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第一話 歴史が終わり物語が始まる

 全身鎧(フルプレート)の騎士は最後の馬車を見送った。半ば崩れ落ちた城壁を登り、町から去り行く最後の馬車をいつまでも恨みがましく睨み続けた。


「私はどうすればよかったというのだ」


 小さな嘆きはくぐもった音になって鉄兜から漏れ出していった。たとえ力一杯叫んだとしても応えるものなど誰もいない。ゴーストタウンに成り果てた城砦都市に乾いた初夏の風が吹き抜けた。




 ----




 ある日突然、災厄の日は訪れた。天が割れ、地が裂け、海は荒れ狂い、山は火を噴いた。天変地異が収まった時には世界の全てが変わっていた。一夜にして見慣れた地形は姿を変えた。地殻変動の境界に近かったものはさぞ驚いたであろう。異変の翌日にはいつも見ていた景色が異国になっていたのだから。


 城砦都市もその異変の境界に面していた。広大な面積を持つ王国の辺境の一都市で、地平の先まで長閑な田園風景が広がっていたはずが今では荒れ果てた荒野に変わってしまっている。遠方にはなかったはずの山がそびえ立ち、火を吹いているのまで見えた。


 変わったのは地形だけではない。生物の分布も変わっていた。人々は遭遇したことのない魔物(モンスター)に襲われ大きな被害を受けていた。また、それまで知っていた魔物の強さも変わっていて被害は次第に増していった。


 中でも大きな被害をもたらしたのはドラゴンだ。城壁を越え襲来する脅威に、民衆は逃げ惑い領主や騎士たちは必死に抵抗するも無駄に兵を散らすばかりであった。


 災厄の日から三年。人々の苦難は続いていた。


 城砦都市では長き戦いの末に領主が死に、疲弊した民衆はすっかり希望を失っていた。王国からは避難命令が出て町はすぐに無人になった。最後まで残っていた兵士たちも今しがたの馬車で去っていった。


「私はどうすればよかったというのだ」


 全身鎧の騎士は思い返す。

 軍議で死力を尽くせと呼びかけるも応じるものはいなかった。領主が死んだことで兵士は士気を失い、国王は撤退を決意した。


 騎士は知らなかったが城砦都市は他国へ売り渡されたのだ。異変によって新たに出現した隣国へ、大量の穀物と引き換えに売り渡されたのだ。


 王国にとってはいい取り引きであった。


 ドラゴンが闊歩するような異変の境界を他国が引き受けてくれて、自らは防御を固めて今後に備えることができる。また取り引きは最初に三年分の穀物を、さらにその後十年間、城砦都市を退いた民が食べていけるだけの量を約束されていた。


 誰もが納得したわけではない。生まれ育った地に骨を埋めたいと願うものもいた。


 だが国王はそれを許さなかった。


 もし残ったものがいたならば隣国の法で不法入国者として裁かれる。それに異論を挟まないというのも売り渡しの条件に含まれていたからだ。領民を守るため、領民全ての撤退を指示した。


 覇気を失っていた民衆は意地を張り通すこともできず従うより他なかった。




 この地に残ったのは全身鎧の騎士ただひとり。馬車を見送ったまま呆然と立ち尽くしていた。日が暮れるころには悔し涙も枯れ果てていた。


 その夜、騎士は最後の晩餐とばかりに自棄食いをはじめた。


「どうしてなのだ。どうして誰も私の言う事を聞いてくれないのだ」


 鉄兜を荒っぽく脱ぎ捨て、少し焦がしてしまった肉に齧り付く。ろくに料理もしたことがなかったせいで焼いて塩を振るだけの野蛮な食事だ。しかしながら騎士の容貌は、その野蛮な食事が似つかわしくない美丈夫であった。


 否、全身鎧の騎士は女だった。


 泣きはらした目はせっかくの凛々しい顔つきを台無しにし、かつては手入れをされていただろう長い髪も、後頭部で一纏めにされ乾燥でひどくほつれていた。


「このままでは父の死が無意味なものになってしまう!」


 普段は口にしない蒸留酒にも手を伸ばした。年頃の女が自棄食いに自棄酒である。

 飲めば飲むほど嫌なことを思い出していく。


 領主である父が死に、跡を継いで騎士になることを決意したが付いてきてくれるものはいなかった。軍議で演説したかいもなく臣下たちは家族を連れて撤退してしまった。幼い頃より付き従ってくれていた執事までも手のひらを返すように冷たくなった。


 天変地異が起こるまでは何もかもが幸せに感じられたのに……


 騎士の名は、フローレス・フルブライト。父であるブライトライト辺境伯は王国の片隅にある領地を平和に治めていた。

 辺境伯は母を早くに亡くした娘を不憫に思って甘やかし気味に育ててしまった。『フロゥはどんな花よりもかわいい。フロゥはどんな星よりも輝いている』そんな風に褒めそやすのだ。

 見かねた乳母や執事がバランスを取るように厳しく教育をした。しかしお転婆が過ぎて勉強の時間に部屋を抜け出すことはしょっちゅうだった。あるときは宝物庫に忍び込み片っ端から宝箱を開けひどく叱られたこともあった。

 何を思い出してもフロゥは温かい気持ちになった。たくさんの愛情を感じていた。


 それが父の死をきっかけに全てが崩れていった。


 フロゥは甘やかされるだけの姫という立場を捨て騎士になった。これまで支えてきてくれた兵士たちと一緒に戦えると思った。しかしあまりにも力不足だった。

 魔物の攻勢に対し何の成果もあげられず周囲を落胆させた。なけなしの財宝を売り払い最新式の大型の弩弓――バリスタを城壁に設置するも動き回る魔物に当てることは至難の業であった。


「姫として、飾られていればよかったというのか……」


 ボトルひとつ空けても飲み足りなかった。些細なことすら腹立たしく感じられてくる。


 この際だから秘蔵のワインも空けてしまおうと思いつくが、取りに行かせる従者もいない。仕方なく気だるくなった身体を起こし食料庫へと向かう。


 すると、誰もいないはずの食物庫にすでに灯りが点いていた。


「どういうことだ?」


 町にも城にも誰も残っていないはずだ。しかしはっきりと人の気配がする。扉の隙間から覗き込めば下卑た笑い声が聞こえ、いかにもな風体の男たちが見えた。


「寄り付くのは盗賊だけか…… 鬱陶しいハエどもめ!」


 フロゥは酔いの興奮のままにレイピアを抜き、大きく扉を開け放つ。


「そこの盗人ども、表へ出ろ。私は慈悲深い。二度とこの城に踏み入らぬと誓うなら無傷で返してやろう。抗うと言うのなら、その身に教訓を刻むことになるぞ!」


 刺突剣の腕には自信があった。城砦を守る上級騎士相手に訓練し、互角に渡り合えるようになっていたからだ。


 それを知らぬ盗賊は女と見るや嘲りの笑みを漏らした。


 食物庫から一人、二人と奪った腸詰めを食べながら悠々と出てくる。最後にリーダーらしき体格のいい男が出てきて合計五人。中庭で待ち受けていたフロゥを囲むように散らばって陣取る。


 見慣れぬ服装に幅広の剣。災厄の日より隣国となった異国の住人だろう。剣を抜いているところ見ればわかる通り抵抗する気でいるようだ。


 どこの国にも賊はいるのだなとフロゥは心中で嘆いた。


「その食料は民の苦労の結晶だ。食べてしまったものは仕方ないが他は返してもらうぞ」


 フロゥは牽制の意味も込めてレイピアを一閃。盗賊の抱えていた食料を詰め込んだ鞄を突いて弾き飛ばした。


「このアマ調子に乗りやがって! 逃げ出すのはそっちだぞ!」


 盗賊が一斉に斬りかかる!

 しかし当たらない。


 フロゥはレイピアで切っ先を逸らし体勢の崩れた賊の腹に柄を打ち込んだ。離れ際にも首元へ一撃入れて技量の差を見せ付けていく。


――これでも引かぬと言うのなら……


「命までは取らないが、悪さができぬようその手を痛めつけてやろう」


 斬りかかってくる盗賊の攻撃は空を切り、フロゥの攻撃は的確に盗賊の腕を貫いた。手応えは十分。下手をすれば致命傷になっていてもおかしくはない。そのはずなのだが効果はいまひとつだ。


「私のフェンサースキルはGM(グランドマスター)クラスだぞ!? だのに、なぜ効かないッ!」


 驚愕するフロゥに盗賊のリーダーが力任せの一撃を振り下ろす。受け流し損なってレイピアがへし折られる。


「いくら技量があっても力がなきゃあ意味ねぇな! お嬢ちゃんレベル低すぎだろ! オラッ、囲め!力押しだ!」


 にじり寄ってきた盗賊に四方から押さえつけられ腕をねじ上げられる。


「くぁっ」


 フロゥには何が起きたか理解できなかった。痛みだけが意識を支配していた。




 そこへ響いてくるなんとも場違いなリュートの音。フロゥは幻聴が始まったのかと訝しんだ。いや、意識はまだ保っている。

 盗賊たちも闖入者に気を取られ手が止まる。崩れかかった城壁を抜け中庭に近づいてくる人影があった。




 リュートを奏でるのは旅の吟遊詩人。ただの旅人でないのは仕立てのよさそうな外套からも見て取れる。上下揃いの服などもこのご時勢では珍しい部類だ。ひょろひょろとした足取りで道中よく襲われなかったと感心すらした。


 陽気に演奏しながら詩人は乱闘のすぐそばまで辿り着く。


「誰もいないと思ってそこらで休ませて貰おうと思っていたのですが、おいしそうな匂いに誘われてしまいました。どうせなら一緒にお食事するっていうのはどうですか?」


 多分に間の抜けた調子でリュートを奏でながら乱闘中の面々に声をかけた。フロゥは組み伏せられたまま大声で突っ込む。


「こんな状況でよくそんなことがッ!」


 お邪魔だったかなと舌をペロリと出し、はにかむ詩人にその場の全員が苛立つ。


「お前から先に始末してやるよ!」


 盗賊の一人が詩人の腹を横になぎ払う。鈍く硬いものが擦れる音とともに詩人は派手に吹き飛んで大地に転がった。だが、斬撃が効いている様子はない。土ぼこりを払い立ち上がる詩人の腕には小盾が握られていた。


「とりあえず全員倒したら僕の話も聞いてもらえるのかな?」


 攻撃を受けても全く調子を崩さない詩人にフロゥはキレた。


「見てわからないか!? 私が良い者でそっちが悪者だ! 肉でもなんでもくれてやるから早く助けろ!」


 ひどい悪夢を見せられている気分だった。


「ふぅむ。了解、ミストレス」


 詩人は恭しく一礼して契約成立の意思を示した。


 次の瞬間にはヘラヘラ緩かった表情が一変、鋭い目つきで突っ込んでくる。フロゥを押さえ込んでいた盗賊を勢いのまま蹴り飛ばし、振り向き様に小振りの片手剣を抜き放った。唖然とする盗賊たちに斬り掛かると、虚を突かれた盗賊は胸元を武器ごと斬り上げられ、仰け反ったところをさらに斬り下ろされた。

 ひょろひょろとした体躯のどこにそんな膂力があるのか盗賊たちを圧倒していく。フロゥが何度剣を突きたててもまるで効かなかった――ゴツゴツと硬い岩でも突いてるみたいだった――盗賊の鎧も壊してしまった。


 結果は一方的なものだった。


「くそっ、どんだけレベル差あるんだこいつ」


 盗賊のリーダーらしき男も武器や防具を破壊され、盾で打ちのめされ目を回し膝を着いた。


「装備が良かったんですよ、きっとね」


 にこやかに止めの一撃を打ち込んで盗賊のリーダーを気絶させた。そして何事もなかったかのような涼しい顔でフロゥを助け起こす。


「一体、何が起きたというのだ……」


 フロゥは目の前で起きたことが理解しきれずうろたえるばかりだ。困惑する姿を見て詩人はたいしたことはないと笑ってみせる。


「あのー、悪者も片付きましたし約束のお食事を…… 彼らも思い知ったでしょうし、一緒に食べて今日のことは水に流しませんか?」


――何を言っているんだ!?


 フロゥは耳を疑った。この期に及んでも盗人に食事を振舞うのかと怪訝に思ったことがそのまま顔に出ていた。


「貴方も命まで奪うつもりじゃなかったんでしょう? 彼らにも罪を犯してまで養いたい家族がいるのかもしれませんし……」

「そ、そうかも知れないが私の城に忍び込んで盗みまで働いて、私を、私をだな…… 腕を落とせとまでは言わないが、指の一本くらいへし折るべきだ!」


 家族の話で情に訴えるも逆効果だった。むしろフロゥの怒りに火をつけることになった。フロゥは昏倒する盗賊たちをきつくきつく簀巻きにしはじめた。やり込められた憤りと酒の勢いが歯止めを効かなくさせていたのだ。

 しかし主導権はフロゥにはない。たとえ父親が領主だったとしても。盗賊たちを取り押さえたのは詩人だ。


「では国外追放という形は……」


 話を遮るようにドラの音が響き渡った。慌てるフロゥと対象的に余裕の詩人。


「何事だ!?」

「大丈夫、あれは僕の仲間からの合図です」


 ドラは詩人に向けられた合図だったようだ。




 やってきたのは盗賊たちと同じような鎧を着けた一味と見られる男たち、それに家族らしき女性や老人、子供たちだ。それを護衛するように質のよさそうな揃いの鎧を着た衛兵が囲んでいたが、簀巻きにされた仲間を見つけると一味がざわつく。


「一人残らずやられたのか?」

「まさか、彼らはレベル四十台だぞ」

「一体何が起きたんだ……」


 衛兵たちは武器を打ち鳴らして盗賊一味を黙らせその場に座らせた。鎧の上にサーコートを着た衛兵の上官らしき男が前へ出て、詩人の元にやってくる。


「城下の巡回は終わりました。これで全てかと」

「ご苦労様。彼らに説明はしたの?」

「人手が欲しいので労役で協力すれば死罪にはせぬ、とだけ……」


「何を話しているのだ」


 フロゥが口を挟もうとするが衛兵たちに阻まれてしまう。この場を支配しているのは詩人だった。詩人は盗賊一味の前に進み出てよく通る声で呼びかける。ひとりひとりの目を見つめて自信満々に演説を打ち始めた。


 詩人は言った。

 自分は隣国の王子――名をフィリップ・フィヒト・シルヴァーナと言う――で新しい領地の(あるじ)になったと。

 その新しい領地で働く人材が早急に欲しいのだと。

 罪を犯したものも働くことで罪をあがなうことができると。

 雨風の凌げる家と家族が食べていけるだけの食料は保証すると。

 そして、外敵の脅威から身を守る術を教えると。


「このまま罪人として放浪するか、僕と新しい国で人生をやり直すか、好きなほうを選んでください。もちろんご家族と相談していただいて構いません。ゆっくり待ちますから」


 簀巻きにされていた盗賊たちも縄を解かれ相談の輪に加わった。


「さて、僕らは彼らの決断を待つ間に食事の準備をしてしまいましょう」

「ちょっと待ってくれ。盗人を捕らえてくれたことには感謝するが、それはそれだ。罪人はこの国の法で裁く。それが筋というものだろう」


 勝手に話を進める詩人改め王子フィルにフロゥは待ったをかける。しかしフィルはそれを軽く聞き流し、食料庫から食材を持ち出して炊き出しの準備を始める。


「まぁまぁ落ち着いてください。彼らには僕の国で働き口を与えて更生させますし、貴方に損はないはずだ」


 それでもフロゥは譲れない。ここは父が命を懸けて守り抜いてきた大切な場所だ。領民たちと荒野を切り拓き、作物が豊かに実るように苦心した思い出の場所だ。


――私に残されたただ一つの宝物だ。


 領地を穢すものは許さない。それが騎士の誇りだ。


 口論の間にも衛兵の食事班が手際良く調理し、香辛料の効いたスープがいい香りを漂わせはじめた。


「冷めたらもったいないですよ。一緒に食べましょう。お酒で荒れた胃にもいいですから」


 フィルはフロゥの隣に座ってスープに舌鼓を打つ。フロゥも強引に押し付けられ思わず一口食べてしまう。


「う、うむ。確かに美味い…… だ、だが、もうこれ以上は私の城で好き勝手はやめてもらいたい。罪人を連れて行きたいならもう構わないから、早急に出て行ってくれ」


 スープは温かく染み渡り、抗議の勢いを削がれてしまう。それでもなんとか威勢を張るがフィルはゆっくりと首を横に振った。


「残念ですけど、その指示には従えないですね。貴方にその権限はないですし、この城はもう僕のものなんですから……」


 フロゥが言葉の意味を理解するよりも先にフィルは胸元から書状を取り出して見せた。その書状には城塞都市を明け渡す旨と国王のサインが記されていた。




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全身鎧の騎士

フローレス・カラット・フルブライト 通称:フロゥ

王国領地の奥の奥にある辺境を治める伯爵の娘

辺境伯が死に跡を継いで騎士となる

立派な騎士であろうとしているせいで口調はひどく固い

まだ若い乙女




旅の吟遊詩人

フィリップ・フィヒト・シルヴァーナ 通称:フィル

災厄の日より王国の隣国となった大国の王子

中身を知らない人が見れば天使というかもしれない

ひょろい見た目の割りにとても強い

どこまでもマイペース

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