第四話 魔王の軍勢
前回までのあらすじ
天変地異が起きた世界は強化された魔物が溢れて大混乱。
王国の片隅で平和に暮らしていたフロゥ姫の生活はその日から一辺した。
騎士になって魔物と戦うも惨敗続き。廃墟同然になってしまった城塞都市。
頼るべき父や守るべき領民はもういない。
しかしそこへ救世主――王子フィルが現れてあっという間にドラゴンを討伐してしまった。
そして姫騎士フロゥはレベルアップした。
ドラゴン討伐を成功させてから数週間。その後も討伐を続け城砦都市の防衛隊はぐっと錬度が増していた。衛兵や元盗賊たちはバリスタ・砲術のスキルを習得し、前線に立つ冒険者たちも格段に攻撃力や耐久力が上がって、安定してドラゴンの討伐ができるようになっていた。
防衛が安定することで周辺都市との物資移動の中継地点として機能し始め、魔物素材の売却もあり好景気が訪れていた。
浮かない顔をするのはフロゥただ一人。領地から避難するよう言い渡された元領民は本国で新しい家をあてがわれ無事に暮らせているとは聞くが、相変わらずこの街への立ち入りはできないのだった。世話になった執事たちに手紙を書いてはみたものの返信はない。大きな裏切りをしてしまったのだと後ろめたい気分になって浮かれることなどできなかった。
「沈んだ顔は指揮に関わります。考え事なら自室でお願いできますか?」
城砦都市の現領主――隣国の王子フィルに子供を見守るような笑顔で窘められる。今は軍議の真っ最中だった。これまでの戦果とこれからの展望を話し合っていたところだ。ドラゴン討伐の効率化で魔物から剥ぎ取れる珍しい素材は増えてきたものの、衛兵たちの武具を一新するには鉱石などの繋ぎになる素材が圧倒的に不足していた。
そこで氷山や火山などの危険な現場に赴くことのできる鉱夫や腕のいい鍛冶師を広く募ろうという話題の最中で、フロゥは領民たちを思い出してしまったのだ。
「僕が欲しいのはレベルもスキルも高水準の鍛冶師です。それも一人や二人ではなく衛兵すべての武具を引き受けられる鍛冶師集団です」
「鉱夫も同じだ。自給自足でどうにかなるのは数人分だけだ。全体の装備となると必要量の桁が違ってくる。人が増えればそれだけ需要も増す。優先しておきたい部分だ」
「ブリリアント王国から鉱石を買うのでは追いつかないのか? 素材を売って潤っているのだろう?」
「買ってもいいんスけど街道の安全確保できてないんスよね。最近は魔王軍の再編成があって進攻を開始したとかって聞くッスから」
フロゥはどうしても領民たちと連絡を取りたかった。そんなときに聞かされた魔王軍再編の知らせ。そんなものが組織されているのは初耳だった。
なぜ街道が危険に晒されてるとを教えてくれなかったのだと鱗鎧の男に詰め寄る。手紙が届かないのもそれが原因ではないのかと憤りをあらわにする。
「オレも聞いたのは今さっきなんスから勘弁してくださいよ。死者の森に急に城ができたとかって噂が出て、今も必死で情報収集してるとこなんスから……」
「異変の日から通信手段や移動手段が復帰してない地域が多いんだ。あまり無理を言わないでくれ。今は連携できるシルヴァーナ周辺国のことを考えるべきだろう」
ブリリアント王国の首都周辺地域と辺境と呼ばれる城砦都市の間には大きく分断するように山脈が横たわり人の行き来を阻害していた。季節によっては霧が深くなり、難所と呼ばれる谷間は雨が降れば膝までぬかるむほどだった。
城塞都市の人間は死者の森・死者の谷などと呼んでいた。そう呼ばれるのにはもうひとつ理由があった。この森が魔物の多く出る領域だったからだ。天変地異以前ならさほど問題にならなかった。だが今は魔物が強力になっていて非常に危険だ。そんな魔物たちが指揮官を得て統制の取れた動きをするとなるとさらに厄介なのは言うまでもない。
「どうにかならないのか。私はあまりにも無力で、領民を守れなかった。力を得た今こそ彼らのために戦いたいのだ」
フロゥは死者の森に現れた魔王軍を潰したいと願い出る。条約で城塞都市に領民を呼び戻せないなら、せめて本国のために街道の安全を確保することぐらいはしたいと思ったのだ。
「僕のほうからは都市の防衛が軌道に乗るまで邪魔するものは全て捕らえると言っただけで、領民の撤退を条文に入れたのはブリリアント王のほうですよ。僕から言えるのはこちらからはもう特に制限するつもりはないということです」
「ならば尚のこと必要だろう? 死者の森が安全になれば本国とのやり取りを密にできるではないか」
「鉱石素材はそれでいいかもしれないが一番欲しいのは人材だ。ブリリアント王国はそれに応じるかな?」
シルヴァーナ王国側は取り込みやすい近隣の小国に狙いをつけていた。人材の確保を後回しにした上にリスクを取ってまで防衛線を上げる意味は薄い。フードの男も衛兵の隊長も渋い顔だ。領民を取り戻したいフロゥはなんとか食い下がろうとする。仕方ないといった表情でフィルは立ち上がった。
「今までの戦いは、自分たちが生き残るための戦いでした。できることを積み重ねていったおかげで家族や仲間を守る力を得ることができたはずです。でも、それだけでいいのでしょうか?」
フィルは提案する。全てを取りに行こうと。人材確保に動く部隊と魔王軍討伐に動く部隊を作り同時に展開させるのだ。
「これからなすべきは誰かのための戦いです。今まで以上の危険がありますが、それでも僕についてきてください」
商都での交渉は鱗鎧の男と衛士長が任命され、死者の森の討伐にはフードの男が選ばれた。城塞都市に来るまでも多くの結果を残してきたフィルへの信頼は厚い。全員が力強く頷いた。
こうして魔王軍討伐が始まるのだった。
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「正面に四体。周囲からはぐれている。これを倒したら休憩にしよう」
討伐隊は厳選された四人の突撃部隊と彼らをサポートする支援班――食事やキャンプの準備をする前線には出ない部隊――のみで構成されていた。斥候に立ったのは大弓を背負ったフードの男。一撃必殺を心がけ攻撃重視で敵を撃破しながら進んでいる。
自ら進んで討伐隊に参加したフロゥだが山越えの強行軍に不満が漏れる。だが聞き入れるものはなく軽く聞き流される。最短距離を最短時間で進み連携を取られる前に頭を潰す作戦だからだ。
「ユゴーの道案内に間違いはありません。彼には魔物の気配が視えるんです。なんと言っても元勇者候補でしたからね」
スケルトン四体を難なく屠り倒し、携帯食料を広げながら寛ぐフィルをはじめとした精鋭部隊の面々。話題は斥候に出ているフードの男――ウゴーと呼ばれている大弓使いのことである。
「勇者候補というのは、一体何のことなのだ?」
他国の事情など全く知ることのなかったフロゥ。勇者という言葉も聞きなれないものだった。
「かつてユゴーのいた国では魔物の世界を作ろうとした魔王と呼ばれるものが暴れまわった時期があったんです。その魔王を倒すために選ばれた勇士のことを人々は敬意を込めて勇者と呼びました。邪悪な魔王は勇者によって倒されましたが、魔物を束ねて暴れまわる魔王候補は尽きることなく現れました」
「そこで組織されたのが勇者候補の育成機関ってわけじゃな」
フィルの語りに大槌を持った禿頭が言葉を続ける。こんがりと日に焼けた小麦色の禿頭だ。彼の名はワシュ。四十をとうに越えた練達の冒険者で、城砦都市での防衛戦では飛竜を昏倒させる獅子奮迅の働きを見せていた。
「ユゴー君はそこで鍛えられたと言っとったな。だが、天変地異による魔物の強化を目の当たりにして脱落してしまったと…… そして、そんな自分に何ができるかと問いかけるように放浪の旅に出たそうな」
「目的を見失って放浪していたユゴーに出会えたのが僕にとって一番の幸運かもしれません。彼ほどの人材を拾い上げることが出来たんですから。それに彼のおかげでレベル上げの重要性もわかりましたからね」
「ワシもラッキーじゃったな。ユゴー君と一緒に旅をしとったおかげでシルヴァーナに拾ってもらえたんじゃからな」
「懐かしいですね。昔からずっと一緒に居るように感じますけど、まだ三年しか経ってないんですよね」
昔話に花が咲きかけた頃、フードの男――ユゴーが足音もなしに戻ってくる。フロゥの驚いて跳ね上がった。森に入ってから遭遇する魔物が全て人型の死霊系だったので勘違いしたのだ。ユゴーと目が合って微笑みかけられると恥ずかしくなって思わず目を逸らしてしまった。
「ようやく本拠地が確認できた。事前の情報通りなら指揮官は骨系で間違いないだろう」
「厄介じゃのう。話が本当なら隠蔽スキル持ちで見えない位置から攻撃してくるんじゃろう?」
「昔と同じやつが指揮してるならな」
魔王軍には数多くの指揮官がいた。レベルが高くなったもの、特別なスキルを持ったものが成り上がるのだ。指揮官になると同族への支配力が増す。周囲に骨系の魔物が多く見られることから指揮官も骨系であるのは間違いないだろうとユゴーは判断した。そして、勇者機関にいたころの魔王軍情報と照らし合わせて指揮官の能力をフィルたちに伝えていた。
まず第一に非常に硬いということ。レベルの上がったスケルトンは鉱石のような硬度を持つようになる。
第二に非常に素早いということ。常人が一歩踏み込む間に二歩進むと記録させるほどで、ヒットアンドアウェイの戦法を取る。
そして特別なスキルを持っていること。わかっているのは”死の打撃”という奇襲攻撃。隠蔽スキルで姿を隠し、全力で骨を叩きつけてくる撲殺必至の打撃技である。
「僕たちもレベルが上がってますから一撃でやられるようなことはないでしょう。現に雑魚の打撃はいくら食らっても問題ないですからね。それでも捉えづらい相手に真っ向勝負では苦戦するのが見えています。そこでですね……」
能力をおさらいしたところでフィルが作戦を伝える。それは作戦呼ぶには単純すぎる、実に安直な対応策。見えない相手からの一撃に対応するために雑魚スケルトンにわざと囲まれるというもの。レベルアップして上昇した耐久力に物を言わせて骨の壁を作るのだ。敵が見えなくとも近づけば骨の壁にぶつかり居場所がわかるという算段だ。
「フィルらしくない脳筋な作戦だな。だが悪くない。囲みの上から攻撃できる俺とワシュが叩けばいいんだな?」
「そういうことです」
「ユゴー君とワシの火力勝負かいのう。こりゃ腕が鳴るわい」
ユゴーとワシュは口の端を歪めて不敵に笑う。城塞都市のドラゴン討伐でレベルも自信も上がっていた。
「ならば私は何をすればよいのだ。ただ殴られ続けるのではあるまいな?」
華のない役割分担に不満そうに口を尖らせるフロゥ。レベルが上がっていも火力にはまだ不安が残るので骨の壁を維持する役目を担って欲しいと頼まれた。
「これは重要な役目です。火力がしっかり仕事をこなせるように僕たちで壁を維持しなければなりません。僕の沈静化スキルだけでは隙が生まれますから、そこを貴方に援護して欲しいんです」
沈静化スキルはフィルがブリリアント王国との取り引きで学んだ戦闘補助スキルだ。音楽スキルのひとつで、楽器を鳴らし敵の注意を逸らすことができる。城砦都市でフロゥと初めて出会った夜に盗賊たちの気を逸らしたリュートの音にもこのスキルが使われていた。
「僕の沈静化スキルは楽節ごとに隙があるので、貴方の扇動スキルでその隙を埋めて欲しいんです」
「そんなスキルは持ってな……」
「使ったはずですよ。あの演説のときに」
フィルは思い出させるように演説の夜に弾いた高揚する曲を奏でる。兵士を鼓舞したことをフロゥは思い出す。確かに扇動するようなことはしたがスキルだという自覚はなかった。強く意識すればスキルが使えるはずだとフィルは解説する。扇動スキルは使いこなすことができれば魔物同士を殴り合わせることができる。雑魚スケルトンを壁にするこの作戦にはお誂え向きのスキルだ。
「よしんば私の扇動が通じるとしてもだ、音楽スキルを使うための楽器を私は持っていないのだぞ?」
フロゥはフィルの立てた作戦の大きな穴を指摘する。しかしフィルは笑みを崩さない。
「今も使っているじゃないですか。貴方の声が楽器になるんです」
むしろ待ってましたと言わんばかりに笑みを深めるのだった。
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フードの男 通称:ユゴー(実は家名)
禿頭の大槌使い 通称:ワシュ
ブリリアント国からほど近い山奥で生産職をしていたアラフォーおじさん
天変地異で娘夫婦を亡くし孫を育てるのに一杯一杯の日々だった
ユゴーに防具を作った縁で一緒に旅をしはじめその後フィルと出会い仲間になる
城塞都市防衛のMVP