通りに骨の壁を形成し盾とする。陣形を組み周囲の気配を窺う。

 スケルトンが見えない何かに押され体勢を崩したのをきっかけにフィルは沈静化スキルで足止めを狙い、ユゴーとワシュが骨の壁ごと範囲攻撃を振る。派手に雑魚が吹き飛び砕け散るが指揮官らしき手応えは得られない。


「貴様らの一撃、大したものだな。我の一撃も受けてみよ! ”リーサルアタック”」


 再び骨の壁が押し退けられ、幅広の剣が地面を抉りながら突如として現れた。天に向かって打ち振るわれた一撃。反射的に飛び出した全身鎧(フルプレート)の腹部に叩き込まれた。


「ぐぁっ!」

「フロゥ!! なんて無謀な……」

「二人の盾になる。それが私たちの役目であろう? これしきのこと問題ではない」


 奇襲を頭に入れていなければそれで終わっていたかもしれない。心配して駆け寄るフィルを制し、フロゥはなんとか一人で立ち上がる。大きなダメージはあったが意識を刈り取られるほどでないと虚勢を張った。

 反撃に転じようとするも骸骨の指揮官は隠蔽スキルですでに姿を隠している。


「よくぞ防いだ。ならばこれはどうかな?」


 骨の壁の向こう側、霧の中から声が響く。膨れ上がった殺気が骨の壁を吹き飛ばし姿を現す。骸骨の指揮官は壁にしていたスケルトンごとぶちかましてきたのだ。フィルが咄嗟に盾を構えるが、勢いを殺しきれずに大きく後ずさる。

 骸骨の指揮官は攻撃の瞬間に隠蔽スキルの効果が途切れて姿を現すが、ぶちかましの勢いそのままに走り抜けて行った。そして闇に潜行する。


「貴様らの魂、削り取ってくれようぞ」


 フロゥたちはヒットアンドアウェイの戦略をとる骸骨の指揮官に苦戦していた。扇動スキルで壁にしていたスケルトンを骸骨の指揮官へ向けてけしけるも吹き飛ばされるだけだった。


「このままではジリジリと体力を削られてしまう」

「俺の攻撃はいくらか当たってる。だが決定打にはまだ足りない。また俺は負けるのか……」

「諦めるのはまだ早いですよ」


 ユゴーの心が折れかかる。想定以上の素早さに致命打を与えられず焦れ始めた。不安の伝染をフィルのリュートが抑え込むが状況は変わらない。薄くなっていく骨の壁を見て、ふとフロゥは思いつく。

 思いつきは実行しないと気が済まないフロゥは作戦をすぐさまフィルに伝えた。子供騙しのような実に安直な考え。だが可能性がひとつでもあるならばそれに賭けるしかない。フィルは作戦を練り直しそれをユゴーに託した。


「ユゴー、頼みましたよ」

「……わかった」


 多くの言葉はいらなかった。折れかけたユゴーをそれでもやり遂げると信じて送り出した。必ず打開できる。フロゥのひらめきをユゴーが完成させる。それまでなんとか持ちこたえなければならない。そのためには粘って時間稼ぎするしかない。

 ワシュが大槌を振り回し骸骨の指揮官の注意を引き付ける。狙われたところをフィルとフロゥが身を挺して守る。


「気に入らん目だ。貴様ら何を企んでいる?」


 骸骨の指揮官は警戒している。戦力をひとつ削ぎ落としても油断するつもりはないようだ。

 話しかけられたのを良いことにフィルは不敵に笑って問いに応じた。


「もちろん貴方を倒すことを考えてますよ。どんな企みが来ても打ち返せると思いますか?」


 骨の壁の向こう側、離れた位置に赤黒い骸骨が姿を現す。その表情まではわからないがフロゥには笑っているように感じられた。


「戦いは結果が全てを物語る。我に敗北はない」


 高らかに宣言し隠蔽スキルで姿を消した。続く攻撃はぶちかましによる”リーサルアタック”。骨の壁ごと体力を削りに来た。手数がひとつ減っていたフロゥたちは受け手に回らざるを得ない。


 どれほどの攻撃を受け続けただろうか。フロゥの意識は朦朧として衝撃に備え身を固めるのが精一杯になっていた。


 大地を揺らしながら援軍はやってきた。多数の足音を引き連れてユゴーと支援班は戻ってきた。死者の森を駆け回り集められるだけ集めた増援だ。敵のスケルトンの増援だがこれこそフロゥたちが待ち望んでいたものだ。

 支援班の一人が回復ポーションを投げつける。受け取ることもままならないフロゥだったが、ポーションを浴びることで意識を取り戻した。


「ふふふっ、これはすごい数だな。私の幻覚でなければよいが……」

「幻覚なものですか。ユゴーがやってくれたんですよ」


 フィルの沈静化だけでは御しきれないほど大量のスケルトンに囲まれ撤退の選択肢が潰える。だがそれは取るに足らない問題だ。骸骨の指揮官を倒さずに帰ることなど出来ないのだ。全ては骸骨の指揮官を倒すための下準備だ。意識のはっきりしてきたフロゥは大量のスケルトンに向けてレベルアップで新たに覚えたスキルを使った。


「”何故にお前たちは(範囲ターゲット・)揃いも揃って相争う(プロボケイション)のだ”!」


 それはこれまでの扇動スキルとは違った。その効果が一対一のものではなく広い範囲に渡って適用するものだった。周囲すべての敵を操るのだ。


――薄い壁で止められないなら、骨を増やせばいいではないか!


 そんなフロゥの思いつきは単純だが効果的だった。密集したスケルトンによって骸骨の指揮官は身動きが取れなくなる。暴れることで脱出を試みるがもう遅い。赤黒い骸骨を視界に捉えたユゴーが狙いすました一矢を放つ。攻撃範囲の広さを捨て貫通力を重視した極大威力の一矢を放つ、放つ、放ち続けた。一矢ごとに骨の破片が飛び散っていく。骸骨の指揮官は砕け散り骨の壁に飲まれて行った。


 そして、フロゥはレベルアップのファンファーレを聞いた。




 ----




 目標だった骸骨の指揮官は倒れたがそれで終わりではなかった。集めすぎたスケルトンを片付けるのにかなりの時間を要したのだ。扇動の効果のおかげで被害のない楽な殲滅戦だったが疲弊した身体には十分すぎる重労働であった。

 指揮官を失ったスケルトンは攻撃の意思もまばらで、扇動が切れると逃げ去るように死者の森へ帰って行く者もあった。


 死者の森に平穏が戻った。


 フロゥは支援班の用意した食事を取りつつ、ぼんやりと砕かれた骨の山を見つめた。何故か気を惹かれたのだ。

 見つめた先に動くものの気配があった。砕かれたはずの赤黒い骨が寄り集まり形を成そうとしていたのだ。


「嘘だろう。まさかそんな……」


 フロゥは目を疑った。仲間にして欲しそうに見つめてくる骸骨の指揮官がそこに立っていた。





 ----


赤黒い骸骨の指揮官(骨ボス)

魔物がレベルアップしたときに低確率で派生するといわれているネームドモンスター

指揮官は同族に対する支配力を持つ

邪悪な意思の影響を受けていて光り輝く魂を嫌う

浄化されることで仲間になることもある


仲間にする はい/→いいえ

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