第三話 決戦、城壁都市
フロゥは演説を終え、まんざらでもない顔で台座から降りてくる。フィルは演奏を抜けて拍手で出迎えた。
「お疲れ様です。予想以上の出来でしたよ。 僕たちと一緒に戦う決心、ついたみたいですね? 声に自信が満ち溢れていました」
「共に戦う決心はついた。だが、妻になる話は別だ。勘違いしないでくれ」
抱擁で迎えようとするフィルを素通りし宴の輪に加わった。フロゥは朝から何も食べていなかったのでスープで胃を温め肉を頬張った。先に盛り上がっていた盗賊たちが酒を勧めて来るがそれはさすがに断った。昨晩ひどい酔い方をしたばかりだ。
「お嬢ちゃんの演説はまあまあだったが、昨日のあの技は切れ具合ハンパなかったな。レベルが高かったら確実にこっちが死んでたと思うぜ」
「転職した後、レベル上げサボっちまってたのか?」
「レベルと言えばあの衛兵たちはいくつくらいなんだろうな。数で囲んでもまったく歯が立たなかった」
盛り上がる盗賊たちの話についていけないフロゥ。その戸惑いを目ざとく見つけフードの男が隣に座る。
「天変地異の後、異国の人間と話をしたことはあるか?」
低く深く、静かに響く落ち着いた声のフードの男の問いにフロゥは首を振る。異変の前にも後にも他国の人間と話す機会などなかった。辺境伯の領地から出たことすらない。
「それぞれの国には様々な生き物や食べ物、そして文化がある。強さを測る尺度にもそれぞれの国の特徴があって、貴方の国ではスキルが重要視されていたはずだ。俺や彼らのいた国では経験を積むとレベルが上がる。レベルが上がると力強さやすばやさが上昇する。その上昇値に個人差はあるが高レベルの者たちはみな強者であることは確かだ」
技術では完全に上回っていたが腕力に大きな差があるのを体感していた。頷くフロゥとフードの男の会話にフィルが割り込んでくる。
「僕らの国にはそういうものがなかったんです。知らなかったのではなく、そもそも存在しなかったんです。だから僕らは多くを学習した。そして身につけることに成功しました」
「教えた人間が優秀だったからな」
自慢げに話すフィルと軽口を叩き合うフードの男は非常に仲が良さそうだ。渋く陰のある見た目に反して明るい性格なのかもしれないとフロゥは思った。
フィルはそれからいかにしてレベルやスキルを習得したのかを熱く語りだした。ちびちびとやり始めた酒でほろ酔いになりながらもフロゥの目をじっと見つめて言う。
「だから貴方も、もっともっと強くなれます。それこそ、ドラゴンをひとりで倒せるほどにね」
子供のような純真な眼差し。フロゥの目には本気で言っているように写った。
「何やってんスか先輩。二人してオレを退けもんにしないで混ぜてくださいよぉ」
「わかりましたわかりました。お酒こぼれますから乗っからないでください」
「オイやめろベタベタするな気持ち悪い」
すっかりできあがった鱗鎧の男が雪崩れ込んできて真面目な話はお開きになった。
宴も終わりに近づいてきた。男たちは数名の見張りを残し、しばしの休息を取る。どんなときでもしっかり休めることも兵士に求められる才能だ。
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皆が寝静まる中、フロゥは目が冴えきっていた。思いついたら即行動のフロゥだ。城下に据えられた馬車の中身が気になってしょうがなかったのだ。
夜が明ける直前のもっとも暗い時間を見計らって城を抜け出し城下へと向かった。すぐに見張りに見つかるも「少し風にあたりたいから」と誤魔化すとそれ以上何も言われなかった。見張りは夜盗を警戒しているのではない。ましてや内部の人間は無警戒だ。彼らが警戒しているのはきっとドラゴンなのだろう。本気で退治する気なのだ。
フロゥは後ろめたい気持ちになったが、それ以上に馬車の荷台に厳重にしまわれた宝箱が気になった。大人が一人くらい容易に入ってしまいそうな大きさで城の宝物庫にあるような頑丈そうな宝箱だ。そんな宝箱を幼い頃に見たことがあった。勉強の時間が退屈で部屋を抜け出し宝物庫に逃げ込んだ時だ。そこで読む本は好きだった。また、宝箱を開ける楽しみもそこで覚えた。
「すべての宝箱を開けてしまった時は父にひどく叱られたな」
それでも宝箱を開けることがやめられず、たいていの錠は針金二本で開けられるようになっていた。
さすがに馬車についていた見張りはフロゥを見咎めた。仕方なく諦めた振りをして見張りの隙を窺う。空が白み始める頃、交代するのを見るや否や静やかに速やかに馬車に飛び込んだ。
中に潜り込めばあとはもう思うが侭。懐からロックピックを取り出し瞬時に開錠する。宝箱の中にはしっかり布に包まれもう一つ宝箱が入っていたがそれもすぐに開錠してしまう。
「ここまで厳重にする必要があったのか? それともただの緩衝材だったのか?」
宝箱を二重にして納められていたのは丸々とした磨かれた金塊だった。
ピュゥと外で口笛の音がした。人を呼ぶ警戒の口笛。
「しまった、中までしっかり見張ってたか……」
フロゥが観念して外へ出たときにはすでに衛兵数名に囲まれていた。ざわつく衛兵を割って出てきたのは大弓を背負ったフードの男。非常に険しい顔でフロゥと金塊を見る。
フードの男はすぐさま指示を出して警鐘を鳴らさせる。鐘の音で全ての兵士が叩き起こされ眠い目を擦り酒に酔った身体を引き摺って配置に向かった。
「言ってやりことは山ほどあるが、開けてしまったものはもうしょうがない。貴方にも作業を手伝ってもらう。まずはあの樽からだ」
馬車の周辺でも慌しく作業が始まる。大きな樽を荷台に寄せていくつも設置していく。フロゥもそれにならって樽を設置する。
「これ全部が火薬なのか」
威力を想像するよりも先にいくら掛かるのかと費用のことがフロゥの頭をよぎる。シルヴァーナ国は辺境伯の領地よりずっと豊かなのだろうと恨めしく思う自分をひどく不快に思った。
さらにそれを取り囲むように瓦礫を乗せていた荷車を並べ急ごしらえの防壁とする。
「さすが、もうできあがってますね。それでは僕らで証明しましょうか。熟練度が低くてもドラゴンに勝てますってね」
フィルは荷車の上でリュート片手に指揮を執る。盗賊に衛兵に冒険者、急ごしらえの混成部隊は各自与えられた仕事をこなしている。バリスタに大砲に火薬の詰まった樽、火力は十分だ。
だが、本当に飛竜はやってくるのだろうか。
「あの金の卵は飛竜の卵です。人間には聞こえませんが鳴いて親を呼ぶんです」
フィルの確信は現実に変わる。フロゥは太陽が落ちてきたのかと思った。
朝日を背に受け金色に煌く鱗と翼。馬車に向かって空から舞い降りてきたそれは金色の飛竜であった。
巨躯を浮かすだけの羽ばたき。その風圧は容易に人をよろけさせ無防備にさせる。防壁の外にいたものは軒並み尻餅をつかされていた。
「でかいのを釣り上げたな」
フードの男の呟きがフロゥの耳を右から左に抜けていく。フロゥはこんな神々しい飛竜を見たことがなかった。
誰よりも早く動き出したのはフィルだった。
「やぁやぁドラゴンさん、卵はこっちですよー。ボーっとしてると僕が食べちゃいますよー」
フィルはリュートを乱暴にかき鳴らしながら馬車の周囲で駆け回り飛竜の注意を引く。ダメ押しとばかりに懐からナイフを取り出して羽ばたく飛竜に投げつけた。ナイフが翼に突き刺さると飛竜はフィルへ向き直る。ダメージは乏しそうだがギロリと睨み怒りをあらわに大咆哮。フィルは咆哮で生まれた音の圧力を盾で受け流し、その勢いのまま一目散に逃げ出した。スタミナの限りに大通りを駆け抜ける。飛竜は低空を滑るように飛び、フィルの背後に迫る。
「動きが……丸わかりだよ!」
フードの男が大弓に矢をつがえていた。
一閃。
空気を切り裂き矢が放たれる。それは火薬の樽へ命中し、馬車もろともに飛竜を爆風に巻き込んだ。威嚇の咆哮とは違う、甲高い悲鳴を上げ地面に叩きつけられる飛竜。じたばたともがき苦しむ。フィルは爆風を背に受けて転がるようにして防壁の中へ飛び込んできた。
「ナイスタイミング、ここから一気に反撃ですよ!」
樽の爆破を合図に城壁の上では号令の笛が鳴っていた。
「全砲門、撃てぇい!!」
砲台から煙が上がる。一拍遅れてやってくる轟音に次ぐ轟音。音を追いかけるように鉄球が飛来してきた。地響きを伴う着弾の威力に飛竜が呻く。
「攻撃の手を緩めるな!続いてバリスタァ、撃てぇい!!」
砲弾に続きバリスタの矢が飛竜に降り注ぐ。翼を穿たれ大きく翼膜が傷つけられていく。それでも飛竜は大地を蹴って飛び上がる。だが、その機を待っていたとばかりにフィルが隠し玉を投げつけた。
一瞬で広がり視界を多い尽くす強烈な光。
目の奥を焼かれた金色の飛竜は再び大地へと叩き落された。
再び号令の笛が鳴り次弾装填された砲台が火を吹く。轟音と地響きが続く。砲弾のひとつが飛竜の頭を見事に捉え、金色の鱗を弾き飛ばし肉を抉った。それでも衛兵たちの攻撃は止まない。バリスタの矢が追い討ちをかけ、鱗の剥がれた翼に矢が深々と突き刺さる。
「総員、抜刀!」
矢の雨が治まると冒険者たちに号令がかかる。何本もの矢で大地に繋ぎとめられた飛竜はもがけど飛び上がることができない。身の丈ほどの巨大な武器を携え冒険者たちが飛竜に群がっていく。
「さぁ僕たちも行きましょう。夫婦、初めての共同作業ですよ」
「妻になると認めた覚えはない」
フィルは手を差し伸べるが、フロゥは竦んで動けない身体で虚勢を張り睨み返すだけだった。
「お前らバカやってないで早く来い。ドラゴンのしぶとさを舐めると痛い目を見るぞ」
フードの男に急かされてフィルはフロゥの手を引き戦闘に向かった。ドラゴンの回復力は高い。決して油断してはならない。大剣で尻尾を打ち据えるもの、大槌で胴を叩きのめすもの、それでもまだ金色の飛竜は息絶えることなく反撃を試みようとしている。巨大な足に蹴飛ばされるもの、爪や鱗で切り裂かれるもの、ここへきて負傷者が続出する。
「貴方のスキルで首の脆い部分を見つけて突いて下さい。力は僕が貸しますから……」
フィルは片手剣をフロゥに握らせ、その上から手を添える。不快感はなかった。それよりも早くこの戦いを終わらせねばならないと思った。
首の鱗の隙間を狙って刃先を立てる。確かな手ごたえとともに刃がめり込んでいく。痛みに暴れだす飛竜。灼熱の吐息を吐き出そうとするが、すでにその熱量はなく悪臭のする息を吐き出しただけだった。
大槌を持った冒険者が頭部を力任せに叩き眩暈を起こさせる。フロゥとフィルはそのひるんだ一瞬の好機を見逃さず刃を滑らせ首を落とした。
金色の飛竜はついに息絶えた。
戦いに勝利したのだ。周囲からも城壁の上からも雄叫びが上がる。フロゥにとっては天変地異が起きてから初めて経験する勝利だった。
「僕のこと少しは信じてくれるようになりましたか?」
フィルが握手を求めて手を差し出すが、フロゥは軽く叩いて「さぁね」と微笑んだ。こんな風に自然に笑みがこぼれたのも天変地異が起きてから初めてのことだった。
フロゥにとって初めてのことはもうひとつ起こった。
ドラゴンの討伐を祝福するかのように脳内でレベルアップのファンファーレが鳴り響いたのだ。
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テレテレテッテッテー
――フロゥはレベルアップした。